●ブラウンデビルを捕まえろ!
(この時期にチョコ奪うとか、まじ空気読めてねぇなこいつ。
いや、まあ……助けたからって俺が貰える訳じゃねぇんだけどさ……。)
頬杖を突いた五辻 虎々(
ja2214)は、そんな事を思いながらスクリーンに映し出された茶色の怪物=ブラウンデビルを眺めていた。今は依頼を受けた面々が集まり、志方が例の動画を拡大して流していたのだ。動画と幾つか依頼内容を話すと志方は皆に頭を下げた。
五辻は頬杖を着いたまま、部屋を見回す。視界に飛び込んできたのは金髪の美少女? だった。
「大丈夫だよ佐々ちゃん、ボク達に任せて、大切なチョコ絶対取り替えしちゃうから!」
屈託無く犬乃 さんぽ(
ja1272)が笑顔を浮かべた。その純粋な表情に、佐々は微かに息を飲む。
「え、えぇ。お願いします」
佐々は笑顔を作り返事をした。
(ボクっ子だーっ!)
と、立ち上がった五辻の前に人影が現われた。
「ブラウンデビル。一体何者なのであるか……」
腕組みしたマクセル・オールウェル(
jb2672)が、深く悩んだ様子で歩いて来たのだ。
(マジぱねぇっ! 筋肉やべぇ!)
五辻は、マクセルの鍛え上げられた肉体美に息を飲む。
「学園には面白い怪物がいるのじゃの〜」
いつの間にか五辻の隣に座っていたハッド(
jb3000)は、キラキラと表情を輝かす。
(うぉっ! ガイジン……?)
意表を突かれて五辻は驚きを隠せない。
「まあ、良い。捕まえてみれば分かるのである!」
随分と悩んでいた様子だったのに、マクセルは開き直ったようだ。
その後、月乃宮 恋音(
jb1221)と八尾師 命(
jb1410)たち女子を中心に、どうやら囮でブラウンデビルをおびき寄せる算段になってきた。その作戦を聞きながら、五辻は思う。
(やっぱ、どうにかしてやりてぇよなー。食っちゃってたならどうしようもねぇけど、本命なら返してあげたいじゃん?)
五辻は自分に言い聞かせるように決意を固めるのだった。
●佐々と本命チョコレート
ブリーフィングは終わり、志方と佐々が去った後。
「どうして佐々ちゃんだけ、本命チョコ取られたんだろう?」
と、犬乃がふと疑問を口にした。
「確かになー。他にとられたって話はないんっすよね?」
「聞かぬな」
犬乃の疑問はもっともなものだ。五辻やマクセルもそれには引っかかりを感じたようだ。
「……その……ほかにもぉ、気になる点が佐々さんに幾つかありますぅ……」
それまで黙っていた月乃宮が口を開いた。
彼女が指摘したのは、佐々の行動だ。依頼人である彼女の同行には不可解な点が幾つかあるのだ。
「我輩もそれがきになるのじゃ。……少し調べるかのう」
ハッドは内心、この状態を楽しんでいた。聞いたことも無いチョコを奪う悪魔というモノにも少なからず興味が沸いたし、佐々という人間個人にも思うところがあったのだ。
「ハッドさんだけで平気ですか〜?」
「まぁ、まかせておくのじゃ」
「ん〜、でも一人だけに任せるわけに行きませんし、私達も手分けして調べましょうかぁ」
八尾師は手を合わせて皆にお願いするようなポーズをとった。確かに情報は多いに越したことは無い。皆は囮作戦の前に、それぞれ手分けして調査をすることにしたのだった。
「のう、おぬしが盗られたというチョコについて聞かせて欲しいのじゃが?」
佐々を見つけると、ハッドは早速話を話を切り出す。彼に遠慮というものは無い。
「えっと……」
いきなりのことに佐々は言葉を詰らせた。
「いや何。難しい事ではないのじゃ。ただ、本命チョコの包装がどうなっていたのか聞きたいのじゃ」
「えっと、これくらいの大きさで……黄色のリボンで」
ハッドの顔をまじまじと見て、佐々は指で四角を描いた。
「義理と見間違うことは無さそうじゃな。ちなみにどこかで買ったのじゃろうか?」
「えっと……」
「手作りじゃったのか?」
言いよどんだ佐々に、すかさずハッドは質問を変えた。
「……いえ……買ったものです」
佐々の答えには、少しの間があった。ハッドはさらに質問を続ける。
「そうかそうか、どんな形状のを買ったのじゃ?」
「は、ハート型ので……」
「そうかそうか、ちなみに箱には白いリボンじゃったな」
「はい……」
「うむ。では、それを取り返してもらってくるのじゃ。では、大船に乗ったつもりでおれよ〜」
ハッドはそれだけ言い残して去っていった。
中等部の教室の扉の前に、高等部の男子生徒が立っていた。
久遠ヶ原は一貫教育の大きな学校だから、それほど珍しい光景ではないが、犬乃はふとそちらを見る。
(スマナイガ……ブラウ……デビル……ホンメイ……トラレタショウジョハ……って、あれ?)
「今の人……佐々ちゃんの本命チョコの事聞いてた……もしかして何か知ってるのかな?」
男子生徒の喋っている内容を察知した犬乃は違和感を感じた。
「あの、すいませんが佐々ちゃんの事探しているんですか?」
「……君は?」
男子生徒は突然声をかけてきた犬乃を訝しげに見る。
「ボクは犬乃っていいます。ちょっと話が聞こえてしまったんですが、本命チョコを取られた子を探してるんですよね?」
「……その子が佐々というのか?」
「そうです。ボクは彼女のトモダチなんですが……何か御用ですか?」
犬乃はトモダチと強調する。男子生徒は逡巡していたが、意を決したのか質問を投げかけてきた。
「その……佐々と言う子か。本命チョコを盗られたというのは本当なのか?」
「えぇ、本当です。出来ればチョコを奪ったブラウンデビルには謝って欲しい所ですけど」
「そうか……」
男子生徒はそういって足早に去っていった。その後姿を見送りながら、犬乃はその生徒のことを調べようと思った。
それぞれ聞き込みを終えた一同は、一度合流すると囮用のチョコレートを用意し作戦に備えた。
決戦は明日だ。
●ブラウンデビルの正体は
そんなわけで囮作戦が始まった。
チョコレートを持って囮役となっているのは月乃宮と大きな紙袋を持った佐々だ。意外な事に佐々も同行を求めて来たのだ。依頼人を連れて行くのは、多少心配ではあったが場所が学内である事もあり、いざと言う時には逃げ込める施設や救援も呼べる場所と言う事で話がついた。
小柄な月乃宮と佐々の二人は、チョコレートが見えるように袋から出して、箱を手に持って歩いていく。事前に準備した義理チョコと一目でわかるような代物だ。
その二人の後ろをこれまた二人の影が追う。
「そいや、学内に出現するんっすよねー。命知らずというかなんというか」
さり気に五辻の言は的を射ていた。
「五辻くん、余所見していないでしっかり二人を見てないとですよ〜」
いつブラウンデビルが現われるのかわからないのだから。と、普段おっとりとしている八尾師だが、こういう所はしっかりしているようだ。
二人の他にも、犬乃、マクセル、ハッドが気配を絶って月乃宮の跡を追っている。
犬乃はさすが鬼道忍軍なだけあって、身を潜ませての追跡はお手の物と言った様だ。実際、五辻からはその姿を確認できない。
マクセルとハッドも天魔という種族特性を使って、身を潜ませているようだ。
「まがりましたね〜、広い所じゃなくて細い道に向かうようですね」
八尾師は聞き込みを思い出す。
(確か、ブラウンデビルは細い道や建物の陰などの死角を使って現われるのだとか……)
その時、視界の端を茶色い何かが通り抜けた。その速度は弾丸の如し。ブラウンデビルは月乃宮と佐々の前に踊り出る。
「出ました〜っ!」
八尾師の声が響き渡る。それを合図に、潜んでいた皆が行動を開始した。
「させないのであるっ!」
まずブラウンデビルの進路方向を遮るように、天使が舞い降りた。筋肉天使。そう、マクセルだ!
「っ!」
ブラウンデビルは突然の筋肉天使に驚き動きを止める。その一瞬の隙だけで、十分だった。ブラウンデビル一体に対して、こちらは撃退士が複数人なのだ。取り囲むことは簡単だ。
月乃宮が佐々を庇うように前にでる。
その横を壁を走りながら犬乃が通りすぎる。そして、その手からヨーヨーが放たれる。
「そこまでだっ、佐々ちゃんのチョコを返してもらうからっ!」
犬乃が校章の入ったヨーヨーを構える。実に様になっている。
「ぐっ、体が……」
縛られた怪物はうめき声を上げた。
「こやつ、しゃべるのであるか!」
「ほぅ、面白いのじゃ」
マクセルとハッドは、ブラウンデビルに興味深々だ。
「大人しく、捕まってください〜」
身動きのとれなくなったブラウンデビル目掛けて、八尾師が楯を構えたまま突っ込んだ。
「ちょっ……押すな。分かったから、押すなーっ!」
何度も押し付けられた楯の衝撃で、ブラウンデビルの悲鳴が上がる。
(あれ〜、なんかあいつ攻撃的な意思を感じないっすねー。それに……)
五辻が不思議に思っていると突然誰かが叫んだ。
「やめてくださいっ!」
その大声に皆の手が止まる。
「……つーか。やりすぎじゃね? どう見てもそいつ人間ですよねー。だって、中に人居るだろ」
呆れた風に呟いた五辻の言葉に思わず。
「えっ?」
と、言う数人の声が漏れた。
「な、なんと……お主には『中の人』が居る……のであるか?」
本気で驚いているマクセルの姿に、再び五辻がため息をついた。
●ブラウンデビルと本命チョコレート
「……そろそろ……本当の事を話してもらいましょうかぁ……ねぇ、佐々さん?」
月乃宮は大声の主、佐々に視線を向ける。有無を言わさぬ迫力を持って、隠れ気味の彼女の瞳が佐々を射抜く。
「本当の事って?」
「……そうですねぇ。佐々さんが言い出せないようならぁ、私が少しお話をしますぅ……簡単な推理なんですけどねぇ……」
月乃宮は喋り始めた。それは佐々の依頼を受けてから感じていた幾つかの違和感についてだ。
一つは、佐々が妙にはしゃいでいるという事。
これは、志方たち友人から聞いた話でも分かる。普段の彼女はもっと物静かで、行動的では無い。
もう一つは、チョコレートの奪還に関しての、『既に食べられている可能性』や『破損してしまっている可能性』について触れていない事。
最後に、退治ではなく『捕獲』を自らが提案している事。
そこまで言うと、月乃宮は再び押し黙る。
「二つ目のことじゃが、これは我輩から言わせてもらおうかのう」
ハッドが目配せすると、月乃宮は小さく頷いた。
「我輩も気になったのでな。佐々の本命チョコがどんなだったか聞いたのじゃよ。なぁ、確か赤いリボンの箱じゃったな?」
佐々は頷く。それを見て、ハッドは目を細める。
「また、間違えたのう」
「えっ?」
「お主は我輩がリボンの色を聞くたびに、別の色だと言うのじゃな。この事から我輩は本当は本命チョコが無かったと推理するぞ!」
ハッドは佐々に指を突きつける。
「……私も……本命チョコは無かったんだとおもいますぅ……最初から無い物ですから、壊れたりする心配をしなくて良かったんですよねぇ?」
「ほ……本当は無かったと言うのか? では俺は何のために……」
ブラウンデビルの中の人はうなだれた。
「でも、そんな嘘どうしてついたんでしょう〜」
「……それは、佐々さんがブラウンデビルの中の人について知っていたから……ではないでしょうかぁ?」
月乃宮の言葉にマクセルが何か閃いたようだ。
「まさか佐々殿は中の人に本命チョコを渡す心算なのではないか?」
「えっ、マジっすかー?」
五辻が叫んだ。
「いや、我輩もそう思うのじゃが?」
ハッドが五辻の肩に手をやる。五辻は絶句した。
「……そうですね。そうすれば、佐々さんが妙にはしゃいでいた理由にもつながりますねぇ……」
「そういやぁ、倒す依頼じゃなくて捕まえる依頼ってのも、やっぱりその理由ってわけっすねー」
茶色い怪物がチョコを貰うのに未だ抵抗が抜けきらない五辻であった。
●それは甘くて茶色い?
「すみませんでした。皆さんのおっしゃる通りです」
佐々は深々と頭を下げて謝罪した。
「マジか……」
「はい。その……実は、ブラウンデビルさんがその茶色い衣装を脱いでいる所を偶然見てしまいまして……一目惚れたったんです」
唐突に語り出した佐々の言い分はこうだった。
一目惚れしたのがブラウンデビルの中の人だったが、顔を見ただけでどこの誰かも分からなかった。そこで、一芝居打ってブラウンデビルをおびき出そうと思い至った。噂通り義理チョコばかり狙うようだから、本命を盗られたという噂を聞けば、本人も黙っては居ないだろうと……そういう事らしい。
「はぁ、それにしても思い切りましたね〜。後であのお友達には本当の事を話すんですよ〜」
八尾師は『めっ』と、佐々を叱る。そして、やさしく佐々の背を押してブラウンデビルの前に立たせた。
「あらためて言います。……ブラウンデビルさん。好きです」
佐々は年相応に赤くなって紙袋から、赤と白と黄色のリボンが掛かった箱を取り出して、ブラウンデビルに差し出す。
「……その。俺はお前の事を殆ど知らないんだ……それに俺の事も知らないだろ?」
ブラウンデビルは片手でそれを押しとどめた。
「でもっ! これから知っていけばいいと思います!」
「……返事はまだ出来ない。その月並みだがお友達からと言う奴でもいいか?」
ブラウンデビルは意外と紳士な奴だったようだ。
「はいっ」
佐々は満面の笑みを浮かべた。
「……あの……ところで、それ脱がないんですか?」
月乃宮が二人だけの空気に入りそうな佐々とブラウンデビルに水を差した。ブラウンデビルは慌ててその茶色い被り物を脱ぐ。中から出てきた顔に犬乃は驚く事になった。
「あっ! あなたは……」
犬乃は思わず指差した。
「知っているっすか? さんぽ!」
五辻が犬乃の言葉に合いの手を入れる。
「佐々さんの教室の前で、色々と聞き込みしていた人です」
驚いている犬乃に、中の人は会釈を返す。
「ふーん……。そういや、あんた最初から攻撃する気はなかったよな」
五辻は気になっていた事を聞いてみた。
「それは、その……ブラウンデビルが本命チョコを奪ったのなら。偽者がやったのかもしれんが、この噂を広めた俺の責任だと思ってな……そこのお嬢さんに言われてさ。佐々さんに謝ろうと思ってたから……」
「そう……だったんですか」
佐々が胸のところを抑えて呟く。
「気にしなくていい。元々は俺のせいだしな。君に変な嘘をつかせてしまった」
ブラウンデビルの衣装を被りなおして男は言った。顔は見えないがどうやら照れているらしい。
「あ、あの……お嬢さんじゃ、ないです。ボク……男」
犬乃の顔が見る見る赤くなっていく。
「えっ? えぇぇぇええっ!?」
その告白にブラウンデビルの中の人は、本日最大の驚きの声を上げたのだった。