●踏み出す一歩は二人で
円居が迷路の入り口でパンフレットを配りながら待っていると、一組の男女がやってきた。Rehni Nam(
ja5283)と亀山 淳紅(
ja2261)。早速、カップルのご来場というわけだ。
「誘ってくれておおきにねー♪」
淳紅の声にRehni(レフニー)は嬉しそうに頷いた。
(ジュンちゃんと雪の迷宮デート……♪)
「それじゃぁ、ジュンちゃん行きましょうか」
二人は手を繋ぎ、そのまま迷路の中へと進んで行く。微笑ましい光景である。
「いってらっしゃーい」
円居は上々の滑り出しに、満足げに手を振り見送った。
氷雪の壁は白く輝き、日常とはかけ離れた幻想的な空間を演出する。
「迷路と言ったら左手法か右手法ですよね。私は左利きですし、左手法で!」
と、レフニーは雪壁に手を置いた。淳紅はその姿を温かく見守る。二人が左手をつけた壁に沿って進んでいくと、曲がり角があった。
「ジュンちゃん曲がり角ですよ〜」
「レフニー待ちぃな。急くとあぶないで」
淳紅の制止もレフニーの弾んだ心を止める事は出来なかった。レフニーは曲がり角まで飛び出すと、飛んできた雪球の餌食となった。
「わわっ、雪玉の弾幕なのですうぁぶっ?!」
顔面直撃。淳紅は手で顔を覆いため息をついた。
「む〜、盾で押し通るのですよぅ!」
楯を構えたレフニーと淳紅は雪球をかいくぐり、その先のスタンプ台を発見した。
「行き止りやね〜」
「でもでも、スタンプ1つ目発見〜♪」
●俺様のラブはどこだ
「ほう?雪の迷路、か! ふふふ、これは面白そうだな…見ていろ、あっという間にクリアしてやる!」
雪の迷路の前でラグナ・グラウシード(
ja3538)は仁王立ち。
「こちらパンフレットになります」
手渡されたパンフには、スタンプ二つで恋愛成就の文言がある。ラグナはまじまじとそれを見ていたが、隣に立つ円居の笑顔に慌てて咳払いした。
「ふ、ふん! ま、ま、まあ、こんな遊びで本当に恋愛がかなうなど思ってはいないが、なあ? 気は心という奴よ!」
言い訳がましい事を言いながらも、ラグナは意気揚々と迷路に消えて行った。
「あら、迷路? 面白そうね。私も入っていい?」
ラグナが駆け込んでいったのを見ていたフローラ・シュトリエ(
jb1440)が、円居に声をかけてきた。
「ええ、もちろんです」
段々と人の入りも増え、円居は満面の笑みを浮かべた。
「この程度の迷宮で、この俺の足を止めさせられるものかっ!」
ラグナは一直線に駆け出すと、あっという間に迷路を走破してしまった。
「お早いですねぇ」
出口で待ってた係がパンフレットを確認する。
「……ぬう、一個しかスタンプがないのに出てきてしまった」
ラグナがパンフレット片手に唸っていると、一足先にクリアした生徒達だろうか、一組の男女が椅子に座って温かい飲み物を手にしていた。
「スタンプ二つゲットやね。ふふー、恋愛御守や」
「楽しかったですねー。あ、ジュンちゃん霜焼とか、大丈夫です?」
「大丈夫やでー、ちゃんと作ってくれた手袋つけとったしな!」
男女の楽しそうな会話が胸に刺さる。
「クリアされた方には、温かいお飲み物をご用意させて頂いているんですよ」
「ヘー、ソウナンデスカ」
係の声を遠くに聞きながら、ラグナは血涙を流し再び入り口へと走った。
●駆け抜ける
左手法を使って進んでいたフローラは、曲がり角でピッチングマシーンを確認すると、飛んでくる雪球の合間を縫って奥へと進んだ。撃退士の身体能力ならば、このくらいの芸当は朝飯前と行ったところだろうか。
「変な仕掛けもあるわね。ま、気楽にやらせてもらうことにしましょう」
フローラはスタンプをゲットすると元来た道へと戻り、先へと進む。ふと、突き当たりのT字路で右を見るとスタンプ台があった。
嬉々としてそちらへと転進するフローラの後ろを二人の生徒が駆け抜けていく。音羽 千速(
ja9066)と水屋 優多(
ja7279)だった。二人はあっと言う間に出口の目掛けて消えていった。
スタンプを二つ捺すと、フローラは出口目掛けて歩く。そしてようやく出口を見つけたのだが、反対に続く道に首を傾げた。
「雪だるまの奥がどうなってるか気になるし、とりあえず行ってみましょうか」
好奇心にかられたフローラは雪だるまを通り抜ける。特に変わった事も無く、雪壁を眺めながら歩いていると、唐突に視界に空が飛び込んできた。つるつるになった氷雪の床を踏んで転んだのだ。
「痛たた……気を抜いちゃってたわね」
油断禁物。フローラは立ち上がると今度は警戒しながら進む事にしたのだった。
一方出口では。
「もう一度、行きましょう!」
「私……お夕食の買出しに行くつもりだったんですが……」
「いいから、いいから! 今度はスタンプ探しで!」
千速の強引な誘いに、優多は仕方ないなとため息を付く。
「では、今度は私が先導しますからね」
と、千速に手を差し伸べた。意を決したあとの優多はすでに笑顔になっていた。
「はいっ!」
千速はその手を取ると、優多と共に再び入り口から雪の迷路へと駆け出して行った。
●天災人災
「どおしてでしょう」
震え上がった声を搾り出すようにして、菊開 すみれ(
ja6392)が迷路の中を彷徨い歩いていた。体中びしょ濡れで、さらに冷気でどんどん体温を奪われている。なんとなく軽い気持ちで入ったのが運の尽き、気がついたらこんな事になっていたのだ。
「調子に乗ったのが悪かったのかな……」
すみれは思い起こす。雪球を投げてくるピッチングマシーンの前で。
「見える! 私にも敵が見えるよ!」
と、一人ではしゃぎ。その後、何故か速度が上がった雪球に直撃された事を。
「ひゃん、冷たい」
と、すみれは叫んだ。顔面に当って砕けた雪球は、無情にも服の中に入ってしまったのだった。
彼女の不運っぷりはそれだけではない、通りを雪だるまが塞いでいたため、横を通ろうとして身体がつっかえてしまったり。そのせいで、さらに服の中に雪が入ってしまった事も――。
そして仕舞いには、出口に行けば良かったものの、雪だるまの先に通路を見つけて進んでしまい、その先にあった氷の床で転んでお尻も濡れて何とも言えないことになったのだった。
「おかしいよ。雪だるまは急に傾いて、胸がつっかえるし。氷の上には水が撒かれてたし、もうやだーブラウスが体に張り付いて寒いよー」
すみれはスタンプ2つを押したパンフを握り締め、震えながら出口へと向かった。
しかし、それはただ運が悪かっただけではなかったのだ……。
「そう、俺様だ!」
ラグナはピッチングマシーンの変速機を弄りながら、迷路内に入ったカップル(間違えて一人歩きしている学生も)を狙って悪戯を仕掛け始めたのだ。それだけでは無い。通りに雪だるまを増やして、行く手を阻んだりもしていたのだ。
ラグナ……なんて恐ろしい男。
「おっ、次の鴨がやってきたな」
ラグナは再び、獲物を待って物陰に隠れた。
●剛速球は返された
(くっ、またカップルか!)
ラグナは曲がり角を歩く二人を見て、マシーンを最速設定にした。発射された雪球は、今までの何倍もの速度を出して飛んでいく。
カキーンッ!
雪球は少年、千速の手にしたバットで打ち返された。
「な……なんだと!」
思わず、ラグナは叫ぶ。
「金属バット持ってたら打ち返してマシーン転倒させたんだけどなー」
「やめなさい」
和気藹々と談笑する二人は、ラグナの声に気づくこと無く歩いていった。
(なんだ、千速と優多だったか。紛らわしい……。)
ラグナは気持ちを切り替えて次の獲物を待つ。続いてやってきたのは女子生徒。天風 静流(
ja0373)だった。カップルではない。しかし、放たれた雪だまは剛速球で、ラグナは変速機を最速にしたままだった事に気がついた。
「しまったっ!」
思わず立ち上がったラグナの顔面を雪球が貫いた。
「いきなり飛んでくるとは……投げ返してしまったよ」
静流は雪球をキャッチすると、そのままバックホームとばかりに投げ返したのだ。返された剛速球で、憐れラグナは撃沈した。
「とりあえず、スタンプ1つ目だな」
静流はクールにラグナをスルーした。
●立ちはだかるは
「こちらですね」
玖珂 円(
jb4121)は迷路の中、棒倒しで道を決めていた。雪の降らない地域に生まれたため、雪にも寒さにも慣れていない。そんな彼女だが、素敵な恋のためと意を決して迷路に挑んでいるのだった。
「や、やっと少しは雪道に慣れてきましたクェアップ!」
多少慣れたと思った矢先に、雪球が顔面を直撃した。明らかにアトラクションを超えた速度のような気もしなくは無い。
「ひぃぃ、いやぁ〜」
円は悲鳴を上げながらも、何度も転倒と直撃を繰り返し、奥にあったスタンプをゲットした。倒れていた男はスルーした。その後、来た道を戻り先へと進んでいくと、誰かの後姿を発見した。
「あら、天風さん?」
「円か……」
「どうしたんですか?」
「いや、雪だるまが道を塞いでいてな。こちらが順路ではなかったのか」
二人の前には通路を塞ぐようにして、傾いた雪だるまが居座っていた。本来は無いはずの、ラグナが作ったもので、横を通り抜けようとして、すみれが傾かせたのだった。
「どうなんでしょう。一度戻りますか?」
「そうだな……」
少し悩んだ末、二人は戻ったのだが、スタンプはあったもののやはり行き止りだった。結局、二人は傾いた雪だるまを避けて先に進み無事、出口を発見した。
●二人を阻むものはなし
「さぁ、パパ行くわよ」
少女が大男を連れて迷路へと入っていく。セラフィ・トールマン(
jb2318)とデニス・トールマン(
jb2314)親娘だ。
(寒ぃから外に出たくなかったんだが…コイツはなかなかのモンだな。)
デニスはセラフィに連れられて来たのだが、迷路の出来には素直に感心していた。しかし、あからさまに雪球が飛んでくる中、セラフィを前に立たせているあたりはどうなのだろう。これがこの親娘の愛なのだろうか。
「パパ、スタンプあったよ〜」
雪球の中を二人で進むと、突き当たりにスタンプ台があった。
「とりあえず捺せ」
「イエッサー」
セラフィは意気揚々とパンフにスタンプ。
(これだけロマンチックな雪の迷路の中で、恋愛成就ときたら! これはもしかすると、もしかするかもしれないわ。うおぉぉぉ! テンション上がってきたぁぁぁ! あっ…鼻血が…♪)
と、セラフィが一人、悶々としている。その様子にデニスは嫌な予感がした。
「さぁ、次にいきましょパパ! ここブッ壊しちゃえっ!」
セラフィが嗾けると、デニスはひょいっとセラフィの首元を掴み上げて、壁の向こうに放り投げる。
「パパのバカぁっ!」
「ふんっ、壊すわけにはいかんだろ」
デニスは至極まっとうな答えを返した。雪壁の上に放り投げられたセラフィ目掛け、何処からとも無く雪玉が飛んできた。ピッチングマシーンは一台ではなかったのだ。壁を登って近道をしようとしたら、第二のマシーンが雪玉で打ち落とすという算段であった。
「意外と、激しいのねパパ」
デニスは元来た道を戻り、壁の向こうに辿り着くと、雪上に落下したセラフィは目を回していた。仕方なく、デニスはセラフィを背負うとそのまま迷路を進む事にした。
「はっ!? パパ」
「おっ、目が覚めたか。じゃぁ降りろ」
目が覚めたセラフィは自らが背負われている現状にドキドキとしながらも、起きなきゃ良かったと後悔した。
「ところで、今どこなのかな?」
「さぁな、まぁ中間くらいだろう。とりあえず、この雪だるまをどかさねぇと先に進めねぇ」
「そっか……」
セラフィはスタンプがまだ一つしか押されていないパンフを見て、少ししょんぼりした。
「なんだ、スタンプ捺したいのか? それなら戻ったところにあったから、さっさと捺して来い」
デニスは傾いた雪だるまを横にずらしながら言った。
「うんっ! パパ大好きっ!」
セラフィが笑顔で走っていくのを見て、いつまで経っても子供だななどと思った。しかし、セラフィが迷って何十分も待ちぼうけになるとは、その時のデニスはつゆにも思ってもいなかったのだった。
●迷路の出口
「ここが出口で良い筈だが、何故あちらに道が・・設計ミスか?」
静流が雪だるまの並ぶ通路を指差す。
「さぁ、それよりももう出ましょう。私、スタンプ二つ貯まったからもういいです」
そんな疑問よりも、円は早く外に出たかった。
二人が一緒に迷路を出ると、温かい飲み物や食べ物が振るわれていた。
「す、すいません、み、味噌汁を……」
震える円の声を聞き、係の少女が御椀に温かいお味噌汁をよそった。
「あ……温まります」
「スープも温まるよ〜」
フローラは手にしたスープを勧める
「では、私にはそちらのスープを」
フローラからスープを貰うと、静流も指先を温めるようにカップを包んだ。
視線の先には、レフニーと淳紅がココアを飲みつつ談笑している。そして、出口から何週目なのか千速と優多が飛び出していった。
出口付近には続々と迷路をクリアした生徒達が集まってきた。武田は、その様子を眺めながら温かい飲み物を配る。
「パパ〜、着いたよ」
「まったく、お前が迷うから、ずいぶん時間がかかっちまったじゃねぇか」
セラフィに悪態をつきながらもデニスは笑っていた。親娘は出口で温かい珈琲を受け取った。
「とても面白かったぞ、ありがとう!」
何故か今頃、迷路から出てきたラグナが、武田と円居を見つけると満面の笑みで言った。武田は自分の作ったものが人々に受け入れられた事が今更ながら嬉しく感じた。
「円居……ありがとな」
武田は出口の人々の姿を見て呟いた。
「何さ、改まって」
円居は武田に笑いかける。
雪の迷路は人々の心を繋いだ。たぶん、そこには何の力も無いけど、確かに絆は芽生えたのだ。
「や……やっと出口」
すみれは雪だるまの向こうからなんとか這い出て来ることに成功した。出口の向こうでは、人々が和やかに笑っているのが見える。
「わぁ……」
「お疲れ様、温かい飲み物をどうぞ」
円居が最後に出てきたすみれにカップを手渡す。
「ありがとうございます」
ようやく出られた事と、温かい飲み物でホッとしたのもつかの間、すみれは自分の下着が濡れていることに気付き足早に去っていった。
「グスンッ……早く帰って着替える」
手にはしっかりと恋愛成就の御守を握りしめて。