●超絶なる曲刀! シミターサーバントを叩き折れ!
「たかが剣一本で街を混乱に陥れる、か。これが今の人類と天魔との力関係なのだろうな。……だが、いつまでも好きにはさせない。ただの獲物では無い事を示してやらないとな」
黒き統率者・リョウ(
ja0563)は静かな闘志とともにそう口にした。
「これはまた……派手に斬られてるな。これ以上被害が増える前にへし折ってやろうじゃないか」
決意を口にしたリョウへと同調するように、飄々とした物腰ながらも先程から周囲を油断なく見回している黒田 圭(
ja0935)も、リョウと同じく自らの決意を声に出す。
「刀剣型のサーヴァント……まるでポルターガイストね。生きてるかどうかすら怪しいものだわ。倒したらいろいろ調べてみたいものね」
理知的な雰囲気を感じさせる声でそう呟いたのは蒼波セツナ(
ja1159)だ。その意識は今この瞬間に現れても不思議ではない敵に向けられながらも、それと同時に無線機越しに繋がった美里にも向いていた。
セツナたちは予め美里のへの協力を打診しており、彼女の『観測球体』がこの地区一帯を周回しているのが見える。
「切ることで自分の存在証明をしているみたいですね」
仲間たちの会話を聞いていてふと思う所があったのか、楯清十郎(
ja2990)も自らの感想をふと口に出していていた。
「危険なおもちゃは片づけなければ、ですね」
楠 侑紗(
ja3231)も仲間たちに続いてそう呟く。物静かでマイペースな抑揚に乏しい淡々とした語り口ではあるが、その声からありありと伝わって来る強い決意や使命感は決して仲間たちに引けは取らない。
「追うのか、追われるのか。ですか、ねぇ?」
セツナと同じく無線機や付近を周回する『観測球体』に注意しながら宮田 紗里奈(
ja3561)が、まるで誰かへと問いかけるように呟くと、同じく独り呟くような口ぶりでジェイニー・サックストン(
ja3784)も自らの心境をこぼす。
「漸く……です」
ジェイニーにとっては憎むべき仇敵である天界陣営に連なる相手との戦いに、彼女ははやる衝動に駆られながらも、それを抑えて冷静さを保ちながら味方の同行に注意を怠らない。
(敵の危険度は高いけど、行動思考が機械的だっただけマシだったかな――)
敵の出現に備えて全身の感覚を研ぎ澄ませ、闘志をたぎらせていく仲間たちの会話を耳に挟みながら、高坂 涼(
ja5039)は物思いにふけっていた。
(本格的にアウルを用いた異能――スキルを習得する学園生たちが現れ出したんだ……これから先戦いも更に本格化していくのだろうな……)
と思いつつ涼は、今は自分の役割を果たそうと今回の敵に対して確かな敵意を向けている。
(何にせよ、何の罪も無い人々を傷つけるような存在は放ってはおけないね。だから、退治させてもらうよ――!)
胸中でそう呟く涼の心の声がまるで聞こえたかのように金鞍 馬頭鬼(
ja2735)も自らの胸中で心情を吐露していた。
(一体だけか、複数いたらとんでもねぇーになってたろうな……)
そんな彼等と同じように、油断なく敵の出現に備えながら、絵菜・アッシュ(
ja5503)は手にしたリボルバーに目を落としていた。弾倉に装填された銃弾を見つめながら、絵菜は難しい顔をして、まるで自らに語りかけるようにぼやく。
「相性の悪い相手だな……ショットガンでもあれば、もうちょっと動けそうなんだけど……ない物ねだりをしても仕方ない、か。出来ることをするだけだね」
自分へと言い聞かせるようにそう締めくくると、絵菜はリボルバーを握る右手を勢い良くスナップさせてスイングアウトしていた弾倉を元に戻す。
「RPGだとソコソコ進んだ時に雑魚キャラとして出てくるよね! 実際に目にするとこんなに脅威だとは思わなかったがな!」
その場に充満した重苦しい空気を払うように、どこかおどけた調子で努めて明るい声を出したのは大城・博志(
ja0179)だ。
「確かにそうですねー。って、かくいう私もRPGとかは常識として知ってることぐらいしかわかりませんけどー」
ゆっくりとした独特の調子で少女の声が辺りを包む。ほのぼのしてしまうその声は博志とはまた違った形で、重苦しい空気をほぐしていった。
その声の主――澄野・絣(
ja1044)はやはり、ほのぼのとした声で言うと、仲間たちへと優雅に一礼する。
「皆さん今回はよろしくお願いしますねー」
博志は現着するなり、市販のチューブ入りラードを二つ用意してきたのをポケットから取り出し、チューブに阻霊陣と両面の粘着テープを貼って電柱やガードレールにセットしていた。
「でさ、やっぱりRPGの定番だと、この手の特殊能力を持った敵っていうのは倒した後に起き上がって来て、仲間になりたそうにこっちを見てたり、こいつの攻撃をくらうことで俺らがこいつの必殺技をラーニングできたりするも――」
その作業と並行して博志が再び重苦しい空気を払拭するべく、おどけた声で冗談を飛ばしていた時だった。
『……現在地……より……数メートル……隣の……ブロック……接近……確認……』
彼の言葉を遮るような突然のタイミングで彼等撃退士の耳にはめられた無線機のイヤフォンから、まるでうわ言のような美里特有の話し声が響き、それと全くの同時に大型の構造物が倒壊し、崩れ落ちた残骸が地面に激突する大音響が同時に響き渡る。二つの音が見事に重なり合う中、清十郎が叫んだ。
「来ましたっ!」
イヤフォン越しの音声と、傍らに立つ仲間の肉声の二重奏で敵の出現を知らされた彼等は一斉に敵の姿を凝視する。
そり曲がった刃を持つ曲刀――シミターが高速回転しながら低空を飛行し、辺り一面の構造物を片端から切断しながら近付いてくる。
先程のおどけた態度とは裏腹に、最も鋭い動きを見せたのは博志だ。まるで野生動物のような凄まじい速度で敵に反応した彼は自らの身体に流れるアウルを両掌に収束させていく。そして、溢れんばかりに充填されたアウルを矢のようにして解き放つ!
「アウルよ、魔弾となりて撃ち抜け!」
それに続いて動いたのはセツナと侑紗だ。愛用する書物を開き、アウルを駆使して光球や風刃を放つ。通常時とは違い、弾幕を張ることだけに集中しているからだろうか、一発ないしは数発の光球や風刃をボール大にして放つ普段とは違い、ボールというよりはビー玉サイズの魔法攻撃を彼女たちは無数に放っている。
(直接狙うことは難しくても 。相手が『何秒後』に『どこを通過するのか』さえ分かれば――攻撃を当てることは可能なはず)
点でもなければ線でもなく、徹底的に面で攻める仲間たちの魔法攻撃。それを敵が切り払うおかげで、魔法の『面』の中にできた空白ははっきりと見て取れる。それを利用して高速飛行する敵の軌道を読みながら、侑紗は胸中に呟いた。
仲間が作ってくれた『一瞬のチャンス』を逃さないよう、心の準備をしておいたおかげで侑紗は、敵の動きを予想し、側面に攻撃が命中するよう『何も無い空間』に向けて魔法攻撃を放つことができたのだ。
そしてリョウも苦無を投擲し、弾幕に協力する。
インフィルトレイター勢も負けてはいない。ジェイニーを中心にその左右斜め後方に絣と絵菜の二人が並び、あたかもトライアングルのような陣形を組んだ彼女たちは一糸乱れぬタイミングで各々の武器を構える。
「二人とも、準備はいいですか? あのナマクラ刀をブチ折ってやるのでごぜーますよ」
ジェイニー特有の乱暴なのか丁寧なのか解らない言葉遣いで合図を出すと、彼女はピストルの引き金を引いた。
「そのままぶち折れなさいな!」
それと時を同じくして、絵菜も腕をまっすぐに伸ばし、しかと握りしめたリボルバーのトリガーを引く。
「オレにできるのは援護射撃だけ……か――もっと力があれば……!」
まるで慟哭するような声で気合いを入れながら射撃をする絵菜とは対照的に、ほのぼのとした声で応える絣も援護射撃に加わる。
「私も援護します。頑張りましょうー」
そんな彼女たちを見て微笑みながら、敢えて彼女たちよりも敵に近い場所に立ち、彼女たちを少しでも多く庇える位置に陣取った圭も銃撃を放って呟く。
「いいねえ。やっぱり若い子たちは元気が一番だよ」
魔法攻撃に四人の射撃が加わったことで更に濃厚となった弾幕に、珍しく絣が威勢の良い声を上げる。
「今ですっ。一気に行きましょう!」
その声に頷く七人。弾幕は更に激しくなるが、敵はまるで激流に逆らうように平然と進んでくる。弾幕の全てをことごとく切り払っていくその姿はもはや、切り払っているというよりも何の障害も無い道をただ進んでいるというほうが近い。
「普通は曲刀で盾を抜ける訳がないが…まぁ、こちらの常識で考えたら負けだろうけどね。しかし厄介だな……撃退士とはいえ、直撃したら真っ二つか」
平静を保ちながら涼は呟くと、隣で自らと同じく時を待つ清十郎に声をかける。
「僕たちも行くよ」
それに対し、清十郎も些かの衰えも見せない戦意とともに応えた。
「はいっ!」
威勢良く答えると彼は盾を剣で打ち鳴らしながらタウントする。
「ほらほらこっちですよ。空飛ぶ棒っきれさん」
既に弾幕を七割がた突破し、すぐ前まで肉薄している敵に向けて涼と清十郎の二人はアウルを込めた盾を構え、防御姿勢を取る。そして敵は遂にすべての弾幕を突破し、弾幕を張っていた者たち、そして奇襲を狙って周囲に待機していた者たちを次々と斬り伏せていき、防衛堅固の構えを取る残り二人のもとへと最接近していく。
仲間たちが命懸けで敵の速度削いでくれたことで生まれた勝機を逃すまいと、涼と清十郎の二人は裂帛の気合で敵と相対する。
まず敵と激突したのは涼だ。全力のアウルを込めた盾と曲刀の刃がぶつかり合い、凄まじい衝撃が走るが、何とか踏みとどまりつつ涼は呻くような声で自らを叱咤する。
「受け……切れるっ!」
だが、数秒間の攻防戦の末、ガラスのように鮮やかな切断面を見せ、彼のシールドは真っ二つに切断されてしまう。
「ちっ、斬撃も貰ってしまったか……」
かろうじて身をかわしたおかげで盾を切断されたものの、身体まで両断されることはなかった涼。それでも少しかすっただけにも関わらず、彼の身体には袈裟掛けの刀傷が深々と刻まれている。
そして、敵は最後の砦である清十郎の盾へと刃を立てる。
「中々の切れ味の様ですが、まだまだですっ!」
涼が全力を注いだ盾すらも断ち切ったこの敵の力と正面からぶつかったのだ。本来ならば、たとえ清十郎といえど同じように断ち切られていただろう。
だが、涼が全力で受け止めたことにより斬撃の威力が減衰したという『必然』ととある『偶然』が彼に味方した。予め博志が仕掛けていたラードのトラップに気付かず、それが仕掛けられた構造物を斬った敵は、自らの身体に付着した油分に気付いていなかった。
そして、ごく僅かにだが、刀身が盾に触れた瞬間、その油分のせいで盾の表面を滑ったのだ。それが小さいながらも斬撃角度の狂いを生み、ほんの僅か――それこそ剣術の達人ですらともすれば気付かないほどの違いに繋がる。だが、その違いが大きな差を生んだ。
本来の切れ味ならば、清十郎の身体は一撃のもとに両断され、彼は自分が斬られた瞬間すら認識できずに即死していただろう。だが、斬撃の威力が微かに鈍った結果として敵は清十郎を両断できなかったのだ。
それでも切れ味たるや凄まじく、清十郎の盾も両断され、彼の身体にも深々と刀傷が刻まれる。だが、彼を即死させるにまでにはごく僅かに至らない。
「今ですっ!」
そして、そうして助かった命で立ち続けた清十郎は全身全霊の力を振り絞って、自らの身体に敵の刀身が斬りこまれた瞬間、なんと敵の柄をしっかりと掴み、敵を捕獲したのだ。
敵を掴んだ部分に光纏の結晶が集まり、更に堅固に固めていく中、彼は自らの全てを賭けるように叫んだ。
「今ですっ!」
その言葉に衝き動かされ、紗里奈と馬頭鬼の二人が滂沱の血潮を流す刀傷をおして立ち上がると、残る命全てを注ぎ込むように自らの拳へとアウルを込める。
そして、清十郎が柄を必死に抑える敵へと一足飛びに接近すると、踏み込みの勢いを乗せた渾身の拳打をそれぞれ左右から放つ。クロスする軌道で放たれた拳を左右から同時に受け、弾幕を正面突破して盾すらも断ち切った敵は、遂にその刀身をへし折られ、活動を完全に停止したのだった。
「終わった……のか……」
絶体絶命の中に勝利の活路を見出した功労者、もとい英雄たる博志はまさか自らの策が功を奏したとは夢にも思わず、安堵の息を吐き出す。
一方、へし折られて道路に転がった刀身を拾ったジェイニーは、それをしばらく見つめていた。
「直して使うのは……無理そうですね」
その材料に思い至ると、もはや何の興味もないかのような口調で云い捨て、刀身をポイと捨てる。その直後、道路に転がった刀身はまるで灰になるように崩れて消えた。
「無機物がサーヴァントになるなんて話、聞いたことがないわ。倒したサーヴァントについてはいろいろと綿密に調べたいところね
できれば学園まで持って帰って、個人的に調べてみたかったけど」
セツナは残念さと安堵が入り混じる声で呟いた。
「来栖さんの、おかげで、誰一人、欠ける、ことなく、勝利できました。ありがとう」
「ああ。協力ありがとうな。助かったよ」
紗里奈と圭の二人が無線機で美里に礼を言うと、あの特徴的な声がイヤフォンを震わせた。だが、今回ばかりは少し様子が違うようだ。美里にしては珍しく感情が大きく動いているようにも感じられる。
『別……特別……事……したわ……けじゃ……い……あれ……どうして……私……頬……濡れて……もしか……して私……泣いて……全員……無事……から……?』
仲間たちと少し離れた場所で静かに勝利の余韻とともにリョウは呟く。
「……それにしても天魔の意図が読めないな。感情を吸収するにしても破壊活動をするにしても、もっと効率が良い方法もあるだろうに。何かの実験か……或いは単なる戯れか」
すると彼だけが気付くように『観測球体』が近付いてきて、アウルの糸を彼の携帯電話に伸ばす。
依頼出発前、リョウは皆には聞こえないように美里に依頼していた。
曰く、『……このサーヴァントの出現意図が読めない。索敵とは別に、戦闘中にどこからか監視している存在がいないか探してみてくれないか。いなければそれでよし。いた場合、深くは探らなくてもいい。済まないがよろしく頼む』、と。
そして、映し出された映像を見て彼は絶句した。
画面に映ったのは、ひん曲がった古釘で作られた八本足の上にスクラップから取ったと思しきレンズが乗った『何か』――機械部品で作った蜘蛛が、離れた所から戦闘を観察した後で踵を返し、まるで生きているような動きでどこかへ去っていく映像であった。