●灯せ光球! 信じよ仲間! 極限の陽動作戦!
「Wo viel Licht ist, ist starker Schatten.……こっちは準備オッケーよ」
古代語の呪文を唱え、エヴァ・グライナー(
ja0784)は光球を生み出した。そして、彼女に続き御手洗 紘人(
ja2549)も同様にして光球を生み出す。
「幻覚ですか……これはまた、厄介なのです……」
光球を生み出しながら、自分たちがこれから相対しようとしている相手の持つ厄介な能力を否応なく深刻に考えてしまうのか、紘人は浮かない顔でため息を吐きながらそうこぼした。そんな彼を励ますようにソリテア(
ja4139)はにっこりと微笑むと、紘人の肩をぽんと軽く叩いて語りかける。
「大丈夫ですよ。実力のある撃退士がこれだけ集まっているんですから」
その後、可愛らしい顔に闘志の満ちた表情を浮かべると、愛用する書物をしっかりと片手に握りしめ、ビル群の向こう――遥か遠くの街路へとそびえ立つ奇怪な植物をしっかりと見据えながら、ソリテアは声高に宣言する。
「確かに、面倒な天魔ですね。フォーツ家の力、見せてあげます!」
声高な宣言とともに彼女も二人に続いてまばゆい光を放つ光球を作り出す。そして、闘志に満ちた顔で光球を生み出すソリテアを二重の意味で眩しそうに見つめながら、ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)はおずおずと呟いた。
「幻覚……嫌いです」
嘘が嫌いなユイ。
そんな彼女は幻覚と聞いて、嘘を連想し嫌っているようだ。本人にしてみれば、絶対かかりたくない部類の攻撃だろう。
「嘘つきは許さないです、絶対」
独り、自分だけに聞こえるように呟くユイ。ソリテアとは違い、トーンを抑えた静かな声音ながらも、ユイの心に秘められた闘志の激しさたるやソリテアは勿論、同じくこの場に集まった三人の仲間たちにも決して引けはとらないであろうことは想像に難くない。そして、ユイも自らに流れるアウルを発動し、三人の仲間と同じくまばゆい光を発する光球を発生させる。
「……それにしてもさっきから気になってるんだけども、あのカナブン。何のためにここにいるのかしら?」
(植物型ディアボロが幻覚剤を散布するだけならばそれ単体で十分なはず……しかし……ドローンビートルも同時に出現させた。花に惹かれて集まってくるならいざ知らず、同時に出現させた意味とは?)
そこまで自問した後、どこか性急に仮説を出すとエヴァは、すぐ隣に立っている紘人に水を向ける。
「やっぱりカナブンの量が多ければ多いほど、幻覚を見やすいということなのかな……?」
すると急に話を振られた紘人は思わず驚き、少しばかり狼狽えてしまった。てっきりエヴァの独り言だと思っていた矢先、急に話を振られてしまっては驚くのも無理はないだろう。
「はぁ……僕もまだなんとも……ただ、僕としては幻覚に襲われなければいいのですけど……」
そう言いつつ紘人は既にプロの撃退士としての冷静さを取り戻している。
そんな二人の会話を聞きながら、ソリテアは自らの心の中で燃え立つ闘志を更に高め、かつて喪った恋人のことを思い出しながら、胸中でその恋人に向けて、どこか誓いにも似た一言を告げる。
(見ていてね、ソラ……!)
三人がそうこうしていると、ユイがおずおずと口を開き、小さな可愛らしい手の細い指で、奇怪な植物がそびえ立つ街路の方向を指差した。
「来た、です」
視界を埋め尽くすように広がったカナブン型ディアボロの群。それはまるでメタリックグリーンに輝くカーテンのようだ。
「こっちに集合ーなんです」
メタリックグリーンのカーテンに向けてユイがそう言い放ったのを合図に、三人の仲間たちも即座に臨戦態勢へと突入する。だが、すぐに彼等は眼前に広がった異様な光景に圧倒され、その戦意も著しく減退していく。
「キャー!? 気持ち悪いー!!」
もはや悲鳴に近い声を上げたのはエヴァだった。
四つの光球が放つ光に引かれて集まってきたカナブンの数は彼等の予想を遥かに超えており、それはもはや『メタリックグリーンに輝くカーテン』などという生易しいものでは到底ない。今や視界を埋め尽くすほどに広がっただけでは足りず、まるで城壁のような高さと厚みとなって迫ってくるそれはまさに緑の濁流、否、これは既に激流というのが正しいだろう。
一匹一匹の羽音は小さくとも、これだけ膨大に集まれば、耳をつんざくほどの大音響となる。エヴァたちが思わず耳を押さえたくなるほどの大音響に達していることからも、おびただしい量のカナブン型が集まったのは想像に難くないだろう。
そして、彼等四人は本能レベルの恐怖に突き動かされるまま、全力疾走を開始した。
「ちょっと何コレ!? 聞いてないわよッ!?」
涙ぐみながら全力疾走するエヴァは背後から迫ってくる緑の激流に抗議するが、生憎と相手は人語を介さないらしい。
「作戦は成功みたいです。でも、虫さんいっぱいも、気持ちよくはないです」
エヴァとは対照的に、こんな状況にあっても声のトーンを抑え気味にユイは呟く。表情もエヴァほどめまぐるしく動いてはいないが、足は負けず劣らず全力疾走していた。
「こんなに数が多くちゃ、そう簡単に殲滅も――」
全力疾走しながら、同じく隣を走っていたはずの紘人に意見を求めようと彼の方を振り返ったソリテアは、眼前の光景に絶句した。
『天魔の悪事からみんなを守る為、ただいま参上! 魔法少女プリティ・チェリー☆』
紘人はあたかも女児向けアニメのような口上を上げながら、迫り来る緑の激流を前にして立ち止まっていた。しかも、走っている途中で拾ったのか錆びかけの鉄パイプを、アニメの魔法少女が使うステッキ型のアイテムのように構え、ポーズまで決めて見栄を切っている。
「な……何をやっているんですかー!」
一瞬唖然とした後に大声でツッコミを入れるソリテア。だが、彼等に起きた異変はそれだけではなかった。
「いあ! いあ! ツェ鰛eEイT姓ィせ2アfネa!」
一方、エヴァは急に立ち止まったと思えば、先ほどからすぐ近くに見える貯水池に向かって、この世界のものとは思えないような謎の文言を口走っているのだ。
「エヴァさん、落ち着いて」
ユイの方はまだ何とか正気を保てているようで、おずおずとした口調でエヴァへと必死に呼びかけている。しかし、エヴァの奇行は治まりそうにない。
「ユイさん、こうなったら仕方ありませんね……かくなる上は――ユイさんもご協力、お願いします!」
エヴァの事情も察したソリテアはユイに言いながら、武器である書物をヒヒイロカネに収納する。そして、ソリテアは紘人を、ユイはエヴァを。それぞれ奇行に走る仲間を抱えて全力疾走するのだった。
●決死の強行軍! 幻惑への正面突破!
「行ったようだな。さて、俺たちも行くとするか」
この一帯にいたカナブン型が一斉に陽動班に引っ張られていくのを見届け、ピストルとダガーを抜きながら麻生 遊夜(
ja1838)はそう呟いた。
「うむ! 人の心を弄ぶなど言語道断だ! 許さないぞ! さて、正義執行と参ろうか! ――王虎雷纏ッ!」
遊夜に同調するように獅子堂虎鉄(
ja1375)も愛用の弓を構え、気合を叫んで光纏を果たす。
静かなる気合の遊夜と裂帛の気合いの虎鉄。そんな二人とは対照的な飄々とした、どこか掴みどころの無い様子でエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は口を開く。
「強くはないのに厄介な敵……ですか。まあ、何事も経験ですね」
その言葉に相槌を打つように口を開いたのは砥上 ゆいか(
ja0230)だ。
「うぅ……精神攻撃かぁ、厄介だなぁ。いっそ、ガーッと攻撃してきてくれたら方がいいよ」
彼女のそんなぼやきに共鳴するようにルーネ(
ja3012)も呟く。
「幻覚で精神攻撃か……厄介な相手だよね……」
一方、猫野・宮子(
ja0024)はコートを脱ぎ捨て魔法少女の格好になり、誘って一緒にこの依頼に参加した友人である桜井・L・瑞穂(
ja0027)に声をかけた。
「ん、取り残された仲間を放ってはおけないしね。瑞穂さん、ほら、急いで。魔法少女として早く皆を助けてあげないと♪」
更に宮子はポーズを付け、決め台詞まで言い放ってみせる。
「魔法少女マジカル♪ みゃーこ、出撃にゃ〜♪」
そんな彼女をたしなめるように、瑞穂は落ち着き払った声で宮子に言う。
「ほ、ほら。宮子、少し落ち着きなさいな」
そして、改めて瑞穂は敵である奇怪な植物がそびえ立つ街路をまじまじと見つめ、義憤で声を震わせる。
「何とも悍ましい光景……景観を損ねていますわ! ――それにしても、音信不通な第一陣の娘達は無事なんですの?」
瑞穂は予め用意してきた小型のカセットコンロ用ガスボンベを幾つか取り出し、確信を持ってガスボンベを握りしめると、傍らの宮子に声をかけた。
「此れならいけそうですわね――宮子、やりますわよ!」
その言葉とともに目配せでも合図をすると、瑞穂は手に握ったガスボンベを撃退士特有の腕力で高空へと放り投げた。
「光での引きつけにしろ、爆風にしろ効果があるといいんだけどにゃ。うに、それじゃあ爆風いくにゃ! マジカル♪ シュート!」
すぐさまそれに反応した宮子は、明るい声とともにヒヒイロカネから取り出した愛用のピストルで、高空に投擲されたガスボンベのことごとくを撃ち抜いていく。ガスボンベは片端から次々と爆発し、轟音とともに凄まじい爆風を辺り一面に撒き散らした。
「うに、今にゃ!一気にディアボロに接近して倒してしまうのにゃ!」
いまだ微かに後を引く爆発音の残響と吹き荒れる爆風をまるで号砲とするかのように、彼等撃退士は敵――奇怪な植物の姿をしたディアボロに向けて一斉に全速力で駆け出した。
(これは、仕方の無い事だ……ああ、依頼だから仕方がない、そうだとも)
敵がそびえ立つ地点に向けて全力疾走する撃退士たちの一人――〆垣 侘助(
ja4323)は胸の中だけで不機嫌な声をもらした。
京都に実家を持つ由緒正しき庭師の息子であり、自身も庭師である彼にとって、植物を殺さないといけないという事にやや不機嫌になるのは当然の事だ。
だから、そうした不機嫌という理由から生まれた小さな怒りや憎しみの種が敵の放つ幻覚物質によって、侘助本人すらも気づかないうちに増幅されていること。そして、『庭師でありながら、植物を殺さなくてはならない』という不機嫌極まりない感情の裏に潜む暗く危険な欲望が自然と呼び起され、引き出されていることも当の本人である侘助を含め、その場の誰一人として、まだ誰も気づいてはいなかった。
ゆえに、異変が生じた時には既に敵の攻撃は『完璧な形で完了』していたのだ。
(あぁ……どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって……)
自分の前を走る仲間たちの背中や隣を走る仲間たちの横顔を見ながら、侘助は再び胸の中だけで呟く。その声はやはり不機嫌、否、もう既に不機嫌などという範疇を超え、隠しもしない怒りや憎しみそのものをありありと滲ませた怨嗟の声音で侘助は呟いた。そして、呟いた侘助は何の躊躇もなく、逆手に持った苦無を握る手に力を込めると、まず手始めに前方を走る遊夜の背中へと苦無の切っ先を振り下ろした。
「ぐぁ……かはっ!」
突然のことで全く防御が取れなかったせいで痛恨の一撃となったのか、遊夜は驚愕に引きつった表情で肺の空気と一気に血を吐き出し、大きく前のめりに倒れかけたところで、かろうじて踏みとどまる。
「何のつもりだ!」
心身に受けたダメージを考えれば驚くほどの速さで立ち直った遊夜は即座に侘助の方を振り向くと、疾風の如き速さでダガーを振るい、侘助の喉元にダガーの刃を押し当てる。
「邪魔をされたからな。だから、俺の邪魔をしたお前をまず消すことにした」
侘助も苦無を遊夜の喉元に押し付け、互いにほんの僅かにでも刃を動かせば即座に相手へと致命傷を与えることができる極限のこう着状態に突入する。互いの視線が正面からぶつかり合い、武器を握る腕は交差し合う。そんな極限状態の中、まず口を開いたのは侘助だった。
「ただの植物愛キャラだと思ったか? 残念、無自覚狂い系歪み愛キャラ。しかも嗜虐癖持ちだよ!」
叫び声を張り上げるようにそう語る侘助の顔は、危険な快感や愉悦といった暗い喜びの笑顔に歪んでいる。
侘助が不機嫌なのは『庭師』である自分としてそう感じるべきだという思考によるもの。その実、侘助は存分に植物を殺せる依頼に無意識であるがかなり喜んでいるのだ。 そして、然し甚振り殺す、それこそが彼にとっての願望である。故に気が付けば知らず知らずの内に侘助は笑みを浮かべていた。
「奇遇だな。俺もお前を消したいと思っていたところだ」
対する遊夜も負けてはいない。一般人が近くにいたとしたら、その禍々しさにあてらえて発狂してしまいかねないほどの濃厚な殺気を惜しげもなく発散し、そのすべてを眼前の侘助に叩きつけるようにして浴びせている。
そんな状況に割って入ったのだルーネだ。
「ちょっと! ちょっとぉ! 二人とも、何コワイ顔してんの? 世の中、愛と平和――つまり、ラブ・アンド・ピースだよ!」
二人とは逆に平和的な笑顔を浮かべ、ルーネは二人に近づくと、刃物を相手に突きつけている方の手をそれぞれ掴み、引きはがそうとする。
「うるせえ!」
「黙ってろ!」
だが、ルーネに返ってきたのは、殺気だった怒号とともに放たれた拳だった。二人からの容赦のない拳打を腹部に受けたルーネは後方へと盛大に吹っ飛ばされ、コンクリート製の建物の壁に激突してクレーターを穿つ。
しかしながら、ルーネの行為は全くの無駄ではなかったようだ。そのおかげか、侘助の興味もとい殺気は遊夜から敵へと変わったのか、侘助は脇目も振らず敵へと肉薄すると、大木ほどの太さがある茎に飛びついた。そして、恍惚の笑みを浮かべながら狂気的な哄笑を上げ、手にした苦無で敵の果実やツタ、そして樹皮に至るまで敵の身体という身体をメッタ切りにしていく。まるで返り血のように大量の樹液を浴びながらも切り刻むのを止めなかった侘助のおかげで、仲間たちの幻覚がじょじょに解け始めたのだ。
「一番隊隊長、行きます!」
まず動いたのはルーネだ。ダメージから復帰し、虎鉄に合図を送る。それを受け、虎鉄も動いた。
「零距離射撃のアークを喰らえッ! その幹に風穴開けてやるぞ!」
一気に接近し、虎鉄は光の弓を零距離で撃ち込んだ後、大量のアウルを込めた一矢もここぞとばかりに撃ち込んだ。
「そのまま折れろォォォッ!」
更に仲間たちも続く、遊夜と宮子の銃撃に瑞穂の剣戟、ゆいかの放つ衝撃波とエイルズレトラの放つ太刀型のオーラも唸る。
「これでトドメだ! 正義執行!」
そして、全力のアウルを込めた虎鉄の一撃が命中し、敵は茎の半ばからへし折れ、じょじょに消滅していく。そして、それと同時に一気に反動が来たのだろう。幻覚物質による頭部や精神への負荷がたたり、撃退士たちは一斉にその場に倒れ込んで気絶した。
半ば相打ちに近い形ながら、からくも撃退士たちは勝利を収めたのだった。
(2012年3月19日修正)