※当シナリオは「シノビガミ」コラボ特別シナリオです。一部エリュシオンの世界観と異なります。
また、リプレイ内で使用される忍術・組織などは、ゲームの世界観に一切影響を与えません。
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「到着早々模擬戦か……。もっと穏やかに進むと思っていたが」
既に臨戦態勢へと入った御斎学園生徒会の面々を見つつ、リョウ(
ja0563)は苦笑した。
リラックスしているようでいて、既に彼も臨戦態勢に入っている。
そして、それは他の久遠ヶ原学園生たちも同じだ。
しかし、その一方で蛇蝎神 黒龍(
jb3200)は戦意をあまり見せず、事もあろうに御斎学園生徒会メンバーに背を見せた。
「すまへん。ちょいとせなあかんことがあるんで」
飄々とした様子で言うと、黒龍は幻蔵へと歩み寄った。
「飯綱先生、一度お会いしてみたかったんです」
人の良さそうな笑みを浮かべつつ、黒龍は握手の右手を差し出した。
「ふむ」
握手に応じる幻蔵。
すると黒龍はいきなり幻蔵へとハグを敢行する。
「冥魔と違う臭い、がするなぁ」
呟くなり、黒龍は幻蔵へと飛び付く。
しかし、既にそこに幻蔵の姿はない。
ハグしようとして空を切った黒龍は盛大につんのめって危うく転びかける。
「あまり調子に乗らないほうが良い。表の世や久遠ヶ原ではどうか知らんが、シノビの前ではお前も、たかが一人外に過ぎん――とだけ忠告しておく」
「すんません。けど、そんな鋭い目で睨まんといてください。『まるで鼬みたい』に鋭いそないな目で睨まれたらボク、ショック死してまいます」
身震いしながらも、口調は飄々としながら黒龍は再度幻蔵へと歩み寄った。
「まあ、冗談はこれくらいにしといて。本題としてはこれを渡したかったんです」
黒龍は一冊の本を取り出す。
中に阻霊符が入っているそれを幻蔵が受け取ると、黒龍は御斎学園生徒会メンバーの前に戻る。
「待たせましたな。ほな、始めましょか」
高まる緊張感の中で自然と勝負が始まろうとしたその時――。
「速水先生、合図頼んます」
今まさに戦いの火蓋が切って落とされる直前、黒龍はねじ込むようにして風子へと合図を頼むんだのだ。
水を差された格好になった格好になり、思わず御斎と久遠ヶ原が双方ともに色めき立つ。
だが、黒龍は御斎学園陣営の一人――緑川白子をじっと見つめながらなおも言う。
「おっとすんまへん。けど、御斎学園の皆さんは凄腕やから、『電撃的な先手で一気に押し切られでもしたら』ボクたち、一気にKOされてまうさかい。ほんまカンニンな」
脇構えした日本刀の鯉口を切ろうとしていた白子。
その頬がごくごく僅かにピクリと震える。
ともすればふざけているかのような一幕だが、その実、黒龍の抜け目のなさが伺える。
「わかったわ。では、ここは私が――」
求めに応じ、風子はぴんと指先を伸ばした平手を大上段に構える。
「いざ尋常に勝負。――始め!」
普段からは想像もつかないような張りのある声で高らかに宣言する風子。
その声とともに振り下ろされる平手。
この瞬間、今度こそ本当に戦いの火蓋は切って落とされた―
●
リョウと雫(
ja1894)は天華と相対していた。
「改めまして! 私立御斎学園生徒会長の化野天華です! よろしくお願いします!」
油断なく構えるリョウと雫によって仲間の二人と分断されている状況。
なにより戦闘中にも関わらず、天華は勢い良く低頭して挨拶した。
「速水流が門弟、リョウがお相手する――いざ」
答礼するが早いか、リョウはヒヒイロカネから弓を取り出す。
「雫、同時に仕掛けるぞ」
「了解です」
短いやり取りの後、同時に動き出すリョウと雫。
リョウが矢を放つのに合わせ、雫は地面を蹴った。
フランベルジェと阿修羅曼珠の二刀を振り上げ、天華へと肉迫する雫。
そのタイミングは完璧だ。
遠近両方からの攻撃が天華へと迫る。
「えっ!?」
さしもの天華といえど少しばかり泡を喰う。
矢をかわした所に二刀の刃が。
その刃を避けた所にまた矢が。
遠近から迫り来る二つの攻撃を、天華は危ない所で凌ぐ。
「びっくりした! これも忍法……じゃなかった、スキルっていうやつですか?」
純粋に感心しているのだろう。
尊敬の念すら伺える眼差しで天華は二人へと問いかける。
「いえ、アウルの力ではなく純粋な剣技です」
「なに、単なる弓使いだ」
それに対し事も無げに答える雫とリョウ。
すると天華は再び感心した様子をみせる。
「なるほど。やっぱり久遠ヶ原学園の人達は凄いです。だから――」
天華は腰に差した刀の柄に手をかける。
「――あたしも全力全開の、本気の本気でいかせてもらいますっ!」
天華が二の句を継いだ瞬間、彼女の姿がかき消えた。
「――!」
雫が咄嗟に阿修羅曼珠をかざしたのは本能的な行動。
そして、それが間に合ったのは幸運だった。
すれ違い様に斬りつけてきた天華の刃を、雫はかろうじて受け止められた。
もっとも、天華が斬りつけてきたという事実は雫にとってまだ推測の域を出ない。
なにせ、『速過ぎてまったく見えない』のだから。
「さっすがー! 撃退士って本当に凄い人達なんですね!」
相変わらず天華の姿は見えない。
ただ、声だけが聞こえてくるのみ。
まるで幽霊のように歩く相手と戦っているようだ。
喋りながらも天華の攻撃は続く。
リョウと雫は何とか耐え凌いでいるが、それもじょじょにきつくなってくる。
先程と同様にリョウは弓、雫は二刀で攻撃を試みるも、そのことごとくが空を切った。
戦況は一方的になりつつあり、特にリョウと雫の防戦一方が顕著だ。
その時だった。
不意に天華を中心にアウルの闇が生じ、視界を塞ぐ。
「え?」
そのおかげか、リョウと雫は危機を脱する。
「危ない所やったな」
天華が闇にまかれている間に、黒龍が現れて言う。
彼は天華の忍法複写の対策として視界を奪ったのだ。
念には念を入れ、天華の見えない所で術を発動しているという徹底ぶりである。
「助かった。蛇蝎神」
「ええよええよ。気にせんといて」
リョウからの礼に笑って答えると、黒龍はすぐさま璃狗の所へと戻っていく。
今も璃狗が修羅ノ介と戦っているのだ。
黒龍のおかげで態勢を立て直せたリョウと雫。
ほどなくして天華も闇から脱したようだ。
「びっくりしました。これもスキルですか?」
「ああ。そうだ」
「なるほど〜。忍者として極地での戦いに慣れてなかったら危ないところでしたよ」
リョウと言葉を交わした後、天華は打刀を構え直す。
「えっと。たとえアウルっていうすごい力を持っていても、あたしたちシノビから見ればお二人は『一般人』なんです。高速機動に入ったあたしたちを狙った一般人の攻撃が偶然当たることはあっても、狙って当てることはできないんです。だから――」
あえて一拍の間を置いた後、天華は更に加速する。
その勢いを乗せ、天華はリョウに向けて刀を振り抜いた。
速度も威力も先程より上。
命中も致命傷ももはや必然。
だが、リョウは泰然と言い返した。
「――だから、ここで投了しろと? たったこの程度の速さで動かれたくらいで、そんなことをしてはあの人にどやされてしまう」
白刃が叩きつけられるまさにその瞬間。
今度はリョウの姿が『消失』した。
「えっ!?」
驚きの声をあげる天華。
その背後にリョウが『出現』する。
「速水流・透疾風。俺の師もシノビである以上、高速に至る術はとっくに伝授してくれている。それに、速さで負けてやるわけにはいかないのでな」
余裕の口調で言うリョウ。
間違いなく彼は天華の速度に追い付いている。
「嘘……で、でもっ!」
思わずうろたえる天華。
すると今度は雫が追い付いてくる。
「この速度ならまだ追い付けますね。高速機動なら私も習いましたので」
事も無げに言う雫。
だが、天華も負けてはいない。
再度加速し、速度を一段階上げる天華。
そのまま天華は雫を振り切り、更にはリョウの超至近距離まで肉迫する。
「ここまで近付かれちゃ、弓は使えませんよね?」
再度刀を振りかぶる天華。
「接近戦が出来ないとは言っていないがな――速水流の一端をお見せしよう」
リョウは弓を一瞬でヒヒイロカネに収納。
無手となった両手で拳を握り、超高速の乱打を繰り出す。
「速水流・桜花嵐!」
凄まじい乱打が天華を襲う。
それでも彼女は更に速度を上げ、回避にかかる。
だが、拳打に加えて蹴りも加わった乱撃はさながら拳と蹴りの面制圧。
回避速度よりも圧倒的物量で押し潰すような乱撃の攻撃範囲が上回り、天華は一発の被弾を許す。
その一発が動きを鈍らせ、乱撃を正面から浴びる天華。
「雫!」
「了解です」
リョウの乱撃と入れ替わるようにして、二刀を構えた雫が躍り出る。
二刀を天華へと叩きつける雫。
腹と峰で打ったとはいえ、ダメージは決して小さくないだろう。
その証拠に天華は激しく吹っ飛ばされ、地面を転がる。
「よし。水無月たちの援護に向か――」
着地した雫に言いかけてリョウは口をつぐんだ。
なんと、天華が平然と立ちあがったのだ。
「撃退士の人って、やっぱり凄いです。でも、頑丈さだったら、あたしも自信あるんですよ」
元気な笑顔を浮かべる天華。
そして彼女は負傷などまるでないかのように走り出した。
「「!?」」
一瞬でリョウと雫の前に『出現』した天華。
次の瞬間、リョウと雫は凄まじい衝撃によって吹っ飛ばされていた。
まず吹き飛ばされたのは雫だ。
先程よりも更に加速した状態からの一撃を受け、その場に倒れる雫。
次いでリョウを襲ったのは、全身へのまんべんない衝撃だった。
そう、まるで『圧倒的物量による打撃の面制圧を受けた』かのように。
「速水流・桜花嵐――綺麗な名前ですね」
たった今天華が繰り出した技。
それは紛れもなく、速水流の技の一つである桜花嵐だった。
そして、痛烈なダメージで動けないリョウと雫に天華が迫る――。
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その頃、すぐ近くでは水無月 葵(
ja0968)とラファル A ユーティライネン(
jb4620)は白子と相対していた。
「へへっ! 手加減しなくてもいいみてーだからよ。本気で叩き潰しにいかせてもらうぜ!」
嬉々として宣言するラファルはその闘気を隠そうともしない。
一方、葵は逆に穏やかな物腰を崩さない。
「ラファルさん、あくまで親善試合なのですから落ち着いて」
そんな二人の様子を一瞥する白子は怒るでも笑うでもなく、ただ無感情に鼻を鳴らすだけだ。
「ふん」
それに早速噛みついたのはラファルだった。
「おうおう? 随分余裕じゃねーか。申し子だかエリートだか何だか知らねーが、ナメてっと痛い目みっぞ? とっととブッ倒してリョウと雫の援護に行くっつーのもアリだしな」
「やってみればいい」
「上等じゃねぇか……ものの数秒でそのスマしたツラができねぇようにしてやるよ!」
吼えると同時、ラファルは義肢や機械化した身体の偽装を限定的に解除する。
より戦争に適した形態に移行したその姿を見るだけで、彼女の戦闘力の高さが伺える。
だがそれでも、白子は平然と刀の鯉口を切った。
「斜歯の機忍――鍔鑿組の者か」
白子の姿が『消失』すると同時、ラファルの頬に深々と太刀傷が刻まれる。
次いでラファルの後方に出現する白子。
血振りをしながら、白子は分析するように呟く。
「漠然とだが、人以外の血も感じる。となると機忍ではなく、鞍馬の魔王流か」
ラファルは素早く振り返ると、両手を白子へと向ける。
「ハスバのキニン? ツバノミグミに、クラマのマオーリュー? さっきからワケわかんねぇことをゴチャゴチャと!」
怒りの叫びとともにラファルの両腕の肘から下が大型の機械式砲塔に変形。
そのまま彼女は十基の指型砲身から無数の魔装砲弾をばらまく。
「なるほど。機忍とも魔王流とも無関係か。なら――」
砲弾の発射と同時、信じられないことが起こった。
白子は大量の砲弾をすべてかわしてみせたのだ。
それだけではない。
追尾式である砲弾を、白子は事も無げに振り切っている。
「――所詮、シノビの敵ではない」
砲弾を振り切りながら、白子は日本刀を振り抜いた。
常識の埒外たる速度を叩き出せる忍者がその速度を乗せて刀を振り抜けば、抜刀の衝撃波や剣風は立派な武器となる。
迫る剣圧の『刃』がラファルの身体を一刀両断しようとした時だった。
その寸前で別の『刃』が白子の剣圧へとぶつかり、これを相殺する。
「……!」
はっとなって白子が振り返ると、その先にいたのは袴を手でさっと直している葵だ。
「お見事な遠当てです。ですが、速水師範の技にも遠当てはございますので」
「――音速を超える蹴りで真空波と衝撃波を飛ばしたか」
「御名答。この技――速水流・浅葱鎌鼬は二枚刃でございます」
淑やかに語る葵。
静かに聞き入る白子だったが、唐突に地面を蹴った。
次の瞬間、白子のいた場所に無数の弾痕が穿たれる。
すぐさま反応する白子だが、銃弾が飛んできたと思しき方向に射手の姿は見えない。
どうやら、影を集約したアウルの力で姿を隠したラファルによる銃撃らしい。
間髪入れず行われる二射目。
凄まじい足捌きでそれを回避しながら、白子は日本刀を握るのと反対の手で印を結ぶ。
「どうやら認識を改めなければならないな」
白子の言葉への返事代わりに飛ぶ三射目。
それに合わせ、葵も直剣で白子に斬りかかる。
だが、二人は気付いていなかった。
白子の手に握られているはずの日本刀が消えていることに。
「……奥義『修羅ノ華』!」
いつの間にか無数の日本刀が葵、そして隠れ潜んでいるはずのラファルを取り囲んでいた。
白子が腕を振るうと、まるで花の花弁の如し無数の日本刀が一斉に二人へと突き刺さる。
●
奥義の直撃を受けて動けなくなった二人にはもう目もくれず、白子は仲間の加勢へと向かう為に一歩踏み出したのだった。
またすぐ近くでは、璃狗、黒龍ペアと修羅ノ介の戦いが行われていた。
「おー。速水流の技って聞いてた以上に少年漫画っぽいのな。――おっ、流石は天華だぜ。やるぅ」
煙草をふかしながら仲間達の戦いを横目で見る修羅ノ介。
戦いが始まってからというもの、さっきから修羅ノ介はこの調子で余裕を見せつけている。
余裕の裏にある隠し玉を警戒していた緋伝 璃狗(
ja0014)と黒龍だったが、やがて璃狗が口を開いた。
「俺は緋伝流の緋伝璃狗。噂に名高い御斎学園生徒会。中でも特に家柄が名高く、また、『エターナル二年生』などの異名を持つ藤林さんとは一度手合わせしてみたかったのです」
硬い口調で言う璃狗。
それに対し、修羅ノ介はの口調は柔らかい。
「ま、かるーくいこうよ。いつでもいいよ? なんなら、さっきの彼みたいに仲間を助けに行ってもいいしね」
「――では」
名乗りから間髪入れず、璃狗はアウルの毒を纏った貫手を繰り出す。
修羅ノ介に迫る毒手。
だが、まだ彼は動かない。
あまつさえ片手で煙草を持ち、もう一方の手はズボンのポケットに入れている。
毒手が触れるまさにその瞬間。
修羅ノ介はほんの数センチだけ横に移動し、最小限の動きで毒手を見事にかわす。
「……っ!」
殆ど瞬間移動に近い動きに驚くも、璃狗はすぐさまもう一発を放つ。
だが、それも同じく最小限の動きでかわされた上、絶妙なタイミングで苦無の一撃をくらう璃狗。
深々と突き立つ苦無。
しかし、既にそこに璃狗の姿はなく、苦無が突き刺さった魔装があるだけだ。
「空蝉の術か。久遠ヶ原にもあったんだな」
特段驚いた様子もなく言う修羅ノ介。
その頭上にいつの間にか移動した璃狗が、再度攻撃をしかける。
「あなた程の相手に油断は禁物だなどと初歩的な忠告はしませんし、二対一といえども手加減はしません――」
今度の攻撃はアウルを込めた右拳で頭部を狙った一撃。
空蝉の術から殆ど間を開けずに繰り出した一撃はタイミングも抜群だ。
しかし、修羅ノ介は拳が触れる寸前で数センチという極短距離の高速機動を再び行い、それを難なく避ける。
「油断? 違うね」
軽く手を振り、まるで手品のように苦無をしまう修羅ノ介。
空いた右手を握ると、彼は強烈なアッパーを繰り出す。
「これは余裕っつーもんだよ」
拳を振り切った後、言葉通りの余裕を見せつけるように、煙草を美味そうにふかす修羅ノ介。
一方、拳の直撃をカウンターで顎にくらった璃狗は盛大に吹っ飛んで倒れる。
忍者の身体能力を最大限に活かした凄まじい威力の拳を受けては無理もないだろう。
それでも空中で態勢を立て直し、璃狗は無事着地を果たす。
同時に、今度は黒龍が紅炎村正を構え、修羅ノ介の背後から襲いかかる。
だがその攻撃も修羅ノ介は平然と避けてみせた。
黒龍も黒龍で攻撃の手を止めず、激しく攻める。
しかし、激しい攻めもなんのその。
修羅ノ介はシノビ特有の高速機動でそのすべてを回避し続ける。
「苦無なり忍者刀なりを出した方がええんとちゃう? いくらなんでも素手で刀とやりおうなんて無茶やさかい」
攻撃の苛烈さとは裏腹に、気さくな調子で語りかける黒龍。
「気にしなくていいよ。だってさ――」
返事をしながら印を結ぶ修羅ノ介。
すると彼の身体の一部が突然、無数の本のページへと変化する。
次いでそのページは無数の蟲の群れへと変化し、黒龍へと襲いかかった。
だが、黒龍も負けてはいない。
群がってくる蟲を避けつつ、スキルの力で瞬時に全身へと黒い霧を纏い、更には一体化する。
そのまま霧散化して潜伏し、蟲をやり過ごす黒龍。
回避完了後に再び実体化すると、黒龍は再び攻撃を開始しようとする。
それでも修羅ノ介は、避けようとせずにただ突っ立っていた。
「――名前も聞いたことない木っ端ハグレモノと、ただの人外一人。その程度の二対一なら素手で十分」
「また随分と大きく出おったな」
「シノビってのはさ、とんでもない秘密を抱えてる奴が多くてね。同じ使命の下で忍務に当たっていても、蓋を開けてみれば実は『自分以外はみんな敵』なんてこともあったりするわけよ」
「それはまた随分とエゲツないこともあるんやな」
「そ。だから、この程度の戦力差なんて問題ないくらいじゃなきゃ生き残れないってわけ。率直に言えば、味方が自分一人でも生き残れないとシノビはやってけねーのよ」
印を結びながら言葉を交わす修羅ノ介の態度はやはり余裕だ。
その余裕を壊すべく攻撃しようとして、黒龍は自分の身体の異常に気付いた。
突然、尋常ならざる眠気が襲ってきたのだ。
思わず武器を取り落とし、その場へと倒れ込む黒龍。
霞む意識の中で彼が見たのは、いつの間にか自分の身体についていた一匹の蟲。
「俺の攻撃、二段構えなんだよね」
修羅ノ介の声が聞こえるなか、黒龍は意識を保とうとするだけで精一杯だった。
●
一歩一歩と天華が近付いてくる中、リョウと雫は力を振り絞って立ち上がった。
ちらりと目配せし、リョウは雫に言う。
「ただでさえ頑丈な相手だが、やりようはある」
「はい。あれを使いましょう」
「俺が動きを止める。その隙に頼む」
「了解です――」
短いやり取りの後、リョウは天華の懐へと飛び込む。
「速水流・桜花嵐っ!」
対する天華は桜花嵐を再び繰り出す。
シノビの高速機動が加わっているせいか、拳打の面制圧は範囲、密度ともに申し分ない。
易々とかわせるような代物ではない。
だからこそ。
あえてリョウは回避せず、正面からぶつかることを選んだ。
「速水流・桜花嵐!」
天華の桜花嵐に正面から飛び込んだリョウは、自らも桜花嵐を繰り出す。
「桜花嵐には、下手に回避や防御をしようとするより、もっと有効な対策がある」
ぶつかり合う拳と拳。
リョウと天華の桜花嵐は見事に拮抗していた。
「桜花嵐には桜花嵐――拳には拳、蹴りには蹴りをぶつけて相殺すればいい」
今やリョウの桜花嵐は天華の桜花嵐を完全に防いでいた。
「この技は速水教師との修行で何度も受けている。だからこそ、この技の使い手がどこをどんな風に狙ってくるかもよくわかっている」
リョウが言うと同時、雫が横合いから二刀を天華へと叩き付ける。
「きゃっ!」
持ち前の頑健さで耐えたものの、天華は一瞬動きを止める。
そして、リョウはその隙を逃さない――。
「速水流・藍追風!」
攻撃時のベクトルや運動エネルギーを利用し、加速や移動を行うリョウ。
彼はそのまま天華の懐へと飛び込む。
「速水流・銀一陣!」
桜花嵐とは逆に、ほぼ同時同位置への高速十連打撃を天華へと叩き込むリョウ。
それにも天華は、立ったまま耐えきった。
「いたたた……だけど、頑丈さが自慢ですからっ!」
すぐさま反撃へと転じようとする天華。
その時だった。
突如、天華の足元がぐらつく。
そのまま態勢を崩しかけ、すんでのところで踏みとどまる天華。
「え……?」
困惑する天華にリョウと雫が言う。
「ほぼ同時同位置への高速十連打撃によって打ち込まれた衝撃とアウルは頑丈な標的の内部に浸透する。そして、浸透したそれらは標的を少しずつであっても内部から確実に破壊する――まるで毒のようにな」
「リョウさんが使った『銀一陣』、私が使った『徹し』。どちらもあなたのように頑丈な相手に対抗する為の技です」
二人の言葉を聞きながら、天華は兵糧丸を取り出した。
天華が兵糧丸を口に放り込んだ途端、彼女の足取りがしっかりしたものになる。
「撃退士の人ってやっぱり凄いです。でも、あたしも負けられないんです……!」
天華の纏う雰囲気はもはや、親善試合の域を超えた本気の闘志だった。
●
「待て……よ」
「まだ……勝負は決していないのでございます」
戦場を後にしようとする白子の背中にラファルと葵が声をかける。
すると白子は足を止めて振り返る。
「戦闘力の差は歴然。そしてこれはあくまで親善試合であって殺し合いではない。ここでやめにしておいた方が身のためだ」
冷静に忠告する白子だが、ラファルはそれを突っぱねる。
「それがどうしたってんだ。こちとら人智を超えた化物と戦うのが仕事なもんでね。相手が圧倒的に強いなんていう、たかがその程度の理由で退くわけにはいかないんだよ……!」
啖呵を切り、ガトリング砲による掃射を開始するラファル。
「無駄だ。高速機動するシノビに弾丸を当てられるのは鞍馬のバヨネットの連中くらいのものだ」
高速機動で掃射を難なく避ける白子。
それでもラファルは射撃を続ける。
「いいのかよ? 俺にばっか集中してて?」
「!?」
はっとなって振り返ると、白子の背後には葵がいた。
速水流の速さを追求した闘い方にチェンジした葵もまた、掃射を避けながら平然と行動している。
敵に精神状態を悟られない為、どんなに辛い状況でも、風子のように笑顔を絶やさない葵。
それとは対照的に、背後を取られた白子の表情は僅かれに揺れている。
「緑川さん、これが本来の速水流の動きです」
そして葵は速水流の技の一つ――藍追風によって運動エネルギーやベクトルを利用し、更に加速した上で攻撃態勢へと入る。
「くっ……奥義『修羅ノ華』!」
葵の攻撃を阻止すべく、白子は再び奥義を繰り出そうとする。
だが、同時に葵にとっての奥義も発動した。
――速水流・常盤旋風。
葵が振り抜いた武器が巻き起こした旋風。
それは、今まさに葵を突き刺そうと空中に出現した無数の日本刀を、次から次へと吹き飛ばしながら白子を直撃する。
「奥義を出されるのをお待ちしておりました。一度見た奥義なら、隙を見い出すことも不可能ではありませんから――」
「ぐ……っ!」
思わず動きが鈍った白子。
それを逃さずラファルはフィンガーキャノンを一斉発射する。
もうもうと立ち込める爆煙を見つつ、ラファルは言い放った。
「――シノビに弾丸を当てられる奴に付け加えとけ、ラファルってなあ!」
やがて晴れる爆煙。
そこに現れたのは、制服がぼろけてはいるものの何とか立っている白子だ。
どうやら、手にしている神通丸のおかげで助かったらしい。
そして白子は日本刀の柄に手をかけ、言った。
「先程の言葉は撤回しよう――お前達は徹底的に倒す」
●
「どうする? まだやる?」
一方、璃狗は修羅ノ介に翻弄され続けていた。
璃狗はカウンターパンチのダメージから立ち上がったものの、高速機動で動き回る修羅ノ介を捉えられずにいた。
ヒット・アンド・アウェイで少しずつ体力を削られていく中、璃狗は辛抱強く粘っていた。
「どうしました? 木っ端ハグレモノ一人に随分とてこずるなんて、御斎学園も大したことありませんね」
あえて挑発するように言う璃狗。
「おっ、言ってくれるねぇ。なら、遠慮なくいくよ」
怒っているとも笑っているともつかない顔をした後、修羅ノ介は璃狗の背後へと素早く移動する。
「さっき言ったのちと訂正。少し本気出すから」
苦無を取り出し、璃狗の肩口へと突き立てる修羅ノ介。
「この時を……待ってましたよ!」
肩口に苦無を突き立てられながらも、璃狗は修羅ノ介の腕をしっかりと掴む。
「なん……だと……!」
「捕まえさせて……もらいました。――黒龍! 今だ!」
璃狗が合図すると同時、眠気から立ち直った黒龍が立ち上がる。
「またせたっ ほないこかりっくん!」
修羅ノ介に跳びかかりながら紅炎村正を振り下ろす黒龍。
峰打ちとはいえ、当たればただでは済まない。
黒龍の刃は修羅ノ介に決定打を与えた――かのように見えた瞬間。
「万川集海・巻ノ四『傷無形代』!」
修羅ノ介の姿は無数の紙となり、紅炎村正は空振りに終わる。
直後、無数の紙は寄り集まって再び修羅ノ介の姿となった。
「ふぅ。危ねぇ危ねぇ。まさか奥――」
「俺も『さっき言ったのちと訂正』です――本当に待っていたのは、この時ですッ!」
奥義を終えて元に戻った隙を突き、璃狗が忍刀・砂塵で斬り付けた。
完璧なタイミング。
璃狗の刃は修羅ノ介へと吸い込まれていき――。
だが、璃狗の刃も空を切った。
間違いなく命中していたはずなのに、だ。
「ちと本気で焦ったぜ……まさか奥義だけじゃなく遁甲符まで使う羽目になるとは。上手い連携じゃねえの」
ふぅ、と息を吐き、修羅ノ介は真面目な顔になる。
「陽の光で敵を引き付け、その隙を陰が突く――『緋伝流』は陰陽の二人一組が基本。そのため、その真価は誰かと組む事によって発揮されます。確かに、シノビに求められる強さでいえばあなたが上だ。ならば、俺は……俺たちは撃退士に求められる強さ――仲間と力を合わせ、強大な敵に打ち勝つ強さで対抗するまでです」
璃狗の語りに対し、修羅ノ介は茶化すでもなく耳を傾ける。
「なるほど。これも訂正するよ――取るに足らない木っ端ハグレモノかと思ったけど、少しはやるじゃないの」
そして修羅ノ介の纏う雰囲気が変わる。
完全に油断が消え、真の臨戦態勢となる。
「――さ、やろか。お互い手の内は見せ合った。ここからが本当の勝負、ってね」
●
「あたしたちシノビは音よりも、弾よりも、そして光。それどころか、覚悟を決めたシノビは光すら超えた速さで走ることができる。たとえ速水流が『風のように速く』走れる撃退士の流派でも……風では音や弾、ましてや光やその先の速さには追い付けません」
言い放ち、天華は加速へと入る。
「俺の師も同じようなことを言っていた。だが、こうも言っていた。覚えておけ――」
天華の言葉に応え、リョウも加速へと入る。
そしてかき消える二人の姿。
一瞬の後、再び現れる二人の姿。
膝をついたのは、天華の方だった。
「――速水流に吹く風は、音よりも弾よりも、そして光よりも速いのさ。これが速水流極意・真・透疾風。ただただ速さという一点のみを追求した技。超高速で至れる死地、それを超えた先にある、いわば『覇地』に至る術だ」
語りながらリョウは火遁の術を壁のように展開する。
「全身全霊を以てこの勝負への返礼としよう――速水流奥義・紅蓮風車!」
炎の壁を音速の如し速さで蹴り抜くリョウ。
蹴りが生み出した真空は炎の壁と混ざり合い、火炎竜巻を生み出す。
「あたしだってシノビだし……御斎学園の生徒会長なんだからっ……!」
天華もすべての力を結集し、苦無を放つ。
苦無の周囲から狐火のような炎が吹き上がり、その炎がハート型となる――。
「奥義『夢想恋撃』!」
火炎竜巻とハート型の炎は真正面からぶつかり合う。
「ぐっ!」
「きゃっ!」
炎と炎は大きな爆発を起こし、両者ともに吹っ飛ばされて痛み分けの結果に終わる。
すぐさま立ち上がる二人。
再度、二人が奥義を放とうとした時だった。
「……!」
最初に異変に気付いたのは雫だった。
はっとなって顔を上げ、雫は驚愕に震える。
「リョウさん……!」
ただならぬ声音にリョウと天華は何かを察し、揃って頭上に目を向ける。
彼等の頭上には、得体の知れぬ現象が発生していた。
力場のような何かが無数に出現し、そのどれもから恐ろしいほどの力の迸りを感じる。
無数の力場は、今や御斎学園の上空全域を覆い尽くしていた。
そう、これはまるで――。
「ゲート……? いや、違う――」
リョウの疑問に答えるかのように、力場から次々に何者かが現れ出る。
顔は上半分が昆虫、下半分が女性。
蟲のものと思しき翅と異形の両手、そして同じく異形の一本足という個体。
あるいは、機巧仕掛けの身体に巨大な単眼の顔が一つ。
その身体に布をマントのように纏った個体。
そうした数々の、この世の何にも似ていない者達が次々に現れ、御斎学園上空を覆い尽くす。
その光景、そして彼等自体はとても名状しがたくて――。
「渡来人!」
彼等を見て、天華は叫んだ。
●
ああ。
やはり声はかけてみるものだ。
思いのほか多くの仲間が集まって、『彼』は御満悦だった。
これで心置きなく『素材』を採集できる。
――渡来人。
彼等はそう呼ばれていた。
この世ならぬ異世界からやって『渡』って『来』た魔『人』。
そのほとんどが、この世界に何らかの『災厄』をもたらす招かれざる客。
彼等の多くは異界の技術者であり、その技術に適性のある者を見つければ、自らの世界に連れて帰るのだという。
シノビたちによって幾度となく元の世界に送り還されてきた彼等だが、今日は違う。
今日は仲間がこれだけいるのだ。
たとえ抵抗されたとしても、力づくで攫ってしまえば良いのだ。
さあ、始めるとしよう――。
なにせ、今日はシノビだけではなく、また違った珍しい『素材』の姿もあるのだから。
興奮と歓喜に震えながら、『彼』は仲間たちとともに動き出した――。
後半へ続く。