●霞の謎! ヘイズサーバントの正体!
「目に見えるモノが真実とは限らない、視覚は死角也……心せよ……。 亡き曽祖父の教えね、私に実践出来るかどうか……。でも、やるしかないわ――!」
静かな呟きながらも裂帛の気合いをこめた声で自らに言い聞かせながら、東雲 桃華(
ja0319)は真正面をしっかりと見据えた。
桃華の眼前には一か所により集まった霞――ヘイズサーバントの姿がある。二手に分かれてこの敵を探していた桃華たち撃退士は、市街地の一角にて遂にこの敵を発見することに成功したのだ。既に仲間たちによって阻霊陣は使用されている。もし、桃華たち撃退士の予測が正しいのであれば、これで、この奇妙な敵を打開する一手を打つことができるはずだ。
(先任達は『影』の変化で効き目を判断してたようだけど…何か引っかかる。 『阻霊陣』の効果で『影』が出現したのよね……ひょっとして『影』が本体なんじゃないかしら……? それなら霧に攻撃しても意味が無かった事も分かるわ)
胸中に考えを巡らせる一方で敵の動きから逐一目を離さずに油断無く構えながら、桃華はヒヒイロカネから取り出した苦無を構えた。そんな彼女の思惑を察してか否か、敵は霞の身体をゆっくりと漂わせている。その様は心なしか、桃華を警戒しているようにも感じられた。
霞らしく漂うように行ったり来たりを繰り返す敵を凝視するように観察しながら、桃華は敵にそれと気づかれないように阻霊陣を解除する。そして、胸中で数秒数えた後に再び阻霊陣を発動し、それを幾度か繰り返す。すると、阻霊陣を発動している間のみ、霞の身体の下に黒々とした濃厚な『影』が出ているのがはっきりと見て取れた。
(やっぱり……発動中だけは『影』が出る――! 『影』には特に注意が必要ね、一番怪しいのが『影』なのだから。 霧が本体なのか、それとも睨んだとおり影が本体なのか……もしくはそれ以外なのか。 その本質、私が見極めてみせる)
静かな気合をより一層高めながら、桃華は自分の腕の筋肉を程よく弛ませ、攻撃の時に備える。一方で、彼女の隣で同じように油断なく敵を観察している龍崎海(
ja0565)も心中で敵の正体を推理していた。
先発の報告書に疑問があった彼は、出発前に予め先発の撃退士に聞き込みをしていたのだ。
――購買の阻霊陣の効果は天魔そのものに与えるわけじゃなかったはずだけど、影ができているから相手の物質透過を封じていると考えたってことは、新型を使ったの?
その問いかけに対し、返ってきた答えは――否。
先発の撃退士が放った一言が海にとっての決め手となった。仲間たちとの作戦会議の中でおぼろげにではあるが、敵の正体に関することが解りかけていた彼は、自らの推理を胸中で敢えて反芻することで、もう一度それが正しいのかを確かめようとする。
(霧のような体なのにはっきり『影』ができるのか。もしかしたら『影』のほうが本体だったりして)
敵に視覚器があるかどうか、あったとしてもどこにあるのかは解らない。だからこそ、万が一にも敵に気づかれることのないように、海はさりげない動作で背中に回した手に握り込んだヒヒイロカネから愛用の書物を取り出した。少なくとも、これで正面からは彼が武器を準備していることは、敵に見えないはずだ。
そして、海がこの推理に確信めいたものを抱いている理由は他にもあった。その理由である光――先ほどから後方より正面の敵に照射されている懐中電灯の光源と、それを当てられている敵の姿を交互に見やりながら、海はその懐中電灯の持ち主に胸中で賞賛を贈る。
(いい考えだな。この方法は俺にとって盲点だった)
懐中電灯の持ち主――御影 蓮也(
ja0709)は自分が賞賛を贈られているとは知る由もなく、冷静な面持ちで敵に懐中電灯の光を当て続けていた。
(サーバントなんだ、見方に騙されている可能性もあるんじゃないかな)
先程から幾度となく仲間に、そして自分に問いかけた疑問を心の中で繰り返しながら、彼は懐中電灯の光を微妙に動かして、敵の影のでき方をつぶさに観察する。
まずは影が本体で霧は攻撃手段ではないかと推測した彼は相手移動に対しての陰影の変化具合、太陽位置からできる影の不自然さ、強力な懐中電灯を持ち込み照らし新たに影ができるかを調査するべく、先ほどから懐中電灯の光を照射していたのだ。
そして、自分と同じようなことを考えた仲間――戦部小次郎(
ja0860)を見ながら、蓮也は心の中で小さく呟いた。
(俺と同じことを考えるやつは出てくると思ってたけど、まさかあんな物を持ってくるとはね。実際、目くらましとかにも使えるし、俺も懐中電灯じゃなくてあれにすれば良かったか?)
蓮也が横目でちらりと見やる先で、小次郎は蓮也と同じく光源を用意することで敵の影のでき方を調べていたのだが、その方法は蓮也と少しばかり違っていた。小次郎は50センチ程の長さのさらしをショートソードの先に巻きつけておき、更にオイルライターの補充用油を適量染込ませていたものに火をつけて松明代わりにしていたのだった。
二人が掲げた光源によって照らし出された敵の姿を見ながら、桐原 雅(
ja1822)も敵の正体についての推理をめぐらせていた。
(そもそも霞が集まったような姿なのに、黒々とした『影』が出来るなんて不自然だよ。 だから『影』こそが本体って事で間違いは無いと思うんだけど……思い込みで動くのは危険だし、皆の言う通り、他の可能性も考慮に入れておかないとね)
敵の正体が『影』とは別にあった場合――もしもの可能性に備え、いつでも動けるように心身の準備をしながら雅は、やはり敵に気づかれないようにひっそりと苦無を握り込んだ。
「情報を聞く限りでは厄介そうな敵だな……」
雅と同じく、敵の正体が『影』とは別の所にあるという『もしもの可能性』も考慮した上で状況を見守っていた鳳 静矢(
ja3856)は静かに呟いた。相変わらず敵は一定の距離を保って漂い続けている。この敵に高度な思考活動が可能かどうかは不明だが、今の所はこちらの出方をうかがっているようで、互いに攻撃を行わないこう着状態が続いていた。そうしたこう着状態に焦らないよう、努めて冷静でいるよう自分に言い聞かせると、静矢はやはり自分に言い聞かせるように胸中で呟いた。
(厄介な相手だな……だが、何かしら突破口はあるはずだ)
静矢の隣で宇高 大智(
ja4262)も油断なく敵を観察しながら呟く。
「攻略法がわからない敵かー、本体はどこにいるんだ? 阻霊陣で影だけ出るっていうのは……光を屈折させて透明にしてるのかな? みんなであきらめずに突き止めて、必ず倒したいな!」
こう着状態の上、依然として正体不明の敵と相対しているという極限の緊張感のただ中にあってさえ、静矢や大智が平常心を失わないでいる一方、武田 美月(
ja4394)はそろそろしびれを切らし始めていた。
「うー……こういうのは苦手かも」
美月は、先程から仲間たちが阻霊陣や光源を使って敵を取り巻く状況をこまめに変化させてくれているのをじっと観察しているじっと観察しているのだが、いかんせんこういった戦い方はあまり得意ではない彼女にとって、この戦局は普通の戦いよりも堪えるようだ。
――『うーん……よくわかんない相手だけど、とりあえず実物を見てみなきゃ始まらないよね。行動あるのみっ!』出発前にはそう意気込んでいたものの、やはりこうした『見』に回ったままじっと待ち続ける戦いは性に合わなかったのではないかと感じ始めた美月は、慌てて頭を左右に振って、乱れそうになった自分の心を元に戻す。
(いっけない……! ここはちゃんと集中しなきゃね! センパイたちも頑張ってるんだしっ!)
そう自分に言い聞かせた美月は、今までよりも更に大きく目を開いて、まるで皿のように丸くした目で敵を見つめ始めた。目を大きく開いていることに加え、まばたきもせずに見ているせいで、目が痛くなってきたのを感じながらも、美月はしっかりと敵を観察し続けた。そして、絶対に弱点があるはずと信じて観察を続けていた美月は、やがて何かを確信したようにロングボウをヒヒイロカネから取り出した。
(……ようやく依頼が受けれてとても嬉しい……。さてどう相手と遊ぶか……)
一方、美月とはある意味で打って変わって日谷 月彦(
ja5877)はサドっ気を感じさせる笑みを浮かべ、愛用の武器である三節棍を手にしていた。今回の敵に、どこかで霞の身体を操っている本体がいるかもしれないと聞いた彼は、その敵をサドっ気たっぷりに、ひたすら三節棍で打ち据える時を今か今かと待ち構えているのだ。
そんなどこか怖さを感じさせるような月彦の欲望に気付く由も無く、すぐ近くに立っていたミーミル・クロノア(
ja6338)はひっそりとヒヒイロカネから打刀を取り出しながら、決意を新たにしていた。
(どんな敵でも仲間がいればできないことはない)
背中に回した手で打刀の柄を握るミーミルは決意とともに仲間たちの姿を一人一人見つめた後に、自分の胸の中で確信とともにはっきりと言い切った。仲間との絆、そしてそれが持つ強さを心から信じている彼女には、たとえ正体不明の敵と相対している状況にあっても、不思議と恐怖心ひいては絶望すら欠片ほどもない。
「……むぅ。気を張り続ける、というのは苦手ですね」
自分一人だけに聞こえる小さな声でぼやくように呟くと、字見 与一(
ja6541)は眼前の敵に意識を集中し直した。いつ、眼前の敵が雌伏の時を終えて襲い掛かってくるかもしれないのだ。油断は禁物である。
そんな状況であるゆえか、先程、美月が自分の心境と同じようなことを呟いたのが聞こえた時には、それに同調したいという思いや、それをきっかけにして会話の糸口にしたいという思いもよぎった。だが、他の面々が極限の緊張状態の中で張りつめた意識を集中しているのを余所に、会話をしていられるような雰囲気でもない。そう思って口をつぐんでいるうち、美月の方も難しい顔をして押し黙ってしまったことで、与一は完全に会話の糸口を逸していた。
(初依頼……少々、緊張しますね。あまり肩肘張らずに行きたいところですが……)
同行者には依頼に慣れた面子もいる中で、初めて依頼に臨む彼の緊張はまた違ったものがあり、その大きさもひとしおであることは想像に難くはない。だが、彼はそれでも緊張のあまり失態を犯すことなく、多少きごちないながらも作戦通り、仲間たちと合わせて阻霊陣を展開し、敵を取り巻く状況をこまめに変化させるという重要な作戦の一翼をしっかりと担っていた。
そして、彼もやがて自分の推理が確信に変わったのか、こっそりと愛用の書を取り出すと、敵に気づかれないように意識するあまり、極度の緊張で指を震わせながらも、何とかページを開いたのだった。
「ううーっ! 初めてのお仕事です! 緊張しますーっ!!」
張りつめた空気を必要以上に気にしていたせいで、自分が大声どころか普通の声量ですら言い出せなかったことをストレートに言い放っている丁嵐 桜(
ja6549)を与一はどこか羨ましそうに見つめていた。与一のそんな思いを知る由も無く、桜はしたヒヒイロカネを手にした手をせわしなく動かしている。さすがに、すぐにでも武器であるハンドアックスを取り出して、敵を必要以上に刺激することはしないものの、とにかく激しい意気込みがありありと伝わってくる。
桜のそうした所作の一つ一つに、もしかすると敵が刺激されてしまうのではないかと考えてしまい、傍目から見ていた与一はますます緊張してしまう。だがしかし、それすらも桜は知る由も無い。
いったいどれだけこう着状態が続いただろうか。ともすれば永遠に感じられるようなこう着状態の末、桃華が意を決したように口を開いた。
「間違いない――敵の正体見たり。みんな……行くわよ!」
よく通るハリのある声でそう告げるとともに苦無を投擲する桃華、それと同時に雅も苦無を投げ、更には静矢も手裏剣を放る。そして、これだけでは終わらない、美月によるロングボウの矢が放たれ、それに続いて書物を開いた海と与一による光球の連携攻撃が繰り出される。そうした攻撃の数々が一斉に敵の霞の身体……ではなく、その下に見える黒々とした濃厚な『影』へと殺到する。
そして、異変はすぐに起こった。なんと、数々の攻撃を受けた『影』があたかも驚いたように、盛大に飛び上がったのだ。しかも、『影』であるはずのその姿には、苦無や手裏剣、あるいは矢がまるで実体のある身体のように突き刺さっている。たまらず『影』はまるで這いつくばるようにして、アスファルトの路面を移動し始めた。その光景を喩えるなら、アクリル製の黒い下敷き或いは黒い紙が路面を滑っていくようだ。
だが、敵も負けてはいない。驚いた拍子に吹き散らしてしまった『囮(デコイ)』――霞の身体をすぐに再構成せずに、あえて方々へと散らしたのだ。そして、敵である撃退士たちが自分を一斉に追ってきたのを見計らって、『囮』の身体を一斉に動かす。
「地下鉄の通気口……だとッ……!」
そうした『彼』の策に最初に気づいたのは紫髪の撃退士――静矢が激しく焦燥するのを見て『彼』はほくそ笑む。いったい何に使う穴なのかは知らないが、この辺りの道に丁度良い穴を見つけた彼は、ありがたくそれを利用させてもらうことにしたのだ。『彼』の作戦は功を奏し、地下鉄の通気口伝いに伸ばした霞の身体は方々から同時に、しかも撃退士の意表を突く形で出現し、彼らを奇襲し、その全員の呼吸を封じてことごとく昏倒させていく。
――勝ッタ! 『彼』は心中でそう喝采を上げる。
だが、彼には二つの誤算があった。
一つは、彼が正体を看破されたことがなかったゆえに、我知らずのうちに油断があったこと。
そしてもう一つは、攻撃に参加せず、味方の回復に徹していた撃退士がいたことだ。
大智によって適切な治療を受け、すぐに戦線へと復帰した撃退士たちは、勝利の喝采を上げている『彼』に向かって苛烈な攻撃を放つ。
「さて、どう遊んでやろうか」
サドっ気に満ちた笑みとともに月彦の三節棍が。
「たとえ霞にだって、ボクの爪痕を刻んでみせるよ」
地面ごと抉り取るような、メタルレガースによる雅の蹴撃が。
「決まり手は……はたき込みです!」
桜のハンドアックスによるはたき込み、小次郎の剣戟、そしてミーミルの斬撃が敵を次々と襲う。
「ずいぶん薄っぺらな奴だな。でも方法さえわかれば何とでもなる」
そして、かかと落としから突きを組み合わせた蓮也によるとどめで、敵は完全に消滅したのだった。
「どんな敵でもみんなとなら負けないんだよ!」
戦いを終えたミーミルは元気いっぱいに喜び、雅とハイタッチしたのだった。