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「ふむ、であれば……ちっと試してみるかー。我が近接型拳銃術、どこまで行けるか楽しみだ。毎回銃を撃ってばっかりだったからな。ここらで基本の体術や捌きに磨きをかけておかねば錆付いちまいそうだ」
麻生 遊夜(
ja1838)はマシンの前で特徴的な構えをとった。
「ふぅん。本来は銃を握るところを無手で構えると、そんな型になるのね」
遊夜に声をかけたのは、彼の手を傍からみた高虎 寧(
ja0416)。
「無手だけど銃を持つような型。確かに、人によっては変な風に見えるかもしれないのは否定しないのぜ」
「別に変な目で見てるわけじゃないから大丈夫。うちも普段と違って無手だから、ちょっと気になっただけ」
そう答えながら、寧は戦国時代の古武道の型を思わせる形に拳を握る。
「先生が示した条件を素手で満たせというのは、槍と手裏剣使いのうちとしたら案外難しいものよね。それでも武器を手放しして対処しなければならない状況も有る事だし、そういう場合に備えて鍛えておくのも良いわよね。やっぱり遊夜も無手での戦いに備えてここに?」
「まあそれもあるけど、他の科目は彼女との勉強でそこそこな出来にゃなる。なら得意の実技でさらに上を目指すとするのぜ」
言葉を交わす遊夜と寧。
その会話に志堂 龍実(
ja9408)も加わる。
「二人とも、随分熱心だな」
二人へと声をかける龍実。
すると遊夜は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて言葉を返す。
「そう言う志堂さんもかなり熱心な人なのぜ。既に全力でのトライを三回もしてるんだしな。俺も見習わんと」
「まだまだこれからだ。にしても、中々に難しいものだな。10秒で100発か……打ち込むだけならそこまで難しくないんだが」
喋りながら龍実は虚空に向けて手刀や貫き手を放ち、感触を確かめる。
それを見た寧が龍実へと問いかける。
「うちらと同じように龍実も普段は無手じゃないみたいだね。なんかそんな気がする」
「ああ。いつもは一対の剣を振るうんだが、今日は条件が条件だ。だからこの両手を双剣に見たててやってはみたんだが」
そう言ってもう一度手刀を繰り出す龍実。
「龍実も無手の術を学びに来たんだね」
そう言う寧に頷く龍実。
「ああ。だが、厳密に言えば無手の戦いというより、速さそのものだな。それを体得したくて自分はこれに参加した」
龍実はどこか遠い目をしながら語る。
「前線で戦う為。味方を護る為。その為に硬さだけを求めて、自分は火力を求めることはなかった――」
彼の目は眼前の風景ではなく、遠い過去を見ているようだ。
「――だから、それを補う為の速さを……守りたいものを守る為の更なる力を、ここで習得したいんだ」
龍実の言葉に、二人はただ黙って耳を傾ける。
ややあって遊夜は操作ボタンを叩き、ゆっくりとマシンの前に立つ。
「木人とはちっと勝手が違うがまぁどうとでもならぁな」
イメージするのは暴風のような銃撃だ。
遊夜は落ち着き払った様子で的確に拳打を繰り出していく。
足技は使わず、捌くための体重移動やバランスに重点を置いた動きをみせる遊夜。
拳打からの裏拳、肘打ちなどのほかに、相手からの反撃をイメージして捌きは全てマシンに打撃として入れることで、遊夜は効率良く打撃数を稼ぐ。
「さて、そろそろ締めだやな。いつもは銃でやるんだが、今日は拳(こっち)なのぜ」
赤黒いアウルのこもった両拳。
遊夜はそれをマシンの上部――人間でいえば頭部にあたる部分へと放つ。
「おお。なかなかやるわね」
感心した様子で見守っていた寧。
寧もまた、ボタンで操作してからマシンの前に立つ。
「まあ、十秒間でどれくらいの事ができるかを。自分の力量を確かめるのが現状では適切な処よね」
寧ほぼ一瞬にしてマシンの零距離へと飛び込んだ。
アウルの力を利用した加速による高速移動は鬼道忍軍の得意技だ。
その勢いと流れを打撃に乗せる形で利用し、寧は只管に殴りつける。
やがて二人の猛攻が止んだ時、マシンのカウントは双方『100』を刻んでいた。
挑戦を無事終えた二人。
彼等に向き直ると、龍実は問いかける。
「まるで限界を超えた速さ……見事だった。教えてくれないか? どうすれば、限界は超えられる……?」
ややあって答えたのは遊夜だ。
「うぅむ……参考になるかはわからんが、以前の戦いで極限状態になった時、俺は俺の大切な人……具体的に言えば恋人のことが頭を過ったのぜ」
「大切な人……」
「自分の為だけじゃなくて、誰かの為に強くなろうとすること――撃退士の力ってやつはそうした時にこそ発揮されるんじゃないか――そう思うんだやな」
遊夜の言葉を聞き終え、龍実はカウントダウンをセットする。
そして、龍実は拳を繰り出した。
ペースとしては悪くない。
だが、10秒100発の壁を超えるには、まだ僅かに足りない。
(護るだけじゃ駄目だ……数には耐えきれない。大切な人を守りきるには、もっと速く……もっと鋭く……!)
諦めず、打撃を続ける龍実。
「……が……はっ……」
ゼロ表示とともに龍実は倒れ込む。
凄まじい動きをした反動だろうか。
龍実の意識は少しの間途切れたようだ。
「っと。危ない所だったのぜ」
それを察した遊夜は素早く龍実を支えた。
「なるほど。限界、超えられたみたいね」
寧の言葉通り、打撃数カウントは100を刻んでいた。
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「今の自分にはちょうどいい授業だ」
佐藤 としお(
ja2489)は光纏し自身の体全体にアウルを満遍なく行き渡らせる。
それを一気に解放。
ちょうどスプリングを限界まで縮めて離すように拳を繰り出す。
注意すべきは、腕がぶれないこと。
左のジャブからスタート目標まで最短距離で攻撃できるようにする為にも、それは必須だ。
ショットガンの様にばら撒くのではなく一点集中。
一点を連続して攻撃することで打ちぬく気持ちで繰り出す打撃。
「シュッ!」
裂帛の気合が感じられる呼気とともに繰り出す拳打。
だが、10秒で100にはまだ僅かに届かない。
「ううむ……」
そんな彼に、鬼灯丸(
jb6304)が声をかける。
「10秒で100発とか、やっぱり難しいよね。あたし、足の速さには自信あるけど、攻撃速度はちょっと自信ないかもだし」
としおの隣でマシンを叩いていた鬼灯丸。
彼女を振り返ると、としおは柔らかな物腰で問いかけた。
「なるほど。足の速さ……というと鬼道忍軍の方ですか?」
「うん! あんたはインフィみたいだけど、どうしてこの授業に?」
「試験はともかく最近依頼に復帰したばかりでして。どうも以前のような調子が出ないので悩み中なんですよ。だから、攻撃の基本に戻って素手での打撃を特訓しようかと思って――」
鬼灯丸の問いに答えながら、としおは再び拳打を繰り出す。
何かを掴みかけている気はするし、良い線もいっている気がする。
しかし、まだ何かが足りないのだ。
もどしかしさを感じつつも、としおは一度深呼吸する。
そんな彼に鬼灯丸は更に語りかけた。
「そうなんだ。あたしは試験合格のために十分な力を身につけるのが目的。あたし個人としては、速水先生くらいの速さを身につけたいな。その為にもまずは10秒間で100発、それをやらないとね」
快活な笑顔で言う鬼灯丸。
すると今度はZenobia Ackerson(
jb6752)が会話へと入ってくる。
「100点、か……どうせなら、その倍の200点は取りたいな」
鬼灯丸の隣でマシンを叩きながら言うゼノヴィア。
「200点! 凄いね! やっぱしゼノヴィアさんも試験合格のために?」
ゼノヴィアは手を止めると、鬼灯丸に向き直る。
「それももちろんある。だが、それ以上に先生の流派――速水流に興味があってな」
「速水流に?」
「ああ。速水流は今まで習った、そして目指している戦い方に似ている。そうした意味で少し興味がある。流派について先生に聞いてみたいところだ」
鬼灯丸の問いに答えるゼノヴィア。
今度はとしおが鬼灯丸に代わってゼノヴィアに問う。
「速水流に似ている、となると――」
それに頷くと、ゼノヴィアは語り始めた。
「重きをおくは命中と回避。確実に当て確実に避ける。一撃の重さを捨て、相手との一撃の差を数で補う速度重視型の阿修羅――そうした使い手を目指しているんだ。俺は」
としおは大きく頷いた。
「まさに速水流の思想ですね。奇妙な偶然……というより、戦い方が最適化されていくにつれて、いずれはそこに行き着くようになっているのでしょうか」
鬼灯丸はふと何かに気付いたようだ。
「ね! だったらさ、先生にコツを聞いてみようよ!」
言うなり鬼灯丸は高らかに挙手していた。
「先生! 質問です!」
鬼灯丸の横でとしおもすかさず手を挙げる。
「は〜い、先生僕も相談で〜す」
学園生達の様子を見ていた風子は、声を聞きつけて二人の所へやってくる。
「速水先生よろしければ、コツを教えていただけますか? あたし、先生くらいの速さを身につけたいんです」
単刀直入に問う鬼灯丸。
それにゼノヴィアも続く。
「俺なりに考えてみた。結論としては最低最小限の動きで一点のみを狙うのが正解の一つだろう。衝撃でマシンが揺れて狙いがずれないよう工夫しながら叩くのが一番打撃数を稼ぐのに良いと思うんだが、どうか?」
ゼノヴィアからの問いかけに、感心した様子で頷く風子。
「良い所に気付いたね。圧倒的な速さを得る為には能動的な加速だけではなく、受動的な加速も求められる――まさにゼノヴィアさんが言ったのがそれにあたる」
風子は鬼灯丸の腕をとると、動きをつけながら説明を始めた。
「能動的な加速――これは筋肉の動きやアウルの発動で加速する方法。これはわかるよね?」
頷く三人。
「そして受動的な加速は、身体にかかる余計な力を限りなくゼロに近い所まで減らしたり、いつどの方向にも動けるように準備を整えることが、それにあたるの。『余計な力』は能動的な加速が生む運動エネルギーを減らしてしまうし、準備が整っていればより効率良く運動エネルギーを活かすことができるから。具体的には歩法や体重移動の修練が会得の第一歩だよ」
鬼灯丸の腕を放すと、風子はあっという間に数m先へと移動してみせる。
「速水流の体捌きは風のように速く、そして、風のように軽く――なんて、ね」
格好つけた言い方をしたことで、風子は恥ずかしそうな顔をする。
だが三人は、真面目な顔で聞き入っていた。
そして、三人はそれぞれマシンの前に立つ。
風子より受けたばかりの教え。
それを意識し、三人は一つ息を吐いた。
次の瞬間。
三人は同時に動き出す。
同じくして10カウントを刻むマシン。
10秒後。
三人の前に立つマシンはどれも、『100』の数を刻んでいた。
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「最速への挑戦……これは! 絶対に! 負けられないのだ! ――S’(ストライド)ッ!」
高らかに宣言し、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は高速移動を開始する。
マシンの周囲を回るように疾走する彼女は、体を回転させて両手を回すようにして打撃を叩き込んでいく。
限界を超えた加速と殺人的な回転で霞むフラッペの視界、そして意識。
(最速を目指すボクはこの試験、外せないのだ!)
だが、最速を目指す信条と速さへのプライド。
そうした意志の力で彼女は意識を繋ぎとめる。
そして――。
0.00を刻むカウント表示。
最後の一発を叩き込み終えたフラッペは、目を回してその場に倒れ込む。
打撃数の表示が刻んでいたのは『100』という数字だった。
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風子がフラッペを安全な場所に移したのを見届け、中津 謳華(
ja4212)は呟いた。
「うむ、しかと魅せてもらったぞ」
謳華の身体は包帯に覆われている。
先日の戦いで負った傷をおして、謳華はこの鍛錬に臨んだのだ。
「師範、打撃数カウントに上限はあるか? もしあるなら、設定を操作してとっぱらってくれ」
平然と言う謳華。
「無茶よ……! そもそもその身体じゃあ鍛錬どころじゃ……」
心配そうに言う風子に向け、謳華は再び平然と告げた。
「問題ない。現状、本来の俺の力での実技を見るのは無理だろう。故に、今回は『俺』ではなく、俺の根源……超えるべき始祖との彼我の差を知る為に利用させてもらおう」
謳華の覚悟を感じ取ったのか、風子は一度だけ頷くと、マシンの設定を変更する。
傷を負った姿でマシンの前に立つと、謳華は構えをとった。
「……『貸し』てやる。見せてみろ、始祖」
誰かに向けて言い放ち、動き出す謳華。
その動きは獅子奮迅。
打撃数のカウントは瞬く間に増加していく。
凄まじい速さで『99』を超え、謳華が『100』発目を叩き込んだ瞬間。
それは起こった。
「――!」
その場にいた皆が驚きで禁じえなかった。
なんと『100』発目でマシンが大破したのだ。
同時に、もとより身体に無理をかけていた謳華もその場に倒れ込む。
彼を抱きとめるようにして押さえたのはフラッペだった。
既に復調したのか、彼女は自分の足でしっかりと立っている。
謳華をそっと横たえると、フラッペは風子へと向き直る。
「ハヤミ先生、ボクとスピード勝負をしてほしいのだ。最速を目指す身としてはどうしてもハヤミ先生に勝ちたい……! 勝てなくても、届かなくても、速度だけじゃ負けたくない、から……」
フラッペの真剣さに打たれ、風子も真剣な面持ちとなる。
「わかった。その勝負、受けさせてもらうね」
フラッペの前に立つ風子は自然体。
しかし、フラッペは凄まじいプレッシャーに息を呑んだ。
プレッシャーをはねのけるべく闘志をたぎらせ、フラッペは脚に蒼風を纏う。
「いくのだ! これがボクの出せる最速の一撃。そして先生に追い付けるとしたらこの技だけ、だから切り札なのだ! ――J’(ジョーカー)!」
二人は同時に動き出した。
互いに疾風の如し速さで突撃し、ほんの一刹那のうちにすれ違う。
傍から見ていた者達には、ただそれだけにしか見えなかった。
すれ違った後、平然と立つ二人。
直後、フラッペの身体が幾度も揺れた。
そして膝をつくフラッペ。
「流石なのだ……たったあれだけの間にこれだけの数を打ちこむなんて……」
「キミも中々だよ。あの技……速水流・桜花嵐を避けながら一撃を繰り出すなんて。危うく直撃をもらうところだった――」
感心と感嘆がない交ぜになった表情で言う風子。
彼女のTシャツは下半分が破け飛んでいる。
「キミなら、いつか私に追い付くかもしれない。挑戦ならいつでも道場で受けるよ」
立ち上がったフラッペと風子は握手を交わす。
そして風子は微笑んだ。
「だから。音を置き去り、光を抜き去ったその先で――キミを、待ってる」
こうして試験対策授業は無事終了した。
全員が十分合格ラインに達する実力を身につけ、参加した学園生達。
そして、風子も一安心なのであった。