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マスター:漆原カイナ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/08


みんなの思い出



オープニング


 2013年 8月某日 AM6:15 久遠ヶ原学園 屋内訓練場

「――」
 屋内訓練場。
 四六時中、数多くの撃退士達が鎬を削るこの場所も、今は若い女性が一人静かに佇むだけだ。
 ――速水風子(jz0143)。
 戦技教官たる彼女は、眼前に並ぶ小型コンテナの数々をじっと見つめている。
 小型とはいえコンテナ。
 金属製ということもあってやたらと重厚な印象を受ける。
 何よりも大きさが、大人一人は楽に入ってしまいそうなだけはあり、物々しいことこの上ない。
 
 
 潤沢なスペースと資金を投じて建造されただけあり、訓練場の内部は広い。
 普段であれば、たとえ撃退士が激しく動き回ったとしてもなんら支障のない広さだ。
 だが、今は搬入されたコンテナの数々のせいで妙に手狭に感じられる。
 
 風子はコンテナの一つへと歩み寄った。
 彼女はそのまま蓋へと手をかける。
 搬入した業者の手によって既にロックは解除されており、蓋は見た目に反して軽々と開いた。
 
「うん。流石は筑波の研究機関――」
 
 内部に収納されていたものを確認する風子。
 次いで漏れた声からも満足そうな気持ちが伝わってくる。
 そして、風子はコンテナの中身へと手をかけた――。


 同日 AM10:30 屋内訓練場
 
 数時間後。
 訓練場には数人の学園生達が集まっていた。
 彼等は全員が今日、これから行われる授業を受講する学園生達だ。
 その授業こそ、風子による戦技指導である。
 
「みんなおはよぅ〜」
 まるでスロー再生したかのような声。
 相変わらずのゆっくりとした喋り方で風子は学園生達に挨拶する。
 
 学園生達もいつものように挨拶を返す。
 とはいえ、その視線はついつい風子ではなく、その背後へと行きがちだった。
 
 なぜなら風子の背後にはやたらと目を引くものが合計十基も屹立しているのだから。
 ――吊るさず、床に立てたサンドバッグ。
 それを一言で説明すればそうだ。
 
 全長は並の成人の身の丈と同じくらい。
 きっと、それぐらいの身の丈になるよう意識しているのだろう。
 
 それら十基からそう離れていない後方には、電光表示式のモニターが置かれている。
 数は同じく十基。
 置かれている位置からも考えて、きっとサンドバッグ型マシンと対になっているのだろう。
 
 興味津津といった様子でマシンを見つめる学園生達。
 彼等の前で風子はマシンの前に立った。
 
「説明するよりも、実際に見てもらった方が早いね〜」
 そう前置きすると、風子はサンドバッグに拳を叩き込んだ。
 
 すると、マシンの後方に設置された電光表示板が点灯する。
 ――『1』。
 電光表示のランプは、確かにその数字を現していた。
 
 それを見て、学園生達はこのマシンの使用方法を理解した様子だ。
 彼等に頷くと、風子はもう一度拳を叩き込んでみせる。
 学園生達の推測を裏付けるように、『1』から『2』へと変わる電光表示。
 
 全員が得心したようの学園生達に向けて、風子は説明を始めた。
 
「今日の授業は試験前の予習、もとい準備をするよ〜。いきなり試験で出してもいいんだけど。でも、真面目に授業に出てた子ならちゃんとできるものにしたいし、それに理不尽な難易度にもしたくないの。だから、試験に備えて準備ってことだね〜」
 
 試験。
 その単語を聞いた途端、学園生達の顔が真剣なものとなる。
 
「試験内容は至ってシンプル。制限時間内にこのマシンにどれだけの攻撃を叩き込めるか――ただそれだけ。筑波の研究機関に要請して作ってもらったんだ〜。ちゃんと、撃退士が叩いても大丈夫なくらいには頑丈に作ってあるから心配しないで〜」
 そう告げると、風子はもう一度マシンを叩いて電光表示のカウントを進める。
 
「上位の天使や悪魔――そういった圧倒的な相手と、撃退士であるキミ達はいつか戦うことになるかもしれない。そうでなくとも天魔は常識の埒外にいる存在。だから一発や二発攻撃を叩き込んだ所で倒れないかもしれないし、もしかしたら平然としているかもしれない」
 
 学園生達と同じく真剣な面差しで語り始める風子。
 気付けば、口調も間延びしたものではなくなっている。
 
「ならどうするか? その答えの一つは、『叩き込み続ける』こと――」
 
 風子はこの場に集まった学園生一人一人の目を見ながら語り続ける。
 
「一発で倒せなければ十発。十発でも倒せなければ百発。百発でも倒せなければ千発。たとえ一撃一撃は小さくとも、それが積み重なればやがては大きな力となる――」
 いつしか屋内訓練場は水を打ったように静かになっていた。
 学園生達は風子の教えに夢中で聞き入っている。
 
「打ち破る時まで何度でも繰り返す。折れず、屈せず、諦めず――そうやって人間は脅威を乗り超え続けてきたの。いわばこれは人間の強さ。人間はもとより、ここで学ぶ天魔のキミ達にとっても意味のある理念だと思う」
 そこまで説明すると、風子は電光表示板へと歩み寄る。
 
「それに、上級天魔との間に『一撃の重み』の差があるのは当然。なら、それを埋める術を見出せばいい――」
 電光表示板の操作コンソールに手をかける風子。
 コンソールを何度か操作した後、先程までの打撃数がリセットされる。
 加えて、電光表示板に新たな数字が点灯した。
 打撃数の横、半分ほどのサイズをしたフォントで表示される数字。
 ――10.00sec。
 そう表示されたのを確認し、風子は何かのスイッチを押した。
 
「――相手が一撃入れる間にこちらは百発。たとえ『一撃の重み』に百倍の差があろうと、埋められる。お姉さんの流派――速水流を体現するものでもあるけど、それ以前に、撃退士が天魔と戦う為に必要な技術でもある。だから、キミ達にとって決して無駄ではない」
 マシンの前に立つ風子。
 それからしばらくして、小刻みなビープ音とともに『10.00sec』の表示が動き出す。
 オレンジ色の電光表示が『9.99sec』を刻んだ瞬間。
 既に風子は動き出していた。
 
 風子の両腕が霞んで見えるのは気のせいだろうか。
 それが気のせいではないことは、小刻みに揺れるマシンと連続して響く軽快な打撃音、そして凄まじい勢いで刻まれていく打撃数のカウントが証明している。
 
 数秒の後、風子は両の腕を止めた。
 だが、電光表示が刻む秒数はまだゼロに達してはいない。
 風子はまるで演武のように優雅なターンをきめてみせる。
 そして、そのまま流れるような動きで回し蹴りを放ち、マシンへと叩き込んだ――。
 
 直後、長めのビープ音とともに電光表示が『0:00sec』を刻む。
「いきなり10秒間で数百発、あるいは数千発を叩き込めとは流石に言わない。だからまあ、まずはこれくらいを目指してね」
 思わず息を呑んで見守っていた学園生達は、風子の言葉で我に返る。
 はっとなって電光表示を見る学園生達。
 表示された打撃数のカウントは『100』を刻んでいた。
 
「本番では100点満点方式で、打撃数がイコールで点数になるから。点数が八割以上で合格ね。さ、学生諸君。満点目指して頑張って」
 風子の言葉に学園生達は頷きを返す。
 そして、一人また一人と学園生達はマシンの前に立った。

 今年もこの季節がやってきた。
 無事進級する為、頑張れ学園生達!


リプレイ本文


「ふむ、であれば……ちっと試してみるかー。我が近接型拳銃術、どこまで行けるか楽しみだ。毎回銃を撃ってばっかりだったからな。ここらで基本の体術や捌きに磨きをかけておかねば錆付いちまいそうだ」
 麻生 遊夜(ja1838)はマシンの前で特徴的な構えをとった。
「ふぅん。本来は銃を握るところを無手で構えると、そんな型になるのね」
 遊夜に声をかけたのは、彼の手を傍からみた高虎 寧(ja0416)。
「無手だけど銃を持つような型。確かに、人によっては変な風に見えるかもしれないのは否定しないのぜ」 
「別に変な目で見てるわけじゃないから大丈夫。うちも普段と違って無手だから、ちょっと気になっただけ」
 そう答えながら、寧は戦国時代の古武道の型を思わせる形に拳を握る。
「先生が示した条件を素手で満たせというのは、槍と手裏剣使いのうちとしたら案外難しいものよね。それでも武器を手放しして対処しなければならない状況も有る事だし、そういう場合に備えて鍛えておくのも良いわよね。やっぱり遊夜も無手での戦いに備えてここに?」
「まあそれもあるけど、他の科目は彼女との勉強でそこそこな出来にゃなる。なら得意の実技でさらに上を目指すとするのぜ」
 
 言葉を交わす遊夜と寧。
 その会話に志堂 龍実(ja9408)も加わる。
 
「二人とも、随分熱心だな」
 二人へと声をかける龍実。
 すると遊夜は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて言葉を返す。
「そう言う志堂さんもかなり熱心な人なのぜ。既に全力でのトライを三回もしてるんだしな。俺も見習わんと」
「まだまだこれからだ。にしても、中々に難しいものだな。10秒で100発か……打ち込むだけならそこまで難しくないんだが」

 喋りながら龍実は虚空に向けて手刀や貫き手を放ち、感触を確かめる。
 それを見た寧が龍実へと問いかける。
「うちらと同じように龍実も普段は無手じゃないみたいだね。なんかそんな気がする」
「ああ。いつもは一対の剣を振るうんだが、今日は条件が条件だ。だからこの両手を双剣に見たててやってはみたんだが」
 そう言ってもう一度手刀を繰り出す龍実。
「龍実も無手の術を学びに来たんだね」
 そう言う寧に頷く龍実。
「ああ。だが、厳密に言えば無手の戦いというより、速さそのものだな。それを体得したくて自分はこれに参加した」
 
 龍実はどこか遠い目をしながら語る。
「前線で戦う為。味方を護る為。その為に硬さだけを求めて、自分は火力を求めることはなかった――」
 彼の目は眼前の風景ではなく、遠い過去を見ているようだ。
「――だから、それを補う為の速さを……守りたいものを守る為の更なる力を、ここで習得したいんだ」
 龍実の言葉に、二人はただ黙って耳を傾ける。
 
 ややあって遊夜は操作ボタンを叩き、ゆっくりとマシンの前に立つ。
「木人とはちっと勝手が違うがまぁどうとでもならぁな」
 イメージするのは暴風のような銃撃だ。
 
 遊夜は落ち着き払った様子で的確に拳打を繰り出していく。
 足技は使わず、捌くための体重移動やバランスに重点を置いた動きをみせる遊夜。
 拳打からの裏拳、肘打ちなどのほかに、相手からの反撃をイメージして捌きは全てマシンに打撃として入れることで、遊夜は効率良く打撃数を稼ぐ。
 
「さて、そろそろ締めだやな。いつもは銃でやるんだが、今日は拳(こっち)なのぜ」
 赤黒いアウルのこもった両拳。
 遊夜はそれをマシンの上部――人間でいえば頭部にあたる部分へと放つ。
 
「おお。なかなかやるわね」
 感心した様子で見守っていた寧。
 寧もまた、ボタンで操作してからマシンの前に立つ。
「まあ、十秒間でどれくらいの事ができるかを。自分の力量を確かめるのが現状では適切な処よね」
 寧ほぼ一瞬にしてマシンの零距離へと飛び込んだ。
 アウルの力を利用した加速による高速移動は鬼道忍軍の得意技だ。
 その勢いと流れを打撃に乗せる形で利用し、寧は只管に殴りつける。
 
 やがて二人の猛攻が止んだ時、マシンのカウントは双方『100』を刻んでいた。
 
 挑戦を無事終えた二人。
 彼等に向き直ると、龍実は問いかける。
 
「まるで限界を超えた速さ……見事だった。教えてくれないか? どうすれば、限界は超えられる……?」
 ややあって答えたのは遊夜だ。
「うぅむ……参考になるかはわからんが、以前の戦いで極限状態になった時、俺は俺の大切な人……具体的に言えば恋人のことが頭を過ったのぜ」
「大切な人……」
「自分の為だけじゃなくて、誰かの為に強くなろうとすること――撃退士の力ってやつはそうした時にこそ発揮されるんじゃないか――そう思うんだやな」
 
 遊夜の言葉を聞き終え、龍実はカウントダウンをセットする。
 そして、龍実は拳を繰り出した。
 ペースとしては悪くない。
 だが、10秒100発の壁を超えるには、まだ僅かに足りない。 
(護るだけじゃ駄目だ……数には耐えきれない。大切な人を守りきるには、もっと速く……もっと鋭く……!)
 諦めず、打撃を続ける龍実。
「……が……はっ……」
 ゼロ表示とともに龍実は倒れ込む。
 凄まじい動きをした反動だろうか。
 龍実の意識は少しの間途切れたようだ。
「っと。危ない所だったのぜ」
 それを察した遊夜は素早く龍実を支えた。
「なるほど。限界、超えられたみたいね」
 寧の言葉通り、打撃数カウントは100を刻んでいた。
 

「今の自分にはちょうどいい授業だ」
 佐藤 としお(ja2489)は光纏し自身の体全体にアウルを満遍なく行き渡らせる。
 それを一気に解放。
 ちょうどスプリングを限界まで縮めて離すように拳を繰り出す。
 
 注意すべきは、腕がぶれないこと。
 左のジャブからスタート目標まで最短距離で攻撃できるようにする為にも、それは必須だ。
 ショットガンの様にばら撒くのではなく一点集中。
 一点を連続して攻撃することで打ちぬく気持ちで繰り出す打撃。
 
「シュッ!」
 裂帛の気合が感じられる呼気とともに繰り出す拳打。
 だが、10秒で100にはまだ僅かに届かない。
「ううむ……」
 そんな彼に、鬼灯丸(jb6304)が声をかける。
 
「10秒で100発とか、やっぱり難しいよね。あたし、足の速さには自信あるけど、攻撃速度はちょっと自信ないかもだし」
 としおの隣でマシンを叩いていた鬼灯丸。
 彼女を振り返ると、としおは柔らかな物腰で問いかけた。
「なるほど。足の速さ……というと鬼道忍軍の方ですか?」
「うん! あんたはインフィみたいだけど、どうしてこの授業に?」
「試験はともかく最近依頼に復帰したばかりでして。どうも以前のような調子が出ないので悩み中なんですよ。だから、攻撃の基本に戻って素手での打撃を特訓しようかと思って――」

 鬼灯丸の問いに答えながら、としおは再び拳打を繰り出す。
 何かを掴みかけている気はするし、良い線もいっている気がする。
 しかし、まだ何かが足りないのだ。
 もどしかしさを感じつつも、としおは一度深呼吸する。
 そんな彼に鬼灯丸は更に語りかけた。
 
「そうなんだ。あたしは試験合格のために十分な力を身につけるのが目的。あたし個人としては、速水先生くらいの速さを身につけたいな。その為にもまずは10秒間で100発、それをやらないとね」
 
 快活な笑顔で言う鬼灯丸。
 すると今度はZenobia Ackerson(jb6752)が会話へと入ってくる。
「100点、か……どうせなら、その倍の200点は取りたいな」
 鬼灯丸の隣でマシンを叩きながら言うゼノヴィア。
「200点! 凄いね! やっぱしゼノヴィアさんも試験合格のために?」
 ゼノヴィアは手を止めると、鬼灯丸に向き直る。
 
「それももちろんある。だが、それ以上に先生の流派――速水流に興味があってな」
「速水流に?」
「ああ。速水流は今まで習った、そして目指している戦い方に似ている。そうした意味で少し興味がある。流派について先生に聞いてみたいところだ」
 鬼灯丸の問いに答えるゼノヴィア。
 今度はとしおが鬼灯丸に代わってゼノヴィアに問う。
「速水流に似ている、となると――」
 それに頷くと、ゼノヴィアは語り始めた。
「重きをおくは命中と回避。確実に当て確実に避ける。一撃の重さを捨て、相手との一撃の差を数で補う速度重視型の阿修羅――そうした使い手を目指しているんだ。俺は」
 
 としおは大きく頷いた。
「まさに速水流の思想ですね。奇妙な偶然……というより、戦い方が最適化されていくにつれて、いずれはそこに行き着くようになっているのでしょうか」
 
 鬼灯丸はふと何かに気付いたようだ。
「ね! だったらさ、先生にコツを聞いてみようよ!」
 言うなり鬼灯丸は高らかに挙手していた。
「先生! 質問です!」
 鬼灯丸の横でとしおもすかさず手を挙げる。
「は〜い、先生僕も相談で〜す」
 
 学園生達の様子を見ていた風子は、声を聞きつけて二人の所へやってくる。
 
「速水先生よろしければ、コツを教えていただけますか? あたし、先生くらいの速さを身につけたいんです」
 単刀直入に問う鬼灯丸。
 それにゼノヴィアも続く。
「俺なりに考えてみた。結論としては最低最小限の動きで一点のみを狙うのが正解の一つだろう。衝撃でマシンが揺れて狙いがずれないよう工夫しながら叩くのが一番打撃数を稼ぐのに良いと思うんだが、どうか?」
 ゼノヴィアからの問いかけに、感心した様子で頷く風子。
 
「良い所に気付いたね。圧倒的な速さを得る為には能動的な加速だけではなく、受動的な加速も求められる――まさにゼノヴィアさんが言ったのがそれにあたる」
 風子は鬼灯丸の腕をとると、動きをつけながら説明を始めた。
「能動的な加速――これは筋肉の動きやアウルの発動で加速する方法。これはわかるよね?」
 頷く三人。
「そして受動的な加速は、身体にかかる余計な力を限りなくゼロに近い所まで減らしたり、いつどの方向にも動けるように準備を整えることが、それにあたるの。『余計な力』は能動的な加速が生む運動エネルギーを減らしてしまうし、準備が整っていればより効率良く運動エネルギーを活かすことができるから。具体的には歩法や体重移動の修練が会得の第一歩だよ」
 
 鬼灯丸の腕を放すと、風子はあっという間に数m先へと移動してみせる。
 
「速水流の体捌きは風のように速く、そして、風のように軽く――なんて、ね」
 
 格好つけた言い方をしたことで、風子は恥ずかしそうな顔をする。
 だが三人は、真面目な顔で聞き入っていた。
 
 そして、三人はそれぞれマシンの前に立つ。
 風子より受けたばかりの教え。
 それを意識し、三人は一つ息を吐いた。
 
 次の瞬間。
 三人は同時に動き出す。
 同じくして10カウントを刻むマシン。
 
 10秒後。
 三人の前に立つマシンはどれも、『100』の数を刻んでいた。
 

「最速への挑戦……これは! 絶対に! 負けられないのだ! ――S’(ストライド)ッ!」
 
 高らかに宣言し、フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)は高速移動を開始する。
 マシンの周囲を回るように疾走する彼女は、体を回転させて両手を回すようにして打撃を叩き込んでいく。
 
 限界を超えた加速と殺人的な回転で霞むフラッペの視界、そして意識。
(最速を目指すボクはこの試験、外せないのだ!)
 だが、最速を目指す信条と速さへのプライド。
 そうした意志の力で彼女は意識を繋ぎとめる。

 そして――。
 0.00を刻むカウント表示。
 最後の一発を叩き込み終えたフラッペは、目を回してその場に倒れ込む。
 打撃数の表示が刻んでいたのは『100』という数字だった。



 風子がフラッペを安全な場所に移したのを見届け、中津 謳華(ja4212)は呟いた。
「うむ、しかと魅せてもらったぞ」
 
 謳華の身体は包帯に覆われている。
 先日の戦いで負った傷をおして、謳華はこの鍛錬に臨んだのだ。
 
「師範、打撃数カウントに上限はあるか? もしあるなら、設定を操作してとっぱらってくれ」
 平然と言う謳華。
「無茶よ……! そもそもその身体じゃあ鍛錬どころじゃ……」
 心配そうに言う風子に向け、謳華は再び平然と告げた。
 
「問題ない。現状、本来の俺の力での実技を見るのは無理だろう。故に、今回は『俺』ではなく、俺の根源……超えるべき始祖との彼我の差を知る為に利用させてもらおう」
 謳華の覚悟を感じ取ったのか、風子は一度だけ頷くと、マシンの設定を変更する。
 
 傷を負った姿でマシンの前に立つと、謳華は構えをとった。
「……『貸し』てやる。見せてみろ、始祖」
 誰かに向けて言い放ち、動き出す謳華。
 その動きは獅子奮迅。
 打撃数のカウントは瞬く間に増加していく。
 
 凄まじい速さで『99』を超え、謳華が『100』発目を叩き込んだ瞬間。
 それは起こった。
 
「――!」
 
 その場にいた皆が驚きで禁じえなかった。
 なんと『100』発目でマシンが大破したのだ。
 同時に、もとより身体に無理をかけていた謳華もその場に倒れ込む。
 
 彼を抱きとめるようにして押さえたのはフラッペだった。
 既に復調したのか、彼女は自分の足でしっかりと立っている。
 謳華をそっと横たえると、フラッペは風子へと向き直る。
 
「ハヤミ先生、ボクとスピード勝負をしてほしいのだ。最速を目指す身としてはどうしてもハヤミ先生に勝ちたい……! 勝てなくても、届かなくても、速度だけじゃ負けたくない、から……」
 
 フラッペの真剣さに打たれ、風子も真剣な面持ちとなる。
「わかった。その勝負、受けさせてもらうね」
 
 フラッペの前に立つ風子は自然体。
 しかし、フラッペは凄まじいプレッシャーに息を呑んだ。
 プレッシャーをはねのけるべく闘志をたぎらせ、フラッペは脚に蒼風を纏う。
 
「いくのだ! これがボクの出せる最速の一撃。そして先生に追い付けるとしたらこの技だけ、だから切り札なのだ! ――J’(ジョーカー)!」
 
 二人は同時に動き出した。
 互いに疾風の如し速さで突撃し、ほんの一刹那のうちにすれ違う。
 傍から見ていた者達には、ただそれだけにしか見えなかった。
 
 すれ違った後、平然と立つ二人。
 直後、フラッペの身体が幾度も揺れた。
 そして膝をつくフラッペ。
 
「流石なのだ……たったあれだけの間にこれだけの数を打ちこむなんて……」
「キミも中々だよ。あの技……速水流・桜花嵐を避けながら一撃を繰り出すなんて。危うく直撃をもらうところだった――」
 
 感心と感嘆がない交ぜになった表情で言う風子。
 彼女のTシャツは下半分が破け飛んでいる。
 
「キミなら、いつか私に追い付くかもしれない。挑戦ならいつでも道場で受けるよ」
 立ち上がったフラッペと風子は握手を交わす。
 そして風子は微笑んだ。
「だから。音を置き去り、光を抜き去ったその先で――キミを、待ってる」
 
 こうして試験対策授業は無事終了した。
 全員が十分合格ラインに達する実力を身につけ、参加した学園生達。
 そして、風子も一安心なのであった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

蒼き疾風の銃士・
フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)

大学部4年37組 女 阿修羅
先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
久遠の黒き火焔天・
中津 謳華(ja4212)

大学部5年135組 男 阿修羅
遥かな高みを目指す者・
志堂 龍実(ja9408)

卒業 男 ディバインナイト
欺瞞の瞳に映るもの・
鬼灯丸(jb6304)

大学部5年139組 女 鬼道忍軍
拳と踊る曲芸師・
Zenobia Ackerson(jb6752)

卒業 女 阿修羅