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マスター:漆原カイナ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/04


みんなの思い出



オープニング


「おいおい、いくらなんでも泣き虫すぎるぞ」
 俺は隣に住む友達の亜由香に言ってやった。
「で、でも……」
 亜由香とは小学生の頃……よりも前からの付き合いだ。
 歳も同じだから、当然学年も同じ。
 
 最初に出会った頃から亜由香はとにかく泣き虫だった。
 そのせいで、いつも俺に助けられている。

 今年で中学一年生になったのに、亜由香の泣き虫は直りそうにない。
 たった今だって、そのせいで亜由香は涙ぐんでいる。
 いつもどおり一緒に帰ってた途中、散歩中の犬に吠えられた亜由香は、また泣きそうになった。
 飼い主の人がすぐに紐を引っぱってってくれたのに。
 
 俺は怒るのを通り越して呆れてしまった。
 取りあえず泣き止むのを待ってたら、何分も経ってやっと落ち着いたんだぜ。
 
 すっごく怖がりながら涙ぐむ。
 もうこの際、これは許せる。
 だって亜由香だからしょうがない。
 
 でも、俺のことをじっと見ながら涙ぐんでるのはどうかと思う。
 これじゃあ、俺がいじめてるみたいに見えるじゃんか。
 
 まだ怖がってる亜由香にそっぽを向いた俺は、家のポストを開けた。
 ポストに入っていたのは一枚のチラシだ。
 綺麗な真っ白いドレスを着て、笑顔の素敵な女の人が写っている。
 
 結婚相談所のチラシみたいだ。
 やっぱり6月だからな。
 
 すると亜由香が俺が持っているチラシを覗きこんできた。
「ん? おまえ、もう結婚とか興味あんの? ってか、好きな奴いんのかよ?」
 なんかじっと見てたんで、俺は亜由香にチラシを押しつけた。
 そうすると亜由香の奴はチラシを落とした。
「あぅ……ぅ……ぅん」
 しかもなんかきょどってるし。
 まぁ、涙ぐまないだけマシか。
「ってかさ、お前の結婚相手はやっぱ撃退士がいいよな! ほら、お前って泣き虫だからヒーローが必要だろ!」
 
 俺にとって最高のヒーロー。
 それが撃退士だ。
 アニメや特撮のヒーローも好きだ。
 スポーツ選手や、洋画劇場に出てくるアクション映画の人もカッコイイと思う。
 けど、やっぱり一番カッコイイのは撃退士だ。
 
 人々を守るために、悪い天魔をバッタバッタと倒す。
 ――最高にカッコイイじゃないか。
 撃退士の人達はテレビの中だけじゃなくて本当にいて。
 そして、本当に天魔を倒せるくらい強いんだ。
 どんな強い天魔が出てきても、きっと倒して。
 そんでもって、絶対に俺達を守ってくれる。
 それが撃退士……俺のヒーローなんだ。
 

 都内某所。
 廃屋となったとある屋敷。
 その居間で、前髪をヘアピンで頭頂部に留めた少女――花房英理加は語り出した。
「さぁて……今回はとびきりの『食材』が見つかったわぁ」
 相手は二人の男。
 闇色の長髪をした青年と、ビジネスマン風の青年だ。

 二人の青年は黙って続きを促す。
 それに応えるように、英理加はゲートを作り出した。
 生成されたゲートから現れたのは一人の男。
 見た目は人間とあまり変わらないように見える。
 
「ヴァニタス――か。また随分と大盤振る舞いをする。いつものようにディアボロを遣いに出すものかと思ってたがな」
 長髪の青年は、ゲートから現れた男が何であるか気付いたようだ。
「そ。いつもいつも撃退士の連中が邪魔してくれるからねぇ。特に今回は上等な『食材』だものぉ。出資は惜しまないわぁ」
 少女らしからぬ妖艶な声で答える英理加。
 彼女はヴァニタスを連れてどこかへと出ていく。
 
「――ディゴルドさん、ですか。これはまた恐ろしい方を出す気になりましたね」
 出ていく二人を見送った後、ビジネスマン風の男が静かに呟く。
「ディゴルド? あのヴァニタスのことか?」
 長髪の青年の問いに頷くビジネスマン風の男。
「ええ。彼――“嗜虐の”ディゴルドさんは人間だった頃から危険人物でしてね。幾つも犯罪を繰り返したと聞いています」
 
 ビジネスマン風の男は平然と言う。
 一方、長髪の青年にも動じた様子はない。
 
「いかにもあいつが選びそうな素材だ。別に珍しくもなんとも――」
 そこで彼は何かに気付いたのか、僅かに黙り込む。
 何かを察した様子で、ビジネスマン風の男は語り出した。
「――なぜ、彼に限ってヴァニタスに? それが気になるのですね」
「ああ」
「彼はね。彼女と好みが合うんですよ」
「好み、だと?」
「彼が犯した犯罪は数々の拉致監禁と婦女暴行。彼の隠れ家に警官が踏み込んだ時、年若い女性が何人も拷問された状態で発見されたそうですよ。つまり、彼は筋金入りのサディスト。だからバ……英理加さんに特別気に入られて、ディアボロではなくヴァニタスとなったというわけです」


「それじゃ、また明日な――」
 チラシを見つめたまま硬直してる亜由香の肩を叩くと、俺は家の門をくぐろうとした。
「失礼、ちょっとよろしいですか?」
 
 若い男の声で呼び止められて、俺は振り返った。
 呼び止めてきた相手は若い兄さんだ。
 日本人のようにも見えるし、外国人のようにも見える。
 まぁでも、日本語が上手いからきっと日本人だろう。
 
「はぁ、何スか……?」
 問いかける俺。
 それに対してその男はにいっと笑った。
「突然ですが、良い声で泣いてください――」
 
 呆気にとられる俺の前で男はどこからか剣を取り出し、一振りした。
 その剣は一振りすると、まるで鞭のように伸びる。
 ちょうどよい間隔で分割されてて、中に紐が通ってるみたいだ。
 たしか、ゲームとかでこんなのを見たことが――。
 
「きゃっ……!」
 背後から聞こえた声にはっとなる俺。
 振り返った俺が見たものは、倒れている亜由香だった。
 
「亜由香っ!」
 俺は慌てて亜由香に駆け寄った。
 苦しげに息をしている亜由香。
 その身体からは血が流れている。
 
「な、何なんだよっ! あんた一体何なんだっ! どうしてこんなことっ……!」
 滅茶苦茶に叫ぶ俺。
 すると男はまたにいっと笑う。
「天魔、ですよ。どうしてこんなことをするか? 理由は簡単です――」
 男は剣の切っ先を俺の目の前に突きつける。
「――あなたを心身ともにズタボロにする為ですよ。すぐには殺しません。せいぜい、良い声で泣いてくださいよ。では、また来ます」
 そう言うと、男はいきなり笑い出した。
 楽しくて仕方ないのか、その笑いはどんどん激しくなっていく。
 狂ったように笑いながら、男は去って行った。
 

 十数分後。
 廃屋となったとある屋敷。
 その居間で亜由香を斬った男――ディゴルドは英理加と相対していた。

「マスター。最初の仕込みは完了しました」
 上機嫌な様子でディゴルドは英理加に一礼する。
「そろそろ報せを受けてアウルを使う連中――撃退士が彼のもとに来ているでしょう。撃退士が護衛につくの待ち、再襲撃をかけます」
 頭を上げ、ディゴルドは語り出した。
「どういうことよぉ? わざわざコトを面倒にしてから手をつけるつもりなのかしらぁ?」
「彼の幼馴染の少女は、斬られた傷のせいで今頃生死の境をさまよっているでしょう。幼馴染を失うかもしれない上、更に自分も命を狙われている――そんな絶体絶命の状況を救いに来てくれたヒーロー……撃退士が見るも無残に大敗する。そんな光景を見せつけられれば、彼の魂は恐怖の味にそまります」
 彼の説明を聞き、英理加は手を叩いた。
「ディゴルド、やっぱりアンタは最高だわぁ! よぉくわかってるじゃないのぉ!」
 するとディゴルドは、満足そうに再び一礼するのだった。


リプレイ本文



 2013年 6月某日 16:03分 足立区 某病院内

 集中治療室の前。
 陽太はガラス越しに亜由香を見つめている。
 高瀬 里桜(ja0394)は彼が大きな不安に襲われているのを見て取った。
 里桜は努めて明るい声と顔を意識し、陽太に呼びかける。
「陽太くん、初めまして! 久遠ヶ原から来たヒーローだよ!」

 一瞬驚いて固まったものの、すぐにはっとなって振り返る陽太。
 振り返って見た先には撃退士達の姿がある。
 憧れのヒーロー達が自分の為に駆けつけてくれた。
 それが陽太の表情を明るくさせる。

「ほ、本当に本物の撃退士さんだ……!」
 本物の撃退士を見て感動したのか、陽太の声は震えている。
「そうだよ。本物の撃退士。陽太くんを守る為に来たんだ!」
 
 里桜はそのまま陽太の手を握り、彼の目をまっすぐに見つめた。

「敵は陽太くんを狙ってくるから、ここにいると周囲の人に危険が及ぶ。陽太くんがここを離れたくない……って思うのもわかるけど。ちょっとだけ、ヒーローに協力してくれないかな?」
 そう言われて陽太の顔に再び不安の色がさす。
 里桜達を信用していないわけではない。
 それでも天魔に命を狙われているという恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではない。

 もちろん里桜はそれを察し、更に強く、そして優しく彼の手を握りしめる。
「大丈夫!何があっても私達が絶対守るよ!」
 彼の目をまっすぐに見つめて言う里桜。
 そして陽太はゆっくりと頷いた。



 2013年 6月某日 17:02分 足立区 高橋家

 病院を後にした里桜達は陽太の自宅へとやって来た。
 敵はいつ襲撃をかけてくるかもわからない。
 また、彼自身はもちろん、家族への襲撃も警戒すべきだ。
 家族も一緒に守れるように、撃退士達は布陣していた。
 ある程度の交代予定も決め終え、早速護衛が開始されていた。

 現在、陽太の部屋を担当しているのは三人。
 その一人である日下部 司(jb5638)は陽太に向けて微笑みかけた。
「陽太君、俺達が必ず二人を守って見せるよ。だから心配しないで」
 司は笑顔で励まし元気付けようとする。
「思い出したくないかもしれないけど、どんな相手だったか教えてくれないか?」
「見た目は普通の人間みたいでした。あと、なんか変わった剣を持ってて……その、なんていうかゲームに出てくるような……っていうか」
 陽太は机の上にあった授業のノートにざっと、鉛筆描きの蛇腹剣を描いて司に見せた。

 陽太の緊張をほぐそうと、阿岳 恭司(ja6451)はとびきりの笑顔を見せる。
 拳を握り、自分の肩を叩く恭司。
「ダイジョブダイジョブ! そげなヤツなんかお兄ちゃん達がポイポーイッっちやっつけて絶対守っちゃるけんね!」
 笑顔で頷いていた恭司だったが、ふと部屋の隅にあった棚に目を留める。
 
「――!」
 その時、恭司に衝撃が走った。
「これは……!」
 思わず恭司は早足で棚へと歩み寄る。
 そこに並べられていたのは、数センチサイズのフィギュア。
 恭司を興奮させたのは、そのフィギュアがプロレスラーをかたどったものであったからだ。
「おおっ! 陽太ちゃん、わかっとるたい! 実に素晴らしいコレクションちゃ〜!」
 
 ふと彼はあるフィギュアの前で足を止める。
 彼が足を止めたのは、狼の覆面をしたフィギュアの前。
「ウルフマスク……」
 
 しんみりとした顔になる恭司。
 それを見つめていた與那城 麻耶(ja0250)も同じような顔をする。
 何かを察したのか、陽太も表情を曇らせた。
「しんみりさせちゃったばい。ごめんた――」
 
 慌てたように視線を巡らせる恭司は、あるものを発見した。
「――!?」
 そして恭司に走る二度目の衝撃。
「こ、これはっ!」
 恭司の目に留まったのは同じシリーズのフィギュアだ。
 寸銅鍋の形をしたマスクをかぶり、背中にマントをなびかせたレスラー。
 
「ああ、そのフィギュアですか? 昔、活動してたチャンコマンっていうレスラーっすよ。今は見ないんですけど、噂だと撃退士になったとかで――だから、俺にとっては二重の意味でヒーローなんですよ」
 楽しげに語る陽太。
 彼が語るのを聞く恭司は僅かに俯いたままだ。
 そして、二人の様子を傍から見ている麻耶は口元が震えている。
 どうやら、笑い出しそうになるのを我慢しているようだ。
 
 だが、やがて我慢しきれなくなったらしい。
 麻耶は吹き出してしまう。
「ブチョー!?」
 咄嗟に反応する恭司。
 一方の麻耶は笑ったままだ。
「ご、ごめんなさい……だって――」
 
 陽太はというと、麻耶が笑い出した理由がわからずにきょとんとしている。
 彼の様子に気付いた麻耶は、手で恭司を示す。
「陽太君、そういえばまだ言ってなかったね。この人は阿岳恭司。私の先輩で、元プロレスラーなの」
 麻耶の紹介を聞いて頷く陽太。
 そして、その直後に彼は驚いて声を上げる。
「え……!? 阿岳ってことはもしかして――」
 
 何かを察した様子の陽太に、麻耶と恭司は微笑んで頷く。
「そう。この人がチャンコマンだよ」
 陽太に告げる麻耶。
 それを知り、陽太は興奮気味だ。
「す、すげぇ……本物のチャンコマンさんだ! ――あの、一緒に『チャンコマン参上!』のポーズをやってもらってもいいですか……?」
「もちろんOKたい!」
 腕を組んで胸を張るポーズを取る二人。
 
「安心しててくれて大丈夫。ヒーローの名にかけて、陽太くんは絶対に守るたい! 信じてくれるね?」
 180cmを超える長身を見上げながら、陽太は笑顔で頷く。
「はいっ! 本物のヒーローが来てくれたなら、きっと大丈夫ですよね!」

 司はそのやり取りを微笑ましげに見つめていた。
「かないませんね……『本物のヒーロー』には」
 そんな彼に、隣で見ていた麻耶が笑顔で言う。
「そんなこと言って。司君だって、そして私だって陽太君にとってはヒーローなんだよ――だから、この戦いは負けられないね!」
 頷く司。
 彼は胸中で決意を新たにする。
(俺は無敵じゃない。でもあの時、俺と家族を守ってくれたあの人達のように絶対に守ってみせる)


 
 18:37分 高橋家 台所
 
「もうすぐ飯か……今日は撃退士の人達がい――って、雫石さんっ!?」
 二階から降りてきた陽太。
 そこで陽太は、キッチンに立っていた人を見て驚く。
 キッチンに立っているのは三人。
 母親と里桜。
 そしてもう一人は雫石 恭弥(jb4929)だ。
「おう。もうすぐ飯ができるから、少しばかり待っててくれ」
 器用にフライパンを振るいながら言う恭弥。
「それと、今日はデザートもつけておいた」
 彼の言う通り、出来上がったスイーツが台の上に置かれている。
 今まさに里桜がそれにラップをかけて冷蔵庫に入れようとしている所だった。
「もしかして、雫石さんが作ったんすか……?」
「おうよ。今時の撃退士は家事も一通りできないとな。そうじゃないと結婚できんよ」

 スイーツを冷蔵庫にしまい終えた里桜も言う。
「味見してみたけど、結構おいしかったよ。甘い物好きのツボを心得てるっていうか」
 更には陽太の母親まで恭弥を褒めだした。
「雫石くん、料理以外に裁縫もできるんだって。見た目も渋くて格好良いし、お嫁さんの心配ならしなくても大丈夫よ」
「やめてくださいよ。俺はまだ結婚とかそういう歳じゃないですから」
 照れたように笑いながら恭弥は陽太へと向き直る。
「ま、天魔のことなら心配すんな。陽太はもちろん、おふくろさんや亜由香のことは俺達が守ってみせる」
 そして恭弥は再び冗談めかしたように言った。
「ま、家事以外でも頼りになる所を見せとかないとな」



 20:34 高橋家 浴室
 
 恭弥と里桜が手伝ったこともあって、夕食は豪勢だった。
 陽太と母親に八人の撃退士達を加えた十人の大所帯。
 久しぶりの賑やかな夕食。
 その余韻を楽しみながら、陽太は風呂場へと向かった。
 撃退士のみんなが後に控えているのだ。
 早く入ってしまわなければならない。
 心持ち急いで、陽太は脱衣所のドアをスライドさせた。
 
「――あ」
 そして陽太は凍りついた。
 洗濯機の前には霧原 沙希(ja3448)が立っていた。
 そして、今の彼女は下着姿だったのだ。
 
「す、すんませ――」
 慌てて目を逸らす陽太。
 年頃の男子なら誰もが憧れる状況。
 だが、陽太は喜んだり興奮したりはできなかった。
 彼の表情は気まずげであり、痛ましげだ。
 沙希の身体中にある生々しい傷跡や痣を目の当たりにしては、喜んだり興奮したりなどしていられない。
 
 一方、沙希は急いで上着を羽織って傷を隠す。
 上着はまるで沙希の身体と同じように、所々がほつれている。
 
「その……凄い傷、ですね。それが天魔と戦ってきた証、なんですね」
 すると沙希はゆっくりと首を振った。
「……違うわ。これは天魔につけられた傷じゃない」
 沙希の声にただならぬものを感じたのか、陽太は思わず黙り込んだ。
「……私にこの傷をつけたのは、他の誰でもない……私の両親」
「え――」
「……だから、陽太君を狙っている天魔の事は良くわかる。……抗えない者を虐げて、心の底から愉しむ。……それは、強者だから。弱者の立場に立った事なんて、一度も無いから。……どうせ、虐げられる側の絶望なんて、知らないんでしょう。……本当に、嫌い」
 
 沙希の淡々と語る口調が、陽太により一層の痛ましさを感じさせた。
「ご……ごめんなさい……俺、霧原さんにひどいこと、言って……」
 すると沙希は恐る恐る陽太の頭へと手を伸ばす。
 ぎこちない所作ではあるが、沙希はゆっくりと彼の頭を撫でる。
 他人との適正距離が分からない、彼女なりの不器用な優しさだ。
 
「……泣かないで。陽太君や亜由香ちゃんは守るから。たとえ私が死んでも」
「そんな……こと……言わないで」
「……私が傷付こうが、死のうが、どうでも良い。ただ、痛みを、絶望を、これ以上誰が背負うのは、見たくないから」
 泣きそうな陽太の頭を、沙希はしばらく撫で続けていた。
 


 21:36 高橋家 リビング
 
 風呂から上がった陽太は庭先に皇 夜空(ja7624)がいるのに気付いた。
 彼はすぐにガラス戸を開ける。
「庭で何を見てたんですか?」
「ああ、ちょっとな……」

 夜空が取り出したのは一枚の写真だった。
 写っているのは夜空と弾けるような笑顔の少女。
 彼女は純白のウエディングドレスを纏っており、夜空は漆黒のタキシード姿。
 しかも夜空は、背中と膝裏に手を回す形で彼女を抱きかかえている――いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。

「もしかして……夜空さんって結婚してたんですか……?」
「む……。まだ結婚はしていない。これは先日、デートで表参道の結婚式場に行った時に撮ったものだ」
「でもなんでデートで結婚式場に行ったんです? それに、『まだ』、ってことはもしかして?」
「う、ううむ……デートの目的地は渋谷だったのだがな。二人でいろいろとぶらついているうちに表参道に出た。東京に住んでいるなら知っていると思うが、表参道は結婚式場が多い。それにちょうど六月だったからな……彼女とたまたま近くにあった結婚式場を見ていたんだが、式場の方でトラブルが発生したようでな」
 そればかりか、聞かれてもいないのに言い訳を始める夜空。
 そんな彼を見ていた陽太は思わず吹き出してしまう。
「む……」
「ご、ごめんなさい。で、トラブルっていうのは?」
「結婚式場のポスターを撮影する予定だったらしいのだがな、手配されていたモデルの二人が急に来れなくなったそうだ。それで、たまたまその場にいた俺と……彼女がモデルを頼まれた――」
 
 にやにやと笑っていた陽太だが、やおら真面目な顔になる。
「やっぱり、この人とずっと一緒にいるつもりなんですね」
「もちろんだ――この身朽ち果てるまで、彼女の笑顔をずっと守り続ける。そう、約束したからな」
「できたんですね。復讐以外にも戦う理由が」
「ああ――始まりは復讐でも、今はそれだけではない」



 22:25 高橋家 陽太の部屋

 部屋に戻った陽太。
 彼が漫画をリュックに詰めていると、ドアがノックされる。
「御空だけど。陽太、起きてるか?」
 漫画を詰めながら陽太が返事をすると、ドアが開く。

「もしかして寝ようとしてたか? だったらごめんな」
「いえ、大丈夫っすよ」
 言いながら漫画を詰め続ける陽太。
「随分いっぱいあるけど、どこに持っていくんだ?」
「亜由香の、ところです……この前、俺の好きなものを自分も読んでみたいって言ってて。普段は少女漫画しか読まないのに」
 微笑ましいものを見る顔でじっと耳を傾ける誓。
「天魔を倒してもらって安全になっても、まだ亜由香は入院が続くかもしれないから……でも本当は、何かしてないと落ち着かなくて」
「陽太……」
「俺、御空さんみたいなヒーローじゃないから。こんなことしかできないし」
 悲しげに呟く陽太。
 その呟きは次第に大きな声となり、陽太は感情を吐露していく。

「俺はアウルやV兵器とか、そういう撃退士のすごい力は使えない……あいつが、亜由香が俺の目の前で襲われたってのに、俺ができるのは御空さんたちみたいなヒーローの助けを呼びに行く程度なんです……! 俺は、ヒーローみたいに立派じゃないから、たったそれだけしか……っ!」
 すると誓は陽太の肩をぽんと叩く。
「隣、いいか?」
 頷く陽太。
 彼の隣に誓は腰を下ろす。
「護りたい。大切な誰かを護る為ならどんな時も諦めない……そう思えたら、誰もがその大切な誰かのヒーローなんだと、俺は思うな」
 誓の目は天井を見上げてはいるが、どこか遠い過去を見るているようにも感じられる。

「俺もさ、サーバントに目の前で幼馴染みを襲われて……幸い一命は取り留めたけど、大怪我を負わせちまったことがあるんだ」
「え……?」
「その時、何も出来なかった。幼馴染みが襲われて始めて動けて、気付いたらこの力を手に入れてた」
「御空さんも、幼馴染が……」
「俺も陽太と同じだ。幼馴染みが目の前で襲われたってのに、ろくに何もできなかった。それが悔しくてさ、自分から志願して久遠ヶ原学園へ入ったんだ」
「同じだなんて……御空さんはアウルに目覚めたし、敵も倒せたけど。俺は結局、助けを呼ぶことしか……誓さんと違って俺なんか何もできなくて……戦う前から負けてたんです……」
 すると誓はもう一度、陽太の肩をぽんと叩いた。
「いいんだよ、それで」
「え?」
「本当に何もできないっていうのは、本当の意味で諦めきって、文字通り何もしないってことだ」
「何も……?」
「ああ。でも陽太は違う、俺達の助けを呼んだ。それは自分だけじゃなくて、亜由香やおふくろさんを護りたいと思ったからだろ? たとえ一言や一歩でも、助けを呼ぼうと動けた。誰かがこれ以上傷つかないように足掻くことができて、本当の意味で諦めていないなら――陽太の心が負けてしまうことはないよ」
「諦めない……」
「おう。護りたい。大切な誰かを護る為ならどんな時も諦めない……そう思えたら、誰もがその大切な誰かのヒーローなんだと、俺は思うな」
 そして誓は微笑むと、陽太の頭をくしゃりと撫でる。
「なぁ、お前は亜由香を守りたいって思うか?」
 その問いに陽太は大きく頷く。
「だったら……亜由香のヒーローはたった一人、陽太だけだよ」

 嬉しそうな顔になると、陽太はその言葉を噛みしめる。
「ありがとうございます……でもなんで、俺の為にここまで……」
「俺と似てるからかな……どうしても陽太のことを他人だと思えないんだよ。全力で救ってやりたい。その為に、出来るだけ……ううん、出来る以上のことをしよう。その代わり、約束だ」
「約束?」
「俺は陽太達を守る為に、どんな強敵が相手だろうと諦めない。だから陽太、お前も諦めてしまうようなことはしないでくれ」
 頷く陽太。
 二人はどちらからともなく、右手を出す。
 手首を絡め、拳と拳を触れ合わせる二人。
「ヒーローとの……男と男の約束だ!」

 もう一度頷き合った後、陽太は切り出した。
「お願いがあるんです。明日、亜由香のいる病院に連れて行ってもらえませんか……? 出歩くと危険なのはわかってます。でもさっき、亜由香の母さんから……もう最後になるかもしれないから、できることなら会ってあげて……って。だから――」
「諦めるな。約束だろ? 大丈夫だ。明日早速、俺達が連れて行ってやる。心配しなくていい、絶対に守ってやる――それも約束だ」



 2013年 翌日 9:13分 足立区 某病院前 駐車場

 病院のすぐ前まで来た陽太は、同行する沙希に話しかけた。
「あ、あの……」
 振り返った沙希に、陽太は紙袋を差し出す。
「その……昨日はごめんなさい。これ、母さんが……」

「……いいの。気にしないで、大丈夫」
 淡々とした声で言うと、沙希は紙袋を受け取る。
 中に入っていたのは、沙希の上着だった。
 確か昨日、洗濯籠に入れたはずだ。
 もう洗濯されており、アイロンまでかけてある。
 それだけではない。
 小さな破れは糸で縫われており、大きな破れはワッペンで塞いであった。
「もし、寂しくなったら、いつでも来てね……そう、霧原さんに伝えてくれてって」
 それを聞いた沙希は手にした上着をぎゅっと抱きしめる。
 
 その直後。 
 仲間達の間に緊張が走る。
 沙希も危険な予感を察知すると、素早く陽太の前へと歩み出た。

 横の路地から現れたのは一人の青年だ。
 彼は陽太達の道を塞ぐように立つと、丁寧な物腰で語りかけてくる。
「これはこれは、皆さんおそろいで」

「あ……ああ……!」
 彼を見た途端、恐怖に震える陽太。
 予め聞いていた特徴とも一致する。
 そして何より、陽太の反応を見て彼が何者であるかを察した撃退士達は一斉にV兵器を出した。

「お待ちしてましたよ。ヒーローの皆さん」
 青年――ディゴルドも嬉々とした表情で蛇腹剣を取り出す。
 
 素早く陽太とディゴルドの間に割って入る司。
 司は陽太を振り返ると、頷きかける。
「下がっていてくれ。すぐに倒すから」
 頷いて後ろへと下がるものの、まだ不安な表情のままでいる陽太。
 彼にに向けて、司はもう一度頷いてみせる。
「陽太君、俺達が必ず2人を守って見せるよ。だから心配しないで」

 司だけではない。
 仲間の撃退士達すべてが陽太へと頷きかける。
 それに大きく頷きを返す陽太。
 その顔に、もはや不安の色はない。

「許せんねぇ今回ばっかしは……どーも許せんですよ……」
 ディゴルドの前に立つ恭司。
 明るくコミカルないつもの彼と、今日の彼はどうやら雰囲気が違う。
 まるで別人のような彼。
 その心の中では、陽太達を襲ったディゴルドに対する静かな怒りがフツフツと煮えたぎっているのだ。

「今日の俺はレスラーではなく、撃退士としてお前を倒すばい――」
 静かだが、凄まじく凄味のある声で言い放つと、恭司はヒヒイロカネから魔具魔装の一式を顕現させる。
 それらを纏い、チャンコマンの姿となった恭司。
 彼はアウルを込めた握り拳を振り上げると、ディゴルドへと殴りかかる。

「先輩、みんな、いっくよー!」
 恭司の動きに合わせるようにして麻耶も疾走する。
 そのまま跳躍すると、麻耶は先制攻撃のドロップキックを放った。
 
 沙希の全身の古傷から黒い液体が噴き出し、魔具に纏わり付いて凝固する。
 形成された無機物の寄せ集めの様な歪な塊を、渾身の力で沙希は振り上げた。
「……ううああああっ!」
 発動には全身を切り刻まれるような苦痛を伴う為、沙希は絶叫する事で意識を保つ。

「If anyone does not love the Load, Jesus Christ, Let him be accused, O Load, come, AMEN!!」
 流暢な発音でそう告げると、夜空はニグレド――細い金属性の糸を放つ。

「こいつもとっときな」
 更に恭弥の牽制射撃も加わる。

「みんな、受け取って!」
 仲間達が攻勢に出るのに合わせ、里桜は仲間達にアウルの鎧を纏わせていく。

「防りは任せてくれ」
 アウルを込めた盾を構え、司は敵の攻撃に備える。

「俺らの想いを踏みにじる? やれるもんならやってみろよ!」
 自らの名前と似た銘を持つ直刀――碧空。
 誓はそれを抜き放つと、ジャンプからの上段斬りをかけた。

 攻防一体の完璧な連携。
 およびそれによる同時攻撃。

 上位の者ならまだしも、これだけの攻撃を切り抜けられる天魔など、そうそういないだろう。
 ――たとえヴァニタスであっても。

 だが、その予想は裏切られた。
 ディゴルドの振るった蛇腹剣は、まるで生きているかのような自在さで動いたのだ。
 僅かな時間差を活かして、全員の攻撃を捌く蛇腹剣。
 更に、返す刃で全員が斬り伏せられてしまう。
 アウルの鎧でも防ぎきれないダメージだ。
 司に至っては盾を刺突で貫通され、胴から大流血している。

「諦めることです」
 余裕綽綽にそう告げるディゴルドの言葉を、夜空が突っぱねる。
「諦めろ……? 諦めろだと? 笑える冗談だ化物(フリークス)。人間でいることをやめた、人間と共存できない。お前達らしい、言い草だな。人間を舐めるなよ化物め、来い! ――戦ってやるッッ!!」
 ニグレドを放つ夜空。
 それに応じるかのように、蛇腹剣が放たれる。
 ニグレドは蛇腹剣に弾かれ、逆に夜空の身体に巻きついてしまう。
「ぐ……」
 追い打ちとばかりに蛇腹剣も巻きつけられる夜空だが、それでも憶しはしない。
「この程度で、俺を縛れると思っているのか?」
「ええ。思っています」
 そのまま締め上げるディゴルド。
 斬り落とされずには済んだものの、夜空の四肢が音を立ててへし折られる。
 
 あまりにも一方的な暴力だった。
 先程から撃退士が繰り出した攻撃はすべて防がれ、その一方で敵からの攻撃は百発百中。
 しかも、そのどれもが致命打だ。
「私が主から頂戴したこの剣は常に攻防一体。人間界で平和ボケした貴方がたの攻撃を防ぐのも、そして斬り伏せるのも容易いこと――三十回です。それ以上、私が剣を振るうまで持ちこたえた者はおりません。さて、貴方がたは何回目で斬り伏せられるでしょうか?」

 なすすべもなく返り討ちにされた夜空。
 彼の姿、そして敵の圧倒的な力を見せつけられ、恭弥は腰を抜かしたまま後ずさる。
「ほ、本物の化物だ……こんなのに敵うわけ……い、いやだ……死にたくない……」
 そんな彼を里桜は一発ぶん殴った。
「――!?」
 そのまま里桜は涙目で説得する。
「馬鹿! 私達が諦めたら……気持ちで負けたら、絶対駄目だよ! どんな時も諦めない、負けない、そんな気持ちがあったから、今まで戦えたんじゃない!」
「俺らはあの子のヒーローなんよ。ヒーローがそげな事言ったらいかんばい」
 恭司も里桜の言葉に同調すると、傷だらけの身体で立つ。
「ブチョー、陽太ちゃんをよろしく頼みますばい」
「先……輩……?」
 
 麻耶に背を向けたまま、恭司は身体に過量のアウルを流し込んで痛覚を強引にシャットアウト。
 そのまま敵へと殴りかかる。
「攻防一体、そう申し上げた筈ですが?」
 鞭のようにしなり、鋭利な刃が恭司を斬り裂く。
 炸裂した刃は跳ね返るようにしなると、その反動で再び恭司を斬りつけた。
 痛みは感じないものの、蛇腹剣の連撃を前に近付けない恭司。
 既に恭司の身体は傷だらけ、コスチュームも覆面もボロボロだ。
「ま……まだ……わたし……は……負けて……いない……」
 遂に覆面が破られ、地面に落ちる。
 同時に痛覚遮断も時間切れだ。
「実はですね。私も好きなんですよ、プロレス――」
 恭司、そして麻耶を見ながら敵は言う。
「特に筋書きなしのセメントマッチがね。なにせ、こんな風にヒーローを倒せるんですから!」
 嬉々として言うと、ディゴルドは落ちた覆面を踏みつける。
 彼は武器を鞭から剣の状態に戻すと、とどめの一撃とばかりに恭司の背中へと突き立てた。
 
「先輩ぁいっ!」
 怒りを爆発させた麻耶は急速にアウルを燃焼させる。
「根っからのサディスト……ね。さすがにこのレベルまで拗らせると許せるものじゃないね。ディゴルド! 私は折れない! この魂が輝く限り!」
 太陽の如く輝くアウルを纏い、麻耶が飛び出す。
 狙うはフィニッシュムーブとして幾度となく繰り出した大技――S・O・QBボム。
「燦めき輝け! 私の魂!」
 迎撃の蛇腹剣が飛んでくるも、それを紙一重でかいくぐる麻耶。
「いっくぞこのやろー!」
 そのまま麻耶が敵を掴む瞬間、彼女の背中に痛みが走った。
「ですから攻防一体だと申し上げております」
 避けた筈の蛇腹剣。
 あたかも蛇が首を動かすようにUターンした切っ先は、一撃目を避けた麻耶を再度襲ったのだ。
 
 倒れる麻耶。
 彼女にもとどめを刺そうとする敵の前に、司が立ちはだかる。
「通しは……しない」
 それを鼻で笑うディゴルド。
 振るった蛇腹剣で司の身体を絡め取ると、そのまま引きずり寄せて彼を足蹴にする。
 だが、司はあえて馬鹿にしたように敵へと言い放つ。
「これで満足するなんて、大したヴァニタスですね。二流いえ三流以下だ」
「無様な貴方が何を仰る」
「それがどうした。俺は人を助ける為なら泥だって啜ってやる。それが俺の目指す撃退士だ。お前の好きには絶対にさせない!」
 
 司が敵の注意を引こうとしている。
 それに気付いた里桜は恭弥に言う。
「諦めたらだめ……それだけは、忘れないで」
 
 敵へと奇襲を試みる里桜。
 だが、ちょうど司を叩きのめし終えた敵が里桜に気付いた。
「姑息な手を――」
 すぐさま放たれた蛇腹剣。
 司の時と同様、里桜も絡め取られ、敵の前に引き寄せられる。
「ご立派なヒーローさん、ですが、貴方もこれで終わりです」
「どうかな? どんな状況でも諦めない! それがヒーローだからね! ――この時を待ってたんだ!」
 敵に踏みつけられた瞬間、里桜はその足を掴んで敵を押さえ込む。
 そして、そのままアウルで作り出した無数の彗星を頭上に降らせる。
「高瀬!」
 自分を巻き込むのを覚悟で彗星を降らせた里桜。
 彼女と敵のいた場所に土煙がたちこめる。
 ややあって土煙が晴れた後、現れたのは軽傷の敵と、半死半生の里桜だった。
「うそ……だろ……」
 へたり込む恭弥。
 彼の前に里桜が投げ捨てられる。
 
「危ない所でした。ですが、急所を突き刺したら手の力を緩めてくれて助かりました。おかげでこのお嬢さんを引き剥がし、盾もとい傘にできたのですから」
 敵は恍惚の表情で語りながら、陽太を見る。
 その視線を遮ろうと、沙希が割って入った。
「邪魔です」
 放たれる蛇腹剣。
 沙希もまた、蛇腹剣に捉えられる。
 だが、沙希は無様に泣き喚いたりなどしない。
(昔とは、もう、違……っ?)
 冷静さを保とうとする沙希だが、無意識のうちに感じた怯えで意志が揺らぐ。
 沙希は嗜虐心に満ちた敵の目を見てしまったのだ。
 その目はまるで、昔の、両親の――。
「……その、目。気に食わないわ」
 自分を奮い立たせ、沙希は逆に敵へと組みついて一撃をくらわせようとする。
「気に食わなくて結構。貴方はここで終わるのですから」
 怯えで沙希の動きが僅かに止まった隙。
 それを逃さず、敵は剣状態にした刃で沙希を刺し貫いた。
 
 刺され、倒れる沙希。
 刃と同時に突きつけられたのは、過去の被虐待経験を想起し、未だトラウマを乗り越えられていない事実。
 かつての両親と同じ眼差しに凍り付いてしまった自分の弱さに、唇を噛み切る悔しさを感じる沙希。
 だがそれでも、過去のトラウマと、刺傷による深いダメージのせいで沙希は動けない。
 
 遂に撃退士全員が倒れた。
 一人残された陽太へと、敵は一歩一歩近付いていく。
「貴方の魂、良い味が出ていますよ」
 敵が陽太を捕らえる、まさにその瞬間――。
 
「待て……よ……」
 深手を負った身体を引きずって、誓が立ち上がる。
 ジャンプ中にくらったカウンターの斬撃。
 それで誓は大量に出血している。
 とっくに意識を失っても不思議ではないレベルだ。
 
「貴方は折れた剣も同然。もう用はありません」
 そっけない敵に対し、誓は不敵に笑ってみせる。
「残念ながら人間さんはそう簡単に折れたりしないぜ? 誰かを守る為なら、人はどれだけも強くなれる。それは人間だけに許された強さだ!」
 とはいえ、誓は今にも倒れそうだ。
 それを見て取った陽太は、観念したように肩の力を抜く。

「諦めるな! 約束しただろ!」
 誓の叱咤ではっとなり、陽太は必死に勇気を振り絞る。
「それでいい……! 陽太は約束を守ったんだ……俺も守る!」
 ふらつく足取りで誓は敵の前に立つ。
「よくもまあそこまで。これもヒーローだからですか?」
 すると誓は力の限り叫んだ。
「ああ。だがそれだけじゃあない……。友達との……男と男の約束だからだ……!」
 死に体とは思えないほどの力を発揮し、誓は敵を押さえつけた。
「逃げろ、陽――」
 一瞬だけ陽太を振り返った瞬間、誓の心臓に刃が突き立てられる。
 しかし、誓は倒れずたったままだ。
 誓が自分を掴んだままの手を難儀して外すと、敵は踵を返す。
「丁度三十回目ですね。キリも良いことですし、今日はこれぐらいにしましょう。ご理解頂けたでしょう? ヒーローでは貴方を守れないと。また来ます。それまでもっと恐怖していてくださいね」
 
 数歩歩いた後、敵は振り返る。
 誓を一瞥すると、敵は思い出したように言う。
「ああ、それと。彼に必要なのは医者ではなく僧侶です。なにせ、彼の心臓はもう――止まっていますから」
 
「そ、そんな……」
 愕然とする陽太。
 彼の見ている中、敵は去っていく。
「誓さぁぁぁんっ!」
 陽太の悲痛な叫び声が、静かな駐車場に響き渡る。
 そして、誓は心臓が止まってもなお、陽太を守ろうとするかのように立ち続けていた――。
 
 9時25分。
 ヴァニタスの撃退に成功。
 撃退士達は全員重傷。
 うち、一名は無数の粉砕骨折。
 二名は意識不明の重体。
 そして、残る一名は心停止状態。
 
 なお、ヴァニタスは依然として健在――。
 
 後編に続く。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 『三界』討伐紫・高瀬 里桜(ja0394)
 チャンコマン・阿岳 恭司(ja6451)
 新世界への扉・御空 誓(jb6197)
重体: 『三界』討伐紫・高瀬 里桜(ja0394)
   <強敵を止める為に自爆覚悟の大技を放った>という理由により『重体』となる
 チャンコマン・阿岳 恭司(ja6451)
   <命懸けで少年と少女を守った>という理由により『重体』となる
 神との対話者・皇 夜空(ja7624)
   <強敵と死闘を繰り広げた>という理由により『重体』となる
 新世界への扉・御空 誓(jb6197)
   <少年と少女を守る為、一歩も退かなかった>という理由により『重体』となる
面白かった!:5人

バカとゲームと・
與那城 麻耶(ja0250)

大学部3年2組 女 鬼道忍軍
『三界』討伐紫・
高瀬 里桜(ja0394)

大学部4年1組 女 アストラルヴァンガード
アネモネを映す瞳・
霧原 沙希(ja3448)

大学部3年57組 女 阿修羅
チャンコマン・
阿岳 恭司(ja6451)

卒業 男 阿修羅
神との対話者・
皇 夜空(ja7624)

大学部9年5組 男 ルインズブレイド
災恐パティシエ・
雫石 恭弥(jb4929)

大学部4年129組 男 ディバインナイト
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
新世界への扉・
御空 誓(jb6197)

大学部4年294組 男 ルインズブレイド