●
「さて……久しぶりのお仕事、と言ったところかしら。腕ならしにはちょうど良さそうねぇ。じゃあ、始めるとしましょうか」
卜部 紫亞(
ja0256)は借りてきた双眼鏡で海を眺めた。
「一つ、二つ……どうやら八体すべてがこの辺りに揃ってるみたいね。好都合だわ」
敵を確認し終えた紫亞は魔具である書物を取り出す。
回収班から少し離れた場所。
陽動班がサーバントの注意を引きつけるべく、今まさに戦闘を開始するところだ。
「では私は敵の注意をひきつけ続ける陽動の役等を引き受けます」
紫亞の隣で御堂・玲獅(
ja0388)も長弓を取り出す。
彼女も異界認識の力で紫亞が見た二枚貝を確認している。
どうやら、紫亞が見た八体はすべてサーバントで間違いないようだ。
「よろしく頼む。ちょっと試してみたいこともあるんでな」
玲獅に言うのは北島 瑞鳳(
ja3365)。
「神秘的な輝きを持つ真珠、か。欲しいとまでは思わんが、後学のために一目見ておきたいものではあるな。さて、そのためには障害を排除せにゃならんのだが、俺の魔法がどこまで通じるか」
アストラルパールに興味を惹かれている様子の瑞鳳。
一方、その近くではシャルロット・ムスペルヘイム(
jb0623)とエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が言葉を交わしていた。
「特別な記念日の贈り物なんて素敵ですね♪ なんとしても持って帰って喜ばせてあげたいです」
アストラルパール、ひいてはそれを受け取って喜ぶ人の顔を想像し、エリーゼの顔も自然とほころぶ。
「愛し合う人々への贈り物と愛すべき敵(モノ)からの攻撃(愛)か……幸せ過ぎて怖いなぁ!」
言葉を返すシャルロットの顔もほころんでいる。
しかし、ややあってシャルロットは浮かない顔になった。
潮風で武器が錆びないか少し心配なようだ。
「斬れ味悪くなるかな…いや、その方がよりボクの愛を……」
後半は小声でブツブツと呟いているせいで、何を言っているかはよく聞こえない。
だが少なくとも、シャルロットの顔は再び良い笑顔に戻りつつあるようだった。
そうこうしているうちに回収班が動き出す。
それに伴って、陽動班の戦いも始まった。
●
「なかなか見当たらないな」
ルーガ・スレイアー(
jb2600)は熊手を手に周囲を見回した。
『【ゆるぼ】貝を取るのに必要なもの教えれ』
というウェブ投稿への返信から得た情報をもとに潮干狩りセットを装備したルーガ。
彼女は浅瀬を探しまわるが、真珠貝そのものが見当たらない。
「ん?」
ルーガはふと足元の岩陰で、何かが僅かに動いたのに気付く。
細心の注意を払って覗き込んだ後、ルーガは背中のタモ網を抜き、即座に振るう。
撃退士のパワーとスピードで振るわれたタモ網は水の抵抗をまるで感じさせずに突き進み、岩陰で動いた何かをすくい取る。
素早く網の中を確認するルーガ。
「うむ。これぞ私達の探している真珠貝」
ルーガはすぐに貝を開けるが、中には身が入っているだけだ。
「そう簡単にはいかぬか」
真珠が入っていない事を確認した後、ルーガは身を取り出してバケツに入れる。
その頃、緋野 慎(
ja8541)も真珠貝を発見していた。
真珠貝に気付かれないようにとこっそり近付く慎。
十分な距離まで近いづいた慎は意識を集中する。
「今から俺は風になる」
そう呟く慎。
すると陽気で能天気だった雰囲気から一転、慎は好戦的な笑みを浮かべる。
次の瞬間、慎は真珠貝へと飛びかかった。
まるで野生動物のような動きで真珠貝に肉迫する慎。
真珠貝が反応するよりも早く、慎はそれを掴む。
掴むが早いか、慎は真珠貝をこじ開けた。
しかし、中には身が入っているのみ。
「なら次だ」
すぐに気を取り直すと、慎は再び好戦的な笑みを浮かべる。
早くも次の真珠貝を見つけると、慎は足裏にアウルを収束させた。
アウルの力で水上に立つと、慎は俊敏な動きで水上を駆ける。
瞬く間に真珠貝へと肉迫した慎。
真珠貝は慌てて水底へと潜るが、慎も素潜りでそれに追従し、慣れた様子で潜行していく。
山にいた時は年中川で泳いでいた彼にとって寒中水泳はお手の物だ。
ほどなくして再び真珠貝を掴んだ慎。
だが、それも真珠なしの個体だ。
それでも慎はめげず、また新たな真珠貝を探しに行くのだった。
二人と同じく、石動 雷蔵(
jb1198)の召喚したストレイシオンも真珠貝の一つを見つけていた。
水中を自在に泳ぎ、ストレイシオンは真珠貝へと近付く。
流石にストレイシオンのような巨体が近付けば気付くのだろう。
真珠貝は僅かに貝殻を開くと、水を噴射しての勢いで移動を始める。
その動きは今までじっとしていた真珠貝とは思えない。
これが撃退士相手ならば逃げ切れただろう。
だが、相手はストレイシオン。
水中を自在に泳ぐことにかけては、こちらも負けていないのだ。
卓越した泳ぎで真珠貝に追い付くストレイシオン。
十分に接近したストレイシオンは僅かに口を開け、真珠貝をくわえる。
噛み砕かないよう細心の注意を払うあたり、流石は高い知能を持つストレイシオンといったところだろう。
真珠貝をくわえ、急浮上するストレイシオン。
水面から顔を出すなり、彼は咆哮を上げる。
その様子は、まるで真珠貝を捕ったことを高らかに宣言するかのようだ。
「流石だな」
「早速中身を確かめよう!」
やってきたルーガと慎に真珠貝を渡すストレイシオン。
二人は早速貝を開けてみるが、これにも真珠は入っていなかった。
●
一方その頃、シャルロットはサーバントからの高圧放水を盾で受け止めていた。
下方が前に出るよう斜に構え衝撃を上方に受け流せる様に工夫してはいるものの、その衝撃は凄まじい。
もはや水ではなく砲弾が激突したような衝撃がシャルロットの身体を突きぬける。
なんとか一発には耐えられた。
しかし、すぐさま別のサーバントが放水攻撃をしかけてくる。
咄嗟にそれを盾でガードするシャルロット。
だが、角度の調整までは間に合わない。
高圧放水をもろに受けた盾は斜めに切られて真っ二つになる。
それに驚く間も与えず、三体目のサーバントが高圧放水をシャルロットに放った。
高圧放水の直撃を受けるシャルロット。
それでも彼女は仲間に流れ弾がいかないよう、その場を動かず身体を張って受け止める。
「あぁ! こんなに激しく求められるなんて! この愛に答えられないのがもどかしいよ! 待っててくれ、役目を果たしたらこの幸せを君にも教えてあげるよ!」
興奮したようにまくしたてるシャルロット。
攻撃を受けている間テンションが常に上がり続けているのか、その声は次第に上ずっていく。
とはいえ、このまま放水を受け続けてはただでは済まない。
シャルロットのピンチに気付いた雷蔵は咄嗟に彼女とサーバントの間に割って入った。
雷蔵もまたシャルロットと同じく角度を工夫し、表面に当たった水流が上空に逸れるような角度で盾を構える。
「大丈夫か?」
心配そうに問いかける雷蔵。
それに対して、シャルロットは興奮した様子で答える。
「大丈夫だよ。むしろこんなに激しく求められて嬉しいよ!」
ひとまず大丈夫そうだと判断した雷蔵は引き続き盾を構えつつ、後方を振り返った。
「御堂さん! シャルロットを頼みます」
盾を構えて雷蔵が待っていると、ほどなくして玲獅がかけつける。
「承知しました。さあ、こちらへ――」
サーバントの射線からそれた所にある言わばにシャルロットを座らせる玲獅。
玲獅は素早くアウルを収束し、シャルロットの怪我を治療していく。
「ありがとう。これで更に激しく求められても大丈夫そうだよ」
シャルロットが礼を述べた瞬間、先刻の三体とは別行動していたサーバント達が岩場の陰から回り込んでくる。
その数は三体。
三体は貝殻を開くと、シャルロットと玲獅に向けて高圧放水を開始しようとし――。
「物理的なものに加え魔法への防御力も高いとなると厄介だが、さて。俺の魔法がどこまで通じるか――」
瑞鳳の声とともに煌めく氷の錐が飛ぶ。
サーバントが放水の為に貝殻を開いていたおかげで、氷の錐は見事に貝の中の本体へと突き刺さる。
その一撃が決め手となったのか、サーバントは貝殻を半開きにしたまま動かなくなった。
残る二体は突然の攻撃にようやく反応し、すぐさま回頭して瑞鳳を迎撃しようと試みる。
「さて……久しぶりのお仕事、と言ったところかしら。腕ならしにはちょうど良さそうねぇ。じゃあ、始めるとしましょうか」
だが、それより早く羽根の生えた光の玉が飛来し、貝殻を開いている二体へと肉迫する。
光の玉は貝殻の隙間からサーバントの内部へと入り込んだ。
一度だけびくりと震えるサーバント。
こうしてまた一体のサーバントが無力化されたのだ。
光の玉を放った紫亞はすぐさま残る一体にも狙いを付けようとする。
しかし、サーバントもやられっぱなしではない。
新たに現れた敵である紫亞へと矛先を変え、高圧の水流を噴射する。
紫亞に高圧放水が命中する寸前、翼を顕現させたエリーゼがサーバントへと一気に接近する。
飛行しながらエリーゼは大剣を顕現させ、それを前に突き出しながら更に速度を上げる。
射線に割り込んだことで、高圧放水の直射を受けるエリーゼ。
それでも彼女はそれも構わずに突き進んだ。
正面から直撃した高圧放水が、エリーゼの大剣を真っ二つにする。
だが、それが盾の役割を果たし、エリーゼは無傷のままサーバントの至近距離に飛び込むことに成功した。
「目には目を、歯には歯を、天魔の力には天魔の力を――真っ向勝負です」
光を収束させ、全長3m程の槍を生み出すエリーゼ。
焦ったように貝殻を閉じようとするサーバントに向けて、エリーゼは光の槍を突き立てた。
貝殻が閉じるよりも光の槍が一瞬早くサーバントの中身を貫く。
その一撃で中身は力尽きたのか、貝殻を半開きにして浮かんだまま動かない。
「三人とも、助かりました」
三人の援護のおかげで無事に治療を終えた玲獅が礼を述べる。
その言葉に頷き返しつつ、瑞鳳が口を開いた。
「例の真珠はまだ見つからないようだな。だからこそ貴重な品なのだろうが、このまま防戦一方がずっと続くようであれば――」
瑞鳳がそう言いかけた時、近くの浅瀬から竜の咆哮が聞こえてきた。
●
「これで最後だな」
大量の身が入った容器を抱え直し、ルーガは静かに呟く。
陽動班が時間を稼いでくれたおかげで思っていた以上に多くの真珠貝をとることができた。
結果、この一帯には件の真珠貝がもう見当たらなくなっていたのだ。
とりつくしてしまったのか、あるいは、既に残りがすべて逃げてしまったのかはわからない。
ただ確かなのは、この真珠貝が最後の一匹ということだ。
「開ける……よ?」
真剣な面持ちで問う慎。
その顔には緊張の色も見て取れる。
黙って頷くルーガとストレイシオン。
ゆっくり頷き返し、慎は意を決して貝殻を開けた。
そして――。
「「あったどー!」」
ストレイシオンの咆哮に重なるようにして、ルーガと慎が真珠貝を高らかに掲げた。
その中には、まさに星の如し輝きを湛える真珠がある。
興奮冷めやらぬ様子ながら、二人と一匹は努めて冷静さを保つことを心がけた。
落とさないよう細心の注意を払い、真珠を容器に入れるルーガ。
こうしてアストラルパールは確保されたのだ。
●
「待たせたね! さあ、ボクの愛を受け取ってくれ!」
もう遠慮はいらないとばかりにシャルロットは両手剣を振り上げ、残ったサーバントに斬りかかる。
サーバントは高圧放水で応戦するも、シャルロットはそれを正面から受けるのも構わずに突っ込んだ。
先程に輪をかけて興奮し、シャルロットは両手剣を貝殻に差し入れ、そのままこじ開ける。
「ボクの愛を――!」
最高潮に達した興奮のままシャルロットは両手剣を、貝殻の中身へと振り下ろした。
また一体、サーバントが無力化される。
気付けば、無事なサーバントは残り一体だ。
「私達が動きを止めます」
まずは玲獅が矢を放つ。
それに続いてエリーゼが光の槍を投げた。
更には雷蔵が炎の鉄槌を飛ばす。
それに対してサーバントは貝殻を閉じ、防御態勢を取って耐える。
「……いいわねえ、一方的にいたぶれるっていうのは。天魔もこれくらいできればもっと溜飲が下がるかしら。残念ねぇ……」
紫亞は追い打ちをかけるように、何者かの腕を無数に召喚した。
ちょうど反撃の為に貝殻が開いた瞬間と重なったこともあり、無数の腕は貝殻を掴んで閉じさせない。
「さ、行きましょ。試してみるんでしょう?」
「ああ」
言葉を交わす紫亞と瑞鳳。
二人は一気にサーバントへと駆け寄ると、至近距離から電撃を流し込んだ。
ややあって、中からは煙があふれ出た。
見れば、貝殻の中身が煙を吹いて力尽きている。
「でも、物言わないから今ひとつ盛り上がらないわね……贅沢かしら?」
最後のサーバントを倒したのに合わせ、紫亞は呟いた。
そして、シャルロットは黙祷を捧げ、討伐された敵が安らかに眠れるよう祈るのだった。
「主よ、彼らに安らかなる眠りと次の生でのより多くの幸福をお与え下さい」
●
戦闘終了後。
海岸ではバーベキューが始まっていた。
真珠貝は天魔ではないと聞いていたルーガ達は、真珠の入っていない貝の身も捨てずに取っておいたのだ。
そしてルーガが持ってきた携帯コンロに他の食材も乗せ、早速調理を開始したというわけである。
希望者全員に焼き貝が行き渡ったのを確認したルーガ。
彼女はコンロの他に持ち込んでいたクーラーボックスからビールやソフトドリンクを出すと、全員に配る。
そして、コップを掲げて景気良く叫んだ。
「おいわいかんぱーい!」
ルーガの音頭とともに乾杯を終えた一同。
「うむ。これはなかなかにうまいな」
焼き貝に舌鼓を打つ瑞鳳。
新鮮な食材が肴ということもあり、皆、酒やソフトドリンクが進むようだ。
全員がくつろぎの時を過ごし、宴の時は過ぎていった。
●
数日後。
瑞鳳達は依頼人の家に呼ばれていた。
是非、完成した指輪を見て、それを渡す瞬間に立ち会ってほしいと依頼人が希望したのだ。
包装された小箱を妻に手渡す依頼人。
妻がそれを開けた後、依頼人は指輪を受け取ると、それを妻の指にはめてやるという形で改めてプレゼントする。
雷蔵はその様子を微笑ましく見つめていた。
「いつか、俺にもあの老夫婦のような時間が来るのかね……相手はまだいないけどな」
アストラルパールをじっと見つめていた瑞鳳も、雷蔵に続いて呟く。
「この輝き、然と目に焼き付けた。いつか俺の作品でこいつを再現してみたいもんだ」
瑞鳳達の前では、依頼人と妻が愛を確かめ合っている。
こうして、この依頼は無事成功に終わったのだった。