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「危ない……っ!」
現場に駆け付けたグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は咄嗟に通行人の一人である老女の前に飛び出した。
「間に合ってくれ……出でよ、螢石の盾――」
飛び出すや否やグラルスは詠唱を開始。
両手を前に突き出すと同時、彼の両手に収束されたアウルがシールドとして展開する。
高速で飛来した何発もの銃弾がシールドの表面に炸裂してやかましい音を立て、その直後に弾は空気中に霧散していく。
「魔力の弾丸なら魔力の盾で防げると思ったけど……やっぱり、実際にやってみるまでは心臓に悪いね」
肝を冷やした様子のグラルスの隣に、香具山 燎(
ja9673)が立つ。
「まずは一般人の救助が優先だな……」
現場に乱入してきた自分達へと、通行人の視線が集まっているのに気付いた燎はあえて自信たっぷりに言い切った。
「私たちが来たからにはもう安心だ! 落ち着いて、指示に従ってこの場から避難してくれ!」
騒然としていた通行人達も、撃退士達が来てくれたことで少しは落ち着きを取り戻したようだ。
それを察した燎はすかさず、PD-02の反対方向を指さす。
「あの天魔から少しでも遠くに、そしてできるだけ一方向に避難してくれ! バラバラに逃げたのでは私たちとしても庇いきれないかもしれない!」
やはり自信たっぷりに言い切ったおかげで、泡をくっていた通行人達は次第に我に返って走り始める。
しかし、両手にマシンピストルを持つディアボロ――PD-02もおいそれと避難はさせないようだ。
逃げ出すべく走り出そうとした通行人達に向けて、両手の機銃を盛大に乱射する。
「やらせてたまるものか!」
自分が被弾することも構わず射線上に飛び出した燎は、弾を身体を張って止める。
「う……ぐぅ……!」
身体中に被弾しながらも歯を食いしばって耐える燎。
それでも何発かの流れ弾が、燎の後方を走っていく通行人達に肉迫する。
「させるかぁっ!」
絶叫しながら燎はアウルの力を最大まで発動。
通行人達が負う筈の傷を自分の身体で肩代わりする。
「礼野殿ッ! 今のうちにッ!」
歯を食いしばったまま燎は礼野 智美(
ja3600)に向けて叫ぶ。
「心得ました!」
打てば響くような返事と共に、智美は残っている通行人へと駆け寄った。
「逃げて下さい」
まだ動ける通行人達を逃がしながら智美は、動けなくなっている怪我人を探す。
ややあって脚を撃たれて倒れている女子大生を見つけた智美は、即座に彼女を抱え上げた。
「少し揺れますけど、堪えてください」
それだけ言うと、智美は全身のアウルを脚部に集中する。
智美が路面を蹴ろうとした瞬間、今度は彼女にも流れ弾が当たる。
「ぐぅ……ぁぁ……っ!」
智美が腕の中の女子大生を庇うべく、より強く抱きしめる。
そのおかげで彼女に怪我はなかったものの、智美の二の腕や肩口に弾がめり込んだ。
根性で痛みに耐え、爆発的な加速力で安全圏まで走る智美。
「大丈夫……?」
「私なら……大丈夫です。さあ、早く逃げてください」
心配そうな目の女子大生へと、気丈に答える智美。
そのまま彼女を下ろし、智美は躊躇なく戦線に復帰する。
戦線に復帰した智美は燎に肩を貸して逃がそうとするも、PD-02が銃口を向けてきた。
「こっちで押さえるからっ! そのうちに下がって!」
少女の声と重なって銃声が響く。
横合いから飛来した銃弾がPD-02の首や胴体へと炸裂し、更に矢が銃弾へと続く。
飛来した矢はPD-02の胴体中央へとクリーンヒット。
少しは効いたのか、PD-02は心なしか苛立ったような素振りで矢弾の飛んできた方へと向き直る。
PD-02は向き直った方向――斜め上数メートルへと銃口を向ける。
その先ではティア・ウィンスター(
jb4158)が翼で滞空しながら、弓に矢を番えていた。
「何としても、一般人への被害を食い止めないと……」
新たな矢をティアが放つよりも早く、PD-02は対空砲火を開始する。
咄嗟に矢を番えるのを中断し、ティアは横方向へと飛んだ。
対空砲火は外れ、ティアの背後にあった看板がボロ雑巾と化した。
最初こそかわせたものの、PD-02は連射し続けたまま腕、もとい銃口を動かし、執拗にティアを追い詰める。
危ない所でそれらを避けながら飛ぶティア。
彼女の付近のビルには、まるで横線を引いたように弾痕が穿たれている。
「注意を引きつつ、狙いはつけさせず……なかなか面倒ですね」
避け続けていたティアだが、次第に追い詰められていく。
あわや被弾という時、連続した銃声が響く。
連射の銃声。
だが、PD-02のものとは違う。
「撃ち墜とさせやしないんだからっ!」
ティアに気を取られている隙を狙い、弥生 景(
ja0078)は動きの止まっているPD-02にありったけの銃弾を叩き込む。
相変わらず倒れずに銃弾を受け続けるPD-02だが、しばらく被弾し続けた後に対空砲火を中止し、今度は景へと目を向けた。
PD-02の視線を真っ向から受け止めつつ、景は横っ跳びで敵からの連射を避ける。
更に横っ跳びの最中にも引き金を引き続け、応射を絶やさない景。
だが、火力では向こうのが上だ。
単純な撃ち合いではPD-02に分がある。
景が押し負けそうになった時だった。
「傷つく人をこれ以上出さない為にも戦うの!」
「私達も援護します。一気に押さえ込みましょう」
まず聞こえたのは少女、それも幼女に近いといえる声。
それに続いて、今度は若い男の声がが聞こえた。
その途端、無数の雷の刃がPD-02へと襲いかかる。
景だけに集中しきっていた敵がそれを避けられるはずもない。
無数の雷の刃を受けたPD-02は体表の至る所からスパークを弾かせて悶える。
そればかりか、ほんの数秒間しゃがみ込みすらした。
やはり体表ではスパークが散っており、まるで感電しているようだ。
「助かったわ! 愛奈!」
二人がかりで無数の雷の刃を放った周 愛奈(
ja9363)と仁良井 叶伊(
ja0618)に礼を言うと、景は銃撃を再開する。
景と愛奈、そして叶伊がPD-02を抑えているうちに、白鳳院 珠琴(
jb4033)が燎と智美の二人へと駆け寄った。
「大丈夫!? 今すぐ怪我を治すから待っててほしいんだよ!」
即座に珠琴はアウルの力を使って治療を開始する。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜なんだよ♪」
珠琴の治療のおかげで、なんとか二人の身体は半ばまで回復する。
これなら、このまま戦い続けることもできるだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
「白鳳院殿が来てくれなかったら危ない所だった」
礼を述べる智美と燎。
二人へと微笑みながら、珠琴は治療の仕上げをする。
「はい! これでひとまず大丈夫なんだよ。でも、応急処置だし、できれば危ない目にも遭ってほしくないから、無理はしないでほしいんだよ」
珠琴が治療を行っている間、景と愛奈に叶伊はあることに気付いていた。
スーツ姿の若い男が一人PD-02のすぐ近くに立っているのだ。
にも関わらず、彼はPD-02から一切標的にされていない。
「……どうしてこうなったのか、愛ちゃんにはよく分からないけど……囚われている人を助け出すの!」
彼が囚われているように見えた愛奈がそう言うと、続いて景が叫ぶように問いかける。
「あなたは誰っ、なぜそこに!」
若い男はそれに驚いたのか、びくりと震える。
すかさずティアが意志疎通の力で彼へと語りかけた。
自分自身が撃退士であり、天使としての能力を使って語りかけていることを先に説明してから、ティアは彼に事情説明を求める。
ややあって来た返答の内容をティアは仲間達に伝えていく。
それを受け、最初に口火を切ったのは叶伊だ。
「以前にも似たような状況を見たことがありましたが、やはりそうでしたか」
「……この手の奴は二匹目ですね」
以前交戦したリボルバー頭のディアボロ――PD-01のことを思い出しつつ、叶伊は雷の刃を再び形成する。
「前回の『リボルバー野郎』と類似した性質……まさか量産する気ですかね――」
一方、景は何かを思いついたようだ。
「高田義晴さん……でしたね。その天魔が高田さんの言う事を聞くなら、『今攻撃を仕掛けてきてる奴ら――私達を倒せばより有名になれる』って命令してもらえますか?」
「そ、そんなことを言ったら君達が……」
景たちを心配し、躊躇う義晴。
そんな彼に、景は躊躇なく言った。
「私達は撃退士です。私達なら標的にされても生き残ることができますが、一般人の方々はそうはいきません。逆に考えれば、私達が狙われれば、一般人の皆さんも避難しやすくなるんです」
そう言われて吹っ切れたのか、義晴は大声を上げて景たちを指さした。
「あいつらを倒すんだ! そうすればもっと有名になれる!」
「理解シタ」
すぐに返事をすると、PD-02は景たちに両腕を向ける。
もはや一般人には見向きもしない。
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一方その頃、グラルスは油断なくシールドを展開し続け、取り残された一般人を守っていた。
一番最初に庇った背後の老女を見やるグラルス。
彼女はまだ逃げ出していない。
どうやら、彼女はPD-02に驚いて腰を抜かしてしまっているようだ。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい……ありがとうございます。でも腰が……」
彼女だけではない。
怪我を負った一般人や、逃げ時を掴めずにいる一般人たちがグラルスの背後に少しずつ集まっている。
やはり、シールドという見た目は安心感があるのだろう。
そうしていると、グラルスのもとに燎と智美、珠琴の三名が駆け寄ってくる。
「怪我した人も安心してほしいんだよ。あとちょっとの我慢だから……痛いの痛いの飛んでいけ〜なんだよ♪」
珠琴が応急処置をすると、燎と智美が素早く彼等を抱え上げる。
シールドを解除したグラルスは素早く老女に駆け寄ると、彼女の身体にそっと手を触れる。
「失礼とは思いますが、今はお許しを」
手短に言うと、グラルスは素早く彼女を抱き上げた。
グラルスが駆け出そうとした瞬間、PD-02は再び両腕から発砲した。
しかも、今度は先程と違って流れ弾ではない。
どうやら、魔術を使ったグラルスに注意が向いたのか、PD-02は彼を狙って両腕の機銃を連射する。
「僕を信じて、じっとしていてくれますか?
老女が頷くのを待って、グラルスは駆け出した。
既に応急処置を終えた怪我人達は燎と智美、そして珠琴によって安全圏まで連れ出されている。
彼女達に続いて、グラルスも老女を避難させた。
そして、彼女こそが、最後の避難民だった。
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「結構……キツいかもね……でもっ!」
身体中の所々に刻まれた銃創を見やると、景は気合いを振り絞って立ち上がる。
撃退士達を標的にさせたことで一般市民が狙われるという問題は解決できた。
ただし、その代償として今まで以上に苛烈な攻撃を受けることになったのだ。
「痛いけど……愛ちゃんは最後まで戦うの……!」
景と同じく銃創だらけになった愛奈も闘志は衰えていない。
だが、身体がついていかないのかその場に倒れ込む。
「しっかり……!」
咄嗟に叶伊が彼女を抱きとめ、倒れるのを防ぐ。
それと同時に矢がPD-02の横っ面に命中する。
「これ以上、手出しはさせません……!」
PD-02が倒れそうな愛奈を狙っているのを察したティアからの援護射撃だ。
愛奈を助けた二人の状況も似たようなものだ。
景たちは皆満身創痍。
だが、満身創痍になりながらも、景は義晴に言う。
「これで残りは高田さんだけです。早く、逃げて……ください!」
傷ついた景にそう言われて、義晴は悲痛な叫びを上げた。
「俺のことなんか放っておいてくれていいんだ! むしろ、君達こそ早く逃げてくれ!」
そして義晴はPD-02に向けて声を張り上げる。
「もういいだろう! 十分だ! 多くの人が俺を見て騒いだ! お前も見ただろ! 既に初志貫徹されたんだ!」
咄嗟にまくし立てた義晴。
異変はその時起こった。
PD-02の動きがピタリと止まったのだ。
「初志貫徹トハ何ダ?」
攻撃を止め、PD-02は義晴に問いかける。
その光景を見た瞬間、景は反射的に先程の事情説明を思い出す。
そして、景は何かに気付いたようだった。
「高田さん! 何か難しいことをその天魔に言ってください! 煙に……まくんです!」
義晴は即座にPD-02へと答えた。
「初志貫徹っていうのは、初志を貫徹することだ」
「初志トハ何ダ?」
するとPD-02はまたも動きを止めた。
「仁良井さんっ!」
「ええ……私達の全力を叩き込みましょう……!」
その瞬間を逃さず、愛奈と叶伊が雷の刃をありったけ飛ばす。
左右からそれを受け、感電してしゃがみ込むPD-02。
一機に肉迫する景。
「たとえ身体が硬くても……これでっ!」
景は動けなくなったPD-02の右腕の銃口へと、自分の愛銃の銃口を押しつけた。
そして、至近距離から銃弾を撃ち込む。
次の瞬間、PD-02の両腕は大爆発を起こした。
あれほど硬かったPD-02の身体が嘘のように、右腕は木端微塵に爆散する。
魔力弾が大量に充填された上、連射し続けて銃身が過熱した所に銃弾を撃ち込まれ、盛大に暴発したのだ。
暴発の余波で壊れた胸部装甲へとティアが矢を放つ。
「もう装甲はありません――ならば」
装甲のないせいか、矢は見事に突き刺さった。
それだけではない。
一般市民を避難させに行っていた面々も戦線に戻り、攻撃に参加する。
「さあ、これ以上好き勝手させぬよう、ここで倒させてもらうぞ!」
背後から回り込んだ燎がPD-02の左腕を押さえつける。
「ただ闇雲に撃てばいいってものじゃないよね。遠距離攻撃とはこうあるべきだよ……狙い撃つ! ――貫け、電気石の矢よ!」
尖った結晶に雷を纏わせて放つグラルス。
結晶は左腕の銃口へと入り込み、その腕も暴発させた。
両腕、そして所々の装甲が吹き飛んだPD-02。
もはや防御力のなくなったPD-02に、智美が槍を突き立てる。
「これで……とどめだ!」
槍はティアの矢が開けた穴を押し広げるように貫通。
そして、PD-02は遂に倒れたのだった。
●
「なるほど、やはり悪魔の仕業といったところか……」
戦いを終え、燎は改めて詳細な事情聴取を行っていた。
「ディアボロに履き違えられたとはいえ、簡単に有名になれるとは思わない方がいいですね」
グラルスにそう言われて肩を落とす義晴。
そんな彼の肩を珠琴がそっと叩く。
「大丈夫? 標的にはされてなかったみたいだけど、巻き添えで怪我してないか心配なんだよ」
「原因は俺なのに……こんな俺にも、優しくして……くれるのか」
珠琴の優しさが身にしみて涙ぐむ義晴。
彼に向けて珠琴は優しく微笑みかける。
「人が欲望を持つのは仕方ないし、今回は高田さんも巻き込まれたようなもの。だから、悪いのは高田さんにあんなものを渡した悪魔なんだよ」
こうしてまた一つ戦いが終わった。
不幸中の幸いなことに、怪我人は多くとも、死人は一人も出なかったという。