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現場であるマンション建設現場。
そこに潜入した八人の撃退士達。
敵である黒い西洋甲冑を着た騎士のような姿をした、人型のディアボロ――PD-02を遠巻きに見ながら彼等は作戦行動を開始した。
「騎士なんてのは護る人、物あってのだと思うんだが……この騎士様は、まあ……良くねえよな」
ヴィルヘルム・アードラー(
jb4195)はPD-02を見て思わず呟く。
「アタシ、ディアボロとか嫌いなのよね……天魔の傲慢さを見せ付けられるみたいでさ」
ヴィルヘルムに相槌を打つように言うのはユグ=ルーインズ(
jb4265)。
嫌悪をあらわにするユグにミハイル・エッカート(
jb0544)が話しかけた。
「ディアボロと女の子が会話してたみたいだったが、何とか聞き取れたぜ」
ミハイルは聴覚を鋭敏にするスキルの力で情報収集を行っていたのだ。
更に、敵の死角から手鏡を使い、敵に悟られないように少女と敵の位置を把握するのも並行して行っている。
「どうやらあの騎士サンは、あの女の子に「どうしてこんなことをするのか?」ってのを聞かれても、「お前を守る」の一点張りらしい。あの子がどこかに行こうとすれば、文字通り首根っこを掴んで止めようともするみたいだな……」
そしてミハイルは手鏡に目をやると、仲間たちに告げた。
「……もっとも、あの子が震えあがって大人しくしてるせいで、騎士サンはあの子から少し離れた場所に立ってる。ま、本人は歩哨でもしてるつもりなのかね。ともかく、引き離すんなら――今だぜ」
状況を聞いたユグは意志疎通の力でPD-02の後ろにいる少女――京香へと語りかけた。
(京香ちゃん、よね。アタシの声聞こえるかしら)
ほどなくして京香の心の声が問い返してくる。
どうやら、京香は心へと直接語りかけられて困惑しているらしい。
(だ、誰……? それに、声もしないのに……声が聞こえてくる……?)
京香を安心させるように、ユグは意識して優しげな心の声を送り込む。
(アタシはユグ。撃退士よ。京香ちゃんを助けに来たわ。ねぇ、もしよければ、今の状況っていうのを聞かせてもらえるかしら?)
最初は驚き、戸惑っていたものの、京香は次第に状況を理解し始めたようだ。
ユグの頼みを受け入れ、状況を説明していく京香。
その説明はゆっくりとしたものだったが、ユグは決して急かすことなく、丁寧に耳を傾ける。
やがて説明を聴き終えたユグは殊更優しげな思念で伝える。
(……なるほどね。アタシ達が行くまで絶対そこを動いちゃ駄目よ。それと、途中騎士と貴方を引き離しに動くけど驚かないでね)
(う、うん……)
そう伝えても、やはり京香は不安なようだ。
返してくる心の声からはそれが感じられる。
ここは京香に信じてもらわなければならない。
その為にも、ユグは自信を持ってはっきりと言い切った。
(絶対に助けるから。アタシ達を信じて)
心の声で京香に言い切った後、ユグは月詠 神削(
ja5265)に向き直る。
「説明は済んだわ。さあ、あの騎士を引き離して頂戴――頼んだわよ」
その言葉に頷く神削。
そして彼はPD-02の前へと飛び出した。
PD-02の前へと躍り出るなり、神削はPD-02に向けて言い放った。
「その子をさらった挙句に閉じ込めて、挙句にこんなに怖がらせて。それで『守る』なんて笑わせる」
「敵。守ル為ニ倒ス」
神削を敵と認識したのかPD-02は身構える。
「倒す? それも笑わせる。逆に今からお前を倒して、俺がその子を救い出す」
PD-02を煽るように殊更、高らかに宣言する神削。
彼は駄目押しとばかり、更に挑発する。
白色の大鎌――ウォフ・マナフをこれ見よがしに構え、神削は馬鹿にしたように言った。
「ご大層な鎧に剣と盾まで持って騎士を気取っているようだが、お前程度なら俺一人で十分だ」
神削が大鎌の力で金色の刃を生み出した瞬間、PD-02が動いた。
先手必勝とばかりに床を蹴り、手にした剣で神削に斬りかかる。
突進からの斬撃。
PD-02の巨体と重量も相まって、命中すればただでは済まない。
だが、その刃が神削を断ち切る寸前、彼の前に割って入った只野黒子(
ja0049)が盾を構えてそれを正面から受け止める。
盾による防御だけではなく、アウルの力で作り出した防御壁も重ねているだけだって、その防御力は強固だ。
強力な斬撃を受けても盾は貫通することなく、刃を見事に受け止める。
それでも衝撃は完全に削ぎきれなかったのか、黒子は後方へと押し出される。
足を踏ん張って耐えるも、黒子の靴裏が擦りつけられて轍を引く。
「皆様、今でございます」
黒子が合図するが早いか、周囲に潜んでいた仲間達が一斉に動き出した。
「守る、ねぇ。はっ……よく言う」
まず動いたのは柏木 丞(
ja3236)。
アサルトライフルを構えた丞は横合いからPD-02に向けて掃射する。
咄嗟に反応したPD-02は盾を構え、何発もの銃弾を受け止めた。
盾の防御力は強固なようで、一発足りとともPD-02を傷つけるには至っていない。
とはいえ、防御し続けるまでもないと判断したのか、PD-02は盾を下ろそうとする。
鎧自体の防御力で対応できると思ったのだろう。
PD-02は掃射に耐えながら強引に突き進んで丞に反撃を加えるべく、動き出そうとする。
そうはさせまいとヴィルヘルムは矢を放った。
「随分とタフそうだが、無茶はいけないぜ?」
盾を下ろすのを中止し、矢を盾で受け止めるPD-02。
更に追撃を加えるべく、神削と明郷 玄哉(
ja1261)が一気に距離を詰めた。
「行くぞ」
「ああ」
二人は交わす言葉はそれだけで十分だ。
神削はウォフ・マナフをヒヒイロカネに収納すると、新たな装備を顕現させる。
その装備は玄哉の手にしているものを同種のものだ。
神削はシャイニングバンド、玄哉はブレットバンドと、共に手に巻きつけて使う布状の武器を装備した拳を叩き付ける。
二人は同じタイミングでほぼ同じ個所へと拳を叩き付ける。
撃退士の放つダッシュストレートの二連発を受け止めるのは流石に一筋縄ではいかないのだろう。
PD-02は足を踏ん張ってその衝撃に耐えようとする。
だがそのせいで動きが止まってしまうのは否めない。
PD-02の動きが止まった隙を逃さずに、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が真っ向から勝負を挑む。
全長200cmほどもある大剣を構えて突貫するフィオナ。
フィオナは一気にPD-02の至近距離まで踏み込むと、大剣を振り下ろした。
流石にこれは鎧では受けきれないと判断したのか、PD-02は剣を構えてフィオナの斬撃を受け止める。
剣と剣がぶつかり合い、激しい音と衝撃が周囲を揺らす。
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その頃。
ミハイルとユグはPD-02が引き離されてノーマークになった京香へと駆け寄っていた。
「改めてよろしくね。京香ちゃん。さっきお話したユグよ」
言葉遣いから女性だと思っていた京香は、ユグが男性であったことを知って少し驚いたようだ。
「よく頑張ったわね。後もう少しよ」
次いで京香はユグに同行してきたミハイルに目を向ける。
心なしか不安そうな目で見つめられているように思えたミハイルは、後頭部をかくと、冗談めかして言う。
「俺は騎士ってツラでも人格でもないけどな、おとなしく助けられろ」
ミハイルの冗談が効いたのか、京香の目に浮かぶ不安がいくらか和らいだようだ。
それを見て取ったユグは京香の手を取る。
「さ、こんな危険な所、とっととおさらばしましょ」
京香の手を引きながら、ユグは外へと向けて歩き出す。
周囲に注意を払うミハイルと共に、二人は現場の外へと脱出した。
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丞による銃撃はまだ続いている。
もっとも、PD-02の盾は強固なようで、未だにアサルトライフルからの連射を受け止め続けていた。
それだけではない。
ヴィルヘルムが放つ矢と、無事に京香を逃がし終えて戦線に復帰したミハイルが放つ光の銃弾も受け止めている。
だが、それこそが彼等の狙いだった。
確かに攻撃は防御されて本体には届かない。
だが、その為に敵は盾を構えている。
そしてそれは、盾を特定の位置に止め置くことができているということだ。
――そう考えた神削の意図に共感し、丞とヴィルヘルムは射撃を続ける。
射撃の合間を縫って、今度は黒子が90cm程度の戦斧を叩き付ける。
戦斧による重い打撃は盾を大きく揺らし、鈍い音を響かせる。
次いで神削が玄哉とともに拳打による攻撃を再開した。
凄まじい速度で盾へと叩き込まれる拳打の数々。
一見すると効いていないように見えても、拳打は着実に盾へとダメージを蓄積させていく。
こちらの攻撃に対し、敵は盾で防御を試みるはず。
逆に言えば、その時は敵の盾はこちらが狙い易い場所に止まっているということ。
その機を狙えば、盾の同一箇所へ攻撃を当て続けるのも難しくないはずだ。
そして、盾の寸分違わぬ同一箇所をピンポイントで攻撃し続ければ、いずれは限界を迎え壊れるだろう――。
それを信じ、神削は拳を握る。
絶妙のタイミングで黒子が再び戦斧を叩き付ける。
それに続いて玄哉が渾身の拳打を叩き込む。
「月詠様」
「頼んだぜ」
二人からの合図を受け、神削は握った拳を叩き込んだ。
その一撃が決め手となり、遂にPD-02の盾は砕けた。
盾を砕かれたことへと怒りと焦りだろうか、PD-02は剣を大きく振りかぶった。
豪快に振るわれるPD-02の剣。
それに対し、フィオナは真っ向から立ち向かう。
フィオナの手の中で剣全体が金の光とともに半透明な騎士王の聖剣へと姿を変える。
次の瞬間、フィオナは変化した剣を横薙ぎに振るい、PD-02の剣へと打ちつけた。
先刻と同じくぶつかり合う剣と剣。
しかし、先刻とは違い、今度はPD-02の剣が砕け散る。
砕けた剣の先端が床に突き刺さる音が響き渡る。
その音を合図に、今まで盾に集中していた撃退士たちの一斉攻撃の矛先がPD-02本体へと向く。
洪水のような一斉攻撃を浴びてPD-02の装甲は瞬く間に所々が削れ、砕けていく。
一斉射撃で全身の装甲が削られた直後、神削と玄哉の拳打が胸板を直撃。
更に黒子が跳躍から叩き付けた戦斧が兜を強打する。
兜は何とか砕けずに残ったものの、撃退士たちの攻撃はまだ終わってはいない。
「ボールドウィン様、とどめを」
戦斧を叩きつけて着地したまま、素早く飛び退く黒子。
それと入れ替わりにフィオナがPD-02の真正面で剣を振り上げる。
既にフィオナの技は『第二段階』に突入している。
フィオナの剣は黄金の光と共に騎士王の聖剣を現世に再現している。
その再現は一撃の間のみ。
だが、それで十分だ。
再現された聖剣を振り上げ、フィオナは声高に叫んだ。
「見た目は騎士でも所詮は紛い物……これ以上我の前に立つな。不愉快だ!!」
フィオナが全身全霊を込めた一撃がPD-02に振り下ろされる。
頭頂部を直撃した聖剣は兜を割り、そのままPD-02の胴体を縦一閃に一刀両断する。
こうしてPD-02は倒れたのだった。
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戦闘終了後。
無事に救助された京香にユグは天使の微笑みを向けた。
「もう大丈夫よ」
無事助け出された彼女は、ユグを始めとする撃退士たちに事の起こりを話していた。
それを聴いてミハイルは驚いた素振りを見せる。
「試験管の黒いサラリーマン? や、俺も黒リーマンだが、仲間じゃないからな。そんな怪しげなモノにすがりたくなるような事があったのか?」
すると京香はぽつりぽつりと語り始めた。
――今まで学校であったこと。
――そして、誰かに相談してもしょうがないということを。
それを聴いたミハイルは京香の肩を叩く。
「イジメで心が折れたか? 自分がどうしたいか、どうなりたいのか言葉に出してみろ。言霊を知ってるか? 言葉は力を持つ。これをやるよ」
そう言ってミハイルは先程、PD-02と京香の位置を確認するのに使っていた手鏡を彼女へと手渡す。
「言霊の力を増幅するアイテムだ。毎日声かけしてみろ。変な試験管を信じるくらいなら、お前を助けた俺たちを信じろ。くれぐれも人を呪うような事は言うな。自分に返ってくるからな」
再び天使の微笑みを向けながら、ユグは京香に語りかける。
「騎士……か。ね、貴方自身が騎士になるってのはどう? 誰よりも貴方の事を知っていて、常に傍らにいる、そんな頼もしい騎士よ」
彼女が自分で自分を守れるようにアドバイスしたユグは、携帯電話を取り出した。
「メル友になってくれない?」とお願いしてみる……オネェで天使でもいいなら、だけど。人間の友達はまだまだ少ないのよね」
ゆっくりと頷く京香。
その顔はどこか嬉しそうだ。
それを見て、丞も自分の連絡先を渡す。
受け取った京香に向けて、丞は申し訳なそうに言った。
「その、ごめん……俺はいじめに関わってこそないけど。俺と同じくらいの野郎が……とか居心地悪ぃし、腹立って。……悪ぃ。連絡先は男からの再接触、環境変化の連絡でも、気晴らしでも好きに使ってくれよ。呼べば遊びにも来るし」
今度はヴィルヘルムが声をかけた。
「理不尽に対して諦めるくらいならせめて立ち向かってみろよ。今のままだと何も変わらないことぐらいわかってるんだろう。だから、見ず知らずの人間も頼るぐらい追いつめられちまったんだろ」
ヴィルヘルムは京香の頭を軽く撫でる。
「やられっぱなしは悔しいだろう。自分の意思を出してもいいんだ。気に食わないならそれでいいんだから。自分の足で歩くのも、悪くないと思うぜ」
そうこうしていると、連絡を受けた京香の親や教師、そして通報者である男子生徒三人が駆けつけてくる。
もっとも、この男子生徒三人こそが『加害者』なのだが。
親に事情を説明しているうちに腹が立ったのかユグやミハイルは説教を始める。
「子供を守るのは大人の義務でしょ……あんた達、それで恥ずかしくないわけ」
「何があっても娘の全面的味方になれるのは親だけだぞ」
一方、丞と玄哉は男性生徒三人に怒り心頭のようだ。
玄哉に至っては男子生徒たちをはたいている。
「……お門違いすんなよ。京香に引鉄を引かせるまで追い詰めたのは、加害者共、傍観者の教師に生徒、親だ。傍観者も自覚しろよ。俺みたいに守れなかったじゃ、遅い」
「ガキ臭ぇ事してんじゃねぇよ、ガキ共。お前ら、お山の大将になっていいきになってんじゃねーよっ!他人の趣味うだうだ言ってる暇あったら自分を磨け!」
それが済んだ後、黒子は三人に告げる。
「黒い試験管の事は私達と貴方がたの秘密としましょう。互いの為にも――」
不要な迫害防止に京香がPD-02を召喚した事実の隠蔽を依頼する黒子。
そして、神削は教師に向けて言い放った。
「長谷川さんへのいじめについては久遠ヶ原学園を介して教育委員会へ通報する。子供の為に、少しは動きやがれ、大人」
こうして事件は終わりを迎えた。
そして京香は新たな始まりを迎えたのかもしれない。