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現場に急行した撃退士達。
暴れまわるサックサックサーバントを前に、ルーガ・スレイアー(
jb2600)はスマートフォンを取り出すと、撮影した画像とコメントをウェブ上に投稿する。
『謎のきんちゃく袋来たなう。中身はなんだろなー( ´∀`)』
投稿を終えスマートフォンをしまい、彼女は和槍――雷桜を取り出す。
そんな彼女に来栖 雷堂(
jb4296)が話しかけた。
「大勢に向けてアピールするにはいいかもしれん」
ルーガが投稿を行う一部始終を近くで見ていた雷堂。
彼には何か思うところがあるようだ。
「何か伝えたいことがあるのか?」
「布教だ」
「布教とな?」。
「俺の信仰するマグロ教を広める為にも、まずは多くの人に知ってもらうことが必要だからな」
「マグロ教?」
「マグロ教とはマグロの女神を信奉し、マグロを神の遣いと考え、マグロを崇める宗教だ。マグロの女神像を御神体とする人間界の新興宗教だな」
「ふむ、成程。人間界の宗教の多様性には驚かされる」
人間界のことには幅広く興味を示すルーガにしてみれば、今まで聞いたこともなかった『マグロ教』のことは気になるのだろう。
それもそのはず。
マグロ教とは正真正銘の新興宗教、もとい、雷堂が思いついた宗教なのだから。
興味津津の様子を見せるルーガに、雷堂は真面目な顔で言った。
「それと、養殖マグロは信仰の対象にならない――これも忘れてはならない」
その付近では、笹鳴 十一(
ja0101)は改造した蛍丸――『紅文字』を抜き放った。
「なんつーかこう、アレな敵だなぁ。何を思ってこんなん作り出したのか……何気に攻撃とか厄介っぽいのがまた何とも言えねぇ感じで」
「案外、掃除機のような使い方を想定してだったりするかもしれいないですー」
紅文字を構える十一の隣でアクア・J・アルビス(
jb1455)が言う。
「掃除機ィ?」
思わず聞き返してしまった十一。
アクアは笑みを浮かべて頷く。
「吸引力のすごいサーバントと聞いてるですー、これは……研究すればすごい掃除機が!」
言われてみれば確かにそんな気もしなくはない。
「まぁ……そう言われりゃそんな気もするが……」
「ふふふ、今回はどんな子でしょうかー」
同じく十一も小さく笑うと、アクアの方を向く。
「ま、身の安全は忘れない程度に頑張ってな」
そして再び巾着袋の群れに向きなおる十一。
「精神衛生的にもさっさと片付けねぇと! ……んーしかし対象の嫌だと思う格好と言葉遣いか、俺さんぁどうなるんだろうか?」
誰にともなく呟く十一に応えたのは、彼の友人である双城 燈真(
ja3216)だ。
「多分、なんか面倒だな……とか、できれば関わりたくないな……って思う人たちみたいになるのかもしれない」
「なるほど。確かにそうかもな」
燈真の鋭い考察に、十一は感心した様子だ。
「翔也に頼みたいけど漢としてダメだよね……! よし……頑張ろう……!」
やはり彼としても、裏人格に頼ってばかりはいられないという思いがあるのだろう。
一方、十一たちの三人の近辺ではニオ・ハスラー(
ja9093)と彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が言葉を交わしていた。
「なんだかどっかで見たことある敵っす!」
昨年の夏。
関東某所の海水浴場での戦いを思い出すニオ。
かつて戦った個体のマイナーチェンジ版が相手ということもあって、気合いが入るのだろう。
「今度もバーンといってガーンと倒すっす!」
溢れる気合いのままに、ニオはガッツポーズする。
漆黒の大鎌を構えて突撃の時に備えるニオへと、彩は念の為に問いかけた。
「何か作戦がおありのようですが?」
するとニオは威勢良く即答する。
「敵の中に入ってバーンと倒すっす!」
ニオの口調に迷いはない。
だが、彩は冷静な面持ちで、ニオへと釘を刺した。
「過去の戦闘データがあるとはいえ、今回のも同様に内部が弱点とは限りません」
冷静な彩の指摘。
だが、彩が言っているそばから矢野 古代(
jb1679)が巾着袋の前へと歩いていこうとする。
「危険です。吸い込まれたらどんな影響が出るかわかりません」
彩が言うと、古代は静かな声で応えた。
「最も嫌な姿、ねえ――ま、やることやってさっさと帰るとするか」
必要以上に恐れてもいなければ血気にはやってもいない。
落ち着き払ったその物腰からは、余裕すら感じさせる。
矢野古代、34歳。
ストイックにしてハードボイルド。
大人の格好良さがいぶし銀のように光る男。
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古代はヒヒイロカネから銃を取り出した。
そのまま古代は前方で口を開けている巾着袋に向かって疾走する。
「お前が俺の銃を剥ぐのと、俺の早撃ちはどっちが早いかな?」
果敢にも自ら巾着袋の中に飛び込むと同時、古代はありったけの銃弾を内部から叩き込む。
だが、ややあって巾着袋が動きを止めた。
直後、這い出してきた古代のいでたちを見て仲間達は唖然とする。
予め『魔改造』されるとは聞かされていたが、やはり現物を見せられては驚かざるを得ない。
上着は蛇革のような柄のジャケットに変化し、その下も下品な柄のシャツへと『改造』されていた。
しかも、胸元は第三ボタンまで開かれている。
手首から首元に至るまで身体の要所要所に、金ぴかで仰々しいアクセサリーが見て取れた。
過剰に配されたアクセサリーの数々は見るからに悪趣味だ。
いかにも遊んでいるのがかっこいいと勘違いしているような格好である。
「っつ、まだくたばんねえのかよ、マジねえわ……ちょっ俺ちゃんのべしゃり変じゃね」
一緒に吐き出され、足元に転がっていた銃を拾い上げる古代。
即座に巾着袋へと発砲し、古代はとどめを刺す。
一つ息を吐いた古代はふと、近くのコンビニのガラスに映った自分の姿を見た。
「ちっくしょ、リトルハニーやホの字のナオンに見られたらケーベツされるっしょ! ねえわ!」
矢野古代、34歳。
微妙に言葉が古いのは三十路だから仕方ない。
その近くでは、ニオが巾着内部への突入のチャンスをうかがっていた。
砲弾のように吐き出される瓦礫を避けつつ、手にした漆黒の大鎌で攻撃し、吸い込まれる時を待つニオ。
やがて彼女も計画通りに吸い込まれていく。
ニオを吸い込んだ途端、巾着袋が大きく脈動する。
まるで内部で爆発が起きたかのように跳ねると、巾着袋はそれきり動かなくなった。
ややあって這い出してきたニオは手にした『武器』を振り上げ、高らかに宣言する。
「おらが大根は最強だべ! おらの一撃にかなうもんなどいねーべ!」
そこでニオは、はたと気付いた。
「っておらの大鎌が大根になってるべー!!!!???」
ニオが叫ぶ通り、彼女の愛用する漆黒の大鎌は真っ白な大根へと変化していた。
それだけではない。
服装も軒並み『魔改造』されてしまっている。
頭部は麦わら帽子に首元タオル。
トップは割烹着に腕カバー。
そして、ボトムはもんぺ風ズボンに長靴。
実に典型的な『農家の人』がここに誕生していた。
「変な子はみんな研究対象なんですー」
一方、アクアは実に興味津津といった様子だ。
「吸い込まれる方は願ったり叶ったりなんですー」
なんとアクアは自ら巾着袋の中へと飛び込んだのだ。
「痛いですよー、観念して私に研究されるといいですー」
激しく動く袋の表面に、光の点が浮いてみえる。
きっと、アクアが中でペンライトを使っているのだろう。
数秒後、巾着袋の一部が大きく膨らんだように隆起した。
アクアが内部から強烈な一撃を叩き込んだのだろう。
やがて動かなくなった巾着袋から、アクアが這い出してくる。
「ッしゃァッ! コイツは良い修行になったぜ!」
立ち上がったアクアは拳を握りしめて叫ぶ。
その声はまるで雄叫びのようだ。
白衣と儀礼服だったアクアの格好は袖と裾の破れた白い道着の上下に変化している。
更に頭部へ赤い鉢巻が、両手にはバンテージが、それぞれ巻かれている。
そして、ハイヒールは鉄下駄へと変わっていたのだった。
時を同じくしてルーガと雷堂も敵の体内へと突撃をかけていた。
二人はそれぞれ、自分の眼前にいる一体へと飛び込んでいく。
「我が神が得意とする戦闘法がある! 突撃だ!」
まず吸い込まれたのは雷堂だ。
次いでルーガが吸い込まれる。
恐るべきことに、敵の体内で揺さぶられながらも、ルーガはウェブへの投稿をやめていない。
『ぎゃー、食べられたなーう。・゜・(ノД`)・゜・。』
投稿がウェブ上に反映されると同時、ルーガが吐き出される。
すぐさま立ち上がるルーガ。
彼女の格好はとりわけ珍妙なものだった。
上半身が赤褐色の鱗という質感のビキニアーマーとガントレット。
下半身は同色のブーツのみと露出度も高い。
しかも、腰の装備がベルト一本しかないせいで、インナーが見えている。
手にした槍も似たような質感と色で、牙のような突起が多数取り付けられていた。
そして、頭用の装備は爬虫類の頭部をくり抜いて作ったような兜だ。
同様のデザインで統一された装備のフルセットは、どことなくレッドドラゴンを思わせる。
「私にかかればカカッとこんなもんだ」
ルーガはまだ微かに動いている敵を見下ろすと、吐き捨てるように言う。
「この程度で済んで良かったな。もし私の怒りが有頂天になろうものなら今頃お前はかなぐり捨てられて死んでたぞ。表向きはルインズだがリアルでは阿修羅タイプの私が内部から攻撃することでダメージは更に加速し、破壊力はばつ牛ンだ。致命的な致命傷になるのは確定的に明らかだな」
所々が文章として変な上に、けっこうな長口上を一息に言い終えるルーガ。
彼女が視線を感じて振り返った先には、マグロ型マスクマンの全身タイツという姿の雷堂が立っていた。
マグロ大好きな彼は敵の能力を逆利用し、『最もなりたくない姿』としてマグロにまつわる格好を思い浮かべることで、望む姿へと『魔改造』されたのだ。
心の底から『なりたくない姿』として思い浮かべる必要がある以上、そう易々とできることではない。
だが、彼はマグロ教への凄まじい信仰心によってそれを成し遂げたのだ。
雷堂はルーガに向けて『手を叩く、ブイサインする、指で作った輪を覗き込む』という一連の動作をしてみせる。
言語を『改造』された時に備えてのブロックサインと解釈したルーガ。
(人間は面白いことを考えるぞー、でもこれってどういう意味なんだー?)
だが、肝心の意味まではわからない。
取りあえずルーガは同じ動作を繰り返してみせる。
その様子を見て戦慄しながらも、十一は闘志を奮い立たせた。
「いくぞ……燈真! 腹くくれっ!」
「う、うん! できれば改造される前に倒したい。嫌な格好には……なりたくない……!」
十一と燈真も内部へと突撃し、内側から突き破るようにして撃破と脱出を同時に果たす。
先に出てきたのは燈真だ。
彼も『改造』された筈だが、格好にさほど変化はない。
強いて挙げれば服装が所々ボロけていることぐらいだろうか。
だが、内面は大きく『改造』されていたようだ。
「死んだ……みんな死んだ……、嫌だ……死にたくない……死にたくないよ……」
弱気な顔でただ震えるだけの燈真。
まだ撃退士になる前の弱かった自分――燈真の嫌がる姿はこれなのだろう。
そんな彼を一喝するように大声が響く。
「ア゛ァ? ハッキシ喋れやゴラァ!」
声の主は時代錯誤な特攻服のヤンキーといういでたちの十一だ。
やたらと巻き舌が激しく、そのせいで声が聞き取りにくい。
「ツッ立ってンじゃねエぞア゛ァ? オレたち無礼苛阿の役目は沙阿蛮徒どもをボコることだろクルァ!」
ちなみに彼の紅文字は、頭の悪そうな当て字が彫られた木刀になっていた。
仲間たちが内部からの攻撃を成功させるのを見て、弱点が変わっていないことを確信した彩。
「どうやら、大丈夫そうですね」
ため息を吐いた後、彩も果敢に敵の内部へと突撃する。
吸い込まれると同時、彩は槍で袋の内部を切り裂いた。
そのダメージが大きかったのか、巾着袋は二度三度暴れた後、最後の力で彩を吐き出した。
立ち上がった彩は、すぐ前のビルのドアガラスに映った自分を見て唖然とする。
ヘソが隠れてる格好ならなんでも嫌な彩。
それが強調されたのか、今の彩には腹巻きが巻かれている。
そればかりか、上着はラクダ色のシャツに作業用のズボンに草履。
おまけに、ねじり鉢巻という、まるで昭和のおっさんのような格好だ。
「うむむ、これはあんまりなのだ」
五秒間だけ意気消沈する彩。
「これだけは使いたくなかったが、しようがないのだ。デュワッ!」
彩は腹をくくると、懐から鼻つき眼鏡を取り出し、かけた。
すると不思議なことに、性格がおっさんに調整され、彩の心から恥ずかしさが消える。
「何匹でもかかってこい! わしが相手になるのだ!」
闘志剥き出して彩は周囲を見回す。
しかし、既に敵はすべて討伐されていた。
「え。もう敵がいない? 恥の、かき損? イィィィィィーーーーヤァーーーーーッッ!」
後はただ、彩の絶叫が響き渡るだけであった。
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戦闘終了後。
ルーガの提案により、『魔改造』された姿で記念撮影をした十一達。
撮影が終わると、十一は改めて改造後の仲間達を見つめる。
「まぁ、なんつーか、みんな個性的だな? そう思うだろ? ア゛ァ? つーかよ、どうしてそんなカッコなんだア゛ァ?」
十一はただ意見を求めているだけだが、これでは柄の悪い若者が絡んでいるようにしか見えない。
ちなみに、彼がこのような格好になったのは、かつて接客系のバイトをやってい際、この手の連中への対処が面倒で嫌だと心の中で思っていたのが原因だ。
だが、中には原因のわからない仲間もいる。
彼の疑問に最初に答えたのはアクアだった。
「オレの場合、武術の家系の長女だけどあまり戦闘は得意じゃねえからよ……多分、その苦手意識が原因だと思うぜ!」
すっかり勇ましい喋り方になってしまったアクアはルーガを見つめる。
「時にルーガ殿! その姿の原因がわからないぜ!」
だが、問われたルーガにも原因がわからないようだ。
ルーガが考え込んでいると、雷堂がぼそりと言う。
「多分、その格好は度の過ぎた『俺TUEEE』をする迷惑プレイヤーだろう。ルーガさんはソシャゲ好きだからな。遊んでいるうち、無意識のうちに嫌だと思っていたのかもしれん」
雷堂の説明に納得すると、ルーガはスマートフォンを取り出す。
「みんなで記念写真だ!」
その後、記念写真を撮影したルーガ達。
珍妙な格好の者達が写った写真は、コメントとともにウェブに投稿された。
『なんだかすげーことになったなう( ´∀`;)』
件の写真は数日もの間、ウェブ上を賑わせたという。
写真とコメントは無数のユーザーに引用され、再投稿されたというが、それはまた別の話――。