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マスター:漆原カイナ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2013/02/27


みんなの思い出



オープニング


 ―― 2013年 2月某日 18:35 東京都某所 ――
 
「オ前、運ガイーノカ?」
 人通りのあまりないとある裏道。
 俺の見ている前で、奇妙な形をした天魔が道を歩く若いカップルの女のほうに、そう問いかけた。
 天魔のサイズは成人の男が子供に見えるほどの巨体で、身長から横幅に至るまでかなりある。
 体色は青みがかったブラックで、黒光りする金属光沢が街灯の光を反射していた。
 それに違わず身体は金属のように硬いらしく、金属音がする。
 そして何より特徴的なのは頭部の形状だった。
 巨体に違わず大きな頭部は六つの穴が開いた太く筒と、一本の細い筒、そして引き金の組み合わせ。
 ――いわゆる、リボルバー拳銃の形をしているのだ。
 
「て、天――」
 カップルの女の方は思わず声を上げようとする。
 それよりも早く、天魔は豪腕で彼女の両肩を掴み、その場に拘束した。
 彼女が捕まっている一方、男のほうは恐怖のあまり泣き叫ぶと、彼女には見向きもせずに逃げ出した。
 相手は天魔である以上、一般人の彼がどうにかできる相手ではない。
 それでも、一瞬の躊躇も無く全速力で逃げ出すというのはいかがなものか。
 あからさまにヤバそうな天魔に恋人が捕まっているというのに。
 
 男のほうが逃げ出している間にも、天魔は捕まえている彼女に向けて片言でもう一度問いかけていた。
「オ前、運ガイーノカ?」
 彼女も言葉の意味は理解しているだろう。
 だが、天魔に捕まっているという恐怖に震え、まともに返事などできようもない。
 
 しかし天魔はそれを沈黙の肯定と解釈したのか、頷くように首を下に向けた。
 頭部の構造上、この天魔が首を下に向けると、自然と『銃口』が彼女の胸に押し付けられる格好になる。
「ナラ、試シテミルカ?」
 片言の声とともに、天魔の後頭部で突起部分――リボルバーの撃鉄が金属音を立てて後ろに下がる。
 
 やはり恐怖のあまり声も出ない彼女。
 そしてまたも、それを沈黙の肯定と解釈した天魔は、息を吐くような声をもらした。
 直後、重々しい音を立てて撃鉄が落ちる。
 
 しかし、銃弾は発射されなかったのか、彼女は無傷だった。
 予想外の展開に呆けた顔になる彼女だが、安心するのはまだ早い。
 早くも天魔は頭部の弾倉を回転させ、再び撃鉄を起こそうとしている。
「も、もういいだろっ! や、やめろよっ!」
 気が付くと俺は、咄嗟にそう口にしていた。
 すると天魔は、それきり興味を失くしたのか、まるでゴミでも捨てるように彼女を放る。
 放られた彼女はというと、道路に座り込んだままだ。
 やがて彼女は緊張の糸が切れたのか号泣し、足元には湯気を立てる水たまりを作っている。
 
 一方、天魔はというと、金属音のような足音をたてて、ゆっくり俺の前へと歩いてくる。
「何故ダ?」
 俺の前まで来て立ち止まった天魔は、やはり片言で俺に問いかけた。
「何故止メル?」
 俺の気のせいかもしれないが、この天魔は本気で疑問に思っているような気がする。
 片言の声からは、なんとなく釈然としないような気持ちが伝わってくるのだ。
「オ前ノ願望ダゾ?」
 今の所、この天魔に俺を攻撃してくる様子はないが、いつ俺に矛先を向けてくるかわかったものではない。
 その心配とは裏腹に天魔は踵を返した。
「オ前ノ願望ニ従ウダケダ」
 
 そのまま天魔はこの裏道を抜け、表通りに出ていこうとする。
(大変だ……!)
 あんなものが人通りの多い表通りに出でもしたら、それこそ大惨事が起こるに違いない。
 
(早く来てくれ……!)
 俺は心の中で叫んだ。
 この天魔が出現してからすぐ、俺は通報している。
 もうそろそろ撃退士が急行してきてもおかしくはないはずだ。
 
(俺の命令ならいくらか聞くはず……なら、いざとなったら俺が止めるしか……!)
 俺は腹を決めた。
 そもそも、この天魔がここに現れたのも、ある意味では俺のせいなのだから――。
 

 ―― 2013年 2月某日 18:05 東京都某所 ――
 
 約三十分前。
 寒空の下、俺は街を歩いていた。
 既に夕暮れ時を過ぎ、空は暗くなり始めているが、俺の気持ちはそれよりも暗い。
 
 高木昴平。二十代後半。大卒。男。
 それが俺だ。
 景気が最底辺にある時に就職活動のタイミングを迎えてしまった者の一人である俺は、職にあぶれた若者の一人となってしまった。
 一度大学を卒業してしまった俺の不遇はひどいものだった。
 採用試験を行っている企業は多くとも、もはや新卒でない俺は話すら聞いてもらえない。
 よしんば面接を受けられても、そこでの応対はひどいものだ。
 
「何が平等なチャンスだよ……」
 ぼやいていた俺は飲み屋の前を通りかかる。
 そういえばこの前も、ひどい面接をされた帰りにこの飲み屋に寄って俺はヤケ酒をあおっていた。
 
 その時、隣の席になったサラリーマン風の奴の事を、俺はふと思い出していた。
 仕立ての良いダークスーツに知的な印象のするメガネ。
 いかにもな、デキるビジネスマン風の男だ。
 
 かなり酔っていたせいで、よくは覚えていないが、その男は何かをアタッシュケースから取り出して俺に見せた気がする。
 ソフトボール大の黒い玉。
 表面には見たこともない文字が刻まれていた。
「これは天魔です。ああ、ご心配なさらず。この状態なら危害は加えませんので」
 男は人の良さそうな笑みを浮かべ、確かそんなことを言った気がする。
「叩き付けるなりしてこの玉を貴方自身の手で壊せば、中に入った天魔が出てきますので。ご安心を、そうすれば天魔は貴方を主と認識しますので。出てきた天魔は貴方の願望を一つ叶えようとします……もっとも、可能な限りでですが」
 きっとこの男は玩具会社の社員に違いない、そして今の話は企画や設定やらの類で、この玉は新商品なのだ。
「まあ、貴方の命令なら一つだけ何でも従う――とさえ覚えておけば大丈夫です。ただし、あまり知能は高くありませんので、額面通りに鵜呑みにすることは多々あります。他にも誤解や曲解にお気を付けて」
 あの時はヤケ酒をあおっていたこともあって、俺は適当に彼の調子に合わせていた。
 笑いながらその話を聞く俺に向けて、彼はあの人の良い笑みを浮かべたのだ。
 そして確か、彼はこう言ったはずだ。
「それと、一度出した命令は撤回できませんので、ゆめゆめお忘れなきよう――」
 
 確かあの後……。
 俺はコートのポケットに恐る恐る手を突っ込む。
 すると硬い何かが触れる感触がある。
 
 その時、俺の視界内でカップルがイチャつき始めた。
 二人の会話は大声で、嫌でも耳に入ってくる。
 ――景気がいくらか良くなったおかげで就職活動は楽になりそうだ。
 ――景気が底辺の時に就活した先輩は憐れだ。
 そんな内容の会話が聞こえた途端、俺の中で怒りが爆発した。
 
「運が良いだけで……いい気になりやがって――リア充死ね!」
 俺はつい、手に持った何かを八つ当たり気味に道路に叩きつけていた。

「オ前ノ願望、聞キ届ケタ」
 次の瞬間、片言の声が響き、俺の前に天魔が現れた。
 そして、天魔はそのカップルに襲いかかり――。
 

 ―― 2013年 2月某日 18:40 東京都某所 ――
 
 さっきのことを思い出していた俺は、複数の足音で我に返った。
 振り返ると、特徴的な制服を着た連中がこちらに向かってくる。
 どうやら、撃退士たちが間に合ってくれたようだ。


リプレイ本文


「私にとっての初陣だ、気を引き締めてかかるか」
 現場に駆け付けた里条 楓奈(jb4066)は銃頭のディアボロ――PD-01を見て気合いを入れる。
 続いて楓奈は召喚獣のストレイシオンを召喚する。
「頼むぞ相棒、初陣を共に勝利で飾ろうな」
 微笑みながらストレイシオンにキスをする楓奈。
 そんな彼女に向けて、焉璽(jb4160)は静かな声で忠告する。
「……油断するなよ」
 かつて天使として、傭兵として、数多の戦場を経験してきたために僅かな油断が命取りだと熟知している彼なりの気遣いだ。
 
 一方、現場に急行するなりアーレイ・バーグ(ja0276)は通行人達に向けて叫んだ。
「撃退士です! 見ての通り天魔が出没しています! 自力で移動可能な方は速やかに避難して下さい!」
 通行人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始める。
 追いかけようとするPD-01。
 だが、その前に楓奈が立ちはだかった。
「そこで止まって貰おう。そして大人しくくたばってくれ」
 邪魔してきた楓奈を見下ろし、銃口を突き付けるPD-01。
 人間で言えば、睨みつけて威嚇するような動作なのだろう。
 楓奈はそんな相手を更に煽るべく、幼馴染の写真を見せつける。
「これが私の恋仲の写真だ。運も最高に良いと言っていい。所謂、リア充という奴だ、さぁ貴様、私をどうしたい?」
 不敵な笑みを浮かべる楓奈。

「オ前、運ガイーノカ?」
 PD-01はそう言いながら楓奈の両肩を掴んだ。
 楓奈はというと、不敵な笑みを浮かべたままだ。
「試シテミルカ?」
 PD-01の頭部で撃鉄が起きるとともに、弾倉が高速で回転を開始する。
 数秒後、撃鉄が重厚な音をたてて落ちる。
 だが、楓奈は無傷だ。
「まさに命を張った博打だ……悪くない」
 楓奈はまたも不敵な笑みを浮かべる。
「試シ――」
 再び撃鉄が起きようとした瞬間。
 横合いからの攻撃がPD-01に炸裂する。
「これはまた……どうせならカール自走臼砲でも持ちだしてリア充爆破とかしてくれれば面白いですのに……拳銃とは何とも中途半端な」
 いかなる時でも軽口を忘れない女アーレイ。
 ふざけているようで、ちゃんと射線を外せるように絶えず動き回っているのだから抜け目がない。
 逃げるだけではなく、アーレイは魔法で電撃を放ち、PD-01を攻撃する。
「私は小細工を好まないのですよね……ステイツの戦い方は物量をもって押しつぶすのです。兵站で戦うと言われたローマ帝国の方が好みかもしれませんね」
 その言葉を裏付けるかのように、他の仲間たちも攻撃をたて続けに攻撃をしかける。

 一番手は手近な雑居ビルの屋上に陣取った仁良井 叶伊(ja0618)だ。
「まあ……この時期に良く出そうな『ギャンブル巨人』という所ですか」
 弓に番えた矢を放つ叶伊。
 彼が放った矢はPD-01の頭部――弾倉部分に直撃する。
 だが、やはり頑丈そうな見た目に違わず耐久力があるのかPD-01はまだ大丈夫そうだ。
 すぐさまPD-01は叶伊を見上げる。
 同時に弾倉と撃鉄が動き、叶伊に向けて魔力弾が連射される。
「危ない……危ない……」
 着弾の直前、アウルを利用した全力跳躍で隣のビルに跳び移る叶伊。
 叶伊は跳び移りつつ弓に次なる矢を番え、更に放つ。

 叶伊の次は月丘 結希(jb1914)が攻撃をしかけた。
 プログラム化した陰陽術を組み込んだ自作アプリケーションを起動させた結希。
 それにより結希は陰陽五行のうち火を象徴する朱雀を現出させ、目標に向けて飛翔させる術技を発動する。
 PD-01の横っ面に炸裂すると同時に朱雀は爆発を起こす。
 相変わらず大丈夫そうにしているPD-01だが、流石に爆発が顔で上で起こっては怯むのだろう。
 
 その隙を逃さず焉璽が物陰から少しだけ銃口を出して銃撃する。
「おい、こっちだ」
 やはりPD-01は銃撃を受けても、それほどダメージを受けた気配は見せない。
 PD-01は焉璽を振り返ると、すぐさま応射を開始する。
 素早い応射に対しても焉璽は冷静に対処する。
 隠れている物陰を遮蔽として的確に利用し、自分の位置を悟らせない焉璽。
 銃弾に当たらないように隠れつつ、定期的に二射目、三射目を焉璽は繰り出していく。
 ダメージは入っているのだろうが、いまだPD-01が動きを止める気配はない。
 それでも、注意を引くことはできたのか、楓奈から離れて焉璽の方に歩いていこうとする。
 
「美味そうッ。喰いてぇッ。ただそれだけッ!」
 だが、PD-01が焉璽を追って移動する進路上に革帯 暴食(ja7850)が躍り出た。
 自分よりも長身の相手が珍しいのか、暴食は楽しげに笑い出す。
「さぁ、喰わせろッ!」
 楽しげな笑い声を上げながら、暴食は大口を開けてPD-01に襲いかかった。
 

 撃退士とPD-01の攻防戦。
 昴平はそれをハラハラしながら見守っていた。
「どうした? 顔が青いぞ?」
「高木さんも逃げた方がいいのだわ」
 心配そうに声をかける鐘田将太郎(ja0114)と天道 花梨(ja4264)。
 将太郎は急行するなり昂平の護衛に付き、彼を避難誘導を手伝うように頼んだのだ。
 更に避難誘導には花梨も加わり、三人で行ったおかげで避難誘導は何とか間に合わせることができた。
「いや……俺が逃げたら誰が……」
 小声で呟く昂平。
 その様子を将太郎は油断なく観察していた。
 将太郎が昂平に避難誘導の手伝いを頼んだのはもちろん、人手が必要だったからもある。
 だが、現場に駆けつけた時から彼が何かを隠しているのではないかと感じていたからだ。
 そして将太郎は、更に探りを入れるべく、鎌をかけてみる。

「こう言っちゃなんだが、もう避難誘導は無事済んだんだ。だから、お前が居た所であの天魔を倒すのにプラスになることなんかないぞ」
「俺が……俺が命れ……いや、なんでもない……」
 焦っているような困っているような、あるいは迷っているように、昂平はせわしなく目を泳がせている。
 平時は心理研究を行っている将太郎。
 彼は昂平の目が泳ぐ様子から何かを感じ取ったようだ。
「高木。お前、何か隠してるだろ?」
 将太郎がたった一言問いかけただけで、昂平は明らかにうろたえた。
「図星なのだわ」
 流石にこれは花梨にもわかったようだ。
 観念したように昂平は二人にPD-01が出現した経緯を語り始めた。
 いきさつを聞き終えるなり、将太郎は昂平を一喝した。
「それが原因だ馬鹿! 俺らはてめぇの尻拭いに来たのかよ……」
 昂平の肩を掴み、俯く彼の顔を強引に上げる将太郎。
「責任とって、てめぇにも協力してもらうからな。嫌とは言わせねえぜ?」
 
 言いながら将太郎は昂平が語った『ビジネスマン』のした説明を思い返す。
(主と認識した人間の命令なら実行可能ってことは、高木の命令なら聞くかも)
 そして将太郎は再び昂平の肩を掴む。
「あのリボルバー頭に何か命令してみろ」
「あ、ああ……」
「『止まれ』とか『動くな』くらい言えるだろ。腹の底からでかい声出せよ。自分の命令なら聞くかもしれないと思ったから、ここに残ってたんだろ?」
 昂平から手を離すと、PD-01に向き直る将太郎。
 彼は振り返らずに言う。
「その間、俺がしっかり護衛してやっから」
 

 一方その頃、暴食とPD-01は至近距離での戦いを繰り広げていた。
「喰い千切るッ!無機物だろうがブッ喰い潰すッ! うちよかデケぇ野郎なんざレアだかんなぁ、愛し尽くしてやらぁッ!」
 闘争本能、もとい食欲の赴くままにPD-01へと噛みつく暴食。
 そればかりかPD-01の腹に痛烈な蹴りを叩き込む。
 やりたい放題の暴食。
 それにはPD-01も黙ってはいない。
 左右の豪腕で暴食の肩をがっしりと掴んで押さえつける。
 掴まれた瞬間、暴食は歓喜ともとれる声を上げた。
「いやん、わたくし殿方に押さえつけられてしまいましたわんッ。お礼に喰ってやんよぉヌケサクがぁッ!」
 豪腕に掴まれたことに怯みもせず、暴食はPD-01の首筋へと噛みついた。
「オ前、運ガイーノカ?」
 機械音のような声を発し、撃鉄と弾倉を動かすPD-01。
「ロシアンにロシアンルーレット挑むたぁ、良い度胸してんじゃねぇのぉッ!?」
「試シテミルカ?」
 直後、暴食の仲間たちが妨害するよりも早く撃鉄が落ちる。
 そして、楓奈の時とは違い、銃弾は発射された。
 六発分を一発に収束した魔力弾。
 それを零距離から受けて暴食の身体は大きく揺れる。
 だが、PD-01がしっかりと押さえつけているせいで暴食は吹っ飛ぶこともできない。
「試シタ。死ンダ」
 PD-01が言った瞬間、高笑いが響き渡る。
「人を勝手に殺すなよぉ……ブッ喰い殺されんのはテメぇだろぉッ!?」
 舌を出したまま大笑いする暴食。
 体内に過量のアウルを循環させ一時的に痛覚をシャットアウトすることで、暴食は今の一撃に耐えたのだ。
 急所は外れたものの、暴食は出血していた。
 だが、暴食の表情はそのダメージを感じさせない。

「死ンデナイ」
 再び撃鉄が起き、弾倉も回転する。
 そして、再び落ちる撃鉄。
 今度は空撃ちだ。
 しかし、暴食は六分の一で起きる発射に備えて過量のアウルを身体に流し続けるのをやめようとしない。
「今のうちにやっちまいなぁッ!」
 暴食の叫びに呼応して再び仲間たちが攻撃を加える。
 集中攻撃で所々が傷だらけになるも、PD-01はまだ止まらない。
 そんな中で、PD-01は三度目のギャンブルショットに入る。
 結果はまたも空打ち。
 しかし、暴食の方は時間切れのようだ。
 スキルで先送りした、先程の痛みが暴食の身体に襲い来た。
「マジ……痛てぇッ……」
 痛みで苦悶する暴食。
 もはや、痛感のシャットアウトは切れている。
 次のギャンブルショットが『当たり』なら、暴食は深手を免れない。
「試シテミルカ?」
 そして起きる撃鉄。

「止まれぇぇぇっっ!」
 撃鉄が落ちる直前、腹の底から出した昂平の大声が響き渡った。
 それを命令と認識したのか、PD-01の身体が動きを止める。
 もちろん、撃鉄も。
 
「最初ノ願望ニ従ウ」
 だが、すぐに動きだし、再び暴食を攻撃しようとするPD-01。
 動きを止めたのは僅かな間。
 それで十分だった。
 背後の電柱に登り、そこから跳びかかった花梨。
 彼女が撃鉄とシリンダーの間にシルバートレイを挟んで射撃の妨害するだけの時間を稼げたのだから。
 そして、暴食だけに集中していたPD-01がそれに対応できるはずもない。
 甲高く済んだ音を立てて挟まるシルバートレイ。
 挟まったシルバートレイのせいで撃鉄は完全に落ちず、PD-01のショットは不発に終わる。
「逆転の女神参上……なんてどうかしら?」
 それだけではない。
「うぉら!」
 全力疾走した将太郎がアウルを込めた脚甲でスライディングを繰り出す。
 もちろん狙いはPD-01の脚だ。
 撃鉄が詰まったことでうろたえていた上に、PD-01は元々頭部が大きく重い上、前方に伸びた銃身までついているのだ。
 つまり、重心のバランスがそれほど良いわけではない。
 見事に不意をつかれた足払いでPD-01は盛大に転倒する。
 素早く立ち上がった将太郎は、アウルを込めた回し蹴りでPD-01の背中を蹴り上げた。
「リア充じゃなくててめぇがくたばれ!」
 
 それを合図に仲間達が一斉に動き出す。
「これで銃口の前に立てます。おかげで、よく狙えますよ」
 PD-01の前方に立った叶伊は弓に番える。
「そうね。これなら、六分の一なんて確率じゃなく当てられるわ」
 同じくPD-01の正面に立つ焉璽。
 彼も標的に向けてリボルバーの銃口を向け、撃鉄を起こす。
「これで決めにさせてもらう」
 新たにヒリュウを召喚した楓奈もPD-01の正面に立つ。
「相棒、よく狙うぞ」
 それを見て苦笑するアーレイ。
「銃口の前に立つのも、ましてやバレルの中を覗き込むなんて危険行為以外の何物でもありませんよ」
 そうは言いつつ、アーレイも電撃を手の平に溜めながらPD-01の正面に立つ。
 
 本能的に危険を察知したのだろう。
 PD-01は重たい頭を起こして逃げようとする。
「人を勝手に殺すなよぉって言ってんだろがぁッ!」
 だが、起死回生の底力で立ち上がった暴食が、その長身を活かしてPD-01を押さえつける。
 
 動きの止まったPD-01。
 その銃口に向けて、矢に弾、召喚獣のブレスに魔力の電撃、そして朱雀が一斉に放たれた。
 放たれた攻撃はすべて銃口へと吸い込まれ、内部に炸裂する。
「たっぷり喰えよヌケサクがぁッ!」
 高笑いとともに暴食が飛び退いた瞬間、PD-01は大爆発を起こして木端微塵になった。
 六発分のエネルギーを一発に収束した魔力弾。
 それが内部から暴発すれば、あの頑丈な身体でさえひとたまりもないだろう。
 
 先程、暴食に放とうとしていたギャンブルショット。
 もしそれが『外れ』だったら、たとえ銃身内部を攻撃されても、暴発しなかったかもしれない。
 だが、結果的に、あのショットは『当たり』だった。
 そしてそれが、PD-01の明暗を分けたのだった。
 

「就職関連の苦しみはあたしには分からないから、あーだこーだ言う気はないわ。世の中が正論だけで動いてる訳じゃないってコトくらいは知ってるしね」
 戦いを終え、結希は昂平にそれだけ言うと、彼の肩を一度だけ叩いた。
 それから結希は疲弊している暴食に歩み寄ると、癒しの力を持つアプリ――『Evocation[Genbu] Ver1.02.5』を起動。
 暴食の身体を癒し始める。
 
「まさか、私が人間を救う側になろうとはな……」
 煙草を取り出しながら感慨にふける焉璽。
 彼の近くで、叶伊がふと呟く。
「攻撃対象に入っていたということは、私もリア充と認識されたのでしょうか。まあ……私は天涯孤独で此処に来る迄の記憶は無く、自分の正体すら分らない……という境遇ですが、何がリア充なのか……」
 それを聞いた焉璽は、叶伊へと向き直る。
「そもそも、“リア充”の基準とはなんだ?」
 問いかけながら、焉璽は煙草に火を点ける。
「人生が報われないと充実していないのか。それは人の怠慢だろう。死んでこの世に未練を残した連中は大勢いる。彼らに比べれば、まだ覆す余地がある生者の妬みなど同情する気も起きんな」
 そして焉璽は煙を吐き出しながら日が暮れた空を見上げた。
 
「酒に酔っていたとはいえ、少し浅はかだったな。それに酒も程々にな」
 楓奈が慰めるように昂平の肩を叩く。
 その後、肩を落としていた昂平に花梨は歩み寄った。
 彼を見上げると、ポケットから包装された小箱を取り出し、それを彼に差し出す。
「バレンタインだからチョコレートを上げるのだわ」
 色々怒られるであろう昂平を元気づけるべく、バレンタインチョコを渡してあげる花梨。
「辛くなったときは悪魔じゃなくてしっと団に来なさい。しっと団との約束よ!」
 チョコレートを大事に受け取る昂平。
 彼に向けて花梨は言う。
「しっと団は何があっても全世界の非モテの味方なのです。昂平さんの行き先に幸あれ!」
 花梨の優しさに触れ、昂平は小さいながらも確かに微笑む。
 そして、自分の小指を花梨の小指と絡めたのだった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
しっ闘士正統後継者・
天道 花梨(ja4264)

中等部2年10組 女 鬼道忍軍
グラトニー・
革帯 暴食(ja7850)

大学部9年323組 女 阿修羅
こんな事もあろうかと・
月丘 結希(jb1914)

高等部3年10組 女 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
里条 楓奈(jb4066)

卒業 女 バハムートテイマー
白き翼・
焉璽(jb4160)

大学部7年63組 男 インフィルトレイター