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久遠ヶ原学園の校門前には、八百人の不良が大挙して押し寄せていた。
誰もが殺気立っており、角材や鉄パイプなどの武器を手にしているものも少なくない。
関東一ヤバい不良の巣窟――羅刹学園工業高校。
そこから押し寄せた八百人は、今まさに久遠ヶ原学園を武力制圧するべく襲いかかろうとしていた。
対するはたった二人の不良。
一人は学帽、マント、学ラン、鉄下駄という格好の古典的バンカラ番長――夜神 蓮(
jb2602)。
そしてもう一人は長ランにボンタンというなんともクラシカルな昭和の不良――楊愁 子延(
ja0045)だ。
「俺らだけか。ま、楽勝だな」
子延は余裕の表情だが、心の中では戦々恐々としていた。
(おいおいおい、何で俺と夜神しか、いねーんだよ。向こう何百人いんだよ)
今の一言で、八百人の視線と殺気が一斉に子延へと集中する。
「多く倒した方が、総番ってことにしねぇか?」
隣で黙して立つ蓮に振る子延。
(八神に片付けさせよう。こいつ、つえーし一人でも大丈夫だろ)
戦闘態勢に入るふりをして、子延はさりげなく蓮の背後に退避する。
「貴様ら、久遠ヶ原をあまり舐めないほうがいい。死にたくなければ、とっとと帰れ」
蓮の一言で、すぐさま数人の不良が蓮へと襲いかかる。
すぐさま蓮は回し蹴りを放ち、数人を一撃で薙ぎ払った。
「既に警告はしたぞ――それでも構わないというのなら、俺の方も構わない」
回し蹴りをくらって気絶した数人を踏み越え、蓮は七百数十人の前に立った。
「死にたい奴だけかかってこい」
その一言がきっかけとなり、戦端は開かれた。
さっきまでは血気にはやる数人だけだったのが、今は七百数十人が一気に二人へと押し寄せる。
対する蓮は獅子奮迅の戦いを見せ、一方の子延は言葉で煙に巻いていく。
「ふっ、わりーな。今からミミーに飯をあげないといけねーんだ」
飼い猫のスコティッシュフィールドに餌をあげる――ただそれだけのことに過ぎないが、子延が言えばやたらと恐ろしく聞こえてしまうのが不思議な所だ。
現に羅刹工業の不良たちは怖れおののいている。
「こんな状況で猫のことを気にしてられるなんてイカれてやがる……。コイツはヤベェ……底が知れねぇぞ」
子延は勿体つけてただの木刀を抜いた。
「おい、俺にブロウン・トゥ・ビッツを持たせるんじゃねぇ。どうなってもしらねぇぞ!」
それによりまたも恐々とする不良たち。
だが、やはり多勢に無勢。
次第に二人は追い詰められていた。
「今日はばあちゃんに刺繍を教えてもらうんだよ」
所々アザだらけになり、口端から血を流して言う子延。
もはや恐がることもなく、不良は子延の言葉を一蹴した。
「クソババアのことなんざ知るか! どうせ使い道なんざテメェの泣き付き用だけだろうが――」
吐き捨てるように言った不良の額は、炸裂した木刀で真っ二つに割れた。
割れた額を押さえて流血しながら喚く不良を踏みつけ、子延は啖呵を切る。
「俺の悪口はいいけどな。ばあちゃんの悪口を言うやつはゆるさねぇ!!!」
しかし、その戦いぶりも長くは続かなかった。
高圧電流が身体に走り、しびれて動けなくなる子延。
視界の端にスタンガンを持った不良が見えた時には、子延は羽交い締めにされていた。
蓮も隣で同じく拘束されている。
二人の前にはナイフを抜いた不良が立ち、とどめを刺そうと刃を振りかぶった――。
「あー! あんな所に警察が!」
突如聞こえた声に、不良たちは一斉に振り返る。
その隙を狙って放たれたBB弾は不良たちの目へと命中。
うずくまった不良たちに、一人の少年が足技を浴びせた。
「大丈夫っスか?」
蓮と子延を助け出しながら、件の少年――いかにもオサレなチャラ男はふてぶてしく笑ってみせる。
「寝故騙しの間唖死射(まあしい) 。只今参上っスよ」
間唖死射ことマーシー(
jb2391)は改造エアガン二挺をガンスピンさせてみせる。
ふざけているようだが、この男もヘッドの一人にして久遠ヶ原界隈のチーマーを束ねる長だ。
意外な援軍に一瞬驚いたものの、すぐに羅刹工業の連中は勢いを取り戻した。
「コイツらはひとまずシカトだ! まずはガッコからブッ壊しちまえば――」
敵側のヘッドが出す指令を受け、今まで素手だった者も次々に武器を出す。
武器を構えた不良たちは、一直線に校舎の正面入り口へと向かった――。
だが、連中は攻め入るよりも前に、扉の前で次々に吹っ飛ばされる。
「久しぶりの喧嘩、嬉しいわね」
武器持ちの数人を瞬く間に素手で倒したのは、一人の女性だった。
「こっから先は進入禁止よ。ま、私一人倒せば通れるけどね」
悠然と構える彼女に気付き、すぐにマーシーは振り返る。
「……! この声は……街頭覇王のケイ姐サン!」
街頭覇王の名前を聞き、一瞬にして不良たちが凍りつく。
「ああ、どこかと思えばこの間ぶちのめした連中の制服じゃない。羅刹学園だったの」
武器を持つ相手も恐れず、ケイは倒し続ける。
「流石はケイの姐サンだ……久遠ヶ原埠頭で喧嘩百人組手を成し遂げたっていう伝説は伊達じゃねえぜ!」
戦いの合間を縫って、マーシーは律義に実況していた。
「武器持ち……ね。まあ別にいいのよ、強ければ。さあ、楽しませて頂戴」
不良たちは数に任せて強引に制圧しようと考えたのか、更なる大人数でケイへと押し寄せる。
その集団がケイに接触する直前、突如として何者かが二人、校舎内から現れる。
二人はその場に乱入するなり、不良たちを蹴散らした。
不良たちが倒れる中、立っているのは二人の少年。
「なんです、騒がしい」
鉄扇を構え、涼しい顔で立つのは、長袖白シャツの上にノースリーブの紺色ベストに黒いネクタイをきっちり絞めた好青年。
「やれるか? インテリくん」
その隣に立つもう一人は乱れた制服の少年だ。
服装の合間に見える筋肉は引き締まっており、運動部の生徒を思わせる。
「誰にものを言ってるんです? 第一、遅刻の常習犯などというあなたのようなしょうもない人に心配されることなどありませんよ」
好青年――紀浦 梓遠(
ja8860)はにべもなく言う。
「せいぜい怪我しないように気をつけろよ、インテリくん」
一方、引き締まった身体つきの少年――浪風 悠人(
ja3452)は、鼻で笑うような返事だ。
まずは悠人が動いた。
彼は凄まじい脚力で高らかに跳躍し、跳び回し蹴りを放って周囲の不良の頭部を次々に蹴り抜いていく。
だが、何とかそれを斬りぬけた不良は悠人の着地地点へと先回りした。
着地の瞬間を襲うつもりの彼らだが、その企みは梓遠によって砕かれた。
先の読めない不規則な動きで鉄扇を振るい、梓遠は次々と不良を殴り倒して各個撃破する。
広範囲への攻撃で大多数を倒し、数が減った所で撃ち漏らしを各個撃破で掃討する――互いの長所を活かし、短所を補い合う連携。
そんな完璧なる連携を、悠人と梓遠は事も無げにやってのけた。
そして二人は、自然と互いの背中を合わせ、背後を守り合うように立っている。
「出たッ! あの技は……『飛翔の悠』サンの『旋風脚』 ! それに『鉄扇の梓遠』サンの『殺人扇子』もスゲェなぁ。ドス持ったヤンキー十人をあれで半殺しにしたって噂は本当みてぇだぜ!」
興奮した様子で実況するマーシー。
彼の勢いもまた、止まらない。
「おいおい、この二人まで出てきたからにはテメェらもう、死んだぞ? 梓遠サンは真面目なインテリな優等生に見えても最高にキレてる人だし、悠サンは元・バスケ部なだけあって脚力と腕力、それに反応速度はハンパねぇからな! 全身凶器の凶器の悠サンが得意の跳躍から繰り出す技をくらったらテメェらみんなイチコロだぜ!」
一方、悠人は冷めた表情だ。
「勘違いするなよ? 別に助けに来たわけじゃないんだからな」
しかし、言葉とは裏腹に悠人は積極的に戦いへと参加し、蓮たちに加勢する。
梓遠もそれに続く。
二人が加勢しても、数の圧倒的な差は大きな壁となって蓮たちに立ちはだかった。
少しずつ反撃を受け、次第に余裕がなくなっていく梓遠は乱暴な口調で毒づく。
「雑魚がうじゃうじゃ……うぜってぇなぁ……」
ピンチになりながらも、マーシーは何か確信めいたものを感じて叫ぶ。
「これだけヘッドが集まってるんだ――そろそろアノ人も来る頃だぜェ!」
すると、まるで彼の叫びに呼応したかのように、次々と不良が倒されていく。
一歩歩くごとに一人を一撃のもとに倒し、その青年は不良たちの人混みを断ち割り、力技で道を作って歩いてくる。
「来たァッ! 『狂犬の北斗』サンだ!」
会心の笑みとともにマーシーが口にした名前に、不良たちは文字通りに腰を抜かし、一斉に震えあがる。
「う、嘘だ……ヤツは……日本中の危険人物が集まると言われてるあの少年院に収監されてるはず……」
信じられないといった顔でそう呟いた不良を殴り飛ばし、件の青年――狂犬の北斗こと、紫 北斗(
jb2918)は言い放った。
「色々あって出てきたんでな」
相変わらず笑みを浮かべながら、マーシーは北斗に向き直った。
「助かりましたよ。でも、どうしてここに?」
すると北斗は背後で学食のパンを加えている野良犬に目をやる。
「あいつに危険が及びそうだったんでな」
北斗は野良犬の頭を撫で、そっと言う。
「しばらく安全な所に逃げていろ」
言葉がわかったのか、野良犬はどこかへと逃げていく。
「メインディッシュは夜神にくれてやる……さあ、誰から噛まれたい?」
しかし、返事はない。
仕方なく、北斗は手近な不良に拳を叩き込んだ。
気を丹田で増幅させその拳から解き放つ北斗。
「狂犬は……飼い主にすら牙を剥く。覚えておくんだな」
拳をくらった不良が勢い良く倒れ、たちまちドミノ倒し状態だ。
あまりの恐怖に不良たちは我先にと学園の外に走っていく。
だが、逃げたわけではなかった。
「バ、バケモンがぁっ!」
なんと不良たちは襲撃の為に分乗してきた何台ものトラックに乗ると、一斉に学園へと突っ込んできたのだ。
「こうなったらあいつらごと久遠ヶ原学園をブッ潰してやらァ!」
何台ものトラックが校門をはねとばして校舎へと迫る中、爆音が響き渡った。
そして、学園の敷地内へと突撃してきた無数の改造車――俗に言う『族車』が次々と横からトラックに体当たりし、校舎の破壊を阻止する。
現れたのは百人の暴走族。
そして、奥に控えるのは、副総長のバイクのリアに跨る白蛇(
jb0889)だ。
「総長、コイツら全員シメちまいましょう」
副総長が振り返って言うと、白蛇はハリセンでその頭を張った。
「白蛇様と呼べい」
ハリセンをしまうと、白蛇は敵の群れに向き直る。
「ふん、わしが留守の間に、随分好き勝手してくれたようじゃの? 貴様ら、誰一人無事にここから帰れると思うでない。八百人ぽっちか……兵隊を出すまでもないな。お前ら、参戦は必要ない。わしら八人でケリをつける。逃がさぬよう壁になっておれ。後に通す心算は無いないが、万一の時には好きにしろ……が、逃がすことは罷りならん」
副総長に言うと、バイクから降りた白蛇も戦線に加わり、八人は互いの背中を守り合うように自然と円陣を組む立ち方になる。
白蛇たちを見て怖れおののく不良たちに、マーシーは言った。
「もちろん知ってるよな? この人たちは『久遠蛇(ウロボロス)』――日本……いや、世界最強の暴走族だぜ!」
その解説に気を良くしたのか、笑みを浮かべて白蛇が動く。
「まずは、これじゃ」
突撃し鉄山靠からの金属バットアタックで不良を倒す白蛇。
すぐさま反撃の角材が振り下ろされるも、白蛇はそれを胸板で受けた。
「効かぬ!」
白蛇の全身を蛇の鱗状の光が包み、角材は折れたが彼女は無傷だ。
「出たッ! 白蛇さんの気孔防御術――堅鱗壁!」
やはり入るマーシーの解説。
そうこうするうち、もう敵の半分以上が倒されていた。
それを見て、無言で頷き合う八人。
そして、七人の仲間に送り出され、蓮は一人敵陣の前へと歩み出た。
「これ以上、無駄な喧嘩をするつもりはない。そちらも番長を出せ。正々堂々、タイマンのステゴロで決着をつける――」
するとややあって出てきたのは、残虐そうな目つきをした一人の男だ。
「上等じゃねえか! 乗ってやらァ!」
一色即発の空気で睨み合う二人。
周囲の面々は自然と離れ、二人の周囲には無人の空間ができる。
先に動いたのは蓮だ。
拳を握り、敵ヘッドに殴りかかる。
その瞬間、破裂音が響いた。
「ヒャアハハハ! バッカだぜコイツ! 誰がクソ真面目にステゴロなんざするかよ!」
腹を押さえ、歯を食いしばる蓮。
彼の眼前では、敵ヘッドが硝煙をたなびかせるリボルバー拳銃を構えていた。
「まさか闇ルートで手に入れたコレを使うことになるとはなァ……まあいい!」
敵は再び引き金を引いた。
「いいか? 道理とか道徳なんてのはクソほどの価値もねえんだよ」
敵は三発目の銃弾を放つ。
「ヒャアハハハ! ケンカなんてもんに綺麗も汚ないもあるかってんだ!」
余裕の表情で高笑いする敵ヘッド。
だが、不意にその表情がひきつる。
なんと、蓮は銃弾を三発もくらってもまだ立っていたのだ。
「確かに……俺達は社会の中では悪だ。だが……」
苦しげに息を吐き、消え入りそうな声で言う蓮。
「ブツブツ言いやがって! 聞こえねえんだよ!」
四発目を放つ敵ヘッド。
だが、その表情にもはや余裕はない。
「知ってるか? この人の通り名? ――『不屈の蓮』っていうんだぜ」
マーシーが言うと、敵ヘッドは取り乱したように叫ぶ。
「な、何が不屈の蓮だぁ! 死ね死ね死ねぇっ!」
焦って何度も引き金を引く敵ヘッド。
だが二発の銃弾が放たれた後、弾倉は乾いた音とともに空転する。
一方、蓮は全弾をくらってもまだ、倒れていない。
「そんな俺たちにも踏み外してはならないものがある……」
そして蓮は敵ヘッドの顔面に正拳突きを叩き込んだ。
「男なら……男の道くらいは守るんだな――!」
渾身の正拳を受け、敵ヘッドは一撃で気絶した。
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その後、ヘッドが倒された羅刹工業生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「無茶しやがって」
「――すまない」
子延に肩を借りて立つ蓮。
見れば、他の仲間たちも互いに肩を貸し、支え合って立っている。
「……やるな」
「……それはどうも」
相変わらず二人とも、にべもない言い方だが、悠人と梓遠も互いを認め合っていた。
「おっつー……ってこんな時間! レンちゃんとのデートに遅れる!」
かと思えば、すぐに退散しているマーシー。
この男も相変わらずだ。
こうして八人のヘッドたちにより久遠ヶ原学園は守られた。
しかし、これはまだほんの序曲にすぎない。
学園対抗全日本ヤンキートーナメント。
それこそ彼等にとって本当の戦いなのだから。