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マスター:漆原カイナ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/14


みんなの思い出



オープニング


 ―― 2012年 12月某日 16:55 神奈川県某所 ――

「どしたの……? もしかして詰まっちゃった……?」
 夕暮れ時の公園で木に寄りかかる少女――凛は自分の目線の先に立つカンバスに向けて問いかけた。
 正確にはそのカンバスの向こうにいる幼馴染の少年――輝にだが。
 両手は胸の前で合わせ、目線は流し目。
 どこか芝居がかかったポーズで立つ凛は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「ああ、ごめん……ちょっと考え込んじゃって」
 カンバスの横からひょっこりと顔を出した輝は申し訳なさそうに言う。
「もぅ……ちゃっちゃっと描いちゃってよ。この姿勢、結構疲れるし……それに、すっごく恥ずかしいんだからね」
 どこか蓮っ葉に言う凛だが、言葉とは裏腹にポーズはまったく崩していない。
 一方、輝はと言うと、そんな凛にじっと見とれてしまっている。
 ほどなくして輝ははっとなり、慌てて鉛筆を動かすのだった。
 

 ―― 2012年 12月某日 某時刻 ??? ――
 
「最近、同じ味ばっかりで物足りないわぁ」
 どことも知れない場所。
 かろうじて判るのは廃屋のような場所ということだけだろうか。
 そんな場所で、一人の少女が呟いた。
 前髪だけを上げてヘアピンで留めたセミショートの髪に小さな肩掛けポーチという格好は、年端もいかない少女のそれ。
 だが、件の少女はそのような見た目に反し、呟く声音はまるで余裕を身に付けた大人の女のように妖艶だ。
 
「大好きな欲望の味のする魂がここ最近、随分と大漁だったからって一度に喰い過ぎるからだ」
 ろくに照明も点いていない薄暗い部屋の奥から足音とともに若い男の声がする。
 その声は呆れたような響きをあからさまに含んでいた。
 大方、声の主はそれを隠す気もないのだろう。
 
 足音は次第に大きくなっていく。
 ややあって現れたのは、ワイシャツにレザーパンツという服装と、闇色のロングストレートヘアが特徴的な青年だ。
「まったく……何年どころか何十年経っても見境のない奴だ。お前は幾つになったら節操ってものを覚えるんだ?」
 やはり呆れたように青年が言うと、少女は口を尖らせる。
 
 すると今度は、その場を取り成すように落ち着いた声が割って入る。
「まあまあ、彼女も何の考えもなしにそのようなことをしているわけではないでしょう。きっと対応策の一つや二つあってのことですよ」
 声と同じくゆっくりとした足音を鳴らしながら現れたのは、仕立ての良いダークスーツと知的な印象のするメガネの男だった。
 
「そうそう。あんたはわかってるじゃないのぉ」
 スーツの男に向き直った少女は得意げだ。
「ほう、なら早速聞かせてもらおうか。生憎と、俺はわかってないもんでな」
 得意げになった少女に向けて、すかさず長髪の青年が問いかける。
 皮肉げな言い方だが、声音からは嫌味よりも純粋な興味の方が強く感じられる。
 それを察しているのか、少女も特に嫌な顔はせず、得意げな表情のまま、今度は青年の方を向く。

「こういうことよぉ」
 手短に答えながら、少女は自分の傍らに、ごく小さなゲートを作り出した。
 そのゲートから現れたのは、黒い人影だった。
 人間と同じ大きさだが、2m近い身長は人間でいえば巨漢の部類に入る。
 長身なだけでなく筋骨も隆々だが、それだけなら人間と変わらない。
 しかし、体色は黒くくすんでおり、とても人間のものとは思えない。
 更に、黒く大きな翼に、鋭く尖った角、そして鞭のような尾といった人間にはない器官が幾つもある。
 加えて、禍々しい目や鋭く裂けた口に並ぶ牙が形作る形相はまさに悪鬼。
 そうした特徴の存在が、その生き物が人間とは違うことを示していた。
 
 ゲートから現れると同時、即座に悪鬼は少女へと歩み寄ると、その場にひざまずく。
「オ呼ビデショウカ? 我ガ君」
 異音を無理矢理に組み合わせて言葉に聞こえるようにしたような声で、その悪鬼は少女へと問いかける。
「今から簡単な頼みごとをするから、それを実行なさぁい」
 少女からの返事を受け、悪鬼はひざまずいたまま深々と頷く。
「何ナリト」
 
 その様子を見ていた長髪の青年は不思議そうな顔をする。
「昔作ったディアボロなんざを引っ張り出して、一体なんのつもりだ?」
 それに対し、少女は妖艶な笑みを浮かべるだけだった。
 

 公園での帰り道、輝と凛は分かれ道で足を止めた。
「それじゃ、また明日ね。あたしは帰りにスーパー寄ってくから」
「うん。それじ――」
 手を振りながら自宅へ続く道を歩こうとした時、輝は道路の窪みにつま先を引っかけてあわや転びかける。
「……ちょっと!?」
 しかし、咄嗟に凛が腕を掴んでくれたおかげで輝、そして彼が抱えていた絵も無事に事無きを得た。
「もぅ……大丈夫? コンテストはもうすぐなんだから気を付けないと」
 ほっと安堵の息を吐くと、凛は輝の抱えている絵に異常がないかを、はらはらしながら確かめる。
「……もし絵に何かあったらどうするの。描き直してる時間ないでしょ。今度のコンテストはあんたにとって大切なんだから……」
 絵が無事なのを凛が確かめるのを待ち、輝は絵を抱え直す。
「ありがとう」
 一安心の微笑みを浮かべる凛を見ながら、輝もほんわかした顔で笑う。
「はらはらさせないでよ。もう。ちゃんと絵が完成するまで気をつけなさいよ。描いてるのはあんたなんだからね」
 まるで姉が諭すように凛は輝に言う。
「あんたにとっては、この絵が一番大切なもんなんだから」
 すると輝は小さい声で何かを言いかける。
「一番大切なの――」
 しかし凛はそれに気付かなかったのか、にっと笑うと、手を振りながら走っていった。
「それじゃ、あたしはここで。頑張ってね、画伯」

 元気良く走って行った凛の背を見ながら、輝は苦笑する。
 そして、輝も自分の家に向けて歩き出した時だった。
「……?」
 突如、何か重たいものが落下、あるいは着地した音がする。
 驚いて振り返った輝は更に驚いた。
 そこには、黒ずんだ巨体の悪鬼が立っていたのだ。
「恐怖シロ!」
 異音のような声でそう言うと、悪鬼は輝を力任せに張り倒す。
 それでも身を挺して絵を守る輝だが、動けない輝が抱く絵に向けて悪鬼は丸太のような腕で拳を繰り出した。
「……!」
 思わず目を閉じる輝。
 だが、衝撃は一向にやってこない。
 恐る恐る輝が目を開けるのに合わせて、悪鬼はくつくつと喉を鳴らして笑う。
「モット恐怖シロ!」
 悪鬼は手を引っ込めると、牙を剥いて笑う。
「セイゼイ恐怖シロ!」
 そして悪鬼はどこかへと去って行った。
 

「魂を味付けするだと?」
 少女の説明を聞いた青年は思わず聞き返した。
「そ。恐怖や悲しみに染まった魂の味はオツなもんよぉ」
 そして少女はクスリと笑う。
「自分の大切なものが奪われるかもしれないって恐怖し続けて、その末に大切なものを奪われた時、人間の魂の味はかなりの美味になるのよぉ」
 興奮した様子で彼女は語る。
「しかも、簡単に奪うよりも、奪われるかもしれない恐怖をジワジワと味わわせることがキモなのよぉ。そうすることで味はより熟成されるの。だから、あの男のコからは大切なものをすぐには奪わず、適度に寸止めするように命令してあるわぁ」
 含みを持たせ、少女はこうも告げた。
「それに……獲物の中には一番大切なものが実は別にある場合もあるから、頃合いを見てあの使い魔に入れ知恵してあげないとねぇ」


リプレイ本文


 通報を受けた撃退士たちは、依頼人である輝の家に集まっていた。
 今、彼等がいるのは輝の家の庭にある使われていない倉庫――もとい、それを転用した彼のアトリエだ。
 双方ともに自己紹介を終え、阻霊符の準備も済んだ。
 今はいわば事情聴取の最中だ。
「輝さん……でしたか。ディアボロに襲われた時の状況をお聞かせ願えますか?」
 最初に問いかけたのは水城 要(ja0355)だ。
「例えば、何に執着していた、とか。例えば、何を言っていた、とか」
 輝はじっくりと考え込んだ。
「よくはわからないんですけど……」
 言おうか言うまいか迷っている様子の輝に、リョウ(ja0563)はすかさず言った。
「些細なことでも構わない。言ってみてくれ」
 すると輝は当時の状況を思い出すべく、ほんの数秒熟考する。
「確か……僕の大切な絵を壊そうとしていたようにも思えます。でも……結局、壊さずに寸止めしただけで帰っていきました」
 その証言に頷くと、リョウは再び問いかける。

「他にはないか?」
「『恐怖シロ!』――そう、言っていました」
 一緒に話を聞いていたミモザ・エクサラタ(jb2690)は明らかに何か目的を持った悪意に対し、嫌悪感を示していた。
 だが、表情からはよく分からない。
「脅かすだけ脅かして、帰っていくディアボロ……? 嫌な感じ」
 ただ、他者に聞こえないほどの小声でそう呟くだけだ。
 しばらくしてミモザは意を決したように輝へと話しかけた。
「“恐怖シロ”とは、直接的に死に怯える事を指していないように感じます。むしろ、彼が今、具体的に恐れているモノこそが敵の狙いのはず。
心に土足で踏み込むような話ではあるけど、話して欲しいです」
「確かに……あの魔物に言われた通り、絵を壊されるのは怖いです。今度のコンテストは重要だし、今壊されたらもう描き直してる時間がないから……」

 ふと気になったのか、各務 与一(jb2342)は輝に頼みこんだ。
「もし良ければ、その絵っていうのを見せてもらってもいいかな?」
「いいですよ。ちょうど今、ここにありますし」
 二つ返事で了承すると、輝は近くにあったカンバスから布を取る。
 与一は絵をじっと見つめる。
 まだデッサン途中のようだが、描かれている少女が可憐なことはわかる。
「綺麗で優しい感じのする絵だね。この人の事を大切に想っている事が見ていて分かるよ、俺にも」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです」
 絵を見ながら和やかな雰囲気で話す与一と輝。
 二人を微笑ましげに見ていた夜神 蓮(jb2602)だったが、湧き起こってきたディアボロへの怒りのまま、つい声を出してしまう。
「人の気持ちを恐怖なんかに染めてたまるかっ!」
 拳を握り締めて熱く言う蓮。
 全員の視線が自分へと集まり、蓮は少し照れた様子だ。
「し、失礼した。気にせず続けてくれ」
 
「そういえばこの人はいったい?」
 気を取り直して与一が問うと、途端に輝は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「えっと、その……凛っていう、幼馴染です」
 その様子から二人の関係を一人、また一人と察していく撃退士たち。
 もっとも、蓮だけは気付いた様子もなく、字義通りの意味で幼馴染だと思っているようだった。
 その時、天窓が急に開いた。
 敵襲を警戒し、一瞬で臨戦態勢に入る撃退士たち。
 だが、予想とは裏腹に、出てきたのは仲間の一人――虎綱・ガーフィールド(ja3547)だった。
「話は聞かせてもらった!リア充は撲滅する!」
 急に現れ、軽々と床に着地する虎綱。
「姿を見ないと思ったら……何やってるんだ……」
 呆れつつも蓮がツッコミを入れた途端、今度は入口の戸が開いた。
 ただし、虎綱のように正しい方法で開けたのではない。
 引き戸を蹴っ飛ばして外すという乱暴な方法だ。
 そして、外れた引き戸の前に立っているのは、身長2mはある黒い体色の悪鬼――輝を襲ったディアボロだ。
「恐怖シロ!」
 悪鬼が動くより早く、影野 恭弥(ja0018)とイアン・J・アルビス(ja0084)の二人が動いた。
 敵襲に備え、二人は戸口近くに立っていたのだ。

「相変わらず、趣味の悪い……もう少し考えていただきたいですね」
 侮蔑したように悪鬼を見るイアン。
「モット恐怖シロ!」
 悪鬼の前に立ちはだかると、イアンはヒヒイロカネから盾を取り出した。
「では、趣味の悪い悪魔の趣味の悪い従者には退場していただきましょう」
 悪鬼は殴りかかろうと一歩踏み出してくる。
 それに対し、イアンはカウンターで盾を叩きつけた。
「禁止です、当たってください」
 盾の直撃をくらって怯む悪鬼。
 素早く立ち直ると、悪鬼は視線を巡らせる。
 ちょうど件の絵を見ていた時ということもあって、悪鬼はすぐに絵を発見する。
 しかし、すぐに視線を別の所へと移し、再び視線を巡らせ始める。
「イナイ」
 すると悪鬼は急に背を向け、倉庫の外へと出た。
「ココニハ、イナイ」
 外へ出た悪鬼は翼を広げ、空へと飛び立った。
「地面を這いずり回ってろ」
 そうはさせまいと恭弥が銃を取り出し、二度トリガーを引いた。
 二発の銃声とともに、白銀の銃弾が二発放たれる。
 恭弥自身のアウルを凝縮して精製された白銀の銃弾は、見事に悪鬼の翼を左右それぞれ撃ち抜いた。
 空中でバランスを崩し、悪鬼は住宅街の中に落下していく。
 
 ひとまずディアボロを撃退できたことに安堵する撃退士たち。
 だがその中で、リョウは違和感を覚えていた。
(この眷属、明らかに途中で行動が変わった。その前には明らかに意図を持って彼を嬲っていたし……近くに命令を下したものがいるのか?)


 少しでも遠くに落下できるよう努力した悪鬼は、墜落してからすぐに立ち上がる。
 まだダメージはあるが、休んでいる間はない。
 透過能力を使って必死に逃走し、なんとか撃退士たちをまく。
「随分と大きな穴。撃退士にやられたのかしらぁ」
 偶然見つけた空き家で悪鬼が休んでいると、彼の主である少女がどこからともなく現れた。
「イマセン……」
 主の姿に気付いた悪鬼は、困ったように告げる。
「一番タイセツナモノ……ヤツト一緒ニイマセン」
 断片的な言葉だけの報告だが、少女は十分に事情を理解したようだ。
 魔力を込めた手の平をかざして悪鬼を治療し、翼に開いた穴を塞いでやる。
「大丈夫よぉ。待っていれば、自然と奪うチャンスが訪れるわぁ。その時を狙いなさいな――さ、行きなさぁい」
 悪鬼は少女に向けてひざまずくと、再び飛び立った。
 

「入って来てすぐ絵を見つけたというのに、奴はまだ何かを探しているようだった」
 蓮の手で嵌め直された引き戸を見つつ、ミモザは先程の出来事を思い出した。
「それに奴は『イナイ』と言った。絵を探しているのならそうとは言わない……それじゃあまるで人を探してるみたい」
 何かに掴みかけているミモザの言葉。
 それに賛同したのはリョウだ。
「同感だな。回りくどい行動に、急な行動の変化――それほど知能のなさそうなあの個体が、独力で臨機応変に作戦を変更できるとは思えない。そう遠くない所に上位者がいるはずだ。さしずめ奴は使い魔といったところだろう」
 そして、リョウは輝へと向き直った。
「岡田少年にはどうやら、例の絵よりも大切なものがあるようだ。もしそうなら速く安全を確かめに行った方がいい」
 すると与一もある事に気付き、確認するようにもう一度例の絵を見つめる。
「絵のモデルか……ディアボロは恐怖しろと言ったんだよね。なら、岡田さんにとって一番怖い事は何なのかな?」
 答えるのをしばらく躊躇する輝。
 すると虎綱が彼を叱咤する。
「貴様の本当に大切なものはなんだ! 此処で行けねば才能より大切なものを失うぞ! ……我等のように!」
 先ほどとは打って変わって真面目な態度の虎綱におされ、輝はゆっくりと口を開いた。
「凛です……凛を失うことが、僕には一番怖い――」
 ぽつぽつりと語る輝の言葉に、撃退士たちはじっと耳を傾け続けた。
 話を聞き終え、恭弥は引き戸を開けた。
「なら決まりだ。とっとと凛って子を確保しに行くべきだな」


 治してもらった翼で快調に飛行した悪鬼は、凛の家の屋根に着地した。
 そのまま透過能力を使用し、凛の部屋と侵入する。
 しかし、凛の姿はない。
「イナイ……」
 実は一足違いで撃退士たちに連れ出されているのだが、悪鬼がそれを知る由もない。
「チャンス……待ツ」
 仕方なく、悪鬼は飛び去って行った。
 

「輝っ! あんた大丈夫なのっ!?」
 倉庫につくなり、凛は大慌てで引き戸を開けた。
 大丈夫だと答える輝と、何度も念を押す凛。
 二人の会話がひと段落したのを見計らい、イアンが語りかける。
「お話しした通り、天魔から狙われている以上は危険です。お二人はしばらく外に出ないように」
 そう言われ、当の輝は納得したように頷いた。
 だが、本人よりも凛の方が納得いかないようだ。
「ちょっと待ってよ! 明日には公園に行って絵を描き進めないと間に合わないのよ! なのにそんなのって――」
 興奮する凛を、イアンと輝の二人が窘めた。
「事情があるのはよくわかりますが、なにぶん、心身に危険が及ぶ可能性があるもので」
「そうだよ。凛に何かあったら……」
 すると凛は二人の説得を一蹴した。
「私のことはいいのよ! それよりもあんたが絵をエントリーできないことの方がよっぽど大問題だわ!」
 次いで凛は他の撃退士たちに向き直ると、いくらか落ち着いた声で言う。
「今度のコンテストは輝にとって大切なんです。審査員には有名な画家や美大の先生とかが来てて、今までの受賞者には、それがきっかけで画家にの弟子してもらった人や、スカウトという形で美大に特待生入学が決まった人が何人もいるんです――だから、輝には絶対挑戦してほしいんです」
 凛の目を見つめ、虎綱はため息を吐きつつも、納得したような素振りを見せる。
「ならば来年挑めばよかろう――というわけには、いかないのでござろう?」
「ええ。輝とあたしは高校の三年生。進路を決める上でも、時間をかけてられないんです」
 もう一度、虎綱は凛の目をまっすぐに見つめる。
 そして虎綱は、凛が頑として譲らないであろうことを、はっきりと理解した。
 しばらく無言の状態が続いた末、虎綱の方からそれを破る。
「なら、いたしかたあるまい。自分達が全力を挙げて護衛する中で、二人にはしっかりと絵を仕上げてもらうほかないでござろう」
 意外な言葉に、凛はもちろん仲間たちも、そして輝も大いに驚いた。
 そして、驚いた彼等は、虎綱の言葉に含みがあることには気付いていなかった。
 

「何か異常があれば即座に対応するが、もしもの時はとにかく生き延びることだけを考えるんだ」
 画材を持った輝に、リョウは念を押した。
 画家の方はもちろん、モデルの方も準備は万全だ。
 描き途中の絵と同じ服を着てきており、帽子と髪型も絵の通りに整えてある。
 二人は撃退士たちに頷くと、輝の家を出発する。
 
 まだ出発してすぐだが、今の所、襲撃はない。
 絵の背景となる公園はそう離れていない。
 このまま行けば、まずは無事に到着できるだろう。
 
 特に何事もなく、公園の前まで来た二人。
 二人が公園の入り口に足をかけようとした瞬間、それは現れた。
「恐怖シロ!」
 突如、二人の完全に悪鬼が急降下する。
 急降下した悪鬼は、二人が反応するよりも早く、『大切なもの』を奪いにかかった。
 絵を叩き壊すべく左手の拳で殴りつけ、モデルを捕まえようと右手を伸ばす。
 実に見事な奇襲だ。
 もはや完了を確信したように悪鬼は笑う。
「恐怖シタ!」
 だが、悪鬼は驚愕に凍りついた。
 なんと、輝は絵を自ら前に、それこそ盾のように突き出したのだ。
 カンバスは真っ二つに叩き折れる鈍い音が響く。
 直後、転がったカンバスを覆っていた布が外れる。
 すると中から出てきたのはカンバスではなく、ただの廃材のベニヤ板だった。
「っとこんなものかの」
 今度は輝が笑う番だった。
 
 今ひとつ状況を理解できず、しばし動きが鈍る悪鬼。
 その隙をついて、悪鬼がさらおうとしていた相手は、ヒヒイロカネから大太刀を取り出した。
「ナ……!?」
 
 驚いて硬直する悪鬼に向け、大太刀が振り下ろされる。
 予想外の攻撃でろくに防御もできず、悪鬼は胸板を深々と斬り裂かれる。
 大太刀を振り抜いた風圧で、モデルの帽子が落ちる。
 帽子が外れ、顔がよく見えるようになったことで、悪鬼はようやく状況を理解した。
 そこにいたのは、凛の服を着た要だったのだ。
 容姿も仕草も女性的な要は、服装から髪型に至るまですべてを綺麗にコーディネートしてある為、まるで本物の女性のようだ。
「フハハ! いいねぇ単細胞は!」
 輝――もとい、変化の術で彼そっくりに変装していた虎綱は声を上げて笑い始めた。

 襲撃に失敗したことで、悪鬼は慌てて逃げかえるべく翼を展開する。
 だが、それよりも早く、イアンが悪鬼の背後へと回り込む。
「飛行は禁止です、当たってください」
 盾で悪鬼の背中を強かに殴りつけるイアン。
 それにより、翼の展開は強引に中断される。
「言ったろ。お前は地面を這いずり回ってろ」
 前回と同じく、恭弥が白銀の銃弾で悪鬼の翼を撃ち抜く。
「これが俺のやるべき事。援護は任せて敵に集中して」
 更に、与一も和弓を構えて射撃に参加。
 恭弥とともに翼を射抜きにかかる。
 二人からの射撃を受けて、悪鬼の翼はもう穴だらけだ。
「やるじゃん」
「あなたこそ」
 恭弥はクールにただ一言。
 与一は丁寧な物腰で、やはり一言。
 互いに言葉をかけると、二人は最後の一発を翼に撃ち込む。
 
「日常は奪わせない。それが俺の願いで渇望だ」
 リョウは槍を顕現させると、周囲の木を用いて三角跳びを行う。
 空中から落下の勢いを乗せ、彼が繰り出した槍は悪鬼の胸を貫通して地面に刺さり、そのまま縫い留める。
 
「終わりにする」
 ミモザは雷の刃を、悪鬼めがけて放った。
 悪鬼に槍が刺さっていたせいだろうか。
 槍は偶然にも避雷針のような役割を果たし、雷の刃が悪鬼にクリーンヒットする。
 
 悪鬼を見据える蓮の瞳に変化が現れ、勝利のルーンが浮かぶ。
「これで決まりだ!」
 全力で跳躍した蓮は、雷撃のダメージで動けない悪鬼に向けて大剣を振り下ろす。
 悪鬼は真っ二つになって絶命し、槍が転がって乾いた音を立てた。
 

 戦いの後。
 念の為、撃退士たちは護衛を続けていたが、特に異常はなかった。
 そして、輝と凛は無事に絵を完成させたのだ。
 一ヶ月後、撃退士たちの元に届いた写真には、トロフィーを二人で持つ輝と凛の姿が写っていたそうな。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 立てば芍薬座れば牡丹・水城 要(ja0355)
 約束を刻む者・リョウ(ja0563)
 撃退士・ミモザ・エクサラタ(jb2690)
重体: −
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
守護司る魂の解放者・
イアン・J・アルビス(ja0084)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
立てば芍薬座れば牡丹・
水城 要(ja0355)

大学部3年28組 男 ルインズブレイド
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
撃退士・
各務 与一(jb2342)

大学部4年236組 男 インフィルトレイター
瞳にルーンを宿し・
夜神 蓮(jb2602)

大学部5年244組 男 ルインズブレイド
撃退士・
ミモザ・エクサラタ(jb2690)

大学部3年140組 女 ナイトウォーカー