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通報を受けた撃退士たちは、依頼人である輝の家に集まっていた。
今、彼等がいるのは輝の家の庭にある使われていない倉庫――もとい、それを転用した彼のアトリエだ。
双方ともに自己紹介を終え、阻霊符の準備も済んだ。
今はいわば事情聴取の最中だ。
「輝さん……でしたか。ディアボロに襲われた時の状況をお聞かせ願えますか?」
最初に問いかけたのは水城 要(
ja0355)だ。
「例えば、何に執着していた、とか。例えば、何を言っていた、とか」
輝はじっくりと考え込んだ。
「よくはわからないんですけど……」
言おうか言うまいか迷っている様子の輝に、リョウ(
ja0563)はすかさず言った。
「些細なことでも構わない。言ってみてくれ」
すると輝は当時の状況を思い出すべく、ほんの数秒熟考する。
「確か……僕の大切な絵を壊そうとしていたようにも思えます。でも……結局、壊さずに寸止めしただけで帰っていきました」
その証言に頷くと、リョウは再び問いかける。
「他にはないか?」
「『恐怖シロ!』――そう、言っていました」
一緒に話を聞いていたミモザ・エクサラタ(
jb2690)は明らかに何か目的を持った悪意に対し、嫌悪感を示していた。
だが、表情からはよく分からない。
「脅かすだけ脅かして、帰っていくディアボロ……? 嫌な感じ」
ただ、他者に聞こえないほどの小声でそう呟くだけだ。
しばらくしてミモザは意を決したように輝へと話しかけた。
「“恐怖シロ”とは、直接的に死に怯える事を指していないように感じます。むしろ、彼が今、具体的に恐れているモノこそが敵の狙いのはず。
心に土足で踏み込むような話ではあるけど、話して欲しいです」
「確かに……あの魔物に言われた通り、絵を壊されるのは怖いです。今度のコンテストは重要だし、今壊されたらもう描き直してる時間がないから……」
ふと気になったのか、各務 与一(
jb2342)は輝に頼みこんだ。
「もし良ければ、その絵っていうのを見せてもらってもいいかな?」
「いいですよ。ちょうど今、ここにありますし」
二つ返事で了承すると、輝は近くにあったカンバスから布を取る。
与一は絵をじっと見つめる。
まだデッサン途中のようだが、描かれている少女が可憐なことはわかる。
「綺麗で優しい感じのする絵だね。この人の事を大切に想っている事が見ていて分かるよ、俺にも」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです」
絵を見ながら和やかな雰囲気で話す与一と輝。
二人を微笑ましげに見ていた夜神 蓮(
jb2602)だったが、湧き起こってきたディアボロへの怒りのまま、つい声を出してしまう。
「人の気持ちを恐怖なんかに染めてたまるかっ!」
拳を握り締めて熱く言う蓮。
全員の視線が自分へと集まり、蓮は少し照れた様子だ。
「し、失礼した。気にせず続けてくれ」
「そういえばこの人はいったい?」
気を取り直して与一が問うと、途端に輝は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「えっと、その……凛っていう、幼馴染です」
その様子から二人の関係を一人、また一人と察していく撃退士たち。
もっとも、蓮だけは気付いた様子もなく、字義通りの意味で幼馴染だと思っているようだった。
その時、天窓が急に開いた。
敵襲を警戒し、一瞬で臨戦態勢に入る撃退士たち。
だが、予想とは裏腹に、出てきたのは仲間の一人――虎綱・ガーフィールド(
ja3547)だった。
「話は聞かせてもらった!リア充は撲滅する!」
急に現れ、軽々と床に着地する虎綱。
「姿を見ないと思ったら……何やってるんだ……」
呆れつつも蓮がツッコミを入れた途端、今度は入口の戸が開いた。
ただし、虎綱のように正しい方法で開けたのではない。
引き戸を蹴っ飛ばして外すという乱暴な方法だ。
そして、外れた引き戸の前に立っているのは、身長2mはある黒い体色の悪鬼――輝を襲ったディアボロだ。
「恐怖シロ!」
悪鬼が動くより早く、影野 恭弥(
ja0018)とイアン・J・アルビス(
ja0084)の二人が動いた。
敵襲に備え、二人は戸口近くに立っていたのだ。
「相変わらず、趣味の悪い……もう少し考えていただきたいですね」
侮蔑したように悪鬼を見るイアン。
「モット恐怖シロ!」
悪鬼の前に立ちはだかると、イアンはヒヒイロカネから盾を取り出した。
「では、趣味の悪い悪魔の趣味の悪い従者には退場していただきましょう」
悪鬼は殴りかかろうと一歩踏み出してくる。
それに対し、イアンはカウンターで盾を叩きつけた。
「禁止です、当たってください」
盾の直撃をくらって怯む悪鬼。
素早く立ち直ると、悪鬼は視線を巡らせる。
ちょうど件の絵を見ていた時ということもあって、悪鬼はすぐに絵を発見する。
しかし、すぐに視線を別の所へと移し、再び視線を巡らせ始める。
「イナイ」
すると悪鬼は急に背を向け、倉庫の外へと出た。
「ココニハ、イナイ」
外へ出た悪鬼は翼を広げ、空へと飛び立った。
「地面を這いずり回ってろ」
そうはさせまいと恭弥が銃を取り出し、二度トリガーを引いた。
二発の銃声とともに、白銀の銃弾が二発放たれる。
恭弥自身のアウルを凝縮して精製された白銀の銃弾は、見事に悪鬼の翼を左右それぞれ撃ち抜いた。
空中でバランスを崩し、悪鬼は住宅街の中に落下していく。
ひとまずディアボロを撃退できたことに安堵する撃退士たち。
だがその中で、リョウは違和感を覚えていた。
(この眷属、明らかに途中で行動が変わった。その前には明らかに意図を持って彼を嬲っていたし……近くに命令を下したものがいるのか?)
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少しでも遠くに落下できるよう努力した悪鬼は、墜落してからすぐに立ち上がる。
まだダメージはあるが、休んでいる間はない。
透過能力を使って必死に逃走し、なんとか撃退士たちをまく。
「随分と大きな穴。撃退士にやられたのかしらぁ」
偶然見つけた空き家で悪鬼が休んでいると、彼の主である少女がどこからともなく現れた。
「イマセン……」
主の姿に気付いた悪鬼は、困ったように告げる。
「一番タイセツナモノ……ヤツト一緒ニイマセン」
断片的な言葉だけの報告だが、少女は十分に事情を理解したようだ。
魔力を込めた手の平をかざして悪鬼を治療し、翼に開いた穴を塞いでやる。
「大丈夫よぉ。待っていれば、自然と奪うチャンスが訪れるわぁ。その時を狙いなさいな――さ、行きなさぁい」
悪鬼は少女に向けてひざまずくと、再び飛び立った。
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「入って来てすぐ絵を見つけたというのに、奴はまだ何かを探しているようだった」
蓮の手で嵌め直された引き戸を見つつ、ミモザは先程の出来事を思い出した。
「それに奴は『イナイ』と言った。絵を探しているのならそうとは言わない……それじゃあまるで人を探してるみたい」
何かに掴みかけているミモザの言葉。
それに賛同したのはリョウだ。
「同感だな。回りくどい行動に、急な行動の変化――それほど知能のなさそうなあの個体が、独力で臨機応変に作戦を変更できるとは思えない。そう遠くない所に上位者がいるはずだ。さしずめ奴は使い魔といったところだろう」
そして、リョウは輝へと向き直った。
「岡田少年にはどうやら、例の絵よりも大切なものがあるようだ。もしそうなら速く安全を確かめに行った方がいい」
すると与一もある事に気付き、確認するようにもう一度例の絵を見つめる。
「絵のモデルか……ディアボロは恐怖しろと言ったんだよね。なら、岡田さんにとって一番怖い事は何なのかな?」
答えるのをしばらく躊躇する輝。
すると虎綱が彼を叱咤する。
「貴様の本当に大切なものはなんだ! 此処で行けねば才能より大切なものを失うぞ! ……我等のように!」
先ほどとは打って変わって真面目な態度の虎綱におされ、輝はゆっくりと口を開いた。
「凛です……凛を失うことが、僕には一番怖い――」
ぽつぽつりと語る輝の言葉に、撃退士たちはじっと耳を傾け続けた。
話を聞き終え、恭弥は引き戸を開けた。
「なら決まりだ。とっとと凛って子を確保しに行くべきだな」
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治してもらった翼で快調に飛行した悪鬼は、凛の家の屋根に着地した。
そのまま透過能力を使用し、凛の部屋と侵入する。
しかし、凛の姿はない。
「イナイ……」
実は一足違いで撃退士たちに連れ出されているのだが、悪鬼がそれを知る由もない。
「チャンス……待ツ」
仕方なく、悪鬼は飛び去って行った。
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「輝っ! あんた大丈夫なのっ!?」
倉庫につくなり、凛は大慌てで引き戸を開けた。
大丈夫だと答える輝と、何度も念を押す凛。
二人の会話がひと段落したのを見計らい、イアンが語りかける。
「お話しした通り、天魔から狙われている以上は危険です。お二人はしばらく外に出ないように」
そう言われ、当の輝は納得したように頷いた。
だが、本人よりも凛の方が納得いかないようだ。
「ちょっと待ってよ! 明日には公園に行って絵を描き進めないと間に合わないのよ! なのにそんなのって――」
興奮する凛を、イアンと輝の二人が窘めた。
「事情があるのはよくわかりますが、なにぶん、心身に危険が及ぶ可能性があるもので」
「そうだよ。凛に何かあったら……」
すると凛は二人の説得を一蹴した。
「私のことはいいのよ! それよりもあんたが絵をエントリーできないことの方がよっぽど大問題だわ!」
次いで凛は他の撃退士たちに向き直ると、いくらか落ち着いた声で言う。
「今度のコンテストは輝にとって大切なんです。審査員には有名な画家や美大の先生とかが来てて、今までの受賞者には、それがきっかけで画家にの弟子してもらった人や、スカウトという形で美大に特待生入学が決まった人が何人もいるんです――だから、輝には絶対挑戦してほしいんです」
凛の目を見つめ、虎綱はため息を吐きつつも、納得したような素振りを見せる。
「ならば来年挑めばよかろう――というわけには、いかないのでござろう?」
「ええ。輝とあたしは高校の三年生。進路を決める上でも、時間をかけてられないんです」
もう一度、虎綱は凛の目をまっすぐに見つめる。
そして虎綱は、凛が頑として譲らないであろうことを、はっきりと理解した。
しばらく無言の状態が続いた末、虎綱の方からそれを破る。
「なら、いたしかたあるまい。自分達が全力を挙げて護衛する中で、二人にはしっかりと絵を仕上げてもらうほかないでござろう」
意外な言葉に、凛はもちろん仲間たちも、そして輝も大いに驚いた。
そして、驚いた彼等は、虎綱の言葉に含みがあることには気付いていなかった。
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「何か異常があれば即座に対応するが、もしもの時はとにかく生き延びることだけを考えるんだ」
画材を持った輝に、リョウは念を押した。
画家の方はもちろん、モデルの方も準備は万全だ。
描き途中の絵と同じ服を着てきており、帽子と髪型も絵の通りに整えてある。
二人は撃退士たちに頷くと、輝の家を出発する。
まだ出発してすぐだが、今の所、襲撃はない。
絵の背景となる公園はそう離れていない。
このまま行けば、まずは無事に到着できるだろう。
特に何事もなく、公園の前まで来た二人。
二人が公園の入り口に足をかけようとした瞬間、それは現れた。
「恐怖シロ!」
突如、二人の完全に悪鬼が急降下する。
急降下した悪鬼は、二人が反応するよりも早く、『大切なもの』を奪いにかかった。
絵を叩き壊すべく左手の拳で殴りつけ、モデルを捕まえようと右手を伸ばす。
実に見事な奇襲だ。
もはや完了を確信したように悪鬼は笑う。
「恐怖シタ!」
だが、悪鬼は驚愕に凍りついた。
なんと、輝は絵を自ら前に、それこそ盾のように突き出したのだ。
カンバスは真っ二つに叩き折れる鈍い音が響く。
直後、転がったカンバスを覆っていた布が外れる。
すると中から出てきたのはカンバスではなく、ただの廃材のベニヤ板だった。
「っとこんなものかの」
今度は輝が笑う番だった。
今ひとつ状況を理解できず、しばし動きが鈍る悪鬼。
その隙をついて、悪鬼がさらおうとしていた相手は、ヒヒイロカネから大太刀を取り出した。
「ナ……!?」
驚いて硬直する悪鬼に向け、大太刀が振り下ろされる。
予想外の攻撃でろくに防御もできず、悪鬼は胸板を深々と斬り裂かれる。
大太刀を振り抜いた風圧で、モデルの帽子が落ちる。
帽子が外れ、顔がよく見えるようになったことで、悪鬼はようやく状況を理解した。
そこにいたのは、凛の服を着た要だったのだ。
容姿も仕草も女性的な要は、服装から髪型に至るまですべてを綺麗にコーディネートしてある為、まるで本物の女性のようだ。
「フハハ! いいねぇ単細胞は!」
輝――もとい、変化の術で彼そっくりに変装していた虎綱は声を上げて笑い始めた。
襲撃に失敗したことで、悪鬼は慌てて逃げかえるべく翼を展開する。
だが、それよりも早く、イアンが悪鬼の背後へと回り込む。
「飛行は禁止です、当たってください」
盾で悪鬼の背中を強かに殴りつけるイアン。
それにより、翼の展開は強引に中断される。
「言ったろ。お前は地面を這いずり回ってろ」
前回と同じく、恭弥が白銀の銃弾で悪鬼の翼を撃ち抜く。
「これが俺のやるべき事。援護は任せて敵に集中して」
更に、与一も和弓を構えて射撃に参加。
恭弥とともに翼を射抜きにかかる。
二人からの射撃を受けて、悪鬼の翼はもう穴だらけだ。
「やるじゃん」
「あなたこそ」
恭弥はクールにただ一言。
与一は丁寧な物腰で、やはり一言。
互いに言葉をかけると、二人は最後の一発を翼に撃ち込む。
「日常は奪わせない。それが俺の願いで渇望だ」
リョウは槍を顕現させると、周囲の木を用いて三角跳びを行う。
空中から落下の勢いを乗せ、彼が繰り出した槍は悪鬼の胸を貫通して地面に刺さり、そのまま縫い留める。
「終わりにする」
ミモザは雷の刃を、悪鬼めがけて放った。
悪鬼に槍が刺さっていたせいだろうか。
槍は偶然にも避雷針のような役割を果たし、雷の刃が悪鬼にクリーンヒットする。
悪鬼を見据える蓮の瞳に変化が現れ、勝利のルーンが浮かぶ。
「これで決まりだ!」
全力で跳躍した蓮は、雷撃のダメージで動けない悪鬼に向けて大剣を振り下ろす。
悪鬼は真っ二つになって絶命し、槍が転がって乾いた音を立てた。
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戦いの後。
念の為、撃退士たちは護衛を続けていたが、特に異常はなかった。
そして、輝と凛は無事に絵を完成させたのだ。
一ヶ月後、撃退士たちの元に届いた写真には、トロフィーを二人で持つ輝と凛の姿が写っていたそうな。