●A班
現場に急行した橘 優希(
jb0497)とカルパ・コメット(
jb2869)は、決して焦らず、でも早足に角を曲がった。
角を曲がった先は大通りであり、ちょうど敵である彫像から見て左方向にあたる。
「被害にあった人達のためにも、絶対に倒さないと……。これ以上、被害を大きくさせない!」
左側から攻める位置に出た優希は、市街地の中央に立つ彫像をしっかりと見据える。
彼の隣に並び、カルパも同じく彫像を油断なく見つめる。
カルパはふと感心したように言った。
「少し感心した。なるほど、そういうやり方もあるのか、と」
彫像に注意を払いつつ、優希はカルパを振り返る。
「感心した――ですか……?」
「私は生きてきた大半を兵士として過ごしていましたから。いろいろなディアボロはもちろん、サーバントも戦場で見てきました」
頷きから顔を上げ、カルパはぽつりぽつりと語り始める。
「とにかく凄いパワーや凄いスピードを追求したサーバントも、そしてディアボロも沢山見たことあります」
カルパは心なしか遠い目をしており、その様はどこか遠い過去に思いをはせているようにも見えた。
「圧倒的なパワーやスピード持たせることで、強い兵士を創り出そうとする……そう考える者がいるのは私たち悪魔も、敵である天使も変わりません」
語りながら、カルパは長さ1.8m程度の柄に全長60cm程度の刃がとりつけられた両刃の戦斧――ポリュフェモスをヒヒイロカネから顕現させる。
それを軽々と抱えたカルパは、いつでも彫像へと跳びかかれる準備を整える。
「パワーもスピードもない……それどころか物理的な攻撃力もほぼ皆無。でも、あの敵は結構な脅威です。標的の精神に影響を与えるなんて絡め手を使ってくるサーバント――そういうやり方もあるとは、目から鱗でした」
話している途中でカルパは何かに気付いて口を閉じた。
彫像を挟んで反対側の曲がり角から別動隊のB班が、彫像から見て正面にあるビルの屋上には同じく別動隊のC班が現れたところだ。
同時攻撃の準備が整ったのを見て取り、優希とカルパは互いに頷き合う。
そして、優希は綺羅びやかな宝石や豪奢な飾りが施された大剣――グランオールの柄を握り締めた。
●B班
A班のちょうど反対側に出る道を進みながら、イスル イェーガー(
jb1632)は決意を込めて自分に言い聞かせる。
「……相棒の故郷らしいからね……守って見せるさ」
イスルに同じく、B班として行動する七ツ狩 ヨル(
jb2630)はふと気になったのか、イスルに声をかけた。
「頼もしいね」
「ありがとう。それに病院に担ぎ込まれた人たちも、僕らがやり遂げないと、助けることは出来ない。だから、気を引き締めていこう」
「悲しみ、か――慣れない感情だね」
どこか戸惑った素振りで、ヨルは人通りのない路地を見つめる。
普段は人混みの途切れない大通りも、人々が『悲しみの波動』にやられてしまった今は閑散としている。
「ま、どんな感情であれ過ぎれば毒だよね」
そこでヨルは、ふとある事に気付いた。
「……あれ、俺、最後に泣いたの何時だっけ?」
ヨルの独白が聞こえたイスルだったが、何か言葉をかけようとして口をつぐむ。
迂闊に立ち入っていいものではないと感じられたのもある。
だがそれ以上に、彫像の反対側にA班の姿が、彫像正面方向のビル屋上にはC班の姿が見えたからだ。
自然と会話を終えた二人は、より一層表情を引き締めた。
同じくB班の大澤 秀虎(
ja0206)が無言で愛用の大太刀である蛍丸を抜き放つと、二人も武器を顕現させる。
互いに無言で目配せをした直後、三人は阿吽の呼吸でタイミングを合わせ、彫像へと突撃を敢行した。
●C班
「あたしがおかしくなったら遠慮なく引っ叩いてね」
すっかり無人になった繁華街の一角。
適当なビルの屋上に辿り着いた青木 凛子(
ja5657)は、隣に立っている鍋島 鼎(
jb0949)に予めそう告げた。
「その代り引っ叩くかも知れないわ。その時はごめんなさいね」
これも予め告げておくと、凛子は屋上のフェンスにギリギリまで近付く。
「それは別に構いませんよ。むしろそうしてもらえると助かります」
彫像の正面より攻撃をしかけるC班は凛子と鼎の二人組だ。
敵の能力について考えをめぐらせていた鼎は、歩きながら凛子へと話しかける。
「泣くことそのものは、悪い事ではないと思うのですけれどね。泣いて泣いて頭をからっぽにして、また動き出す力を蓄えるのも一つ行き詰った時の手段ではあるでしょうし」
「そうね――悲しみという感情も、存在している以上はきっと意味があるのかもしれないわ」
凛子の答えは大人の余裕を感じさせる。
鼎が異議をさしはさむことなく耳を傾けていたこともあって、会話は自然と終了する。
そして、新たに会話を始めるよりも前に、左の路地からA班、右の路地からB班が現れたのだから。
準備は完璧のようだ。
●交戦
「人間が一番泣くのは、悲しい時じゃないわ。生まれて来た時の産声だってことを教えてあげるわよ」
彫像に向けて言い放つと、凛子は手にしたスナイパーライフルを構え、素早くトリガーを引く。
見通しの良い大通り、その中央に隠れることもなく立つ彫像は、射手としての訓練を積んだ凛子にしてみれば、さほど難易度の高くない標的だ。
銃声とともに飛び出した銃弾は一直線に彫像へと進み、その眉間へと着弾する。
凛子がトリガー引くと同時に、鼎も引き絞っていた弦を放し、番えた矢を解き放つ。
放たれた矢は斜め方向から彫像へと迫り、彫像の側頭部――ちょうどこめかみのあたりに直撃する。
眉間とこめかみに同時命中するという、この上なく見事なヘッドショット。
しかし、銃弾は澄み切った甲高い音をたてただけで、彫像にダメージらしいダメージは与えていなかった。
銃弾は良い音とともに盛大に跳弾し、近くに建つオフィスビルの窓ガラスを一撃で叩き割る。
矢の方もやはり甲高い音を響かせて弾かれ、手近な道路標識に突き刺さって大穴をあけた。
一方、彫像はというと、何事もなかったかのように今までと同じ姿勢――右手で目元を押さえて口を開いているという、まるで泣いているようなポーズを取り続けている。
察するに、今も『悲しみの波動』を発し続けているのだろう。
ダメージの有無は別として、頭に銃弾を撃ち込まれても命令を実行し続けるとはなかなに筋金入りのサーバントだ。
「敵に奇襲されているのに、天使に命令された行動を変えないなんて……なんて頭のかたい敵」
冷静に敵を観察しながら呟く鼎。もちろん他意はない。
だが、凛子はついつっこんでしまう。
「なんかうまい事言ってる!」
凛子の狙撃に重なるタイミングで、右側の通りからB班の三人が飛び出した。
「全員でかかれば一気に終わらせることも出来る……かな……」
たった今、目の前で実証された彫像の耐久力に些かの不安を感じながらも、イスルは全長220cm程度の黒色の大剣――アイトヴァラスにアウルを込める。
アウルによって緑色の光を宿したアイトヴァラスを振り上げたイスルは、すぐさま刀身を力任せに彫像へと叩きつけた。
「すぐに片付ける。それだけだ」
秀虎も大太刀とは思えなくらい軽々とした動作で、蛍丸を大上段から振り下ろす。
「二人の方、向いたね」
彫像の注意がイスルと秀虎に向いたのを察知し、ヨルは抜き放った拳銃の弾倉にアウルを流し込む。
弾倉に流し込まれたアウルは目には見えない弾丸となって装填される。
間髪入れずヨルは彫像の右斜め後ろ近距離へと回り込むと、装填されたばかりの銃弾をすべて撃ち尽くす。
B班の攻撃と同時にA班の攻撃も始まった。
「行きますよ、カルパさん……必ず、倒しましょう」
「ええ。もちろんそのつもりです――」
優希に応えながら、カルパは再び遠い日のことを思い出したように、一瞬だけ遠い目をする。
「――サーバントに後れを取ると、色々と言われるのですよね。懐かしい」
大剣を持つ優希、戦斧を持つカルパの二人が彫像へと同時に斬りかかる。
カルパに至ってはアウルを見えない弾丸に変え、撃ち出す準備までしている。
短期決戦を仕掛け、即行であのサーバントを叩き壊す気なのはもはや明らかだ。
大剣と戦斧。
ともに重量武器である二つが左側から彫像に襲いかかった。
左右からの一斉攻撃に対し、彫像は怯えた子供がそうするように両手で頭を庇い、その場にうずくまる。
彫像に避ける気がないおかげで撃退士たちの攻撃はすべて命中する。
だがそのどれもが、凛子や鼎の攻撃がそうだったように彫像の硬い身体に弾かれてしまう。
彫像は両手をただ頭に乗せているだけだが、その両手の硬さが尋常ではないゆえに、それは盾を二枚も使って防御を固めているに等しい。
加えて、攻撃も回避も一切せず、ただ防御にのみ専念している。
そのせいで撃退士たちは思わぬ苦戦を強いられていた。
●波動
攻撃を開始してからしばらくが経っても、まだ彫像は健在だった。
表面はところどころ削られてきているものの、やはりまだ致命傷には至っていない。
「中々に堅牢……ならば!」
秀虎は蛍丸の刀身にアウルを込め、彫像へと斬りかかった。
斬撃は見事に命中するも、やはり甲高い音を響かせて刀身は弾かれる。
それでも、僅かではあるが確かに秀虎は手応えを感じた。
再び彼は蛍丸を構えてアウルを込めにかかる。
このまま彫像が壊れるまで斬りつけ続ける――秀虎はその気概でいた。
しかし彼は唐突に蛍丸を取り落とし、蛍丸は地面に転がった。
秀虎の全身からは力が抜け、新たに入れても、そのそばから抜けていく。
そのうち、力を入れる気すら起こらなくなり、秀虎はその場に呆然と立ち尽くした。
「俺はとうに死んでいるべき人間だったのだろうな……」
傭兵時代に殺された戦友、守れなかったもの、見てきた様々な地獄の光景のトラウマを引きずり出された秀虎。
彼は蛍丸を拾い上げると肩に担ぎ、その刃を首筋に当てた。
彼だけではない。
周囲では他の仲間も全員が同様の状態に陥っていた。
「やだやだやだやだ!」
優希は道路に寝転がって駄々をこねていた。
波動の影響で優希は幼児退行してしまい、半泣き状態で周りの仲間に甘えているのだ。
「この感覚、前に一度あったような……なんだっけ……?」
ヨルは涙をポロポロ溢していた。
強い悲しみの感覚に覚えはあると思うものの、肝心の出来事が思い出せず混乱する。
やがてヨルは手にした拳銃の銃口を口にくわえ、トリガーに指をかけた。
ビルの屋上では凛子と鼎が悲しみにやられ、まるで魂の抜け殻のようになっていた。
撃退士としての道を選び娘二人に対し母親でいられていないことの苦悩に苛まれた凛子は銃を放り出し、ただぼうっと座り込んでいる。
鼎は自分の記憶が戻らない、という点についての不安が増幅し、何も手につかなくなってしまっていた。
鼎は弓をその場に置いて仰向けに寝転がり、焦点の合わない目でただ空を見上げるだけだ。
予め彼等は仲間が精神異常に陥った時のことを決めていた。
だが、全員がこうなっては誰も目覚めさせてやれない。
敵を即行で倒すという彼等の作戦は何一つ間違ってはいなかった。
ただ、彼等が敵を倒すよりも、波動の影響が出始める方が僅かに早かっただけだ。
撃退士たちには少ししずつしか効かない波動。
しかし、その波動はじわじわと彼等の心を蝕んでいたのだ。
●破壊
秀虎が自らの首をかき切ろうとした瞬間、唐突に理性の欠片が戻る。
慌てて踏みとどまった秀虎に、屋上から顔を出した鼎が叫ぶ。
「時間とともに効果を発揮する技は敵だけのものではありません……!」
見れば、他の仲間たちも少しだけ正気を取り戻せているようだ。
闘志の方も戻ってきつつあるように見える。
「とにかく硬い敵でしたからね。十分に焼けるまで時間がかりましたが、ようやく効果が出てくれたようです」
――蟲毒。
そう呼ばれる陰陽師の技を応用し、鼎は傷口に潜りこんだ炎が内部から焼き続けるという技を彫像に仕込んでいたのだ。
仕込まれた炎は内部から少しずつ彫像を焼き続け、遂には機能に支障が出るほどのダメージとなった。
秀虎の眼前では、彫像がこめかみから火と煙をふいている。
その光景は、まるで機械が故障しているようだ。
「なるほど――さっきの矢か」
蟲毒が彫像に与える痛みで波動の影響が僅かに減った好機。
それを逃さず立ち直った彼等はすべての力を振り絞り、彫像に攻撃をしかけた。
左側からは優希とカルパの二人が大剣と戦斧を叩きつけ、彫像の左手が砕かれる。
右側からはヨルが見えない弾丸放ち、更には着弾した部位にイスルが大剣を振りおろす。
こうして彫像は右手も叩き壊された。
そして凛子と鼎の二人も矢と銃弾を放ち、彫像の頭部へと命中させる。
仲間たちの攻撃が炸裂する中、秀虎は蛍丸を右肩に担ぎ肩に担いで力を溜めた。
「ふ……最高だな、大事なことを改めて思い出したよ、俺が弱く覚悟の足りない未熟者だったばかりに犠牲にした連中のことをな……そしてそのような者を出さないためにも絶対的な強さを身に付けなければならないことをな!」
秀虎は残るすべてのアウルを刀身に込める。
「小細工はいらん。貴様は正面から潰させてもらう」
凛子と鼎の射撃で壊れかかった箇所めがけて、秀虎は蛍丸を大上段からを振り下ろす。
「示現流、雲耀(うんよう)その変型、我流刀術の一。鬼砕(おにくだき)――」
秀虎の全身全霊をかけた一太刀は彫像を脳天から叩き割り、文字通り一刀両断する。
蛍丸を振り抜いた秀虎は、糸が切れたように倒れ込む。
(刀身は潰れ、上半身の筋肉も痛めたか……まだ実戦で打ち込めるほど身体が出来ていないか)
地面に大の字で倒れこみ、秀虎はそう胸中に呟いた。
●事後
「ありがと。あの火のおかげで助かったよ」
鼎に礼を言い終えると、ヨルは内心のもやもやについて考えた。
悲しみに関わる記憶がどうしても思い出せないのだ。
だが、今迄は記憶に欠落がある事自体を忘れていた。
それに比べれば、欠落があるとわかっただけましだろう。
使わずに済んだ防犯ブザーを見ていた優希は、どれぐらいの音が出るのか気になり、試しに鳴らしてみた。
しかし、止め方がわからず、その場でおろおろとして焦ってしまう。
「あわわ……どうしよ……」
見かねた鼎は優希へと手を差し出した。
「貸してみてください」
受け取ったブザーを止めた鼎は携帯電話を取り出し、病院に発信する。
「討伐終了しました。そうですか。良かったです――」
病院への報告を終えた鼎は携帯電話をしまった。
そして、仲間たちに告げる。
「被害者の方は全員が快方に向かっているそうです」
こうして彼等は、一人の犠牲者も出す事無く、戦いを終えたのだった。