●11:50
「やれ、全く。ゲームに興じようと思っていたのにとんだ邪魔が入ったものだ。狩るか」
「ふむ。ねっとげーむなる物は良く分からぬが、仮想世界も大変なのじゃな。が、現実よりも大切なものはそうあるまい。今はあの天魔を討つのが先決じゃ」
エルフリーデ・シュトラウス(
jb2801)と白蛇(
jb0889)は市街地を歩く“鬼畜竜ブルータル”そっくりの竜を見上げた。
「では行くぞ」
「心得た」
互いに頷くと、エルフリーデは悪魔の翼を広げて飛び上がり、白蛇は召喚を行う。
呼び出したものに乗ると、白蛇も空へと舞い上がった。
「奴の巨体と腕の長さを考慮に入れればこの辺りが妥当だろう。少し届かない程度の高度を維持して牽制しよう」
地上10mの高さまで舞い上がったエルフリーデは隣を飛ぶ白蛇に言う。
「確かに悪竜の手がぎりぎり届かぬ位置はここらのようじゃな。ではわしは書にて攻撃するかの」
「それは良い。私もそうするとしよう」
白蛇が影の書を開くと、隣でエルフリーデも召水霊符を取り出す。
空中を飛びながら二人は魔具による魔法攻撃を放つ。
白蛇が放つ影の槍が、エルフリーデの放つ水の弾丸が竜へと次々に炸裂する。
攻撃は綺麗に命中したはずだが、敵はそれほどダメージを受けた様子はない。
「もっと攻撃を当てる必要があるか」
「なら、あれを狙ってみるかの」
何かに気付いた様子で白蛇は更に上昇すると、狙いを竜の角に定めた。
「無視されるならば仕方ない。無視出来ぬよう攻撃するまでじゃ」
白蛇は影の槍を生み出すと、竜の額に立つ一本角へと撃ち込んだ。
影の槍は見事に一本角を捉え、済んだ甲高い音をたてる。
どうやら鱗よりも硬いらしい一本角はその一撃で折れるようなことはない。
だが、その一撃が竜に与えた影響は思いのほか大きかった。
「流石にこれで無視するわけにはいくまい」
白蛇が駄目押しの一撃を加えようとした時、竜が大木のような足で地面を蹴って身を乗り出した。
「そう来ると思ってお……」
竜が掴みかかってくるのを予測していた白蛇は即座に回避運動へと移る。
白蛇の作戦に殆ど問題はなかった。
ただ一つ欠けがあるとすれば、竜の速度が予想以上だったことだ。
両脚の力を最大限に利用し、竜はもはや掴みかかるというより全身でタックルするような姿勢で白蛇を捕まえにかかった。
ほんの一瞬の差で回避が間に合わず、白蛇は竜に掴まれる。
「くっ……まずいな!」
咄嗟にエルフリーデは水の弾丸で竜の腕関節部分を攻撃し、白蛇を解放しようと試みる。
しかし竜は関節への攻撃すらもろともせず、怒りに任せてもう一本の腕を振るった。
「がっ……!」
攻撃の瞬間、ほんの僅かにできた隙を突かれて掴まれるエルフリーデ。
二人を掴むと、竜は間髪入れずに両手を左右に向けて伸ばし、両サイドに建つビルへと二人を突っ込んだ。
ガラスを突き破り、デスクや棚などの備品を散らしながら室内へと押しこまれる白蛇とエルフリーデ。
全身を打った衝撃で身体が動かない二人に、竜は追撃をかけようと、握った手を再び開いた。
●12:06
だが、直前で眉間に撃ち込まれた銃弾により、竜の動きは止まった。
銃弾を放ったのは待ち伏せ班の一人である常木 黎(
ja0718)。
白蛇とエルフリーデが竜を目的の場所近くまで誘導できたおかげで、待ち伏せ班が駆けつけてこれたのだ。
「Allo,調子はどーだい?」
銃を向けながら語りかけてくる黎を竜は見下ろした。
「厳しいみたいなら迎えに行こうと思ってたけど、ここまで引っ張ってきてくれたなら十分だね」
位置を改めて確認した黎は、銃口の狙いをつけ直す。
「ドラゴン、か。ファンタジーの象徴を銃で黙らせる……良いねぇ、楽しくなってきた」
銃撃を再開しながら不敵に笑う黎。その隣でドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)が釘バットを構えた。
「なんとかここまで誘い出してくれて助かったのです」
黎の銃撃に続き、すかさず竜の足元まで走り込んだドラグレイは脚力に任せて高らかに跳躍する。
「これでもくらうのです」
跳躍したドラグレイは空中で釘バットを振りおろし、竜の足の甲へと強かに叩きつける。
更には落下の勢いを乗せ、ドラグレイは釘バットを踏み抜いた。
いかに小柄で軽いドラグレイとはいえ、その技の威力たるや凄まじい筈だが、竜の頑丈な身体はそれすらも受け止めた。
「鉄の塊を殴ってるような感触なのです」
今度はドラグレイを新たな標的としたのか、竜は彼を掴みにかかる。
竜が彼を向いた瞬間、何発もの銃弾が竜の横っ面をひっ叩いた。
更には足の指、特に小指を狙った銃撃が竜を襲う。
「寂しいな、ボク様だけを見ておくれよ」
銃撃による介入でドラグレイを救ったアウレーリエ=F=ダッチマン(
jb2604)は、ここぞとばかりに銃弾を竜の横っ面や足の指へと撃ち込み続ける。
「竜か……。良いね、実に興味深い」
銃撃によって少しずつ鱗は削れているものの、致命傷には至っていない。
「所詮ディアボロと言っても、竜は竜。面白い。とりあえず、死んでみておくれよ」
アウレーリエが言うのに反して、竜はなかなか死にそうになかった。
「ネトゲといえば人間界の娯楽ワクテカ! ……ってな具合に飛びついてみたらよもやこんな事になるなんて。ホント、刺激には事欠かないわね」
紅刃 鋸(
jb2647)はアサルトライフルの安全装置を外し、竜に狙いをつける。
「リアルドラゴンハントと行きましょうか……」
トリガーを引き、自分も銃撃に参加する鋸。
「天魔ってなんでもアリね。作った悪魔がゲーム好きだったのかしら?」
鋸から適度に距離をとった場所に立ち、桐村 灯子(
ja8321)も自動式拳銃を発砲する。
三人が銃撃によって竜の注意を引きつけている間に真柴 榊(
jb2847)は機械剣を抜いた。
「……つぅか、とんだレアモンスター狩りになったもんだ」
榊が機械剣で斬りつけるも、やはり手応えは芳しくない。
硬い鱗に覆われた巨体はちょっとやそっとの攻撃ではビクともしないらしい。
「目までは鱗に覆われていない――それなら」
灯子は竜の目に狙いをつけ、トリガーを引いた。
目を攻撃することによって挑発し、敵の矛先を自分に向ける作戦だ。
的が巨大ということもあって灯子の銃撃は竜の瞼に命中。
一転して竜は灯子を睨みつける。
灯子を掴もうと、竜は拳を開いた。
「掴まれなければ大丈夫」
落ち着いて竜の手を避けようとする灯子だが、竜の動きは結構な速さだ。
撃退士といえどもおいそれと反応しきれない速さで掴みかかってきた竜は灯子をいとも簡単に掴んでしまう。
左手で灯子を掴んだ竜は、次いでアウレーリエを右手に掴んだ。
きっと、足の指を撃たれ続けたのに苛立っていたのだろう。
憎々しげに咆哮すると、竜は両手に握った二人同士をぶつけた。
互いの額と額が高速で激突し、二人の意識はもうろうとしていく。
何度かぶつけた末、竜は気が晴れたのか、二人を放り捨てた。
●12:11
灯子とアウレーリエに攻撃をしかけたのを契機として、竜は一気に攻勢へと転じた。
手始めに榊を左手に、鋸を右手に掴んだ竜は二人を高らかに持ち上げる。
「こんな時の為にってね……!」
戦闘開始時より、攻撃行動時以外は剣は振りかぶらず、体に対し水平に構える形を維持していた榊。
その理由は実に理にかなったものだった。
横向きに構えた剣は、相手の握力を逆手にとり、握ると同時に竜自身に掌を突き刺させ脱出し易くする為のもの。
作戦は功を奏し、竜は僅かに握る力を緩め、その隙に榊は身を捩って拘束から抜け出した。
空中で拘束が緩んだ為、放り出される形となった榊は眼下にあったリムジンに激突。
ボンネットをへこませ、フロントガラスを叩き割って、榊はようやく止まる。
その頃、竜は右手に残った鋸を駐車場に置かれた高級車めがけて叩きつけていた。
そのせいで鋸は、駐車されていたスポーツカーのルーフガラスを突き破って車内へと突っ込む。
防犯ベルがやかましく鳴り響く中、頭を振って鋸は立ち上がった。
激突のダメージでグロッキー状態の鋸は立っているのもひと苦労だが、竜は容赦なく鋸を再び掴みにかかる。
もはや本能的な動きで咄嗟に身をかわした鋸は危ういところで掴まれるのを免れた。
だが、無我夢中で逃げ回ったせいで、鋸は気付かないうちに竜の背後へと来てしまう。
それに気付いてはっとなる鋸。
(しまった……! この位置は尻尾で払われる――)
襲い来る尻尾での一撃を予想し、避けようとする一方で覚悟を決めもする鋸。
だが、明らかに有効な攻撃ができる状況にも関わらず、尻尾での一撃は一向に行われなかった。
それどころか、傷を負った敵が背後にいるというのに、竜の尻尾は先程から変わらない動きをするだけだった。
●12:14
榊と鋸に続き、竜は黎とドラグレイを新たな標的に選んだ。
素早い動きで黎とドラグレイを左右それぞれの手に掴んだ竜は、二人を道路へと擦りつける。
まるでマッチ棒のように擦りつけられた二人は、路面に触れる度に火花を散らす。
ようやく放り出された二人は、あたかも巨大なおろし金にかけられたように、すっかり傷だらけになっていた。
「あいたた……死ぬかと思ったね……」
身体をさすりながら黎は何とか立ち上がる。
すぐ近くに転がったドラグレイを見ると、彼も立ち上がって近くの植え込みへと手を突っ込んでいた。
ほどなくして彼はタブレット端末と携帯電話を植え込みから引っ張り出す。
「壊れてなくて良かったのです」
掴まれる直前、彼が咄嗟の判断で植え込みの上に放り投げたことで、機器は無事だったのだ。
「そりゃ良かったね。で、あのドラゴン……どうしたもんかねぇ」
咆哮を上げて両手を振りまわす竜を見ながら黎は、何か策はないかと考え込む。
「そういえば、あのドラゴン……さっき鋸さんを追撃しなかったのです」
竜を見ていた黎は、ふとした疑問を口にするドラグレイに視線を移した。
「そりゃあ、余裕の表れってやつじゃあないのかい?」
黎の言う事はもっともだ。
だが、ドラグレイは何かひっかかることがある様子だった。
「でも、他の人にはぶつけたり擦ったりした後も、またすぐに掴もうとしてたのです。それにあの尻尾――あ!」
何かに気付いたドラグレイは、タブレットの画面を黎に見せた。
「これを見てほしいのです」
画面にはドラグレイがダウンロードした映像――『モータルハンター』のプレイ動画が映っている。
「これは本物の“鬼畜竜”、でもなんで今――」
取りあえず動画を見てみた黎はあることに気付いた。
竜の尻尾は今も先程から変わらない動きをしている。
尻尾の規則的な動きは、同じビデオを繰り返し再生するように少しも変わらない。
そして、動画の中の“鬼畜竜”も同じ尻尾の動きをしていた。
「これって……!」
同じく気付いた様子の黎。
「モーションパターンまでもコピーしたようだな」
はっとなって黎が振り返ると、合流してきた白蛇とエルフリーデが後ろから画面を覗き込んでいた。
「無事だったみたいだね」
ほっと息を吐く黎に白蛇は苦笑を返す。
「まあ、無事というには所々ひどいがの」
三人に向けた画面に触れ、ドラグレイは動画を一時停止する。
「きっと、鋸さんを尻尾で攻撃しなかったのは、“鬼畜竜”には『尻尾で攻撃する』というモーションパターンがないからなのです」
するとタイミング良く、ドラグレイの携帯電話が鳴った。
「はい。なるほど了解なのです――」
電話を切ったドラグレイは仲間たちを見つめた。
「攻略法がわかったのです」
●12:17
「Hey,とっておきの“錆弾”だよ、貰っときな」
薄笑いとともに黎は、被弾した対象を腐敗させる銃弾を竜の一本角へと撃ち込んだ。
「Yeah,Jackpot」
被弾した角が白煙を上げるのを合図に、鋸はアサルトライフルをフルオートで連射する。
「その角、叩き折ってあげる!」
更には拳銃を構えた灯子、アウレーリエも加わり、三人での集中砲火が放たれる。
怒り狂った竜が三人を掴みにかかるが、左手の前に剣を構えた榊、右手の前にバットを構えたドラグレイが割って入る。
榊とドラグレイは掴まれたものの、二人が庇ったおかげで集中砲火は途切れない。
腐敗する銃弾を受けた角は集中砲火に耐えられず、遂には根元からへし折れる。
それを見届けたドラグレイは、掴まれながら叫んだ。
「これで私たちの勝ちなのです」
言葉とは裏腹にドラグレイは大ピンチだ。
竜は掴んだ彼を額に向けて振りおろす。
これは一本角で突き刺すという、もっとも危険な技のモーション。
本来ならば深手は免れない。
だが、角の折れた今となっては額の近くで寸止めされるだけだ。
そして竜は代わりに頭突きをすることもせず、ドラグレイを放り投げた。
「大丈夫? でもどうして?」
自由落下するドラグレイだが、灯子によって抱きとめられ、事無きを得る。
「戦闘前に私たちが攻略法を聞いたから、ヲタクさんたちが攻略サイトを作ったゲーマーさんに連絡してくれたのです」
自分の足で立ち、ドラグレイは折れた角を指さした。
「角を部位破壊されると、“鬼畜竜”のモーションは激昂モードに固定されて、ぶっさし攻撃しかしなくなるそうです。そして、ぶっさし攻撃は角には深く刺さず先っちょだけなのです。でも、モーションパターンは同じだから、角がある時と同じ位置までしかハンターを叩きつけないのですよ」
今度は榊に『ぶっさし攻撃』を敢行する竜だが、やはりそれも寸止めだ。
「だからもう『くらい判定』がないのに、あると時と同じ攻撃しかしなくなるから、実質ハンター側はノーダメで完封できる――仕様上の穴をついたそういうバグ技があるそうなのです」
放り出された空中で身を捻り、無事着地した榊は、ドラグレイに相槌を打った。
「成程。元ネタそっくり過ぎて、その『バグ』もコピーされてたということか」
事情を理解した撃退士たちは一斉に竜へと攻撃を仕掛けた。
無意味な攻撃しかしなくなった竜の制圧など、もはや撃退士たちにとって簡単な狩りと化していた。
撃退士たちが地道に繰り返す攻撃で、僅かながら着実にダメージは蓄積されている。
遂に転倒した竜の口の前へと駆け寄ったアウレーリエは腕に闇のアウルを纏う。
彼は竜の口の中に、濃縮したアウルを叩き込んだ。
「ボン・ヴォヤージュ! 良き終幕を!」
その一撃が決め手となり、竜は絶命した。
●12:25
戦いの後、現場には報道陣が殺到していた。
無数のカメラが並ぶ中ドラグレイは「減らそうRMT!」の文字を映したタブレットを持って走り回っている。
「これで少しでもRMTが減れば嬉しいのですけどね♪ やっぱりゲームは皆で楽しくやるべきですよ♪」
その姿は、後日に各局のニュース映像で放送され、密かな話題となったという。
だが、それはまた別の話。