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マスター:漆原カイナ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/04


みんなの思い出



オープニング



 ―― 2002年 12月24日 12:05 東京都 某所 ――

 都内某所。
 白昼堂々現れた天魔に襲われ、絶体絶命の危機に陥った若い女性の前に一人の男が立ちはだかった。
 男は不思議な術を使い、目の前にいる天魔を怯ませる。
 その隙に彼は件の女性へと駆け寄った。
 驚愕と恐怖で腰を抜かしている彼女をそっと助け起こすと、彼は安心させるように告げる。
「もう大丈夫だ。だから速く行きな。君が無事に逃げ切るまで、俺が絶対に――守ってやる」
 彼の自信に満ちた表情と声に勇気づけられたのか、彼女は大きく頷くと、全力で走り出した。
 


 ―― 2012年 09月01日 東京都 某所――

 都心部から少しばかり離れた場所に立つアパートを一人の女性が訪れていた。
 手入れなどとうに放棄されたのだろうそのアパートは、もはや住居というより廃墟だ。
 廊下ではドアの一つが開いており、玄関には件の女性が立っている。
 開いたドアから見える室内は荒れ放題荒れており、中にはゴミや酒瓶が散乱している。
 そして、その中心には、疲れた様子の男が一人座り込んでいる。
 その瞳はいわゆる『死んだ魚のような目』であり、たたずまいからは、生気や覇気といったものなど感じられるはずもない。
 
 件の女性はその男へと必死に語りかけているようだが、男の方はというと、その言葉の数々も耳に入っていないようだ。
 やがて男はゆっくりと言葉を返す。
「もう放っておいてくれ……。撃退士なんてご大層な名前がついちゃいるが、本当に守りたいものは何一つ守れず、救いたいものは何一つ救えない……それを俺は悟っただけだ」



 ―― 2012年 12月初旬 久遠ヶ原学園 応接室 ――

「失礼しますっス! ……って、三輪さんっ!?」
 教師からの呼び出しに応じて応接室へと馳せ参じた如月佳耶(jz0057)は驚きの声を上げた。
 佳耶を呼び出した教師の隣には、先日、希少食材の入手を依頼してきた料理人――三輪さんの姿があったからだ。
 
「お久しぶりです。そして、先日は本当にありがとうございました」
 三輪さんは立ち上がって一礼する。
「本日もまた、折り入ってお願いがあって参りました。といっても、今日は私ではなく彼女が依頼人ですが。先日、アンバーハニーが振舞われたパーティに彼女も出席していましてね」
 そう言うと、三輪さんは隣のソファに座る女性を手で示した。

「彼女は私の友人でパティシエールの福嶋さん。パーティで、久遠ヶ原学園の方々がアンバーハニーを手に入れてくださったのを聞いて、本日は依頼をしに来られたそうです」
 三輪さんの紹介を受け、立ち上がった福嶋さんは深々と低頭して名乗ると、ぽつりぽつりと語り始めた。
「十年前……菓子店の採用の最終試験に行く途中で天魔に襲われたわたしは一人の撃退士に助けられたんです……」
 小さいながらもはっきりした声で彼女はそう切り出した。
「そのおかげでわたしはパティシエールになれて、今から三か月前、独立もできました。その機会に改めて当時のお礼と、お店を持てたことへの報告をしようと思ってその人を訪ねました……」

 そこで彼女は言葉を切った。
 声が詰まってしまった結果、自然とそこに区切りができたようだ。
 それを察した周囲の面々は、決して急かさず待つ。
「……でも、10年の間にその人はすっかり『折れて』しまって、何もかもに疲れ果てていました」
 苦心して声を絞り出してそれを告げると、彼女は決然とした目になった。
「だから、今度はわたしがあの人の助けになりたいんです」
 そう言い切った彼女は、一度姿勢を正してから、再び語り始めた。
「大したことはできないかもしれませんが、せめて私にできることをしようと思って――その為に最高のクリスマスケーキを作って差し上げようと思うんです」
 彼女はそこで例の撃退士を思い出したのか、少し悲しげな顔になる。
「こうしてわたしが夢を叶えられたのはあの人のおかげです。だからその証として最高のクリスマスケーキを差し上げれば、きっとあの人も自分がやってきた事にはちゃんと意味がある――そうわかってくれると思うんです」

 そこまで話し終えて彼女がひとまず息をついたことを見て取り、佳耶は問いかけた。
「なるほど。その為にも希少な食材が必要ってわけっスね。それで、今回はどんな食材なんスか?」
 佳耶の問いかけに、彼女はすぐに答えた。
「最高のクリスマスケーキの要となるのは、まるで新雪のような爽やかでいてそっととろける最高のホイップ――『スノウホイップ』。そして、それを作る為にはとある油が不可欠なんです」
 油と聞いて佳耶の頭上に疑問符が浮かぶ。
「とある油っスか?」
「ええ。その油を取る為に、『スノウパーム』という植物の実が必要になってくるんです」
 そう告げると、福嶋さんはその場に集まった面々の顔を見渡した後、ゆっくりと語り始める。
「天魔による進攻が始まってからという以外、いつ頃から発生したのかも、そしてその発生原理も解っていません。ただ解っているのは、とても上質のホイップを作れる原料になることと、それが生えている場所だけなんです」
 
「その場所って……?」
 佳耶の問いかけに答える代わりに、福嶋さんはハンドバッグから地図を取り出す。
 その地図は、関東のとある場所――ある絶壁に赤ペンで丸がつけられていた。
「『スノウパーム』の木は絶壁に生えていて、普通の人では取りに行くのが難しく……しかも、鷲のような姿をした天魔の群れの縄張りに入っているらしくて、それが尚更採取を難しくしているんです。それにどうやら天魔は『スノウパーム』の実を好物にしているらしくて、採りに行こうとすると襲いかかって来るそうです」
 福嶋さんがそこまで説明を終えると、今まで沈黙を守っていた教師がやおら口を開く。
「なるほど。やはりそうでしたか」
「先生、もしかして知ってるっスか?」
 佳耶に問いかけられ、教師は彼女に向き直る。

「絶壁に棲みついた鷲の天魔の群れ――以前、聞いたことがあってな。人里離れた絶壁にいるだけならまだしも、どうやら最近、その生活圏を広げようと遠くまで出てきたりして、中には人里近くまで迷い出てきた個体もいるらしい」
「そんな……人里近くなんて危険っスよ!」
 思わず声を上げる佳耶に教師は静かに頷いた。
「そうだ。だからある程度の数を討伐し、一種の示威行為によって連中を牽制する必要があるだろう。連中も生物である以上、本能はある。いたずらに縄張りを広げようとした結果、手痛い反撃にあったと知れば、人里近くまで生活圏を広げようとはしないだろう」
「なるほどっス。だったら――」
「もちろん、それと同時並行して福嶋さんの依頼を遂行するというのも構わない。どのみち、例の場所には行くんだ。なら、一人でも多くの人の為に撃退士の力を使うのは間違っていない」
 教師は次いで福嶋さんに向き直る。
「それで構いませんね?」
「はい。どうかよろしくお願いします」 
 答えて立ち上がった福嶋さんは、姿勢を正して深々と低頭する。

「如月、そういうわけだ。今回も協力してくれる学園生を募ってくれるか?」
「もちろんっスよ! 困ってる人の為に力をその使うのが撃退士っスから! それに、昔、福嶋さんを助けた人にも、希望を取り戻してほしいっス……同じ、撃退士として――」
 佳耶は笑顔でサムズアップを返し、佳耶は教室へと走って行った。


リプレイ本文


「危険は避けられませんね。……慎重に行きましょう」
 スノウパームの自生地を目指して進むフロスト(jb3401)は、ともに歩む仲間たちに言った。
「恩人の為に何かの形で恩返しをしたいという福嶋さんの想いに応える為にも、わたし達も出来る限りのお手伝いをしたいですね。皆さん、頑張りましょうか」
 関東のとある場所で楊 玲花(ja0249)は切り立った絶壁を見据えた。
「折れた撃退士、か。夢を持って戦ったが、それを打ち砕かれたといった所だろう。・・・それは、誰もが通る道だ。ここで立ち直って貰わないとな」
 決意を胸に神凪 宗(ja0435)は『スノウパーム』を探す。
 絶壁には植物がまばらに見られるものの、殆どが草花の類だ。
 その中に『スノウパーム』と思しき木は見当たらない。
「俺達の先輩にあたる人を励ましたい、か。鷲の数もある程度討伐しないと人里に出て来て貰っては困るしな」
 宗と同じく、『スノウパーム』を探す為に絶壁の一帯を見渡していた礼野 智美(ja3600)は、絶壁の周囲を飛び回る鷲に似たサーバントの群れに目線を移した。
 二人と同じく、やはり『スノウパーム』を探して目線を巡らせていた華成 希沙良(ja7204)も二人に相槌を打つ。
「……スノウパーム……確保……ですね……」
 智美の姿を見た希沙良はふとある事に気付く。
「……智美様……コート……新しく……しましたね……」
 希沙良が気付いた通り、智美は野外で目立たない色の外套を準備していたのだ。
「冬だけとある程度は有効かもしれないし」
 希沙良を振り返り、智美は外套をつまんでみせる。
「私も役に立ちそうな物を用意してきました」
 そう言って仲間の視線を集めるのは各務 浮舟(jb2343)。
 彼女は命綱になりそうな丈夫なロープを見せる。
「セルティスに括りつけて、命綱に出来ないかやってみましょう。私が、片方を持っていてもいいですか?」
 すると今度はセルティス――長さ50cm程度の柄に20cm程度の片刃のノミのような形状の斧刃がつけられた片手用戦斧を取り出し、それをロープの片端に括りつけはじめる浮舟。
 ほどなくしてできあがったザイルは即席とはいえ、結構な出来栄えだった。
 仲間たちが感心や感嘆の表情を見せ、声を上げる中、他ならぬ浮舟はどこか浮かない顔で呟いた。
「明るい言葉や、励ましの言葉は届かないのではないでしょうか?」
 浮船の一言で、場は水を打ったように 静かになる。
「福嶋さんは、成功者。……希望に溢れている。でも、それが今は、眩しいのではないかなと思うのです」
 静かになったのも構わず、浮舟は更に続けた。
「件の撃退士の気持ちは分からない。ただ、撃退士に任せて材料を取るより、手持ちのもので作りあげた方が気持ちが伝わったのではないかと――一時の喜びより、長く続く労わりの方が心に響く。……越権行為を承知で、口にしました。申し訳ありません」
 浮舟が言い終えてしばらくした後、最初に口を開いたのは宗だった。
「確かに、各務殿の言っていることも間違いではないだろう。それでも、夢を掴んだ彼女が『スノウパーム』で最高のクリスマスケーキを作ることで、救える心や届けられる希望があるのなら――自分は行こうと思う」
 宗の言葉に続くようにして、蒼桐 遼布(jb2501)も場を明るくしようと試みる。
「受けた恩を返す……いい話じゃないか。折れた心が戻るかはさておき、彼女の心意気はすばらしいと思うのでぜひ成功させたいな」
 撃退士たちに勢いが戻りつつあるのを感じ取り、アステリア・ヴェルトール(jb3216)も言った。
「救われた己が成す成果を以て、彼の行動には意味があったのだと知らしめる。素晴らしい考えと思います。ならばその想いを成就する為、私も頑張らねばっ!」
 意気込んだ後、アステリアは真摯な顔になる。
「大丈夫です。福嶋さんの想いはきっと届きます。それを無碍になんて、出来る筈がありません。もし無碍にしようとするなら――それは傲慢と言う物でしょう。私だって、黙ってはいられません」


「……皆さん……待って……ください……戦う前に……アウルの衣で……包み……ます……」
 絶壁の入口。
 即ち、鷲のサーバントの縄張りに足を踏み入れる直前、希沙良は仲間たちを呼びとめた。
 一旦足を止めた仲間たちに、希沙良はアウルの力で作り出した衣を纏わせていく。
「……これで……少しは……良いはず……です……」
 口々に希沙良へと礼を言い、仲間たちは改めて敵の縄張りに足を踏み入れていく。
 まずは回収を担当する宗がいつでも『スノウパーム』のもとに急げるようにスタンバイ。
 彼を間近で護衛する遼布は崖の上を行くルートで回り込む。
 有事の際はすぐに割って入れるよう、遼布は崖上から戦況を観察を始めた。

 二人が所定の位置についたことを確認した智美と希沙良、そして玲花は銃を抜き放つ。
「俺たちが道を切り開きます! 神凪さんと蒼桐さんはそのうちに『スノウパーム』を!」
「……撃ち落としますよ……」
 言って、智美と希沙良は上空へ向けて拳銃を連射した。
「一気に数を減らしましょうか」
 更に玲花はアサルトライフルをフルオートで掃射し、一気に鷲の数を減らしにかかる。
 鷲の群れは卓越した空中機動で次々に銃弾を避けていくが、何羽かは被弾してよろけているようだ。
 敵襲に気付いた鷲の群れは、すぐに智美と希沙良、玲花の三人はもちろん、『スノウパーム』に接近しようとしている宗の存在も察知した。
 間髪入れず鷲の群れは大挙して四人に襲いかかる。
 率先して迎撃に出た一羽が宗を鷲掴みにしようするが、その直前、飛来した札が身体に貼り付く。
 鷲が札に気付いた瞬間、その札は爆発を起こした。
「掴まれたら、直ぐに攻撃して援護します。落ちない事に専念して下さい!」
 たった今、鷲を撃墜したのと同じ札をまた新たに手にしながら、浮舟は声を張り上げる。
 しかしながら、鷲たちは怖れるどころか更に怒った様子で押し寄せてきた。
 銃撃する智美や希沙良に玲花、札を飛ばす浮舟が果敢に応戦するも、敵は物量に任せて襲いかかってくる。
 鷲たちはまず宗よりも、遠距離攻撃を仕掛けてくる智美たちを優先的に排除すべきと判断したようだ。
 大挙して押し寄せる鷲の猛攻を前に、智美たちは次々に傷を負っていく。
 くちばしに突かれ、爪に抉られて傷だらけになった智美や浮舟。
 彼女たちを治療すべく、希沙良は自らの負傷も顧みずにアウルを練り上げる。
「……癒しますよ……」
 治療が済むまでの間、敵を近付けまいと玲花はたった一人で対空砲火にかかった。
「せめて治療が終わるまで……!」
 何とか耐え凌ぐ遠距離攻撃組。
 だが、遠距離攻撃組が対処しきれなくなり、撃ち漏らした何羽もの個体が宗へと襲いかかった。

「させませんっ!」
 絶壁の上を駆けながら、アステリアが剣を振るう。
 急降下してきた所にカウンター気味の一太刀を受けた鷲は、その一撃で地面へと落下して動かなくなった。
 縦横無尽に剣を振るって奮戦する彼女だが、同じ手はくわないとばかりに別の鷲たちは刃を避けはじめた。
 抜群の三次元機動性で剣をかいくぐり、鷲たちは彼女を持ち上げると、絶壁の外まで飛んで彼女を放す。
 遥か下に向けて自由落下を開始するアステリア。
 だが彼女は焦ることなく翼を展開し、地表への激突を防ぐ。
「――翼は余り、使いたくはなかったのですが……仕方ありませんね」
 しかしその時、凄まじい風が吹いた。
 強風にあおられ、アステリアは空中で見事に体勢を崩す。
 風に流され、あやうく絶壁の側面に叩きつけられる寸前で何とか身体を捻って避けつつ、崖に剣を刺してブレーキをかけるアステリア。
 大事こそ避けたものの、こんな状態ではまともに飛べそうにない。
 一方で鷲の群れは強風の中も平然と飛んでおり、まったく乱れない機動で宗を奇襲する。
 ――駆けつけたいが間に合わない。
 アステリアが歯噛みしたその時、崖上から戦況を見守っていた遼布が飛び降りた。
 
 翼は展開せず、自由落下に任せながら大剣を振るって宗を狙う鷲を追い払う遼布。
 ギリギリまで自由落下を続けた彼は、限界直前のタイミングでワイヤーを投げた。
 ワイヤーは鷲の一羽へと引っ掛かり、遼布はそれを利用して空中で鷲にぶら下がる。
 やがて風が止んだのを感じ、遼布は翼を広げて空中戦へと転じた。
「助かった!」
 上を向いて言う宗に、遼布は軽く手を挙げて応えてみせる。
「いいってことよ。それより、一刻も早く『スノウパーム』を見つけてくれ」
 すぐに頷く宗だが、その表情はどこか曇っている。
「ああ。だが……さっきから探しているにも関わらず『スノウパーム』の木が見当たらん……鷲のサーバントがいる絶壁である以上、場所はここで間違いない筈だが……」
 遼布に応えつつ、宗は油断なく視線を巡らせ、絶壁を隅から隅まで探す。
「もしかすると壁面に生えてるんではないか?」
 空中を飛びまわって鷲と戦いながら、遼布は宗に言葉を返す。
「かもしれん。壁面ならば鬼道を使えば進んで行ける。ならば早速行くとしよう」

 即座に足裏へとアウルを集中した宗は絶壁の突端から足を踏み出し、その壁面へと『立つ』。
 降り立ったものの、壁面は広大だ。
 一本だけ生えているという木があれば目につきそうなものだが、見渡す限り平坦な面が広がっているのみ。
「くっ……!」
 しかしそれを怪訝に思う暇はない。
 壁面にひっつく宗に、鷲の群れは容赦なく襲いかかる。
 やむを得ず宗が鷲に応戦しようとした時、鷲の一羽が刀傷を刻まれて落下していく。
「邪魔するなら、斬り捨てます」
 崖の突端では、フロストが小太刀を振るって獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。
 仲間は皆手一杯。今となっては彼女だけが最後の砦だった。
 とはいえ、遠距離に届く武器もなければ、アステリアや遼布のように翼の扱いを得意としているわけでもない。
 にも関わらず、彼女は小太刀一振りだけを頼りに戦い続けた。

 フロストは悪魔の剣士として、かつて愛用していた得物に似せて改造した刀と共に初の依頼を全力で戦い抜くつもりでいた。
 同時に、仲間や他の撃退士の中には悪魔を敵視する者がいることを不安に思いつつも、冷静を貫ことも決心して。
 なにが彼女をそこまでかきたてるのか。
 ――どんなに負傷しようとも小太刀を振るい続けて戦うことで、周囲に認めてもらうしかない。
 ひとえに、そう考えているからに他ならないからだ。
 
「これ以上は無茶だ! このままではフロスト殿が……!」
 幾度となく反撃を受けて傷だらけのフロストの姿に、宗は思わず壁面を駆けあがって彼女に加勢しようとする。
 しかし、フロストはそれを冷静に遮った。
「構いません――それよりも、神凪さんは『スノウパーム』探しに集中を。術の効果時間が過ぎてしまっては、捜索も困難になります」
 声音とは裏腹にフロストは傷だらけだ。
 ダメージが蓄積しているのか、太刀捌きも少しずつ精彩を欠いていく。
 それを見逃さず、一羽の鷲が太刀筋の鈍った所を狙って刃をかいくぐる。
 猛禽類特有の爪で次々に彼女へと掴みかかった鷲はそのまま彼女を連れて絶壁の外まで飛んだ。
 しかし彼女は、落下させられるのを避けられないと思われても戦闘を諦めず、相手に刃を突き立てて道連れにしたのだ。
 絶命した鷲とともに落下していくフロスト。
「已む無しか……!」
 咄嗟に宗はロープを放すと同時に壁面を蹴って飛び、空中で彼女を抱きとめる。
 そして宗は渾身の力で彼女を放り投げた。
 狙い過たず、彼女は絶壁の突端に乗る。
 しかし、壁面から離れた宗は地表に向けて落下していくのだった――。
 

「ここは……?」
 しばらく経った頃、宗はどことも知れない場所で目を覚ました。
 頭を振って気絶から立ち直ると、彼は周囲を見回す。
 どうやら、洞窟のような場所らしく、すぐ近くに入口がある。
 入口へと歩み寄った宗は慌てて足を止めた。
 なにせ、一歩外はもう地面がないのだから。
 ――壁面に開いた穴。
 それがこの洞窟の正体らしい。
 元々目立たない上、先程は死角だったせいで気付かなかったのだろう。
 墜落寸前、強風に巻き上げられた宗は壁面に激突しつつも、運良くこの穴に入ったのだ。
「成程……一つしかない小穴ゆえに風の通り道ができて――」
 考えながら奥へと歩いていく宗。
 洞窟の奥へと至った宗は驚きのあまり絶句した。
「……!」 
 奥には一本の木が生えており、天井に開いた小さな穴からスポットライトのように日光が当たっている。
 その木にはパーム椰子のような実が枝もたわわに実っていた。
「ここにあったのか――」
 そして宗は、『スノウパーム』を手に入れた。
 

 数日後。
 玲花たちは福嶋さんの店へと集まっていた。
 あれから無事に帰還した宗が採ってきた『スノウパーム』はすぐに福嶋さんへと届けられ、『スノウホイップ』を使った最高のクリスマスケーキは完成したのだ。
 そして今、彼等は件の撃退士の家へと向かっている。
 
「……福嶋さんの真心がその撃退士の方にもきちんと通じると良いですね」
 ケーキを包み終えても、まだ不安そうな顔をしている福嶋さんを玲花はそっと励ます。
「ええ。ありがとう」
 礼を言って福嶋さんが顔を上げると、もう家は目の前だ。
 ドアをノックし、現れた撃退士へと彼女はケーキを渡す。
 魂が抜けたようにしばらくぼうっと見つめていた撃退士だが、ややあってフォークで一口分を取って口へと運ぶ。
 その瞬間、彼は涙を流してその場にくずおれた。
「……ずっと……無駄だと思ってた……俺……なんかの……したことなんて……何の……意味も……ないと……」
 号泣しているせいで半ば言葉にならないが、なんとか言い終えた彼に、アステリアは語りかけた。
「撃退士だから何でも出来ると言う訳ではありません。様々な苦難を乗り越えてこそ英雄足ると言う物。それは撃退士とて同じ事です。 無理にとは言いません。ですがもし、まだ抱いた志があるのなら――果てまで臨むべきです。一や十や百の失敗が何だと言うのです。千も万も挑めば良い。失敗だってあっても、救えるものもある筈です。そうして救えた人がいるのなら、決して、間違いではないのですから」
 もらい泣きしながら見守る福嶋さんの肩を叩き、遼布は言った。
「人の心は意外に脆く折れてしまうこともあるけど、それでも何度でも復活する可能性を秘めているものさ。誰かが見捨てない限りね」
 その様子を見ていた智美は、自分だけに聞こえる声で呟いた。
「強くなりたい。護りたい者、救いたいモノ……少しでも多く護れるように」


 更に数日後。
 新年を迎えた玲花たちに届いたのは、件の撃退士が復帰したという報せだったという。
 お礼のケーキを食べている所にその報せを聞いた希沙良は微笑んで呟いた。
「……良かったです……」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 凍気を砕きし嚮後の先駆者・神凪 宗(ja0435)
 凛刃の戦巫女・礼野 智美(ja3600)
 撃退士・フロスト(jb3401)
重体: −
面白かった!:5人

『九魔侵攻』参加撃退士・
楊 玲花(ja0249)

大学部6年110組 女 鬼道忍軍
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
薄紅の記憶を胸に・
キサラ=リーヴァレスト(ja7204)

卒業 女 アストラルヴァンガード
魅了されても兄が好き!・
各務 浮舟(jb2343)

大学部4年272組 女 陰陽師
闇を斬り裂く龍牙・
蒼桐 遼布(jb2501)

大学部5年230組 男 阿修羅
撃退士・
アステリア・ヴェルトール(jb3216)

大学部3年264組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
フロスト(jb3401)

高等部3年25組 女 阿修羅