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「本当は同じ足技使い同士、舞岡さんにお手合わせ願いたかったんですけど……」
両手両足と片目を包帯ぐるぐる巻きという姿で道明寺 詩愛(
ja3388)はマイをちらりと見た。
「せめて合図だけでもやらせてください」
両軍中央に進み、詩愛は怪我した手に乗せた硬貨を全員に見せる。
「このコインが地面に落ちたら戦闘開始です」
そして詩愛はコインを放り投げた。
同時に自らの能力――桜六花でアルテたちの能力を封じにかかる。
(このための両軍中央でのコイントス――本調子ならともかく、今の状態でどれだけ通用するか……攻撃はしないと提案した直後なら多少の油断があるはず)
だが、アルテたちは平然としている。
「――姑息な手を」
詩愛の意図を理解したアルテは彼女へと歩み寄った。
思わず身構える詩愛だが、アルテは詩愛をそっと抱き上げると、リングである広場の外まで運び、そっと下ろす。
「死に体の者をいたぶった所で意味はない。貴様はそこで観戦でもしていろ」
リングへと戻り、アルテは再び構えを取る。
こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。
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ヴァルディア(
jb2575)と風鳥 暦(
ja1672)はケンに対して魔法と銃撃の集中砲火を放っていた。
「このまま一気に封殺といきてえところだ。接近戦バカに接近戦挑むようなことはしねぇ。自分の得意分野で得意に勝つってのがベストだ。どんな場合も勝てるが良いんだろうがそんなに器用じゃないんでね」
「……ええ」
その様子を遠くから見ていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はアウルでカードを作り出しながら呟いた。
「このままでは箱崎さんがパンチ力を発揮できないまま封殺――は、あり得ませんね。ボクサーの武器はそのパンチ力だけではない。巧みなフットワークと正確な動体視力、そして反射神経と勘――それら全て」
エイルズレトラの独白を裏付けるように、ケンは卓越した足捌きで遠距離攻撃を次々と避け、一気にヴァルディアへと肉迫する。
その間に暦が割って入った。
「……あなたの相手は私」
槍を顕現させた暦はそのまま相手の背後に回り、穂先を薙ぎ払う。
「遅い――」
しかし、ケンは紙一重で槍を避けると同時、拳打を放った。
暦の勢いを逆利用して威力を上げたクロスカウンターを受け、暦は派手に吹っ飛ばされる。
更にケンは流れるような動作でヴァルディアにも肉迫、ダッシュストレートを叩き込む。
「一撃でダウンか。無理もない」
倒れた暦とヴァルディアを尻目に、次なる相手を探すケン。
直後、彼の身体に鈍痛が走った。
驚いて背後を見やると、そこには平然と立つ暦の姿。
暦は槍の石突でケンの背を痛打していたのだ。
「お手ご覧ください」
未だ驚いているケンに、エイルズレトラがカードを弄びながら言う。
見ればケンの拳にはいつの間にかカードがまとわりついていた。
「インパクトの瞬間、あなたの拳を『縛らせて』もらいました。前もって縛ろうものなら流石に気付かれてしまうので。あなたは全力で殴ったつもりでも、勢いは随分と削がれていたようですね」
背中のダメージで動けないケンに向けて、立ち上がったヴァルディアが精製した火球を見せる。
「格闘ってのも面白そうじゃあるが、俺はあまり接近戦は得意じゃねぇんだよな。ま、後ろからポンポン撃っていくが文句言うなよ?」
そして放たれる火球。
「こそこそ忍んで……!」
火球炸裂の直前、思わず叫ぶケン。
彼に対してエイルズレトラはしれっと言い放つ。
「忍者がこそこそ忍んで、何が悪いんです?」
そして火球は直撃し、ケンは吹っ飛んで昏倒した。
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「そんな激しく大きな動きでは、私は倒せない――」
長い黒髪を優雅に払うと、マイは首を刈るような上段回し蹴りを放つ。
対する雫(
ja1894)は、自身の低身長を生かし、蹴りを避けつつマイの懐に潜り込む様に近付いた。
「柔よく剛を制すと良く言われますが、剛よく柔を断つと続くのですよ」
剣を下から打ち上げる軌道で振るう雫。
マイは舞踊の如し動きで剣を避け、そればかりか刃の上に乗ってみせる。
「その動き……まるでダンスですね」
絶妙なバランス感覚で大剣の腹に乗るマイを見上げ、雫は言う。
「ありがと。カポエイラの技とは『武闘』であり『舞踏』だもの。そういうキミは随分と激しい武術ね。流派は何かしら?」
「流派等は有りませんが、生きる為に磨いた私の武。何処まで通じるか試させて貰います」
言葉を交わしながら雫は次々に斬撃を繰り出すも、やはり舞踊の如し動きですべて避けられてしまう。
「気を付けてください、雫さん」
観戦していた詩愛は咄嗟に雫に警告を発した。
「舞岡さんの言う通り、カポエイラは舞踏でもある武術。その思想は、『芸術的な動きによって見る者を楽しませる』というもので、打撃の応酬が主たる目的ではありません――ですが、ひとたび攻撃に転ずればその強さは決して他の武術に劣らない。このままでは危険です。きっと、雫さんが技を出して消耗した時を狙い、相手は一気に攻めに転じてきます」
雫より先にマイが詩愛に言葉を返した。
「お詳しいのね」
「ええ。私も足技を使う者ですから」
マイは詩愛と会話しながらも、余裕で雫の攻撃を避け続ける。
ややあって詩愛の言葉通り、マイは攻勢に転じた。
攻撃を避けつつ繰り出されるマイの蹴り技を次々ともらって雫はグロッキー寸前に追い込まれる。
「キミの『剛』は見事。でも、私の『柔』には勝てない」
雫が力を振り絞って振るう斬撃も、ジャンプで避けられてしまう。
「生きる為に磨いた私の武。それが『剛』なら、それが何処まで通じるか試させて貰うだけです――」
決然と呟いた雫は気絶寸前の意識で大上段に刃を振り下ろす。
だが、その刃も空を切る。
「外したっ! いえ……これはっ!」
詩愛は何かに気付いた様子で叫んだ。
それと同時、マイが着地する。
その瞬間、大剣を叩きつけられた地面は衝撃で局所的に揺れ、土砂を撒き散した。
「まさか……これを狙って!?」
マイが狙いに気付いた時にはもう遅い。
揺れと土砂に足を取られたマイは着地に失敗して尻餅をつく。
間髪入れず、雫は剣の斬っ先をマイに寸止めした。
「完敗ね。私はリタイアするわ。カポエイラでは相手を制する寸止めこそが上等とされるの。だから、私の流儀では正真正銘キミの一本勝ち――見事な『剛』だったわ」
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「降参をお勧めしますよ」
メガネを直しながら、タクミは眼前の日谷 月彦(
ja5877)に告げた。
既に月彦は立っているのがやっとの状態だ。
腕を取られた時、相手を斬るために仕込んだ内ポケットのナイフ。
それを用い、致命傷を避けようとしたものの、月彦は何発もの関節技をくらっていた。
もはや各所の関節を痛めつけられ、月彦の身体はろくに動かない。
「貴方の策は立派でした。ですが、既に僕はそれを予測しており、対処法も知っていた。もっとも――撃退士たる僕の身体はV兵器でもない通常のナイフで傷つきませんから、心配無用ですが」
淡々と言うタクミに対し、月彦は精一杯の皮肉を込めて笑う。
「お見通しというわけか」
「お褒め頂きどうも。関節技対策はもちろん、貴方の介する斧術や槍術、魔術に弓術――そのすべてに関する情報は既に僕の頭の中にあります。ですから、貴方が手足や武器を掴まれまいと気を付けた所で、その対処法も僕の頭にある。貴方だけではない、様々な学園生のデータや様々な流派が僕の頭にはありますから」
「いいのか、呑気に話しかけていても?」
「勿論。今の貴方は文字通り手も足も出ない状態ですからね」
両手をだらりと垂らし、笑う両膝でやっと立つ月彦。
その背後へとタクミが回り込む。
「終わりです」
とどめの関節技をかけようと、タクミが背中から身体を密着させた瞬間。
月彦は最後の隠し玉――背中に貼り付けた陰陽護符を発動させた。
眩い発光とともに、白と黒の光球が零距離からタクミへと炸裂する。
だが、そんな攻撃の仕方をしては月彦もただでは済まない。
零距離炸裂でのとばっちりをもろに受けて、月彦の背中は創傷と流血で大惨事だ。
「がはっ……! 自分の背中ごと撃つなんて……正気の沙汰じゃない……!」
月彦以上に怪我のひどい脇腹を押さえて呻きながら、タクミが絶叫する。
「何をその程度で驚いている。この学園には、負けられない勝負の為には自分の左腕を……他ならぬ自分自身で木っ端微塵にすることも厭わないような気骨ある奴もいるぞ」
更に驚くタクミ。
彼に向けて月彦は素早く向き直る。
「知らなかったのか。様々な学園生のデータが頭にあるが聞いて呆れる」
言い捨てると、月彦は全体重をかけて倒れ込むのを利用した頭突きをタクミに叩き込む。
「なんて無茶な攻撃……そんな攻撃をする流派……聞いたこともない」
困惑の声とともに気絶したタクミに向け、月彦は言い放った。
「流派なんてない。強いて言えば、ただの喧嘩――とある宿敵の、流派だ」
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「命を賭けない試合はワクワクするね……負ける気はないよ!」
ルーネ(
ja3012)は、螺旋状に絡まる白い闇と黒い光の短剣――『螺子れ狂う剣』をゴウに向けて放つ。
だが、ゴウはそれを正面からガードして耐えつつ突進する。
咄嗟にルーネが回避するよりも速く、ゴウは彼女の身体を掴んだ。
そのままゴウはルーネの背後に回り、そのまま腕を腰に回す。
「サブミッションマスター、だと!?」
「それはタクミの専門だ。俺の専門は投げ技でな」
低く渋い声で答えると、ゴウはルーネの腰を掴んだまま大きく身体を反り曲げた。
ゴウはブリッジ姿勢でルーネを地面へと叩きつけるが、彼女は頭を振りつつなんとか立ち上がる。
「いきなりジャーマン・スープレックスなんて……っ、キッツー。パワーファイターは伊達じゃない、か」
するとゴウは感心したようにルーネを見る。
「ほう。随分と詳しいな」
「有名な大技だし、それぐらい知ってるよ」
ルーネがダメージから回復するよりも早く、ゴウは再び彼女に肉迫する。
素早く彼女を抱え上げたゴウは、そのまま身体を捻りつつ倒れ込む勢いを利用して、彼女を地面に叩きつけた。
「ならこの技――ノーザンライト・ボムは知っているか?」
「どうも。勉強になったわよ……!」
気丈に言い返すルーネだが、もはや立つことすらままならない様子だ。
一度ならず二度までも強烈な投げ技を受けたのだから無理もない。
「次で終わりにするか。安心しろ、ひどい怪我はさせんし、後で保健室にも運んでやる」
ろくに動けない様子のルーネを軽々と掴みあげると、ゴウは彼女を逆さ吊り状態にして保持する。
「気絶する前に覚えておけ。この技はパイルドライバーとい――」
そこまで言いかけ、ゴウは呻いて言葉を中断した。
突如脇腹に走った激痛に驚き、ゴウが咄嗟に目を落とすと、そこには脇腹に触れたルーネの手があった。
「油断大敵、がら空きよん♪」
そう言うルーネは意識もはっきりしているようで、グロッキー寸前だったようには見えない。
「どういう……ことだ……?」
「まあ、こうした演技でもしないと無防備な懐を晒してくれそうになかったしね」
ゴウの脇腹に触れ、ルーネは『螺子れ狂う剣』は撃ったのだ。
不意打ち、零距離、そしてクリーンヒットという条件が重なり、さしものゴウも大きく怯む。
「確かにキッツイ投げ技だったけど……前に風速140mで吹っ飛ばされて叩きつけられた時に比べれば痛みも少ないし、受け身も楽だったよ」
その隙を逃さずルーネは逆さ吊りの状態から両脚でゴウの首を挟む。
「足腰には自信があるんだ……こいつでどーよ!」
更にルーネは身体を激しく捻ってゴウの巨体を薙ぎ倒した。
そのままゴウを地面に叩き付けたルーネは素早く立ち上がり、大剣を顕現させる。
だが、既にゴウは気絶しており、勝負は決していた。
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アルテと相対し、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は静かに宣言する。
「貴方との一対一を希望します。既に仲間には回復や貴方への状態異常を控えるよう、お願いしてありますので――『正々堂々』とした『真剣勝負』とは、他の手を借りて成す様な物ではないが故に」
「その意気や良し。ならば、俺の最大限の礼を以てそれに応じよう」
先に仕掛けたのはマキナだった。
「――鎖せ」
マキナの術に応じ、黒焔の鎖が現れてアルテへと巻き付く。
しかしアルテはそれを難なく引きちぎる。
「俺にこんな児戯は通じない」
一方、マキナは特に焦る素振りもない。
「ならば、真正面より挑むのみです」
そして彼女は偽腕の拳を握り締める。
「現状での私の全力――受け止めて貰えますか?」
マキナは渾身の力で拳を繰り出し、アルテも握り締めた拳を打ち出す。
正面からぶつかり合う拳と拳。
一瞬の静寂の後、鈍い音を立てたのはマキナの身体だった。
砕かれてこそいないが、伝導した衝撃によって、偽腕をはじめとするマキナの身体はそこかしこが破壊されている。
「これが悪魔の使う魔界の術……」
「違うな。俺の介する骨法は遥か戦国の世において、堅い鎧を貫き、武装した相手を倒す為に生み出されたもの――紛う事無き、人間の術だ」
思わず膝をつきかけるマキナだが、その瞳に宿る闘志は衰えていない。
アルテは感心したようにそれを見ていたが、突然腕を押さえてもがき出す。
「師より賜った『秘術』――どうやら貴方にも通じたようです」
しっかりと立ち上がりながらマキナが告げた意味を理解したのか、アルテは得心した様子で息を吐き出す。
「成程。お前の技も俺の『徹し』と同質のものか」
「はい。そして互いに身体も拳も傷つき、握るも振るうもままならない」
「ならば、これにて引き分けとするか――冗談を」
「ええ。とんだ諧謔ですね」
言葉を交わし、同時に二人は傷ついた身体で構えをとる。
「――ならば、すべきは一つ」
「倒れるその瞬間まで真っ向勝負――!」
互いの意図を自然と理解し、二人はまたも同時かつ同様の動きをとった。
体内に過量のアウルを流し込み、痛覚を遮断。
そして、二人は防御も回避も捨てて、ただただ全力で殴り合う。
一撃必倒の大技を正面から何発もぶつけ合い、それでも二人は倒れない。
ほんの一分にも満たない時間が何時間にも感じられる中、一心不乱に殴り合った二人の意識はやがて、どちらからともなく薄れて行った。
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「……!」
はっとなってマキナは起き上がった。
「気が付いたか」
すぐ近くに立っていたアルテから声をかけられ、マキナは困惑した顔で彼を見る。
「既に勝負は決した。今はあの詩愛という娘と暦という娘の二人が皆の傷を癒し終えた所だ」
見れば、自分を含めた全員が治療を施されており、全員が普通に立って互いに握手を交わしているのが見える。
ほっと息を吐くマキナに向け、アルテは告げた。
「この勝負、お前達の勝ちだ。約束通り、お前達に力を貸すとしよう――」