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小屋の近くまで来た君田 夢野(
ja0561)が、一歩踏み出そうとした時だった。
小さな声で暮居 凪(
ja0503)がそれを制止する。
「団長、どうやら思いのほか速かったようです」
その一言で凪の言わんとすることを察した夢野は、仲間たちを振り返った。
「どうやら、ケルベロスたちも到着したようだ。あの小屋や中にいるサームナス君に万が一のことがあれば大変だ――だから、ここで迎え討とう」
夢野の提案に仲間たちは一斉に頷き、各々の魔具をヒヒイロカネから顕現させる。
そして、あたかもその時を待っていたかのように、茂みの奥から微かに聞こえてくるだけだった、草木が踏み分けられる音は、加速度的に大きくなり、それに伴って音のテンポも速くなる。
夢野たちが魔具を準備し終えた直後、茂みを突き破るようにして彼等の前へと八体のケルベロスが躍り出た。
「交響撃団は守る戦いも得意でな……なぁ、凪さん?」
小屋を庇うように立ちながら夢野は傍らに立つ凪へと語りかける。
「そうね、団長。手の届く限りは護りきるわ――いつも通りに、私達の力をお見せしましょう」
打てば響くにように返ってくる凪の言葉。
二人のそのやり取りを合図としたように、他の仲間たちもすぐさま小屋を守る布陣へと広がる。
既に興奮状態にあるケルベロスの群れは一斉に地面を蹴り、夢野たちへと跳びかかってきた。
「おっと、お客様に手出しはさせないよ?」
真っ先に動いたのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)だ。
彼が発砲した銃弾は正確無比な狙いでケルベロスへと肉迫すると、中央の頭部の眉間へとめり込み、血をしぶかせる。
しかし、敵は残る二つの無事な頭部でジェラルドを見据えると、怯むことなく襲いかかった。
「言った通り――交響撃団は守る戦いも得意でな」
ケルベロスがジェラルドに突進する直前、両者の間に夢野が盾を構えて割って入る。
正面から盾で敵の突進を受けた夢野は、衝撃で足元に轍を引きながらも何とか踏みとどまった。
「今だ!」
一瞬だけ振り返り、合図する夢野。
間髪入れずに澄野・絣(
ja1044)とフィン・スターニス(
ja9308)が動く。
「了解ですー」
「ええ。ここで仕留めるわ」
絣は和弓を、フィンはクロスボウをそれぞれ番え、落ち着き払った様子で矢を放つ。
二本の矢は澄んだ音を立てて風を切る。
絣の矢が右の頭部へ、フィンの矢が左の頭部へと突き立ち、二本の矢はともに敵の眉間を射抜いた。
三つの首の眉間を撃ち抜かれ、さしものケルベロスも絶命する。
早くも一体を倒した勢いに乗るかの如く、凪は一気に攻勢へと出た。
自ら敵の前に飛び込み、その行為をもって敵を挑発する狙いだ。
狙い通り、挑発された一体が凪へと噛みつかんと三つの首で同時に牙をむく。
それを見越していた凪は慌てることなくカイトシールドをヒヒイロカネから一瞬で顕現させ、左右と前方から三方同時に襲い来る噛みつきを器用に受け止めた。
「先程と勝手は同じです――このチャンスに攻撃を」
冷静に敵を観察しつつ、振り返らずに言う凪。
「ほい、やったろーじゃん」
まず動いたのは除夜だ。
緋の太刀を抜き放った七曜 除夜(
jb1448)は一足飛びに敵との距離を詰めると、左の頭部へと斬りかかる。
除夜の太刀によって顔面を深々と斬り裂かれ、ケルベロスは大きくうろたえた。
「ここは一気に畳みかけるのが得策だろうな」
走りながら機械剣を変形させたアイリス・レイバルド(
jb1510)はその刀身を敵の右側から叩きつけた。
全速力で走る勢いを乗せた斬撃を右の頭部に受けたことで、敵は左右の頭部を損傷し、もはや中央の頭を残すまでだ。
「……喰らえ」
敵の頭上から風鳥 暦(
ja1672)が呟く。
除夜とアイリスが左右の頭部を潰している間に、樹上へと上っていた暦はそのまま枝を蹴って飛び降りた。
立て続けに両の頭部を潰されてひるんでいる敵は動けず、それを狙って飛び降りた暦が落下の勢いを乗せた槍を中央の頭部へと突き立てる。
敵の上に着地した暦が槍を引き抜くと、それに合せて敵は絶命する。
だがそれから敵は守りに入り、膠着状態へと突入する。
興奮状態にあるとはいえ、最低限の生存本能はあるのだろう。
立て続けに仲間をやられ、慎重な戦い方に切り替えたのかもしれない。
「団長、このままでは埒が明きません。この場は私たちに任せて、行ってください。彼を――“不発弾”を目覚めさせるのです」
盾に代わって手にしたランスを両手で構え、凪は一歩前へと踏み出す。
「いいね、それ。んじゃ、とっとと眠り王子ちゃんを連れてきてよ」
除夜も緋の太刀を握り、凪に続く。
「寝起きの様々な反応を観察したくもあるのだが依頼中だしね、そこは我慢しよう。さて、話は通っているのだしさっさと起きて貰おうか」
変形させた機械剣の切っ先を敵に向け、アイリスも敵を喰い止める意志を見せる。
凪たちの意図を本能的に察し、敵の一体が地面を蹴って跳びかかろうとする。
その時、その足元へと矢が突き刺さった。
「そう簡単にやらせると思わないでくださいね」
おっとりしていながら、それでいて有無を言わせない口調で告げたのは絣だ。
「お客様だけじゃなくて、君田さんにも手出しはさせないよ?」
今度はジェラルドがチャクラムをケルベロスの足元へと投擲し、更に牽制する。
それと並行してジェラルドは暦とフィンに声をかけた。
「彼に人一倍会いたがってた風鳥さんとスターニスさんも行きなよ」
仲間たちが守りを固める中、夢野は一度だけ振り返る。
「ありがとう――絶対に彼を連れてくるよ。行こう、二人とも」
暦とフィンに声をかけた夢野は、小屋に向けて全力で駆け出した。
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小屋の扉をそっと開き、中へと入った夢野たち三人。
彼等の前に広がる風景は、凄まじく質素な部屋だった。
シンプルなベッド以外に家具や調度品の類は一切なく、あるものといえばベッドの横に非常食の缶詰めと水がいくつかあるだけだ。
そのベッドに眠っている青年に近寄った三人は、その青年――サームナスを揺り動かす。
ややあってゆっくりと起き上がったサームナスは、眠そうな目を開いて夢野を見つめる。
「サームナス君かい? 俺達は学園の撃退士。そして俺は君田夢野だ。眠りを妨げてしまって済まないけど、学園まで来れば好きなだけ眠れるはずだ。だからもうひと頑張り、頼む」
少々の嘘が後ろめたくもある夢野だが、サームナスはそれに気付いた様子はなく、ボーっとしているだけだ。
「ああ……学園の人ね。ということは緊急招集ですか? にしても外が騒がしいですね――おかげで起こされてしまいましたよ」
眠そうな目で乱戦の方角を見つめる彼に、夢野はすかさず告げた。
「済まないが、天界の連中が差し向けてきたうるさい刺客の排除を手伝ってくれ! 奴らがいたら君も眠れないから!」
するとサームナスはゆっくりと頷き、ベッドから降りた。
「気持ちよく眠っているところを、ごめんなさいね」
フィンがきちんと誠意を持って謝り、申し訳なさそうな顔をしていると、サームナスは彼女の肩を軽く叩いた。
「そんなに謝らなくてもいいですよ。悪いのはあなた方ではないのですし」
暦は影の書を取り出すと、それをサームナスに差し出す。
「慣れないかもしれませんがこれ使ってくださいな!」
影の書を借り受けると、サームナスは暦に向けて微笑みを返す。
「ありがとう――使わせてもらいますよ」
一連の様子を見ていた夢野は、肩すかしをくらったような気分も否めない。
“眠れる不発弾”などと聞かされていたが、その割に随分と穏やかではないか。
そんな彼の疑問をよそに、サームナスは小屋の外へと出ていった。
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夢野たちとともにやって来たサームナスにジェラルドはおいしい水のペットボトル飲料を差し出した。
「あ、喉乾いてない?良ければどうぞ♪」
その一方で、彼は別の手でポケットの中の耳栓に触れる。
(……あ、怒鳴るかな?)
しかしサームナスはそんな素振りも見せず、礼を言って水を一気にあおる。
「これはどうも」
その物腰はやはり穏やかだ。
キレた怒鳴り声対策に耳栓を用意していたジェラルドも、やはり肩すかしをくらったようだ。
ペットボトルをそっと置くと、サームナスはケルベロスの群れを見据え、開いた手を頭上に向けた。
「随分とうるせぇと思えば天界の犬どもが揃いも揃って……下っ端風情がごちゃごちゃと――」
小声で呟くサームナス。
その手には瞬く間におびただしい量のアウルが集まっていく。
「サームナスく――」
何かを呟いた彼に聞き返そうとして、夢野は思わず身震いした。
戦闘中でなければ尻餅をついていたかもしれない。
仲間たちも同じようで、息を呑んで彼を見つめている。
それほどまでにサームナスが発する怒気と威圧感は凄まじいものだった。
あたかも彼の背後に巨大で禍々しい姿の悪鬼が立っているような錯覚すら覚える。
やはり彼は悪魔であり、“眠れる不発弾”なのだ――その事実を夢野は直感的に理解した。
そうしている間にもサームナスの手には白い霧が濃縮され、巨大な球体のような形となっていた。
「――!」
サームナスは何事かを叫んだが、夢野たちにはわからない。
きっと魔界の言語なのだろう。
もっとも、凄まじい怒鳴り声であるのを聞くに、暴言ということはわかるが。
怒声とともにサームナスは手首をスナップさせ、巨大な霧の塊をケルベロスの群れへと投げつける。
次の瞬間、霧に呑まれたケルベロスたちはひどい眠気に襲われたようで、目に見えて精彩を欠いていく。
「――!」
更に彼はもう一度暴言を吐くと、今度は同じサイズの火球を、ろくに動けなくなった敵の群れへと投げつけた。
「ふむ、なかなかの声量だ。興味深い」
爆炎が晴れると同時、アイリスは耳を押さえていた両手を離し、機械剣を掴んだ。
機械剣でケルベロスの一体へと斬りかかる彼女は、弱った敵の胴体を両断し、とどめを刺す。
「さあてワンちゃん達、ここからが本番本番」
続いて除夜も弱った敵へと肉薄し、太刀を振るう。
鮮やかな太刀筋で除夜は狙った敵の首を三つとも斬り落とし、完全に絶命させる。
「団長!」
「ああ!」
短く言葉を交わす凪と夢野。
まず凪がランスを敵の一体へと突き立てて動きを封じ、更にランスごと敵の身体を持ち上げる。
「とどめを!」
凪が合図する頃には既に夢野が阿吽の呼吸で敵と零距離まで肉迫している。
「新しい俺の切り札だ――こいつで弾き飛べッ!」
音の歪みを形成・圧縮・解放に加え、寸勁の技術も取り入れた大技――ピッツィカート・フィストの直撃を受け、敵の身体が粉砕される。
「私たちも……」
「了解ですー」
今度は暦と絣が二人で武器を構え、弱った敵の一体へと射撃を次々に放つ。
左から暦が小銃弾を放ち、右から絣が矢を放つ。
各々の射撃でそれぞれ左右の頭部を破壊した二人は最後に立ち位置を変え、二人並んで立つと、中央の頭へ向けて同時に射撃を放つ。
「これで……」
「とどめですー」
最後に中央の頭を破壊され、また一体が倒された。
「ふふ…逃がさないよ?」
流れが自分たちに向いてきたこの機を逃すまいと、ジェラルドは拳銃を構えた。
「あんまり前に出なくても、すぐに静かにさせますよ☆」
近くに立つサームナスをちらりと振り返った後、拳銃を連射するジェラルド。
ひどい眠気と爆炎によるダメージで弱った敵は銃弾を身体中に受け、ジェラルドの言葉通りに静かになる。
身体中のアウルを手の平に集めたフィンは、サームナスに歩み寄った。
「あなたの力を貸してほしいの」
フィンがサームナスへと恐る恐る話しかけると、彼は予想に反して穏やかな微笑みを浮かべて頷く。
二人は並んで立ち、共に手の平を敵へと向ける。
アウルを手の平に集めた二人は、それを敵に向けて同時に放つ。
二人の放ったアウルの一撃は合わさって強力な魔法攻撃となり、一直線上に並んだ二体の敵を見事に貫通し、とどめを刺した。
「これで殲滅完了ですね」
凪が告げると、仲間もほっと胸を撫で下ろす。
「ささやかではあるけれど、俺からの入学祝いだ。俺も時々使っているから、効き目は保障するよ」
夢野が自腹で買った【ぐっすり眠れる! 安眠BGM集】というCDをサームナスに差し出すと、除夜も何かを思い出したようにCDを差し出す。
「あたしからもプレゼント。ヒーリングミュージックのCDだよ」
それらを受け取るサームナスは笑顔の後に、ふと不思議そうな顔をする。
「これは皆さんご親切に。起こし方もご丁寧ですし。てっきり、この世界の方々は寝ている者を起こすのに、歩兵用の大砲を使うものだと思っていたので」
それを聞かされ皆が唖然とする中、夢野は半笑いで呟いた。
「大丈夫……それは昔の、それも一部のテレビ番組の中だけだから」
微妙な空気を変えるべく、アイリスが問いかける。
「興味から聞くが、一体どれだけ寝ていたのかな?」
するとサームナスはしばらく考えた後、ぽつりと呟いた。
「確か……前に起きた時は、世界中から集まった猛者が速駆けや高跳びを競っていて、世間はそれに熱狂していた気がする……」
「なんだ。つい最近じゃないですか」
何かに気付いた様子で暦が言うが、同じく何かに気付いた様子で凪も問いかけた。
「ちなみに、どこで競っていたかも覚えていますか?」
「えぇと……多分、この国から近い東洋の大陸だった気がする」
そう答えるサームナスに、凪は呆れたように言った。
「四年も寝てたのね……」
しばらくした後、今度はフィンがサームナスに話しかけた。
「人と、悪魔。それでも、平穏を望む気持ちは同じなのかもしれません。子守唄はいかがでしょう? 眠りと現の間、そこに入る歌の心地よさは、人も悪魔もきっと変わらないと思いますから」
フィンがサームナスへの歓迎と親愛を込めて歌い上げると、彼は拍手で返礼する。
「ありがとう。素晴らしい歌ですね」
そして和やかな雰囲気の中、暦はサームナスに持ちかけた。
「サームナスさんは寝ることが好きなのですか? 私も好きなのですよ! よい枕や寝るときに最適な音楽等睡眠に関する情報を交換しませんか? もし良ければ友達になりましょう!」
暦が握手の為に右手を差し出すと、サームナスもすぐに握り返す。
「友達……ですか。となると、あなたはこちらの世界で初めてできた友達ですね。よろしく――」
握手しながらサームナスは深々と頭を下げる。
暦はというと、それに恐縮しきっていた。
「そ、そんな。頭を上げてくださいっ!」
恐縮しきりの暦だが、サームナスは頭を下げたままだ。
ふとあることに気付き、ジェラルドが暦に告げる。
「ハハハ、この人、また寝ちゃってるよ☆」
握手したまま寝ているサームナスを見ながら、暦たちは思わず声を上げて笑ったのだった。