●
「最終的な締め切りは六日後……ですが、このジオラマを展示として少しでも多く成功させる為にも、三日後の完成を目指しましょう」
遠宮 撫子(
jb1237)の気合いの入った一言にある者は頷き、ある者は雄叫びのような返事で応えた。
その光景からは凄まじい気迫が伝わってくる。
「よしっ! バッチリいいモノを作る為にもプラモデル初心者の人たちはこれを読んでね!」
やる気十分でジオラマ製作に臨もうとしている一護たちに向け、雁久良 霧依(
jb0827)は豪快な行書体で表題が書かれたムックを差し出す。
「『漢シリーズ』の制作手引書よ。さっき購入して速読したから、みんなで回し読みしてくれていいわ。それと、時間が無いから要点だけ抜けだせるように、必要そうな所はマーカーペンでなぞっておいたし、注釈もつけといたから」
ムックは決して薄くはない。だが、実際に紙面には丁寧なマーキングや注釈で一杯であり、その力の入れように長門 一護(
jb1011)は素直に感心する。
「すげえな――ここまでやるたァ驚きだぜ」
すると霧依は笑みを浮かべて一護の言葉に応えた。
「作品への愛があればこそよ。『CTS』大好き♪ 私と同姓同名のキャラがいるの♪ お色気回にしか出てこないけど」
霧依が楽しそうにそう語ると、榊 十朗太(
ja0984)も会話に入って来た。
「奇遇だな。実は俺も同姓のキャラクターがいてな」
十朗太を振り返った霧依は少し考え込んだ後、何かを思い出したように小刻みに何度も頷く。
「ああ――なるほど。榊さんと同じ苗字といえばあのキャラしかいないわね」
霧依がそのキャラクターを知っていたのが嬉しかったのか、十朗太は小さく笑って頷いた。
「可能ならば、朱漆色塗装の雷電をジオラマに登場させたい。俺と同姓のKVパイロット――同姓のいぶし銀のエースが駆る機体で名機として有名な機体だからな」
●
十数時間後。
既に夜も遅い時間だと言うのに、未だ教室には明りが点いていた。
作業を一段落させる気配は七佳たちにはなく、製作担当の面々はまさに修羅の如く姿勢でジオラマを作り続けていた。
七佳が作っているのは1隻の艦船ユニットだ。
KVと同一縮尺で作ると大き過ぎる為、スケールは1m程度に抑え、ジオラマ前方に設置する事で遠近感を調整。
複数必要な部品――エンジンノズルや砲塔等をプラ板、パテ類で作成し、シリコン型を使ったレジン複製を実施。
砲身は真鍮線及び中空のプラ棒を利用して作成している。
それだけでも十分凄いが、更に七佳は少しの無駄も無い手際の良さを発揮し、レジンが硬化するまでの時間を利用して同時並行で艦船本体の作成も進めていた。
装甲分割等のモールドはPカッターを用いて、アニメだと線が簡略化されるので、装甲の継ぎ目、搭乗ハッチ、物資搬入用等用途を想定しながら刻みこんでいく。
各種マーキングやキット付属のデカール流用やマスキングを用いた塗装で再現。
映像に忠実にではなく、モールド同様意味を考えながら作業を進めていることもあってか、艦船ユニットは凄まじいリアルさを獲得しつつあった。
更に七佳は艦橋部分にLEDを用いて照明、及び艦橋上部や先端に衝突防止の点滅灯を設置していく。
「スゲェな……」
たった一日のうちに艦船ユニットを作り上げてしまいそうな七佳に一護は圧倒されていた。
つい七佳の手際に見入ってしまった一護は、彼女ができあがったばかりの艦船に早くも工具による傷が付いているのに気付いた思わず声を出した。
「っておい!? 傷、ついちまってる……ぞ?」
すると七佳は特に慌てた風もなく、穏やかな物腰で答える。
「これはですね、戦闘による損傷を再現する為の演出です。これ単体で飾る場合ならきちんと整備された状態でも良いんですけど、今回は最終決戦シーンのジオラマですからこうしたダメージ痕の加工が必要になってくるんです。他にもウェザリング――汚し塗装なんかもやる予定ですよ」
喋りながらも七佳の手は迅速かつ正確に動き続けていた。
艦船本体完成後、ダメージ痕等の加工を終えた七佳は、サーフェイサーを吹き凹みや傷を修正してからエアブラシを用いて塗装を綺麗に仕上げる。 その後、一護に話た通り、ウェザリングやドライブラシそしてスミ入れ等の塗装効果を加えていく。
「まさにこれがプラモの達人って奴か、恐れ入ったぜ」
手のひらで大げさに顔面を覆い、関心を通り越してもはや唖然とする一護。
だが、七佳は事も無げに答えた。
「いえ、私はプラモデルは作成経験無しですよ」
「あ?」
一護は思わず呆けた表情で、同じく呆けた声を出してしまう。
「プラモデル用の工具や材料を使って飛行機の模型は良く作るんですけどね」
それを聞き、蝶治が微笑しながらツッコミを入れる。
「それはフルスクラッチじゃないの。というかキットより先にフルスクラッチから入るって凄いわね」
「フルスクラッチ?」
聞き返した一護に蝶治がすかさず答える。
「たとえば今、あたしたちが作ってる『漢シリーズ』は予めパーツがある程度できてるわよね? でも、フルスクラッチっていうのはそれすらもない状態――つまりパーツの作成から始める完全自作のことよ。当然、難易度は遥かに上よ」
手慣れた所作で工具を使いこなす七佳の手際を改めて見ながら、一護はしみじみと呟く。
「人は見かけによらねェもんだ……」
そうしている間に霧依は自分のキットを完成させていた。
作ったのは『CTS』に登場する『霧依』の乗機であるクラーケンだ。
キットと一緒に筋肉むき出しの腕をもつ怪物の模型を数個と透明レジン液を購入していた霧依はそれを用いて、グロ格好いい機体をコンセプトにキットを仕上げていた。
機体は多脚モードに組み上げ、多関節アームを蛇の鎌首の様にもたげた攻撃態勢を取らせていた。
使える時間の都合上、可動は考えずポーズ固定で組み時間短縮を狙っていた。
特筆すべきは機体下部に荷電粒子砲アンゴラオフィング装着し、それを抱き抱える様に怪物腕を五対ほど取り付けたことだろう。
腕表面に透明レジンを塗ることで粘液じみた生物的な質感を出し、追加アームフィアラーを表現している。
塗装は機体はオーソドックス。
フィアラーはグロテスクに、メインカメラに赤色LEDを仕込み、威嚇色に輝く目の様に表現することも忘れない。
こうして、霧依カスタムは完成したのだ。
「おお。中々なの出来栄えだな」
感心したように賛辞を贈る十朗太も『朱漆色塗装の雷電』を完成させていた。
「そっちもかなりの出来じゃないの」
七佳の艦船や、霧依と十朗太のKVを見て一護はまたも気を良くしたようだった。
「やっぱよぉ、男のロマンってのはいつだって追求しなきゃあな!」
かう言う彼もキット作りに依頼を忘れて没頭しており、一緒に飾るつもりで合間に携帯電話で制作過程を撮影するのを思い出しては慌ててシャッターを切っている。
「……最近のキットってパねぇ……」
出来上がったKVの出来の良さに驚きを隠せない一護であった。
「さて、そろそろヘルメットワームの方は仕上がってるころかしらね。出来上がった子からあたしに回してちょうだい」
蝶治が問いかけたのは更紗と撫子の二人だ。
プラモデルに関して全くの未経験である更紗たち彼女たちの分担は、比較的原形を留めていた大量のヘルメットワームと、幾つか残ったKVの修理だ。
必要補充分を用意する為にヘルメットワームの新品キットも購入してあり、漢シリーズにしては部品点数も少なく、構造も単純なこれを更紗たちにあてがったのはひとえに蝶治の采配だ。
「お蝶さん、さっきから幾つも組み立てているこれは何の機体でしょうか? 雁久良さんや榊さんのとは違って、同一のキットが大量に必要なようですが」
一心不乱かつ真面目一徹にキットを組み上げ続けていた撫子はふと蝶治に問うた。
とにかくジオラマを全力で頑張ることを目標にし、本当は戦いたくてウズウズしているが、ここはジオラマ完成のために罠とジオラマ制作に欲求不満を全力でぶつけて集中していた撫子だったが、大量に並んだヘルメットワームを見てふと気になったようだった。
「それはヘルメットワームっていうのよ。言わばバグア側――CTSに出てくる敵側の雑兵ね。最終決戦のジオラマを作る以上、ある程度の数が揃った雑兵がいたほうが映えるもの」
答えながら蝶治は三人が作ったヘルメットワームを受け取ると、全神経を集中して塗りを行い、それを待機していた薊に渡す。
「乾燥よろしくね」
薊は回って来たヘルメットワームにドライヤーを当て、塗料が乾燥するまでの時短を行う担当だ。
流れ作業のラインを構築した蝶治は驚く程に効率を上げていた。
修理だけで塗りに入れるヘルメットワームをすべて処理すると、新造分が上がってくるまで破損したKVの改修に入る。
破損具合も逆手に取り、一体ずつパテ、エアブラシ、メイク用のカラー素材などを駆使して塗装を行い作中と同じ破損状態に仕立てるなど臨場感を出していく。
美術系は本職だけあり、作成中の蝶治の顔は職人そのものだ。
順調に流れ作業をしていると、ふいに鈴の音が鳴り響いた。
「来たみたいだね。邪魔するなら、やり返す。これ大事!!! 倍返し熨斗付きでね――」
それを聞きつけて薊が立ち上がる。
何を隠そう、この鈴の音は薊が仕掛けたトラップの音だ。
「おうよ」
続いて一護も立ち上がる。
「どうやら仕置きの時が来たようだ」
「……依頼人が丹精込めて作り上げたモノを一方的な逆恨みで破壊するなど許し難い奴らだ。きちんとその償いはさせてやらないといけないだろうな。俺も出来る有限りの協力をさせて貰おう」
更紗と十朗太も立ち上がり、四人は静かにジオラマ作成用の教室から出ていった。
●
「テメェの勝手な言い分で人のもんぶち壊すたぁ筋が通らねェ。キツいお灸を据えられる覚悟は出来てンだろうなァ?」
教室の外。
表に出た一護たちは入口前でバグア団と対峙していた。
予想通り現れた四人を前に一護は臨戦態勢で凄んで見せる。
当の四人はというと、四人ともが落とし穴に落ちて半ば埋まりかけていた。
撫子が教室外出入り口の校庭に地面に向かって大剣で一撃くらわせて何個か穴を開けて作った簡易落とし穴が見事に功を奏したようだ。
穴の中には使い物にならなくなったジオラマの残骸を入れて地味に落ちると痛いダメージもねらっている。
ろくに動けない状態で一護たちに囲まれ、早くもバグア団はピンチであった。
しかも、トラップはそれだけではない。
この教室に来るまでに通り抜けねばならない別の教室の窓に更紗は、四人がファンというアニメのポスターを入手し、窓をあけると破れるように内側から張っておいたのだ。
それとは知らずに窓を開けてしまった四人に対し、更紗は罵り語彙が続く限り罵り精神的に追い詰めていた。
「その程度の輩がファンを語る、あまつさえ他者の所業を妬み逆恨みか、片腹痛いな」
そればかりか更紗はそのアニメのコスプレと主要台詞を暗記していた。
その台詞と格好で嫌悪感を煽り、ジオラマより自分に対しての攻撃性を刺激させるのが目的だったが、思わぬ効果を及ぼしたようだった。
思わず見とれてしまった四人は撃退士ならば簡単に脱出できる筈の落とし穴からの脱出が遅れ、致命的な隙を晒す。
そして、その隙を逃さず一護たちは一気に制圧にかかった。
「依頼の為とは言え女装する羽目になるとは、1人2人は死んで貰う」
更紗の表情は物凄く恥らっているが、立ち振る舞いは堂々しており、ギャップ萌えあたりをねらって敵の排除を敢行する彼女は躊躇なく落とし穴に嵌った四人をボコボコにしていく。
薊は薊で予め白衣に赤ペンキをかけ、血まみれにしておき、その上で狂ったように笑いながら四人に襲いかかった。
「あははははッ、来ちゃったぁのぉ? 哀れだねぇ。後悔しながらぁ、這い蹲りなぁ!!」
終始クルッタ笑みを浮かべながら、薊もやはり四人をボコボコにしていくのを見つつ、十朗太と一護も四人をぶちのめしにかかる。
「……他の作品とは言え、同じアニメだというのに、人の大切なモノに敬意を払うことも出来ないとは見下げ果てた野郎共だな。二度とそんな気が起きないように教育してやろう」
――数分後。
そこにはボロボロにされたバグア団の姿があった。
「テメェらがこのアニメが好きだって気持ちは分かる。だが、だからコイツの作品を壊しても良いって事は絶対に無ェ! お前らも言いたいことがあンならまず同じ土台に立って見るこったな……筋を通したいならジオラマ作り手伝ってみるか?」
四人のやり方は許せないが制作を優先した依頼主の気持ちを敬い、一護はそう持ちかけた。
「負けたんだし手伝おうよ?」
薊もそう言われ、バグア団の四人は――。
●
「「「「本当に申し訳ありませんでした」」」」
捕縛された四人はジオラマを作成する面々の前で深々と頭を下げた。
「あんたたち、アニメの表層だけ観てるの!? あんたたちの好きなアニメにだって作り手がいるの! 壊していい芸術なんてないのよ!」
四人を激しく糾弾する蝶治だが、言い終えた後にこう付け加える。
「――解ってくれたならいいのよ。作品は違えど同じアニメ好きなら、手伝ってくれるかしら?」
一方、霧依は四人の肩を叩きながら、優しく諭すように語りかける。
「私はCTSで希望を捨てず最後まで諦めない事を教わったわ。貴方達もアニメから色んなものを貰った筈。アニメのキャラにとっては貴方達ファンこそが最後の希望……ラストホープなの。やるなら手伝うわセクシーなキャラコスで♪」
●
その後、一護たちの計らいによって改心したバグア団が加わったことにより、作業効率は更に向上。
透明なテグス&スタンドでポージング固定。セロファンや手近な空き箱に無数の穴とLEDと組み合わせ、穴から外へさす光が星々や戦闘光に見えるよう工夫。
暗幕の中で重要な角度を選び、ネイル用ラメ粒子を散らして光を反射させ、宇宙らしさUP――蝶治の設計した土台もすべて仕上がり、二日目の夜にはジオラマ自体が完成、続いて決戦編を編集したダイジェストが完成した。
その映像をモニターに出し、アニメ主題歌やサントラの音源を流してみると、より一層ジオラマのケレン味が引き立っていく。
ジオラマやAV演出の完成度は勿論、アニメの放送に間に合ったこともあり、展示は大成功を収めた。
文化祭中、教室は常に黒山の人だかりでごったがえし、撮影のフラッシュは瞬きっぱなし。
更には、撮影した写真をアニメの主題歌と合わせた動画がその日のうちに観客の有志によってアップロードされ、動画サイトで凄まじい再生回数を記録し、ランキングの一位に君臨したという。
そしてこれ以降、バグア団による事件も起こらなくなったそうな。