●激突! 堅牢なる装甲! ロックディアボロ!
「事態は急を要する…被害を抑えつつ、何とか退治せねば」
魔具である愛刀を抜き放ち、鳳 静矢(
ja3856)は決意とともに呟いた。
「もし失敗すれば、私たちだけじゃない……たくさんの人たちが、ぎせいになる!」
緊張によってたどたどしい口調になりながら、エルレーン・バルハザード(
ja0889)も静矢に同調した。
「一度迎撃は失敗しているんだ、せめて人的被害は出ないように対処しておかないと」
真剣な面持ちでそう口にするのは龍崎海(
ja0565)だ。既に周辺住民の避難が済んでいることがせめてもの救いだ。
「固ければ脆いといいますし攻撃は通りますよね!」
どこか自分たちを鼓舞するように声を出したのは風鳥 暦(
ja1672)。暦は今もどうすれば攻撃が通るかを考えていた。
「大丈夫だよ。事前にちゃんと作戦立ててきたじゃない?」
天真爛漫な口ぶりで神喰 朔桜(
ja2099)が暦を励ます。仲間たちの間に生じる弱気の芽を予め摘もうと、土方 勇(
ja3751)も努めて明るい声を出した。
「そうですよ。その為の二重三重の策、ですよ」
二人の言葉に彼らは順繰りに頷いていく。だが、大神 直人(
ja2693)は頷きながらも、内心気が気ではなかった。
(正直に言ってこれから本物の実戦が始まるかと思うと怖くてたまらない。 頑張って立てた作戦だけど上手くいく確証なんてどこにもないしな。そもそも、こんな危険で重要な任務に初出撃の俺がいていいのか……?)
しかし、彼のそんな心の声とは裏腹に、グラン(
ja1111)は落ち着き払った様子だ。
「ロックディアボロですか? 中々面白い。とはいえ、 じっくり研究対象にしている暇はないようです。 早急に葬って危機を回避するとしますか」
そう言って、手にした書物をめくる彼の隣で、今度は機嶋 結(
ja0725)が呟いた。
「ディアボロ……悪魔の眷属。今回も必ず殺す」
胸の奥の黒い感情を幾分か慰める為に怨嗟の声を絞り出す結。一方、対照的に鈴代 征治(
ja1305)は明朗な声を仲間にかけていた。
「任務成功させて無事に帰らないとね。特に結婚したばかりの静矢さんは!」
すると静矢もいくらか表情を和らげて征治に言い返す。
「あのな……わかってるか? それって死亡フ――」
と、そこで彼の言葉に鳴上悠(
ja3452)が割って入る。
「静矢、無駄口はそこまでだ。来たぞ……!」
悠の言葉に全員がはっとなると同時、まだいくらか距離があるにも関わらず、一定のリズムで地響きが轟いてくる。規則正しい歩調のリズムを刻む地響きは、靴裏を通して彼らの身体を揺さぶった。
「ほう。やはり画像データと実物では迫力が違いますね。さすがは超10メートル級のディアボロ個体といったところでしょうか」
やはり落ち着き払った、もといどこか超然とした佇まいでグランが呟く。そして、それとは反対に直人は心中で叫び声を上げていた。
(くそっ……! なんだってんだよ……! あんな化け物……いくら撃退士が束になったってどうこうできるもんじゃねぇよ!)
岩石質の装甲に覆われたアンキロサウルスのような威容が闊歩する車道が四車線の広さにも関わらず、まるで細い小道のように見えるのは、ひとえにその巨体ゆえだろう。
「みんな気を引き締めろ! もうすぐ、奴がトラップ地点にさしかかるッ!」
まさに規格外の巨体に圧倒されていた仲間たちを海が叱咤する。その直後、ビル等の周囲に建つ大型建築物に巻き付けて固定された極太の特殊ワイヤーを張り巡らせて構築したトラップに敵が接触した。
「今だ! 作戦通り、透過阻止要員は阻霊陣を使用するんだッ!」
海が的確に指示を飛ばしていき、彼の的確な指示に応えるようにエルレーンがワイヤーで作った投げ縄を敵の首にかけるとともに阻霊陣を発動する。
まず第一フェイズは成功だ。全員が次のフェイズに移るべく、心身に力を込めた瞬間だった。
「こっちだよ……、ロッキュ……」
注意を引こうとして暦が声を掛けるが咬む、そのせいで一瞬だけ敵味方共に行動が止まる。
「人間でも、フィギュアでも……一番もろいのは、関節に決まってるッ!」
まず最初に動いたエルレーンが車道を蹴って一足飛びに敵の足元に肉薄し愛用の剣を振り上げるが、彼女を制止するように海が声を上げた。
「待つんだ! エルレーン! ……頼む、暦ッ!」
状況を見守っていた海はいち早く危機に反応するも、敵から若干の距離があるせいで一足飛びに接敵できず、已む無くエルレーンの近くにいた暦に声をかける。それと同時に異変は起きた。ワイヤーを巻き付けておいた周囲のビル群が中腹から一斉に倒壊したのだ。
降り注ぐ瓦礫と舞い上がる砂埃の中から二つの影が飛び出す。エルレーンと彼女をお姫様抱っこで担ぎ、間一髪のところで助け出した暦の二人だ。
「……大丈夫?」
「え、ええ! ありがとう」
しどろもどろになりながらエルレーンは必死に声を絞り出して暦に礼を言う。彼女たちが無事に着地したのを見届け、グランは再び超然と呟いた。
「特殊ワイヤーを切れないなら逆に引っ張ってビルを倒すとは……面白い。では、見せてもらいましょうか。規格外の巨体の戦闘力とやらを――!」
「冷静に気取ってる場合かっ!」
グランに突っ込みを入れながら海はフリーになってしまったワイヤーの端を掴み、撃退士特有の筋力で引っ張ろうとする。
「これは失敬」
やはり超然とした物腰のままであるが、グランもすぐに別のワイヤーの端を掴み、海に協力する。
「でぃあぼろなんて! 消えちゃえッ!」
エルレーンも近くの路面を引きずられていたワイヤーの端を掴むと、歯を食いしばって必死にワイヤーを引っ張る。
「そうだそうだ! 消えちゃえッ!」
朔桜もエルレーンの隣に立ち、また別のワイヤーを掴んで引っ張りながら叫んだ。
仲間たちが必死に敵の進撃を抑える中、静矢は垂直に跳躍して敵の背面装甲へと飛び乗り、広い背中の上に放置されていた最後の一本を掴むと、筋力を総動員して締め上げながら飛び降り、落下の力も借りて敵の首を締め上げつつ、仲間たちを叱咤した。
「探せ! 何処かしら脆い点はあるはずだ!」
いち早く反応したのは結と暦だ。
「面倒臭そうな図体ですこと……」
感情を込めない声でそう呟くと、敵の全身にまんべんなく光球を連射する。
「……いくよ」
暦も自分の心を戦闘用人格に切り替えると、二振りの刀を両手に持ち、結の放つ光球の合間を縫うようにして機敏に動きながら、敵の全身をまんべんなく斬りつけていく。
だが、二人の猛攻にも関わらず、敵の弱点は一向に見えてくる気配はなかった。一方、撃退士たちの消耗は一秒ごとに加速度的に増していく。ワイヤーを掴む者たちの手は一人の例外もなく擦り切れて血があふれ出し、手首から血の雫が滴っている。
「……何とか、敵の動きを止めないとな……!」
手と腕に走る激痛に歯を食いしばって耐える静矢をはじめとして、ワイヤー要員が一斉に引っぱるも焼け石に水だ。思わず彼等が手を放しかけた時、敵の足元で物音がした。
「ヤドカリ戦法なのです!」
明朗快活な声とともに敵の足元にあるマンホールから顔を出した海原 満月(
ja1372)は敵の腹部にリボルバーの銃口を押し付けると、自身のアウルが続く限り引き金を引き続け、ありったけの銃撃を零距離射撃で叩き込む。それでもなお敵の装甲は砕けないが、腹部に強烈な攻撃を立て続けに、しかも不意打ちで受けたとあって、さしもの敵も衝撃と驚きのあまり悶絶し、パワフルな動きがまるで嘘のように動きを止める。
「今だよっ! 征ちゃんっ! やっちゃえっ!」
敵の巨体に押しつぶされないよう、素早くマンホールの中に戻りながら、満月は腹の底から声を張り上げて征治に合図した。
「おうっ!」
満月が動きを止めと征治が刺す。もはや芸術的とすら言えるほどの連携だ。
征治の放った刺突は狙い過たず、敵の背中へと突き立つ。精々が刀身の三分の一が突き刺さった程度だが、それとは裏腹に、硬質の物体が砕ける澄んだ快音が辺り一面に鳴り響く。
「よし……!」
僅かだが、背面装甲の頂点――山なりになった背中の中心部に割れ目ができたのを目視で確認した征治は会心の声で呟く。
「まさか……見つかったのか!? 劈開(へきかい)が! ――なら、これでッ!」
一番驚いたのは静矢だった。鉱物の有する特性の一つである『劈開』がこの敵の装甲にも存在すると踏んでいた彼は、自分の仮説が確信に変わり、会心の声を上げる。
だが、それも束の間。硬直から復帰した敵は怒りに任せて身体を揺すり、背中に乗った征治を振り落す。それと同時に両手剣も抜け落ちて道路に転がる。どうやら、刺さり方が浅かったらしい。
「弱点さえわかれば問題ないわ。後はただ、あんたを殺すだけ――」
まるで機械のように抑揚のない声でいて、怖気を振るうのを禁じ得ないほどのどす黒い憎悪も感じさせる声で呟くと、結は書物に代わって大太刀を取り出す。義足と義手が軋む音を盛大に立てるほどに激しい疾走で敵へと肉薄すると、微かなブレーキすらもかけずに跳躍し、敵の巨体を眼下に臨む高さまで跳躍した後に敵の背中へ向けて落下する。
敵の背中が迫る中、結は着地を全く考えずに大太刀を振り上げた。着地を考えて落下の勢いを削ぎ、そのせいで斬撃の威力が減衰するくらいなら、彼女にとっては衝撃をもろに受けて身体が砕けたほうがマシ。逆に言えば、身体が砕けても、敵である悪魔に致命打を叩き込めれば、それで十分――機嶋 結とはそういう人間なのだ。
更に迫る背面装甲。その中心部に見える割れ目に向けて大太刀を振り下ろす結。ただでさえ刃渡りや重量において通常の刀よりも勝る大太刀の一撃は着地、というより墜落あるいは激突の勢いも重なって凄まじい破壊力を発揮し、再び澄んだ快音を鳴り響かせながら、更に割れ目を広げた。
しかし、結の被害も深刻だ。戦闘を考慮して設計されているはずの義足も、ダンパーが許容量を超えて破損している。
「無理をするな」
素早く敵の背に飛び乗った静矢はアウルを愛刀に込め、彼のアウル特有の色である紫の輝きを刀身に宿し、割れ目を叩くと同時に結を背負って背から飛び降りる。
「やったか!?」
だが、これほどの猛攻を受けても敵の装甲は割れなかった。
「嘘……だろ……?」
静矢がうろたえた瞬間、敵は更なる怒りに任せて身体を大きく揺すった。
「……!? 後ろに飛んでっ!」
勇が慌てて注意を喚起するも、狼狽のせいで反応が遅れた一瞬の差で静矢は吹っ飛ばされた。敵は力任せに身体を揺すり、ワイヤーを持った撃退士たちを振り回し、フレイルのように使ったのだ。仲間の身体や路面、あるいは建造物や瓦礫に幾度となく叩きつけられ、叩き伏せられる撃退士たち。
「いかせるか……」
必死に声を絞り出す静矢。だが、彼は勿論、仲間たちも身体が動かないようだ。気づけばもう、敵はガスタンクに目前まで迫っていた。
(既に劈開は見つかってる……後は、もう少し力さえ……アウルさえこめれば――)
胸中に呟くと、静矢は必死に立ち上がり、仲間たちに声をかけた。
「みんな、今からでも遅くはない。可能な限り速く、少しでも遠くへ退避してくれ」
静矢の言葉に最初に反応したのは悠だ。
「どういう意味だよ! 静矢ッ!」
すると、静矢は何かを悟ったような面持ちで答えた。
「分の悪い賭けをするのは俺一人だけで十分だ。特に直人、君は尚更退避しろ。何も初陣で死ぬことはないし……お前はここで死ぬべき人間ではない。それと悠、時々で良いから俺のことを思い出してくれ……そう、あいつに伝えてくれ――じゃあな」
そう言うと、静矢は背を向けたまま手を振って、精一杯気丈に振る舞いながら、敵の眼前へと歩いていき、愛刀を構える。
(流れてきた血が目に入る上に景色も霞む……頭を打ったか。……ただでさえ見えないのでは、動く敵の劈開に狙いが定まらないか……情けないな、俺は)
薄れ行く意識と視界の中に飛び込んできた光景に、静矢は驚きで目を見開いた。
「な……! 退避しろと言っただろ!」
静矢の言葉に反し、誰一人としてその場からは退避していなかった。ほぼ全員がボロボロの身体でワイヤーを掴み、敵を押さえつけている。
「微塵となって砕け散れ――」
引っ張っていない朔桜は朔桜で黒い光球を多数発生させて解放し、敵のその身が微塵と砕け散るまで攻撃を続けている。どうやら頭を打ったせいで『裏モード』が発動したらしい。
だが、仲間たちの尽力にも関わらず、敵はまだ動きを止めない。
撃退士たちと敵の攻防を少し離れた所で見ながら、直人は自分に問いかけた。
(本当にこれでいいのか? 退避しろって言われて内心安心したり、喜んだり……でも、だからって俺みたいなのが行ってもどうしようもないじゃないか……)
無意識のうちに足が動き、戦場に背を向けようとした時、ふと彼の心を一人の撃退士の姿が過る。どこまで大きく、そして恰好良く感じた背中――かつて助けてくれた撃退士の後姿が心を過った瞬間、彼の足はひとりでに踏みとどまった。
(撃退士が一度受けた依頼を、仲間を見捨てて逃げ出すなんて出来る訳がない……何よりも俺はあの日、俺を助けてくれた撃退士みたいに強くなるって決めて今日まで頑張ってきたんだ……! だから、 絶対にここで逃げ出すわけにはいかないんだ!)
なけなしの勇気とありったけの決意を込めると、直人は全速力で走り出した。
「うおおおおおっっっ! 俺だって……俺だって撃退士だッ!」
敵の眼前に飛び出すと直人は至近距離から敵の目を狙って銃撃するも、暴れる敵の前に出たせいで頭突きの直撃をくらって盛大に吹っ飛ばされ、まるで戦車砲のような頭突きのダメージで立ち上がることもできず気絶する。だが、直人の決死の銃撃により両目を撃ち抜かれた敵はあまりのダメージで悶絶し、動きをピタリと止めた。
千載一遇のチャンス。その瞬間、静矢の脳裏に妻の笑顔が走馬灯のように走った。
(そうだよな……。俺はまだ、死ねない――!)
自らの身体に眠るすべてのアウルを集中させ、静矢は刀身を紫色に輝かせる。
「もっとだッ……もっとッ!」
最後の一しずくになるまでアウルを込めた愛刀を包む輝きはいつしか刀身を包んだまま切っ先を伸ばし、最終的には敵の巨体すらも上回る長大な刀身となる。紫色に輝く光の刀身を振り上げ、静矢は全身全霊を以て、それを敵の背中の中心――破砕点へと振り下ろした。
破砕点を突いた正確無比な一撃は敵の装甲を断ち割り、そのまま敵の身体を一刀両断する。真っ二つになった敵の遺骸が倒れ、路面を揺らした。
直人に歩み寄った静矢は彼に手を差し伸べながら、声をかけた。
「ありがとう。君に助けられたよ、撃退士」
力一杯の笑みを浮かべ、直人はその手を掴んで立ち上がった。