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「正面からの殴り合い上等――ボクが相手だ!」
現場である一階フロアに突入し、夜咲 紫電(
jb1385)は早速、彫像へと攻撃を仕掛けた。
正面からの堂々とした攻撃は何も無策で行っているのではない。
――彫像を挑発し、崩落の危険があるビルの外へと連れ出すことが目的だ。
斬撃に特化した直剣――シンクレアを大上段に振りかぶり、叩きつけるように彫像へと振り下ろす紫電。
それに反応し、彫像は切っていた柱から鋸刃の剣――ソーソードを離すと、シンクレアを刀身で受け止める。
甲高い音を立てて噛みあうシンクレアとソーソード。
彫像は体重をかけて紫電へと鋸刃を押し込もうとするが、それすらも紫電の計算のうちだった。
抵抗することなく紫電は直剣から手を離す。
それにより彫像は勢い余ってつんのめり、早足で歩くようにしてビルの外へと飛び出した。
「見事だ」
巧妙に彫像をビルの外へと誘き出した紫電に賛辞を送ったのは、ビルの前で待ち構えていたクライシュ・アラフマン(
ja0515)だ。
クライシュは紫電と入れ替わるように彫像と相対すると、自分も挑発するように話しかける。
「物言わぬ柱に御執心とは下らんな、どうせなら俺の盾を打ち砕いてみろ」
強調するように、自分の左腕に装備したカイトシールドを掲げてみせるクライシュ。
それが効いたのかは定かではないが、彫像は一直線に彼へと斬りかかる。
振り下ろされる鋸刃をクライシュは正面から盾で受ける。
鋸刃は盾に触れた瞬間から凄まじい勢いで切断を進めていく。
火花を散らしながら切り進む鋸刃に、既に盾の半分以上を切断されながらもクライシュは右手に握ったエネルギーブレードの光刃を彫像の右手へと振り下ろした。
だが、彫像の身体はその見た目に違わず頑強なのか、腕が切れる様子はない。
「なるほど、この程度でなくては面白みがない」
これ以上は盾がもたないと咄嗟に判断し、クライシュは腕を引く。
彼が左腕を引くと同時、盾が真っ二つに切れる。
一方、彫像はそのまま追撃をかけようと鋸刃を振り上げた。
クライシュに鋸刃が振り下ろされる寸前、風切音と銃声が重なり合って響く。
胸板に直撃した矢と銃弾を受け、僅かに軌道が逸れた鋸刃はクライシュに触れることなく空を切る。
「見事な彫像ですけれど……動くと不気味ですね。さあ、今のうちに距離を取ってください」
「絵は得意だけど……彫刻は苦手なの」
「援護します。及ばずながら初仕事、頑張らせていただきますよ」
援護射撃でクライシュを救ったのは弓を持ったテレジア・ホルシュタイン(
ja1526) 、そして、銃を構えた柏木 優雨(
ja2101)と片瀬静子(
jb1775)の三人だ。
「元気上等ですが、それで死ぬのはつまんないですよね、元気な子供は100まで生きねば」
「彫像には……動かないで欲しいの。だから……止まって?」
素早く再装填を終えた静子と優雨は容赦なく彫像を撃ちまくる。
たとえ頑強な身体とはいえ、胸板や鳩尾部分に次から次へと銃弾を撃ち込まれるのは流石に無視できないのか、彫像はソーソードを振るって銃弾を叩き落とし始める。
だが、今度はテレジアからの攻撃が彫像へと襲いかかる。
銃弾を叩き落とした直後、その隙を突くようにして矢が脇腹や肩口を直撃する。
更には肩部や腕部に直撃した矢がソーソードの防御をずらし、がら空きになった胴体へと無数の銃弾が直撃したりと、三人の連携は見事なものだった。
離れた所から戦いの様子を見守っていたカイン 大澤 (
ja8514)は、隣に立つ少年――状況説明の為と称して強引について来た通報者を一瞥した。
間違っても戦場に近付かないように言い聞かされていた少年は、カインたちに友達の少女四人がどの辺りに隠れていたか等の情報を伝えると、遠くから見守るだけで我慢していた。
「勇気あるなお前、ここからは俺の仕事だ任せろ」
少年に対して一言だけ告げると、カインは気付かれないように敵の背後へと回り込みにかかる。
平和な日常を過ごす同年代の子供に嫉妬しながらも、少年を素直に賞賛するカイン。
味方が少年の仲間を救うまでの時間を稼ぐのが彼の役目だ。
慣れた様子でカインは敵の背後へと回り込んだ。
矢弾の波状攻撃で動きを止められている敵へと飛びかかり、カインは両手の武器をそれぞれ敵の両脇腹へと叩きつけていく。
左手のパイルバンカーを左脇腹に、右手のブラストクレイモアを右脇腹に叩き込むカインだが、彫像の頑強さを前に苦戦しているようだ。
「硬いな」
背後から攻撃されたのに怒ったのか、彫像はすぐさま振り向くと、カインに向けて鋸刃を振り下ろす。
カインは素早くブラストクレイモアを手元に引き戻すと、その刃で鋸刃を防御しようと試みる
ただし、カインは敵の攻撃は受け止めず、受け流すようにして捌くことで武器が切断されてしまうのを防いだ。
それでも鋸刃の切れ味たるや凄まじく、ブラストクレイモアはその刀身を大きく削られる。
油断なく銃の狙いをつけながら、優雨はふと浮かんだ疑問に自問自答していた。
(何で単体? 隊からはぐれた? 周りに他の敵はないし……元から1体? 何のために? ビル解体? なら複数の方が効率がいい――)
テレジアや静子とともに遠距離から射撃を続けつつ、優雨は疑問に自分なりの結論を出す。
(もしかしたら天使の戯れの可能性も……なら、どこかで……)
結論に至った優雨はトリガーを引き続けながら、自分のすぐ近くで、今まさに子供たちの救出へ向かおうとしていたリョウ(
ja0563)と御暁 零斗(
ja0548)へと話しかけた。
「リョウ、零斗……お願いがあるの。壁を上り下りするとき……他のビルの屋上とか、このビルの周辺を確認して欲しいの……一般人がいたら大変だし……」
リョウと零斗は優雨に頷くと、今度は互いに言葉を交わす。
「何としても無事に助けないとな――行くぞ、御暁」
「おうよ。さぁて……それじゃ、さっさと助けに行きますか」
二人は足裏にアウルを集中し、壁面に対して垂直に『接地』すると、身軽な動作で上へ向けて歩いて行った。
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「以前は剣のみで今回は人型付き。段階が進んだのか、それとも……?」
壁面を駆け上がりながらリョウは一人ごちた。
「一体何を気にしてるんだ?」
「人を襲わずただ柱を切るだけという妙な行動が気になってな。以前、俺や他の撃退士が交戦したシミター型と関連があるのではないかと思ってな」
半信半疑の零斗に対し、リョウは何かを思い出した様子で言う。
「――『監視』がいるかもしれない。ということだ」
その言葉の意味を質そうとする零斗だったが、最上階の窓へと辿り着いたことで気持ちを切り替える。
「あの少年が救助袋を使ったのがこの階で、幼馴染たちは直前まで一緒にいたってんだからな――まだこの階に隠れてる可能性は高いだろうよ」
パイルバンカーで豪快に窓をぶち破って内部へと潜り込みながら零斗がそう仮定すると、リョウも頷いて同調する。
「だろうな。どうする、ここは一度二手に――」
リョウがそう持ちかけようとした時だった。
それほど離れていない場所から何かが動く物音がする。
物音をしかと聞きつけた二人は同時に頷いた。
「行くぞ――」
「――おうよ」
物音のした部屋――かつて何かの店だった部屋へと二人は全速力で駆けつける。
すぐに二人はレジカウンターの奥でうずくまっている三人の少女を発見した。
「――よかった、無事か。大丈夫、君達の幼馴染から頼まれてきた者だ」
リョウは穏やかな微笑みを浮かべ、しゃがみ込んで少女たちと目線を合わせると、ポケットから取り出したお菓子をあげて落ち着かせる。
少女たちがいくらか落ち着きを取り戻したのを見て、零斗は感心したようだった。
「意外だな。小さい子供の扱いに慣れていたとはな。それとも、日常的に女の扱いに慣れているのか――」
「前者だと主張しておく――うむ……?」
ふと呟いた零斗にすかさず釘を刺したリョウだったが、違和感に顔をしかめた。
「マズいな……要救助者は四人の少女だ。だが、ここには三人しかいない――」
リョウの呟きを聞いた少女たちは、彼の服の裾をぎゅっと掴む。
そして、不安に再び怯えながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
――友達の一人が怖さでパニックになるあまり、どこかへと走り去って行ってしまったことを。
子供が泣きながらしているせいで要領を得ない説明を辛抱強く最後まで聞き届けたリョウは、少女たちの頭を撫でてやると、零斗に向き直る。
「予定変更だ。彼女たちは任せていいか? 俺は残る一人を探しに行く。本来ならば一度彼女達を送り届けて二人で行くべきだが、このビルはいつ崩れるとも知れん」
「いいぜ。よし、嬢ちゃんたちは俺と一緒に外へ出るぞ」
一人を負ぶさり、残り二人をそれぞれ左右の脇に抱えた零斗は廊下へ戻ると、入って来た窓から飛び出す。
再び零斗がアウルの力で壁に『接地』した瞬間、異変は起こった。
ずっしりとした鈍い音とともに、自分が立っている壁が大きく傾斜する。
壁だけではない、建物全体が大きく傾いていた。
切り倒されかかっていた柱が時間の経過とともに、限界を迎えつつあるのだろう。
傾きによって生じた歪みのせいか、建物の一部が破砕したようで、建材が粉のように降り始めている。
「ヤベェな……!」
焦りながら零斗は地上まで壁を駆け下りようとする、だが、それより早く頭上から大型の瓦礫が落下してきた。
咄嗟にパイルバンカーで砕こうとして零斗は少女を抱えていることに気付く。
「めんどくせぇ……!」
怒りをぶつけるように零斗は壁面を蹴ると、その勢いで半回転し、脚甲によるオーバーヘッドキックで瓦礫を蹴り砕いた。
その後、身を捻って空中で姿勢制御すると、壁面へと再び取りつき、無事に地上へと帰還する。
「怪我ァ、なかったかよ?」
零斗が問いかけると、少女たちは安堵から一斉に泣きだした。
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零斗と別れたリョウは一人最上階を捜索していた。
「どこだ……」
その時、ビルが大きく揺れ、床が傾く。
「……ッ!」
咄嗟に踏みとどまったリョウ。
その背後に何者かが声をかけた。
「小さな御婦人なら非常階段に入っていったよ」
はっとなってリョウが振り返ると、そこには一人の美青年が立っていた。
「何者だ?」
「もうすぐ崩れるだろうから早く行った方がいい」
リョウの問いかけを無視して美青年はまくし立てる。
彼が気になるも、ひとまず非常階段に目を向けたリョウは非常階段の扉が半開きになっているのに気付いた。
すぐにリョウは美青年へと目線を戻す。
だが、既に美青年の姿はどこにもない。
「一体どこへ……?」
それでもリョウは疑問に没入するよりも先にすべきことを見失わず、非常階段へと駆け込む。
するとそこには外壁と繋がった屋外型の非常階段があり、一人の少女が泣きながら立っていた。
「よし……もう大丈夫だ……」
安心させるように言い、保護すべく近付こうとした時だった。
建物の歪みと廃ビル特有の老朽化のせいで非常階段はビルからちぎれるように崩れ、少女は空中に放り出される。
「――ッ!」
躊躇なく飛び出したしたリョウは崩れゆく非常階段を足場に跳躍し、空中で少女を抱きとめると、その勢いのまま付近のビルの屋上へと着地する。
「大丈夫か?」
優しい笑みでリョウが問いかけると、彼の腕の中で少女は泣きながら何度も頷くのだった。
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「一斉攻撃といこう」
クライシュの言葉を合図に静子、優雨、テレジアの三人がまず動いた。
「ええ――いきますよ、優雨さん、静子さん」
「委細承知です。ここで始末してしまいましょう」
「了解なの……。もう……倒すの……」
三人は手にした弓や銃で、ありったけの射撃を繰り出し、彫像をその場に釘付けにする。
頑強な身体ゆえに即座に致命傷ということはないが、左半身を攻撃され続けているせいで、彫像は左腕の使用を封じられていた。
更には右方向から紫電が再び直剣を構え、更にはアウルの力で防御陣を張って突撃する。
「ボクと真っ向勝負だ!」
動かせる右腕を使い、彫像は手にした鋸刃を振り下ろす。
防御陣、そして直剣とぶつかって火花を散らす鋸刃。
二つの刃がぶつかり合う中、彫像の右肘関節に向けて横合いからカインがパイルバンカーを叩き込む。
関節部ならいくらか脆いと判断しての作戦だが、やはり彫像は頑強だ。
「やはり硬いか」
硬い身体に跳ね返される杭。
その時、突如として二つのに武器が突き出される。
一つはカインと同じパイルバンカー。
もう一つは神聖な雰囲気を持った白銀の槍だ。
「多数を相手にしてるときに鍔迫り合いとは……隙だらけだぞ!」
「――貰ったぞ。沈め!」
予め呼んでおいた救急隊員に子供を託した零斗とリョウは戦闘に合流すると、カインが傷つけた部位に重ねるようにして攻撃を叩き込んだのだ。
三重の強打を受け、しかも関節部とあっては、さしもの硬い腕もへし折れた。
「おぅおぅ……なんかめんどくさそうなことになってんな」
子供を助ける間はめんどくさそうに行動していた零斗だが、サーバントとの戦闘になったら髪をかきあげ、獣の様な笑みを浮かべている。
「それじゃぁ、いきますか。ん、ほらよ――」
零斗は足元に転がっている右腕、もといそれに握られたソーソードを拾うと、クライシュへと投げ渡す。
「厄介な武器は、早々に取り上げさせてもらうつもりだったが……ようやく分捕ってやれたか」
クライシュがソーソードをキャッチするのに合わせ、零斗は周囲の壁や標識を利用して跳躍し、三次元的な動きで彫像の肩へと飛び乗る。
そのまま頭頂部に向けてパイルバンカーを打ち込み、零斗はクライシュに合図する。
「やっちまいな!」
頷き、クライシュは分捕ったソーソードを彫像へと振り下ろす。
ソーソードはその切れ味を存分に発揮し、火花を散らしながら彫像を切断していく。
あれほど頑強さ見せつけた彫像の身体を軽々と袈裟がけに一刀両断し、クライシュは鋸刃を振り抜いた。
「やはり身体の一部だったか」
呟くクライシュの手の中で、ソーソードは砂のように崩れていく。
そして、それと同時に彫像の残骸も崩れたのだった。
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「今回はね、あなた達のお友だちが知らせてくれたんですよ。勇気のあるお友達ね」
しゃがんで目線を合わせながら、テレジアは子供たちの頭を撫でる。
少しした後、すっかり笑顔に戻った子供たちは駆けつけた親に連れられ、何度もテレジアたちを振り返って手を振りながら無事に帰っていく。
子供たちの姿が見えなくなるまで微笑みながら手を振り続けていたテレジアに、ふと優雨が声をかける。
「テレジア……おなか、すいたの……」
「クスクス……はいはい、帰ったらご飯にしましょうね」
微笑するテレジアに向け、優雨も微笑みとともに言った。
「パスタがいいの」