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「見敵必殺……わかりやすい依頼ですね。最近戦闘依頼ばかりなのは天魔の活動が本格化したということでしょうか?」
現場に急行するなりアーレイ・バーグ(
ja0276)は、暴れている彫像を見るなり、たゆんぷるん♪ と胸を揺らしながらぼやいた。
「全軍突撃! ということで、力押しの攻撃あるのみ! ですね」
アーレイに同調する二階堂 かざね(
ja0536)は既に彼女は一対の直剣を抜き放っており、正真正銘の臨戦態勢のようだ。
「物を溶かすとは、何とも厄介な相手でありますね……これ以上町が溶かされる前に、そして自分たちが溶かされる前に、早急に片付けるでありますっ!」
二人以上に意気込んでいるのは綾川 沙都梨(
ja7877)だ。抱えた銃器の安全装置を外し、彼女は初弾を装填する。
「泡……ねぇ……。聞いてるだけなら気持ちよさそうなんだけど……案外手ごわいよねぇ……」
そう呟くジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)に賤間月 祥雲(
ja9403)はおどおどした様子で話しかけた。
「今日は……頑張りましょうね……終わったら……お店……行きますね……」
「うん。頑張ろう。せっかく店に来てくれるんだから、その為にも無事に帰らないとね」
初めての戦闘依頼に緊張を隠せない祥雲を安心させるようにジェラルドは言う。
当の祥雲はそれでも緊張が抜けきらないようだ。
「大丈夫……だよね……」
「大丈夫だって。ボクもそうだし、それ以外にも戦闘に慣れた人がいるんだし」
祥雲を気遣ってか、ジェラルドは彼の肩を軽く叩いて励ます。
「泡はできるだけ喰らいたくないけど、即死するようなものでもないからできれば回避するくらいという程度で行くか。それよりも速攻討伐が結果的に被害が少なくなることにも繋がるだろうしな」
冷静に状況を分析しながら白波恭子(
jb0401)は大太刀を抜き放った。
「速攻討伐は私も賛成。でも、速攻討伐を目指すにしても、無茶し過ぎてみんなに迷惑をかけないように頑張らないとね」
アレーシャ・V・チェレンコフ(
jb0467)も敵を見ながら、ヒヒイロカネに収納した装備を選んでいく。ややあって取り出したのはメタルシールド。まずはスタンダードな性能の盾で行くということなのだろう。
落ち着いた様子で敵を観察し、打ち合わせをしていく撃退士たちの様子をじっと見続ける少女が一人。
その少女――姫寺 りおん(
jb1039)は自分に言い聞かせるように、決意を新たにした。
(僕の初依頼の目標は『多くを学び多くを知る』です。勿論サーバントも倒しますが先輩方の動きも見逃しません。さあ、頑張りますよ)
「さて……それじゃあ、ボクから行こうかな」
ジェラルドは調達してきたガラス板と発泡スチロール板を取り出す。
ガラス版はジェラルドの手によって既に大きな盾型に加工され、持ち手をつけられており、急造したにしてはいっぱしの装備に仕上がっていた。
それを見たりおんは、持参したビニール傘を自分も取り出す。
「ジェラルドさんも用意してきたんですね。僕も持ってきてみたんです――もしかしたら、一度くらいは攻撃が防げるかもと思って」
「ビニール傘か。うん。いいと思うよ。軽くて持ち手もあるから取り回しも良いし、存外にカバー範囲も広いしね。何より視界も塞がない」
微笑みを浮かべて答えるジェラルド。その一方でアーレイは二人の行為をやんわりと止めに入る。
「天魔の攻撃にV兵器以外は無力だと思った方が良いですよ?」
数々の依頼をこなしてきた経験者だからこそのアドバイスだけあって、その発言には単なる批判に留まらない重みがある。
しかし、経験の量という点ではジェラルドも劣らない。確信を持ってジェラルドは即席の盾を掲げてみせる。
「確かに、殆ど無力かもしれない。それこそ、たった一瞬で溶かされてしまうかもね。でも――その一瞬があれば、きみたちのボク……あるいはきみたちの誰かが有効な一撃を叩き込めることもある」
しばし沈黙が続いた後、ジェラルドはゆっくりと口を開いた。
「まぁ、何事も試してみなければわからないってことで」
アーレイ向けて語ると、地面を蹴って敵との距離を詰めるジェラルド。
外敵の気配を察知した彫像は、すぐさまジェラルドに振り向いた。
間髪入れず彫像が手にした筒から『泡』が噴射される。
本来ならば二枚の盾を付近にある『泡』で試し、有効な物を使用するつもりだったが、丁度良い所に手近な泡もなく、敵も速攻をかけてきた以上はそうも言っていられない。
ジェラルドは二枚の盾を『泡』に向けて突き出した。
二枚の盾が『泡』を受け止めた瞬間、そのどちらもがほぼ一瞬に近い速さで溶けて朽ちていく。
「おっとぉ……いやぁ、コワいねぇ……」
当のジェラルドはすぐに手を放していたおかげで無傷であり、一回きりではあるものの二枚の盾は彼を守ったようだ。
敵からの『泡』を防いだチャンスを無駄にはしまいとジェラルドは地面を蹴って跳躍し、敵へと肉薄。シルバーレガースを用いた蹴りを敵の脇腹に叩き込む。
「やっぱり……硬いね!」
彫像の身体は伊達ではないようで、脚甲を付けた蹴りを受けても大きくへこむだけで、壊れまではしない。
しかし、隙を作るには成功したようで、続々と仲間たちの攻撃が始まる。
「援護するであります! 二階堂殿はその隙に突貫を!」
PDWを連射しながら移動し、沙都梨は敵の側面に回り込もうとする。
連射で銃弾を浴びせ続けてくる沙都梨に彫像が向き直った瞬間――
「うむり。私の行動スタイルにはシンプルな作戦は適しているのです。思いっきりぶつかっていくぞ!」
銀色のツインテールと一対の白刃が閃き、全力で超回転するかざねが彫像へと突っ込んでいく。
慌てたように彫像は標的をかざねに変えて『泡』を噴射する。
僅かに出た『泡』がかかったものの、なんと凄まじい回転の勢いによって、かざねはそれを払ってしまう。
そのまま回転の勢いを乗せてかざねは彫像を何度も斬り刻んだ。
回転が威力に補正をかけ、また、何度も斬り刻んだだけあって、彫像の硬い身体にも浅くはない傷が刻まれる。
「にしても彫像って、固いですよね。剣に固い感触ばっかりします」
回転殺法を終えたかざねが感想を言うのと同時、後方から祥雲が全力で跳躍してくる。
一気に敵との距離を詰めた祥雲は落下の勢いを乗せて彫像へと斬りかかった。
「舐めないで……欲しいな……!」
祥雲の振り下ろした打刀は彫像の腕に直撃するが、斬り落とすには至らず半ばで止まる。
「さっさと……倒れろ……!!」
それでも祥雲はめげることなく、もう一度打刀を叩きつけた。
今度は更に深くめり込み、彫像の腕を三分の二まで切断する祥雲の斬撃。
それに続くように動いたのは恭子だった。
祥雲と同じタイミングで接近していた恭子は大太刀を構え、チャンスを窺っていたのだ。
今を機とみた恭子は渾身の力で愛用の大太刀を振り下ろし、切れかかっていた彫像の腕を斬り落とす。
「まずは腕一本だな」
しかし、彫像も負けてはいない。
残ったもう一方の腕で『泡』をめちゃくちゃに撒き散らし、かざねたちを追い払おうとする。
咄嗟に反応できたかざね、恭子、沙都梨の三人は無事に後方へと飛び退く。
「んー……コレはマズイなぁ……戦略的撤退っと☆」
焦ったことで一瞬反応が遅れた祥雲だったが、ジェラルドに引っ張ってもらうことで共に事なきを得た。
「ありがとう……ございます……」
祥雲がジェラルドに礼を言うと、その横を氷の錐が通り過ぎていく。
「こっちで敵を押さえるから、今のうちに十分な距離をとって」
氷の錐を次々と発射しながらアレーシャが言う。
時を同じくしてアーレイも動き始めていた。
「普段は正面から攻撃をぶつけるのですが……後ろに回ろうと足を使うのは珍しいですね……ボクシング漫画の影響でもないでしょうが」
最近、脚を使って戦うボクサーの漫画を見たらしいアーレイは軽快なフットワークで斜め後方へと回り込むと、電撃を放射して彫像を攻撃する。
「ヒリュウ、僕たちも行きましょう!」
魔法攻撃する遠距離組二人が奮闘しているのに負けじと、りおんも相棒である『ヒリュウ』を召喚。
りおんが指を彫像に付きつけるのに合わせ、『ヒリュウ』は口から火球を吐き出し、彫像を攻撃する。
氷の錐と電撃、そして火球の三連攻撃を受け、彫像は『泡』の噴射を止めてガードに専念せざるを得ない。
その隙に近距離組は一旦離脱し、体勢を立て直す。
一方、彫像は付近に敵がいなくなったのを見て取ると、足元に転がった自分の腕を拾い、その断面に『泡』を吹きかける。
間髪入れず彫像が自分の腕をくっつけると、断面は綺麗につながり、腕が元通りに修復された。
そればかりか、先ほどかざねにつけられた傷に『泡』をかけ、少ししてそれを拭うと傷も綺麗に消えている。
「痛んだとこから修復しようとするですか! まったく、人には害。自分には回復と都合のいい泡ですねぇ。そんなときは直すよりも早く壊すのだ! 攻撃をづけてダメージのが多ければ勝てる!」
憤慨しながらも意気込むかざねだが、その近くで同じ光景を見ていたジェラルドはまた違った考えのようだ。
「確かにそうだけど、もしかすると、あの泡……逆に利用できるかもしれないよ」
「逆に利用……でありますか? しかし、あの泡は彫像本体には無害でありますが……」
思わず聞き返す沙都梨に向け、ジェラルドは語り始めた。
「その通り。だからあの泡そのものでダメージを与えるわけじゃないよ」
くっつけた腕の断面を注意深く観察しながらジェラルドは続けた。
「見た所、あの彫像は泡を浴びても『溶けてなくならない』だけで、『全く溶けない』わけじゃない。だからこそ、溶かしてくっつけるなんてコトができるんだろうけどね。傷が消えたのも表面を薄く溶かして磨いたからだと思うよ☆」
すると恭子とアレーシャも彼の意図に気付いたように頷く。
「なるほど。つまり泡がかかる事自体はダメージではないが――」
「――少なくとも、補修している最中はいくらか柔らかくなってるってことね」
息の合ったタイミングで言葉のバトンを繋ぐと、二人は再び同時に頷く。
「まぁ、やってみる価値はあるんじゃないでしょうか」
アーレイからの賛同を受け、ジェラルドは祥雲とりおんに向き直った。
「というわけだから、きみたちも力を貸してほしいな」
祥雲とりおんは互いを一度見やると、二人揃ってジェラルドに頷く。
「……可能な限り……ボクも協力します」
「勿論です。先輩方と一緒に頑張りますよ」
後輩たちからも賛同を得たジェラルドは彫像をしっかりと見据えた。
「まずは片方のスプレーを封じてほしいな。それから一本のスプレーだけをパワー最大で使わせるようにすれば、何とかなりそうだよ」
ジェラルドの頼みを聞いて早速、沙都梨が動いた。
沙都梨は彫像へと正確に狙いを付け、左手のスプレーに集中砲火を浴びせる。
「了解でありますっ! ご武運を!」
スプレーも本体と同じく硬い物質でできているらしく、集中砲火を浴びてもすぐには壊れない。
しかし、全くのノーダメージというわけでもないようで、彫像は焦ったように腕を曲げてスプレーを庇い始めた。
「私も行くわ」
追い打ちをかけるようにアレーシャも氷の錐を再び放つ。
「ヒリュウ、もう一度頼みます!」
りおんも負けじとヒリュウに指示を出し、火球による攻撃を要請する。
左腕に集中攻撃を受けた彫像が、とてもではないがノズルを敵に向けられる状態ではなくなったのを見て取り、アーレイも動いた。
「素直にスタン狙った方が早そうですし」
スプレーへの攻撃は三人に任せ、アーレイは彫像の胴体に向けて電撃を放つ。
そして、仲間たちの攻撃とタイミングを合わせてかざねは正面から突っ込んだ。
両手に握った剣とツインテールを振り回し、回転殺法をしかけるかざね。
彫像はそれを迎撃しようと、右手のスプレーを噴射する。
しかし、魔具に『泡』がかかることも厭わずに武器を振り回したおかげで、結果的にかざねは『泡』を振り払いながら突き進んでいく。
(私のこぷたーをもってすればそんな攻撃なんて! 回避できるんだぞ!)
熱い意気込みとともに高速で回転し、突っ込んでくるかざねを何とか止めようと、彫像はスプレーの出力を最大まで引き上げた。
その瞬間、ジェラルドが横合いから彫像へと跳びかかった。
咄嗟にかざねから彼へとスイッチされるスプレーの標的。
滂沱の如し『泡』が空中でジェラルドにかかる直前、りおんは持参したビニール傘を放った。
「これを!」
受け取ったビニール傘を空中で開き、ジェラルドは『泡』を防ぐ。
「確かに一瞬で溶けてなくなった……でも、その一瞬で十分だよ☆」
傘が一瞬だけ攻撃を受け止めたチャンスを逃さず、ジェラルドはスプレーに跳び蹴りを放って強引に方向を変える。
蹴り動かされたスプレーは彫像本体に向き、敵は大量の泡を頭から全身に被ることになる。
「今だよ!」
ジェラルドの合図を受けて、祥雲と恭子が同時に地面を蹴った。
「しつこいんだよ……!」
「あたしが少々やられても、ほかのだれかが続いてくれるだろう――なら、是非もない」
泡をかぶったせいで視界が防がれながらも彫像はスプレーを向けてくるが、それを恐れずに二人は敵の懐に飛び込みつつ、手にした刀を振り下ろす。
祥雲が左半身、恭子が右半身に刀を叩きつけると、やはり硬い感触が刃を通して伝わる。
それでも先程とは違い、二人は敵の腕から肩口あたりを一撃のもとに斬り落とすことに成功した。
二人が飛び退くと、頭と胴体そして脚だけとなった敵に向け、遠距離からの一斉攻撃が放たれる。
「一気に押し切るでありますっ!」
沙都梨の声に呼応し、りおんも相棒に最後の指示を出す。
「はい! いきますよ先輩方! ――ヒリュウ、とどめです!」
フルオートの銃撃に氷の錐と電撃、そして火球を受け、残った彫像のパーツは木端微塵に大破した。
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戦いを終え、アーレイはふと冗談めかして言う。
「天使もどうせなら気を効かせて美白成分のある泡でも作ってくれればいいのに。女のシュトラッサーだって結構いますよね……そういえば女の天使っていましたっけ? ギメルが実は……ないない」
一方、沙都梨は武器に異常がないか入念にチェックしていた。
沙都梨はとりあえず早く帰って武具を洗浄し、自分の体も治療して洗いたかった。
どれもこれも大事な武器防具なので、普段から大切に思い、扱っている。
ゆえに帰ったらピカピカ手入れするつもりだ。
現場の被害状況を確認し終えたりおんは、携帯電話を取り出した。
「もしもし、来栖さん? たった今、討伐完了しました。はい、被害は最小限に抑えることができました。あ、それと、心配してくれて、ありがとうございます。それじゃ、また後で――」