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「行くよ!」
フランベルジェを抜き放った雪室 チルル(
ja0220)は初手から全力で斬りかかる。
「……さーって。『最速のブレイカー』の第一歩、踏み出すのだ……フルアクセルで!」
左手でテンガロンハットを押さえ、笑みを浮かべたフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)もチルルの攻撃に合わせるようにして疾走を開始する。
「戦闘開始」
感情を込めない声で呟き、自分の中にあるスイッチを切り替えた白朔 稲荷(
jb0890)は全長1.5m程の両手持ちの戦槌――バテン・カイトスを肩に担ぐことで片手で保持する。
戦槌を担いだ彼女は、チルルとフラッペに並ぶように疾走を開始した。
三人が臨戦態勢に入り地面を蹴ったのを確かめ、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は拳を握り、自分も敵へと肉薄する。
マキナたち四人が一気に距離を詰めてくるのを察知した彫像は、即座に『衛星』からビームを放って四人を迎撃しにかかった。
「その程度でボクは止められないのだ!」
アウルを脚部に流し込み、瞬間的に脚力を増大させたフラッペは共に走る三人よりも突出する。
そのせいか、『衛星』から幾条ものビームが放たれ、集中砲火の様相を呈するも、フラッペは自分の脚力を信じて走り続ける。
上空からのビームに穿たれ、それと同時に走り抜けるフラッペに踏み抜かれて、気付けばアスファルトは穴だらけだ。
「僕たちの出番のようですね。フラッペ君の援護と同時に接続ケーブルも狙っていきましょう。行きますよ――牧野さん、エリクシアさん……黒玉の渦よ、すべてを呑み込め。ジェット・ヴォーテクス!」
「ええ。来栖さんから無事にと言われておりますので余計な傷は作りません――もちろん、誰一人として」
遠方から戦況を観察しつつ、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は牧野 穂鳥(
ja2029)、純白のエリクシア(
jb0749)の二人と言葉を交わした後、各々の得意とする攻撃で援護を開始する。
「了解。目標捕捉、ストライクショットを使用します」
グラルスが放った『漆黒の風の渦』と、 穂鳥が放つ『帯電する蕾』。
それら二つの攻撃魔法は『衛星』に向けて正確無比に放たれた。
加えてエリクシアもアサルトライフルの連射を放つが、三人からの一斉攻撃は、『衛星』が自ら発散するエネルギーによるバリア――フォースフィールドで全弾を防御されてしまう。
それでもフラッペが突撃する隙を作ることには成功し、彼女は迎撃を切り抜けて彫像の懐へと入り込んだ。
「Are you ready ? ……用意できてなくても、行くのだッ!」
フラッペは強化した脚力に任せて跳躍。
更には彫像の肩を踏み台にしてもう一段階跳躍する。
一気に数メートルの高さに達したフラッペはそのまま空中で身を捻り、『衛星』へと胴回し回転蹴りを放つ。
「おおう!?」
しかし、フラッペの蹴りは炸裂する寸前で、『衛星』を起点として展開されたフォースフィールドによって阻まれた。
まるで鋼鉄の防壁を蹴ったような感触が脚に伝わると同時、フラッペはその反動で跳ね返される。
そのまま落下し、尻餅をつくフラッペ。
一方、稲荷は言葉少なに言うと、大槌を彫像に向けて繰り出した。
「死なず……。少しばかり頭にくる」
脇腹に向けて放たれた大槌の一撃。彫像はそれを左手に持った盾で受け止める。
盾は相当に頑丈なようで、大槌の一撃を正面から受け止めても壊れない。
だが、大槌の一撃は全くの無駄に終わったわけではない。
彫像の死角から接近し、スキルの力で闇に潜んで機を窺っていたレオンハルト・ハイドリヒ(
jb0736)が瞬間的に飛び出すと、背後から奇襲をかける。
「ここには、僕の納得できる終わりはあるんだろうか……」
誰にともなく問いかけながら、レオンハルトは闇の力を宿した右手で彫像の肩や関節を殴りつけた。
他の部位よりも脆いはずの関節を狙った攻撃だが、レオンハルトが右手に感じた手応えは芳しくなかった。
彫像という形をしている以上、硬質の身体を持っていることは予想の範囲内だが、もしかすると既存の鉱物よりも硬度が高いのかもしれない。
関節のへの攻撃に平然と耐えきった彫像は、すぐに振り返るとレオンハルトに槍を突き刺そうとする。
咄嗟の反応で横っ飛びをしたレオンハルトの頬を槍の穂先がかすめ、横一文字のかすり傷と僅かな血の滴を飛ばす。
「敵に平然と背を向けるのは感心しませんね」
「まだ凧揚げのシーズンじゃないんだから!」
マキナは握った拳に、チルルは剣にアウルを込め、彫像の背中へと思い切り叩きつける。
鈍い音の残響とともに跳ね返される二人の武器。
思いの外頑丈な敵を前に表情をより一層引き締める二人に、フラッペは立ち上がりながら問いかけた。
「随分とハードでへヴィな敵なのだ。インフィルの子がすべてのアウルを込めた一か八かのショットを……しかもゼロ・ディスタンスで撃ち込んでやっと穴一つっていうのも頷けるのだ。でも、粉微塵になるまで叩き壊すっていう予定は変わらないのだ?」
「無論です――不死と言えど穴が開く。ならばその身を微塵と砕くまで。四肢を喪っても尚戦えるか否か。五体を塵とされても、生きられるか否か――死と言う絶対の終焉(おわり)を是と出来ないのならば、私がそれを与えましょう。不死など認めない……断じて」
いつも口数の少ないマキナにしては多弁なことに驚くも、彼女の揺るがぬ決意を感じ取ったフラッペは、先程と同じく左手でテンガロンハットを押さえて頷く。
「なら、ボクがすべきことは一つなのだ『最速のブレイカー』として、『一発の弾丸』として、あの敵に風穴を開けてやる――ボクにできるボクのやり方で力を貸すだけなのだ」
一方、彫像との距離を測りながらレオンハルトと稲荷も言葉を交わしていた。
「不思議な子だ。命を厭わない戦い方なのに、『終わりを欲している』感じが全然しない」
「――『我が身既に死人なり』ボクはただそう考えているだけ。既に死んでいるんだから、生きたいも死にたいもない。ただそれだけ」
レオンハルトと稲荷らしい淡々とした会話だ。
「話は済んだみたいだし、とっとと倒しちゃお!」
仲間たちを順繰りに見やったチルルはガッツポーズの代わりにフランベルジェを構えてみせる。
次の瞬間、五人は目配せ一つないにも関わらず、あたかも入念に申し合わせたかのようなタイミングで同時攻撃をかけた。
彫像へと叩き込まれる数々の攻撃。
だが、そのことごとくは彫像の硬質な身体、あるいはそれ以上に硬質な盾によって防がれる。
五人の攻撃を受け止めながら彫像は一気に反撃へと転じた。
豪快に振るわれた槍や盾での攻撃は四人へと容赦なく襲い掛かった。
ある者は槍で貫かれ、ある者は盾で殴り倒されて地に伏せる。
しかし、それでもなお、五人は立ち上がる。
――各々の渇望や意地を、立ち上がる力として。
「どう見ます?」
五対一の激戦を見ながら、グラルスは傍らに立つ穂鳥とエリクシアに水を向けた。
「そうですね……私としては、一つ解せないことが」
そう答える穂鳥に続き、エリクシアも相槌を打つ。
「同感です。なんというか、あの敵は非効率的なことをしているような気がします」
エリクシアを見つめて頷いたグラルスは、再び穂鳥へと目を向け、無言で先程の続きを問いかける。
「おそらく、私やグラルスさん、そしてエリクシアさんも同じ違和感を抱いているのだと思います。違和感の正体、即ち『解せないこと』というのは、ひとえにあの敵の戦い方です。率直に言って、あの彫像の戦闘力ならば『衛星』を使う必要がないのではないかと」
穂鳥にも頷くと、グラルスは今もチルルたちと戦い続けている彫像を見て言う。
「その通り。おそらく既存の鉱物を上回る強度を有する身体、そして同様の物質で作られているであろう槍と盾。その一方で思いの外に滑らかな可動――それこそ生身の人間とも遜色がないほどの動きが可能。既にこの時点であの敵は攻防一体。尖兵として用いられるサーバント――兵器として完成しているんです。だから別に『衛星』を無理して使う必要はない。むしろ、強力なビームとバリアはエネルギーを食い過ぎるでしょうから、使わない方がかえって効率的とすら言えます。そもそも、『衛星』など使わずとも十分な戦闘力があるのですから」
そこで一度言葉を切ったグラルスは魔法書を開き、それから続きを語る。
「たとえば僕の行使する魔術はアウルや魔力と呼ばれる有限のパワーを必要とします。天魔の行使する力もアウルと似たようなものだそうですから、あの敵も魔力と呼ばれる類の力を有している可能性は高い。そして、あのサーバントが食物を摂取しているとは思えない以上、稼働に必要なエネルギーは体内に蓄積された魔力である可能性も高いはずです。もしそうだとすれば、ビームやバリアの使用は非効率どころではありません。なにせ、敵地の真ん中で稼働時間を縮めることになりかねないのですから」
「試してみましょう。これではっきりするはずです。グラルスさん、エリクシアさん、ご協力をお願いします」
二人に合図を出すと、穂鳥は再び魔法攻撃を放った。
彼女に続き、グラルスは魔法、エリクシアは銃撃を放つ。
そして、穂鳥の予想通り、『衛星』はフォースフィールドを展開してそのすべてを防御する。
確信に満ちた表情となった穂鳥は、静かに呟いた。
「やはりそうでしたか――」
するとエリクシアがすかさず問いかける。
「どういうことでしょう? 穂鳥さんは今の一撃で謎が解けたようですが」
「あの敵は『衛星』が破壊され、使用不可になったとしても困らないはずなのに、貴重なエネルギーを使用してバリアを張りました。そうせざるを得なかった理由はたった一つ――それはこれからわかります」
すると穂鳥は接近戦の真っ最中である仲間たちに告げた。
「無理を承知でお願いします。これから五分……いえ、三分で結構です。絶え間なく攻め続けて敵を押さえつけてください。これからその敵は身を挺してでも『衛星』を守ろうとするはずです……何としてもそれを阻止してください。そして可能ならば、『衛星』の破壊を」
穂鳥からの頼みを受け、五人は即座にそれを受諾する。
「あたいたちなら大丈夫! 行こうみんな!」
チルルからの返事が来るが早いか、穂鳥たち三人は全力の遠距離攻撃を放った。
魔法と銃撃による一斉攻撃に対し、『衛星』は全力でフォースフィールドを展開する。
ぶつかり合う一斉攻撃とバリア。
その勝敗は攻撃側に傾きつつあるようで、バリアは集中攻撃を受けた場所が破られかかっている。
しかし、そうはさせまいと彫像が動いた。
遠距離からの一斉攻撃を防ごうと、『衛星』の前に手にした盾をかざそうとする。
「倒す。そう言った」
敵の思惑通りにさせまいとするのは撃退士たちも同じだ。
すかさず動いた稲荷が横合いから大槌を力任せに叩きつけ、彫像がかざそうとした盾を払う。
妨害された怒りからか、彫像は彼女を槍で刺そうとする。
「不死など認めない――絶対に」
仲間を救うべく、マキナはすかさず槍の柄を掴んで攻撃を阻止する。
それと同時にマキナは渾身の正拳突きを彫像の腹に叩き込んだ。
痛烈な一撃を受け、彫像はマキナに視線を移す。
「そっち側を見ている余裕なんてあると思ってるの? ――お正月までおとなしくしていなさい!」
彫像の注意がマキナに向いた瞬間、間髪入れずチルルは垂直に跳び上がった。
隙を突いてチルルはバリアの一斉攻撃を受けて破れかかった部分にフランベルジェの刀身を思い切り叩きつける。
アウルを込めた大上段の斬撃はバリアに大きなダメージを与えるが、まだ破るにはあと一歩足りない。
「欲しいだけさ……納得のいく終わりが。でもここはどうやら……その場所ではないみたいだ」
そう呟くと、レオンハルトは全長1.5m程度の投槍――ピルムを放り投げた。
放られた投槍はバリアの破れかけた部位を直撃し、遂にバリアを破って突き刺さる。
しかしながら、バリアを破る際に威力が減衰されたのか、『衛星』そのものには後一方で届かない。
それでもレオンハルトはやり遂げた顔になると、フラッペに告げた。
「後は頼んだよ」
「オッケーなのだ! 随分と手強かったけど、これでフィニッシュなのだ!」
フラッペは一度跳躍し、マキナが押さえた槍を中継点として再度跳躍すると、その勢いを利用して空中で回転する。
そして、フラッペはアウルを流し込んで最大まで強化した脚力で宙返りからの蹴り――サマーソルトキックをピルムへと叩き込み、あたかも釘を槌で叩くようにして槍を打ちこんだ。
打ち込まれた槍が『衛星』を貫通した直後、フラッペは綺麗な着地を決める。
フラッペが即座に振り返ると、彫像はまさに『彫像そのもの』となったように、ぴたりと動きを止めていた。
「止まったのだ。まあ、そんな気はしてたのだ」
確かめるようにフラッペが彫像を拳で小突くも、彫像は微動だにしない。
「これを予想して? にしても一体どうして?」
エリクシアはグラルスと穂鳥に問いかけた。
「もしかしたら『衛星』が破壊されることを何よりも恐れているのではないか――そう思った時、不死の謎も解けたんです」
グラルスが言うと、それを引き継ぐように穂鳥も言う。
「そもそもこの彫像は不死でもなんでもないのです。なにせ、最初から『生きてすらいない』のですから」
薄々真実に感づき始めているエリクシアに向けて、穂鳥はなおも言った。
「先程、雪室さんは「まだ凧揚げのシーズンじゃないんだから!」と仰いました。おそらくこの敵の姿は、そうした『人型の敵が凧のような武器を使う』という先入観を相手に植え付ける為のもの。現に、彫像が本体だと勘違いした先発隊の御三人はその策に嵌ってしまいましたから」
それだけ聞いてエリクシアは真実を聡く理解した一方、今度はチルルが困惑の表情を浮かべている。
「え? どういうこと? この硬い奴が物騒な凧を揚げてたんじゃないの?」
本気でわからない様子のチルルに、グラルスが答えた。
「つまり、凧の方が本体だったんだよ。この彫像はリモコン操縦のロボットみたいなもので、凧の姿をしたサーバントが自分のエネルギーを流し込んで操っていたんだ。だから、どれだけ攻撃されても、それどころか手足や首が取れても部品が外れるだけだから、痛くもなんともないんだろうね。こっちが本体で、凧の方は厄介な武器だと勘違いした相手が『本体さえ倒せばあの厄介な武器も止まるはず』って思って彫像一本狙いで来た所をダメージを度外視したカウンターで倒す――そうした心理戦を想定した設計だったんだろうね」
グラルスが説明を終えると、穂鳥は仲間たちに持ちかけた。
「来栖さんに報告を兼ねてご挨拶に行きましょう。心配して頂いた分、安心して頂けると良いのですが」