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「――あぁ本当に穴だらけだわ」
現場となった市街地の一角にかけつけた常木 黎(
ja0718)は、穴だらけになった街並みを見ながら、へらへらと笑う。
「高速で飛び回る上に飛び道具が効き辛いとは厄介な敵ですね。どこまでお役に立てるか分かりませんけど、最善を尽くさせていただきます」
同じく穴だらけになった風景を目の当たりにした楊 玲花(
ja0249)も、黎に相槌を打つように言う。
「槍型の化け物か長物相手なら、やることは決まっているが、やりづらいか」
玲花の言葉を聞いた大澤 秀虎(
ja0206)は静かに呟きながら、愛刀の鯉口を切った。
「一般人に被害が出る前に、何とかしないと……」
被害の酷い街並みを見ながら、痛ましげに、それでいて強い決意の感じられる顔で言うのはRehni Nam(
ja5283)。
レフニーが言ったのに同調するようにして、雫(
ja1894)も呟いた。
「その通りです。そして、私たちも全員無事に帰りましょう。来栖さんに心配を掛ける訳にもいきませんから……」
噂をすれば何とやら。
撃退士たちが言葉を交わしていると、何かが風を切る音が近付いてくる。
「来たようですね」
敵である槍従者の接近をいち早く察知したのは、優れた感知能力を持つ雫だ。
雫からの知らせで、レフニーは素早くカイトシールドを持つと、そのままどっしりと構えた。
――ひょっとしてこいつ、『止まっているもの』を優先的に狙ってるんじゃねえか?
敵への対策を話し合った時、仲間の一人が立てた仮説。
その真偽を確かめるべく、レフニーは恐怖を理性で押さえ込み、微動だにせず立ち続ける。
「さて、私に向かってくればいいのですが……」
ふと呟くレフニー。
彼女の意図を察したのかどうかは定かではないが、敵は方向転換して彼女へと突撃してきた。
「防護は多いに越したことはありませんからね。文字通りの意味で二重の防御なのです」
どこか槍従者に聞かせるように言うと、レフニーはアウルを『鎧』のように纏い、防御を固めた。
甲高い音を立て、レフニーの盾に槍従者が激突する。
「雫さん!」
「はい!」
胸騒ぎを感じ、玲花と雫は横合いから槍従者を攻撃する。
槍従者への対策として、既にレフニーの盾にはグリスが塗られていた。
加えてレフニーは激突の瞬間に盾を傾斜させることで、刺突の威力を減らそうとする。
だが、それらをもってしても、槍従者の凄まじい貫通力を衰えさせることはできなかった。
刺突を受けた盾は容易く貫通され、更には激突の衝撃があまりにも凄まじかったのか、上半分が吹き飛ばされている。
雫が横合いからフランベルジェの刀身で槍従者を殴りつけ、更には玲花も苦無を投げつけたことで槍従者の軌道がずらされ、レフニー自身も咄嗟に上半身をスウェイさせたおかげで、彼女自身は髪の毛を数本掠めただけで済んだ。
だが、もし一瞬でも判断が遅れていれば、今頃レフニーの上半身も盾と同じことになっていたかもしれない。
「ありがとうなのです」
「いえ。お気になさらず」
「ともあれ、あなたが無事で良かったです」
短く言葉を交わす三人。
その横で黎が呟く。
「まったく……あれじゃあ槍っていうより、APFSDSだねぇ」
黎がぼやくように言うと、三人は難しい顔で振り返った。
「APFSDS?」
「何かの略語ですか?」
「聞いたことない単語なのです」
三人から一斉に問いかけられ、黎はほんの僅かな間、困ったような顔をした後で説明を始める。
「そうだねえ……簡単に言うなら――現代兵器の一つに徹甲弾、つまり『先が鋭く尖った砲弾』があるんだけど、APFSDSっていうのはその最新型かな。あの槍って砲弾のような速度で飛んでくるし、避弾経始……要はレフニーちゃんがやったように装甲を傾斜させて砲弾の運動エネルギーを逸らす防御方法も効きにくいし、おまけに着弾時に凄まじい衝撃波が発生して被弾部位周辺を吹き飛ばすのもそっくりだしねえ」
すると今度は秀虎が口を開いた。
「なるほど――徹甲弾と思えば話は早い。徹甲弾を装填したメルカバ戦車となら傭兵時代に戦場で遭遇したことがある」
抜き放った刀を正眼に構えながら事もなげに言う秀虎に、黎は水を向けた。
「あんた中東にいたのかい。で、今生きてるってことは、その時は運良くRPGでも持ってたんだろうけど――」
「――いや、なかった。一振りの太刀のみだ」
またも事もなげに言う秀虎。
そんな彼に対し、黎はどこか呆れたような顔で苦笑する。
「まったく、でたらめな男だよ。最強の陸戦兵器の一種と遭遇して、刀一本で生き残ったっていうんだから。ま、戦車よりも強い天魔って存在と戦ってる私たちが言えたことじゃないけどね」
「撃破するならともかく、生き残るだけなら刀一本で十分だ。こんな風にな」
槍従者と相対した秀虎は、摺り足で周回軌道を描く体捌き――円の動きを駆使し、突っ込んでくる敵を危なげなく回避する。
「動きが早かろうと遅かろうと、武器である限りは予測はつく。なまじ砲弾の如しならば、できるのは直線の動きのみ。ならば円を描くことでその優位性は殺せる――」
敵が大振りの一撃を外したことで生じた隙を突いて秀虎は刀を全力で打ち下ろし、直後に刀を反転させ一気に切り上げる。
「巌流、燕返し」
秀虎の斬撃は槍従者の柄部分を捉え、一瞬であるが動きを止める。
そして、それを逃すまいと玲花が動いた。
壁走りの術による立体的な動きで一気に距離を詰めた玲花は、ネフィリム鉱製の脚甲を纏う脚を振り上げ、槍従者に踵落としを叩き込む。
甲高い音を立てて地面に激突する槍従者。
敵はすぐに飛行を再開しようとするが、動けずにその場で止まってしまう。
「影縛りの術です――どれだけ持つかはわかりませんが」
踵落としに込められた影縛りの術により動きを封じられた敵に拳銃を向けながら、黎は口笛を吹いた。
「All right! ……さて、効果が分り易そうな的(マト)で何より」
冷笑し、トリガーを引く黎。
拳銃から放たれた銃弾は狙い過たずに槍従者へと命中する。
被弾した途端、槍従者は表面が泡立ち、白煙を上げながら溶け始めた。
「後はあんた達がやっちまいなよ」
黎からの合図で、雫とレフニーが動いた。
「これで終わりなのです!」
ヒヒイロカネから取り出した大槌――スタンプハンマーをレフニーは豪快に振り下ろす。
やっとのことで影縛りの術から脱した槍従者はそれを正面から貫通することで、レフニーを返り討ちにしようとする。
だが、溶けかかった穂先では先程のようにはいかず、槍従者はあえなく大槌に叩き落された。
大槌の一撃でひん曲がりながら、なおも飛行しようとする槍従者に向け、雫は言い放つ。
「落ちなさい!」
その言葉とともに振り下ろされるフランベルジェ。
金属同士のぶつかり合う甲高い音がした後、槍従者は真っ二つに叩き折られ、遂に活動を停止した。
「ふう、これで被害も収まるですね……良かったのです」
敵を倒し、一息吐いたレフニー。
そんな彼女に黎も相槌を打つ。
「ま、一安心かな。それにしても今回は面倒なのと当ったわねえ……と、ぼやいても仕方なし。まあ……アシッドショットの試射には丁度良かったし」
「アシッドショット?」
問い返すレフニーに、黎は拳銃を掲げてみせる。
「今しがた私が撃った銃弾よ。あれ、そういうスキルなの。今回の敵にはめっぽう効いたみたいだけど……授業料が報酬を軽く上回ってるのが珠に瑕、ね」
槍従者の残骸と手中の拳銃を交互に見ながら、嘆息する黎であった。
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一方その頃。
何ブロックか離れた通りで、赤坂白秋(
ja7030)たちはもう一体ならぬ、もう一振りの槍従者と戦っていた。
「さて――槍と踊るか」
軽口を叩いている白秋だが、過去に戦った魔剣と呼ばれる剣型のディアボロを想起する彼の心には重い決意が秘められていた。
(あの時は一般人の血が流れた。今度は、必ず)
同じく軽口を叩きながら戦っているのは下妻ユーカリ(
ja0593)だ。
「シミターも手強かったけど、今度は槍かー。槍を持った武者、とかだったら、やりようはいくらでもあるんだけど……槍だけに」
それに気を良くしたのか、白秋は笑いながら言葉をかける。
「はっはー! ダジャレを言ってる余裕があるとは頼もしいぜ」
その横でクレア(
ja0781)が頬を膨らませ、敵に向けて言う。
「ちょこまかとうるさいねっ! 鉄拳制裁だっ☆」
怒り心頭のような物言いだが、その実、クレアは戦闘を楽しんでいるようだった。
クレアの純粋な笑顔にどこか残酷さが感じられる。
三人とは対照的に、卜部 紫亞(
ja0256)と藍 星露(
ja5127)は難しい顔で言葉を交わしていた。
「これは中々…滅ぼし甲斐のありそうな敵かしらね。既に今更感が漂うけど、早々に片付けないと被害が広がる一方なのだわ」
「……何とかしなきゃだけど。うーん……ひとまず確実に動きが止まるまでは慎重にいかせてもらいたいわ……田楽刺しは勘弁してほしいもの……」
「ええ。まずはどうにかしてあの動きを止めないと……金属に毒は効くのかしらね? 腐食毒とかなら、まだ分かるのだけれど」
ふとした紫亞の呟きに、ユーカリが反応する。
「相手は一応、天使が生み出した『新生物』だから、無機物系のサーバントでも、効かないとは言い切れないよ。というか、無機物系のサーバントは何考えてるんだか分からないのが、こわいっていうか」
壁走りの術を使って縦横無尽に動き、間一髪で刺突を避けたユーカリは、その直後にまたも紫亞に話しかけた。
「っとお! あっぶなかったー!! でね、ちょっと疑問なんだけど。槍にずっと地面を掘り進ませたら、果たしてブラジルまでたどり着くのか――気にならない?」
突拍子もない質問に、紫亞は一瞬返答に窮するも、ユーカリはすぐに笑ってその話を流す。
「そんな疑問が浮かんでは消えるけれど、まーとりあえず今回は倒しておくよ。ブラジルの人も困るかも知れないし」
快活に喋りながら、ユーカリは指の間に苦無を挟んだ両手を胸のあたりで構えた。
「とにかく、こっちはひたすら手数で勝負。一定確率で飛び道具を無効化するんだったら、単純に攻撃回数を増やせばいいだけっ。わたし頭いい!」
確信に満ちた表情で言いながら、両手を振るい左右合計八本の苦無を一度に投げつけるユーカリ。
彼女を見て紫亞はくすりと笑うと、アウルによる魔法で毒の霧を発生させて槍従者を攻撃する。
「そうね。一理あるわ」
八本の苦無を貫通し、諸共せずに突っ込んでくる槍従者は毒の霧にも正面から突入する。
毒の霧に包まれながらも、敵は特に変調をきたした様子はない。
だが、紫亞はそれに焦るようすもなく、冷静に告げた。
「今よ――捕獲するチャンスなのだわ」
確かに毒によるダメージはあまりなかったようだが、それでも霧である以上、敵をかく乱することはできていた――それを鋭く見抜いた紫亞の合図で、まずは星露が動く。
「近付いて素手で掴むのは危険だものね」
柄が2.6m程ほどもある長大な戦斧――ゴグマゴグを取り出した星露は中国拳法から取り入れた動きで身体を大きく旋回させ、遠心力を乗せた重い一撃を槍従者に向けて振り下ろす。
長斧をまるで刺又のように使い、叩きつけた先端で槍従者を抑え込む星露。
彼女に続くのは白秋だ。
「お転婆なダンスだな」
ニヤリと笑って軽口を叩き、白秋は鎖鎌を投げつける。
投げつけられた鎖鎌は回転しながら槍従者へと炸裂し、その勢いを利用して幾重にも絡み付く。
だが、敵の馬力たるや凄まじく、鎖鎌でがんじがらめにされた上、長斧に押さえつけられているという状態にも関わらず、激しくもがくことで今にも拘束を脱しようとしている。
そうはさせまいとクレアが槍従者に走って近付いた。
嬉々とした笑顔を浮かべるクレアは、地面に転がっていた鎖鎌の両端をそれぞれ掴む。
そして、槍従者を踏みつけながら、縛り上げるようにして両端を力の限り引っ張った。
「つ か ま え た ☆」
槍の姿をした従者と戦っている筈だが、この光景は傍から見れば狩人が野生動物を狩猟しているようと言ったほうが、もはや近いようにも思える。
阿修羅能力者としての筋力を総動員して押さえ込まれただけあって、槍従者はまだもがいているものの、その動きは殆ど封殺されてしまっていた。
ゆっくりと槍従者の正面に回った白秋は拳銃の狙いを穂先に合わせると同時、シニカルな笑みを浮かべる。
「ツンツンした女も好みだが」
撃発の直前、闇が集まったかのような黒い霧が白秋の拳銃の周囲に発生する。
冥界からの力を込めた銃弾を生成した白秋は、シニカルな表情のまま冷静にトリガーを引く。
速度と勢いの乗った刺突が繰り出せない状態では、さしもの貫通力も真価が発揮されないのだろう。
闇の銃弾を受けた穂先は甲高い破砕音を立て、大きく欠ける。
今のダメージが生存本能やそれに伴う底力を刺激したのか、槍従者は更に激しく暴れまわる。
だが、それと同じくクレアも底力をすべて注ぎ込むように敵を踏みつけ、更に強く鎖を締め上げる。
「まったくもうちょこまかとっ! いい加減、大人しくしなさいっ!」
全身全霊でクレアが敵を押さえつけているうちに、白秋は再び闇の銃弾を生成した。
「食い、千切るッ!」
銃弾の生成が完了するが早いか、白秋は弾倉内部に装填された闇の銃弾をありったけ敵に叩き込む。
更には紫亞も魔法で生み出した雷を両手へと充電しつつ、クレアに語りかける。
「少しの間で良いわ。敵から離れてくれるかしら? このままではあなたも巻き添えなのだわ」
紫亞の意図を理解し、クレアはその場を飛び退いた。
直後、紫亞の手から何発もの雷が魔力の限り撃ち込まれる。
槍の表面は勿論、巻き付いた鎖にもスパークした雷は相当のダメージを与えたようで、敵は身体から煙を吹いていた。
それでもふわふわと浮き上がり、槍従者は飛行を再開しようとする。
「終わりにするわね」
しかし、敵が飛行速度を取り戻すより先に、星露が長斧を振り上げた。
先程と同様に身体を大きく旋回させ、遠心力を乗せた重い一撃を放つ星露。
技の発動に合わせ、形状が緑色の巨竜を模した形へと変貌した光纏と、辺りに鳴り響く竜の咆哮の如き爆音とともに、星露は長斧を振り下ろす。
渾身の力で振り下ろされた長斧に叩き折られ、敵は完全に動きを止めた。
戦いを終えた白秋は、黎へと携帯電話越しに語りかけていた。
「おう、黎か? こっちは無事に終わったぜ。そっちはどうだ? ああ。そうか――はっはー! そいつはいい。高い授業料を払った甲斐があったじゃねえか。俺か? 俺ならさっきまでツンツンしたお嬢様とダンスしてたぜ。しっかし躾のなってねえお嬢様だったぜ――ああ、親の顔が見てみたい」
不敵に笑う白秋の呟きはあたかも、どこかで見ている天使に向けているようようだった。