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「また、罪もない人を素体とするディアボロですか。悪趣味というか……正直、吐き気がしますねえ」
現場に急行したエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、暴れている『雲』を見ながら怒りと悲しみの色が滲み出た表情で呟いた。
「似たような敵に心当たりでもあるのかね?」
エイルズレトラの一言から何かを察した八神・劫真(
ja2136)はすかさず確かめた。
「ええ。先日、恐竜の王者――T-REXと似た個体と戦いましてね。その個体は一生懸命働いて手に入れた自分の喫茶店を悪徳な不動産屋にだまし取られた女性を素体としたディアボロでした」
遠い目をしながら悲しげな表情と声音で語るエイルズレトラの呟きに相槌を打つように笹鳴 十一(
ja0101)も呟く。
「素体がこれ見よがしに、ねぇ……どうにも、悪意を感じるなぁ。こういう手を好む冥魔、絶対に好きにゃなれねぇわ」
十一の声に続き、風音と雨音が入り混じる中シャルロットの声も響く。
「想いを利用されているなんて……でも、生きていたら有紗さんはきっと自分のやった事を後悔するだろうからきっと止めてみせる」
「人は一人だと簡単に折れてしまう。でも支えがあるなら簡単に折れはしない。人の心よ思い出せ、魔よ剋目せよ、これが人間だ――そう、僕たち二人の行動で体現したいところですね。行きましょう、シャルロット」
シャルロットに向けて、彼女の隣に立つ蘇芳出雲(
ja0612)は一度頷いてから相槌を打ち、二人は互いの決意を確かめ合った。
そんな二人の様子を見ていた雨宮 祈羅(
ja7600)は、ややあって出雲に向けてぽつりと言う。
「うち、戦闘はどうも苦手だけど、できれば、役に立ちたい。 歌がすきでね。しかも、彼女の歌、最後に希望があるでしょ? それを、証明したい」
祈羅がぽつりと言ったのを聞いていた出雲はふと何かに気付いて彼女へと問いかける。
「もしかして、彼女の歌を知っているのですか?」
すると祈羅はゆっくりと、そして小刻みに二度頷いた。
「う、うん……彼氏が雨が好きだから、曲名につられて、偶然曲聴いたことがあってね」
それを聞いた出雲はしっかりと向き直って祈羅の目を見つめて深く頷き返すと、今度は仲間たちに語りかけた。
「皆さん、観客やスタッフ、そして出演者の方々はもちろん……有紗さんも必ず救い出しましょう」
出雲からの言葉に仲間たちは次々と頷いている。
一歩引いた所からそれを見ていた藤白 朔耶(
jb0612)は胸中だけで冷ややかに呟いた。
(さっさと倒しちゃえばいいのに……)
朔耶が今度は口に出して何かを言おうとするも、それより早く出雲たちは動き出したのだった。
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「囮を務めるとあらば、全力で道化を演じましょう」
ステージに近づいたことで更に激しさを増した暴風雨の中、エイルズレトラは仲間たちに向けてそう告げると、黒いタキシード、シルクハット、マント、カボチャマスクを、どこからともなく取り出して身に着ける。
その格好のままエイルズレトラは『雲』の前に立つと、大仰なジェスチャーとともに気取った口上を述べた。
「我が名は怪盗パンプキン! ディアボロよ、しばしお付き合い願おうか!」
まるで重機関銃の掃射のごとく襲い来る雹をおどけた態度で避けるエイルズレトラ。だが、その内心は穏やかではなかった。
(大見得を切ったものの……ぞっとしますねえ――)
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一方、『雲』の注意が引かれたその隙に他のメンバーが避難誘導を開始していた。
「皆さんを救助に来ました。ステージから離れて、広い所に逃げてください」
素早く壇上に駆け上がった出雲はそこにあった音響設備を使って観客たちに呼びかける。
指示を受けた観客たちは慌ててステージから離れようとし、そのせいで混乱が起こる。
「撃退士である私たちが皆さんを守ります。だから落ち着いてステージから離れてください」
「天魔は仲間やあたしが喰い止めるわ。安心してゆっくりと、広い所に避難して」
同じく壇上に登ったカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)やケイ・リヒャルト(
ja0004)もマイクを手に語りかけ、無軌道に避難しようとする観客たちを落ち着かせていた。
「避難誘導の手が足りないんでね。すまないが、俺さんたちを手伝ってくれるかい?」
観客席の周辺で、十一は自分でも避難誘導を行いながら、観客の中でも度胸があってしっかりしてそうな男性客に誘導の協力を仰いでいた。
十一の頼みを男性客は快諾し、頷く。
「助かるぜ。それじゃあ早速……って、危ねえ!」
協力を要請しながら敵にも注意を向けていた十一は、『雲』の表面がスパークしたのに気付いた。
咄嗟に十一がショートソードを渾身の力で上空に放り投げた直後、凄まじい光と音を放ちながら特大の雷が落ちる。
幸い、十一の投げた剣が避雷針となって人的被害は出なかったものの、もし別の場所に落ちていたら大変なことになっていたかもしれない。
「機械は壊れても代わりがある……今は人命優先です!」
一方、龍仙 樹(
jb0212)は機材を心配し、避難に躊躇するスタッフを諭していた。
機材車だったバンを借りた樹は、それをステージのすぐ後に乗りつける。
自力で避難するのが困難な人々をバンに乗せた樹はアクセルを踏み、安全第一で車を発進させた。
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出雲は壇上にいた男と舞台袖にいた者たち――出演者のミュージシャンとプロダクションの社長、そしてその娘の三人に向き直った。
「別に避難してもらいます。『貴方たち』は狙われる可能性が高い」
しかし、『雲』も自らの標的が逃げようとしていたのを察知したのか、途端にエイルズレトラを無視し、ステージに向けて動き出した。
「ひ……き、ききき、来た……! もうだめだ……殺される……!」
自分が狙われているのをなんとなく理解したようで、出演者の男は恐怖のあまり腰を抜かす。
「アナタ……有紗って名前に聞き覚え、ない?」
ふとケイから問いかけられ、男は咄嗟に答える。
「もうとっくに終わった昔の女だよ! そいつが今何の関係があるっていうんだ!」
ケイの視線を追い、ある程度まで近づいてきた『雲』を見た男は頭頂部のスペースに見覚えのある人物を見つけて更に狼狽える。
「ひぃっ! あ……有紗……! 許してくれ……命ばかりは……」
「しっかりしろっ! 僕は『貴方たち』といったっ!」
みっともなく取り乱す男を一喝し、出雲は彼を諭すように語り始める。
「貴方には今守るべき人がいる。少なくとも、舞台袖にいる彼女は貴方を信じているだろう。貴方は僕が守る。だから失望させるな。彼女を、そして有紗さんを――」
そう告げ、出雲は男を舞台裏まで連れていく。
「如月先輩の信条、嫌いじゃないです」
如月佳耶(jz0057)の信条を思い出しながら、出雲は自分に言い聞かせる。
(恨みは恨みしか生まない。もし世界が笑顔で満ちるなら、辛くても笑顔でいる勇気が必要で。それは一人では難しい)
出雲は、有紗を救ってあげてほしいと頭を下げた佳耶の姿を思い出して自らを奮い立たせると、顔を上げてはっきりと言う。
「貴方をここで終わらせない。彼女の想いも無駄にしない」
そして、出雲は今度は心の中だけで言う。
(彼女の名を綺麗に残し、彼に恨みを残させない。 人に宿る魔を禊ぎ、負の連鎖は断てることも示す。その為にも、この男がどんな人間であろうと助ける以外にありません)
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逃がす際に彼の上着を拝借し、姿を似せた出雲は避難確認後、彼の代わりとして『雲』と対峙し、決して引かぬ姿を有紗に見せた。
「思い出せ。貴女はそんな人じゃないはずだ」
出雲は盾を構え、乱射される雹を正面から受け止め続ける。
雹が飛んでくるのも構わず、シャルロットも出雲の隣に立つと、彼と言葉を交わす。
「ボクがあの雲の動きを止めるからあの人を……有紗さんを助けてあげて」
「ええ。その為にも、まずは『雲』の動きを止めなければ」
「……ボクは信じているよ……きっと君ならやり遂げるって……だからボクが必ず止めてみせる」
そう答えるとシャルロットはアウルで聖なる鎖の生成を開始する。
「僕もお手伝いしますよ」
囮役を終え、元の姿に戻ったエイルズレトラも駆けつけ、影縛りの術を準備し始める。
二人は同時に術を発動し、聖なる鎖と影縛りの術が『雲』を縛りにかかる。
しかし『雲』が纏うように吹き荒れる嵐――暴風と豪雨、そして雹が入り混じった空間そのものが防壁の役割を果たし、『雲』本体まで術が届かない。
加えて先程よりも雲が近づいたせいで雹の勢いは更に増しており、盾で受けきれなかった雹が当たって出雲は既に身体中傷だらけだ。
観客たちを避難させ終えて戻ってきた龍仙 樹(
jb0212)はそれを察し、剣を構えながらアウルによるシールドを展開して出雲を守る。
「これくらいでは……!」
だが、いよいよ至近距離まで来た『雲』の攻撃はなおも激しさを増していた。『雲』が纏うように吹き荒れる嵐――暴風と豪雨、そして雹が入り混じった空間そのものが近づいてきたこともあり、樹のシールドも破られかける。
そして、ひときわ巨大な雹が暴風によって加速され、樹に炸裂するまさにその瞬間。
横合いから放たれた銃撃が巨大な雹を砕き、間一髪の所で樹を救う。
「助かりました。藤白さん」
礼を述べる樹に対し、銃撃で雹を砕いた朔耶は冷徹に言い放つ。
「はっきり言うけど。サクっと倒したほうが良くない?」
躊躇なく言う朔耶に、樹は言葉を返す。
「ですが……そうすれば有紗さんの遺体が回収できなくなります」
すると朔耶は樹に向けてまくし立てた?
「回収? そんな事より被害を出さないほうが大事じゃない? 『大事の前の小事』だからね。だってもう、有紗って人は死んでるんだよ」
現実主義者らしい朔耶の言葉。樹が何か言い返すよりも早く、横で聞いていたカルラがそれに反論した。
「私は恋愛経験がないからよくわからないけど……大切な人に裏切られた有紗さんの魂は救ってあげるべきだと思うの……」
そこで一拍置くと、カルラはなおも語り続けた。
「私たちが人を救うべき撃退士であるなら、もう命を救ってあげられない有紗さんの魂だけはせめて救うべきだと……思うから」
「なら勝手にすれば」
相変わらず冷めた風に言う朔耶だが、飛んでくる雹を迎撃して、結果的にカルラを救う。
「ありがとう、朔耶さん」
「別に。あんなのが飛んできたら困るから撃ち落としただけだし」
カルラが朔耶に救われた直後、今度はケイがカルラに話しかける。
「せめて有紗の魂は救いたいと思うのは私も同じ。だからやれるだけのことは一緒にやってみましょ。まずは……そうね、有紗は歌を歌ってた。もし残留意思があるとしたら……ひょっとして……」
何かをひらめいた様子でケイはステージ上に残された機材に駆け寄ると、それを借りて、アカペラで即興の歌を歌い出す。
「貴女の叫びはきっと届いた〜♪ もう安らかに眠っても良い〜♪ さぁ……この手に身を委ねなさい〜♪」
傍から見ていた朔耶は冷めた声で呟く。
「そんなことしたって無駄なのに」
「いいや。あながちそうとは言い切れんよ」
朔耶に言うのは合流してきた劫真だ。
劫真はそのまま壇上に駆けあがると、残されていたギターを手に取って伴奏を始める。
「この曲……もしかして『レイン・オブ・レイン』……だよね。うん、間違いない」
一番最初に気付いたのは劫真と同じく合流してきた祈羅だった。
「カルラちゃんも一緒に歌おうよ。助けたいんでしょ――有紗さんの魂を」
祈羅の言葉に頷き、カルラも壇上に落ちていたマイクを拾う。
そして、ケイ、祈羅、カルラの三人は朔耶の演奏で歌い始めた。
他ならぬ有紗の曲――『レイン・オブ・レイン』を。
すると驚くべきことに、『雲』の周囲に吹き荒れていた暴風雨が弱まったのだ。
その好機を逃さず、再び聖なる鎖と影縛りの術が飛ぶ。そして今度は術が『雲』本体に届き、その動きを止める。
「後は俺さんに任せな」
捕縛によって『雲』の動きが止まってから間髪入れず十一は両手にそれぞれ刀を持ち、それらを突き刺して『雲』の表面を登り始める。
だが、いかに弱まっているとはいえ、暴風雨の中を突っ切って登るのは至難の業だ。
吹き飛ばされる寸前で必死にしがみつく十一の身体と豪雨と雹が打ち据え、容赦なく体力を奪っていく。
頂上付近まで来たところで、とうとう十一の体力が尽き果て、突き立てた刃も刺し込む力が足りずに『雲』の表面から抜け落ちる。
(……ちくしょう……後一歩だってのに……)
霞行く意識の中、落下していく十一。
彼が諦めかけた時、その腕を誰かが掴んだ。
「まったく……こんな暴風雨の中を刀を刺して……しかも外から登ってくるなんて――随分と無茶をする人ですね」
苦笑しながら十一の腕を掴み、引き上げるのはエイルズレトラだ。
「よく言うぜ。お互い様だろ――おまえさんだってこの『雲』に上から飛び乗ろうとした挙句、雹だらけの暴風圏にもろに飛び込むなんて真似をやってのけたんだからな。一歩間違えれば死んでもおかしくないのはどっちも同じだ」
同じく苦笑して答える十一が言うのももっともだ。
壁走りの術でステージの支柱上に設置された投光器に駆け上がり、そこから『雲』の上に飛び降りていたエイルズレトラは既に血まみれだ。
十一を引き上げ終えたエイルズレトラは彼と協力し、遂に収容スペースを切り取ることに成功する。
収容スペースを抱えた二人は互いに頷き合うと、意を決して『雲』から飛び降りた。
下で待っていた出雲と樹がそれぞれ二人をキャッチし、ケイ、祈羅、カルラの三人が収容スペースをキャッチする。
そして、この瞬間に備えてアウルを溜め、練り上げ続けていたシャルロットが一気に最前線へと進み出る。
「燃え盛れボクの剣……人の心の隙間に踏み入り踏みにじる者に断罪を下せ!」
彼女の義憤に呼応するように光纏――纏わりつくかのように燃える紅蓮の炎がより一層激しさを増す。
「報酬の為ならやぶさかじゃないよ」
更には朔耶も進み出て、援護射撃を開始する。
朔耶の銃撃をもろに受けて『雲』が弱った所に、炎を纏う剣を振り下ろすシャルロット。
彼女は全身全霊の一太刀で『雲』を一刀両断したのだった。
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全てが終わった後、樹は有紗の元恋人に対して糾弾の言葉を放った。
「例え才能があったとしても……大事な人を捨て護れなかった貴方は最低です!」
樹が糾弾した後、祈羅は有紗の元恋人に歩み寄ると、ピンタをー発食らわせた。
その後、ケイ、祈羅、カルラの三人は劫真の演奏で改めて『レイン・オブ・レイン』を歌い、有紗の遺体への鎮魂歌として惜しむことなく心から捧げる。
「ねぇ、雨が降っても、幸せなこといっぱいだと思うんだよね」
雨上がりの空を見上げながら、祈羅はふとそう呟く。
祈羅が見上げる先には、晴れ渡る青空がどこまでも広がっていた。