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マスター:漆原カイナ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:10人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/09/19


みんなの思い出



オープニング

●燃え盛るは憤懣の炎! 復讐するは我にあり!

 ――九月某日 AM6:12 都内某所――

 都内の住宅街。
 駅からもそれほど離れていないということもあって豪華なマンションも建っている。
 そうした区画に設けられた公園で一人の若い女性がベンチに座っていた。
 ベンチに座る女性――碧はぼうっとした目で、道路を挟んだ向かいにあるマンションを見つめ続けていた。
 
 今はマンションが建っているこの場所。
 昔はここに喫茶店があった。
 他ならぬ、自分の喫茶店が。
 
 かつて碧はOL時代に貯めた資金で、昔からの夢だった喫茶店を開業した。
 カップやグラス、皿やスプーンに至るまで、食器はすべて彼女が自分で拘り抜いて選んだ。
 コーヒーの豆に紅茶の葉、あるいはジュースの数々、それらも一つ一つ彼女が厳選した銘柄。
 供される料理や菓子はもちろん彼女の手作りだ。
 食べ物に関することだけではない。彼女は内装にだって拘った。
 
 だが、経営も軌道に乗っていた碧の喫茶店は思わぬ形でその歴史に幕を下ろすことになる。
 駅からもそれほど離れていないという好立地であるこの場所は、マンションを建てるのにうってつけだったのだが、その為には碧の喫茶店が建つ土地が必要だった。
 そして、碧は土地を喫茶店ごと、マンションによる利権に目を付けた悪徳な不動産屋によってだまし取られたのだ。

 喫茶店はすぐに取り壊され、気づけばマンションが建っていた。
 当然、碧は公に訴えたものの、法律を巧妙に悪用する件の不動産屋から土地と喫茶店を奪い返すことはついぞできなかった。
 彼女から喫茶店を奪った悪徳な不動産屋は、今ではマンションの一階テナントに入居している。
 
 件の不動産屋を憎む気持ちはある。
 だが、それと同時に、何の罪もないとわかっているはずの人々――マンションに住む人々も憎んでしまう自分やそれを抑えられないことに、彼女は自責の念を感じていた。
 
 複雑な気持ちがない交ぜになったまま、結局整理もつかず、毎日のように誰もいない時間を見計らってここを訪れては、かつて喫茶店があった場所をただ眺め続ける。
 心にぽっかりと穴が開いたまま、今日もずっとマンションを眺め続けている碧。
 そんな彼女へと、唐突に声がかけられた。

「あらぁ、美味しそうな『匂い』がしたから来てみたら、随分と意外ねぇ」

 ぼうっとしたまま声の主を振り返る碧。
 その先にいたのは一人の少女だった。
 髪の毛を顎のラインでセミショートに切り揃え、前髪は中心部の一束だけ上げて、頭頂部にてヘアピンで留めているという特徴的な髪型。
 チュニックにホットパンツという格好で、薄桃色のポシェットを斜めの肩紐で腰辺りにぶら下げているのが印象的な少女だ。
 
「随分と……いえ、違うわねぇ――かなりドス黒くてぐちゃぐちゃに歪んだ、とっても美味しそうな匂いがするから、どんな腐れ外道なのかと思ったけど、意外と普通のお姉さんなのねぇ」
 
 少女らしからぬ妖艶さで喋りかけながら、謎の少女は両手の平で両頬を左右から包み込むようにして碧の顔に触れた。
 されるがまま無抵抗の碧に、謎の少女は正面から顔を近づけていく。
 二人の顔が近づいた時、少女は妖艶な微笑とともに呟いた。

「いいわぁ……その衝動、解放なさい――あなたには、その資格がある」
 
 そして、少女がおもむろに唇を重ねようとした時――。

「待てよ。そいつは俺に譲ってもらおうか」
 
 背後から聞こえた若い男の声に、謎の少女は碧と唇を重ねる寸前でピタリと動きを止める。
 謎の少女の背後にいたのは、一人の若い男だった。
 肌に直接羽織ったワイシャツにレザーパンツという服装に、闇色をしたストレートロングの髪。
 一見するとほっそりしているように見えるが、良く見るとその身体は思いのほか筋肉質であることがわかる。

「それが今の身体ってわけか。随分と可愛い姿になってるが、お前なんだろ? なあ、バ――」

 いつの間にか謎の少女は碧から離れ、謎の男の前へと立つとともに人差し指を彼の口にあてる。

「ストップ。今はそれとは違う名前を使ってるのよぉ」

 何かを察したのか、謎の男は肩をすくめると、自分の口元近くに寄せられた少女の手を掴んでどける。

「それはわかった。だが、それとこれとは話が別だ。もう一度言うが、そいつは俺に譲ってもらおうか。久し振りに作ってみようと思ったんでな」

 謎の男の口調はまるで世間話をするかのような穏やかさだ。
 だが、不思議とその言葉には凄まじい威圧感が感じられる。

「いいわよぉ。あたしも久し振りに見てみたいしねぇ。あんたが作る『アレ』と、それを見た人間の顔を。やっぱりまだ『アレ』を作ってるんでしょう? ねぇ、アス――」
 
 すると今度は先程の意趣返しとばかりに、謎の男が人差し指と親指で少女の唇を摘み、口をふさぐ。

「そっちと同じで俺も今はその名前とは別の名前を使ってるんでな」

 意趣返しをしてやったりと笑う謎の男に対して、謎の少女は頬を膨らませる。
 少女が膨らせた頬を人差し指でつつくと、謎の男は碧へと向き直った。
 そして、謎の男はおもむろに碧の首を掴むと、片手で軽々と持ち上げる。
 抵抗できず、されるがままになっている碧に向けて、彼は囁いた。

「いいぜ……その激情、解放しろよ――お前には、その資格がある」

 
●怒れる者を抱きし魔物! 激情のケイジングディアボロ!

 ――九月某日 AM9:46 久遠ヶ原学園 教室――

 約三時間半後。
 久遠ヶ原学園の教室で如月佳耶(jz0057)は教卓を叩きながら叫んだ。

「緊急事態っス! とんでもないディアボロが出現したっスよ!」

 ノートPCを開きながら、佳耶は教室に集まった撃退士たちに説明する。

「敵は凄い巨体で、パワーにスピード、それにタフネスも何もかも高い強敵っス……でも、それよりも問題なのは――」
 
 何か言いにくそうにしながら、佳耶はノートPCで映像を再生した。
 画面の中では、巨大な肉食恐竜――T-REXに似た個体がマンションに突撃を繰り返している。
 そして、その腹部にはドーム状のクリアパーツがあり、中に一人の女性が封入されているのが見える。

「調査の結果……この人はこのディアボロの素体となった人だと判明したっス……」

 やおら銃弾が映像の中を飛んでいく。
 この映像を撮影した先行調査部隊が自衛の為に敵を攻撃したのだろう。
 銃弾がディアボロの腹部に命中した瞬間、封入された女性は痛そうに泣き叫ぶ。

「封入された人のことを気にしなければ少しは危険が減るっス……でも、危険を冒して封入された人を抉り出せば、無傷のまま苦しませずに遺体を取り戻せるっス――」

 撃退士たちに向けて佳耶は頭を下げた。

「どうするかはみんなに任せるっス。でも、できることなら、襲われている人も、襲わされている人も救ってあげてくださいっス」


リプレイ本文

●恐竜の王者! 激昂する暴君竜!
「……遺体すら辱めるというのですか……」
 
 腹部に遺体の封入されたディアボロを見ながら、イアン・J・アルビス(ja0084)は呟いた。

(今までなんとなく感じていたこと。それが今回は露骨に出ていますね。なんというか……最低としか表現できません)

 胸中で呟きながら、イアンは大剣を構える。
(できれば、無事、出してあげたいですが……ここで、できればとしか言えない僕もあれですね)

 口には出さずに言うと、イアンは仲間達に声をかけた。

「……最善を、尽くしましょう」

 それに頷き、早速動いたのはシルヴァ・V・ゼフィーリア(ja7754)だ。

「人が素体にされた……ディアボロ……か。また……人の悲しみを見なければならない……な」

 哀しげに言うと、シルヴァは敵に向き直り挑発する。

「俺を見なくて……いいのかね?」

 だが、敵はそれを歯牙にもかけずマンションを攻撃し続けた。

「なら、力づくでも俺に向き直ってもらうまで」

 静かに言い放つとシルヴァはパルチザンを握りしめ、それに銀色の焔と化したアウルを纏わせていく。

「遺体を取り戻したいのはやまやまなんだが……その為にもまず、ある程度は大人しくさせねればならんか」

 シルヴァに続き、彼と同じくパルチザンを構えるのは礼野 智美(ja3600)だ。

「ディアボロの体内になんて、随分と、悪趣味……しかも、死体……ディアボロの行動も、何もかも不自然……まぁ、取りあえずはディアボロを倒してから、考えよう」

「憎悪の感情がどれだけ醜いのか、それは拙者も知っている……。だが、彼女はその醜さに囚われてはいけない気がするで御座るよ。故に助け出す。その亡骸だけでもッ!」

 樋渡・沙耶(ja0770)も漆黒の大鎌を構え、断神 朔樂(ja5116)も黒漆太刀を抜き放つ。

「前に立ちはだかっても止められないでぷちっと潰されるんだろうなあ……面倒くせぇ」

 少し離れた場所から綿貫 由太郎(ja3564)もショットガンで敵に狙いを付けると、飄々とした調子で一人ごちた。

 それに呼応するように遊佐 篤(ja0628)も前へと進み出た。既に彼はアウルを練り上げ、術を発動する準備を整えている。

(正直見ず知らずの他人の遺体にそんなに同情できないけど。取り出したい奴もいるみたいだし、ま、協力するか。お互い協調した方が、T-REX退治も迅速かつ円滑にできるだろ)

 胸中で一人呟き、篤は忍術書を開いた。

「俺が動きを止める。んで綿貫先輩が援護射撃してくれるから、その隙に仕掛けてくれ」
「そういうことだ――やっちまいな」

 合図とともにまずは篤が術を発動し、敵の影を縛り上げてその動きを封じにかかる。

「こんなでっかい奴に初めて使うぜ……影縛り!」

 篤の懸念とは裏腹に、ほどなくして敵の動きは封じられる。

「今のうちに皆、やってくれ!」

 篤からの合図を受け、まずは援護射撃の為に由太郎が引き金を引いた。
 ショットガンの銃口から銃火とともに散弾が敵に向けて放たれる。
 放たれた散弾は高速で敵へと迫り、マンションを攻撃し続けている敵の背面に全弾が炸裂する。

 それだけではない。
 由太郎の援護射撃に合わせて一斉攻撃を仕掛けた仲間たちが次々と敵の身体に武器を突き立てたのだ。

 シルヴァと智美がパルチザンを敵の両脚に突き立て、沙耶は大鎌、朔樂は太刀で、左右から敵の尻尾を斬りつける。
 更にはダガーに持ち替えた篤が敵の足元へと急速接近し、アキレス腱部分を集中的に攻撃する。

 何もかもが完璧なタイミングでの一斉攻撃だった。
 並のディアボロならばこの一斉攻撃で倒れていただろう。
 だが、この敵は平然と立ち続けていた。

 T-REXという究極の戦闘生物として完成された肉体は、外皮に筋肉、そして骨格そのすべてが生態素材の鎧として機能し、撃退士たちの攻撃をことごとく防いでいたのだ。
 脚に突き立てられた槍もそれほど深くは刺さっておらず、尻尾を斬りつけた刃の傷もそれほど深くはない。散弾に至っては外皮を削り取ったに過ぎないようだ。

 影を縛られ、その動きを封じられた時、敵は抵抗できなかったのではない。
 もとより、抵抗する必要がなかっただけなのだ。

 それでも敵はここにきてようやく、撃退士たちを敵と認識したのだろう。
 まず標的になったのは脚を攻撃していたシルヴァと智美、そして篤だ。
 太く巨大な、まるで支柱のような形からは想像もできないような俊敏さで敵の脚が動くとシルヴァと智美を蹴り倒し、そのまま三人を踏みつける。

「がはっ……!」
「くぅ……はぁ……!」
「ぐ……かはっ……!」

 規格外の巨体に踏みつけられ、シルヴァと智美、篤は苦しげに息を吐き出し、それとともに血も吐き出す。
 撃退士でなければこの一撃で身体が砕け、即死しても不思議ではない。

 続いて餌食になったのは沙耶と朔樂だ。
 両サイドから尻尾を切りにかかっていた二人は、左右に振るわれた尻尾によって弾き飛ばされる。

「きゃっ……!」
「ぐッ……!」

 まるで打球のように二人は豪快に吹っ飛ばされ、沙耶は近くにあったコンビニの店内にガラスを破って突っ込み、朔樂に至っては道路の対岸まで吹っ飛ばされてガードレールに激突し、あたかも車が衝突したかのようにガードレールを窪ませる。

 自分に群がっていた撃退士たちを一撃で倒すと、敵は由太郎に向き直る。
 ショットガンが防がれたのを踏まえ、由太郎は素早く弓に持ち変えると、間髪入れずに矢を放つが、敵は動体視力を活かし、高速で迫る矢を容易く見切ると、すぐさま瞬発力を活かした俊敏な横っ跳びで矢を避ける。

「的がデカい分当て易いと思ってたんだが、嫌な動きかたするねえ、緩急織り交ぜて一瞬で高速移動とかやんなるっての」

 ぼやきながらも次の矢をつがえる由太郎。
 しかし、敵はまるで瞬間移動のごとく素早さで由太郎に肉迫すると、彼が再び矢を放つよりも早く体当たりを叩き込んだ。

●インタールード
「T-REX……恐竜の王者と戦うことができるなんて、不謹慎ですが、正直心が躍るのを禁じえません。けれど、僕らは撃退士。私情を捨て、人々を護るために振るわれる刃でなくてはならない」

 一方その頃、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)はマンションの二階を通る廊下を進みながら自分に言い聞かせるように呟いた。

「うむ。その為にも僕たちは今必要な責務を果たそう」

 エイルズレトラにアスハ=タツヒラ(ja8432)も相槌を打つ。

「ええ。そうね」

 落ち着き払った顔で東雲 桃華(ja0319)も同調するが、内心は穏やかではなかった。

(悪魔……一体どれだけ人の命を弄べば気が済むと言うの……! ……許さない、許す訳にはいかない。だから首を洗って待っていなさい。私の槍斧(チカラ)……必ずあなた達へ届かせてみせる)

 怒りを燃やす桃華だが、その後、悲しみが彼女の胸に去来する。

(ディアボロに封入された女性も心配だけど、佳耶の話ではもう……でも、例え亡骸だとしても……彼女はまだあそこにいる。ディアボロなんかに魂を縛られるなんて絶対にダメよ。彼女の亡骸は取り戻したい……でもマンションの住民達を蔑ろにする訳には……)

 ひとまず葛藤に区切りを付け、桃華は廊下に並ぶ部屋を一つ一つ訪ね、住人達に避難を呼び掛けていく。
 桃華の呼びかけに応え、恐る恐る部屋の外へと出てきた住民たちでたちまち廊下はごった返す。
 それを気遣ってか、アスハが桃華に一声かけた。

「避難誘導は僕が引き受けよう。この手の建物は、しかるべき避難路が用意されていなければならない。側面あるいは裏に非常階段がありそうだ。 女性・子供を優先に、だな。あまり乱暴な真似はしたくない、が。荒れるようならば、脅しも止むをえん、か」

 アスハからのありがたい申し出に桃華は頷くと、一番端の角部屋を見つめた。あの部屋の住人だけが呼びかけているのに出てきていない。

「エイルズレトラ、お願い」
「了解です」

 桃華の意図を敏感に察したエイルズレトラは、足裏にアウルの力を集中させる。それによって壁面を歩き、彼は角部屋のベランダへと難なく侵入を果たした。

 ガラス戸を軽く引いてみるも、鍵がかけられているらしく動かない。それを確かめるなり、エイルズレトラは躊躇なくガラスを破り、部屋の中へと入っていく。

 中にいた住民は若い男が一人。ガラスが破られた音に反応して振り向いたものの、すぐに俯いて固まってしまう。

「ガラスを破ってごめんなさい。けど、弁償の話は命が助かってからにして下さい。後で弁償でも何でもしますから、とりあえず生き延びてもらえませんか?」

 素早く玄関のドアを開けながらエイルズレトラがそう持ちかけるが、男は俯いたまま膝を抱えて震えてしまっており、動き出す気配はない。

「終わりだ……もう……終わりだ……」

 どうやら恐慌状態に陥っているらしく、エイルズレトラの声がまったく耳に入っていないようだった。

 エイルズレトラが困った顔をした時、開かれたままのドアから桃華が入り込んだ。桃華は有無を言わさず男の襟首を掴み上げると、毅然とした物腰でまくしたてる。

「時間がないから手短に言うわ。まず第一に、私はあなたに死んでほしくない。そして、私達が尽力したとしても、ここが絶対に無事で済むとは限らない――だから張ってでも連れて行くわ」

 そのまま強引に男を立たせると、先程とは打って変わって諭すような口調で桃華は言った。

「生きていたくても生きられなかった人だって居るのだから……」

●守るべき尊厳! 倒すものと奪い返すもの!
「やめるで……御座る……よ」

 激突の痛みから立ち上がりつつ、朔樂は敵の背中を見つめながら呻くように呟く。
 敵は今まさにマンションへと渾身の体当たりをかけようとしていた。

「碧殿ッ! そなたは人を幸せに出来たはずッ! そんなそなたが、そちら側に行ってはならぬッ!!」

 敵がマンションに激突する寸前、朔樂は叫んでいた。
 何かひっかかるものを感じた朔樂は久遠ヶ原学園に依頼し、封入された女性――碧について調べてもらったのだ。
 その結果、彼女がかつてこの場所に店を構えていた人だと知った。

 だからこそ、朔樂は叫ばずにはいられなかったのだ。
 朔樂の思いが通じたのか、それともただ単に朔樂の凄まじい叫びにほんの一瞬気を取られたのか、それはわからない。
 だが、敵はほんの一瞬、わずかに突撃の速度を緩めた。
 そして、その好機を逃さず、マンションの廊下から避難誘導を終えたアスハが跳び下りる。

「撃ち貫くだけ、だ……誰であれ、な」

 アスハは敵の頭上に降下し、そのまま頭部に取り付く。

「アスハ殿ッ! 危険で御座る……それではそなたが噛み砕かれてしまうッ!」

 絶叫する朔樂に対し、アスハは落ち着き払って答えた。

「既に承知。それが狙いだ――伊達や酔狂でこんな武装はしていない。一瞬でも、貫いてみせる」

 敵がアスハを噛み砕かんと大口を開けた瞬間、彼はパイルバンカーを敵の口の中に突き立て、口内で牙に傷つけられながらも杭を打ち込んだ。
 強固な外皮や筋肉に守られた敵とはいえ、これは効いたようで、苦しげな鳴き声を上げながら、大きく怯む。

「今よ! 女性を助け出して――その後は、私がやるわ」

 アスハに続いて廊下から飛び降りた桃華は仲間たちに告げると、目を閉じて精神統一し、全てのアウルを槍斧に充填し始める。

「もう一度いくぜ…影縛り!」

 篤が術を発動するのに合わせ、廊下から飛び降りたエイルズレトラが隣に並び立つ。

「僕もお手伝いしますよ」

 二人がかりの影縛りの術。
 しかし、敵もそれを動体視力で見切って回避しようとするが、イアンが放ったシールドによる打撃が敵を打ち据え、その回避は強引に潰された。

「やー、禁止ですね。それは」

 だが、それでもなお暴れた敵は苦し紛れにエイルズレトラを踏みつけ、近くで精神統一していた桃華を尻尾で打ち据える。

「きゃっ……! でも……この程度の痛みでは……負けられない……!」

 吹っ飛ばされてコンクリート壁に激突する桃華だが、槍斧を杖にしてすぐさま立ち上がり、精神統一とアウルの充填を再開する。

「か……はっ……」

 苦しげに息を吐き出すエイルズレトラ。それでも彼は力を振り絞って影縛りの術を続行した。
 二人がかりの影縛りの術によって敵の動きが止まった瞬間、由太郎がショットガンで敵の両目を撃ち抜く。

「抉り出すんなら抉り出しちまいな」

 由太郎の呼びかけに応え、沙耶と朔樂、シルヴァと智美の四人が一気に飛び出す。

「タンパク質の塊ではあるけど、死者にも、尊厳は、ある。このまま消えたら、残された人は、死すらも知覚出来ずに苦しむ事になる……。死体を回収し、弔い、人としての最後を……。我儘ではあるけど、奪還の可能性があれば、狙う……死を看取る、死神になる……」

 小さいながら力強い沙耶の声に頷く三人。沙耶たちは敵の懐に入り込むと、各々の武器で封入された部位を抉り出しにかかる。

 まず智美が回収しようとするメンバーへの攻撃を防ぐ為に飛燕翔扇で目や顔、手のように見える前脚部分に牽制攻撃をかける。
 次に朔樂が刀に銀炎を限界まで封じ、常時の四倍程度に刀身を巨大化させ、収容スペースと本体の接合部を一気に叩き斬る。
 続いて沙耶が大鎌を振るい、収容スペースの淵をなぞるようにして本体から切り取った。
 そして、最後にシルヴァが銀色の焔をパルチザンに纏わせる。

「この瞬間を待っていた…!」

 シルヴァは銀色に輝く穂先を突き入れ、力の限り収容スペースを抉り出した。
 四人は無事に奪い返せた遺体を抱えて素早く飛び退く。

 敵に掛けた影縛りの術は、まだ生きているのだ――。
 動きを封じられ、総攻撃を受けて傷ついた敵の前に、精神統一とアウルの最大充填を終えた桃華が立つ。

「彼女を苦しめ、その魂を弄んだ罪は重い……身を以って知るといいわ……さぁ断罪の時よ、消え失せなさい!」

 怒りとともに言い放つと、桃華は槍斧を大きく振りかぶる。

「東雲流古斧術基本型……一薙が我型――」

 黒き桜の花弁のアウルを伴い、桃華は全身全霊の一撃を振り抜いた。

「――桜火薙!」

 シルヴァたちが抉り取った部位に直撃した桃華の一撃によって敵は胴を両断され、遂にその動きを止めた。

●エピローグ
「これで……彼女も浮かばれる……な」

 碧の遺体の目を閉じてやりながら、シルヴァは呟いた。
 一方、智美は避難民の中にいた不動産屋に碧の写真を見せて詰問した。凄まじい恐怖を味わったせいか、不動産屋は土地を騙し取ったことをすんなり白状した。
 智美の通報を受けて、じきに警察がくるだろう。

 仲間たちがひとまず安堵の息を吐く中、沙耶は漆黒の大鎌を携え、声を張り上げた。
 遠く離れた場所から自分たちが意見の対立で苦しむのを見て、笑っているであろう悪魔に向けて沙耶は叫ぶ。

「悪魔風情が調子に乗るな。死体も残らないと思え!」


依頼結果