●天上の美味! ヘブンリーバニラ獲得作戦!
「絶対バニラを手にいれてあげたいよな。あとできるなら俺たちの分も作ってほしいかな」
ヘブンリーバニラより数百メートルの地点を進みながら御影 蓮也(
ja0709)は呟いた。
「うむ。時が来たら俺が加速の為の術を蓮也にかけよう」
蓮也に相槌を打つように言いいながら、獅童 絃也 (
ja0694)は冷静沈着に目標の方角を見据えている。
「ヘブンリーバニラか……。中華料理にも何らかの形で使えないかしら?」
彼等とともに行軍しながら藍 星露(
ja5127)も言う。彼女はバニラ運搬用に、できる限り頑丈な筒型図面ケースを用意し、それを抱えている。
「うーん! どれだけ美味しいのかいまから楽しみですね!」
彼等三人と同じく先発隊を務める丁嵐 桜(
ja6549)も元気良く言う。
蓮也たちの予想通り、ヘブンリーバニラの周囲にはまるで警備するように何体ものバイコーンサーバントが徘徊していて、一目でそれとわかる。
「巣だけあって数は多いな。目標へ一点突破しかないか。だが、全力を投じて派手に暴れるのも考えものか……もしあいつらの好物なら、下手に傷つけると逆上してきそうだな」
徘徊する敵の群を見ながら、改めて蓮也は冷静に状況を分析する。
「ひとまず最大速度でバニラに取りつくしかあるまい。用意はいいか? 今から蓮也の脚部に流れるアウルに働きかけて一時的に走力を高める」
術をかける準備を進める絃也に頷き、蓮也は星露と桜にも問いかけた。
「ええ。大丈夫よ」
「あたしもオッケーです」
星露と桜が言うと、蓮也は手近にあった石を拾い、明後日の方向に投げる。
投じられた石に敵の群が気を取られた瞬間、蓮也は合図すると同時に地面を蹴った。
「今だッ! 行くぞッ!」
蓮也以外の三人も同じ術を脚にかけており、その走力は凄まじい。
だがその一方で蓮也たちに気付いた敵が一斉に鳴き声を上げる。きっと仲間を呼んでいるのだろう。かと思えば、今度は一斉に敵は蹄を鳴らして襲いかかってくる。
それでも、蓮也たちとバニラの距離はみるみるうちに縮まり、まず星露と桜が木に取り付ことに成功した。
「急ぐわよ、丁嵐さん!」
星露は匕首でバニラの枝の一本を切り落とし、素早く筒型図面ケースにしまい込む。一方の桜は採取した数本の内、一本だけを用意したラップでぐるぐる巻きにしている。
採取を終えた二人がその場を離脱しようと一歩踏み出すが、既に二人は無数の敵に包囲されていた。
すぐさま敵の一体が二本の鋭い角で桜を貫こうとするが、その瞬間、その敵は脚から血を流して盛大に転倒した。
蓮也が敵の脚へ極細のワイヤーを巻き付け、斬ると同時に転ばしたのだ。
「これを突破できれば、美味しいお菓子が待っている……乗り越えるには十分な報酬だ」
「ここは俺たちで道を切り開く」
蓮也は冷静さを失うことなく言い放ち、絃也は眼鏡を外して戦闘態勢に入りながら言い放ち、彼等二人は星露と桜を守るように敵の群の前に立ちはだかる。
「離脱するぞ、道を切り開く。駆けろ、真弾砲哮<レイジングブースト>!」
――真弾砲哮<レイジングブースト>。
武器に溜めた渾身のエネルギーを魔具に纏わせ、蒼光の砲撃として投擲し進路上の対象を薙ぎ払う大技だ。
蓮也が放った真弾砲哮によって何体もの敵が吹っ飛ばされたが、敵もさるもの。流石にそれだけで死ぬことはなく、何体かがすぐさま起き上がると、発達した脚力を活かして蓮也たちに跳びかかってくる。
だが、そのどれもがことごとく後方へと吹っ飛ばされた。他ならぬ絃也による攻撃だ。
「その身に刻め、我が武の真髄を。この一撃通す」
静かに言い放つ絃也は地面を強く踏みしめる独特の歩法――震脚から繰り出す拳撃、肘撃、靠撃、崩撃を叩き込み、敵を次々とダウンさせていく。
だが、いかんせん敵の数が多い。裁き切れなかった敵が絃也の背後から体当たりにかかる。
「獅童さんっ! 後ろっ!」
咄嗟に桜が声を上げるが、敵の方がわずかに早い。
思わず桜が目をつむろうとした時、それは起こった。
「え……?」
なんと、背後から突撃した敵が絃也に触れる瞬間、派手に吹っ飛ばされて地面を転がったのだ。
「何が……起こった……の……?」
唖然とする桜。
そんな彼女に星露が語りかける。
「鉄山靠ね」
「てつざんこう……?」
おうむ返しに聞き返した桜に頷く星露。
「八極拳っていう中国武術の技よ。簡単に言えば背中を使った至近距離での体当たりかな。まぁ、それを実戦でしかも天魔相手にここまで綺麗にカウンターを決めた人を見たのは初めてだけど」
蓮也と絃也の奮闘のおかげで、敵群の一角が切り崩されて道ができる。蓮也たち四人はそれを見逃さず、阿吽の呼吸で離脱を図る。
敵も黙って見ているわけではない。包囲網に空いた穴を埋めようと、周囲から敵が次々と殺到する。
せっかくできた退路が塞がれる直前、少女の声が辺りに響き、同時に強烈な電撃が迸り、穴を埋めようと動いた敵を打ち据える。
「知ってる? 牛の糞からバニラの香料成分が取れるらしいわよ」
蓮也たち先発組に合流した後発組の一人――エヴァ・グライナー(
ja0784)が遠方から放った電撃で早速一体を攻撃したのだ。
更にエヴァは手を前に出し、それを手近なもう一体の敵に向けると、詠唱を開始する。
「Der Schatten aus der Zeit! ビリビリ来るわよ!」
詠唱とともに青い放電が古いカメラ型の武器の形を成し、その先端より放射された電撃は狙い過たずもう一体の敵も打ち据えた。
電撃を放ったエヴァの活躍により、切り開かれた血路が閉ざされるという事態は回避された。そのチャンスを逃さず包囲網の外に出ようとする蓮也達四人だが、彼等に追いすがるように敵の一体が角を突き出して突撃をかける。
背後から追い付いての突き刺しは、高速で飛来した矢が角に命中したことによって狙いを逸らされ、蓮也達を貫く寸前で空振りに終わる。
「と、させませんよ。あんまり痛い攻撃は止して下さいねー」
おっとした声で言うのは、たった今、正確無比な矢を放った澄野・絣(
ja1044)だ。
続いて絣は再び弓に矢をつがえると、またも正確無比な狙いで敵の攻撃を潰す。
凄まじい精度の精密射撃でありながら、絣は些かも取り乱すことなく敵の角や蹄を射抜いた。
「援護します。頑張ってくださいねー」
絣の矢に射抜かれたことで、敵の攻撃はそのどれもが発動前に潰されることとなり、不発に終わっていく。
角や蹄を射抜かれた個体が次々と声を上げると、また別の群がどこからともなく押し寄せてくる。
咄嗟に反応し、エヴァは詠唱の為に口を開き、絣は新たな矢を弓につがえるも――間に合わない。凄まじい走力によって加速された角が二人を貫くまさにその時、後方から跳躍してエヴァと絣を飛び越した二人の男が彼女達の前に立ち、敵との間に割って入った。
二人の男は村雨 紫狼(
ja5376)と南雲 輝瑠(
ja1738)はそれぞれ愛用の武器を構えると、それによって敵の突き刺しを正面から受け止める。
「愛と正義と真実のイケメン紳士――村雨 紫狼ここに参上!」
周囲の敵すべての注目を引きつけるべく声高に宣言しながら、紫狼は左右の手に持った刀で敵の二本角をそれぞれ受け止める。
「ヘブンリーバニラとはどのようなものなんだろうな……それを確かめる為にも、ここは全員無事に帰らなければならんか」
冷静な中に静かな闘志をみなぎらせ、輝瑠は盾のように構えた大剣の腹で敵の角を受け止めた。
エヴァの前に紫狼が立ち、絣の前に輝瑠が立って敵の攻撃を受け止めて彼女達を守る。そして、紫狼と輝瑠の後ろからエヴァと絣がそれぞれ電撃と弓で攻撃するという連携でひとまず眼前の敵は撃退する。
だが、すぐに別の群が絣たち四人に向けて、多方向から怒涛の如く勢いで攻め込んでくる。
再び紫狼と輝瑠は刃で敵の攻撃を防御するも、その怒涛の攻めを前に二人は強引に防御を崩されてしまう。
敵は紫狼と輝瑠の防御を崩れたのを敵は見逃さなかったようで、すぐさま群の中から別の二体が飛び出し、角を二人に突き立てようとする。
だが、間一髪の所でその狙いは少し逸れ、敵の二本角は紫狼と輝瑠の脇腹を少し抉るに留まった。傷こそ負ったものの、二人は何とか深手を免れて事無きを得る。
「ふぅ……助かったぜ、友里恵ちゃん!」
「ああ。友里恵のかけてくれた術のおかげだ」
すぐ近くをかすめていった二本角をそれぞれ武器で払いながら、紫狼と輝瑠は合流してきた後発組の仲間――村上 友里恵(
ja7260)に礼を言う。
「いえいえ。お役に立ちましたなら幸いです」
いつも通り、礼儀正しく丁寧な口調だが、今日の友里恵はいつもと違って迷彩柄のような外套姿だ。効果のほどは判らないが、あった方が良いとの判断から彼女は野外で目立たない色の外套を準備してきたのだった。
紫狼と輝瑠が危ない所で深手を避けられたのも、友里恵が戦闘開始時にかけておいた『アウルの衣』――全身を覆う霊気に拠る透明なヴェールによる護りの為だ。
「松本さんのお師匠さんが元気になる様なシュークリーム、作らせてあげたいですね――だから、みんなで無事に帰りましょう」
友里恵は金属製の杖を握り締めると、それを補助としてアウルを操作していく。
「エヴァさん、絣様。南雲様と村雨様の治療を行います。それまで僅かばかり……時間を稼いでいただけますか?」
金属製の杖を握ったまま目を閉じて言う友里恵に、エヴァと絣はすぐさま頷いた。
「いいわ、まかせておきなさい!」
「了解ですー。ここは私達がー」
エヴァはスクロールを開き、絣は弓に矢を番える。とはいえ、敵の数は更に増していた。
いつの間にか倍以上の数に増えた敵が押し寄せ、エヴァと絣は果敢に迎撃するも、苦戦を強いられ、敵の一体を負傷した紫狼と輝瑠に近付けるのを許してしまう。
「いけないっ!」
エヴァが思わず声を上げた瞬間、更に別の声が辺りに響き渡った。
「そうは……させないっすよ!」
治療中で動けない三人を、敵の二本角が貫く直前、アウルの力によって盾を一瞬で取り出した大谷 知夏(
ja0041)が間に割って入ることで正面から突き刺し攻撃を受け止め、三人を守りきる。
「早く! 今のうちにお二人を治療してくださいっす!」
背後を少し振り返りながら知夏は友里恵に早口で告げた。たった今受け止めた敵は馬力に任せて知夏を押し倒そうとしているらしく、それに耐えている知夏の足元には轍が刻まれつつあった。そのせいか、知夏は歯を食いしばって苦しげに息を吐く。
じょじょに押されていく知夏。だが、その重圧が不意に消えた。
「え?」
驚いて知夏が見ると、治療を終えた紫狼と輝瑠が盾の向こうから押していた敵を倒していた。
「知夏のおかげで助かった」
知夏に言うと、輝瑠は敵の群れに向き直る。
「さて……少しだけ俺達に付き合ってもらうとしようか。お前達の相手をしているほど暇ではないんでな……悪いが道を開けてもらおう」
闘気を解放し、身体から漆黒の竜を立ち昇らせながら言う輝瑠の隣に紫狼も並び立つ。
「んじゃ俺も、みんなが逃げ切るまで、ギリギリまで体を張ってみよーじゃん! さすがに、未成年に任せてまっさきトンズラこけるかってーの。依頼である以上、年上だろーが年下だろーがイーブンな関係だけどな女や子供を守らねー、ダサい大人になりたくねーんだよお兄さんはな!」
阿吽の呼吸で二人は動き出した。
大剣を豪快に振るい獅子奮迅の戦いぶりを見せる輝瑠によって敵は次々と吹っ飛ばされ、二天一流の構えで紫電を纏わせた二刀を操る紫狼の変幻自在の剣技によって敵は次々と角を斬り落とされていく。
しばらく二人が戦った後、十分に退避した知夏が声の限り叫ぶ。
「大きいの一つ――いくっすよー!」
輝瑠と紫狼は互いに頷くと一目散に離脱を開始する。当然、二人を追おうとする敵が出るが、それもエヴァの魔法と絣の矢によって阻止される。
「Ya na kadishtu nilgh're! そこから動くんじゃないわよ!」
「動かないでくださいねー」
二人が離脱した直後、知夏がアウルで作り出した無数の彗星を放つ。
「これで決まりっす!」
輝瑠たち二人に寄ってたかって密集していたせいで、敵の群はアウルの彗星で一網打尽だ。
後発組の奮闘もあって、先発組は一人また一人と無事に脱出していく。
だが、最後に桜が脱出しようとした時、先回りしていた敵の一体が彼女の進路上に立ちはだかった。
そのまま敵は正面から桜を突き刺そうとする。
角を掴むことで何とか突かれずに済んだ桜だが、そのまま押し出され、ほどなくして崖っぷちまで追い込まれてしまう。
崖下に流れる急流に桜が落とされかけたまさにその時――。
「はぁぁぁっっ! どすこぉぉぉっっい!」
豪快な叫び声とともに、桜の何倍も大きな敵が突然宙を舞い、放物線を描いて急流へと転落した。
「一体……何が……!?」
その光景を見ていたエヴァが驚愕し、絣が疑問に答える。
「『うっちゃり』ですねー」
「『うっちゃり』……?」
「相撲の決まり手――技の一つで、土俵際の駆け引きにおいて不利な体勢から相手を投げ飛ばして一発逆転する大技ですよー」
感心したようにエヴァが見つめる中、桜も無事に脱出を果たしたのだった。
●忘れられない味! ヘブンリーシュークリーム!
後日。
菓子職人の松本さんから呼ばれた撃退士たちは、彼の店に集まっていた。
「これだけ苦労したんだ、必ず手術も成功するさ」
時間になるのを待ちながら、蓮也が呟く。
それを合図としたかのように、松本さんが現れた。その隣には友里恵もいる。
彼は現れるなり深々と頭を下げる。
「皆さんのおかげで、無事師匠の手術は成功しました。本当にありがとうございました」
報告を聞いて撃退士たちは喜び、祝福の声を上げる。
「松本さんがお礼にシュークリームを作ってくださいましたよ。微力ながら、私もお手伝いもさせて頂きました」
一緒に入って来た友里恵は、皿に乗せたシュークリームを仲間たちの前に置く。今回、友里恵は松本さんを手伝うことで上手な作り方を教えてもらっていた。
「是非、食べてみてください。きっと……忘れられない味になるはずです」
松本さんに言われ、まずは知夏が手を伸ばした。
「はいっす! いただきます!」
一口食べた瞬間、あまりの美味しさに知夏は放心状態になっていた。
「あれ……? 知夏……泣いてるっす」
我に返って頬に触れた知夏は自分が滝のような涙を流していることに気付いた。
ふと見れば、周囲の仲間達もみな同じように放心状態になっており、滝の涙を流している者も一人や二人ではない。
今日食べたこのシュークリームは、この依頼に参加した彼等にとって忘れられない味となったのであった。