●開戦! 100:1の大決戦!
大型輸送ヘリからショッピングモールの屋上へと降下した撃退士たちはそれぞれの役目に則り、迫り来るイナゴ軍団たちへと一斉に向かっていく。
ただ一人、屋上に残った軍師役のリョウ(
ja0563)は交戦を開始した仲間と敵を見ながら、手にしたマイクを持ち上げた。
リョウがマイクの接続を確かめるように軽く先端を叩くと、それに応じてモールの放送機器から鈍い音が響く。
マイクを通してリョウが発した声はモール全ての放送機器から流れる為にその音量は凄まじく、撃退士たちが戦線を押し上げて遠方に行った場合も聞こえるだろう。
接続を確かめたリョウは、今まさに開戦した仲間たちを、そして自分自身を鼓舞するように、マイクへ向けて宣言した。
『最初に言っておくが、俺は誰一人として死なせるつもりはない。共に戦う皆、このモールに籠城している市民、そして俺には待ってくれている人達がいて、約束もある。誰一人ここで殺させてやる訳にはいかない。だから『頑張らせて』もらおう。今更言うことではないかもしれないが、その為にも俺を信じてほしい。自分で言うのも何だが、俺の指揮官としての技量に関しては心配無用だ。これでも旅団長でな。1500程度で無様は晒せん――以上だ、各員の健闘を期待する』
演説を終えたリョウは再び戦場を俯瞰し、最初の指示をマイクに向けて告げた。
『軍師より各員へ。これより作戦開始。現状、敵の陣形はこちらの予想通り『剣の陣』と思われる。まずは当初の予定通り、全員で防戦に徹した後、機を見て反撃を行う。攻撃班か遊撃班の被害が少ない方は大火力による反撃を行え。敵陣形の変化を狙うんだ』
●倒せ尖兵! 開け血路! 激戦の防衛班!
屋上着後、急いで一階まで降りた撃退士たちは、モールの入り口を出たすぐの所で、結界を破ろうと詰めかける大型犬サイズのイナゴの群れという光景を目の当たりにした。
「うひゃー! 多いなぁ! 私密度高いの好きじゃないのよね」
まず最初に声を上げたのは防衛班の一人である珠真 緑(
ja2428)だ。
イナゴの群れを目の当たりにした緑はにっこりと笑いながら、自らの両手に大量のアウルを集中し、それを更に凝縮していく。
「……ということで、退場してもらうわね?」
その言葉とともに、緑の両手に集まったアウルは巨大な火球となる。
火球を両手に抱えたまま、緑はイナゴの群れの一点をしかと見据えた。
左右を小さく見やり、仲間たちに目配せした直後、緑は最大までチャージした火球を放ち、イナゴの群れの一点に炸裂させた。
イナゴの群れに炸裂した巨大な火球は直撃と同時に爆発し、まずそれによって幾つものイナゴを吹っ飛ばすとともに爆殺する。
巨大な火球の巻き起こした破壊はそれだけに留まらず、周囲に強烈な炎を撒き散らして、爆殺を免れたイナゴを焼殺していく。
この一撃によって数多くのイナゴが撃破されたが、それでもまだ大量のイナゴがモールの前に密集し、撃退士たちの進路を塞いでいる。
そんな中、更に道を切り開くべく動いたのがフィーネ・ヤフコ・シュペーナー(
ja7905)だ。
フィーネは火炎放射器を抱え、緑が火球の爆発でイナゴを吹っ飛ばしたことで開けたスペースに滑り込むと、ノズルの先端をイナゴの群れに向けてトリガーを引いた。
自分の前方と左右を扇型に薙ぎ払うように火炎放射器を動かしたフィーネは、まるで鞭のようにしなる火炎放射で周囲のイナゴを焼き殺す。
「ウゥ……話には聞いてましたガ、これだけの虫がうじゃうじゃ群れるのを見るのは、精神的にキツイですネ。まあ、泣き言など言ってられまセンが。 デモ、中にいる人の方が、私とは比べ物にならない恐怖に襲われていることデショウ。 ならば、一刻も早くその恐怖を取り除いてあげなければいけまセンね」
緑に続き、フィーネによっても大量のイナゴが次々と焼殺されるが、それでもイナゴ軍団は微塵の恐怖も見せず、怒涛のように押し寄せてくる。
当然ながらフィーネは迫り来るイナゴを次から次へと迎え撃つも、それでも撃ち漏らした何匹かがイナゴ特有の跳躍力を活かしてフィーネの頭上を飛び越え、今まさに出陣しようとしている攻撃班と遊撃班に襲い掛かる。
頭上から襲い掛かるイナゴたちがその脚力で攻撃班と遊撃班を蹴りつけようとした時だった。
ある個体は突如として鮮やかな切断面を見せてバラバラになり、ある個体は前者に勝るとも劣らないほどの鮮やかな切断面で一刀両断される。そして、またある個体は正確な銃撃によって撃ち落とされ、結果的に攻撃班と遊撃班への襲撃は未然に防がれた形となった。
「まさに数の暴力ですね。でも、モール内の人達の為にも退くわけにはいきません」
迫り来るイナゴ軍団を前に、楯清十郎(
ja2990)は冷静な様子で呟いた。
清十郎の前にはバラバラになったイナゴの肉片が散らばっており、その上方には何か線のようなものがうっすらと見える。
カーマイン――目に見えないほど細い鋼糸の一種にして、清十郎の得物はイナゴの肉片や体液が付着したことによって少しばかり見えるようになっていた。無論、これがイナゴを鮮やかに切断したものの正体だ。
その隣では一条常盤(
ja8160)が愛用の大剣を振るい、いわゆる『血振り』をしていた。
やはり常盤の足元近くにも、鮮やかに両断されたイナゴが転がっている。
「多勢が相手といえど、負けるわけにはいきません」
凛とした表情で敵の軍勢を見据える常盤。血振りを終えた大剣を再び構えながら、彼女は同じく凛とした面持ちで言い放った。
「バッタバッタと斬り倒しますよ! バッタだけに!」
ちなみに常盤本人の表情はまさに真剣勝負に挑む者のそれであり、決してふざけているようには見えない。
またも火炎放射をかいくぐり、攻撃班や遊撃班たちに向けて飛びかかってくるイナゴをバッタバッタと斬り倒していく常盤の近くで、牧野 一倫(
ja8516)も、ぼやきながらイナゴを一体一体確実に拳銃で射殺していた。
「……アレの中に飛び込めって、正気かよ? 鳥肌やばいわ」
モールの入り口に殺到するイナゴを見ながら、まるで死体に群がるアリのようだと嫌悪感を丸出しにする一倫。
早々に帰りたい欲求に支配されそうになるが、報酬を考えてどうにか踏みとどまる。
防衛班の奮闘により次々と倒されていくイナゴたち。
モール前にイナゴの屍が積み上がり、それに応じてイナゴ軍団が形成する壁が切り崩されていく。
それを見逃さず、緑は再び両手にアウルを収束させる。
今度は先程のように火炎に変化させず、純粋なエネルギーとして高濃度に圧縮していく緑。
「道を拓くわ……行って!」
緑は防衛班の仲間たちが切り崩したことで薄くなったイナゴ軍団の壁に向けて圧縮した魔力エネルギーを放つ。
高圧の魔力エネルギーをぶち当てられ、吹っ飛ぶ大量のイナゴ。
そして、イナゴ軍団の形成する壁に大きな穴が開いた。
『防衛班の奮闘のおかげで攻撃班と遊撃班は予想よりも力を温存できたようだな。加えて、珠の大火力による攻撃で敵の陣形が『剣の陣』から『盾の陣』に変化しつつある。この好機を逃さず攻撃班と遊撃班は全速前進。モールを脱出して戦線を押し上げろ』
すかさず、屋上にて状況を俯瞰していた軍師からモールのスピーカーで指示が飛ぶ。
軍師からの指示を受けて、攻撃班と遊撃班は弾かれたように、イナゴ軍団の壁に開いた穴へと突撃し、モールを脱出したのだった。
戦いはここからが本番。反撃開始だ。
●戦線を押し上げろ! 攻撃班大進撃!
『攻撃班・遊撃班の両チームでマザーを攻撃。多方向から攻めて敵陣の綻びを狙う。突破が難しければ合流して一点集中。防衛ははぐれの殲滅とモール正面で待機』
軍師からの指示が飛ぶ中、攻撃班と遊撃班は、それぞれ別方向よりイナゴ軍団の群れを蹴散らしながら敵本陣に控えるマザーに向けて進撃していた。
「まさに雲霞の如くイナゴがいますね……」
攻撃班の先頭に立って進む雫(
ja1894)は彼女独自の技――地すり残月を放って前方直線上のイナゴを次々と吹っ飛ばしていく。
地すり残月。それは武器に集中したアウルが、対象を貫通し後方の相手にもダメージを与えるという強力な技だ。その軌道が大地を這う三日月の様に見える事が名前の由来である。
「むむー。 敵は……イナゴ型! 虫が大っ嫌いな私への挑戦ですね。これは何が何でも撲滅せねば! ということで、気合は十分です! ――回転殺法! かざねこぷたー・斬!」
一対の長剣を左右の手それぞれに握った二階堂 かざね(
ja0536)は全力で回転しながら前に進んでいく。
水平に伸ばした両手に握った刃とツインテールを盛大に揺らしながら進むかざねは、まるでダブルラリアットのように周囲の敵を大量に巻き込んで斬り倒していった。
周囲の敵を斬り倒し、ほんの少しの間、付近に敵がいなくなったのを見て取ったかざねはポケットから取り出したお菓子を素早く口に入れる。
その瞬間のかざねに隙を見出したのか、イナゴの一匹が彼女へと飛びかかるも、中津 謳華(
ja4212)がそれを肘打ちで叩き落す。
「大丈夫か?」
その後も、次から次へと迫り来るイナゴを謳華は肘打ちだけでなく、膝蹴りや肩での打撃も駆使して弾き飛ばしていく。
体術による打撃を加えながら、それとともに、技を出す際の動きを利用して身体を回転させ、円を描くように周囲を攻撃する。
そればかりか謳華は打撃の一つ一つに回転の勢いを乗せることで威力を増大させているようで、打撃を繰り返せば繰り返すほど、イナゴが弾き飛ばされていく距離や速度は増していった。
自らの周囲にいたイナゴをあらかた弾き飛ばし終えた謳華は、技を出し終えた後の型を決めて残心の姿勢に入るとともに、静かな気合を込めてイナゴの軍勢へと宣言する。
「15対1500か……まったく、これでは勝負になるかも怪しいな。たった1500しか用意できんのでは中津荒神流は止められぬぞ……?」
その雄姿を見ながらマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は自らも光纏――右腕から発現し、全身を覆うように広がる黒焔を纏った姿で、運河の如く襲い来るイナゴを返り討ちにする。
「頼もしいですね」
謳華に言葉をかけながらマキナは黒焔を纏う義腕の右腕で拳を握ると、それを眼前のイナゴの一体に叩き込む。
マキナからの拳打を受けて吹っ飛んだイナゴはその一撃だけで絶命し、地面に転がって動かなくなる。
仲間が一撃で絶命させられたにも関わらず、周囲のイナゴたちはやはり恐怖を微塵も見せずに襲い掛かってくる。
続いて襲ってきたイナゴのキックをマキナが右の義腕で受け止め、後方へと吹っ飛ばされないように踏ん張った時だった。
たった今、マキナへキックを叩き込んだイナゴの後ろから時間差で何匹ものイナゴがジャンプして襲い掛かってくる。
無論、すべてのイナゴは節足動物特有の脚関節を折りたたんでおり、確実にキックの体勢に入っていた。
このままでは、マキナは何匹ものイナゴから強烈なキックを集中的に叩き込まれ、最悪戦闘不能になりかねない。
「しまった……!」
キックを受け止めたまま右腕を振るい、すぐ眼前のイナゴを裏拳で殴り倒しつつマキナは声を上げる。
だがその時既に、何匹ものイナゴはマキナの頭上へと到達し、キックを繰り出していた。
凄まじい脚力から繰り出される殺人的な威力のキックの雨がマキナに降り注ぐ寸前、何発もの連続した銃声が立て続けに響いた。
そして、銃声が響くのに合わせ、マキナの頭上で跳び上がったイナゴたちが一匹も余すことなくズタボロになって撃ち落とされていく。
「おーおーいるいる、僕達だけでどうにかなんのこれ?」
フルオート掃射を終えたばかりのアサルトライフルを抱え、マキナの後方で佐藤 としお(
ja2489)は言葉とは裏腹に落ち着いた様子で呟いた。
としおの行動指針は基本後方支援だ。
特に気を付けるのは敵がジャンプとキックでその力を活かして上空に舞い上がった時。
空中で軌道を変えるのは難しいだろうと踏んだとしおは、そこを狙い撃ちする作戦を立てており、それが功を奏した形になった。
「助かりました」
振り返ったマキナから礼を言われると、としおは軽く手を振って答える。
そして、仲間たちの奮闘によって射線が開いたのを見て取ったとしおはマザーへと狙いをつけて引き金を引いた。
「これ以上増えたら困るので卵優先で狙って、と――終わりにしよう!」
としおが構えたアサルトライフルはフルオートで銃弾を吐き出した。
吐き出された銃弾は狙い過たずマザーの腹部へと直撃し、卵という卵を完膚なきまでに潰していく。
そのダメージたるや相当なものがあったようで、マザーは絶叫のような鳴き声を上げながら巨躯を激しく揺らして悶えていた。
「やったか……!?」
フルオート掃射を終え、激しい反動も収まった銃身を抱えながらとしおは誰にともなく問いかける。
だが、次の瞬間――イナゴたちの攻撃は今までとは比べ物にならないほど激しさを増したのだった。
●薙ぎ払うは大軍勢! 怒涛の遊撃班!
「あはァ、質より量って所ねェ…この量なら幾らか鬱憤を晴らせそうだわァ…♪」
攻撃班と別ルートで進撃する遊撃班。
その一人である黒百合(
ja0422)は漆黒の大鎌を構えながら恍惚の表情で呟き、手にした大鎌を円を描くように一閃させる。
大鎌の一振りで大量のイナゴを巻き込み、斬り裂きながら黒百合は凄まじい速度で前進していく。
「あははははァ、突撃ィ! 突撃ィ! 敵の親玉の御首を頂戴するわァ…!」
その近くでは南雲 輝瑠(
ja1738)が三角形の刃を持つ槍――パルチザンを振り回してイナゴの群れを薙ぎ払っている。
「これほどの規模の敵の相手は初めてだが……悪魔の思い通りにさせるつもりはない」
大群を薙ぎ払う二人の攻撃から逃れてきたイナゴを討伐しているのは虎綱・ガーフィールド(
ja3547)と断神 朔樂(
ja5116)の二人だ。
二人は手にした刀でイナゴをさっきから斬り倒し続けている。
「佃煮には向きそうにもないの。 くははは! ならば刀の錆びになれィ!」
「群魔……。レギオンとか呼ばれる事もあったで御座ったな。この数、まさに群れる魔蟲に御座る」
迫り来るイナゴの大軍勢を斬り倒し続ける虎綱と朔樂。
獅子奮迅の活躍を見せる一方で、二人は敵の様子がおかしいことに気づき始めていた。
「朔樂殿、自分の取り越し苦労ならばよいのでござるが……何やら先刻より、敵の攻めがより一層激しさを増したように思えるで御座る」
キックを繰り出しながら飛びかかってきたイナゴを横薙ぎにした刀で斬り落としながら、虎綱は自然と背中合わせで戦う位置に立った朔樂に問いかける。
「虎綱殿もか。実は拙者も先刻より何か腑に落ちないものを感じていたで御座る」
下から打ち上げる軌道の斬撃で、正面から飛びかかってきたイナゴを両断しつつ、朔樂も答える。
「先刻、攻撃班がマザーの卵を破壊することに成功した筈で御座る。そうでなくとも、ここまで攻め込まれているというのに……不思議と敵には守りの姿勢が感じられないので御座るよ」
難しい顔をしながら朔樂が言うと、虎綱もそれに同調する。
「左様か。確かに言われてみれば、敵の雑兵たちは攻めに執心し過ぎのようにも思えるで御座るな。ここまで攻めに力を入れ過ぎては将の守りが手薄になってしまうで御座ろうに……」
●敵将の真意! 戦局は新たなる局面へ!
「どういうことだ……?」
一方その頃、屋上でもリョウが虎綱や朔樂と同じ疑問に行き着いていた。
先程から撃退士たちは概ね順調に前線を押し上げ、敵将のすぐ近くまで到達することに成功している。
そればかりか、既に射撃による遠距離攻撃で敵将への直接攻撃すら行われているのだ。
ここまで攻め込まれるのを許した以上、敵将の周囲に兵を集結させて一刻も早く守りを固めるのが妥当な策に違いない。
人間の知能で理性的かつ論理的に考えれば、そうした策が妥当であると判断できるのはもちろんのこと、虫並みの知能で本能的に察したとしても同じような策に行き当たる筈だ。
少なくとも、虫並みの知能であれば、身の危険を感じた以上はなおさら自分の周囲に防衛網を敷く筈である。
だが、実際はその逆だった。
モールを襲っていたイナゴの軍勢は最初こそ『盾の陣』への陣形変更により敵本陣へと戻っていこうとする動きを見せたが、先程になって急にUターンしてきた挙句、再びモールを襲い始めている。
そればかりか、モールと敵本陣の中間地点にいた軍勢もマザーに構わずモールへと殺到し、Uターンしてきた攻撃群に加勢していた。
現に今も、仲間を幾重にも踏み台にすることによって多段ジャンプを成し遂げたイナゴたちが屋上に侵入しようと飛びかかっては結界に蹴りを叩き込むも、弾き返されるという光景が散見される。
完全に防御を捨てて攻撃に全兵力を注ぎ込み始めたイナゴ軍団によって防衛班の負担は急激に増大しつつあった。
実際、つい先程、結界の一部に穴が開いたという報告がリョウの元に入っている。
防衛班に加勢するよう遊撃班に指示を出そうと、リョウがマイクを掴んだ瞬間、先程から突撃を繰り返していたイナゴの一体が結界を蹴破ることに成功し、屋上へと進入してくる。
「……ッ!」
咄嗟にリョウが飛び込んできた一体を苦無で突き殺すも、間髪入れずに次々と飛び込んできた無数のイナゴがリョウに襲い掛かる。
苦無を抜く暇も惜しんでリョウが新たな武器を取り出そうとするが、それより早くイナゴ軍団の放つキックの雨がリョウへと炸裂し、リョウは蹴られた部位の骨がことごとく折れるのを感じた。
何本もの骨をへし折ってすらその威力は収まりきらず、イナゴ軍団の飛び蹴りの衝撃はリョウを後方へと吹っ飛ばし、給水タンクへと叩きつける。
だが、リョウも負けてはいない。
給水タンクに激突しながらもすぐに立ち上がると、取り出したハルバードを振るい、屋上へと侵入してきたイナゴ軍団を瞬く間に殲滅する。
最後の一体をハルバードの槍部分で突き殺したリョウは、立っていられずにその場に倒れ込む。
「……まだだ……まだ……俺は……倒れるわけには……いかない……!」
痛む身体をおして首を巡らせたリョウは、すぐ近くにマイクが転がっているのを見つけると、必死に這いつくばってマイクを取りに行く。
リョウがマイクに手を伸ばしたのを見計らったように、やはり近くに落ちていた三つの携帯電話が各々の接続先である各班からの声を響かせた。
『こちら防衛班、フィーネです。どうかしましたカ? 軍師、応答願いマス』
『攻撃班の雫です。指示を頼みます』
『虎綱で御座る。こちら遊撃隊、敵に新たな動きあり。指示を乞う』
マイクを掴んだリョウは努めて平静を装って口を開いた。
『こちらリョウ。返答が遅くなってすまない。少々、敵と交戦していてな。だが、すぐに撃退に成功したから何も問題はない。それで指示だが――』
ここで自分が深手を負ったことが知れれば、それは全員の動揺に繋がりかねない。
そうなれば、戦線が乱れるのは必至だ。
それだけは何としても避けなければ――その決意とともにリョウは新たな指示を出す。
『モールへの攻撃が予想より激しい。遊撃班は防衛班をフォロー、これ以上の加勢を何としても防ぐんだ。攻撃班は引き続きマザーへの攻撃を続行。以上だ』
新たな指示を出し終え、マイクのスイッチを切った途端、リョウの身体は最後の力を出し切ったかのように脱力していく。
かすみゆく意識の中で、リョウは直感的に敵の真意を理解した。
突然の大攻勢。その理由は――怒りだ。
大勢の同族を殺され、卵を片端から壊されて怒ったマザーは、作戦も効率も何もかもをかなぐり捨て、天敵である人間を全力で皆殺しにかかったのだ。
怒りに任せ、それこそ自らの防衛を完全に度外視してまで――。
「頼む……この戦いが終わるまで……持ってくれ……俺の……身体……」
自分以外誰もいない屋上で、ただ一人リョウの悲痛な声が響いた。
●受け止めるは大軍勢! 防衛線上の血戦!
指示を受けて防衛班のフォローに回った遊撃班は、現在モールを攻撃しているイナゴ軍団に加勢するべく進撃してくる大軍勢の前に立ちはだかっていた。
既に前方と左右は敵で埋め尽くされており、退路は後方のみ。
ただし、今の状況において遊撃班に後退は許されない。
八方塞がりとなった状況の中、輝瑠は光纏の黒竜を立ち昇らせながら覚悟を決めた。
「運命……か。この状況もそうだというのなら…そんな運命、認める訳にはいかない」
自らに言い聞かせるように宣言しながら、 輝瑠はパルチザンを手に膨大な数のイナゴ軍団に立ち向かっていく。
もはや何匹のイナゴを切ったのかわからない。
少しずつ積み重なった反撃のダメージで身体は既にボロボロだ。
予備に用意しておいた苦無と打刀も既に、敵を斬り過ぎて使い物にならない。
いつしか振るい過ぎたパルチザンも刃が砕け、とうとう柄も半ばから折れる。
それでも輝瑠は怯むことなく敵へと向かうと、折れたパルチザンを置き、遂には素手でイナゴを殴りつける。
「俺は抗う。最後まで抗って、抗い続ける……! 例えそれがどんなに絶望的な運命だとしても……だ! いくぞ!!」
一方、黒百合は残るすべての力を注ぎ込んで術を繰り出していた。
「有象無象の憂いなく、私の腐泥は全てを飲み込むわよォ……腐れ果てろォ♪」
――爛れた愚者の御手。
腐泥と血液で構成された巨大な左手が蠢きながら地面から現れ、対象に向けて振り下ろされ、手は腐泥と血液を撒き散らした後に消滅するが、対象となった存在は強烈な悪寒と、精神的な激痛に苛まれその場に縛られるという黒百合独自の術だ。
この術によって数多くのイナゴが倒されていくも、それを上回る数の増援が絶え間なく送られてくるせいで、一向に敵の数は減らない。
黒百合と同じく、朔樂も奥の手である術を惜しげもなく繰り出していた。
「燃えろ! 銀の劫火でッ!!」
――断神流<弐ノ太刀>『銀華』。
刀に銀炎を限界まで封じ、常時の四倍程度に刀身を巨大化させる朔樂の秘儀だ。
その一振りは大地を割き、天を裂くと称されるのに違わず、銀炎を纏う刀身は大量のイナゴを薙ぎ払っていく。
だが、それでも遊撃班は圧倒的な数の暴力によって確実に追い詰められつつある。
遊撃班の苦戦を見て取った攻撃班が助勢に来ようとするのを見て取った、虎綱は大声で叫ぶ。
「こちらは構うな! そなたらが辿り着かねば意味が御座らん!」
そして、攻撃班がマザーへと辿り着く道を開くべく、虎綱は残るアウルすべてを注ぎ込んだ力で呼び出した炎を敵陣の一角へと撃ち込んだ。
「道を開く……燃えよ!」
イナゴの群れが焼き払われたことでできた道を進んでいく攻撃班の姿を見届けると、虎綱は満身創痍の身体で敵の軍勢へと向かっていった。
●最後の砦! 死闘の防衛班!
無数に押し寄せるイナゴを前に、防衛班は苦戦を強いられていた。
既に結界には穴が一つ開いており、地上一階の高さにあるその穴からは濁流のようにイナゴが押し寄せていた。
「巨大にすることで昆虫としての能力を高めたようですが、その重さとスピードで自ら切り裂かれてもらいますよ」
カーマインで前方に傾斜を付けた網を張る清十郎の作戦により、既に何匹ものイナゴが輪切りになっているが、そのトラップも仲間を踏み台にするというイナゴ側の戦法により突破されつつあった。
トラップを越えて飛びかかってきたイナゴをシールド受け止めた後に地面に叩き飛ばし、清十郎は肩で息をしながら呟く。
「下手に受け止め続けると、そのまま押し潰されて危険ですね」
だが、そうも言っていられない。
清十郎の近くで戦っていた常盤は、イナゴが放ってきた飛び蹴りを敢えて身体で受け止める。
「私が避けては結界が……っ」
これ以上、結界へのダメージを重ねさせまいという常盤の試みは成功したが、そのせいで常盤は胴体へと飛び蹴りの直撃を受けて吹っ飛び、モールの床を盛大に転がる。
「かはっ……!」
苦しげに血を吐く常盤。どうやら今の蹴りで肋骨が折れたようだ。
そのダメージで動きが鈍った所に、同じイナゴが常盤へと追撃をかける。
再び叩き込まれようとする飛び蹴りが常盤に迫る中、間に割って入るようにして常盤を庇ったのは一倫だ。
「い゛っっつっ、これだから虫は嫌いなんだ!」
蹴り飛ばされて壁に激突しながらも、一倫は手にした銃を乱射し、攻撃してきたイナゴへと何発もの銃弾を叩き込む。
一方、緑とフィーネは更に後方で戦っていた。
彼女たちの背後もう避難民のいるスペースだ。
正真正銘。この場所が、そしてこの二人が最後の砦だった。
「行かせない、わよっ!」
防衛網を潜り抜けてきたイナゴたちに向け、緑は最後の一発だけ残しておいた火球を放つ。
爆炎は殆どのイナゴを焼殺したが、生き延びた何匹かのイナゴが爆炎に紛れて緑へと飛びかかってきた。
「危ナイ!」
寸での所でそれに気づいたフィーネが咄嗟に緑を突き飛ばしたおかげで緑は助かったものの、当のフィーネが飛び蹴りを受けて後方まで吹っ飛ばされてしまう。
「フィーネ!」
叫ぶ緑の見ている前でフィーネは店舗のショーウィンドーを突き破り、ガラス片を撒き散らしながら吹っ飛ばされた末、中央広場の噴水の淵に激突してようやく止まる。
ガラス片が散らばる中に倒れるフィーネを見て、避難民たちが心配そうに駆け寄ってくる。
それに気づいたフィーネはゆっくりと起き上がると、駆け寄ってきた避難民の一人である少女に微笑んでみせ、優しく語りかけた。
「安心してくだサイ。こんなイナゴ共に、あなた達へ危害は加えさせませんカラ」
●決着! 100:1の大決戦!
「こいつらはできる限り掃射で片付ける。だから先に行ってよ」
そう仲間に告げ、仲間を先に行かせたとしおは、迫り来る軍勢をフルオート掃射で薙ぎ払っていたが、やがてとしおのアウルも尽きて弾切れが起きる。
そして、弾切れしたとしおへと無数のイナゴが群がっていった。
「どうやらここまでみたいですね。それでは、私はここで最後の回転殺法といきましょう――かざねこぷたー・斬!」
次に仲間を行かせるべく残ったのはかざねだ。
一匹でも多くのイナゴを巻き込もうと、残るアウルすべて込めて回転し続けるが、やがてその回転も止まる。
そして、回転の止まったかざねにも無数のイナゴが群がっていった。
「頃合いか。ここは任せて先に行け。もとより、俺の業は対多人数の闘いより生まれたもの。適材適所であろう。中津荒神流の名の由来……その身全てに刻んでくれる……!」
かざねに続き、仲間を先に行かせた謳華は精神統一した後、謳華は幾多の反撃をその身に受けながらも、まるで無傷であるかのように戦い続けた。
「戦がただ『中』、一人にして『津』波。『荒』ぶる武『神』が如く。もとよりこの業は群を個が殺す為に生まれた一騎当千……もとい、一騎倒殲の業なのだから」
八面六臂の活躍の後、やがて自らの周囲に立つ最後の一体を倒した謳華は、静かにそう告げる。
そして、謳華は立って構えを取ったまま意識を失い、その身体にも無数のイナゴが群がっていく。
「もうマザーは目の前です。だから、行ってください」
雫は傍らに立つマキナへと、事もなげにそう告げた。
愛用の大剣を構えると、雫はマザーの周囲に控えるイナゴの群れへと斬り込んだ。
大剣を振るう雫のおかげでマザーへの道が開けるが、その雫にも大量のイナゴが群がっていく。
雫が切り開いた道を通り、マキナは遂にマザーへと到達した。
としお、かざね、謳華、雫――自分を行かせる為に残った仲間たちの顔がマキナの脳裏を過る。
「皆の気持ち……無駄にはしない……!」
揺るがぬ決意を込め、マキナは黒焔を纏う右腕を貫手で繰り出し、先刻としおによって穿たれた銃創から右腕を突き入れる。
「これで幕引き――」
深く突き入れた右腕でやがてマザーの心臓を掴むと、マキナは渾身の力でそれを握り潰した。
●エピローグ
遂に中央広場まで侵入してきたイナゴが、先程の少女に襲い掛かったのを見て取ったフィーネは無我夢中で少女の前へと飛び出すと、両手を広げて少女を庇う。
衝撃が来る瞬間を前にしても、決してフィーネは目をそらさない。
だが、衝撃が来るよりも前にフィーネの眼前でイナゴはその動きを止めた。
「止まっタ……?」
最初は呆然としていたものの、じょじょに事情を理解したフィーネは微笑みとともに避難民へと告げる。
「皆サン、もう大丈夫デス。撃退士の……私たちノ、勝ちデス!」
その瞬間、避難民たちの間に歓声が上がった。
歓声が上がる中、痛む身体を引きずって仲間たちも次々と戻ってくる。
戻ってきた仲間の一人――虎綱は深刻そうな顔で重々しく言った。
「新たな悪魔か……ようやくあちらも我らを敵と認識したので御座ろうか」
そして、仲間たちが互いの無事を喜び合っている中、輝瑠はどこへともなく呟いた。
「見ているか、悪魔。お前達が人間をどう思ってるかは知らないが一つだけ忠告しておく。確かに人間は弱い……だがな。沢山の人が手を取り合えばその力はどこまでも強くなる」
この戦いは撃退士たちの勝利に終わった。
重傷を負った者は数多いが、死者に関しては撃退士および避難民のどちらにも、ただ一人として出ておらず、戦果としてはこの上ないものであると十分に言えるだろう。
100:1という凄まじい戦力差を覆したのは、確かに一人一人では弱くとも、手を取り合い、力を合わせることでどこまでも強くなれる、人間の強さだったのかもしれない。