●勝利条件:デートの成功!? 美里のデート計画前半戦!
――八月某日 久遠ヶ原島 如月佳耶 宅――
デートの前日。
撃退士たちは如月佳耶(jz0057)と来栖美里(jz0075)の二人が同居する寮の一室に集まっていた。
「自分のツケを他人を代替に乗り切ろうと言うのは気に入らんが、これも依頼か。やるべきことはやろう」
広めの部屋で美里と向き合ったリョウ(
ja0563)は複雑な表情でそう呟いた。
「来栖、とりあえず会話の機微と表情の作り方を教える」
いつも通りの虚ろな目で、瞬きも身じろぎも何一つせず佇む美里に、リョウはまずそう切り出した。
「……機微……表情……」
美里はひとまずリョウから言われた言葉を復唱する。
感情の表出が乏しいせいで判りづらいが、どうやら美里は困った顔をしているようだ。
普通なら判らずとも、依頼を通じて幾度もの付き合いがあるリョウには美里の表情の変化が判別できた。
もっとも、それを予想していたリョウは美里ととは違い、特段困ることなく微笑んだ。
「……だろうな。来栖と同じ状況なら、いきなりそんなこと言われれば俺だって困る。待っていろ、今、見本を見せる――」
そう告げるとリョウは他の仲間たちを一旦部屋の外に出し、その後に変化の術を使って美里の顔になる。
「なんというかにこやかに会話する来栖というのも想像つかんが、これも練習だと思ってやってみようか」
そう言うとリョウは実際の表情等を見本としてやって見せる。
同じ顔をした人間が至近距離で向かい合うという奇妙な光景だが、リョウが変化の術で模した美里の方は本物に比べて感情の表出も豊かで、目のの焦点も合っている。
リョウは感情豊かな美里の顔で様々な表情を見せていく。
これを見ると、同じ顔でも表情次第でまるで別人に見えるということを改めて思い知らされる。
「……機微と……表情……おぼえた……」
ほどなくしてリョウによる表情のレクチャーは終了した。
美里の言葉に頷いて変化の術を解くと、リョウは次いで流行のファッションや音楽をざっと教えにかかる。
やはりいつも通り瞬き一つせず、まるで静止画像のようにじっと聞き入る美里。
「……流行の……ファッションや……音楽……おぼえた……」
そして、リョウも再び頷き、先程の講釈を締める形で補足する。
「困ったら誰も知らないようコアなデザイナーやアーティストの名を上げて『こういうものにもはまっている』といって逃げられるようにしておくといい。たとえば――」
その後も、仲間の計画に任せたデートコース以外のことや、その辺りにあるものについては美里に教えておき、会話に繋げられる様にしておけるよう説明をざっと済ませたリョウは一旦部屋から退室する。
これからは着替えのプロセスが入る為、当然同性同士で行うべきだというリョウの判断と気遣いだ。
「俺からは以上だ。ではまたな」
退室するリョウ。
入れ替わりに入って来るのは女性陣だ。
「こんにちは。着せ替え人形……ではなく、色んな衣装を持ってきたので、どれが似合うか試してみましょうか」
最初に入って来たのはヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)。
言葉通り、大きなスーツケースを抱えており、相当に気合いの入ったラインナップなのだろう。
「旭川の時はありがと〜。今日はみんなで楽しく過ごせるといいのね〜。よろしくお願いします〜♪」
続いて入って来たのは望月 忍(
ja3942)。
女子高生向けファッション誌から芸能、音楽、テレビ雑誌など様々な雑誌。
飲食品にタオル、 更には情報検索や仲間と連絡がとれるようにスマートフォンもあるという万全の準備をしてきている。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
三人目は星野華月(
ja4936)。
ほわほわとしたお嬢様っぽい子供である華月だが、持ってきた衣装にはそれとは裏腹に落ち着いた大人の女性に似合いそうなものも入っている。
「偽デートのお膳立てに彼女役のおめかしね……何だか意外と面白そうね……やってみましょう。よろしくね」
四人目はナタリア・シルフィード(
ja8997)。
あえてカジュアルな服装を選んでみたらしく、ナタリアが持ち寄った服には飾り過ぎたり、気取り過ぎたりしない自然体のデザインといえる服が多い。
「あたしも協力させてもらうわよ。よろしくねー」
五人目の女性は藍 星露(
ja5127)。
美里への仕込みは他の皆に任せ、万が一デート中に本物の高木由奈に出くわした場合の対応策を練るつもりでいることもあり、星露の所持品は他の女性陣ほど多くはないようだ。
「本作戦は同行者の生命、身体、及び財産の保護に任じ、円滑な交流を実現することをもってその目的とする。よろしく頼むわねぇ」
そして、最後に入って来たのは雨宮アカリ(
ja4010)だ。
普段は飄々とした様子のアカリも、今日はどこか気合が入っているようだった。
もしかすると、アカリなりに緊張しているのかもしれない。
「それじゃ、早速はじめましょう」
揃ったところで最初に口を開いたのはヴィーヴィルだった。
一緒に持ち込んだ大量のドレスや宝石、香水を並べながら、持ち込んだ衣服を広げていく。
「今回は髪を黒く染めますですけど、その前にこれを着てみてください」
ヴィーヴィルは持ちこんだ衣服の中から真っ白なドレスと赤いリボン、コルセットとヒールに白いボンネットハットを取り出した。
この西洋の貴族が着ているような服一式はヴィーヴィルの私物であり、もちろん本場西洋で仕立てられた正真正銘の本物だ。
「……」
差し出された服一式を前に美里は小さく頷くと、着ているワイシャツを脱ぎ始める。
やがて服を脱ぎ終えた美里はヴィーヴィルから服一式を受け取るも、見たことはあっても着たことなどない服に苦心する。
しばらく首を傾げる美里を微笑ましげに見つめていたヴィーヴィルだったが、やがて美里を手伝うことにしたのか、慣れた手つきで複雑な服を手際良く着つけていく。
「ちょっときついですけど……痛かったらごめんなさい」
コルセットを着けた美里の背後に回ると、編みあげられた紐の先端を引っ張った。
完全な形でコルセットを着用するにはある程度きつく締め上げるのは仕方ないことだが、慣れていない美里には少々堪えたのか、さしもの美里の表情にも変化が表れる。
それでも何とか正しく着つけられたヴィーヴィルは次に真っ白なドレスを着つけにかかる。
こちらも慣れた手つきで着つけると、ヴィーヴィルは美里の後ろに回って髪をひとまとめにすると赤いリボンを結ぶ。
そしてヴィーヴィルは揃えた一足の靴を美里の前に置く。
やはり慣れない高いヒールに苦心する美里を支えてやり、美里が両足とも履き終えると、それを見計らってヴィーヴィルは白い日傘を差し出す。
「仕上げに、これも持ってみてくださいね」
小さく頷いて日傘を受け取ると、美里はゆっくりと日傘を開き、やはりゆっくりと持ち上げると、それを肩にかけてみせる。
日傘を肩にかけるのをもって美里の着替えが完成すると、その場にいた全員の口から次々に感嘆の吐息や歓声が漏れる。
顔立ちが端正な上に無表情なおかげで、こういった格好をすると美里はまさに『お人形さん』のような見た目になる。
そうなると予め予想し、むしろそれをどこか期待していた女性陣も、改めて実物を見てみると予想以上の出来に感嘆を禁じえないようだ。
「さすがにこれで表に出たら人目をひくどころではありませんが、ちょっとした遊びです」
他の女性陣が未だ感嘆の眼差しで美里を見つめ続ける中、ヴィーヴィルは冗談めかして微笑むと、視線を美里からアカリへと移す。
「アカリちゃんもどうですか?」
美里に見とれていた所を唐突に話を振られたアカリは一瞬、呆けた顔をした後、我に返って猛烈に首と手を振りまくる。
「いやいやいや! 私は別に良いわよぉ」
即答するアカリ。だが、周囲の女性陣は違う意見のようだ。
喋りながら首と手を振り続けているアカリを左右と背後からがっしりと押さえつけると、半ば強制的に着替えが始まる。
ほどなくして着替えが終わったアカリの仕上がりも中々のようだった。
元々の素材が良いということもあってか、見た目はまるで貴族のようだ。
「コルセットが少しキツイけど、たまにはこういう格好も悪くないわねぇ」
少し恥ずかしげに顔を赤らめて言うアカリの様子を見るに、どうやらまんざらでもなさそうである。
今度はアカリを見て盛り上がる女性陣たちと一緒に、アカリを見つめる美里。
そんな美里に忍が優しく声をかける。
「カラーリング、嫌だったりしない〜? それとも、変身するの、楽しみ〜?」
問いかけられた後、美里は小さく頷くと、うわ言のように途切れ途切れの声で答える。
「……少し……楽しみ……」
それを聞き、忍は柔らかく微笑んで美里の頭を撫でる。
そうしているうちにアカリの件もひと段落したのか、華月が美里と忍のもとに歩いてくる。
「今の来栖さんも良いですけど、別のコーディネートも試してみましょう」
持ってきた服飾品の中から、華月は幾つかを見繕って取り出して行く。
「来栖さんは、色白だし瞳が印象的なので、シンプルに」
華月がまず取り出したのはデニム生地のスカートに白のカットソー。
それに加えて、足元は編み上げのサンダル、そしてキャスケット風の帽子も取り出す。
「それ、可愛いのね〜、来栖さんに似合いそうなの〜♪」
そう言って柔らかな微笑みとともに頷いたのは、様子を横から見ていた忍だ。
清楚なキレイ目コーデが好みの忍にとってもこの組み合わせは大賛成らしい。
「女の子らしさや可愛らしさを行くのもいいけど、流行に乗るというならこれくらい思い切った格好をさせてもいいんじゃないかしら。アクセサリーや小物のほうも、そういうイメージを更に強調し彩れそうなものを中心に見繕ってみたわ」
ナタリアも賛成なようで、自分が見繕ったアクセサリーを楽しそうに並べていく。
「それに着替えた後の来栖さんの意外なイメージを見てみたい、というのもあるしね。何であろうと、女の子はお洒落によって幾らでも変われるものだから」
それに続いて同じく横から見ていた星露も微笑んで頷く。
「あら、星野さんが帽子用意してくれてたのね。ちょうど良かったわ」
星露の視線は美里はもちろん、用意された帽子に注がれている。
「万が一デート中に本物の高木由奈さんに出くわした場合の対応策として、とにかく来栖さんを見られるとまずいから、コーディネートが許すなら、来栖さんには帽子を被ってもらおうと思ってたの」
説明しながら星露は改めて、華月が取り出した帽子をじっと見つめる。
「高木さんを見付けたらそれを深く被って顔を隠してもらって、その時あたしが来栖さんを背中に庇う形にして、高木さんの視線から遮ればいいし。来栖さんさえ目にさせなければ、高木さんもわざわざこっちに近付かないでしょ。帽子の方も似合ってるみたいだし、良かったわ」
星露が満足そうに微笑んで頷くと、華月もそれに微笑みを返す。
並べた服を美里に軽く当ててみて満足したのか華月は、並べた服をまとめると、今度は忍に声をかける。
「そろそろカラーリングを始めましょう。望月さん、手伝ってもらってもいいですか?」
すると柔らかな微笑みとともに忍が応じる。
その手には既にカラーリング用の道具が握られており、忍の気配りが万全であることが伺える。
「もちろん〜。黒髪の来栖さんは私も楽しみなのね〜♪」
カラーリング剤をセットし、それが浸透するまでしばらく待つ間、デートコースの話題になった。
「デートコースはゲームセンターがいいと思うの〜。高木さんが得意そうな話題を雑誌などで予習しておいたのね〜」
ここでも気配り能力を発揮した忍は的確にデートプランを組み立てていく。
プランが固まると華月は、佳耶にも着せ替えをしようとする。
「色々な格好をしてみるのも、楽しいかもしれませんよ?」
今まで口を挟まずにいた佳耶は急な話に驚き、先程のアカリと同様に手を振る。
「え!? あたしは別に――」
すると今度は着せ替る側に立ったアカリがやたらと乗り気になる。
「いいじゃないのぉ。今の流行なら私も割とわかるわぁ」
そう言ってアカリは自信満々に語りながら佳耶を着せ替えていく。
「今の流行の服と言えば……やっぱりデジタル迷彩ね! コンピューターで各戦地ごとに効果の高い配色を決定して、細かいドットで模様を構成するのよぉ。それを使用した現代の軍服は……(くどくど)」
※注:それはごく限られた世界での流行です。
ほどなくして佳耶の着せ替えは完了し、その場にいた女性陣は盛大にズッこけた。
本来は上下だった迷彩服はズボンだけに譲歩したものの、おかげでトップスは黒タンクトップ一枚となり、それが実はそれなりにある佳耶の胸を強調する形となっている。
足元にはコンバットブーツ、腕には耐熱・耐水・耐衝撃のデジタル時計、更には背中のベルトでサバイバルナイフを服の下に隠しているという完璧なコーディネートだ。
「ず、随分アウトドア向けの格好っスね……」
若干コメントに困り気味の佳耶にアカリは自信満々に解説を付け加える。
「これなら食料に困った時に何でも狩れるし、保安官や州警察に包囲されても密林でのゲリラ戦で返り討ちにできるわぁ。いつどこでどんな窮状に遭遇するかわからないもの。これぐらいの装備は常識よぉ」
※注:それはごく限られた世界での常識です。
その間に、華月は染め終わった美里の髪を梳いて整えていく。
「綺麗な髪ですね」
猫好きな華月が服装にも猫のワンポイントを入れ、美里の着替えも終了する。
「うん、可愛く出来ました」
そこには誰もが感嘆するほど可愛い『今時の女の子』がいた。
●勝利条件:デートの成功!? 美里のデート計画後半戦!
――八月某日 神奈川県 某市 某所――
デート当日。
今回のデートコースは仁良井 叶伊(
ja0618)と阿岳 恭司(
ja6451)の二人によって下見がされており、その点も完璧だ。
叶伊は事前にコースの希望を聞き、実際に歩いて調べた情報を統合して『手順書』を作り、実際に動く面々に渡してある。
とはいっても順調にいくとは毛ほどにも思っていない叶伊が様々なリカバリー手段を併記した為、肝心の『手順書』もそれなりの量だ。
現在、叶伊は拠点――姿が見られない場所を前もって探しておき、そこに待機している。
一方、美里とアカリ、星露とナタリアは純一郎と合流していた。
「左から敬一郎、伸一郎、浩一郎。俺のダチともども今日はよろしく!」
純一郎は同行する自分の友人たちを紹介していく。
しかしながら、よくまあこれだけ似た名前が集まったものだ――アカリたちは内心で驚いていた。
全員が簡単に自己紹介を終えた後、満を持してアカリの番が来る。
アカリの服装は黒のワンピースにヒールの高いサンダル。
日焼け防止用のアームカバーと日傘。
念のためオートマチックP37をスカートの中に隠し持っているが、パッと見た限りでは艶やかな美少女という外見に、男性陣の熱い視線が集まる。
デートメンバーの男性陣に挨拶した途端に男性陣の顔が引きつった。
「雨宮アカリ。専門は空挺作戦と市街戦よぉ。よろしくねぇ♪」
かくしてデートは始まった。
まず最初に行くのは服飾品を扱う店であり、まさにデートの定番である。
「ねえ、伸一郎くん。この水着どうかな? 似合う?」
星露は純一郎の友人の一人――伸一郎に的を絞り、その目を引き付けることに決めており、興味ある素振りで話し掛けたり、軽くボディタッチしてみたりしている。
星露本人の服装は、スリムな七分丈のパンツと襟ぐり大きめのプリントTシャツで、面識の無い男子と友達の付き合いで会うというシチュなので、逆に気合を入れ過ぎず自然体な感じだが、ボディタッチされたおかげで伸一郎はすっかり顔を赤くしていた。
「は、はい、似合います! 超似合いますッ!」
一方、美里は純一郎にまるで水着のようなキャミソールを勧められている。
「でも……勧めといて言うのも何だけど、ちょっと露出度高過ぎかもな」
美里が話を振られた瞬間、抜群のタイミングでリョウから無線で指示が飛ぶ。
『来栖。かなり早口で喋るよう意識して喋ってみるんだ」
小さく頷き、美里は指示通りに発話する。
「確かに露出度は高いけど、別に良いと思う」
うわ言のような喋り方と違い、普通の喋り方に近付いたことにアカリたちは内心で歓声を上げる。
ただ、感情の表出しないいつもの喋り方を早回しにしただけなので、ニュースの原稿読みのようになってしまってはいるが、それは御愛嬌だろう。
微笑ましげに見ていたアカリたちだったが、続く美里の言葉に凍りつく。
「天魔は透過能力があるから、物理的被覆による防御効果の有無は関係ない。だからどれだけ肉体が露出していようと対・天魔戦闘における防御力に差異は――」
しかし、この程度は予想済みだ。
すぐにアカリがアシストに入る。
手近な小物を手に取ると、アカリは男性陣たちに問いかけた。
「え? これって敵の目を潰すためのモノじゃないの……?」
すかさず更にひどいボケをかまして周囲をドン引きさせ、美里のボロなんてなかったことにするアカリ。
男性陣の顔がますます引きつっているのは気のせいだろう……きっと。
続いてはランチだ。
選んだのは、知る人ぞ知る隠れた個人経営の名店たるイタリア料理店であり、値段は低く、味のレベルは高い。
――「まぁ俺自身が食べ物とプロレスで出来てるようなもんじゃしね〜。ふふふ…伊達に毎日お腹いっぱいご飯食べてるわけじゃなかとよ〜?」
そう言い、恭司が自信をもって勧める店だけあって、正真正銘の大当たりだ。
料理が来るまでの間、お約束の質問タイムが始まっていた。
「高木さんはどんな音楽聴くの? 歌上手そうだし、ちょっと歌ってみてよ」
敬一郎、なかなか無茶振りである。
だが、美里は歌を口ずさみ始める。
「○×△ΦΧΨΩ#$%&’!?」
結論から言えば、決して音痴だったわけではない。
だが、男性陣の顔は一気に引きつった。
美里は唐突にこの世の言葉とは思えない異音を口から発したのだ。
アカリたちも引きつった顔でいると、彼女たちの耳へ無線越しでリョウの声が届く。
『すまん……誰も知らなそうな音楽を出せとアドバイスしたんだが、どうやら来栖は自習の際にとんでもないものを覚えたようだ……』
ちなみにこの異音、れっきとした歌詞である。
全て文字化けの歌詞を公開し、『異界の言語ゆえに地球上の言語では音写できない』と言い張ったことで瞬間的かつ局地的に流行った『インサニティ』というバンドの歌だが、狂気の異音に聞こえてもそれは仕方ない。
そんな美里を少し離れた所に立つ電柱の陰から見守る男が一人。
何を隠そう、恭司である。
妹を心配する兄のように美里を見守る恭司は頭をかかえていた。
「違う……そうじゃないとよ美里ちゃん……!」
その頃、場の空気を戻そうと浩一郎が口を開いた。
「じゃ、じゃあ次俺が質問ッ! 高木さんってマンガとか読む? 俺はキャッチザスカイが好きでアニメも観てるんだけどさ!」
浩一郎、空気の読める男である。
すかさず忍からも女性陣に通信が入った。
『週刊クラウド用意しておいて良かったのね〜。来栖さん、ここは思いっきり話題に乗るといいのね〜♪』
小さく頷く美里。
そして美里は息継ぎ(ついでに瞬き)もせずに濃密なアニメ話を語り出す。
実は以前、依頼でキャッチザスカイのプラモデルを作って以来、自分でも調べたおかげで美里は相当に詳しくなっていた。
加えて、依頼主であるヲタク三人組からも濃密な指導を受けている為、もはやそのレベルは並のヲタクを凌駕している。
更にはいつも使っているタブレット端末を取り出すと、自作し改造した模型(キット未発売)の写真を見せて更に濃密な語りを開始する。
店外から見守る恭司はハラハラしながら電柱を掴んでいた。
「惜しい! 惜しいよ! ちょっと違うんよ美里ちゃん……!」
そんな恭司に通りすがりの不良少年がぶつかる。
「ってぇな! おっちゃん!」
凄みを利かせる不良少年だが、彼はすぐに戦慄した。
今日の恭司は、普段着である迷彩バンダナにジャージと寸胴は流石に目立つため、今回ばかりは寸胴を封印。
バンダナも外し、一般人のような普通の服装に変装している。
恭司はスーツを着てきており、変装という事でサングラスもかけていた。
更に恭司は急に凄まれたことで驚き、反射的に阿修羅特有のパワーを発揮して、掴んでいた電柱の一部を素手でむしり取ってしまったのだ。
慌てて振り返った恭司は平謝りするべく電柱の一部を足元に放り、足を一歩踏み出す。
だが、恭司の体格と服装、そして動作は、怖いオッサンが臨戦態勢に入ったようにしか見えない。
「す、すいませんでしたぁぁぁっっ〜!」
涙を流しながら死の危険に瀕した者の形相で逃げていく不良少年。
その背を見ながら恭司はしみじみと呟いた。
「道を塞いで立ってた俺が悪いのに、自分から謝ってくれるなんて。見かけによらず良い人た〜い」
ランチを終えたアカリたちはゲームセンターへとやって来ていた。
「ナタリアさんはどんなゲームやるの?」
入店したものの手持無沙汰にしていたナタリアに声をかける浩一郎。
やはり空気の読める男である。
「う〜ん。ゲームってあんまりやったことなくて、何かお勧めのがあればやってみたいわ」
高木由奈の友人を想定した口調や振る舞いを心がけて、服装もそれに則り大人の女性の色香と雰囲気にスポットを当てているナタリアは浩一郎の琴線に触れたらしく、先程から何かと声をかけてきていた。
「ならわかりやすいゲームがいいかな。お、これとかいいかも!」
浩一郎が勧めたのは2D対戦格闘ゲーム『ストリートブレイカー』。
既存の撃退士をモチーフにしたキャラが戦うゲームであり、名前の通りに再現度の高いアウル能力の数々やステージのエフェクトが壊れる演出や、そして完成度の高いゲームシステムから長きに渡りヒットし続けてきた人気のロングセラーシリーズである。
勧められるままゲームの台の前に座ったナタリアは百久遠玉を投入する。
ナタリアが選択したのはダアトスタイルの女性キャラ――ガーベラだ。
(私と同じエナジーアローが使えるのね)
コマンド表を見て呟くナタリア。
もっとも、今は自分が撃退士であることは隠しているので口には出さないが。
「お、最初からテクニカルキャラ選ぶね。そのキャラ、タメ技が多いから扱いが難しいよ」
浩一郎のアドバイスと同時にゲームがスタートし、案の定、慣れないナタリアはCPU相手に圧倒される。
早くもダウンを奪われかけた時、対戦相手が乱入してきた。
対戦相手のキャラは阿修羅スタイルの女子高生――サクヤ。
そして、対戦が始まるが早いか、ガーベラは一方的にダウンを奪われ、勝負が決した。
台の向こうを覗き込み、対戦相手をこっそり見やるナタリアと浩一郎。
対戦相手は高校生と思しき少年二人組だ。
その片割れ――座ってプレイしていた方の少年が言う。
「今回のバージョンはダアトは最弱キャラなのに使ってくるとかどんだけマゾだよ」
更にその少年は不意にこうも言い、隣で見ていた少年もそれに同調する。
「ダアトなんてダッセーよな」
「阿修羅の方が強ぇよな」
それを聞いたナタリアはおもむろに財布を取り出す。
「な、ナタリア……さん?」
ただならぬ雰囲気を発し始めたナタリアに恐る恐る問いかける浩一郎。
するとナタリアは笑顔(でも良く見ると目は笑っていない)で一万久遠札を差し出した。
「浩一郎くん。両替、してきれくれるかしら?」
その後、まるでカジノで遊ぶ富豪がチップをそうするように百久遠玉をうず高く積み上げたナタリアは連コインを敢行。
そして――。
「勝ったー!」
凄まじい執念により、遂にナタリアは経験とキャラ性能の差を覆してパーフェクト勝ちを収めたのだった。
ゲームセンターを出たアカリたち。
その様子を見守っていたリョウと忍、そして恭司は不良学生の集団が接近しているのを確認する。
遭遇する前に極秘裏に対処するべく、リョウたちは不良学生をマークすると同時に待機中の叶伊にも通信を入れた。
結果、不良生徒たちは接触することなくどこかへと去って行き、杞憂に終わる。
だが、それに対処している間に別の不良学生の集団がアカリたちと遭遇していた。
「オラァ! チャラチャラしやがって!」
アカリたちに絡んでいるのは見るからに凶悪そうな不良たちだった。
何かに気付いたのか、伸一郎が星露に耳打ちする。
「ヤバいよ……この人たち、羅刹学園工業高校の人だよ……」
羅刹学園工業高校といえばこの界隈では知らぬ者のいない不良の巣窟である。
天魔と喧嘩して半殺しにしたという根も葉もない噂まで流れるほどに凶悪な不良だらけで有名だ。
だが、そんな相手でも純一郎たちはか弱い女性陣(実際は天魔より強い)を守るべく、毅然とした態度を取ろうとする。
意を決して男性陣が動き出そうとした瞬間、アカリが小さな声で呟いた。
「接敵。数四。これより殲滅する」
そして次の瞬間、不良の一人が宙を舞って道路に叩きつけられた。
アカリがCQC――近接戦闘術でリーダー格を投げて地面に倒し伏せたのだ。
すかさずアカリは銃を抜いてリーダー格の頭に突きつけ、動けなくなった所に耳打ちでこっそりと告げる。
「ここが日本で良かったわねぇ。もしイラクだったら、あなた今頃、捕虜にされて拷問されてるわぁ。捕虜への拷問はジュネーヴ条約で禁止されてるけど、でも、国際条約違反に抵触するのは戦時中の国家の正規軍同士の戦いにおいてだから、あなたのようなケースは適用外ねぇ。これくらい常識よぉ」
※注:しつこいようですが、それはごく限られた世界での常識です。
だが、不良たちも今更引っ込みがつかないのか次々とポケットナイフを抜くが、アカリも隠していたナイフを抜き放つ。
不良たちのナイフがポケットサイズなのに対して、アカリのナイフはグリズリーすら狩れそうなサイズだ。
「あらぁ、わかってないわねぇ。ナイフと言えばコレ――鉄棒を削り出して一体成型するクリス・リーブ社製のサバイバルナイフじゃないのぉ。正規兵から傭兵まで、ずっと前からの流行よぉ」
※注:しつこいようですが、それはごく限られた世界での流行です。
その後、サバイバルナイフで不良たちのポケットナイフを次々と払ったアカリは、CQCを駆使して瞬く間に全員を制圧。
そして後に残ったのはドン引きした男性陣だった。
ただし、本人は正当な手段で追い返したと思っているらしく、アカリはきょとんとした顔をしていのだった。
そんなこんなでデートは無事(?)終了し、色々あったが男性陣は心から楽しかったことが見て取れる笑顔で帰っていく。
デートはひとまず成功に終わったようだった。
とりあえず今回の危機はしのいだ。
後は純一郎次第だろう。
「美里ちゃん、今日はおつかれさまじゃったね〜よしよし。しっかしデートかぁ……俺も出来る事なら行ってみたいもんじゃね〜……」
妹を可愛がる兄のように恭司が美里の頭を撫で終えると、リョウが微笑みとともに語りかける。
「今日はお疲れ様だったな。よく頑張った」
そして、リョウは一拍置いた後に、意を決して美里に言った。
「――その内、俺とデートしよう。誰かの替わりでは無く、来栖美里としてな。ああいうのもいいが、俺はそのままの来栖も好きだよ」
すると美里は、まだぎこちないながらも、他ならぬ自分の意志で笑顔を浮かべ、言う。
「……楽しみに……待ってる……」
暖かな茜色の夕陽に照らされ、美里の笑顔はいつまでも輝いていた。
一ヶ月後。
「オスッ! 総長ッ! カバンお持ちしますッ!」
「オラオラァ! アカリさんのお通りだァ! テメェらみんな道を開けろォ!」
休日に某市を訪れたアカリの周囲は羅刹学園工業高校の生徒で固められていた。
木刀やバット、あるいは鉄パイプを肩に担いでいる者から、チェーンを振りまわしている者まで、大量の不良が人払いをしているせいで、いつの間にか道路は貸し切り状態だ。
そんな彼等にアカリは毅然と言い放つ。
「上官への呼称は『マム』よぉ。気を付けなさぁい」
その一言に不良たちは直立不動となり合唱する。
「「イエス! マム!」」
一糸乱れぬ動きで停止した不良たちにアカリはなおも毅然とした態度で言う。
「それと、何度も言うけど軍規は乱さないようにしなさいよぉ」
不良たちは再度直立不動となり合唱する。
「「イエス! マム!」」
そして、周囲に迷惑をかけないよう、道いっぱいに広がらずに大人しく歩き始める。
アカリは見事な統率力を発揮していた。
そんなアカリはふと不良の一人が乗って来た車に目を止める。
「確か、族車だったかしらぁ、あんな避弾経始もない車体じゃあタングステン製徹甲弾はもちろん、5.56mm弾だって防げないわよぉ。しょうがないわねぇ、私がイスラエル製の複合装甲を手配してあげるからすぐ車体に装備しなさいよぉ」
「「アイ! マム!」」
その後、今まで乱戦が当たり前だった不良グループ同士の抗争に戦術的に統率された動きを持ち込み、この地域での不良同士の喧嘩における常識を根底から覆し、完全に塗り替えてしまうという、まさに革命を起こした少女がいたという事実は不良たちの間で伝説として語り継がれたという。
そしてその少女は年端もいかない銀髪の少女だったという噂があるが、それらはまた別の話。