●常塚 咲月(
ja0156)
ディアボロの能力によるものなのか、確かに関東のとある山林にいたはずの私は、気が付けばイギリスの街中に立っていた。
周囲には街並みが、頭上には凄く綺麗な青空が広がっている。
うだるような暑さと対照的に爽やかな青空、そしてイギリスの街並み。
間違いない。
これは『あの時』の光景だ。
そう確信した途端、急に私の視界が塞がれる。
次いで何かが私に覆いかぶさってくる感触。
重みといい、温かさといい、思い当たるのは一つしかない。
今、私に覆いかぶさっているのは、一人の人間だ。
理解した瞬間、今度は手の平に温かく、そして僅かにねっとりとした感触――血の感触が蘇る。
あの時、私は幼馴染に身体で庇われた。
ほどなくして我に返った私が、幼馴染の身体の下から這い出たら……幼馴染の背中に大きい怪我が出来てて――。
あの時、掌についた血の色も温度も感触も忘れてない。
気が付いたら、傷口から止めどなく流れる血を自分の上着で押さえてた。
そしてやっぱり、幻覚の中であの時のことを追体験している今の私も、あの時の私と同じように無我夢中で自分の上着を脱ぎ、幼馴染の背中に刻まれた傷口を押さえている。
「やっぱり、もう一度体験するとか……本当に恐怖だ……」
生々しい幻覚に、私は逃げ出したい衝動に駆られた。
――でも、あの時思った気持ちは変ってない……大切な人達を護れるなら、私がどうなっても構わない。
死なんて怖くない。
大切な人達を失う恐怖をまた、味わう位なら……自分の力で護ってみせる。
それが私の信念で……誓い。
「――ここから出して」
その一言と共に、私は過去を乗り越える決意を固める。
次の瞬間、私はもといた山林に立っていた。
すぐに光纏し、阻霊符を使用して逃げている敵を追いかけ、目玉模様や羽を射撃攻撃する。
そして、墜落した敵へと私はゆっくり近付き、胴体を攻撃した。
「――不愉快だから早く死んで……」
敵にとどめを刺した私は、緊張の糸が切れてその場にへたりこんだ。
立木に背中を預けた姿勢で、私は携帯電話を取り出すと、幼馴染に電話をかける。
「終わった……大丈夫……ご飯用意よろしく……。――あと、やっぱり二人は私にとって神様だよ」
電話口にそう告げ、私は微笑んだのだった。
●大城・博志(
ja0179)
「先日も似た様な能力のヤツとやりあったが、全く克服できなかったからな……今回で克服させてもらう!」
俺の前に出現したのは大学時代にホームステイ先で遭遇したオカマでマッチョな英国ラガーメン!
日中はやたらとスキンシップを取りたがり、夜中には夜襲を仕掛けてくる行動派!
キレの良い腰の動きを初めとする身体能力の高さを思い知らされながらも辛うじて貞操を守り通した一週間!
あの時の恐怖が再現されるとは!
だが、恐怖に抗うのでは駄目だ。
進歩が無い、殴ったら死んだとかそういうレベルだ、自分の意思が欠けている。
荒ぶる心のままに戦って思考まで荒さに飲まれて得られる勝利では、何処かに落し穴ができる。
必要なのはクールな思考、頭は冷静に、荒ぶる心を怜悧な意思で制御する事。
スナイパーやヒットマンの如く、手は綺麗に心は熱く頭は冷静に、己が恐怖を討つ!
これは幻覚だ――冷静な頭でそう認識する。
俺ならきっと乗り越えられる――熱い心で自分を奮い立たせる。
そして、俺は自分の意志力だけで幻覚を振り払い、もとの静かな山林へと戻ってきた――力任せの手段に頼らない。即ち、綺麗な手を使ったというわけだ。
俺が体感した時間ほど実際に時間は経っていなかったらしい。
俺の前には今まさに逃げ出そうとする目玉蝶がいる。
「今の俺は……一味違うぜ!」
魔法書を開くと、俺は雷球を放って目玉蝶を撃ち落としたのだった。
●並木坂・マオ(
ja0317)
心の強さ、か……そういえば、いつか師匠に言われたっけ。
――「お前は時々、『生きようとする意志』に欠ける事がある」って。
詳しく聞こうとしても、それ以上は何も言ってくれなかったし。
そもそも『生きようとする意志』ってなんだろ?
アタシは毎日楽しく生きてるつもりなんだけどなー。
その生活が壊れるのは嫌だし、死ぬのはもっと嫌。
……うん、よくわかんないや。
でも行かなきゃ。
少しでも強くなってあの人に近づく為に。
今は少なくとも、この状況を何とかしないとだし。
気が付いたらアタシは山林ではない場所に境内に立っていた。
そして、目の前には敵が二人。
かつて依頼で遭遇した悪魔の少女とその執事のヴァニタス。
この二人の主宰する『ゲーム』に招待されたアタシは、抗おうとするも、一方的に嬲られ気まぐれだけで生かされた。
他の誰かによって自分という存在をいいようにされるという事は、孤児として育ち『独り』である事を旨としてきたアタシにとっては何よりも堪え難い恐怖だったみたいだ。
その証拠に、幻として現れたハズの二人はあの時と同じようにアタシを痛めつけている。
正直しんどい……できるなら、もうこのまま楽になりたいや……。
ふと気づけば、そんなことを考えているアタシがいる。
でも、何故だかわからないけど――。
その一方でアタシの心の奥底では別の思いが渦巻いていた。
――死にたくない。
――まだ、ここで終わりたくない。
だから……今は、もう一度抗ってみようと思う。
不思議と諦めきれない『生きたい』って気持ち――それに従ってアタシは、叩き伏せられた状態で痛めつけられながら、身体中のアウルをかき集め、それを練り上げて右脚へと集中させていく。
そろそろとどめを刺す気になったのか、執事の方がボロボロになったアタシの肩を掴んで持ち上げる。
執事が首筋に牙を突き立てようとした瞬間、アタシは大量のアウルを込めた右脚で執事の胸板を蹴り抜いた。
驚いた顔になって血を吐く執事。
執事はそのままよろけた末に倒れ、まさかの事態に驚いて棒立ちになった少女に向けてアタシはジャンプした。
残ったアウルすべてを注いだ跳び蹴りを受け、悪魔の少女も倒れる。
「切り札は……最後まで残しておくものだよ――」
アタシがそう呟くと同時、幻が消える。
そしてアタシは、逃げていこうとする目玉模様の蝶を蹴り抜いたのだった。
●リョウ(
ja0563)
――何故お前だけ。
――死にたくない。
後ろから浴びせられるのは死んだ人達からの憤怒と絶望。
俺は子供の頃、とある戦場となった街の中で瀕死の状態で彷徨っている所を撃退士によって助けられた。
周囲の風景は戦火に崩れる街の中。
背後からの怨嗟の声はまだ続いている。
黙ったまま、戦火に崩れる街の中を歩き続けた俺は、やがて累々と横たわる遺骸の数々に行き当たった。
数々の遺骸はどれもが凄惨な有様だ。
身体中を傷という傷が埋め尽くし、その上で血濡れになっているものばかり。
部位が欠損している者も少なくなく、まともな状態を保っている遺骸などそこにはない。
そして、俺はこの遺骸の数々に見覚えがある。
この遺骸は……旅団の仲間だ。
俺を団長として慕ってくれる仲間に間違いない。
確信した途端、既に事切れているはずの遺骸たちは一斉に顔を上げ、這いつくばりながら俺を恨みがましい目で睨み付ける。
――お前の所為で。
――何様のつもりだ。
仲間たちの口をついて出たのは、そうした怨嗟と否定。
更に、仲間たちの恨み言と重なるように、背後からは再び憤怒と絶望の声が浴びせられる。
あの時助かるのは俺である必然が無かった。
助かったのは単なる偶然。彼等と何も違わない。
彼等の恨みも羨望も、何も間違ってはいない。
そんな俺が何故笑っていられるのか。
零れ落ちるナニカを救う。
その為に必要ならば学園とも世界とも相対しよう。
だがそれに何故誰かを巻き込んだ?
独りでは届かない?
自分に自信が無かった?
――なんと言う傲慢。
卑劣。
臆病。
――『これ』が俺だけの事ならば動けなくもなるだろうな……だが。
あの時俺を助けてくれたあの人の願いは――。
それでもいい、と集い共に歩んでくれている仲間達の想いは――。
――『俺の恐怖』程度で蔑ろにしていい物では無いから。
「『これ』は『今が大切で、失いたくない』という俺の願いの裏側。貴様程度が触れて良い物では無い――返してもらおう」
そう言い放ち、俺は戦火に崩れる街の中を駆け出した。
視線の先には幻として見せられた風景の中でも捉え続けていた天魔の蝶。
俺は炎のような紅い色をした鋼糸――カーマインで天魔を絡め取り、次の瞬間に槍を一閃する。
天魔が真っ二つに断ち切られた瞬間、幻は消え、俺は山林へと戻ってきたのだった。
●御幸浜 霧(
ja0751)
翅に目玉模様のある蝶という姿をした変異体を見た直後のことです。
気が付くとわたくしは大規模作戦真っ最中の京都におりました。
目の前にいるのは使徒と多数の狼型御使い。
光纏しているおかげで立つことのできているわたくしの足は情けないくらいに震えだしました。
京都の大規模作戦の際に、わたくしは依頼にて使徒と交戦しました。
しかし、依頼は失敗。
多数の狼型御使いに群がられて地に伏したうえ、敵に作戦の不備を指摘されるという手痛い敗北を喫しました。
必死に抗ったのですが、使徒の力の前に仲間の回復が追いつかず、また御使いに襲い掛かられて瀕死の重傷を負わされ、戦闘不能に追い込まれて――。
……おかしいでしょう? 御幸浜組の跡目を継ぐことになっているともあろう者が、一度喧嘩に負けたぐらいで『次こそは』という心よりも先に使徒の姿を想起して恐怖に身体が震えてしまうのですから。
銀色の鎧を纏った金髪の使徒と、使徒の指揮する狼型御使い、ひいては使徒全般。
あのときからそれらは、わたくしにとって恐怖の対象となりました。
そして今も、目の前に現れた使徒と御使いの姿を前に、息をすることすらできないほどの恐怖にわたくしは苛まれています。
「あんな圧倒的な力に勝てるわけが……」
その言葉がわたくしの口をついて出た瞬間でした。
不意にわたくしの脳裏を、同じく大規模作戦で経験した、別の戦いの記憶がよぎります。
でも、そういえば……。
わたくしは大規模第一巡のときに『劉玄盛』と遭遇して。
あのときは皆で力を合わせて押し返して……。
使徒といえでも、無敵ではない?
然るべき絵図を描いて、力を合わせれば勝てないこともない?
そこまで思い立ったわたくしの脳裏を、再び別の記憶がよぎりました。
脳裏をよぎったのは、わたくしの友達のこと。
――真面目が過ぎる香港出身の彼。
――真面目で親切な日伊のハーフの彼女……。
わたくしには、彼らのような頼れる仲間がいる……。
それを思い出した途端、わたくしの周囲に広がる風景は、元通りの山林に戻っておりました。
目の前には、翅に目玉模様のある蝶の姿。
露西亜製拳銃の中国産模造品――通称『赤星』の引き金を引き、変異体を撃ち落としたわたくしは、地面に転がる敵へと刀の切っ先を振り下ろし、止めを刺したのでした。
●物見 岳士(
ja0823)
実戦訓練、望む所です。
嘗て恐怖を味あわせらせられた存在……果して鬼が出るか、蛇が出るか……。
修行の一環としてEDBディアボロの術中に敢えて嵌った自分が胸中でそう呟いた直後、想像以上のものが現れました。
「……鬼が、出やがった……」
思わず自分はそう口にしていました。
恐怖の存在として現れたもの、それは少年工科学校時代の先任教官。
鬼教官であり、頭の上がらない相手でした。
新兵教育の現場に必ず居る軍曹、の元締め。
ある程度教育が終わって助教を舐めくさりだした学生達を締め上げ上下関係、即ち命令と服従をきっちり叩き込むのがお仕事。
無論、部下の教官達の無茶振りをを止めたり、理屈だけでは納得しない学生達に助言や指導を与えてくれたりもする立場ではありますが。
罵倒での精神攻撃を主とし、学生たちの誇りや自尊心……そういったものを徹底的に奪い、破壊し尽くします。
その理不尽さたるや酷いなどというものではありません。
戦場ではどんな理不尽な命令でも、それが命令として下された以上は、従わなければならない……それが軍隊という組織。
学生たちにそれを実行させる為に、思想や性格といった精神的な面からの改造を行う。
鬼教官は、学生たちの精神を『理不尽な命令にも従える』精神として新たに構築し直します。
そして、その為にまず、元からあるものを一度、完全に破壊するのです。
心身共に加えられる、どこまでも理不尽で、どこまでも容赦のない暴力。
それによって精神の再構築が行われた後、学生は兵士となるのです。
そうした経緯があるからでしょうか。
幻影の鬼教官を前にした自分は、条件反射的な重圧に押し潰されかけています。
ですが、ここで負けるわけにはいきません。
かつて味わった恐怖――それを乗り越え、自分は撃退士として強くならなければならないのですから。
脂汗や冷や汗流しながらポーカーフェイスで落ち着いている風を装い、大声を出して、自分に発破をかけて、撃つ――。
「命令絶対服従だけで人の命や平和が守れるか!」
――理屈だけで物事は解決しない。
――考えて、更に感じろ。
そう自分に言い聞かせ、鬼教官の幻影を撃ち抜いた瞬間、幻は消えて元の風景が戻ってきました。
自分はすぐに状況を理解し、付近を飛行中だったEDBディアボロを撃墜したのでした。
●水無月 神奈(
ja0914)
「越えるべき過去……か」
目玉模様の翅を持った蝶と相対しながら、私は一人呟いた。
すぐに周囲の風景が塗り替えられていく。
どうやら、幻術の効果が早速現れたようだ。
かつて一族を皆殺しにした悪魔……それが恐怖の対象として現れると私は予想していた。
だが、実際に現れたのはもっと潜在的で、私自身も知らぬうちにトラウマとなっていた事。
変わり果てた身内を、可愛がっていた妹を斬り捨てた事だった。
少し、私の話をしよう。
京都で剣道場を開く傍ら古くから魔を祓ってきたとされる水無月家の三男三女兄妹の次女――それが私だ。
その歴史から素質を持つ者が多い一族で、撃退士を志した者が多かったが、そんな中にあって私は唯一撃退士になる事を拒んでいた。
しかし悪魔の集団による本家への襲撃により、姉に護られ無事だった神奈を除く一族全員が死亡。
独り残された私は姉の形見となった魔具を手に、変り果てた家族と助けられるまで戦い、その様を嘲笑し続け去った悪魔への復讐を誓って拒み続けた撃退士への道を進んだ。
そして、今に至る――。
幻覚の中で私が見た物。
それは私を庇い崩れ落ちるように倒れた姉の背の向こうに見える、見知った顔が張り付いた、爬虫類にも似た人だったもの。
苦しげに助けを求めるその姿を見た時、あまりにも現実離れしていて、これは夢だと、目の前の現実を否定したかった……。
でも……体を走る痛みが、あの悪魔の嘲笑が、私を現実に引き戻した。
姉の形見になった刀を手に、奴への怒りと殺意に身を任せるまま家族だった人達を、私は斬り続けた。
だけど……たった一人、斬る事が出来なかった……。
あの子の、妹の顔を貼り付けたディアボロを。
斬る事を躊躇した私は当然まともに攻撃を受けまともに反撃の出来ぬまま、瀕死の重傷を負った。
……結局、殺したくないと、助けてと泣き叫ぶ妹を……討ったのは増援として派遣された撃退士だった。
今、私の眼前に広がる風景は、いわば恐怖の再現だ。
あの地獄の繰り返し。
違うのは……最後だけ。
あの日越えられなかった悲劇。
私が越えるべき過去……見知らぬ誰かの手ではなく私の手で妹を討つ。
ふと自分の身体を見れば、私の身体は傷だらけだ。
これも幻覚なのか。
だとすれば生々しいこと甚だしい。
なにせ、傷口から血が流れ出す度、確かな痛みを感じるのだから。
だが、これが幻覚だろうと本物の傷だろうと、私のすることは一つだ。
私は姉の形見である刀に全身全霊のアウルを込め、刃を振り上げた。
「ずっと待たせてごめん。私、姉さん達のように強くなくて、ここまで辿り着くのに時間掛かちゃった。でも……もう大丈夫、私はもう大丈夫だから。お休みなさい、秋葉……」
かつて妹だったものに私はそう言葉をかけると、ただこの一撃に全てを掛け、瀕死の傷で全身全霊の技を放つ。
振り抜かれた刃の先、直線上に存在するものすべてを凄まじい衝撃波が薙ぎ払っていく。
無論、私の妹だったものも――。
私にとって大切な存在だった妹。
その顔を貼り付けたディアボロを断ち切った瞬間、風景は元の山林に戻る。
そして、私の足元には真っ二つに断ち割れた蝶の遺骸が転がっていたのだった。
●南雲 輝瑠(
ja1738)
「過去の恐怖……己と向き合う良い機会か……」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、俺の立っている場所の風景が塗り替えられ、目の前には仇敵の姿をした幻影が現れた。
俺がかつて恐怖を味わわされた存在。
それは、過去に自分の大切な人を全て奪っていった存在。
容姿は真紅の大きな翼を持ち、黒色の体を持つ人型のディアボロ。
まだ中等部半ばの頃のことだ。
大切な人達と一緒に遊んでいた時に何処からともなく、ヤツは突如出現した。
周りの皆、そして俺自身が恐怖で動けない中、その人型のディアボロは暫く周囲を窺っていたが、俺達を見つけると笑いながら襲いかかってきた。
友人達が殺された時に怒りで我を忘れた俺は、この時無意識で初めてアウルを発動した。
そして、俺はヤツに攻撃を仕掛けたが逆にカウンターで重傷を負い気絶。
目が覚めた時はすでに病院で、その時に家族や友人の死を知った。
夕暮れ時、自分の家族や友人達の死体の中央にディアボロが背を向けて笑いながら佇んでいる。
自分が近づくと此方を向き、再び笑いながら襲いかかってくる。
何から何まであの時そっくりだ。
五感で得られる情報もさることながら、あの時感じた恐怖まできっちり再現されている。
だけど……俺は、もうあの時の俺じゃない!
理性を失う前に、俺は自分を軽く切り付けて頭を冷やす。
「同じ過ちを繰り返すつもりは……ない!!」
冷静さを取り戻した俺は一足飛びにヤツの懐へと肉薄すると、左手の刀と右手の小太刀を交差させるように一閃する。
ヤツはそれを避けようともしない。
ただ、余裕の表情で軽く手をかざし、受け止めようとする。
案の定、俺の二刀はヤツの掌に受け止められた。
だが、次の瞬間――ヤツの顔は驚愕に染まり、胴体は真っ二つに両断される。
武器に込めたアウルを集中させることで、衝撃を貫通させる技。
あの時から数年後、同じ過ちを繰り返すまいと修行を積んだ俺が体得したこの技を使ったことなど、ヤツはついぞ知る由も無く、そのまま朽ち果てて消えた。
ふと周囲を見れば、ヤツが朽ち果てた直後から風景は山林に戻っている。
そして、俺の眼前には交差した太刀筋で斬り裂かれているEDBディアボロの遺骸があった。
「お前には一応感謝しておく。過去と向き合う事ができたからな……!」
遺骸に向け、俺はそう告げる。
「漸く歩み始める事が出来る……」
そして俺は、そう呟いたのだった。
●金鞍 馬頭鬼(
ja2735)
恐怖に勝てなければ何にも勝てない……かならず、勝ってみせる。
そう誓いを立て、自分は恐怖に挑んだ。
関係無いと思いながらも、恐怖に対して正面から向き合う為に何時も戦闘中に掛けているサングラスを外しておく。
自分が心の奥底で感じている恐怖、それは撃退士が直面する恐怖。
たとえ撃退士といえど、アウルが無ければただの人に過ぎない。
覚悟していても分かっていても、怖いものは怖い。
現れた幻覚を見て自分は絶句した。
今まで受けてきた依頼で救えなかった人。
救えなかった人の名前を呼ぶ人。
救えなかった事に対する批判する人々とその声。
傷つき死に行く友。
行方が分からなくなった仲間。
天使や悪魔の圧倒的な力。
そして、己の死……。
そうした数々の風景が自分の眼前に現れる。
この中には、自分が実際に見たものではないものも含まれていた。
実際に見た物と見ても聞いてもいない物が混じり合って幻覚となって現れたのだ。
心を苛む恐怖は想像以上だった。
ともすれば、いとも容易く自分の心は折れてしまうだろう。
そんな結末も、すぐ前に待っているような気がした。
ここで折れてしまうのは簡単だ。
むしろ、そちらの方が楽で安全な道であるとすら言える。
ここで負った心的外傷がもとで撃退士を辞めたとして、結果的には平穏な人生を歩み、その果てに畳の上で死ねるかもしれない。
だが……それでも自分は、ここで折れるわけにはいかない。
撃退士になった時に恐れないと決めた事。
人を助けられなかった時に仇を取ると誓った事。
そして、学園に来て増えた仲間の事。
そうした数々の記憶が次々に思い出されていく。
思い出された記憶は恐怖に打ち勝つ為の力となってくれた。
いつしか自分の周囲に広がる風景は元通りの山林となり、目の前には敵が飛んでいる。
「何言われようが構いやしねぇ……」
全身の血管が浮き出し、白目は黒色に黒目は白色に変わりながら、敵を睨み呟く。
「戦って戦って、死ぬまで戦って……守って助けて救うって決めたんだよ……たとえそれが自己満足だとしても」
咆哮のごとく叫び、敵を両手で持って引き千切ってトドメを刺し、握り潰す。
「何か文句がぁー……あるかぁああああああああ!!!」
敵の息の根を完全に止めた後も、自分はただ叫び続けていたのであった。
●氷雨 静(
ja4221)
「ここで過去を断ち切ります」
ディアボロを発見した私は急いで近寄り、あえて幻を見ました。
少々、私の話をさせて頂きます。
三歳時。
私は、虐待を受けていた両親に殺されかけ、生存本能からアウルの暴走を起こし殺めたという経験があります。
そして、両親は公には天魔の事件に巻き込まれて死亡したことになっています。
(実際に天魔もいましたが)
その後は親戚の間をたらい回し。
紆余曲折経て、逃げ出すように久遠ケ原学園にやって参りました。
そんな私が今見ているのは、父親に首を絞められ、母親に傍観される幻。
幻であるはずなのに、私の首を絞める父親の手の感触や、顔にかかる父親の息遣いまでもが、まるで本物のようです。
「く、苦しい……」
いつしか私はそう漏らしていました。
でも、力を振り絞って私は両親の幻影に向けて心の中を吐露しました。
どうして?
お父さん。
お母さん。
私はいらない子だったの?
私がそんなに憎かったの?
私が死んであげればよかったのかな?
でも私死にたくない。
親戚の人達は愛してくれなかったけど。
私は変ったの。
だって久遠ヶ原には私の死を悲しむ人達が確かにいてくれる!
私が死んだら悲しいですかって聞いたら……。
当たり前だって怒って、泣いてくれた人達がいてくれる!
だから私はこの世界を見限らない!
こんな幻になんて絶対に負けない!
叫び終えた瞬間、私は息と一緒に心身の力すべてを吐き出してしまったようで、少しの間気絶していました。
ややあって目が覚めた時には既に幻は消えて、私は現実の世界に戻ってきていたようです。
ふと顔を上げると、私のすぐ近くをキオビフクロウチョウに似たディアボロが飛んでいます。
「はあ、はあ……敵は……まだいた」
精神を再集中した私はアウルの力を集中させ、紫色の電光に変えて放ちました。
紫色の電光は狙い過たず敵を貫き、一撃で消滅させました。
「お父さん、お母さん。私はまだ、そちらには行けません」
電光に焼かれ、灰になっていく敵を見ながら私は独白します。
「大切な人が沢山いる久遠ヶ原があるなら――私はもう少し、この世界で……生きてみます」
その独白を終え、過去との決別を果たした私は、仲間たちのもとへと歩き出したのでした。
●月詠 神削(
ja5265)
「逃げるなよ、俺……!」
幻に没入していく自分を、俺は叱咤した。
一体何度目になるかわからない。
だが、何度でも叱咤しよう。
決して逃げることなく、俺自身の罪と向き合う為に。
そして――霧崎 夕香を殺めた罪に、答えを。
EDBディアボロの幻覚を受けて出現した、霧崎夕香と俺は対峙していた。
ヴァニタス、ロイ・シュトラールの幻影に騙され。
彼女をロイと思い込み放った俺の攻撃が、その命を奪った。
……小学生の女の子。
撃退士を、ヒーローだと信じてた。
俺は二重に彼女を裏切って。
それを責められるのを恐れ。
また助けるべき相手を助けられないかもと、怯えてる。
「許してくれ……」
思わず、その言葉が口から出た。
「許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ」
気が付けば、俺は憑りつかれたようにその言葉を繰り返していた。
恥も外聞もなく、泣き叫び、滝のように涙を流しながら、なおも俺は「許してくれ」と繰り返す。
不意に肩口に重みを感じた俺は、恐る恐る振り返る。
重みの理由――それは、深々と傷を負った少女が恐怖と苦痛に歪んだ顔でしがみついていたからだ。
少女は虫の息なのか、話す言葉は声にならない。
ただ、口だけが微かに動くのみ。
ワタシハ、アナタニ、コロサレタ。
口の動きはそう語っている。
ある意味で声以上に鮮明に。
再び俺は恐怖と、そしてそれ以上の罪悪感に苛まれる。
想像を絶するこの苦痛で、俺は今にも狂いそうだ。
ああ、もういっそ狂ってしまおうか。
そうすれば、霧崎夕香のことは忘れられる。
少なくとも、もうこのことで苦しむこともなくなる。
心を蝕む狂気に、最後に残った理性のひとかけらを明け渡そうとした瞬間だった。
不意に俺はあることに気付く。
俺が彼女に抱く感情は紛れもない恐怖だ。
……でも。
俺が彼女に抱く感情は、恐怖だけじゃない。
……助けたかった。
生きていてほしかった。
それらの気持ちの方が、恐怖よりもずっと強い。
周りから責められるのがどうした?
彼女はもう、俺を責めることも出来ない。
助けるべき相手を、助けられないかもしれない?
それに怯えて動けなかったら、彼女の死は本当に意味が無くなる。
答えなんて、まだ出せない。
けど撃退士として戦って。
誰かを救おうとして。
その果てにしか答えが出ないことは、俺にも解る。
なら、やるしかないだろうが!
だから俺は、このことを乗り越えはしない。
答えが出るまで……俺の命が尽き果てるまで……最後まで背負い続ける!
いつしか少女の幻影は肩口だけでなく、俺の身体中を覆わんばかりにびっしりとしがみついていた。
――だが、それが何だ?
――俺はたった今、最後まで背負うと決めたじゃないか。
そう胸中に呟いた瞬間、幻は晴れて現実の世界が戻ってくる。
だが、まだ効力が僅かに残っているのか、少女の幻はしがみついたままだ。
俺はそれを一切振り払うこともせず、全て背負ったままEDBディアボロのすぐ前まで歩き続ける。
臆病でも、こいつらもディアボロ。『今の俺』を見逃すなんてことは無いはずだ。
幻覚を打ち破った時、きっとすぐ前に居て俺が倒れるのを待っていると思う。
逆にそこに、一撃をくれてやる!
数分後。
敵を断ち切った俺に背後から声がかけられた。
「月詠様……! その……お顔……!」
振り返った俺を見て、一緒に来ていた撃退士の氷雨は絶句していた。
彼女は恐る恐る手鏡を取り出し、俺に見せる。
鏡に映っていたのは、髪は白くなり、血の涙を流す少年だった。
「別に大したことじゃない」
俺は事もなげに言い、ゆっくりと歩き出した。
●フェリーナ・シーグラム(
ja6845)
「昔の私と今の私は違う。乗り越えて見せます…!」
故郷が壊滅した時のワンシーンを前に、私は決意を口にしました。
悪魔の攻撃で傷を負った士官候補生の学友や兵士達。
自分の目の前で彼らがディアボロ化、その攻撃から私だけが逃げ延びた。
父親もディアボロに立ち向かっていき、行方不明に。
何も守れない自分、自分だけが生き残ったという絶望。
同胞が襲いかかってくるという恐怖。
「嘘、でしょう?なんでみんなが…?」
再現だとわかっているはずなのに、無意識のうちに私はそう問いかけていました。
周囲に瀕死の傷を負った見知った学友や両親の幻影が複数現れ、その直後にディアボロ化して襲い掛かってきました。
幻影とは分かっていながらも彼らの怨嗟や懇願が私を圧し貫きます。
「父さん、母さん……! みんな……なんで」
『君の為にみんな死んだんだ』と幻影は私を恐怖と後悔で縛り上げます。
ですが、私の心が恐怖に屈しかけた私の脳裏に護るべき人――恋人の声が過ぎりました。
「フェルは一人じゃないさ、俺が付いてるから大丈夫だよ」
その声のおかげで私は恐怖を払うことができました。
今の私には護るべき人や大切な人達が出来た、もう一人じゃない――その意思で私は敵に立ち向かいます。
幻の風景の中に見つけた蝶のディアボロに狙いをつけ、アサルトライフルのトリガーを引いた直後、そこにあったのは元に戻った風景とディアボロの遺骸だったのでした。