●更なる高みへ! 学園生、修行開始!
「一番乗り貰ったーーー!!」
誰よりも早く、神鷹 鹿時(
ja0217)は修行施設へと足を踏み入れた。
その途端、一気に襲い掛かってくる凄まじい疲労感に倦怠感、そして虚脱感。
「こ……この程度平気だぜ! 空元気じゃ……ねぇぞ!」
意気揚々と一番乗りした手前、早々に倒れるわけにもいかず、鹿時は余裕を装いながら持ち込んだ道具を取り出した。
あらかじめ持ってきた弓用の的を出来るだけ遠くに置く鹿時だが、すぐに身体に異変が起こる。
(なんだ……クソ……これのどこが修行施設だ……これじゃ……まるで処刑施設だ……!)
弓を構え、視神経を集中するだけで眼部には凄まじい痛みと疼きが走る。
ともすれば眼球の毛細血管が一斉に切れ、血涙が溢れ出しそうだ。
それでも鹿時は歯を食いしばり、必死に踏ん張った。
気合を込めて鹿時は矢を再び放ち、矢は狙い過たず的の中心を貫く。
「上等ッ! 集中力と限界を鍛えるいい機会だ! 逆に利用してやるぜ!」
「条件はさっき確認した通り……どちらかの体力が尽きるかギブアップで終了で! よ、宜しくですっ!」
雨宮 歩(
ja3810)の模擬戦の相手である氷月 はくあ(
ja0811)は10mの距離をとって歩と対峙し、可愛らしい動作で低頭した。
そのまま彼女は武器を構えると、歩と真正面から対峙する。
「お手柔らかに、なんて言わないよぉ。ボクは全力でやらせてもらう」
飄々とした物腰の中に鋭いほどの真剣さを垣間見せ、歩も武器を構えた。
バヨネット・ハンドガンの銃本体を右手に持ち、ナイフは銃口下部から取り外し左手に逆手で持つ構えだ。
開戦と同時、間髪入れずに愛銃の射程ピッタリに位置取って銃撃を放ってくるはくあ。
しかし、歩もさるもの。
撃退士特有の反応速度をフル活用して銃撃の数々を紙一重で避ける。
(条件は同じでも単純な経験や実力は氷月の方が上。圧倒的に、とは言わないけどボクの方が不利だなぁ……けどまあ、そうじゃなきゃ面白くないよなぁ)
右手の銃を連射してはくあにこれ以上の攻撃をさせまいとする歩。
一方のはくあも危ない所でそれらを避ける。
そして、はくあはただ回避に専念していたわけではない。
少しずつ歩の攻撃のリズムを読み、僅かな隙を突いて一足飛びに歩へと肉薄する。
「ん、楽しい……何にも縛られず戦うのは……結構好きかも……」
微笑みとともに小声で呟き、はくあはヒヒイロカネの力を発動させた。
高速ダッシュの最中に銃を収納し、一瞬も止まることなくディバインランスへと持ち換えることで、シームレスに接近戦へと移行する。
それに対し歩も果敢に打って出た。
銃撃で牽制しながら、本命のナイフを用いた接近戦のレンジへと自ら踏み込む。
はくあの武器が長く重い分、取り回しに優れるナイフを使う自分の方に利があるのを瞬時に判断し、歩は攻めまくる。
防戦一方のはくあは何とか逆転の糸口を見出そうと知恵を絞った。
「大きくて扱いにくいなら……短く持って一点に……」
攻撃の僅かな合間を縫い、武器の持ち方を変えるはくあ。
脳裏に浮かぶ虚像をアウルと共に武器へと注ぎ込む。
「わたしの全ては、武器と共に……」
その瞬間、はくあの力で光の剣が形成される。
「このイメージ……光の剣……? 確か名前は……」
はくあは絶妙のタイミングで攻め込んできた歩へと、カウンターで光の剣を振り抜いた。
「――クラウ・ソラス!!」
互いに息がかかるほどの至近距離。
カウンターで放たれた一撃を前に歩は焦燥する。
(これは……ちょっとマズイかな……けど、打ち負けるわけには――いかないよなぁ!)
避けられないと判断した歩は、光の剣にぶつけるようにして右手の銃を突き出す。
そして、銃口と光の剣が触れ合うまさにその瞬間、トリガーを引いた。
アウルの弾とアウルの刃がぶつかり合い、巻き起こる凄まじい閃光。
ややあって光が収まった後には、地に倒れる二人の姿があった。
「これが……ボクの限界。この程度じゃまだ、届かないなぁ」
「う……ぐー、もう、無理そです……」
ただでさえアウルを消費する環境下において多量のアウルを放出したにも関わらず、二人の顔はどこか清々しかった。
皆の様子を見つつ、部屋の隅で射線を確保しながら麻生 遊夜(
ja1838)は準備運動を開始する。
「これはまた、思ってたよりキツイ……かな?」
身体の状態を確認する遊夜。
どうやら、施設の『効果』は思ったよりも強力なようだ。
その後、持ち込んだ空き缶を使いなるべく音が鳴らないよう足先のみでリフティングを行っていく。
「……そろそろいきますかね、っと!」
数回蹴り上げたあと前方に軽く蹴り飛ばし、遊夜は拳銃をヒヒイロカネ製の指輪から顕現させる。
そして、落ちてきた空き缶下部に向かい発砲。
「さて、いつも以上に気合入れていきますか」
遊夜は空き缶下部を擦るように撃ち続けて空中でキープし浮かせ続ける。
最初は打ち上げるように間隔を開け、それから徐々に幅を縮めていき最後にはその場で高速回転させるように撃ち続ける。
「これで、最後ぉ!」
最後までキープし続けて、限界直前に高速回転してる空き缶の底を狙って撃った後、遂に遊夜はそのまま倒れる。
「あー……もう、だめだ……限界はこんなところか、それが判れば十分だ」
しばらく天井を眺めた後、『体験報告』を名目に愛しい彼女の元へ向かうのを想像し、遊夜はクスリと笑みを浮かべた。
「さて、興味を持ってもらえるだろうかね?」
精神統一をするとともに、施設内の環境に体を慣らすべく禅を組もうとしていた一条常盤(
ja8160)は、ちょうど近くで同じように精神統一を始めようとしている峰谷恵(
ja0699)と言葉を交わしていた。
「まず自分の中のアウル総量を正確に把握しないと……ボクはそう思って参加したんだよ。一条さんは?」
その問いかけに対し、常盤は静かでありながら力強い声で答える。
「京都ではザインエルの圧倒的な強さを前に、私は一矢報いることも敵わなかった。悔しさもあるが、自分より強い存在への闘争心から、もっと強くなりたい一心で参加した次第だ」
その回答に感じ入るところがあったのか、恵は感心したように大きく頷く。
今回の修行は恵にとって、今後の修行のために自分の中のアウル総量把握、及び訓練施設内はただ居るだけならどれだけ居られるのかの実験の為でもある。
そして、恵は立ったまま瞑想をはじめた。
恵はまず体から放出されていくアウルを思い描き、放出される流れを体の中に押しとどめ循環させるように強くイメージする。
目を閉じてアウルのコントロールをイメージトレーニングすることで、消耗を抑えられないか試すのが狙いだ。
うまくいけば魔力攻撃やスキル使用の際にイメージで強くアウルを乗せられるようになるかもしれないという狙いもあった。
一方、座禅を終えた常盤は傍らの恵がまだ瞑想を続けているのを見て取り、邪魔にならないよう、そっと立ち上がる。
そのまま距離を取ると、常盤は木刀で素振りを開始した。
暇があればやっているほどの日課であるはずの素振り。
だが、この場所において取り組む素振りは、とてもではないが慣れた日課とは思えないほどの過酷さだ。
汗で身体中はじっとりと濡れ、眩暈で視界はかすみながらも、気合と根性で常盤は素振りを続ける。
「まだ、もっと強くなれるはず……!」
木刀の柄を必死に握りしめ、素振りを繰り返す常盤は、近くで修練を始めようとしている神楽坂 紫苑(
ja0526)の姿を目にする。
「よく、こんな物作ったなあ……修業ねえ、たまには、いいか」
そう呟くと、紫苑は扇を取り出す。
「クッ……こいつは、気合入れていかないと、やべえな。それじゃ、久しぶりに舞わせてもらうか」
歯を食いしばって息を吐いた後に取り出した扇を開き、紫苑はゆっくりと集中して舞を踊り始める。
優雅な動作で舞う一連の動作はゆっくりだ。
紫苑の見事な舞に常盤はつい見とれてしまう。
「毎日の積み重ねが、大事だと思うが、ふう、護るためには、自分自身無理しないと駄目かな? 自分の力は、弱いけど、役に立てばいいが……」
苦しげに息を吐き、そう一人ごちながらも舞い続ける紫苑を見て、常盤も木刀を握る手に再び力を込め、素振りを再開した。
「私も負けてられないな」
「うっわ……なんだこれ……でも、直ぐに潰れるのはちょっと格好悪いよなぁ……」
施設の中へと入った途端、アウルが消費されていくのを感じながら、桝本 侑吾(
ja8758)はまず木刀で素振りをはじめた。
(でも、多分すぐに飽きるんだろうなぁ…というか、この状況下では確実に疲れるだろ、これ)
数分後、その予想に違わず侑吾は素振りに飽きていた。
体力が少しでも減ってきたと感じた途端、侑吾は素振りを止めて座り込み、読書に切り替える。
読むのは買ったばかりの推理小説。
しかし、横目でチラチラと見れば、周囲には血を吐かんばかりの激しさで修行をしている者たちばかり。
流石に気まずくなった侑吾は本を閉じた。
(俺はまだこっちに編入してきたばかりだし、諸先輩達の救助のお手伝い位の余裕は残して行動しといた方がいいよなぁ……)
とはいえ、あからさまに休んでいるのもはばかられる。
ややあって侑吾は立ち上がると、たまたま近くにいた、難しい顔をしている先輩――九重 央輝(
ja6770)へと声をかけた。
「あの〜それはどんな修行なんですか?」
すると央輝は僅かに顔を上げ、手短に答える。
「うむ、集中力を鍛える為にひたすらに数学の問題を解く修行だ」
そう答えると央輝はすぐに問題に目を戻す。
「三点、A、B、Cを頂点とするとき、∠Aは45°、∠Bは……」
と、口にしつつも頭の中では『どうすれば料理ができるようになるのだろうか……』ということを、央輝は勉強と同時処理で考えているのだが、侑吾がそれを知る由も無い。
央輝が解いている問題をチラリと覗き見た侑吾は、問題用紙にびっしりと書き込まれた難解な数式に一瞬で辟易する。
「失礼しました〜」
足早に立ち去る侑吾。
しばらくして、今度は作業台に大量の折り紙をうず高く積んでいる綾川 沙都梨(
ja7877)に目を止めたようだ。
「お疲れ様です。それはどんな修行なんですか?」
侑吾から問いかけられて沙都梨は顔を上げると、真剣な面持ちで答える。
「天魔の事件で被害を受けた人々に送る為、ひたすら折紙で千羽鶴を折る修行であります!」
京都戦で救えなかった人々――1万5千人に対して負い目を感じている沙都梨は、自分の心の弱さを乗り越える決意と、不動の覚悟を求めてこの修行に参加したのだ。
「過酷な環境下で、どこかの誰かのために、どこまで頑張れるのか、自分の限界と意志力、覚悟を確かめたいのであります!」
やはり真剣な面持ちで告げ、沙都梨は正座して真剣に集中し、思いを込めて全身全霊で折鶴を綺麗に折る。
その様子を侑吾がじっと見続けているのに気づき、再び沙都梨は真剣な面持ちで告げる。
「だから――限界まで心を込めて折り、祈り続けるのであります!」
作業を再開する沙都梨。
「早く良くなります様に……」
折る途中で手を止め、沙都梨は一人呟く。
「少し折り目が歪んでしまったでありますね……もっと集中せねば……」
そう呟くと、沙都梨はまた別の新しい折り紙を取り、また一から折り直し始める。
壮絶なまでの気迫を見て取った侑吾は思わず問いかけていた。
「どうして……そこまで……? 無茶したら、死にかねない……ですよ?」
すると沙都梨は毅然とした態度で言い放つ。
「今、自分に必要なのは、くよくよする弱さでは無いのでありますっ! 必要なのは……強い意志と、覚悟でありますっ!」
先程から気を張り続けていたせいだろう、思わず沙都梨は眩暈を起こす。
「まだまだ……まだまだでっ……!」
それでも気合で耐えきろうとする沙都梨。
しかし、再び彼女は眩暈を起こし、遂に倒れ込む。
「おっと! 危ねぇ!」
倒れかけた沙都梨を危うい所で抱き留めた侑吾は、優しげな微笑みとともに言った。
「綾川さんのおかげで俺、撃退士にとって必要なものが何か――また一つわかりました。だから……俺も手伝いますよ」
一方、フィーネ・ヤフコ・シュペーナー(
ja7905)と水無月 湧輝(
ja0489)は組手を行うべく向き合っていた。
(まだ……少し痛い気がスル)
フィーネは先日、京都で受けた古傷をそっと抑えた。
(ザインエルとの戦いデ私は、彼の壁にすらなりえませんでシタ。結果的に守れたとはイエ、あのまま戦いが続けばどうなっていたかハ明白……。あんな悔しい思いハ、もうしたくありまセン)
声に出さず独白しながら、彼女は施設の風景をざっと見渡す。
(このみすぼらしい施設ハ、私のこの思いヲ払拭してくれるでショウカ?)
そんな彼女を現実に引き戻したのは湧輝の声だった。
「……付き合ってくれてありがとう。よろしく頼む」
「コ、こちらコソ、よろしくおねがいシマス!」
慌てて低頭するフィーネ。
「とりあえず、攻守を交互に変えてやってみようかリーダ。時間が許す限りだが……クリーンヒットした段階でその時の選択、行動を検討することにより一人でやるよりはいい訓練ができる…と想いたいところだな」
スローモーションで組手を行うことにより普段使う武器の型を意識すると共に、相手に怪我をさせないこと、自分の動きで敵がどう動くかを確認。
相手にクリーンヒットする所で動きを止めて一度間合いを切り、行動の検討を行い、自分の可能行動、相手の対処行動を話し、その時の最善手を求めるという修行だ。
まずは湧輝の番だ。
連撃を試みる彼は左手の左上方より切り落としから右手の袈裟斬りを繰り出し、体を左に一回転させてから左手の横薙ぎ、右手の切り上げ、左手の直突、そして右手の直突へと繋げてみせる。
「実戦で使うには……まだまだ、だがね。一回なら使えるのかもな……」
次はフィーネの番だ。
彼女もハンマーで低速の組手を行っていく。
「いつも勢いで振っていたノデ、ハンマーが低速だとこれほど扱いにくいモノとハ…知りませんデシタ。デスガお陰で勢い任せではナイ、いい持ち方が分かってきた気がしマス」
一通り組手を終えて、フィーネも何かを掴んだようだ。
それを察した湧輝はフィーネに謝辞を述べると、握手を交わす。
「……ありがとう。良い訓練だった……」
●エピローグ
二人の教師が修行施設を外から見守っていた。
「どれだけ残ると思う?」
「全員がダウンだろうな。俺たちが担ぎ出すことになりそうだ」
そう会話した後、片方の教師が微笑とともに呟いた。
「――どうかな?」
その直後、修行施設のドアが開いて出てきたのは、全員がしかと自分の足で立って出てくる学園生たちだった。