●脱衣と殺意!? サックサックサーバント大騒動!
「サックサックサーバント……うーん、なんだか長くて呼びづらいよねー。僕は「巾着」でいいや。さて、春のびっくり巾着ショーの会場はどうやら此処のようだね」
敵の名前を個人的に改名しながら、別天地みずたま(
ja0679)は眼前で暴れる巨大な巾着袋を見据えた。
「吸い込んで衣服装備を剥ぎ取り吐き出すか、婦女子をそういう目に合わすわけにもいかんが、かといって男もぞっとするな」
みずたまと同じく敵を見据えながら、冷静に分析するのは、獅童 絃也(
ja0694)だ。彼はメガネを外し、顔付きを変える。
【服を脱がすなんて…変態さんなんだねそのサーバント】
二人が話しているのに相槌を打つように、声……ではなく、どこからともなく取り出したプラカードに書かれた文字で言ったのは更科 雪(
ja0636)。どう見ても彼女の身の丈はありそうなプラカードだが、一体どこに収納されているのかは不明だ。
「まったく……その通りですよ――相手の服まで剥ぐなんて、この敵は変態ですか!」
そのプラカードの文言にアイリス・ルナクルス(
ja1078)が真っ先に同意する。
「このサーバントを作った天使は恐らく変態さんなのでしょうねぇ……」
二人の意見に同意するように、呆れた様子で吐息を漏らしながら、鳥海 月花 (
ja1538)も眼前で暴れまわっている巾着袋を見つめる。その目には呆れとも憐憫ともつかない感情が浮かんでいるようだ。
「確かに、鳥海殿たちの申す通り――面妖な敵で御座るな……。だが、拙者の為す事に変わりは御座らん。唯、悪を断つのみ也……!」
月花たちの言葉を聞きながら愛刀を抜いた東郷 遥(
ja0785)は、雄叫びを上げるように高らかと宣言する。
「吸い込まれても止むを得ないが、出来るだけ避けねばな……」
彼女たちを守るように鳳 静矢(
ja3856)は先んじて前に一歩歩み出ると、先陣を切って攻撃を仕掛けた。
「まずは初手……大きく行くぞ!」
愛用する大太刀を抜き放った静矢はそれを大上段に構え、大振りな動作で一撃を繰り出す。
当然ながら敵もそれに反応し、紙一重の所で静矢の振り下ろした太刀をかわす。
だが――静矢の攻撃はそれで終わりではない。
振り抜いた武器より、紫色の大きな鳥の形をしたアウルの塊が勢い良く飛び出し、眼前の敵たる敵を薙ぎ払わんと迫り、瞬き一つの間に硬い路面がまるで爆ぜたように破片を撒き散らしながらクレーターを穿つ。
――紫鳳翔。つい最近、習得したばかりの新技。即ち、静矢の新たなる力である。
しかしながら、敵は一瞬の間に引力を発動させて空気を吸い込むと、次の瞬間にはすぐに力の方向性を反転。斥力によって吸い込んだ空気を吐き出し、まるでジェット噴射の要領で自らの身体を強引に動かし、無理矢理に回避へと持っていく。
もし、今の一撃が敵に炸裂していたら、それだけで勝負が決していたかもしれないが、敵はそれをからくも回避した。だが――それすらも静矢の狙い通りだった。
「古雅さん! 今だッ!」
静矢が威勢の良い声で合図すると同時、敵に悟られまいとごく僅かずつ動いていた京が一気に加速し、敵の背後へと一足飛びに肉薄する。
そして敵の背後をとった京は敵の口周辺を周るように通されたロープ――巾着袋の紐にあたる部位を掴むと、力任せにそれを引っ張り、敵の口を締め上げる。
更には鮮やかな手つきでほぼ数秒のうちにロープを固く結び、一筋縄では解けないようにするとことで、あっさりと敵の口を封じてしまったのだ。
こうもあっさりと敵の口が封じられてしまったせいか、固唾を呑んでその様子を見守っていた仲間たちは勿論、ロープを結んだ京本人ですら驚いていた。
それでも、すぐに気を取り直し、京はヒヒイロカネから大太刀を取り出すと、腰を落として敵と正対し、居合の構えを取って敵をしっかりと見据える。
一方、敵はというと口を塞がれてしまったせいで、すぐ眼前に獲物であるところの京がいるにも関わらず口を開くことができず、じたばたともがいていた。
やがて京の大太刀に十分な量のアウルが充たされようかというまさにその時だった。異変は彼女の眼前で唐突に起こる。
先程から身体を鳴らしながらもがいていた敵が突然膨らみ始めたのだ。まるで空気が充填されていく風船のように膨らみ、はちきれんばかりに膨らんだ袋は甲高い音を盛大に鳴らし、遂に破裂した。
盛大に破裂したせいで袋の上部、即ち袋口にあたる部分が千切れて吹き飛び、京の前に落ちる。どうやら上手い具合に上部にダメージが集中したのか、浅くはなったものの袋としては機能するようだ。
「まずいですね……!」
京の判断は速かった。袋口が吹き飛んだということは、敵が損傷したということと同時に、敵の口が再び開いたということでもある。
すぐさま何らかの反撃をしてくると踏んだ京は、敵の射程外へと飛び退こうと地面を蹴った。
しかし、着地するよりも早く、京の身体がとてつもなく強い力に引っ張られる。
付近に停めてあった自動車もほんの数秒のうちに吸い込まれ、更には街路樹や道路標識すらも根本から強引に引き抜かれるようにして宙を舞い、ほぼ一瞬で吸い込まれる。
アスファルトが次々と剥がされて吸い込まれ、その下に広がる土すらも根こそぎ吸い込まれていった。
この吸引力はもやは、ブリーフィングで見た記録映像のそれを遥かに凌駕している。
そのあまりのパワーとスピードに、遂には京も吸い込まれた。
「古雅さん!」
あっという間に頭まで吸い込まれそうになった京の手を間一髪の所で御堂・玲獅(
ja0388)が掴む。
「待っててください! 今すぐ引き上げ……きゃっ!?」
京の手を掴んだものの、玲獅もすぐに悲鳴を上げることとなった。袋の口が発する引力はあまりに凄まじく、彼女が引っ張るのなどもろともせずに京を完全に吸い込んだばかりか、その有り余る引力で玲獅も転倒させる。
「玲獅ちゃん!」
転倒した瞬間、凄まじい勢いで引っ張られていく玲獅の手を今度は猪狩 みなと(
ja0595)が両手で必死に掴む。だがやはり、みなともつい数秒前の玲獅と同様に路面上を引きずられるようにして吸い込まれていく。
「引力がここまで強いのは少々計算外ねぇ」
口調としては落ち着いているようではあるが、動きはそれとは真逆に、まるで弾かれたような俊敏さで黒百合(
ja0422)がみなとの手を掴む。
だが、ただでさえ小柄のみなとと比べて、更に小柄である黒百合のこと。彼女を引き戻すことはおろか、何らかの抵抗をする間もなく一瞬で吸い込まれていく。
「……ッ! 黒百合殿! ここは拙者が助太刀致す!」
急激に引っ張られ、体勢を崩して転倒し、そのまま黒百合が吸い込まれようかというまさにその瞬間、間一髪で遥が黒百合の手を掴むが、敵は遥をもほぼ一瞬のうちに呑みこんでしまう。だが、かろうじて右手だけが最後まで外に出ていたのをアイリスが何とか掴む。
「遥さんっ!」
しかしながら、当然と言えば当然のごとく、アイリスもその強すぎる引力によっていとも簡単に引っ張られ、呑み込まれていく。
だがそれでも、仲間である月花はアイリスに手を伸ばさずにはいられなかった。助けを求めるように伸ばされた手を両手で必死に掴む。
「アイリスさん……!」
そして、やはり当然のごとく月花も瞬く間に吸い込まれてしまい、やはりまた当然のごとく、完全に吸い込まれてしまう寸前に、必死に伸ばした手が仲間である雪によって掴まれた。
【吸い込まさせや……しないんだからっ!】
ご丁寧にこんな時までも片手でプラカードを出しながら、雪は必死に月花の手を掴む。無事に手を掴むとすぐにプラカードを手放し、雪は空いた手でナイフを構える。しかし、取り出した瞬間、ナイフも吸い込まれてしまう。
雪本人もすぐに頭まで吸い込まれてしまうが、そこでみずたまが雪の手を掴んだ。
「雪ちゃんっ!」
雪の手を掴んだまま、みずたまは少しばかり踏ん張るも、やがて仲間たちと同じように引っ張られ、遂には全身丸ごと吸い込まれてしまった。
「別天地さん! ……だぁっ! 一瞬遅かったか!」
吸い込まれゆくみずたまを引っ張ろうと若杉 英斗(
ja4230)が試みるも、あと一歩の所でみずたまが完全に吸い込まれ、あまつさえ敵の口も閉じられてしまう。
そして次の瞬間、敵は凄まじい勢いで蠕動しながら飛び跳ね始めた。その凄まじさたるや、まるで敵の直下で立て続けに大爆発が起こっているかと思わず疑うほどだ。
中に吸い込まれた仲間たちの安否を気遣うあまり英斗が歯噛みした瞬間、まるでそれを嘲笑うかのように敵は勢い良く口を開けると、吸い込んだものを一気に吐き出した。
引力と同じく、斥力も記録映像のそれを遥かに凌駕していた。路面から引き剥がされたアスファルトや土が無数のつぶてとなって超高速で襲来するのはもちろん、道路標識や街路樹、果ては自動車までもが砲弾のような速度と威力で飛んでくる。
特に静矢と絃也のダメージは深刻だ。危ないところで標識と街路樹、自動車のミサイルは避けたものの、アスファルトと土のマシンガンをもろにくらって後方へと吹き飛ばされる。
「どういう……ことだ……? この力……ブリーフィングの情報以上だ……」
血と一緒にタールや泥を吐き出しながら静矢が呟く。
「なるほど――これで謎が解けた」
すると隣で同じくタールと泥混じりの血を吐き出した絃也が冷静な声で言う。
「どういうことだ?」
口元を拭いながら静矢が問いかける。
「何故、能力を封じようとする敵に利用されてしまうリスクを負ってまであのパーツを取り付けたのかが、どうにも解せなかった。そうまでしてあのパーツをつけるメリットは? 現にあの部位は俺たちによって利用され、袋口は見事に封じられた。だが――」
そこで静矢も何かに気づいたように声を上げる。
「そうか……!」
静矢の意図を察して頷き、絃也は再び口を開く。
「ああ。大方、本来ならばなりふり構わず暴れて使い物にならないサーバントをあのパーツで制御していたんだろうな。さしずめ、あのロープは制御装置や安全装置――ある種のリミッターといったところだろう」
「だろうな――だが、何のために? 好き放題に暴れさせたところで、サーバントの使い道としては理に適っているだろう?」
静矢の問いに絃也は、全てを吐き出してすっかりしぼんでしまった敵を指差しながら答える。
「限界容量を超えるほど吸い込みすぎたり、あるいはすべてを吐き出しきって残弾もエネルギーもゼロにしてしまわないように……というところか。それに、あまりにも激し過ぎる稼働は自分も相当なダメージを負うだろうしな。だから、自滅対策として組み込んだんだろう」
そう締めくくり、一足先に立ち上がって静矢に手を貸した絃也と、その手を借りて立ち上がった静矢の二人に、背後から声がかかった。
「敵の謎は解った。それで、すまないが助けてくれ……」
二人が振り返ると、そこには大量の布に埋もれた英斗が声を上げていた。
黒一色や白一色に水玉模様、および原色豊かな南国風の柄、はたまた学校指定と思しき紺色のもの――彼が埋まっている布の山は種種雑多な布からできていた。
色はもちろん、山を構成する布は形も雑多で特徴的だ。ドーム状のカップを二つ紐で繋げたものから三角形のもの、果ては包帯や帯のような布まである。
その時、しぼんだ敵の体内がもぞもぞと音を立てながら動いた。英斗たち三人が振り返ると、吸い込まれた女性陣が這い出してきたのだ。
「確かこういう時はこう言うのが作法でしたね、下着じゃないから恥ずかしくないもん! ――で合ってましたっけ?」
まずは京が立ち上がって言う。こんなこともあろうかと京は、服の下に水着を着込み、加えて重要な場所には絆創膏を貼っていたのだ。
「でも、これはこれで恥ずかしいものですよ」
玲獅も言う。彼女も同じく水着装備だ。
「水着も下着も布一枚で肌を隠しているのだから大差無いじゃないのかしらぁ?」
「まぁ脱げたとしても素っ裸でもなし。その程度で恥らうような乙女時代は過ぎ去ったよ」
二人とは対照的に、黒百合とみなとは事もなげに言う。
「僕はぱんつが見えるのを名乗りの時に利用したりもするからね。だからいつも水玉模様を選んでるんだよ」
【雪は吸い込まれても別にいいかな〜とか思ってたよ、別に自分の下着姿なんて見ても誰も喜ばないと思うし】
「ふむ、拙者もサラシと褌姿は慣れているゆえ、それほど辛くは御座らんが」
みずたまと雪、遥も二人に続いて事もなげに言った。
「ふふふ……夏用に……準備……した……もの……が……こんな、ところ……で……必要に……なる、とは……」
「……ふ、ふふふふふふ……」
アイリスと月花にはどうやら刺激が強過ぎたようだ。
だが、そんな風に予防線を張っていた女性人たちを見た男たちは目が点になっていた。
そして、男たちの視線から異常を真っ先に察したのは京だった。京が怪訝な顔で自分の身体を見下ろした瞬間、それは起こった――。
「いやああああああああああ!!!!!!!!!! みないでええええええええええ!!!!!!!!!!」
女性陣の悲鳴が大合唱する。京が建設した絆創膏という名の最後の砦は見事に陥落していたのだ。
京だけではない。他の女性陣の建設した要塞も軒並み攻略され、砦という砦はすべて陥落していた。
「あ……アハははははははははははは!!!!!!!!! 覚悟はよろしいでしょうか!楽には終らせませんよ!!!」
どうやら、京の中で何かが切れてしまったらしい。
「その中身は何かしらねぇ!抉り出して調べてあげるから死になさいよぉ!」
【きしゃー!】
「ふふふふふ……よくも……やって……くれ、ました……ねぇ」
「許し難き悪鬼の所業! 拙者直々に成敗してくれる!」
黒百合、雪、アイリス、遥も同じようだ。
「……楽に壊されると思ってませんよね? 問題ありません。えぇ、落ちついていますとも……」
「だね。少なくとも僕らは落ち着いてるよ」
月花とみずたまは笑顔だ。だが、そのこめかみには青筋が浮かんでいる。
「これを羽織――」
咄嗟に英斗はGジャンを差し出そうとして、思わず腰を抜かした。そして、絶句して硬直する。
(今うかつに近寄ったら殺される……いや、それ以上の――)
まるで上級のデビルやエンジェルに相対したかのように恐慌し、英斗は腰を抜かしたまま後ずさった。
今の女性陣は軒並み、巨大な人食い鬼や肉食恐竜のオーラを背負っていたり、本人そのものが巨大化しているように見えるが、果たしてそれはただの錯覚だろうか?
かつてその布がどんな形状をしていたか推察できる者など人間界はもとより、天界、魔界果ては冥界にもいはしないだろう――数分後、そこに転がっていたのはそんなボロ雑巾だった。