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「箱型で銃撃してくるサーバントなんて初めて見ましたね。どういう原理なのかしら」
結城 馨(
ja0037)はそう言って双眼鏡をのぞきこむ。その先には立方体と、その上を飛ぶ鳥が2羽。
「妙な組み合わせだが、感情の吸収が目的ではないという事か…?
同様に双眼鏡で目標を観察するリョウ(
ja0563)。敵の目的が何であったにせよ、それを放置するわけにはいかない。それは、目標周辺の状況から読み取れた。
「周囲に乗り捨てられていた車などが穴だらけ、な。それに、結構上の方まで弾痕がある。それなりに上の方も狙えるってことだ」
「射程も結構長い……厄介そうな敵ですね。これは多少の怪我は覚悟しておいた方が良いみたいですよね」
ゼオン(
jb5344)の言葉に楊 礼信(
jb3855)が続いた。弾痕から、攻撃は機関銃のようなもので行われていると推測された。
「相手が動かないなら準備はじっくりしてられるよね」
ユリア(
jb2624)が言った通り、箱型どころか、鳥型もなんらアクションを起こさない。能動的に攻撃するタイプではないのかもしれない。
より正確に射程、射角を判断するために、馨は拾った石を箱型に放り投げる。
皆がその軌跡に注目する中、山なりの頂点へと向かう途中で、箱型からの過剰な弾幕によって撃ち落とされた。
「ん〜、寄せ付けないタイプっすか……そそるっすね♪」
天羽 伊都(
jb2199)はその様子を見てどこか楽しげにつぶやく。
どうも、射程内で動く対象に攻撃を仕掛けているようだ。
その射程距離は最大で30m前後。攻撃可能範囲は最大で60度程か。ただし、周囲の弾痕等を見る限り、斜め方向に関してはややその攻撃密度は少ないように思える。
その答えは、横面の外側の銃口のみが稼働して攻撃を行っているからと見える。
「オーット何ト無粋ナ箱サンデショウ! 慎ミトキュートサガ聊カ足リマセンネ! 私ガ『箱道』トイウモノヲ再教育シテ差シ上ゲマショウ!」
ビシッと箱型に指を向ける箱(
jb5199)。頭に箱型の被り物をしている彼女としては、箱型サーバントに何かしら思うところがあるのだろう。
では、問題はこれをいかに攻略するか。
相談の結果、鳥型をおびき出してから箱型へ向かうという流れで決したようだ。しかし、鳥型に攻撃するにも、まずは箱型の射程内に入ることになる。
「私は……」
そしてその間、ノエル・シルフェ(
jb5157)は敵と味方、双方を見つめながら、自身が出来ることを考えていた。
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「まずは箱型から離れて貰おうかな」
そう言ってユリアは黒い翼を広げ飛行。最大射程が30m、射角が最大でも60度ならば、最大高度を取って移動すれば箱型の攻撃範囲に入らずに移動が可能だ。
「あれで上手く鳥が誘導できれば……だが、どう転ぶか……」
その様子を眺めていたゼオン。まずは他がどう動くかを確認。それに合わせ対応を考えるつもりだろう。
ユリアに続くように箱はスレイプニルの召喚を行う。高速召喚術を使用していないため、その呼出には若干のタイムラグが生じることになる。召喚したときには、すでにユリアは最大高度まで上昇。そのまま鳥型へと向かっていく。
「オット、急ガナイトイケマセンネ。サテアナタトノ初陣。私ニアナタノチカラヲ見セテ下サイナ?」
ユリアを追うように飛ぶスレイプニル……しかし、その高度はユリアの3分の1程度。当然の様に箱型からの弾幕に晒される。すぐさま、礼信は箱にライトヒールを使用。間接的にスレイプニルの傷をいやす。現状、ダメージはカオスレートの影響が無いこともあり、そこまで酷くは無いが、いずれは軽視できなくなるだろう。
「その前に終わらせないとな……ん? おい!」
「私、役に立たないから……」
リョウが声をあげる。その目線の先には、走り込んでいくノエルの姿が映った。
「だから、囮になってくる……」
箱型が上方へ攻撃を行っているのを確認したノエルは、そう呟くと箱型の角。その直線上を狙い移動する。この方向への攻撃は、確かに薄いものである。さらに、ノエルはナイトドレスを使用。深い闇を纏うことで自身の防御力を高めながらも、箱型へ拳銃を撃ちこんでいく。
箱型へのダメージは、多少あっただろうか。この辺りはカオスレートの差が物を言う。が、それはノエルにも同じことだ。角に最も近い銃口がノエルに向けられ、一斉に発射。弾丸は、闇を切り裂き、ナイトドレスによる防御等関係ないかのようにノエルを穿った。
「あっ……」
小さな叫びをあげ、その場に倒れ込むノエル。だが、倒れ込んだからと言って待つ道理は敵には無い。そのまま銃撃を続ける。このままでは重体もあり得る……しかし、そうはならなかった。
「全く……無茶するっすね」
ノエルに追いついた伊都が、盾を構え防御に割って入ったからだ。無論後ろへの攻撃を立て一枚で完全に防げるわけではないが、まともに喰らうよりは100倍ましだ。
さらに伊都は自身の姿勢を低く保つことで攻撃を受ける面積を極力減らす。
「そのまま頼む。俺はノエルを後ろに下げさせる」
「了解っす!」
その間に後ろから駆け付けたリョウが、ノエルを礼信の下まで運んでいく。代わりに前に出てきたのは馨だ。
「For God’s sake,Sir Justice,think of me,for I have none to help me save God」
手で十字を切りながら唱えているのは呪文だ。その目線は空に向けられている。
「Of this I prayeth remedy for God’s sake,as it please you,and for the Queen’s soul’s sake」
コンセントレートによる射程延長。この位置からなら……鳥型にもギリギリ届くか。その状態から、雷を生み出し、鳥型を狙い撃つ。
その間空中では、弾幕を避けたユリアが鳥型と相対する。スレイプニルの方はまだだ。弾幕に阻まれてその速力を思うように発揮できていないようだ。
そして、弾幕を抜けるまで一切攻撃を仕掛けてこなかったところを見ると、鳥型は徹底的に防空に専念するようだ。
「離れないなら倒すだけ……」
ユリアはMoon’s Embraceによって月ような輝きを持った武器を、鳥型の1匹に向ける。丁度馨からの攻撃を回避した直後の鳥型。その回避直後の動きは隙だらけだ。
「この一撃に、耐えられるかな?」
そこから放たれる黒色の弾丸、New Moon。ユリア自身が「在る筈のない月」と名付けたスキルの合わせ技だ。悪魔であるユリアが使う技で、狙うのがサーバントとなれば、当たれば威力はけた違い。弾丸はぶれることなく一撃で鳥型を貫き、撃ち落とした。まさに圧倒的な破壊力だ。
だが、この攻撃は言わば諸刃の剣だった。
直後突撃してきた鳥型。その攻撃をユリアはまともに受けてしまう。胸付近に深々と突き刺さった嘴による一刺しは、一撃でユリアの意識を刈り取る。鳥型はさらに脚爪でユリアを跳ね飛ばす。このまま落ちれば箱の攻撃範囲内に入る。気絶した状態でさらに攻撃を受ければどうなるか……さらに、鳥型は追撃をかける。
それを救ったのは箱のスレイプニル。体当たりで鳥型を逆に吹き飛ばし追撃を阻止する。
「アノ感ジデハ味方ノ射程マデハ誘導デキマセンネ……ココハ一度退キマスカ」
空中で弾き飛ばされたからか、箱型とは離れた位置にユリアは落ちる。その際の衝撃か、軽く血を吐くと、そのまま動かない。そのユリアを当然の様に箱型は銃撃する。箱としては、それを放っておくわけにもいかない。スレイプニルを壁にする形で防御する。その間に礼信がユリアをおぶさり、射程外まで連れて行った。
「よし、ここまでくれば大丈夫……」
そこにはリョウが連れてきたノエルも寝かされていた。礼信はすぐさまライトヒールを使用して2人の治療に当たる。特にユリアの怪我はひどい。この戦闘中はおそらく目を覚まさないだろう。
「……あれ、そういえば……」
ふと周りを見渡す礼信。
「ゼオンさんは?」
少し前までは各自の状況を観察していたはずのゼオン。その姿がいつの間にか見えなくなっていた。
(いったいどこに……)
そう礼信が思った時、当のゼオンは……地中にいた。
物質透過を利用して地中を進み、箱型の下方から攻撃し言おうという策だ。尤も、本来なら実行は難しい策だろう。水中などとは違い、地中は透明なわけではない。距離感もつかめず、どの程度の自分が進んだのかも分からない。そもそも、敵がどこにいるのかも分からないのだ。
だが、あくまで本来ならだ。
箱型は地面に接しており、加えて地上では伊都達が射程内に入っている。弾幕が常時張られた状態なのだから、銃撃音は常に鳴り響いている。そしてその音は当然……地面を伝わる。
「そのうるさい音が、俺を誘導してくれるってことだ」
音を頼りにゼオンは進む。背には移動の補助用に翼を広げて。
そして、音の起点となっているであろう場所で……飛び出した。
飛び出すと同時にプルガシオンを開くゼオン。その背には光球が生み出され、そこから光の矢を射出する。ゼオンの姿を認識したのか、箱型の銃撃がゼオンに命中するが、同様にゼオンの矢もまた、箱型に突き刺さる。
「……今がチャンスか……!」
ゼオンの攻撃に怯んだかのように、箱型からの弾幕が一瞬薄くなる。
その期を逃さず、リョウはその手に黒い槍を顕現する。
「穿て――黒雷」
雷を纏った槍を、リョウは投擲。箱型に命中する。
さらに、畳み掛けるように伊都が全力跳躍。箱型の上に飛び乗ろうとする。
だが、タダでは通さない。そらにはまだもう一羽の鳥型が伊都の行動を妨害しようと……
「遅い!」
いや、その鳥型は今、馨が銃撃を受けながらも放った雷に貫かれて落下を始めていたところだった。伊都は妨害を受けずに箱の上に飛び乗ることに成功する。
「一応警戒はしてたけど……」
箱の上には、銃口も何もない。本当にただの板だけだ。よく見ると、何か引っかけるような場所がある。恐らくは鳥型が運んできた際、そこに爪を引っかけていたのだろ。何らの反撃に注意する必要もなさそうだ。
「それじゃ……チェックメイト♪」
伊都は剣に闇を纏わせ、何の妨害をする手段も無い箱型に剣をまっすぐ、深く突き刺した。
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こうして、撃退士たちは箱型、鳥型2匹。全てのサーバントの討伐に成功した。
但し、その代償に彼らは多数の傷を負った。
「『箱型』トイウ発想……悪クハアリマセン……ガ、コレガ一流ト二流ノ箱ノ差トイウモノデス! ……ア痛タタタ……」
「箱さんも怪我してるんですから、おとなしくしていないと……」
等とポーズを決める箱だが、そんな態度とは裏腹に、彼女も相応のダメージを受けている。苦笑する馨に従い、おとなしく救急箱で自身を治療する。
他者を回復できるのはアストラルヴァンガードである礼信だけだった。だが、彼のライトヒールはすでに使用できなくなっている。
「救急箱での治療じゃ限界がありますね……」
「とにかく、今は早く病院に連れて行かないと……」
包帯を巻きながら言った伊都。その言葉通り、急ぐ必要があるだろう。
怪我に関してはやはり、カオスレートがマイナス寄りの面々が酷かった。リョウなどは自身を回復スキルもあった関係で他に比べ傷は浅く、今は周辺の偵察などを行えるほどだが……
特にユリアとノエルの怪我は緊急な治療を要するものだった。敵がサーバントだったのだから、この結果はある意味で仕方ないのかもしれない。無論、レートが中立・天界よりのものがしっかりと前衛で守っていればその限りではなかったのかもしれないが。
なんにせよ今回の戦い、勝つには勝った。
だが、彼らの心には、辛うじて勝ったという意識が強く残ることになったのだった。