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「掃除勝負とは面白そうっすね!」
「全くだ。なかなかセンスが良いじゃないか……!」
大谷 知夏(
ja0041)の言葉に文 銀海(
jb0005)が同意する。と言っても、両者の心中はいささか異なる。掃除勝負が珍しいと考えた知夏に対し、銀海は掃除が大好きだ。その好きの度合いたるや、掃除部に入っていないのが不思議なほど。今回の対決も、かなり楽しんでやろうとしている様子。
「掃除とは、技術にあらず……人に奉仕する心が重要です。それを思い出してほしいですね」
ある意味対照的なのは黒井 明斗(
jb0525)。その瞳には、掃除の技術面に囚われた掃除部の面々に掃除の本質というものを思い出してもらおうと、そういう決意が見て取れた。
「みんながいつもお世話になっている教室だもんね」
だからこそ、時間一杯できるだけ丁寧に、しかし勝負である以上は素早く掃除をしようと心に誓うのは緋野 慎(
ja8541)だ。手には準備してきたハタキがあった。が……
「今回は掃除道具の持ち込みは禁止だ。それは俺の方で預かる……そっちもな」
「え〜、そんな……」
掃除部の部長がハタキと……ジェラルディン・オブライエン(
jb1653)が持ってきていた追加の雑巾を預かる。
「いや、掃除道具の持ち込みを認めてもいいが……そうなると、掃除部が圧倒的に有利になるからな」
少し離れたところでは、今回の相手である掃除部の面々……が、持ち込もうとしていたであろう掃除用具の数々が没収されていた。
「……では、これも駄目ですか?」
そう言ってジェラルディンが見せたのは新聞紙、ゴム手袋、そして定規や割り箸。
「……ふむ、確かに掃除用具ではないな。面白い、構わないぞ」
「ありがとうございます!」
それらの用途を察したのか、部長は持ち込みを許可した。
「さぁ……そろそろ始めましょう」
そう声をかけてきたのはダッシュ・アナザー(
jb3147)だ。服装はジャージ。掃除をするときは汚れてもいい恰好でということだろ。掃除の際邪魔になるであろう翼も隠し、完全に本気モードといったところだ。
「そうだな。それじゃ、ルールを忘れるなよ? 制限時間は10分、より綺麗になっている方が勝利だ。それでは……はじめ!」
部長がストップウォッチを押すのと、両者が動き出すのは同時だ。
こうして、6対6の掃除バトルが始まった。
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「ドア、お願いするっす!」
「了解した」
知夏の声に、銀海が動き出す。教室の掃除と言えば、まずネックになってくるのは机と椅子。それらを邪魔にならない廊下に運び出そうという事だ。ドアを外すのは、その移動をよりスムーズに行うためだ。
「さて、知夏はこれで一工夫っす!」
そう言って知夏が手に取ったのは一本のチョーク。何をするのかと怪訝な表情を浮かべた面々だったが、机に数字を書きはじめたところで納得。戻す際元の位置が分からず混乱しないようにする為の用心だ。
「っと、感心してる暇はありませんよ。時間は限られてるんですから」
「そうだね……それじゃ、私はこれを……」
明斗に促されるように各自光纏。仕事を開始する。ダッシュは忙しそうに机にチョークで数字を書いていく知夏の代わりにバケツの水汲みへ。とりあえずどこを拭くにも水の入ったバケツは必須なのだ。そして、光纏しているとは言っても、水が溜まるまでの時間は短縮できない。時間を無駄にするわけにはいかないし、明斗、慎、ジェラルディンは水を汲みにいったダッシュが戻ってくるまで、せっせと机の上に椅子を乗せ、それらを廊下に運び出していく。
ダッシュがバケツを持ってきたときには、すっかり机は運び出されていた。
「えーと、乾拭き用に必要な分は残しておかないといけないっすね。数を教えてくださいっす!」
「天井や、壁の誇りは……乾拭きで十分……」
「オッケー。それじゃとりあえず2枚と……」
「私も一枚お願いします!」
天井掃除組のダッシュ、慎。それに窓拭きを担当するジェラルディンが声を上げた。
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水拭き用と乾拭き用。二つの雑巾を手にジェラルディンは窓の前に立つ。ゴム手袋はすでに装着済みだ。
「実家が女中さんを雇えないから自分で掃除したり! 各種アルバイトに精を出し!! 果てはドレスよりメイド服の方が似合うんじゃないかとすら言われる……私の……力を……」
言ってて自分で哀しくなってきた様子のジェラルディン。だが、過去を振り返り涙する時間は無い。
教室の椅子を一つ拝借し、それに乗って高いところから窓掃除を始める。
ジェラルディンは事前に召喚しておいたヒリュウに、あるものを持たせていた。それは……湿らせた新聞紙。
「なるほどなるほど。いい手じゃないか……」
その様子を見て感心したのは教室の外から様子を見ていた掃除部部長。そして、やはり窓掃除を行うつもりだった銀海。
新聞紙のインク。その油が洗剤代わりに働き、窓を綺麗にしてくれるという寸法だ。ジェラルディン、伊達に貧乏はしていない様子。
「ゴム手袋はインクで手が汚れないように、といったところだな」
この様子なら窓拭きに関して自分が出る幕は無いだろうと、銀海は黒板拭きに専念する。
「さぁ、水境流掃除術の真髄を見せてやろう」
ちなみに、正式名称は水境流拳法。それを勝手に掃除術と言い換えているだけだ。
無論、掃除好きを自称し、それを得意としている銀海だ。その手際も悪いものではない。
「物の乱れは心の乱れ。たとえ勝負事であっても、人の心を扱うように接しないとな……」
軽く黒板消しをかけてから、濡れた雑巾で端から端まで綺麗に拭き上げていく。その所作は、非常に繊細なものだった。
「よーし、頑張るぞー! おー!」
天井からは、慎の元気な声が聞こえてくる。
「壁走りが、あれば……天井や、壁も……床のような、もの……」
ダッシュと慎の2人はどちらも鬼道忍群。壁走りを使えば天井に張り付くぐらいは容易だ。
「埃とかは……任せる」
「了解!」
慎はとにかく雑巾を使って埃やらゴミやらを下に落としていく。ハタキがあれば楽なものだが、取り上げられたものは仕方ない。下にも人がいるわけだし、落とす場所には注意しつつ……たまに埃で咳き込みながらも、どんどん拭き上げていく。
ダッシュはその間に天井の照明、蛍光灯を一本一本外す。こういったところには目に届きにくいものだが、ダッシュは見逃さなかったようだ。雑巾を使い、丁寧に拭いていく。
2人が天井からどんどん埃を落としていく中、その下ではそれらのゴミがどんどんまとめられていく。明斗と知夏が箒を使って掃き掃除を進めているのだ。
「床の雑巾がけに時間を使いたいですし、急がないとまずいですね……」
「そうっすね……やっぱり、10分って短いっす……」
天井から2人が降りてきたときには、時間は半分以上経過していた。
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「さらに秘密兵器投入です!」
ジェラルディンはサッシのレール掃除に取り掛かっていた。細い棒を利用して澄野汚れを除去。そこからさらに雑巾で水拭き、乾拭きを行っていく。
銀海は教室後方の黒板を半分ほどは拭き上げている。もう少しで他の手伝いに回れそうだ。
そして床では……
「知夏の雑巾が、光か輝いて汚れを落とせと唸るっすよ!」
掃き掃除を一通り終えた知夏が、気合と共に無駄にレイジングアタックを使用。意味もなく雑巾を光り輝かせ、水拭きを行っていた。
「おお、カッコいい! よーし、俺も!!」
真剣勝負である以上サボり無し、悪ふざけ無しのつもりだった慎。だが、この知夏の雑巾がけには我慢できなくなったか、炎身を使用。全身に炎を纏い雑巾がけをしていく、その足元には炎の道が残されていた。
ちなみに、炎は効果時間終了後に全て消滅するので、掃除の邪魔になることは無いのだ。
「この辺りも少し埃が残ってますね……あ、ここも……」
派手に動き回る知夏と慎。それとは真逆に、どこか地味な作業を行っているのは明斗だ。2人が見逃した僅かなゴミも残さないように、隅からキッチリと拭き上げていく。
「水……替えてきた……」
「ありがとうございます。すいませんが、机と椅子の足を……」
「分かってる……任せて」
水を入れ替えてきたダッシュに、明斗がそう頼む。
床をどんなに綺麗にしたとしても、教室に入れる机や椅子が汚れていてはまた汚れるだけだ。それでは意味が無い。
「こっちも終わった。手伝うよ」
黒板の掃除を終えた銀海もやってきて、急ぎ机と椅子の足を拭いていく。
「床終わりっす!」
「よし、机を入れていくよ!」
「ゴミ……捨ててくる」
「じゃ、俺はバケツかな」
最後の方は最早戦争のような慌ただしさだ。
「……えーと、この机とこの机は少し開けて下さい」
「オーケー。その分そこはもう少し狭くしても大丈夫だね」
手の空いたもの総出で教室に入れられた机は、明斗と銀海の手によって整理されていく。事前に教室の下調べを行っていた2人は、その情報を配置の微調整に活用していた。
「ドア戻しも完了っす! 後は大丈夫っすね!?」
「……3……2……1……終了だ! 両者手を止めてくれ!!」
掃除部部長の声で、勝負の終了が告げられた。
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勝敗は、掃除部部長が決定する。
掃除部サイドの人間ではあるが、依頼をしてきた張本人でもある。
「何より、掃除に関して俺は嘘を吐いたりしない。というわけで、少し待っててくれ」
そう言って、部長は2つの教室の状態を確認。そして、その結果は……
「……今回は、君たちの勝ちだな。おめでとう!」
視線の先には挑戦者たる撃退士たちがいた。
「ちょっと! 部長、どういうことですか!!」
歓喜の声……が上がる前に、掃除部員の納得がいかないといった声が上がった。
「答えは簡単だ。完成度だよ……10分間という時間の中で、できることと出来ないことを取捨選択して、効果的な掃除を行う。それが今回のポイントだった。無論お前たちも良くやった。でも、彼らの方が効果的に仕事を分担し、掃除を行った……だけではない。掃除した後の教室を使う生徒たちへの心配りまでしている。それが出来てない以上、今回は完全にお前たちの負けさ」
そう言われた掃除部員たちは何も言い返すことができないかのように、黙り込んでいた。
「ふふふ……部活動で掃除をしている者と、生き残るためにしていた修羅の差、といったところでしょうか。でも、いい勝負でした」
「そう言ってくれると嬉しいな。それにしてもさすがだな。実にいい掃除を見せてもらった。特別に、全員に掃除道一級を授与させてもらうぞ!」
そう言って、部長は彼らを褒め称えた。
「……ありがとうございました。お陰で、久しぶりにスリルと興奮を味わえた」
その横でしょげる掃除部員たちに銀海はそう言って労った。
勝負の結果自体は撃退士たちの勝利に終わったが、勝負が終わればそこにいるのは同じ生徒同士。
「さぁ、それじゃ勝負も終わったことだし……皆でパーッと打ち上げっす!」
「いいですね。僕も参加させてもらいますよ」
知夏の言葉に、明斗はじめ皆が賛同する。
「お互いを、称えあうのは……大事」
そういって、ダッシュは掃除部員も打ち上げに誘う。
「ぱーっと打ち上げて、明日から……初心に、帰ろう」
増長や慢心は大敵である。この勝負で掃除部員たちがそれらを知ってくれることが出来たなら、わざわざ掃除対決に乗った甲斐もあったというものだ。
「あ、敗者は勝者に驕るべきだと思うッス♪」
「……いや、ここは両者を称えて、俺が驕らせてもらおう」
「おお、太っ腹! ありがたやありがたや」
掃除部部長の宣言を聞いて両手をすり合わせるジェラルディン。こうして、皆は打ち上げを行うために、美しく片づけられた教室を後にするのだった。