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とある住宅地の公園。そこに8人の撃退士が集まっていた。目的は、公園中央。彼らが今、目視している8体の円盤型サーバントだ。
それらを見据えるように、無言で佇むヴォルガ(
jb3968)。手には剣と盾がすでに握られており、目の前の敵と戦うのをどこか心待ちにしているようにも見えた。
「命令で留まっているのか、故障してるのか分からないけど……」
「放置しておけば無害とはいえ、いつ一般人の方々がうっかりを行ってしまうか分かりませんし、排除するのは妥当ですね」
ヴォルガの横に立ちサーバントを眺めていた宇高 大智(
ja4262)に、ティルダ・王(
jb5394)はそう答える。
「能動的には動かない、って……いったい何のためにいるのかね」
同様にサーバントを見ていたライアー・ハングマン(
jb2704)はやれやれといった感じで両手を上げる。
「ま、どうあってもやらなきゃならんのだから考えるだけ無駄か……これだけ情報があるなら対策に問題はねぇな」
「ええ、その点は助かります」
ライアーの言葉に、ティルダはふと視線を仮面の男に向ける。
「これでよしっ」
「すまないな」
クライシュ・アラフマン(
ja0515)の周りに、アウルの守りの力が満ちる。高瀬 里桜(
ja0394)がアウルの鎧を使用したのだ。
対策……すなわち、囮を用意して、敵の攻撃を引き受けてもらい、その間に集中攻撃で撃破する。囮にかかる負担は少なくはないだろう。
「危なくなったらいつでも交代しますからね。なんたって、前衛アスヴァンなのでっ!」
言いつつ、胸を張る里桜。事前の取り決めで、1番手がクライシュ、2番手は里桜と決まっていた。
「準備が出来たなら、始めましょう」
セレス・ダリエ(
ja0189)は確認を取るかのように、誰にともなく呟いた。
その声が耳に届いたのか、ノエル・シルフェ(
jb5157)は目深にかぶったフードを軽く上げる。
(迷惑……かけないようにしないと……)
時刻は昼過ぎ。日の光を眩しく感じ左目をつむる。しかし、右の目はまっすぐ、敵を見据えていた。
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「では、どれ程のものか試させて貰おうか」
言葉と共に、クライシュは一気に敵へ向かい駆け出す。右手にはすでに太刀を構えている。
「さぁ、楽しい宴の始まりだ……」
クライシュは敵が間合いに入ったと同時に強く太刀を振るう。
「存分に雄叫びを挙げるがいい!」
放たれたのは、竜の姿をした光の波。報復遂げし英雄王……クライシュの秘技だ。
開戦の合図とばかりに、光の竜は最前に浮いた円盤に喰らい付くと、そのまま弾き飛ばす。効果は上々といったところか。
無論敵も黙ってはいない。8体の円盤が同時にクライシュへ銃口を向け、銃撃を叩きつける。
クライシュは予定通り、左手に持った盾で防御し、囮役に徹する。一つ誤算があったとすれば、カオスレートはそれぞれが相反する状態でないと効果は無いため、報復遂げし英雄王でレートを上げたこと自体にはあまり意味がなかったことか。無論純粋な攻撃としては意味ある行動だが。
ともあれ、その間に攻撃担当がそれぞれ円盤へと向かう。
「囮の方、頑張ってくださいね」
クライシュに軽く微笑みかけながら、まず仕掛けたのはティルダ。他の仲間に先駆けて動けたのは運がいいか。目の前には囮役のクライシュのみである。周囲を気にする必要はそこまでない。
ティルダは射程に入ると同時にクレセントサイスを使用。1体の円盤を中心とするように、三日月のように鋭い刃が無数に現れる。
「防御が紙な俺にうってつけの場面じゃねーか! 射線に入らねぇようにして皆でボコるとしよう!」
「その通りですね……此方も集中攻撃です。たっぷりと喰らいなさい」
追い打ちをかけるのは、ティルダとは逆方向から走り込んでいたライアー。同様にクレセントサイスを使用。
ナイトウォーカーは火力が高く、しかも魔界寄りのジョブ。サーバントへの火力はかなりのものだ。悪魔の身であるライアーは言うまでもなく、人間であるティルダによる攻撃も高い威力を発揮する。
三日月型の刃による範囲攻撃は敵を刻み、1体を地に落とす。クライシュが最初に攻撃した円盤だ。これで敵の数は残り7体。加えて、この強力な範囲攻撃で敵は混乱を及ぼす……ということはなかった。
円盤達は、まるで落下した味方等いないかのように何の変化も見せない。攻撃はひたすらクライシュに撃ちこまれ続ける。
(あくまでも、攻撃された目標に反撃が向く……その後の攻撃には見向きもしない、か……)
移動しながらセレスは考える。目標をどこに持っていくかで迷いが生じる。そういうこともなさそうだ。
(まぁ、こちらに攻撃を向けることが無いのは幸いですか)
であればこのままこちらも攻撃を集中させて数を減らす。当初の予定通りにやればいいだけだ。 大きく迂回したセレスは銃撃が行われているのとは逆方向に位置。これならば流れ弾なども気にする必要は無い。唯一注意するなら誤射程度か。セレスは狙いを定める。目標は……ライアーとティルダの範囲攻撃によって削られた敵。魔法書をかざし、魔法弾を撃ちこむ。攻撃を受けた円盤の1体はぐらりと態勢を崩すも、未だ健在であり、高度を下げつつも銃撃を継続した。
正面側からはヴォルガが突進する。悪魔であるヴォルガにとって、やはりサーバントは恰好の獲物だ。とはいえ、射線に入ってはダメージを負ってしまう。それでは囮役の努力が無になる。敵位置と、囮役の味方の位置に注意しながら接近していく。
間合いに入ると、ヴォルガは剣を振りかざしアウルの力を強く込める。スマッシュだ。大きく踏み込みながら、円盤下部の銃部分を狙い、斬りつける。
円盤は銃ごと両断され、地に落ちた。
その後に追従するのはノエル。足がもつれたのか、普段よりもその駆け出しはやや遅い。
「っ……しっかり……しないと……!」
気を引き締め、前を見据える。ノエル自身はそれを嫌がるだろうが、やはり彼女も悪魔。サーバントの相手には適している。しかも、敵がこちらを攻撃してこないとなればなおさらだ。
狙いは……ヴォルガの両断した円盤の先に浮いていた円盤。さらにその先には、セレスが攻撃し高度を落とし始めた円盤が見て取れた。
その腕にアウルの力が集約する。ダークブロウだ。
「この位置なら……誰にも迷惑には、ならない……いって!」
それらの位置が重なる瞬間、腕に纏った闇の力を解き放った。
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円盤への攻撃が継続冴える中、銃弾の雨の中にクライシュはいた。
盾で受け止め、しかもアウルの鎧を付与されたディバインナイトの防御力。それであっても、敵の攻撃の激しさは尋常ではなく、その膝は折れる寸前だった。
「多少の事で……倒れるつもりはない! 本気で我が盾を砕いてみろ!」
しかし、それでもクライシュは味方を鼓舞するかのように声を上げる。確実に数が減ってきているのは、仮面の奥からでも分かっていた。
無論、これ以上のダメージはまずい、とは思っていた。しかし、この場から離れようにも敵の攻撃は射程が長い。射程外に逃れる前にこちらがやられる。それに……彼の後ろにはまだ仲間がいる。
「大丈夫!? 今……ううん、先に回復だね」
そのクライシュを救ったのは、温かなアウルの光。里桜が追い付くと同時にライトヒールを使用したのだ。本来は囮を交代するつもりだったが、ダメージの回復が先だと判断した結果だ。
「本当に集中攻撃してくるんだな」
その光は、大智の声と共により強く、大きくなる。
「キツイだろうけど耐えてくれ、フォローするよ」
「あぁ。援護感謝する」
円盤からの攻撃は止むことは無かったが、ついた傷はすぐさま消えていく。
「ここまで回復すれば大丈夫ですね。大智先輩、後の回復は私がしますから、スキルを温存してください!」
大智にそう告げながらも里桜はその場に留まる。いつでも交代できるように準備しながらもライトヒールを連続で使用し、クライシュの傷を癒していく。
「……頼もしいな。それじゃ、よろしく!」
流れ弾を数発受け、顔をしかめていた里桜。だがその眼からは、こんな攻撃はどうということはない、という意志が見て取れる。そして何より……彼女自身、安全な場所から仲間が傷つくのをみているつもりはなかった。
その意を汲んだ大智は里桜の言葉に従うように回復を止め、すぐさま弓を手にする。手元には、アウルを変化させた矢が生み出される。それを番え、弓を引き絞り、狙い、そして射る。狙いすまされた矢は正確に円盤を射抜く。丁度ノエルのダークブロウによる一撃を受けた円盤だ。
貫かれた円盤は、そのまま力尽きたかのように地面にポトリと落ちる。
「よしっ! これであとは……半分ぐらいかな?」
大智の言葉通り、この時点で敵はその半数が撃破されていた。
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戦いは優勢。ノエルにもそれはわかった。だが、この結果は味方が強いからこそもたらされた物。そして自分自身は……弱い。そういう意識を持っていた。実際は、ノエル自身が思うほど彼女は弱くないのだが。
「もう、いっ、かい……!」
だから、迷惑をかけないためにも、まだ頑張らなければいけない。再びノエルはダークブロウを放つ。闇の力が2体の円盤を呑み込むように迸る。
攻撃によって揺らぐ円盤に向かってティルダがゴーストバレットを放つ。不可視の弾丸が銃部分を撃ち砕く。
そのままティルダは円盤に槍を振りかざして接近。そして、先端の重量を活かすように、振り下ろす。
「ふふふ……こういう風に叩き斬る方が、倒す実感が持てますね」
ティルダの手に、確かな感触が残る。斬った、という感触が。そして、その視線の先、地面には叩きつけられるとともに両断された円盤の残骸が残されるのみだった。
他方、大智はクライシュと里桜の方を気にしつつも矢で円盤を射抜く。
(問題は……無さそうだな)
味方の活躍で円盤の数が減ったことで、囮への負担は急激に低下している。一瞬意識を逸らした隙に、先程攻撃した円盤もヴォルガが叩き斬っている。
残り2体。
セレスの魔法弾が、そのうちの1体にぶち当たる。衝撃に押し出されるように動く円盤。そしてその位置は……
「お前らの為に強化頑張ったんだぜぃ……?」
何よりもライアーにとって好都合だった。
「キッチリ喰らって落ちやがれ! ヒャッハー!」
二度目のクレセントサイス。範囲に入った2体の円盤は現れた三日月に、同時に細切れにされた。
この時点で、敵は全て討伐。
「……終わった、か」
銃撃で穴だらけになった盾を下すクライシュが呟く。敵の討伐に伴い、銃撃も完全に止んだ。
「お疲れ様、しんどくなかったか?」
「いや、この程度ならば問題ない」
クライシュの下に大智が駆け寄りねぎらいの言葉をかける。その様子を見て、ティルダは戦闘が終わったことを実感しながら光纏を解く。
戦闘が終わった後の公園には、静寂が戻る。
そこには敵の姿は無く、円盤の残骸が転がっているのみだ。その残骸も、死んだふりなどされたら困るとばかりに剣を振るうヴォルガに刻まれる。仮にまだ生きていたとしても、ヴォルガは剣と盾をしっかりと構え、どこか緊張した面持ちで作業に従事している。一矢報いることすらかなわないだろう。
(公園への被害も……大したことはなさそうですね)
セレスは周囲を見回し一人息をつく。これはクライシュがスキルを使用するために接近し、その後交代しなかったことが良い方に働いた結果だろう。地面が多少えぐれている部分などがあったが、それらを修繕してやれば、近いうちにまた、子供たちが安心して遊ぶことができるようになるだろう。
さて、問題は物より人の怪我。
囮役のクライシュやその側にいた里桜は相応の傷を負ってはいた。が、それも里桜、大智のスキルによる治療で十分事足りるレベルだった。
「結局私の出番はなかったなぁ……」
「いや。途中での回復が無ければ危なかった。ありがとう」
そう里桜に礼を述べるクライシュの元にノエルがやってきた。戦闘が終わったことで、普段通りにフードを深くかぶっており、その表情はうかがい知ることはできない。
「えっと、あの、その……あり、がとう……」
俯きがちなノエルから出たのは、お礼の言葉。最後の方は聞き取れないほどの小声だった。だが、その意図は伝わっただろう。囮役の存在、そして攻撃役の存在。どちらが欠けても上手くはいかなかった。
「さて、そんじゃ凱旋といきますかね」
その攻撃役であったライアーの声に従うように、撃退士達はその場を後にする。
今回の作戦は、大成功に終わった。