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マスター:卯堂 成隆
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:11人
リプレイ完成日時:2012/02/19


みんなの思い出



オープニング

●佳人の霍乱
 鬼の霍乱というよりは、花に嵐と例えるべきか。
 その悲劇は突如として学園生徒に襲い掛かった。

 購買部の目玉といえば、多くの生徒が『美人女将による絶品・御一人様一個限り限定の手作り焼き立てパン』そして、そのパンを巡る『争奪戦』と答えるであろう。
 だが、これをよくよく考えてみると、この購買は美人女将によって支えられていると言う事にはならないだろうか?
 さて、考えてほしい。
 もしも彼女がパンを作る事が出来なくなったら?

 結論から告げよう。
 ――この冬、女将はインフルエンザに感染した。

●善意とは実に困難である
 膨大な生徒数を誇る久遠ヶ原学園、その胃袋を支える購買部には、隠れた名物がもう一つあった。
「いつかはこうなると思っていたのよ!」
「うん。 女将さん働きすぎだもんね。 いまこそ、あのときの恩を返すべきよ」
 そう語り合うのは、この購買の売り子である美人双子姉妹――佳理奈(かりな)と麻怜奈(まれな)。
 二人はかつてこの学園の生徒でもあり、卒業後に撃退師として働く傍ら、昼休みだけはこの購買でバトルを繰り広げる生徒たちの会計を担当している。
 全ては女将が怪我する事がないようにとの配慮――と言うのも、かつてこの姉妹は購買のバトルに参加し、レジにいた女将に怪我を負わせてしまった事があるのだ。

「……というわけで、女将さんがいない分、私たちが頑張らなきゃね!」
「でも、手作り焼き立てパンが作れないよ? みんながっかりするだろうなぁ」
 拳をぎゅっと握って気合を入れる姉の佳理奈に、妹の麻怜奈は不安げな視線を向ける。
 女将の焼きたてパンがなくとも、生徒たちは購買にきてくれるだろうか?
「大丈夫! ふふふ、我に秘策アリよ! いらっしゃいませー」
 そんな妹に力強く答えると、佳理奈は微笑みながら最初に購買へと訪れた生徒の会計をするべくレジに向かった。

 結論からすると、客の数はいつもどおりだった。
 むしろ無用な争いが起こらなかったため、極めて平和――女将にとっては実に皮肉な結果である。
 そんな中、いつもと違って平穏にパンを手に入れた男子生徒が佳理奈のレジの前に立つ。
 商品のバーコードを読み取りながら、佳理奈はドキドキと高鳴る鼓動を抑え、レジの傍らに置いたパンをそっと男子生徒に示した。
「あ、あの、よかったらコレいかがですか?」
 そのぎこちない笑顔に首を捻りながら、男子生徒はその示された商品名を読み取り苦笑する。
「え? それって……わさびジャムパン? なんか、すっげーな。 罰ゲーム用に買うにも、今月ピンチでそんな余裕ないんだわ」
「え? ……罰……ゲーム……はは……そうですよね」
 笑顔の向こうで佳理奈は涙し、男子生徒の立ち去った後で自分の"秘策"を握りつぶした。

●空しき努力
「ところで、お姉ちゃんの秘策って何だったの?」
 お昼のピークが過ぎたあと、麻怜奈はなぜか元気の無い佳理奈に声をかけた。
「えっ? 秘策!? う、ううん! なんでもないの。 忘れて、麻怜奈」
 何かを背中に隠そうとする佳理奈。 その背中から透明な袋に入ったパンと、その商品名らしき派手なPOPが転がり落ちる。

「それ、まさか……」
「ち、ちがうの……」
 姉妹の間に、重い沈黙が下りる。

「ええそうよ、これよ! 私が女将さんを目指して作り上げた究極の菓子パン"わさびジャムパン"よっ!」
「ごめん。 それは……さすがに無理だと思う。 それに、お姉ちゃんって味オンチな上に料理の味付けが殺人レベルじゃないっ! 努力の方向がぜーったいに間違ってるっ!!」
「なによっ! どうしてみんなわかってくれないの!?」
「悪い事いわないから、それはもう忘れなよ。 明日もきっと大勢の人がパンを買いに来るから、女将さんが復帰するまで、普通のパンでがんばろ。 ね? 私たちには、私たちにしか出来ない事があるから」
 麻怜奈の励ましにも、佳理奈は返事を返さない。
「もう、先に帰るよ。 こんな事でクヨクヨしているなんて、お姉ちゃんらしくなーいぞっ」
 わざと明るくそういった後、麻怜奈は心配そうに姉を振り返ってから、静かに購買を後にした。

 ぽたり。
 麻怜奈が去った後、佳理奈の握り締めた拳に、熱を帯びた雫が落ちる。
「……どうして? だって、わたし、こんなに頑張ってるのにっ! どうして他のパンを選ぶの? ……一口も食べもせずに」

 そして彼女は選択を誤った。

●人はパンと水のみで生きるにはあらず
「お、お姉ちゃん?」
「お姉ちゃんじゃない。 私の名はクイーン・カリーナ!」
 翌日、購買を訪れた麻怜奈を待っていたのは、プロレスラーのようなマスクで顔の半分を隠した佳理奈の姿だった。

「ちょ、ちょっとどうしちゃったの!?」
 周囲には、手足を縛られたほかの店員たちが転がっている。
「どうもこうもないわ。 私はここに、神聖ジャムパン王国の建国を宣言するっ!」
 レジの上で仁王立ちになった佳理奈の姿に深い狂気を感じ取り、麻怜奈の背中に悪寒が走った。
「おい、何してんだよ! はやくパンを売ってくれっ……て、全部変なジャムパンしか無ぇじゃねぇか!」
 そこにやってきたのは、購買部の戦士たちの中でもかなり上位に位置する男子生徒だった。
 こんな状態でもパンを買いにきてくれるのは嬉しいが、今はまずい。
「だめ! 逃げてっ!」
「変なとは無礼な! その口に我が神聖なるジャムパンをお見舞いしてくれるっ!」
 麻怜奈の警告も空しく、佳理奈は燕のような速さで男子生徒に近寄ると、その口の中に手にしたパンを突っ込んだ。

「ぐっ、ぐぼわぁあぁぁっ!?」
 次の瞬間、男子生徒は絶叫と共に白目を剥いて崩れ落ちた。
 そのズボンの股間からは黒いシミが広がり、ツンとアンモニア臭が鼻をつく。

 意識を失った男子生徒を足蹴にすると、佳理奈は残った生徒たちを睥睨し、その指を突きつけた。
「貴様ら、全員ジャムパンを食え! 人はパンと水のみで生きるに非ず! ジャムパンのみで生きるのだ!!」
 同時に、佳理奈は恐ろしいコントロール力で手にしたジャムパンを生徒の口の中めがけ投擲し始める。
 それは地を叩く雹の如く、神が地上の民を裁くが如く。
「こっ、これはいかんっ! 総員退避っ! 急げ! あのパンを喰らいたいか!!」
 状況を悟った誰かが叫びを上げ、購買から生徒が逃げてゆく。
 かくして購買パン売り場において、購買史上稀に見るハイジャック事件が幕を開いた。

●購買部の名物店員、天王寺 麻怜奈
「お願いです。 お姉ちゃんを止めてください。 購買の女将さんに憧れて、ずっと努力してきた人なんです。 本当は、女将さんの抜けた穴を埋めようと必死だったはずなんです。 何かがほんの少し間違っただけなのに……どうしてこんな事に」

●購買戦士代表
「女将さんのパンが買えない事は我慢するが、あの食料兵器を食わされるのは勘弁してくれ! せめて普通のパンが食べたい」


リプレイ本文

●購買の攻防:前編
 その日の夕方、購買に更なる異変があった。
「お前ら、俺のクリームパンを食え!」
 パンコーナーの隣にある惣菜コーナーを占拠し、野次馬に向かってそう叫ぶのは一人の男子生徒――戦部小次郎(ja0860)である。
 手作り間漂うポップには「からしクリームパン」の文字。
 つまり、わさびジャムパンの同類である。
「君、大丈夫か?」
「なんだ、お買い上げか?」
 心配して声をかけた生徒もいたが、すぐに後退りして逃げてゆく。
「俺だって女将が倒れたから頑張って盛り上げようと考えたのに、なんで認めてくれないんだー!」
 地面を転がりながら抗議する小次郎だが、興味こそあれど買うような客は無い。
 ついでに彼の台詞はほとんどが棒読みで、何か思惑があってやっている事は明白である。
 だが、その芝居に反応する人物が一人。
「お黙り! 女将さんの意思を注ぐのはこの私よっ!」
 ほかでもない、この騒動の元凶である佳理奈その人である。
 と言うか、気付けよ鬼道忍軍。
「貴様がクイーン・カリーナか。 我はクリームパン帝国のエンペラーコジロウ也っ! お前にクリームパンのすばらしさを教えてくれる!」
 隣のエリアから顔を出してきた佳理奈に、小次郎は練り辛子をつめたパンにしか見えないものを突き出す。
 そのパンを受け取ると、佳理奈は不適に笑った。
「面白い。 このクイーン・カリーナに挑戦するつもり? 受けて立つわ!」
 そして、食用凶器を口に頬張り……
「ふん。 この私の舌を唸らせた男は始めてよ」
「……え?」
 見事な完食である。
「今度は私のジャムパンを食すが良い!」
「ま、まて! なんか違う! お前、俺のやってることを見て何も思わないのかよっ!」
「思ってるわよ! ライバルがいたほうが盛り上がるってね! さぁ、食え!」
「……だが、断るっ!!」
 彼の誤算は、佳理奈の驚くべき視野の狭さと人外の味覚オンチ。
 顔を引きつらせて逃げる彼に、ジャムパンを手にした佳理奈が飛び掛る。
 そして野次馬の見守る中、壮絶な鬼ごっこが幕を開いた。
「……なに逃げてんのよ……あんた、エンペラーでしょ」
「いい加減……気付け」
 小次郎と佳理奈の壮絶なチェイスがひと段落した頃、購買を囲む野次馬の壁を押し分けて一人の少女が前に進み出た。
「Frailty,thy name is woman(心弱き者、汝の名は女)……シェイクスピアの名作ハムレットの一説だが、まさに今の貴女のためにあるような言葉だな」
 腰下届くストレートの黒髪を揺らしながら、彼女はまるで喧嘩を売っているかのような台詞と共に冷ややかな笑みを佳理奈に向けた。
「戦部の慣れない小芝居を見ても何も感じぬと? それで恥ずかしいと思わないのならば、それこそまさに恥だ」
 その言葉に、小次郎がうんうんと深く頷く。
「私の言いたい事は一つ――」
 さらに一歩踏み出しながら、御巫 黎那(ja6230)の名を持つ少女は鉄仮面を思わせる冷ややかさで台詞を吐き捨てた。
「いい年をした大人が、恥を知らぬかの様なこの所業……呆れて私は物も言えん。 仮にも大先輩が、後輩の前で下らない醜態を晒さないで頂きたい」
「なんですって?」
「己の所業を深く省みてはと言うことですよ、先輩」
 まさに正論である。
 だが、女というものは往々にしてこのような理屈による説得を拒絶する事が多いのだ。
 そして佳理奈はまさにその典型であった。
「言わせておけば……」
 膨れ上がる殺気に反応し、小次郎は拳を構え、黎那は腰に挿した剣に手を置く。
 だが、そこに投げやりな口調で口を挟む者がいた。

「そこまで。御巫の言う事は全くもって正しいけれど、解決には繋がらない」
 その言葉に、この場にいる全ての人間の視線が集中する。
 声の主は、黒い髪を赤いリボンで後ろに束ねた少女だった。
「なぜなら、この事件の原因の全てが理屈ではなく感情に起因するからだ」
 その声や表情にはどこか無関心が漂っている。
 彼女は自らこの鉄火場に足を踏み入れ、そして一言呟いた。
「そのジャムパンをもらおう」
 たった一言の台詞、それだけで世界が凍り付く。
 驚愕のあまりしわぶき一つたたない沈黙の中、凪澤 小紅(ja0266)は人形のように整った顔をわずかに傾け、
「売れない物が並んでいるのではあるまい?」
 感情の起伏のまるで感じられない声でそう告げると、佳理奈の足元に落ちていた愛らしいポップで値段を確認し、コインを投げた。
「よ、よせ! それは食べ物じゃな……げぶっ」
 ようやく我にかえった小次郎が警告を発するが、その台詞は佳理奈の肘鉄によって止められる。
「何を思ってかは知らないけど売らない道理も無いわね」
「そこにいる奴等と同じく、説得を頼まれた。 それだけだ」
 自らの目的を口にしながら、小紅はパンの袋を手に取った。
「なるほど、お前も同じ依頼を受けたというわけか。 ならば、お手並み拝見といこう」
 黎那は冷ややかな目で小紅を見ると、手近な壁に背中を預ける。
「問題が食べ物である以上、食せずして語ったところで何の説得力もあるまい」
 小紅は何のためらいも無くパンに噛り付いた。
 そして……
「――ジャムの甘味で辛みが際立ちすぎてジャムの味が消えている。 これでは売れないな」
「完食しただと!」
「しかも、あの失禁するほど不味いパンにコメントを……」
「彼女、何者だ!!」
 驚愕のあまり顎が外れそうな顔をした野次馬たちがその光景を見守る中、小紅はさらに言葉を続けようとした。
 だが、そのまま小紅の体がグラリと傾く。
「だ、誰か担架を!」
 誰かが叫んだものの、動く者は誰もいない。
 彼女がいるのは、ジャムバン王国の領内であるが故に。
「世は無常だな」
 この場にいる全ての者の言葉を代表するように、黎那が呟いた。

「これなんかのイベントですか?」
 なんともいえない葛藤が支配する中、突如として愛らしい少女の声が響く。
 ふたたび野次馬を掻き分けて現れたのは、三神 美佳(ja1395)……この学園の初等部に所属する生徒だった。
 混乱する野次馬たちを尻目に、美佳はせわしない足取りで進み出ると、懐から小銭入れを取り出し、
「あ、あのっ、パンと牛乳ください!」
 この場にいる人間が再び肝を冷やす台詞を口にした。
「ダメだ! 食べるとあんな風になるぞ!」
 警告を放つ小次郎の示す先には昏睡する小紅の姿。
 内気な性格なのか、いきなり声をかけられた事に一瞬驚いたものの、美佳は息を整えてからキッパリと答えを返した。
「それでもいいです、だってお姉ちゃんが女将さんの変わりにがんばって作ったパンだもん変な事言わないですよぉ」
 そう告げると、美佳は棚に陳列されたジャムパンを一つ手に取る。
「お子様がここまで頑張ってるんだから、あたしも頑張らないとね!」
 そして美佳の頑張りに後押しされるように、さらにこの場に進み出る者が一人。
 真紅の光纏を纏いながら進み出たのは、小麦色の肌と真っ白なショートカットが印象的な少女だった。
「そのジャムパン、あたしにも挑戦させてもらおうか」
「たしか高峰 彩香(ja5000)だったか? 物好きな。 そのパンを食べたら確実に倒れるぞ」
 その無謀ともいえる勇気を、黎那が薄く笑う。
「うーん、そうかもしれない。 でも、こういうことを続けても良い事を佳理奈さんに伝えるなら、まずはパンを実際に食べてその感想を伝えなきゃね」
 その言葉に反応したのは佳理奈だった。
「……不味いとわかっていて食べるというの?」
「きっと、組み合わせとか色々と考えて作ったパンなんだろうね。だけど、こんなやり方で無理やり食べさせても悪評が立つばかりだし、あなた自身の周りからの評判、更には購買部の評判にも関わってきちゃうよ」
 何の裏表も無い真摯な言葉を受け、佳理奈の顔がわずかに曇る。
 その反応に、黎那と小次郎は目を見合わせて小さく頷いた。
「じゃあ、まずは食べてみないとね」
 彩香もまた頷くと横にいる美佳に視線を移し、美佳もまた頷き返す。

 ――ゴクリ。
 誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
 周囲が息を呑んで見守る中、彼女達はその封を開いて口を近づけた。
 ――これはダメだ。
 美佳は心の中で呟いた。
 性格や幼き姿に合わず、彼女はこの場にいる誰よりも多くの死線を潜った猛者である。 その経験が彼女に告げるのだ。 これは食べてはいけないものだと。
 けど、否定から対話は生まれない。
 そう判断すると、美佳は思い切ってかぶりついた。
「変わった味のパンなのですぅ」
 奇妙なイチゴ味だと思ったのは一瞬だった。 直後に襲い掛かる脳髄を内側から突き刺されたような感覚と、裸で雪の中に放り込まれたかのような悪寒。
「――うぷっ!」
 横を見た美佳の目に映ったのは、吐き出さないように口を押さえたまま洗面所にダッシュする彩香の姿だった。

 誰もいない洗面所――パンを吐き出し、口の中を念入りに洗浄した後に彩香が呟く。
「うん、これは……無理」

●購買の攻防:間幕
「つまり、佳理奈さんはほとんど味覚が無いと?」
 ジャムパンの犠牲者たちが担ぎこまれた保健室で、麻怜奈と向かい合っているのは、楠 侑紗(ja3231)だった。
 彼女は依頼にあたって、まずは身内からの事情徴収を念入りに行っていたのである。
「はい。 毒物に体を慣らす修行の過程でほとんど味覚がなくなってしまって……今ではワサビや辛子ぐらいしか味として感じ取れないんです」
「つまり、レシピどおりに作れば普通の料理を作れないわけではないんですね?」
「ええ。 でも、本人は自分だけの味を作るんだって夢を抱えてしまって。 本来ならばとても器用な人で、コロッケの揚げ時間なんか女将さんから任されるほどなんです。 ただ、味付けだけが……」
 麻怜奈の答えを聞いた侑紗は、不安げな麻怜奈に向かってニッコリと微笑んだ。
「わかりました。 貴女のおかげで、私たちが何をすべきかわかったような気がします。 ただ、それには貴女の協力が不可欠かと」
「私ですか?」

●購買の攻防:後編
「ワサビを使ったパンはあるらしいから、組み合わせとか配分とかに気を使えば良いんだろうけど、これはちょっと破壊力が高すぎるよ……」
 帰ってきた彩香は、開口一番そう呟いた。
「と、ところでお姉ちゃん。 このパン、女将さんの許可もらったの?」
 やや傷ついた顔する佳理奈に、不穏な雰囲気を感じた美佳が別の話題を持ちかける。
「まさか。 女将さんがいないからこんなことしてるんでしょ」
「えぇっ!? さすがに女将さんのお店だもん。 女将さんに無断で出したら女将さんの迷惑だと思うよ? それに過激な事やりすぎちゃうと女将さんの居場所なくなっちゃうよ?」
「理屈ではそうね。 でも、それだけじゃ踏みとどまる事が出来なかったのよ」
「では、この状況は貴女の本意と言うわけではないということですね?」
 不意に会話に割り込んできたのは、麻怜奈を伴った侑紗だった。
「誰? あなた」
「綺麗でかわいいPOPですね。 器用で行動力もある。 その技術……もう一度、誰かを助けることの為に、振るってみてはいかがでしょうか」
「悪いけど、それをしようとしてこの結果よ?」
 侑紗の言葉にも、佳理奈は拗ねたように肩をすくめる。
「それは仕方が無いです。 だって、貴女は自分ひとりでやろうとしているから。 味がわからないなら、妹さんに助言をもらおうとは考えなかったのですか?」
 日の沈んだ購買の一角に、しばしの沈黙が訪れた。

「だって、そんなこと相談できるわけ……」
「そんなこと無いよ! お姉ちゃんが新しい料理を作りたいって言うなら、私も協力するから! わさびジャムパンだって、調整次第ではおいしくなるかもしれないじゃない」
 佳理奈の台詞を遮ったのは、それまでずっと背後で話を聞いていた麻怜奈だった。
「そのとおり。 先ほども言ったが、ジャムの甘味で辛みが際立ちすぎてジャムの味が消えている。これでは売れないな。ジャバラという柑橘類の果汁を使えば、ワサビの風味だけを残して辛みを消せるだろう。改良してからの再販売を求む」
 その言葉を受け継いだのは、三途の川の向こうから舞い戻ってきた小紅である。
 状況を好機と見て取った小次郎は、ちらりと黎那をみやって何か言えよと視線で促す。
 小次郎の視線に溜息をつくと、黎那は仕方ないといわんばかりに口を開いた。
「……ワサビに拘るならまずは風味を活かすべきだ。生地のうちから熱り込むことで風味が活きる。 また、ワサビの辛みは細胞が破壊されることで生まれる。 もし生のワサビがあるのならある程度形を残して切り、ツナパンに加えることでピリ辛と風味を活かした味になるのではないか?」
「でも、ちゃんとしたレシピがあるのを参考にした方が上手くいきそうだよね! まずはそっちを試してみたらいいんじゃない?」
「それでは、調理の出来る人でいくつか佳理奈さんのアイディアを活かした試作品を作って、そのレシピを元に佳理奈が作るという流れではいかがでしょう?」
 彩香がそう提案し、侑紗が意見を纏めると、他の面子も参加を表明する。
「あ、それいいかもですぅ」
「協力が必要ならば手を貸そう」
「あ、あたしは調理はパス! 試食も遠慮するわ」
 だが、次々と意見を出してくる後輩たちに対し、佳理奈はなぜか俯いていた。
「おねぇちゃん、どっか具合悪いのぉ?」
「な、なんでもないから! あ……ちょっと外の空気吸ってくる」

●そして平穏な日々へ
 嵐のような出来事の翌日、購買はすでに営業を開始していた。
「おおっ、購買が再開している! パンだ! パンをくれ!」
 そう言ってレジに近寄ってきたのは、依頼人の一人である購買戦士代表の男である。
 だが、彼の前に立つのは……
「げっ、佳理奈っ!?」
「問答無用!」
 その台詞と共に、佳理奈は手にしたパンを男の口に投げ込んだ。
「むぐわぁっ! マズ……くない。 普通だ」
「私だって、やれば出来るのよ。 もう、二度と罰ゲームだなんて言わせないから」
「な、なんだよ! そんなこと気にしていたのかよ!!」
「アンタにとってはその程度でも、私にとっては大事なことだったのよ! ……あんたが、料理の出来る女の子が好きだなんて言うから……でもいいわ。 あんたより、ずーっと素敵な男の子見つけたから」
 そう言うなり、佳理奈は横で見物していた小次郎をすばやく抱き寄せた。
「うわぁっ、なんで僕が!?」

 その様子を見て、残りの女性人が深々と頷く。
「なるほどね」
「そう言うことか」
「Usus magister est optimus. 経験は最良の教師である。この経験を活かすことだね……なにせ、私たちはお世辞にも素直とは言いがたいから」
 珍しい黎那の苦笑いと小次郎の悲鳴を聞きながら、撃退師達は購買のレジを後にした。
 気が付けば外は暖かな日差しが降り注いでいる。
 冬来たりなば、春遠からじ。
 どうやら、この言葉は人の心にも当てはまるらしい。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

繋いだ手にぬくもりを・
凪澤 小紅(ja0266)

大学部4年6組 女 阿修羅
クリームパンの皇帝・
戦部小次郎(ja0860)

大学部4年70組 男 ディバインナイト
名参謀・
三神 美佳(ja1395)

高等部1年23組 女 ダアト
雪の城主・
楠 侑紗(ja3231)

大学部3年225組 女 ダアト
SneakAttack!・
高峰 彩香(ja5000)

大学部5年216組 女 ルインズブレイド
金言の語り手・
御巫 黎那(ja6230)

大学部6年226組 女 ルインズブレイド