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マスター:卯堂 福田
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:4人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/16


みんなの思い出



オープニング

●身梨練奈(みなし ねりな)の観察風景
 日差しは冬のマフラーみたいに暖かい。
 六月だけど少し涼しげで、たぶん丁度良いくらいの温度になってる。
 制服を夏物にして正解だったかも。
 いつもの高等部校舎傍にある中庭で、今日も私はあの人をちょっと遠くから眺めてる。
 きりっとした素敵な顔に、しゅっと整った眉毛と短めの黒髪。
 でも時々優しい笑顔をみせてくれるその人とは、とある悪魔退治で一緒になって、ドジな私をいろいろと助けてくれて、気付いたらその人のことばかりを考えるようになってた。運命の出会いって本当にあるんだって思った。
 私は中等部だったけど、背も小さいから初等部の子っぽいってよく言われるし、ジョブも鬼道忍軍だから、いるんだかいないんだかわからないとも言われる。
 でも、その人は私をちゃんとした一人の撃退士として、子供扱いしないで接してくれた。
 危ないところもいっぱい、いっぱい助けてもらった。
 今も、胸が小さなハムスターみたいにどうにかなりそうなくらいドキドキしてる。
 でも…でも……いつも楽しそうにしてるその人の隣には、私じゃない別の女の人が座っていて、今もお弁当を広げて意地悪そうな顔でその手の箸をあの人の口に運んでる。
 もう何度も見た光景だ。
 最初は気がおかしくなりそうだったけど、あの人の楽しそうな顔をずっと見てられるなら、私はただずっとこうしてあの人を見守っていようと思った。
 男の人の後ろを黙ってついていくのが大和撫子だって、大好きなおばあちゃんが言ってたから。
 私もそう思ってる。
 何より素敵な大人の女性は、おばあちゃんみたいな大和撫子で、何があっても大切な人を支えていける、そんな綺麗でお淑やかでかっこいい人だから。
 それに……もし今の女の人と別れることになったら、すぐに彼を慰めてあげられるかもしれない。
 …あっ、シイタケが嫌いなんだ。
 いつかのために、私はそのことを頭の中にそっとメモした。


●とあるカップルの頼みごと
 昼過ぎ。使われていない部室の空き部屋。
 うっすらとしたクリーム色のカーテンから透ける光は弱々しく、部屋の中はどこか薄暗い。

「きてくれて助かったよ。内容が内容だから、誰も引き受けてくれないかと…あ、僕は鈴谷和人(すずや かずと)、こっちは僕の彼女の才賀菫(さいが すみれ)さん――ぐっ」

 パイプ椅子に座る彼のつま先を、隣の長い紺色の髪をした美少女がぐっと踏んでいた。

「ねえ、いくら少し年上でも、さん付けは止めなさいってこの前から言ってるわよね? か・ず・と君?」

 才賀の顔は笑っているが、口調は覇気が篭っていた。

「うっ、ごめん、今度から本当に気をつけるから、それ以上踏むと痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
 悶える鈴谷にかまうことなく、才賀はこちらに向くと、
「騒がしくてごめんなさい。私からも、この依頼に興味をもってくれてありがとうと言っておくわ」

 鈴谷と同じように部屋の中央でパイプ椅子に座る彼女の顔は、女子といっても少し凛々しく、雰囲気も落ち着いていた。
 彼女は小さな溜息をつく。

「斡旋所で説明を受けたとおり、私がお願いしたいのは、私の恋人――彼に付きまとってる小虫をおっぱらって欲しいというものよ」
「今は、練奈ちゃんが依頼のアルバイトに行ったところだから、気兼ねなく話せるんだ」
「練奈ちゃん?」

 その獣のような睨みに、鈴谷は慌てる。

「あっ、いえ、身梨さん、はけっして根が悪い子じゃないんだ。ただ、あまり仲の良い友達もいないみたいで…多分寂しいだけじゃないかと思うんだ。だから――」
 鈴谷の口を、才賀が人差し指で塞ぐと、
「この罪作り男のことは気にしないでかまわないわ。
――話を戻すと、私の和人君は今、性質の悪いストーカーに付回されていて、大体の時間で監視されているような状況なのよ。
さすがに直接何かをするということはないようだけど、このままだと事態はそちらに発展する可能性もある。
まあ、そのストーカー女子に私たちの熱烈な情事っぷりを見せ付けるのも楽しいのだけど、流石に私もそこまで非道じゃないわ」

 才賀菫はふっとスゴ味のある不敵な笑みを浮かべ、
「でも、人様の恋人に手を出そうなんて千年早いのよ。いい度胸だわ」

 誰にでもなく言うとすぐに表情を戻して、徐に足元でたてかけていた鞄から一枚の紙をとりだす。

「これは件のストーカーくのいち――身梨練奈の家族構成、趣味趣向、ぶっちゃけパーソナルデータね。
何かの役に立ててちょうだい」
「す、菫。いくら何でもそれはやりすぎだっ」
「あら、和人君にロリコン趣味があったなんて驚きだわ。
そんなにストーカー幼女に好かれたい?」

 才賀の彼を見る目は冷ややかだった。

「ち、違うよっ、僕はただ彼女がこの学園で孤立してるってことが心配で――」

 小さな溜息。恋人のそれで鈴谷は言葉をとめる。
 才賀はこちらに向かって話を続けた。

「こちらに不利益がない結果なら、どんな方法を使ってもいい――というのは言いすぎだけど、同じ垂らし者を好きなったよしみで、可能な限り穏便に彼女を説得して。
…ちなみに、身梨練奈は基本的に和人君の傍にいるから、見つけさえすれば近付くのは難しくないはずよ。
少し前に、私が試したから問題ないわ。
恋は盲目っていうけど、ジョブ畑が違う私でも数メートル近くまで迫れたのだから、呆れるしかないわよ。
違う日にも、別の生徒に声をかけられて答えていたから、あわてて逃げることはないと思うわ。
ただ、不審な近付き方や、あからさまに正面から近付いたりすると逃げちゃうかもしれないわね」
「本当は私が頭でも叩きに行って記憶消――直接行動したいのだけど、和人君がそれだけはやめろって必死に止めるから動けないの」
「僕も困ってるから付きまとうのはやめて欲しいって、身梨さんに何度も言ったんだけど…僕の言葉じゃだめみたいなんだ」
「お願い、何とかして身梨練奈をあきらめさせて。
私にとって、和人君は…失いたくない大切な人なの」

 才賀の表情は真剣で、その大きな瞳は波間のように揺らめき、正しく恋に身を委ねる乙女の眼差しであった。

「僕からもお願いだ。確かに身梨さんのことは心配だけど、僕にはもう素敵な(強調)彼女がいる。
それとこれとは別の問題だ。
二人の女の子を同時に幸せにすることはできないし、場合によっては今回のことで身梨さんを傷つけてしまうかもしれない。
…でも僕が幸せにしたいのは菫だから、どうしても身梨さんをこのままにしておくにはいかないんだ」
「…ま、まあ彼氏としては及第点ってところかしら」

 才賀の口調はそっけないが、そっぽを向いた顔は少し赤くなっていた。

「和人君。これに懲りたら私以外の女の子に必要以上優しくしないこと。いい?」
「…はい、気をつけます」
「それから、この前の一緒に部室から出てきた女の子は――」

 項垂れる鈴谷に、才賀の詰問と説教が始まったのだった。


リプレイ本文

「全く、若いってもんは猪突猛進だよなぁ」
「恋は盲目って、よく言いますからね」

 午前中の使われていない部室。
 鈴谷和人らから依頼を受けた四人が、縦長の折り畳みテーブルを囲んでいた。

 呆れたように言ったのは、グィド・ラーメ(jb8434)と、華子=マーヴェリック(jc0898)だ。
 双方の歳は一回り二回り離れているはずだが、身梨練奈への印象は大体同じだった。

 隣では、月詠神削(ja5265)が淡々とした顔で依頼人の才賀から受け取った練奈のデータを見ていた。

 最後の一人、ずっと愛らしい微笑を湛えている――糸魚小舟(ja4477)が、テーブルに片イヤホン付きの小型通信機を四つ並べる。

「……」
「…っと、これは俺と小舟嬢ちゃんで用意した連絡手段だ」

 沈黙したまま微笑の糸魚に代わって、グィドが言う。

「俺は、練奈嬢ちゃんを見つけ次第、話をききながら説得しようと思うんだが」
「私は鈴谷さんの女性関係を調べたいと思います。話をきくほど、鈴谷さんが疑わしいですから」

 やや険しい顔で言ったのは華子だった。

「……私は皆さんのお手伝いと、身梨さんの居場所を把握して連絡する役をやりたいと思います…(にこり)」

 糸魚が控えめに言う。
 そこに、先ほどから黙ってデータを見ていた月詠が口を開いた。

「ちょっといいか? 才賀さんから受け取ったデータを見て思ったんだが……身梨って娘を説得で諦めさせるより、鈴谷君を彼女が嫌いな器の小さい人だと思わせて、幻滅させた方が良くないか?
俺は、鈴谷君と才賀さんに協力してもらって一芝居うとうかと思うんだけど」
「…ふぅむ、こりゃあ足並み揃える必要があるかもなぁ」

 意見が割れたことに、グィドが微かに顎に残った無精髭に手をあてながら、ぽつりと呟く。
 へたに別々で行動して、状況をこじらせたら元もこうもない。
 依頼は達成しても、練奈を傷つけてしまうのは、誰もが避けたい思いだった。
 ちょっとした沈黙の後、徐に言ったのは糸魚だった。

「……でしたら、全てをまとめて一つにするのはどうでしょうか…?」



(少し想像してたのと違ったけど…これはこれで、やっぱり練奈ちゃんが幸せになれるとは思えないわ!)

 糸魚の調査支援を受けながらも、鈴谷の女関係を聞き回っていた華子は、そう思わざるおえなかった。
 尋ねた鈴谷の友人、知人達は、一様に『あいつは女泣かせ』、『呼吸するように女子とのフラグを立てる』、『一度背中を刺されればいい』と複雑な顔、渋い顔で言うのだった。
 どうやら本人に意図はなく、割と困っていそうな、悩んでいそうな女子と遭遇し、さらに率先して話かけてしまうところがあるようだった。
 しかし、無意識というのは、考えて行動するより自覚がないから性質が悪い。
 言わば、無自覚の女たらし。
 それは一途な少女が恋するには見合わない相手ではないか。

(このことは、練奈ちゃんもそうだけど、鈴谷さんにも話を聞かせないとっ)



「具体的な作戦としては、身梨って娘が見ている時を見計らって、俺が才賀さんに声を掛ける。ナンパみたいなことじゃなく、委員会や、撃退士としての仕事とか、そんな事務的な感じで。
鈴谷君にはその時に『何勝手に人の彼女に声を掛けてやがる!』ってキレたフリをしてもらいたいんだ
そして俺を殴れ。
俺は抵抗しないから、割とボコボコにする形で」
「ええっと…月詠さん……本当にそれでいいんですか?」

 薄明るい人気の無い部室。
 困惑した顔でそう月詠に返したのは、鈴谷和人だった。
 隣には恋人の才賀菫。
 
「データにあった『嫌いなもの:器が小さい人』って言うのは漠然としていて、人によって基準が曖昧だけど。
『恋人にただ声を掛けただけの相手をボコボコにする』
『相手にはナンパとか下心があったわけではなく、あくまで事務的に話しかけただけ』
……そういう真似をする男を『器が大きい』って思う人間は、極めて少ないんじゃないかと俺は思う」
 
 月詠の言葉に鈴谷は唸る。

「……うーん、確かにそうかもしれないけど…」
「和人君。月詠さんは、私たちの為にあえて体を張ってくれるというのだから、素直にその厚意を受けるべきよ。…それに普段私の身体にもっと酷いことをしているじゃない……この前の夜だってあんなに猛々しく――」
「わー!! や、やってもいないことを言うのはやめてっ!」

 自分の身を抱き締めて怯えたような演技をする才賀に、赤い顔で鈴谷が一通り叫ぶと、ぐったりして月詠に言った。

「…わかりましたやります。月詠さん、どうか宜しくお願いします。あの…ですけどやっぱり殴る演――」
「ちなみに、鈴谷君が俺を殴る時は手加減抜きでいいから。後で自分で『ライトヒール』で治すし」

 かぶせるように月詠が言う。

「…で、ですよねー」

 鈴谷は痙攣気味の笑顔を浮かべるのだった。



 昼時の高等部校舎傍にある中庭。空はやや曇っていた。

『……月詠さん、目標の身梨さんはお二人の座るベンチから数メートル正面の木陰に潜んでいます。声のやり取りも十分届く距離です…』

 逐一、練奈の動向を探っていた糸魚の声が小型通信機から漏れてくる。

「わかりました。ありがとう、糸魚さん」

 そう返答した月詠の顔は平静だったが、やや緊張した雰囲気をまとっていた。これから殴られに行くというのに、平然としている方が難しいだろう。

(まあ、この段階で自然に付き纏いをやめてもらえればいいけどな…)

 月詠は校舎側から中庭のベンチに座っている才賀に向かって歩き出していた。そして極めて事務的な態度と口調で彼女に話しかける。
 
「才賀さん。邪魔して悪いけど、今度のディアボロ討伐で少し話したい事があるんだ」
「あら、月詠先輩。…一体何でしょうか?」
 
 外行きの笑みを浮かべ、才賀も事務的に返す。

(今だ。やれっ)

 その瞬間、彼女の隣にいた鈴谷が勢いよく立ち上がって叫ぶ。

「な、な何勝手に人の彼女に向かって話しかけてやがるっ!! 俺のオ、オンナニ喋っていいのはこの世界で俺だけだッァ!!」

 少しへっぴり腰で、正しく小物の男を絵に描いたような様子だった。
 鈴谷は、月詠が困惑した顔で口を開こうとする前に殴りかかっていた。
 これも打ち合わせ通りだった。
 ただ、それでも手加減抜きの、それも同じ撃退士の拳をノーガードで受けるのはくるものがある。

「ぐっ」

 あえて実際感じている痛みよりも大袈裟に顔を歪めて、月詠は頬に受けた重みによろけて見せた。
 続いて、腹部にも重たい一撃がやってくる。
 月詠は呻き声を漏らしながら片膝をつく。

「和人君、やめてっ! 月詠先輩はただ仕事の話をしにきただけなのよ!」
「う、うるさいっ! 仕事だろうが何だろうが、俺の彼女に勝手に話すのは許さないっ!!」

 必死で止める才賀の制止も聞かず、鈴谷は月詠に向かってひたすら殴る蹴るを繰り返した。
 月詠は抵抗もせず、それをただ受ける。
 傍から見たら、それこそ一方的で理不尽にしかみえない。
 数分後、息を切らした鈴谷が小物臭い捨て台詞を吐いて才賀と一緒に立ち去ると、そこにはボロボロで倒れている月詠だけが残った。

「ッ…」

 口端から感じる淡い鉄の味に顔をしかめつつ、これで十分だろうと、彼はゆっくりと立ち上がる。

「……あの…大丈夫ですか……? わ、私、回復スキルはできないですけど…これなら…」

 ふと、か細い声に月詠がそちらを向くと、そこには心配そうな、困惑しているような顔の身梨練奈が、救急箱を目の前に差し出していた。
 だが、月詠が言葉を返そうとした瞬間に、す、すみませんっ、と彼女は小動物のように慌てて草むらの中に姿を消していたのだった。



 次の日の中庭。同じ昼時の時間だった。
 空は微かに晴れており、いつもより人気が多い。

『……身梨さんは今日もお二人の近くでその様子を眺めています……ただ、昨日――と言うよりこれまでに比べて、明らかに表情が芳しくないように伺えます……月詠さんの一芝居が効いているようですね…』
「私の話で鈴谷さんへの興味を無くしてもらいますっ」

 ぽつぽつと糸魚の声がする小型通信機に、意気揚々と答える華子。
 彼女は、糸魚の連絡を頼りに、練奈の潜む場所へと近付いていた。
 言葉だけではわからないところは、近くにいた鈴谷の視線による合図で把握し、その小さな後ろ姿に優しく声をかける。

「すみません、中等部の身梨練奈さんですね?」
「は、はいっ!? …そ、そうですけど……何か御用でしょうか?」

 とりあえず、今すぐ逃げ出してしまいそうな気配は無い。
 華子は優雅な笑みを浮かべて、唐突にそっと彼女の手をとる。

「あの、ちょっとご一緒によろしいかしら?」
「えっ…ええっ!?」
「大丈夫、怪しい者じゃないわ。貴女の恋路について、大事なお話があるの」
「わ、私の恋路……?」

 練奈は混乱したような表情のまま、華子に引率されるがままに木陰から表へと連れられる。
 その目の前には、普段通りにお弁当を広げる鈴谷と才賀。

「えっ! あれっ!?」
 
 鈴谷は事前に聞かされていなかったので驚いた声出し、同じく知らなかったはずの才賀は冷静な顔でこちらを見ていた。

「あ…あ、あわ……す、鈴谷先輩…」

 顔を赤らめ、必死に逃げ出そうとする練奈の腕を華子はしっかりと掴んでいた。

「お願い、聞いて練奈ちゃん……」
「え……?」

 華子の切実で真剣な言葉をきいて、練奈はその動きを止めていた。
 最悪、この手から離れてしまったら『八卦石縛風』でごめんなさいしようと思っていた華子は安堵する。
 周囲には、他にもカップルや生徒、教職員などがいたが、

(他に誰がいようが関係ありません、全員に聞いてもらいます)

 華子は、自身が調査した鈴谷の無自覚な女たらしっぷりをはっきりとした口調で語り始める。

「――と言うことなの。この鈴谷さんは、貴女に見合う人じゃないわ!」

 練奈は何処か唖然としたように、華子の方を見ていた。
 そこに才賀の覇気の篭った声が控えめに響く。

「…か、ず、と君? ……ちょっと一緒に来てもらえるかしら?」
「ち、違うんだよっ、別に下心があったわけじゃなくって…」

 強張った笑顔の才賀に、鈴谷は引きづられるようにして、何処かへ連れられてしまう。

「…練奈ちゃん、どうかよく考えて」

 華子はそう言って、練奈を残してその場を離れる。

(これで、鈴谷さんへの興味を無くしてくれるといいのだけど…あと鈴谷さんにも懲りてもらわないとっ)



 さらに次の日。土曜日――さらには夕時ということもあってか、中庭は綺麗な黄昏に染まっているに関わらず、人がまばらだった。
 そこにはベンチでカップル力場を発する鈴谷らと、それを遠くで眺めている練奈の姿があった。

『……身梨さんは、この時間まで鈴谷さんを付き纏っていませんでした。…それに、今日は距離も離れています。……あと一押しかもしれませんね…』

 一途な心と言うのは中々止めどころがないのかもしれない。

「…勢いも大事だが、一度きりの恋だって思い込んじまうのは勿体ねぇや。人間の命が短いと言ったって、まだまだ十分先が長いんだから、な」

 糸魚の連絡を受け、グィドは誰にいうでもなく返すと、静かに目前の練奈へと近付いていく。
 瞬間移動を駆使し、グィドはうまく練奈の死角へと移動していた。

 月詠と華子が作ってくれた練奈の『聞く耳の隙』を彼が説得するというのが、四人が各自の案をまとめたものだった。
 もし各自の案で練奈が諦めてくれれば、それでよい。言わば、三段構えの作戦だ。
  
「いやぁ、若者は熱々でいいねぇ」

 じっと鈴谷らを見つめる練奈に、グィドはのんびりとした口調で話しかけた。
 練奈は少し訝しげな顔でグィドの方を向く。
 
「いやぁ、急にすまんな。お前さんが熱心に見てるのを見かけてな」
「え、えっと…」
「ふぅむ…嬢ちゃん、片思いってやつか? 一人で抱え込むと辛いだけだし、もしおっさんでもよけりゃ話をしてみないかい?」

 グィドの言葉に、練奈は少し思いつめた顔で沈黙するが、やがてぽつりと、

「…実は…実は、あそこにいる高等部の先輩のことが前から気になっていて……」
「――まあ、嬢ちゃん。こんなところで話すのもなんだ。近くのベンチで話さないかい?」
「あ…そ、そうですね」

 傍のベンチで並んで二人は座る。
 改めて練奈は話始める。

「でも…その先輩には彼女がいるんです。それでも、私はずっとおばあちゃんが言ってた大和撫子みたいに、先輩のことを後ろで見守れたらって、そう思ってたんです…」
「それで嬢ちゃんは、遠くから見てたってわけだな。…よかったら、甘いもんでも食べて、落ち着くといいさ」
 
 話すのが辛そうだった練奈に、グィドは手持ちの金平糖を渡す。
 だが、彼女はそれを手に取った瞬間に、少し涙ぐむ。

「…すみません、先輩からも最初に会った時もこうやってお菓子をくれたから……一人だった私に先輩は優しく声をかけてくれて…――でも最近、先輩の悪いところを見ちゃって…先輩のことがわからなくなって…でも、おばあちゃんの言ってた大和撫子は男の人の後ろを支えないといけないから……」
「大和撫子…うぅむ、間違っちゃいないが、それはお互いが好きあってこそじゃねぇか?」
「え…」
「まあ、その悪いところは別にしてもよ。もし嬢ちゃんが、その彼氏と恋仲になった時に一方的に誰かに毎日監視されてるって状況になったらどう思う?」
「…あ」
 
 グィドの口調は責めるようではなく、優しく諭すようだった。
 何かに気付いたような顔になる練奈。

「嬢ちゃんはまだ若ぇんだ、恋は盲目になっちまうのも分かるが、相手の気持ちも考える方がいいぜ、それが大人の女性――大和撫子ってもんさ」
「…そう……そう、ですよね。……ごめんなさい、おばあちゃん、私勘違いしてた…どうして……どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう…」

 練奈はゆっくりと頷き、ふと涙をぐっと堪えるように肩を震わせた。
 グィドは彼女の頭をそっと撫でる。

「……素敵な出会いというのは、きっとこの先もあるはずです…」

 いつの間にか、練奈の正面で、彼女の顔を覗きこむように屈んでいる糸魚が言った。
 
「えっ」
「……これまでお話を聞いていた只の通りがかりです……気にしないでください…」

 夕日に照らされた糸魚の微笑した顔は美しく映え、練奈は最初から自分を見守ってもらえていたかのような安心感を覚える。
 私は一人じゃないんだ、練奈はそう思えた。

「……ありがとう、ありがとうございます…話をきいてくれて…もう大丈夫ですっ」

 練奈は貰った金平糖の袋をぎゅっと抱き締める。
 その様子を、遠くで小型通信機を通して聞いていた月詠と華子も含め、全員が練奈の言葉に胸を撫で下ろすのだった。

 それから練奈は付き纏いを止め、早くも新しい恋に落ちているという。
 今度はちゃんとまともな形で。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

常磐の実りに包まれて・
糸魚 小舟(ja4477)

大学部8年36組 女 鬼道忍軍
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
豪快系ガキメン:79点・
グィド・ラーメ(jb8434)

大学部5年134組 男 ダアト
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード