●平穏な昼
建設途中で放棄され鉄骨のままで残された建設現場の周囲を、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は黄色いテープで囲っていた。
日中、ホワイトアウトバットは出現しない。
「せめて、足手まといにならないようにしないと」
マステリオは前回の任務で重傷を負っているため、いざ戦いとなった時のことを気にかけていた。だから、下準備のできる昼間のうちにできることは全てやっておきたい。
彼がテープで囲んだ現場の中を、他の撃退士達が練り歩いていた。
ダークスーツにサングラスをかけた姿のミハイル・エッカート(
jb0544)は、昼間の内には現れないディアボロを探すかのように周囲をくまなく観察していた。
ジャングルジムのようになった鉄骨の塔を見上げる。ここで戦うのかと思うと少しだけ胸が高鳴る。
「あの、ミハイルさん」
そんな彼にゲルダ グリューニング(
jb7318)が話しかける。
「ん?」
「ナイトビジョンの方を、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論だ」
更にミハイルは、他にも希望者にナイトビジョンを渡した。
鉄骨の上を、神酒坂ねずみ(
jb4993)が跳び回る。いざというときに手すりにするために、鉄骨の間にワイヤーを張っているのだ。現場には僅かしか残っていなかったため、その数は限られてくる。案の定早く終わったので、鉄骨の外側に廃材を摘んで対空銃座を拵えることにする。
日光に反射する頭部を持った男、真柴 榊(
jb2847)は、囮役を引き受けている。夜になるまで隠れることができそうな場所を探していた。大声や物音に気をつけてはいるが、昼間もディアボロが出るのではという彼の不安は、杞憂に終わったようだ。
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は、現場から少し離れた位置から物の配置や鉄骨の構造の把握に努めていた。夜になれば、ここは戦場になるのだ。
彼女の足元には、ランタン型のライトやマステリオが購入した懐中電灯などの光源が大量に転がっていた。
(光に反応するのなら、利用しない手はないよね)
●戦いの夜
(……時間か)
日が沈んでからしばらくすると、建設現場は街灯や月光も届かない闇の帳に閉じ込められた。ナイトビジョンを装備した榊は潜伏場所から移動し、昼間のうちに見つけておいた開けた場に出た。
囮役の彼だけが、鉄骨の現場に残っていたのだ。
「行くぜ――」
榊が己のアウルを行使し、その場で光を生んだ。彼を中心とした半径二〇メートルほどの領域が、まるで何かに照らされているかのように明るく輝き出した。
「これもついでだ!」
ナイトビジョンを一旦外し、ソーラーランタンの電源も入れる。
しかし、すぐにランタンの光は失われた。ランタンの横を、何かが素早く横切ったのとほぼ同時だった。
更に、星の輝きによって生まれた光も、まるで暗いトンネルが掘られていくかのように部分的に光を失っていく。
「見えた、そこ!」
遠方から狙いを定めていたソフィアのスナイパーライフル、アハト・アハトが火を吹いた。銃声と共に、アウルの力によって生まれた超大型の弾丸が発射され、光のドームを掘り進んでいたディアボロ――ホワイトアウトバットを撃ち落とす。
そこに、物陰から現れたミハイルが一歩一歩近づいていく。わざと、他のディアボロを地上に誘うかのように。
そして、撃ち落されキィキィと声を上げるホワイトアウトバットに向けて、モノケロースU25の銃弾を見舞った。
「断末魔くらいしっかりと言え。見苦しいぞ」
榊とミハイルに反応したホワイトアウトバットが、一斉に彼らに向かって飛んでいく。星の輝きによるドームはほとんど残っておらず、ナイトビジョンを装備しても、目で追いつくのがやっとであった。
「まあ、本当に輝いておりますわ」
榊の発動したスキルによって、彼の頭部もまた輝いていた。ゲルダはそれを確認して、何故か嬉しそうにしていた。彼女は先制攻撃に参加せず、後続の敵に備えている。
榊とミハイルに向かっていったホワイトアウトバットのうち一匹が、神酒坂ねずみのアサルトライフルの射程に入った。
まだわずかに残る星の輝きを頼りに、彼女は正確に敵の位置を把握していた。アウルの力を弾丸に込め、光を纏わせて撃つ。光は直前で敵に奪われるものの、アウル本来の力は残っている。暗闇の中で、ホワイトアウトバットはフルオートによる銃弾の雨を浴びて力尽きた。
更に二匹が、榊へと襲い掛かる。
「ちっ!」
ナイトビジョンと僅かな光を頼りに審判の鎖を放つも、敵を縛り付けるはずの鎖は虚空を切った。その瞬間に、背後から首筋に噛みつかれる。
「ぐあっ!」
しかし、痛みは一瞬だった。マステリオが周囲に転がした懐中電灯の光に反応したのだ。
「来たか。だがお前たちの相手をしている暇はない!」
重体になっているだけなのだが、あくまで芝居がかった言動でマステリオはディアボロ達を挑発した。大量に買い込んだ懐中電灯をばら撒いても、即座にその光だけが奪われていく。
一匹のホワイトアウトバットが彼に追いつき、大きく翼を広げた。マステリオはスクールジャケットを犠牲にして、ギリギリでその攻撃を回避する。彼は、その攻撃の軌道を見切っていたのだ。
更にもう一体が、空蝉直後の彼に向かっていく。
が、横から一匹の小さな召喚獣――ヒリュウが突進をしかけ、ホワイトアウトバット諸共地面を転がっていく。
ヒリュウの受けるダメージは召喚したバハムートテイマー――ゲルダにも返ってくるが、ヒリュウは見事に一匹の動きを封じた。
その機を逃さず、ソフィアがアハト・アハトでホワイトアウトバットだけを正確に撃ち抜いて、息の根を止める。
「チャンスを逃がさないように、しっかり狙っていかないとね」
突然、彼女の背後から一回り大きいホワイトアウトバットが現れた。広げた翼を、ソフィアの背中に叩きつけながら、親玉と思しきそれは鉄骨の最上部へと飛んでいった。
「痛た……あれが親玉かな?」
「そのみたいだな」
そう言う榊の頭は、既に光っていなかった。
●鉄骨上の戦い
残る三匹のホワイトアウトバットが、親玉を守るように鉄骨にぶら下がる。
三匹が、一斉に超音波を発した。空気を振動させる衝撃波が、撃退士達を襲う。
その場を離れていたマステリオと、咄嗟に物陰に身を隠したミハイルだけが、攻撃を逃れた。
榊が耳を抑えながら叫ぶ。
「あれなんとかしねえとやべえぞ!」
「なら、いよいよジャングルジムだ」
超音波攻撃の合間を見計らって、ソフィアとミハイルが先行した。
「それっ」
ソフィアが、淡い光を放つ光球を手元に出現させた。三匹のホワイトアウトバットが、その光につられるようにして動き出す。
光球をふわりと宙に放り投げる。光を奪って突き進む暗闇のトンネルがそれを狙う。
光球と暗闇が重なる瞬間を狙い、ソフィアは雷を放った。光球もろとも、雷が白い蝙蝠を黒く焦がす。
「見えたぜ!」
白銀色の糸が、雷に照らされて美しく瞬いた。踊るように揺らめく金属の糸が、黒焦げのホワイトアウトバットを縛り付け、切り裂く。手応えを感じると同時に、再び星の輝きによる光のドームを形成する。
が、今度は一瞬でそのドームが闇に呑み込まれた。鉄骨の上からソフィアとミハイルを無視して、親玉のホワイトアウトバットが飛び込んできたのだ。
「うおおっ!?」
慌てて盾を構えようとするが、翼膜が榊の顔を覆い、視界を真っ白に染め上げる。
親玉の軌跡を、ねずみの放つアサルトライフルが追いかけるも、掠らせるのが精一杯だった。思わず彼女も首を傾げる。
鉄骨の上にいたミハイルは、ソフィアの光球につられたもう一匹をヨルムンガンドで狙っていた。手すり代わりに張ってあったワイヤーのおかげで、鉄骨の上でも姿勢を安定させることができた。
光球と暗闇が重なる瞬間に、撃つ。神経を研ぎ澄ませて放った弾丸がホワイトアウトバットにめり込み、飛行を封じる。途中で鎖骨に激突したホワイトアウトバットは、その衝撃で気絶してしまった。
「あら、これのおかげかしら」
丁度ゲルダが、阻霊符を使った直後の出来事であった。
「やるねえ」
思わずミハイルは口笛を吹く。ナイトビジョン越しに、暗闇で彼女とアイコンタクトを交わした。
そこに、残る一匹のホワイトアウトバットが襲い掛かる。
「ちっ――」
鉄骨の上でなんとか回避するも、ミハイルは足を踏み外した。迫り来る階下の鉄骨の衝撃を、両腕をクロスさせて軽減する。
更に落下は続いた――が、丁度緩衝材にと敷き詰めておいた資材の上であったため、大事には至らなかった。
「ふははははは! まだだ! まだあるぞ!」
高らかな声とは裏腹に、マステリオは潜伏しながら懐中電灯をあちこちに転がしていた。親玉のホワイトアウトバットはそれらの光を食らい尽すかのように低空を蛇行していた。
暗闇の中を文字通り闇雲に動いているためか、親玉もなかなか彼に狙いを定められないようだ。それこそが、彼の密かな狙いでもあった。戦いを有利に進めるためなら、あえてこうした役回りに徹することができる。
先ほどから、ねずみがその親玉に銃座から攻撃を仕掛けている。ある程度は削ったものの、決定打にはならない。
その隙を、残る一匹に突かれた。
「しまったでござる……」
そう言い終わった時には、視界は真っ白で何も見えなくなってしまっていた。銃を振って合図するが、暗闇の中でそれに気づいた者はいない。
鉄骨を下りてきたソフィアが、雷霆の書から雷を放つ。親玉はそれを超音波で相殺させる。
「あいつだけは、無条件に反応するわけじゃないみたいね」
「だったら嫌でも反応させるまでだ!」
視界を奪われた榊が、三度目の星の輝きを放つ。先ほども、親玉が真っ先に光を奪いに来たほどの輝きが、彼を中心に生まれる。
榊は即座にその場を離れようとしたが。親玉の翼が顔面に衝突した。その瞬間、彼は叫んだ。
「ここだ! ここにいる!」
その声に、ねずみが反応した。
すかさず銃座の方向を変更し、光を纏った弾丸を連射する。親玉の呻き声に、今度こそ確かな手応えを得る。
「心眼でござる」
「おかわりはいらねえかい?」
同じく光を纏った銃弾を、ミハイルが連射する。断続的に光が生まれ、全員がその位置を把握した。飛び立ってその場を離れようとする親玉に、マステリオの放つトランプが突き刺さる。
「ヒリュウ、そこです!」
親玉の頭上目がけて、ゲルダの召喚獣ヒリュウが全力で体当たりする。召喚獣との感覚共有のせいで、彼女もヒリュウも視界はゼロに等しいが、仲間達の攻撃音を頼りにゲルダが指示をだしたのだ。
親玉が、地面をのたうち回りながら翼を振り回した。手あたり次第に鉄骨を砕く一撃が、ジャングルジムを崩壊させていく。
次々と鉄骨が上から降って来た。撃退士達はその鋼鉄の雨に攻撃を中断せざるを得なかった。
全員が暗闇の中を逃げ回ったが、榊だけが背中に鉄骨を受けてしまった。すかさずアウルの力で回復を行った。
「ったく、損な役回りだぜ」
「そういえば、ソフィアさんは?」
マステリオが唯一先ほどの攻撃に参加しなかった人物の名を挙げた。
ミハイルがはっとなって、ナイトビジョン越しに鉄骨の瓦礫の山を見上げた。そこにはほとんど虫の息の親玉が埋もれていたが、まだ息はあるようだ。しかし、彼女の姿がない。
「あいつ、確か最後まで鉄骨の上に――!」
「大丈夫、今度こそチャンスは逃さないから」
上空からの声が、ミハイルの言葉を遮った。
鉄骨崩壊の直前に、高く跳躍していた彼女は巨大なスナイパーライフル――アハト・アハトを再び構えていた。
鉄骨ではなく、空中でなら、落下しながらでも姿勢は安定する。敵が動かないのなら、狙いを定める必要もない。見えなくても、敵が真下にいることはわかっている。
今までホワイトアウトバットによってその輝きを奪われていた光纏が、ソフィアを金色で包み込む。
最大級に膨れ上がったアウルの弾丸にまで、その光は及んだ。
「しっかり狙っていかないとね」
無茶苦茶な射撃体勢から、超弩級の銃弾が放たれた。巨大な金色の弾丸が、親玉の胴体を穿ち、貫き、その生命活動を完全な沈黙へと導く。
他の撃退士達の光纏も、いつの間にか輝きを取り戻していた。榊やねずみの視界も、元に戻った。
●輝ける明日へ!
「これで一件落着、かな?」
随分と無理をしたはずのソフィアは、明るい表情で戦いの爪跡を眺めていた。
複雑なジャングルジムを形成していたはずの鉄骨は脆くも崩れ去り、うず高く積もった瓦礫の山と化していた。
「まあ、これを建てようとした奴は壊す金もなかったんだろうさ。これも一つのボランティアだ」
ミハイルは小さく笑って、サングラスをかけた。
「あれ、サングラス」
「夜なのにサングラスでござるか?」
「眩しいんだよ、あれが」
と、ミハイルが促した方向に目をやったねずみは、思わず瞼を閉じた。
そこでは、マステリオがある一つの方向に光が行くように懐中電灯を並べていた。
「あー終わった終わったっと」
その光は、大きく伸びをする榊の後頭部に向けられていた。
「まあ見てください皆さん、なんて綺麗な夜明けでしょう!」
その輝ける頭部を指さして、ゲルダが嬉しそうに微笑んだ。
「ん? まだ夜明けじゃ――っておい!」
「いやあ、なんかつい……」
したり顔でマステリオが弁解する。が、顔は笑っていた。
「俺の頭は太陽じゃねえ!」
「でも皆の中心にいたでござる」
「元からそういう作戦だっただろーが!」
「地動説作戦、なんてな」
ミハイルがクールに言い放つ。
「誰が上手いこと言えと……」