●索敵
新海御苑は、相変わらず周辺一帯を飲み込む豪雨の真っ只中にあった。雨風ともに強く、傘など役に立たない勢いだ。
嵐に見舞われる御苑の中を、一角獣にしてはずんぐりとした猛牛のように巨大なディアボロが駆け回っていた。木の幹のような四肢で大地を叩きながら、イギリス風景式庭園ぁら北口へと向かっている。
だが、決して庭園の外には出なかった。庭園の中で暴れる闘牛さながらに、ディアボロは東口方面へと進路を変える。
その様子を空中から窺っていた天音 響(
jb6433)は、すかさず仲間の撃退士達に連絡を入れた。地上五十メートル以上からではあったが、撃退士が見逃す距離ではない。
「あ、今ディアボロが東口に向かっているでござる!」
「了解しました。負傷した撃退士を救助した後、イギリス風景式庭園で合流しましょう」
「は、はいわかりました!」
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)からの返事に、響は緊張気味に応じた。おかげで、口調が敬語調になっている。
高度を下げて、日本庭園へと向かう。ディアボロは丁度正反対の方向にいるので、雷攻撃の心配はないはずだ。
無事、庭園内へと降り立つ。おそらく、味方の撃退士も作戦通り着いている頃だろう。
目当ての負傷した撃退士は意外にもすぐに見つかった。地図でいうところの"上の池"の縁に聳えた樹木に凭れた状態で、目を閉じている。
「大丈夫でござるか!?」
肩を揺すりながら、ダンディな色気に満ちたバリトンボイスで、呼びかける。
幸い、撃退士は気を失っていただけのようだ。が、声の主と顔のギャップに大声を上げた。
「ど、どうもありがとうお嬢さ――って腹筋! ふんどし! 巨乳! うっ……」
再び気を失いかける撃退士を、響は慌てて担いだ。
「あわわ……ど、どうしましょう! とりあえず運ばないと!」
筋力の成せる技か、撃退士を抱えたまま、響は軽々と飛び立った。庭園を囲う木々を超えると、天羽 伊都(
jb2199)が手配しておいた救急車がすぐ手前で待機していた。
「此方の方の治療をおねがいしますね。あ、危険ですので、早急にここから離れてくださいね」
救急隊員の用意した担架に撃退士を乗せ、響は恥ずかしそうに身をクネクネとさせる。
揺れる巨乳、盛り上がる腹筋、翻るふんどし。
救急隊員達は、色んな意味で目のやり場に困った。
●ファースト・コンタクト
「……こちらに向かって来るようだ」
鋭敏な聴覚を持ったリーガン エマーソン(
jb5029)が告げた。声は冷静そのものだが、それは戦闘開始の合図に他ならない。
彼の扱う銃はオルプニノスH17。射程距離を犠牲にし銃そのものの強度を高めるようなカスタマイズが施された、ダブルアクションの自動式拳銃だ。消炭色の銃身が、雨に打たれて鈍く光る。
「では、作戦通りにいきましょう」
作戦立案者のギネヴィアが促す。響からの連絡どおり、ディアボロは東口方面からやって来た。
イギリス風景式庭園には、響を除く全撃退士が待機している。
「うーあー、凄い雨だねーっ」
氷月 はくあ(
ja0811)は、左右に留めた前髪を気にしながら空を見上げた。この風と雨では、いつ髪留めが取れてしまうかわかったものではない。
彼女よりも一歩前に出ていた伊都は、迫ってくる敵影に目を凝らしていた。
「ん、ユニコーンみたいなディアボロっすかね? にしてはでか過ぎる印象が……」
彼自身、自然保護などという大義名分には全く興味がない。だが、明らかに図体のでかいディアボロがいずれ野放しになるなどという事態は避けたかった。
「あの角、すっごくほしいのー♪」
同様に、敵影を発見した香奈沢 風禰(
jb2286)は、ディアボロを指差しながらはしゃぐ。
「いやさすがにあの大きさだと……」
隣にいた私市 琥珀(
jb5268)は苦笑した。およそ戦いに赴く戦士達とは思えないやり取りではあるが、彼の手には既に洋弓が構えてあった。明るい性格の裏で天魔に対する闘志を静かに燃やしている。
「それにしても、どこからやって来たんでしょうね」
ギネヴィアは隣にいた撃退士に尋ねたつもりだったが、返事はなかった。
彼女の隣にいたヴォルガ(
jb3968)は、もはや戦闘に集中しているようだ。元々、あまり喋る方ではない。
「バオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
ディアボロもこちらに気づいたのか、耳を劈くほどの雄叫びを上げた。
「っしゃーいくぞー!」
全長二百センチを超える大剣を担いだ伊都が先陣を切った。マーキングのスキルを持ったはくあを守るのが、初回遭遇時の役目である。
同じようにエマーソンとヴォルガも、はくあの援護に向かう。
ディアボロとの距離が一気に縮まり、互いの射程距離に入る。四人は回りこむようにして、ディアボロの側面から接近戦に持ち込む。
回りこんだ彼らよりも早く、ギネヴィアがディアボロの前に躍り出た。すれ違いざまに、敵の前足めがけて右文左武を走らせる。が、ディアボロの皮膚は硬く、通常攻撃ではかすり傷を作るのがやっとだった。
「……!」
ギネヴィアは前方に振るわれた左足を紙一重で回避し、後ろ足にもう一撃を加える。ディアボロの足を、まるで闘牛士のようにかわしながら。
その間にディアボロが自らの角に雷を落とした。電波塔の役割を果たしているのか、一度角に落ちた雷は、側面から迫っていた伊都達に襲い掛かる。
「うおぉおっ!?」
回避できない攻撃ではなかったが、伊都は避けなかった。大剣を盾にするように構えながら、自ら雷へと飛び込んでいく。
「今っスよ!」
攻撃後の隙に乗じて、伊都の背後からはくあが飛び出す。アウルを特殊な形で練りこんだ弾を、ディアボロに向けて投げつける。その拍子に、髪留めが風に吹かれて飛んでいった。
アウルの弾は、ディアボロに命中するとペイントボールの如く弾けて溶け込む。
「これで、わたしの手の上……」
ほぼ同時に、ヴォルガのデュラハンブレイドが、ディアボロの足を切りつけた。ギネヴィアと同じ箇所を狙うことまでは、さすがにできない。
「フィーも行くなのなのー♪」
後衛で控えていた風禰も続く。手の中に生まれた札を迷いなく投擲する。札はディアボロの顔面に命中し爆発した。だが爆煙の中から姿を現したディアボロには、些かの勢いの衰えも見られなかった。
エマーソンが角に向けて発砲するが、射程を犠牲にした銃と天候が災いし、弾丸は逸れてしまう。
敵の進行方向は、日本庭園へと向かっていた。
「おい、あっちには!」
伊都が叫ぶ。庭園の西側は、彼が救急車を手配した――正確には、負傷した撃退士がいる場所である。
「いいえ、もう救助は済んでいるはずです。ですが、響さん一人では――」
「僕が行きます!」
ギネヴィアの言葉を制した琥珀が全力疾走し、ディアボロを追いかけていく。
●響のファースト・コンタクト
背の低い木々が茂る日本庭園に、けたたましい咆哮と蹄の音が響き渡る。
響が、ちょうど樹木の壁を飛び越えて御苑内にいる仲間達に合流しようとしていた頃であった。
翼を広げ、樹木の向こう側に臨む嵐と大自然の風景を切り裂くかのように、ディアボロがこちらに向かってきているではないか!
「ひゃあ!」
響は突然の事態に危うく高度を――そこに、ディアボロの雷撃が飛んできた。上空からではない、額から生えた巨大な一本角から直接放たれたのだ。
「あぅっ! ふんどしが焦げちゃう!」
ふんどしは無事だったが、高度を保っていることはできなかった。落下した先に、ディアボロの角が迫ってきている。
「危ない!」
全力でディアボロを追いかけてきていた琥珀が叫ぶ。だがマーキングを行ったはくあから進行方向を聞きそびれていたため、先回りはできていない。
武器もスキルも、使用している暇などなかった。琥珀は全力疾走した状態から低く跳び、響とディアボロとの間に割って入る。
(これ以上、誰も……!)
直撃は回避しなければと、琥珀は身を捻る。
ディアボロの前足の関節が、膝蹴りのように琥珀を打った。
響の高度が低かったことが幸いし、直撃は避けることができたが、そのまま地面を何度か跳ねる羽目になった。
ディアボロは琥珀を撥ね飛ばした後、そのまま樹木の壁に沿って走っていった。琥珀も響も、その様子を確認する余裕はなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
琥珀の元に響が駆けつける。色々と揺れているが、それどころではない。
「響さんこそ、平気?」
顔を見られ、響は思わず両手でそれを制してしまう。
「は、はい! と、とにかく一旦中央まで戻りましょう!」
●先回り
マーキングを行ったはくあが、ディアボロの進行方向を掴んだ。
「皆さん、ディアボロは南口に向かってます」
「ここからなら間に合うはずです。作戦通りにいきましょう」
地図を頭に叩き込んだギネヴィアが告げる。
「よっしゃー南口だな!」
先ほどダメージを受けたというのに、またも伊都は率先して先陣を切った。それに、ヴォルガやエマーソンが続く。
「フィーは私市さんが心配なのー」
風禰は日本庭園の方面に目を向けていた。
「先ほど響さんから連絡がありました。ディアボロの攻撃を受けたようですが、なんとか無事のようですよ」
ギネヴィアは淡々と答えた。
「……ですが、さすがに二人でディアボロを相手にする事態は避けたいですね。風禰さんはここで待機していてください」
「了解なの!」
風禰は元気よく答えた。もし響と琥珀が襲われそうになったら、自分が注意を惹きつけるつもりだった。
●南口
伊都は迫りくるディアボロを前にして、光纏を発動させた。瞳は金色に輝き、両腕には、疼きに呼応したかのように黒い焔が渦巻く。
「っし! 先回り成功ッスね!」
伊都は隣に立つヴォルガに言ったのだが、やはり返事はない。代わりに、闘志が剣を構える姿から伝わってくる。
「今度は外さん」
エマーソンは二人から少し離れた位置で銃を構えた。何を根拠に此処が聖地と呼ばれているのかは知らないが、守らなければならない土地なのだろう。ならば撃退士の仕事は、一つしかない。
少し遅れて、はくあとギネヴィアも合流する。この場は、五人で戦う。
ディアボロが己の角に雷を湛えた。攻撃の合図だ。
だが、はくあの方が速い。自らのアウルを雷の矢の如き形状に変化させる。
「雷なら、わたしも負けないのです……」
マーキングのおかげで、進行方向は文字通り手に取るようにわかっていた。後は、風を読み、胴を目掛け――
「削り、穿て、ヴァジュラ!」
放つ!
はくあの射た金剛雷は、彼女の読み通りディアボロの胴に斜めから突き刺さった。
「オオオオオオオオオオ!」
突然の衝撃に、ディアボロが後ろ足のみで立ち上がり、嘶く。
その間に、木々の幹を蹴りながら接近していたギネヴィアが、一際高い跳躍でディアボロの頭上に降り立った。
そのまま、剣を突き立てるようにして兜割りを叩き込む。頭部は脚部ほど、筋肉の鎧に覆われてはいなかった。
鋭い衝撃が走り、ディアボロは振り上げていた前足を強く地面に打ち付ける格好となった。
間髪を入れず、もう一撃。確実に効いているのは、明らかだった。
「今です!」
「待ってたッスよ!」
ギネヴィアの合図に真っ先に応じたのは伊都だ。己が得物にありったけの力を込めて振りかぶる。狙う歯ディアボロの角だ。
「っらぁ!」
曇天よりもどす黒く、それでいて光り輝く衝撃波が、伊都の持つ大剣から放たれる。一直線にディアボロの角に向かい、弾ける。
続けて、エマーソンの弾丸が今度こそ角に炸裂した。既に伊都の一撃を受けていた角に、罅が入る。
最後にヴォルガが、闇を纏ったデュラハンブレイドで前足に斬撃を与える。狙ったとおりの箇所に命中し、ディアボロは大きく体勢を崩した。ギネヴィアは振り落とされる前に、ディアボロから離れる。
そしてその衝撃で、角に入った亀裂が広がり――そして砕けた。
「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ディアボロが、一際大きい咆哮を上げる。根元の近くで折れた角の先から、突如電撃が拡散した。
「何っ!?」
今まで雷攻撃を放っていた他に、体内に電撃を溜めていたのだろう。角が砕け、栓の抜けた状態になったのだ。
電撃は四方八方に広がり、その場にいた全員は回避できなかった。足元にいたヴォルガが、一番その被害を受ける形となった。
ディアボロは体勢が崩れたまま、ほとんど三本の足で再び走り出した。だが、その動きは目に見えて遅くなっている。
「なるほど、雷はいわばあのディアボロにとってのバッテリーのようですね」
「え、そうだったんスか?」
「いえ、ただの勘です」
「勘!?」
「おいおい、戦いは終わってないぞ」
ギネヴィアと伊都のやりとりを、エマーソンが冷静に咎めた。
「ディアボロはまた中央に向かってるよ!」
はくあがマーキングを頼りに進行方向を導き出す。
「では、行きましょう。あれならすぐに追いつけます」
ヴォルガが、黙って頷いた。
●最後の爆炎
「あ、ディアボロなのー!」
風禰が指差した先から、ディアボロが迫っていた――が、
「角がなくなってるし、勢いも弱い……仲間達が頑張ってくれたみたいだね」
琥珀は少しだけほっとした。だが、まだ油断はできない。
「わ、私も頑張ります!」
響のふんどしは強風にあおられて、モロにめくれていた。だが全く気にしていない。
「猛獣には鎖が基本ですね! 効果があるといいんですが……」
響が先行する。聖なる鎖を発生させたが、響がそれを振りかざしている姿は、何かのプレイのようにしか見えない。
だが、鎖はアウルによってもたらされた力そのものだ。勢いを失っているディアボロに難なく絡みつき、その動きを封じる。
琥珀の洋弓が射た弓が、続けてディアボロに突き刺さっていく。
「みんなの後からどっかんなのなのー!」
トドメと言わんばかりに、風禰が炸裂符を次々と放っていく。
連鎖的な爆撃によって煙が生じたが、その向こうからディアボロが姿を見せることはなかった。
ディアボロは、完全に沈黙した。
●雨上がり
「うわー、すごいい天気、だ、ねー……」
体力的にも頭脳的にも疲れ果てていたはくあは、晴れ渡った空を仰ぎながらぱったりと眠り込んでしまった。
その横で倒れ伏しているディアボロの首を、ヴォルガが無言で切り落としている。無慈悲なディアボロに対する、当然の報いだった。
「角はないのー?」
「さっきエマーソンさんに聞いたけど、ディアボロが踏み潰して粉々なんだってさ」
琥珀の返事に、風禰は残念そうに顔を伏せる。そのエマーソンは、御苑の片隅で犠牲者への祈りを捧げていた。
「ところでこのディアボロ、どっから出てきたんスかね?」
「恐らくは、地中からゲリラ豪雨に反応したのでしょう」
伊都の問いに、ギネヴィアが答える。
「マジすか?」
「いえ、ただの勘です」
「また勘!?」