●1:調査開始
依頼を受けた翌日から、撃退士達は行動を開始した。まずは背景の洗い出しと、現地の確認からである。事前に犯人の洗い出しに向かったのは犬乃 さんぽ(
ja1272)、ダッシュ・アナザー(
jb3147)及び江戸川 騎士(
jb5439)、の三人である。
「正体が分かった方が護りやすいかなと思って、念の為ね。ここのお客さんで、急にこなくなった人とかいない?」
「うーん……すまないね。そういうお客は心当たりがないな」
さんぽは番台の女性に、事件の犯人に心当たりがないか問うたが、反応は芳しくない。その後ダッシュと騎士はいくつか質問をしたり受け答えをしたあと、やがて納得の行く答えが貰えたのだろうか、何かを得た面持ちで銭湯をあとにした。
その後、三人は現地確認に向かい、既に現地にて確認作業をしていた麻生 遊夜(
ja1838)、来崎 麻夜(
jb0905)、神埼 累(
ja8133)、桜榎(
jb8884)の四名と合流する。
「罠は夕方以降に仕掛ければいいな」
桜榎はひと通り通路を確認したあとに、少し離れた場所から路地を眺めた。一応かろうじて一般道なのだ、少ないとはいえ、昼間は多少の人通りがある。事前に確認しておいたのは、正解だったようだ。
「見張ってる場所が分かれば、姿が見えなくたって大丈夫だよね?」
「ああ。推測にしかならんが、ある程度の範囲は絞れるだろう」
さんぽの案に、遊夜は、犯人の能力の推測及びその行動手順を推測しながら路地の観察を行ったあとらしい。得るものはあったようだ。
「ボクとしては先輩とデートが出来たのは役得だけど……捕まえるまでは油断しないようにしなきゃね」
どうやら麻夜は遊夜とデートのふりをして観察していたらしい。だがその目は乙女の敵に対する敵意にあふれていた。
「見られてないとも限らんからな、慎重に行って損はない」
「ええ。それについてはわたしも同意ね」
累は、路地を隠し撮りしたデジタルカメラの画像を確認しながら、遊夜の言葉に同意する。できるだけ秘密裏な行動を主としたため、派手に動かず、見つけた監視場所で皆は話をしている。警戒していて損がない事は間違いない。
「斡旋所や裏ネットには依頼無し、だ。あと番台の人に警察への相談はしておいてもらったぞ」
騎士は彼個人が行った調査と、銭湯での結果を報告する。彼は番台の女性を説得し、事前に警察に相談を行って貰う事にしたのだ。
「了解。あああと、女性の保護については任せる。手荒でも大丈夫とのことらしいから、強引にでも捕獲させてもらうぞ」
桜榎の言葉に、遊夜は黙して待機していたダッシュを見た。
「予定通り、マスターの……ご随意に」
彼女は小さく頷いてからその場をあとにする。主人に与えられた目的を遂行するために。
遊夜は皆に仔細を説明し……そして彼らは再び、各々の行動に戻っていった。来るべき時に備えて。
●2:月の無い夜には
そして、あっというまに作戦当日がきた。
「よし、やりましょうか」
「作戦実行、行動を……開始する」
累とダッシュは各自の行動へ。遊夜、麻夜、桜榎の三名は現場近くで護衛対象が来るまで索敵及び待機。そして、彼女を影から護衛するのはさんぽと騎士の両名。月のない冬空の元、21時を回った頃である。風呂から一人女性の女性が出てきた。彼女を尾行する二人。彼らもストーカーに勘違いされそうなものだが、女性のほうは気づいた様子もない。いや、何処かぎこちなくあたりを気にしているようだが、彼らを見つけられていない様子だ。
「犯人、一体どんな奴なんだろう?」
女性を追尾しながら、さんぽはそんな言葉を漏らす。まだ見ぬターゲットの姿を想像しつつも女性へときっちり意識を向けている辺りは流石にプロフェッショナルである。
「準備は万全、と。出てきたらどうしてやろうか」
準備してきた捕縛用のロープがあることを確かめながら、騎士はメールで皆に連絡を行っている。連携が重要だという認識は共通している故だ。襲撃をイメージしつつ、二人はそっと彼女を追う。
一方その頃の待機組。ストーカーが既に現れている事を想定し、時折場所を変えつつ辛抱強く身を潜める。だが時折、ふわり、ふわりと宵闇の空を動く影もあった。麻夜と遊夜の二人である。
「役得、役得ー♪」
小さな、しかし楽しそうな声で呟く麻夜。彼女の得意な時間に、愛情を持つ先輩と一緒となればテンションも高くなろうというものである。落ちると危ないという名目の元、ボロ屋の屋根から屋根への移動は、彼を目一杯抱きしめながら。しかし見つからぬよう抜かりはなく、Silent DanceとShadow Stalkerで宵闇に身を潜め、漆黒の翼で飛び移っていた。おかげで、音も気配もほとんどせずに移動できているのだが。遊夜の方はといえば、夜空を飛ぶ間も壁と壁の隙間に注目しながら移動している。
「皆からの連絡は、と……向こうは銭湯を出たみたいだな」
「ん。あとは……やっぱり自宅前だね」
彼女の自宅前の屋根にふわりと着地した後、遊夜は連絡内容を確認する。遠くの屋根では、トラップを張り終わった桜榎が一息ついていた。あたりの様子を確認しながら、オートマチック拳銃の残弾や調子をチェックしている。
「さて、件の撃退士とやらはどう出て来るかね……」
弾倉の確認を終え、腰に吊るす。その頃、宵闇の向こうに複数の気配が現れた。一同に、緊張が走る。
時刻は少し遡る。
「(彼女ね……)」
一つ会釈した後ついと振り返った累は、聞いていた女性の姿を確認した。路地を確認してきた彼女の耳には、異常は感じられなかった。ということは恐らくまだ、ストーカーは姿を表していなかったのだろう。事前に路地の『音』を聞いておいたおかげで、ほとんど差がない事が確認できたのだ。その後通路を通りぬけ、風呂帰りらしい女性を見つけ……彼女を尾行するチームへと合流する格好になる。女性はまっすぐに商店街を通りぬけ、そして……件の路地の前に辿り着いき、足を止めた。暗い路地が、女性の前に横たわる。撃退士達もそれを確認し……そして女性は足を進めた。
●3:ほそながいみち
赤タイツと青タイツのストーカーは驚愕していた。確かにこの目で見たのだ。彼女が足早に路地に入っていく様を。いつもどおり路地の外から壁走りで壁をつたい、そして今日は、運がいい事に鍵を落としていった。戻ってきた不安げな彼女の肩に手をかけ、どうもと挨拶し。そして……そして逃げ出した彼女を、二人で挟みこんだまではよかった。そのあとゆっくり、そう目論んでいたはずなのに結果はどうだ。女性は溶けるように姿を変え、全く別人の黒髪の少女の姿になったのだ。その少女……ダッシュは、己が愛用の武器を振るったのだ。
「残念……外れ、だよ?」
彼らが咄嗟に避けきれたのは、偶然の賜物である。だが、ここは危険だ。彼らはここでようやく気づけたのである。路地の奥深くに入り込んだ、そのタイミングで。
「その姿、へっ、変態だ」
追いついたさんぽが、口元に手を当てながらドン引きしている。確かにその姿、頭まで同色の全身タイツで、ちょっとばかし闇夜に目立つ上にあやしすぎるのは間違いない。
「くそ、女のくせに」
「ボク、男だもん……」
何やら不思議なやりとりがなされて、さんぽが赤くなる。そこにまた一つ、彼らを包囲する影が現れた。女性……ダッシュの後ろからついてきた、累である。
「思ったより慎重なのね。路地に入るのを確認してから中に入るなんて」
何度も確認した結果、中にいないと判断した累は常に連絡を行っていた。結果、待機組が外側への警戒に集中できていたのである。
「逃がさないよー?」
遊夜の傍らに控えた麻夜は、怜悧で酷薄な微笑を浮かべ、ワイヤーを構える。ひっ、とストーカーの喉が鳴る。瞬間、飛び上がって逃げようとした方が甲高い悲鳴をあげて落下した。
「おう、逃げようとしても無駄だぜ? この辺りには山ほどワイヤートラップを仕掛けてあるからな」
ハンドガンを構えた桜榎が、屋根の上から彼らを見下ろす。彼らはほぼ完全に包囲されており……そして。
「嘘をついたり、逃げようと思うなよ。全身の毛を毟った後、尻に大根突っ込んで校舎の屋上から吊るすぞ」
ボコボコにされたストーカー二人は、正座状態で路地に吊るされ尋問されていた。それも、立ち上がると首が絞まる繋ぎ方で。裏を取るための騎士の言葉に、彼らは自分達の趣味でやっていたと自白し、それ以上の事は特別なさそうであった。
なお、意外と気合が入っていて一度逃げようとした彼らであるが、騎士から魔法書の葉で切られたり蹴られたり突き落とされたり、逃げようとすれば遊夜からは手引きする追跡痕で完全に位置を捕捉され再包囲され……
「ニンジャの力は正義の力、それを悪用するなんて許せない……忍影シャドウ☆バインド! GOシャドー」
「逃げても……無駄」
「ほら、先輩に手間かけさせるんじゃないのー」
さんぽの忍影シャドウ☆バインド!で伸びた影が絡みつき、更にそこから出てきた無数の腕、麻夜のReject Allが地面に縛り付ける。そこにダッシュの影縛りが敵の影を縫い止め……石火にて高速接近した桜榎の手によって、御用とあいなったのであった。ストーカーの側もさんざんであるが、自業自得である。
●4:お話の結末
話の顛末としては、散々やられたストーカー達は完璧に改心した……わけではなさそうだが、脅威にびびってもう二度とこんなことはしないと誓った。ともあれ、あとは警察の出番だ。間違いなく現行犯であったため御用、である。
「やれやれ、下衆な奴もいたもんだ。ともあれ皆、おつかれさん」
警察に二人を引き渡した後、桜榎は皆を労いながら、飴の包み紙を剥がし、くわえる。それをじい、っと見ていたさんぽに、累がひとつ、つつみを手渡す。
「どうぞ、犬乃さん」
「あ。ありがとう、神埼先輩!」
ころころと口の中でロリポップキャンディを転がすさんぽを、累は穏やかな目で見ていた。兄弟がいたらこんなかんじだったのかしらと、そんな気持ちかもしれない。
「ったく、こういう輩は潰えんから困る」
「ふふ。そういう奴らには念入りにオシオキしないと、ねぇ?」
くすくすと笑う麻夜と、静かに佇むダッシュに寄り添われながら、遊夜は呻くように呟いた。
「でも、今回は……うまく、いきました」
番台の女性に、保護対象の女性が帰るのを出来る限り引き延ばして欲しい。その間に、終わらせると伝えたのは彼女である。
「さて……あいつらはいいとして、あっちのほうは今後どうなるか」
見ものではあるな、と。騎士は依頼人と今回の護衛対象の顔を思い浮かべ夜空をふと見上げる。月のない夜空は暗い。けれど先程よりもほんの少し、静かなような気がした。