●
「もう居るのか……」
双眼鏡を用いて森の中から戦場を覗き込んでいた鈴代 征治(
ja1305)は、そう漏らす。
撃退士たちは戦域中央の道を挟んで左右に分かれ、森の中に潜んでいた。
征治がいるのは右班。
木々に遮られた狭い視界ではあるものの、森を超えたすぐ先に蛸の顔を持つ戦士――ブラッドマスターが徘徊しているのが見えた。
見たところ一体しかいないようだが、完全に単独行動とは考え難い。そうなると、左側にもいると判断すべきか。
「迂回する……作戦……正解だった……」
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)も同様の推測に至る。彼女の場合は召喚したヒリュウと視覚を共有し、より近い位置からディアボロの存在を感知していた。
「今ここで戦闘のリスクを少しでも減らせたのは大きいしれないね。レジスタンスとは今後も長い付き合いになるだろうし」
と征治が呟けば、
「レジスタンスの手助けをしてルシフェルのゲート攻略まで漕ぎ着ければ、冥魔勢の東北撤退迄持っていける算段が高い。一つずつここは積み上げていくよ!」
天羽 伊都(
jb2199)も同調する。
とはいえ、だ。
「救出の依頼で誰か欠けるなんて言うのは本末転倒だ、皆で無事に帰ろう」
鳳 静矢(
ja3856)の言う所も、至極御尤もである。
そう。
今回の目的はあくまで『救出』であり、冥魔を殲滅することではない。
だから避けられる戦闘は避けるべく、左右それぞれ戦場を囲む森を迂回する作戦を立てていた。
ただ作戦に関係なく、以前の依頼で重傷を負ってしまったベアトリーチェは無理は出来なかったが。
(今回は……偵察と……陽動で……皆の役に……立つ……ガンバルゾー……)
それはそれ。今、自分にできる限りのことを。
偵察の役割を続けながら、人知れず小さく握り拳を作った。
最初の偵察が済むと、手筈通り戦場の側面を迂回するように移動を開始する。
その最中にも、偵察は続く。
「山中であれば鼠もいるでしょうから、発見出来るとは思うのですが」
雫(
ja1894)はスキルで操り始めた小動物を用い、集落の様子を探る。なお、鼠ではなくエゾリスである。
ちょうど視界遠くに家屋も捉えた為、人質の様子を探れればといったところだったが、戦場は広く、森の中を起点としてのスキル使用では家屋のところまでも範囲に出来そうにない。
そうなるとやはり人の目での確認が必要になる、のだが。
「足跡でも見つかればと思ったけど……」
征治同様に双眼鏡を使っていたケイ・リヒャルト(
ja0004)は、集落右手前の家屋の周辺にそれらしきがないことを確認すると嘆息する。
(リザベル……何を考えているの……?)
彼女がレジスタンスの何を利用しているのか。それは未だ、判然としていない。
だが、彼女が何を考えていようとそれは止めないといけないことに変わりはない。
だから、返してもらう。
その為に、少しずつ北上を続けながら、撃退士たちは集落の様子を暴き出していく――。
●
一方、左班。
「寒い……。こんな状況で敵に囚われて、心細いだろうな。早く救けてあげたいけど……」
白いコートに身を包んだ山里赤薔薇(
jb4090)は、寒さに首を縮ませながら呟く。ちなみに白いコートは潜伏用で、班問わず多くの撃退士が着用していた。
学園から借用した双眼鏡越しの彼女の視線の先には、ディアボロの集団がいる。
集団を構成しているのはブラッドマスターが一体と、それに付き従うかのように人形を模したディアボロが二体。
集団自体、潜伏している左班から比較的近いところにいるのとは別に、かなり遠くに小さい姿ながら捉えることが出来るのもいたから、恐らくはそういった規律に則り徘徊しているのだろう。
他方、二体の黒龍はともに、集落の奥の方にその巨大な体躯の一端を覗かせていた。有翼山羊の姿も、その両脇に見える。
警戒をしつつ、護るべきところを固める――といったところだろうか。
事実、
「うーん、手前の方にはいなさそうだな……」
獅堂 武(
jb0906)が言う。彼は双眼鏡越しに、黒龍の姿を一部隠している手前の家屋を眺めていたのだ。
此方もやはり、森から家屋へは距離があった為に小動物による観察は使えなかった。なので目視の判断とはなるのだが、入口付近に足跡らしき痕跡は見えない。
「そうなると奥の方、ですね」
大佐と名付けたヒリュウ越しに得た視界で同様の結論を立ててから、Rehni Nam(
ja5283)は大佐をそのまま奥の家屋へと向かわせる。つまり森からは出ているのだが、ボディペイントで真っ白くなっている為に周囲の光景と同化していてディアボロたちは気づかなかった。
(リザ、ベル……)
レフニー自身はその存在には色々思うところはある。
あるのだが、今は救出に専念しようと一度頭を振った。
奥の方にまで行ってみると、ブラックバハムートとドラゴン・ゴートは家屋のすぐ脇で佇んでいるのが分かった。
『そちらもか』
無線で連絡を取っていた静矢がそう言葉を返してくる。左班が潜んでいる森からでは分かりにくいが、右側にいるディアボロも同様の配置をとっているのだろう。
だが。
「……あ」
共有していた大佐の視界に、ひと続きの足跡が――短い距離ながら家屋の入口へ向かって伸びているのが、レフニーには分かった。
●
右班側は奥の家屋周辺にも足跡は見えなかった。
足跡は重要な手がかりではあるものの、一方でフェイクである可能性も捨てきれない。
ただしブラックバハムートとドラゴン・ゴートが待ち構えていることを考えると、左右どちらかの奥の家にいる可能性は高いだろう。
(生命探知は何かしらスキルが使われたって分かるから、ディアボロでもリザベルの指揮下にいる状態じゃあ適切な対処されちゃ居そうなんだよねぇ)
龍崎海(
ja0565)は景色の白さに身を隠しながら、そう胸中で呟く。
使えたら楽なスキルではあるのだが、今回の場合敵を引き付けかねないリスクは大きい。
結局左右同時に突入することになったものの、レジスタンスの居場所がはっきりするまでは、潜入も隠密を優先しなければならなかった。
とはいっても、横から敵陣の真中に入り込もうとしているのだから、隠れきる等難しい。
撃退士たちの目の前を、砲撃が通過する。
少しだけ離れた地点へ着弾するも、何人かが爆発に巻き込まれた。
それは、ブラックバハムートの視界を得たドラゴン・ゴートが放った、敵襲の合図だった。
少なくとも今視界に捕らえられるのは件の黒龍と有翼山羊――つまりは飛行しているディアボロのみ。
だが他のディアボロが集って来るのも時間の問題だろう。
そうなって尚も爆撃に巻き込まれる前に、有翼山羊は潰しておきたい。
「仕方がないな」
海は翼を顕現しその場から飛翔しながら、魔法書をヒヒイロカネから取り出した。
書から生み出された巨大な石の塊がブラックバハムートの頭を打つ。黒龍は若干首をもたげたものの、今のところ大してダメージはなさそうだった。
「空に飛ばれていては、当てるのも……ね」
他の撃退士より少し距離を置いていたケイが、ドラゴン・ゴートのうちの一体を狙い撃つ。
胴体を貫いたその弾丸は、空を飛ぶモノに対してはより高い威力を発揮する。空高く飛んでいた山羊だったが、翼を失ったが如く地面に足を着けることになった。
更にそこに、静矢が放ったアウルの塊が紫の鳥の形を成して山羊を襲う。
しかし一方で、撃退士たちには別の異変が襲いかかり始めていた。
ちりん、ちりん……。
場にそぐわぬ程に涼やかな鈴の音が、やけに大きく戦場に響く。
すると、海、ケイ、玲治といった面々が次々と眠りに落ちてしまった。
戦場の真っ只中で複数人が眠らされるのは非常に拙いのだが、眠りに陥らなかった者たちは自らの身を護るのに精一杯だった。
黒龍のブレス。
右班の中でも比較的距離を置いていたケイとベアトリーチェ、それから故あって森付近に留まっていた伊都を除いた全員が、黒い焔に焼かれる。
眠ったまま食らう羽目になった海と玲治は勿論一発で目が覚めたが、被害は一際大きい。
「だんだん数が集まってきやがったな……」
玲治が言う通り、気づけば右班の撃退士の周りにはブラッドマスターとハッピードール二体の集団のうち三組が集っていた。
鈴の音が増える。
これ以上眠らされるのは、先程にもまして危険だった。
「来るなら来てみろよ!」
負った傷もこの際気にせず、玲治は笑みを浮かべる。
瞬間、彼の本能の赴くままにアウルが周囲に解き放たれ大爆発を起こす。
爆発にかき消されるかのように鈴の音が途絶えたが、続いてブラッドマスターが放った魔法の矢が三本、否、五本撃退士を襲った。集落の入口付近にいたブラッドマスターも合流しつつあるのだ。
「こうなると……一網打尽にされる前になんとかしないといけませんね」
雫が声を上げ、発煙手榴弾をブラックバハムートめがけて投げつけた。
上がった煙で黒龍の視界が奪われる。それはつまり、ドラゴン・ゴートの視界も奪って攻撃を封じるということだ。
僅かの間ではあるが攻撃の止む方向が出来た。
その直後、征治の放った封砲が奥の家屋の壁を破った。
「いない……!」
近寄った征治は断言する。広くはない家屋だったのが幸いし、すぐに判断がついた。
「皆、人質が見つかったよ! 左班だ!」
ここに来て参戦してきた伊都が叫んだ。
●
左班、突入直前。
「この救出作戦自体がリザベルの罠かしらね。分かっていて進むしかないけれど……」
草摩 京(
jb9670)は言いながら、お姫様こと斉凛(
ja6571)を見る。
凛はその視線を感じ京を見返すと、静かに肯いた。
(お京さんが守ってくれると信じているから……わたくしは全力で人質を守りますわ)
彼女の役割は、レジスタンスを左班で確保した場合の搬送である。
京はその護衛。
揃って、何が何でも対象を守り切る、というつもりでいた。
足跡を発見した後に更によく見てみると、ブラッドマスターとハッピードールの集団の一組が家屋の入口付近を中心に徘徊しているのが分かった。ちなみに撃退士たちは知らないことだが、右班に向かっていない唯一の集団である。
更に飛行している黒龍と有翼山羊二体の姿も見える。但し撃退士たちから見ると家屋の奥に居る為、うまくいけば突入前には接敵せずに済みそうだった。
地上を徘徊する集団が最も近寄った時――つまり、空にて佇むディアボロたちから最も離れた時。
右班同様に白い外套に身を隠しながら、彼らは、動いた。
真っ先に躍り出たレフニーが家屋が範囲に入るように生命探知。
家屋の中に反応は、二つ。
それを伝える彼女の姿にディアボロも感づいたものの、それに対してアクションを行う前には既に京と凛が放った矢がブラッドマスターの身体を射抜いていた。
襲撃であると察したのかハッピードールは胸元の鈴を鳴らしかけたが、
「眠る前に眠らせる!」
レフニーより前かつ少し横に躍り出た赤薔薇が、眠気を誘う霧を作り出した。
相手の眠りを誘うハッピードールだが、逆に自分が眠らされるのにはあまり抵抗がないらしい。
ブラッドマスターも含めてまとめて眠った。
トドメを刺してもいいが、折角飛行組に目をつけられていないのだからその前に突入してしまいたい。
眠る敵をそのまま放置し、撃退士たちは息を潜めながら家屋の中に潜入した。
「今のうちに……」
限りなく状況は本命に近い。
レジスタンスを搬送する凛にユウ(
jb5639)が縮地をかけ、レフニーはボディペイントを施す。
それほど広い家屋ではなかった。部屋の数は、ざっと見て四つ。
レフニーはその最奥の部屋から生命反応を感じ取っていた。
――はたして、そこに探していた人物はいた。出来れば出会いたくなかった人物も。
倒れて動かない人間と、それを見下ろすリザベル。
だが、リザベルの視線はすぐに違う方――つまりは、撃退士へと向いた。
「ふん……そんな気はしていたのよ」
外の戦闘音がある以上、撃退士の接近は織り込み済みということらしい。
故にリザベルは毒づきながら、魔法弾を側方の――撃退士たちから見ると奥の壁へと撃ち放つ。
土壁が破られる低い轟音とともに外の景色が露わになり、その頃にはリザベルは倒れたままのレジスタンスを抱え上げる態勢に入っていた。
救助のこともあり、リザベルに対しては慎重な姿勢を取る者が多かった。
だから、
「久しぶりね、オバサン! 今日こそは解体してあげるわ、きゃはは!」
「オバ……ッ!?」
雨野 挫斬(
ja0919)が思い切り挑発的なことを言いリザベルの気を逸らさなかったら、彼女は即座にレジスタンスを抱えて逃げていた可能性が高い。
空でも飛ばれたら攻撃手段は限られる上、いまは右班と交戦しているディアボロも此方へと牙を剥くことになっていただろう。
勿論挫斬は口だけでなく身体も動かしており、自身の身の丈より大きい戦槌を軽く操り身を躍らせる。
しかしながら挫斬よりも、はたまたリザベルよりも先手を打った者が居た。
「連れさせはしません」
ユウである。
リザベルの注意が挫斬へと向いた一瞬の間に壁を透過し、その懐へ肉薄。
轟雷の如く鳴り響く銃声を伴って、彼女の胴をゼロ距離で撃ち抜いた。
その後に訪れた、一瞬の静寂。
「アタシと遊ぶのに集中してよ!」
打ち破ったのは挫斬の愉しげな声。
自らを襲った強い衝撃に呆然としかけたリザベルだったが、奇しくもそれで我に返った。
ゼロ距離とはいえ、たかだか一人の撃退士の一撃に過ぎない。傷自体は、そこまで深くはない。
だが、
「貴方たちが、安々と傷をつけていいものじゃないわ……。
身の程を、知りなさいッ!」
プライドがこれ以上撃退士を調子に乗らせることを許さなかったようだ。
右手に持った薄紅色の水晶球から、桃色の雷光が迸る。距離を置く暇もなかったユウは回避も出来ずそれを喰らい、昏倒した。
続く挫斬の槌の一撃も身を逸らしてかわすと、ユウ同様に魔法弾を食らわせたが、
「キャハハ! 痛〜い。けど、いい気付けになったわ」
本来なら眠りの効果を伴う魔法弾も、挫斬にはダメージしか通らなかった。
自傷のダメージもある。そもそも挫斬が眠らなかったのは、口内にずっと入れていたガラス片で自ら口の中を傷つけることで眠気を妨げたからだ。
口から血を滴らせながら嗤う挫斬を見てリザベルは嫌そうな顔をする。
――そうして、完全に「自分の邪魔をした」二人の存在があったからこそ、大きな隙が生まれた。
倒れたままのレジスタンスを京が抱え上げ、すぐさまその場を離れたのだ。
「……ッ!?」
リザベルが目を瞠る中、レジスタンスを抱え上げて部屋の外に出た京はそのままレジスタンスを凛に託した。
「リザベル……いつぞやはずいぶん痛い思いをさせられたわね。今回は貴方に痛い思いをして頂くわ」
凛とリザベルの間には壁があったから、その声の主をリザベルは直接見ることは出来なかった。
ただ声が届きはしただろう。それだけでよかった。なおユウが壁を透過した直後にレフニーが阻霊符を発動したから、リザベルは同じことをして覗きこむことが出来なかった。
ペイントを施された凛は、レジスタンスを抱えるとそのまま家屋の外へ脱出し始める。
追撃を図ろうとするリザベルだったものの、眠らせようとしても自傷でそれを妨げる挫斬の存在があり、更に少し距離を置いてレフニーが扇で牽制した為に出足が遅れた。
唯一眠らされたままのユウも、次の一撃で文字通り叩き起こされる格好となった。
「く……っ、……みな、さんは?」
「ちゃんと助けて逃げました!」
レフニーから状況を聴くと、ユウはすぐさま撤退を進言する。
レフニーは兎も角、ユウと挫斬には正直余裕はない。異論を唱える者は勿論いなかった。
武が先頭、レジスタンスを抱えた凛が続き、殿には京がついて家屋を出る。
「どぉりゃああああ!」
外に出るなり、武は雪をふっ飛ばして前方を隠した。
家屋に入らず外で周囲の様子を警戒していた赤薔薇も合流し、撃退士たちは集落の外へと向かい始めた。
●
「おら、こっち来いよ!」
右班。
玲治の挑発に乗ったかのようにブラッドマスターが殺到し、その長剣による一撃一撃を玲治は悉くシールドで受け流す。
そうして敵が集まってきたところで再びアウルを爆発させ、ケイが猛射撃で一網打尽にした。
「もう遠慮はしない!」
一方では征治が封砲の全弾発射でハッピードールを巻き込んでいく。
生存能力の高いハッピードールであっても、強力な一撃を何度も受けては倒れるのも無理はなかった。
退却戦。
片方がレジスタンスを確保した時点でそうなるのは予定通りなのだが、右班に向かってきていた戦力を左班に向けさせるのは少しばかり都合が悪い。
但し逆にリザベルにとってはそうする理由があるわけで、現に状況が動いてから少しずつ戦力を左班側へ動かそうとしていた。
それを阻止せんと、ここにきて伊都が動く。
有翼山羊自体に視覚はない。
だから、ブラックバハムートが視界に捉えられないところであれば、いくらドラゴン・ゴート自体には分かりやすいところでも簡単に動ける。
予め飛行していた彼は、まだ空に居たドラゴン・ゴートの側面から斬りかかった。
あたりどころも良かった。翼を折られ、ドラゴン・ゴートは四本足を地につけざるを得なくなる。
無論、そこで攻撃の手は止まない。
「ある意味一番怖いからな」
同じく飛行していた海が、上空から串刺しにするかように槍を山羊の身体に突き立てる。
本来であればブラックバハムートを狙っていたのだが、散発的な攻撃では効果的なダメージを与えられなかった。故に、他にも多くの撃退士が優先撃破対象としている山羊へと狙いを変えたのだ。
その判断は功を奏した。
いつもは砲撃を吐き出すドラゴン・ゴートの口から、どす黒い血に似た何かが猛烈な勢いで吐き出される。但し攻撃を伴わないそれは、地面に付着しては残雪に溶けていった。
「これで終わりか」
静矢が呟きながら放った弓はその山羊の口を貫通し、それきり倒れた山羊は動かなくなった。
他の撃退士たちが比較的自由に行動てきたのは、玲治が防御を請け負ったり庇護の翼でダメージを肩代わりしたことが大きい。
その分彼自身の消耗は激しいのだが、
「まだまだ楽しませてみろよ!」
余裕あり気な笑みを浮かべながら、雫を狙いかけていたブラッドマスターへと鎧の重さも乗った突進を仕掛ける。
「少しだけですが、攻撃に隙が見えてきましたね……これなら」
雫は考えた末に、ブラックバハムートに対しアウルで出来た鎖を投擲する。
鎖に巻き込まれた黒龍の翼は飛ぶ力を失い、巨躯は大地へと堕つ。無論倒したわけではないのだが、大地に引きずり落としてかの龍の移動能力を落とすことは、必然的に残るドラゴン・ゴートの行動範囲も狭めることを意味する。
大分苦戦はしたし、敵の数は半分程度しか減らせていない。
但しリザベルの目論見であったろう左班側への戦力流失は避けれたはずだし、もう十分だろう。
「――退きます」
号令を受け、撃退士たちは今度こそ森へと全力で退却する。
森にいち早く潜んでいたベアトリーチェの偽装工作で、数が見た目以上に多いと錯覚してくれたのだろう。
レジスタンスを巻き添えにする可能性でも踏まえたのか、森に入りこんだ後はもう追ってこなかった。
●
時間はほんの少しだけ遡り、左班。
突入前に眠らせたままだったディアボロたちは流石に起きだしていたし、先程は気づかれずに済んだブラックバハムートやドラゴンゴートも当然追撃を始めてきたが、問題は他にもある。
「逃がすわけがないでしょう?」
透過が出来ないならと魔法弾で壁をぶち破ってショートカットしたリザベルもまた、レジスタンスとそれを抱える凛の追撃を始めたのである。
「……あちらも手こずっているのかしら?」
ディアボロの数が思いの外少なかったのか、リザベルは不満そうに右班がいる方向を一瞥した。
その側面に嗤いながらも纏わりつく一人の撃退士。
無論、挫斬である。
「アハハハ! 楽しくなってきたわね!」
言葉とは裏腹に、最早ぼろぼろだった。
死活も駆使してでもリザベルの足を止める。いや、本当ならそれで済ませたくはないのだが、今はそのタイミングではない。
対して、返ってきたリザベルの視線はこれまで以上に冷たかった。
「いい加減、黙りなさい」
挫斬には大分ヘイトが溜まっていたのだ。魔法弾をゼロ距離で撃ちぬかれ、吹っ飛ばされた挫斬はついに昏倒する。それを武が背負い、
「だからといって……!」
リザベル個人の足止めは、今度はユウが担う。
ただ彼女に関して言えば、家屋内での負傷は挫斬よりも酷かった。だから接近戦ではなく、殿での援護射撃といった形である。なおそれよりも少し後方から、赤薔薇がブラッドマスターに対して魔法攻撃を繰り返していた。
殿といえばもう一人、京。
幸い、ボディペイントのお陰で凛自身が狙われる機会はそう多くなかったが、その分ディアボロの攻撃は彼女が引き受けることになった。
「く……!」
此方もレフニーが放った星の鎖で黒龍が飛べなくなっていた故に、ブレスやドラゴン・ゴートの砲撃の照準は地上目線であることも拍車をかけていた。移動が鈍っている分、ディアボロも遠距離攻撃に頼らざるを得なかったのだ。
盾となっていた京だったが、幾度と無く受けた攻撃によりついに倒れる。時を同じくして、
「貴方にもしてやられたわね」
挫斬の時以上に冷たい視線とともに、リザベルはユウを撃ちぬく。
一気に二人が戦えない状態に陥ったが――作戦は、撃退士たちの勝ちだ。
武、凛と彼女に抱えられたレジスタンスの順番で森へ逃げ込み、重体者を担ぎあげたレフニーと赤薔薇が突入するのと入れ替わりに森からは牽制の射撃やら魔法やらが飛ぶ。
当初は苛烈だったそれが少しずつ遠ざかり、やが落ち着いた頃、
「……まぁ、いいわ。あればいい情報の種になりそうだったけど」
最終的にそう言い捨てて、リザベルは踵を返して去っていった。
●
「う……」
レジスタンスが僅かに呻いて瞳を開けたのは、撤退して帰投前に一息付いた時だった。
「お、目が覚めた」
彼女の暖を取っていた征治が気づいて声を上げる。
レジスタンスは当然ながら、そんな彼と周りを囲む撃退士たちの姿を見、驚きに目を瞬かせた。
「そうですか……ありがとう、ございます」
事の経緯を聴いたレジスタンスは、そう言って申し訳無さそうに撃退士たちに頭を下げる。
「札幌は静か、だったんだっけ?」
「えぇ、ですが……私達の動きはまだそれほど気にされていないはずなのに、どうして急に」
「それはさっきのあいつのせいじゃないかな」
首を傾げるレジスタンスに、伊都は言う。
「あいつ――リザベルがこの辺を重視してるのかもしれない。何の為かはわからないけどね」
それはさておき、と伊都は続ける。
「ここから俺等の希望の種が撒かれたって訳だ。
貴方達は北海道を救いたい、俺等はルシフェルを下がらせたい、これからが踏ん張り所だね」
「……そうですね」
これからより強く、レジスタンスと縁を深めることになるだろう。
北海道を救う一手。
ルシフェルを下がらせる為の、一手。
それらはすべて、その縁から紡ぎだされることに、きっとなる――。