●Come to light
「認識できねぇ敵ねぇ。なんだか妖に化かされたような話でさ」
百目鬼 揺籠(
jb8361)は転移先から現場へ駆けながら、そう呟く。
撃退士たちが現場の前に到着した頃には、天魔の脅威は更に増大していた。
怪我を負っているのは、一般人だけではない。駆けつけた撃退署の人員も、正体を見破れずに被害を被っているようだ。
「もう被害がこんなに。これ以上広がる前にどうにか防がないと」
麻乃と合流した撃退士たちのうち、まず遠石 一千風(
jb3845)が言う。
「船崎さん、もう一度生命探知と異界認識をお願いします」
と提案するのは、御堂・玲獅(
ja0388)。自らもアスヴァンである彼女もまた、肯いた麻乃とほぼ同時にスキルを発動する。
生命探知の発動時――それもほんの一瞬の出来事に、玲獅は違和感を覚える。
その違和感は刹那、新たな切断の被害者の発生とともに確信へと変わった。
「これは……認識できないわけです……!」
「どういうことかねぃ」
尋ねた九十九(
ja1149)に向き直り、玲獅は答える。
「生命探知で引っかかるのが、ほんの一瞬なんです」
生命探知は人間動物天魔関係なく探知するが、全長5cm以上のものであることが条件だ。
いま家の前で暴虐を繰り返している天魔は、『攻撃直前の一瞬のみ』その反応に引っかかるだけの大きさになるのである。
「で、その天魔は……?」
「反応も一瞬しか捉えられなかったことも含めると、おそらく」
玲獅が視線で示したのは、羽鳥家の塀や道路。――擬態、である。
「これだけの被害となると、一体だけってことはないな。しょーがねーが、虱潰しになるか」
いつになく重装備のラファル A ユーティライネン(
jb4620)が言ったところで、撃退士たちは当初の打ち合わせ通りに二手に分かれての行動を開始した。
「しかし、女の子一人に大層な仕掛けですね。……何か別の意図があるように感じますが」
一方は何とか門を抜け羽鳥家の中へ、天魔の許へ向かう。その一人であるヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)は、そう疑問を口にした。
「別の意図……?」
此方に同行した麻乃の問いに、「あくまで推測ですよ」とヴァルヌスは頭を振る。
人の心の闇に付け入るのが天魔なら、夢月を手に入れるのが目的なのではないか。
或いは、『美園が気にしているモノ』が目的か。
「どちらにせよ、面白くない状況には違いありませんね」
ヴァルヌスの言葉に、心の中だけで同意を示す者が居た。
一千風である。
撃退士たちは依頼に出立する前、羽鳥家についても簡単に説明されていた。
夢月と美園の関係を聞いた一千風は、自らも母親と不仲である故に夢月に対し一種の共感を抱いていた。
家の中にも、既に異界認識で引っ掛けたもの以外にも天魔がいるのはほぼ間違いないだろう。
入るなり生命探知を使った麻乃は少し経って苦い表情を浮かべる。
「やっぱり何も起こらない時に生命探知をしてもダメ、ね」
「それではこれでどうでしょう」
玲獅はフローティングシールドβ1をヒヒイロカネから取り出すと、浮遊したそれを押し出して少し前方へ移動させる。
と、4mほど進んだところで盾が少し押し戻されるかたちで床に叩きつけられた。『切断』の天魔の攻撃を受けた衝撃だろう。
その盾を、今度は小さな爆風が高くぶち上げる。天井へぶつかった後に、盾は再度落下しやっと動かなくなった。
「……どうやら誰かを狙ってどうこうっていうよりも、『動いているモノ』を狙うみたいですね」
ヴァルヌスがそう推測を立てる一方で、揺籠は少し前に出た。
盾へと加えられた最初の衝撃の方向から、このあたり、と踏んだ壁の一部に日本酒をふり流す。
「それだけじゃねぇみてェですよ」
確かめたかったことの結果を知るや否や、彼はその場を動かずに告げる。
「爆破の方はどうか知りゃあしませんが、少なくとも切断の方は移動もするみてぇです」
垂れ落ちた日本酒は、うまくいけば壁に擬態した天魔の一部でも『違和感』として浮き上がらせることが出来た筈だ。
だが、結構な量を流したにも関わらずその一部たりとも顕れはしなかった。
「ということは、盾も万能の対策にはならない、と……」
一千風が言う。移動すれば、それだけで狙われるリスクが生じる。
「早いうちに、攻撃してくる時の挙動を見極めたいですね」
「ただ、その為にはいずれにせよ進まないといけません」
玲獅は一度手元に回収した盾を、先程よりもゆっくりと前に移動させる。それに合わせて、撃退士達も前に進み始めた。
●Invisible truth
一方、家の外。
無闇に近寄る一般人は減ったとはいえ、まだ混乱は収まりきっていない。
「行くぜ、偽装解除。フォートレスモード!!」
ラファルが高らかに声を上げる。
普段は回避特化型であるラファルだが、今日ばかりは重装備である。
動きを捉えにくい敵であることに変わりはなく、鎧袖一触で落ちるわけにはいかない以上はいつものやり方は捨てるしかなかった。
(まずは見極めないとねぇ)
人々の安全確保をまず優先することにした九十九は、自らの四方から放たれた風を頼りに周辺の状況を確かめる。
これで天魔の居場所も確かめたいところだったが、それは難しいことは先ほどの時点で証明されている。
ならば、『人がおり、いまに至るまで被害の全くない』場所は天魔の狙いの射程外にあると考えれば、100%とは言えないが安全なのではないかと考えたのだ。
家の前の道路は長い直線、道路脇は全て塀。つまり回楼風でも捉えられるのは道路の部分だけだが、それだけでも十分だった。
天魔の被害が及んでいるのは、羽鳥家から数えて2軒先の家のあたりまで。幸か不幸か、既にその範囲内に完全に無事で逃げ回っている状況にある者はいない。
後は負傷者を射程外に運び出すだけなのだが、それがまた問題である。
「動くと余計に危ないねぃ。動ける人も、その場から動かないで居て欲しいねぇ」
傷を負いながらもまだ立ち上がることが出来る人々へ、九十九はそう告げた。
羽鳥家の前にて佇む九十九から少し離れた位置に、ケイ・リヒャルト(
ja0004)がいる。
移動するまでの間にも攻撃を受けてはいたが、まだ冷静に判断が出来る程度ではある。
(切断がワイヤー状のものなら、太陽光に反射する筈……)
そう考えた彼女は、太陽光を背にしていた。
九十九が声を張り上げたことで人々は目に見える動きを止め、その御蔭か劇的に新たな被害は減った。
いや、今も切断や爆破の攻撃は発動し続けている。だがそれは一般人を相手にしたものではなく、
「ほんっとおっかねぇな!!」
ラファルに対してだ。足元から巻き起こった爆発に声を荒げる彼女に、今度は横殴りの衝撃が加えられる。本来なら切断だが、堅い装備に守られてそこまでは至らない。
そしてその攻撃が加えられる刹那、ケイは見た。
「いま、光った……?」
ケイに背を向けたラファルの左側――何もない宙空が、確かに赤く光ったのだ。
すぐに消える光ではあったが、狙われる対象がごく限られた状況下であれば捉えることが難しいほどの短さではない。
狙われたラファルもその光の存在に気づいた。
「隠れたって無駄だぜ……っつーかこっちから誘き出してやる」
赤い光が生じた方へ向き直ると、ずかずかと目の前の壁へと近寄っていく。
途中、今度は足元が赤く光ったが、
「やらせるかっつの!」
それが膨張――爆破する前に、振り上げていた足を思い切り光の発信源へと踏み下ろした。
赤い光は潰え、その場では何も起こらない。
確信を得た。
動ける者は自力で、動けない者は九十九の手を借りて、被害者たちは少しずつ安全地帯への脱出を試みる。
九十九が自力で攻撃出来ない分、脱出までの道程はラファルが盾となって先導。
勿論移動する間に側面からの攻撃はあるのだが、それは
「狙わせない……!」
光を捉えた瞬間に、ケイが銃弾で穿っていく。撃ちぬかれた天魔は地面へ落下すると、透明なまま煙を立てて動かなくなった。ケイの援護が間に合わない場合のみ、九十九やラファルが身を挺して被害者を護る。
爆破の方は、一度移動すると動けなくなるらしい。切断型と違い、一度ラファルが踏み抜いたルート上に発生することはなかった。
こうして少しずつながらも安全を重視し行われた救助作業は終了し――その間にも駆除が進んでいた関係で、天魔の数もだいぶ少なくはなっていた。
尤も家の中の天魔が生きている限りは切断型が移動してくる可能性もあるが、安全を確保したいま、三人にはそれよりも気になることがある。
「それにしても……何故ここがターゲットに……?」
「何かから目を逸そうとしているようにも見えるけどな」
ケイの疑問に、駆除作業に徹するべく家の前に一人立ったラファルが自らの推測を口にする。
被害者の負傷の回復を行いながらその言葉を聞いた九十九の視線は、自ずと一般人の中で様子を見守る美園の方へと向いていた。
●Come to light 2
赤い光に関しては、一番最初こそ見逃したものの家の中の撃退士たちもすぐに気づいた。
最初に見破れなかったのは、光を盾自体が隠してしまったというだけである。
「タネが割れれば、どうってことはありませんね」
とは、ヴァルヌスの言である。
尤も動く人数が多い分天魔も集まりやすく、流石に無傷とはいかなかったが。
二階へ上がる。
揺籠の希望により美園の部屋を先に探索したが、ここには天魔の気配すらなかった。
そして、夢月の部屋――。
「分かりやすいほどにスライムですねぇ」
揺籠がそう半ば呆れるのも無理は無い。部屋の中央に陣取ったディアボロは人の形こそとっているものの、紫色半透明の無貌の存在だった。
「あそこよ」
夢月らしき少女の姿が見えなかったが、その理由は家も夢月も知っている麻乃によりすぐに判明した。部屋の押入れに隠れている、というのを視線で示す。
それを知っているのかは分からないが、ディアボロは撃退士たちの姿を見とめると10本の指を自ら切り離す。切り離した元の部分はまた直ぐに復元したが、切り離された指は床に落ちると床の色と同化して見えなくなった。
「そういうこと……!」
瞬後、固まっていた撃退士たちへ次々と爆発と衝撃が襲い掛かる。それらを各々の防御手段でやり過ごすと、気づいた時にはディアボロは若干押入に近づいていた。
爆発音等で驚いた夢月の存在に気づかれてしまったようだ。
「そうはさせるかってぇんです……!」
揺籠が紫炎を纏った足をディアボロの頭上から叩き込み、注意を夢月から逸らす。更に、
「流石に、ここで戦うわけにはいかないでしょうね…。夢月さんがいるのなら、尚更」
悪魔の姿へと変貌したヴァルヌスが、巻き起こした風でディアボロを破壊跡から外へと叩き出した。
ディアボロが落下した先は民家の庭だった。全く関係ない家だったが、芝ばかり、かつ幸い夢月の部屋よりはだいぶ広いので戦場としては申し分ない。
「はぁぁッ!」
続いて部屋から飛び降りてきた一千風が、落下の衝撃で崩れた形を整えかけていたディアボロの頭上へグロウソードを叩き込む。
解き放たれた闘争心が乗った一撃は、深々とディアボロを切り裂き、その中の黒い球体を、一瞬だけ露わにした。
ディアボロもすぐさま次の攻撃を仕掛けた。再度指を切り離すと、戦場へ降り立ってきた撃退士たちの足元が爆破される。
だがそれにより負った負傷も、玲獅と麻乃――二人のアスヴァンにより瞬時に治癒された。玲獅は更にアウルの鎧を仲間たちへ付与し、防御面を確たるものとする。
どれだけ攻撃を受けても、通じない、或いはすぐに治癒される。
その状況下では、いかに複数同時攻撃が可能なディアボロでも追い詰められるのは時間の問題だった。
揺籠が弓で動きを止めた一瞬に、一千風の一閃がディアボロの『核』を露わにし――
「魔骸展開! 轟け雷鳴ッ!」
ヴァルヌスの右腕の装甲が開き、飛び出した4本の電極がディアボロへと突き刺さる。
「デアボリング・コレダァァーー!!」
そこから放たれた電撃がディアボロを包み、『核』も破壊すると――電撃が収まった頃には、ディアボロは原型も留めず崩れ落ちていた。
残っていた傷をアスヴァン二人がかりで治療し、治療を終えた者から夢月の部屋に戻る。
最初に戻った揺籠が、押入を開けた。
「大丈夫ですかい」
小柄な少女――夢月は目を瞬かせていたが、ややあって小さく肯いた。
揺籠もそれに首肯を返すと、部屋の方を振り向いた。ちょうど治療を終えた撃退士たちが全員戻ってきたところで、当然その中にも麻乃の姿がある。
「――夢月ちゃん!」
居ても立ってもいられない様子だった麻乃は揺籠の安堵の表情を見、押入れへと駆け出そうとしたが――。
異変は、次の瞬間に起きた。
揺籠の背中が切り裂かれ、鮮血が舞う。
「……ッ!?」
彼は数歩蹈鞴を踏んだだけで踏み止まったが、回復後でなければ攻撃を受けた直後に気絶に陥っていたかもしれない。それだけの傷だった。
そんな揺籠と驚愕に陥る撃退士たちをよそに、夢月はゆっくりと押入れから降りてくる。
先程揺籠が見た怯えきっていた表情はそこにはなく、悪戯がうまくいったと言いたげな愉悦の色が浮かんでいた。
ヴァルヌスが想定していた今回の襲撃の目的と、近いと言えなくもなかった。
けれど、決定的に違う。
夢月は既に天魔の手に落ちていたのだ。
「どう、して……?」
麻乃が愕然と呟く。
「最初から、だったの……?」
襲撃も何もかも、自作自演だったというのか。
「違うよ」
夢月は首を横に振る。
「あなたたちみたいなのがすぐ来るって分かってたら『あの人』もそうしたかも知れないけど、そうじゃないし。
『あの人』が何も知らなかったあたしに力をくれるのに、あたしにとっても都合のいい手順を踏んだらこうなっただけ」
あの人、というのは恐らく彼女を手にした悪魔のことを指している。
だが、まだ分からないことが多い。
撃退士たちが彼女の言葉の意味を咀嚼しようとする前に、夢月は自らの部屋の破壊跡に足をかけた。
「――待ちなさい!」
彼女の行動の意味をいち早く察した一千風が止めにかかろうとしたが、
「やだ」
短く告げると、隣家の屋根へ跳躍する。
瞬く間に数回それを繰り返した後に地上へ降り立ったらしく姿を消してしまった。
ヴァニタスになったといっても生前の記憶は残される場合がある。
先程の言動からするに彼女もそれだし、とすれば地の利も彼女にある。今から追いかけるのは困難だろう。相当な力の供給を受けたであろうことも、玲獅の異界認識ですら正体を見破れなかったことが物語っている。
「……どうして……」
悲壮混じりに零れ落ちた麻乃の呟きは、微風に乗ってはすぐに消えた。