●戦いの跡
人類が天魔を退けたと言っても、それは結果論の話でしかない。
過程に於いては、何かしらの犠牲を払っている。
その払われた代償はいま、花菱 彪臥(
ja4610)の目の前にある。
(くっそー、こんなに壊れてたなんて…。
守れなくて、ごめん!)
跡形もなく崩れ落ちた、建物の残骸。
雲ひとつない青空だけに、その痛々しさは余計に目に染みた。
――なんだか、頭の片隅がチリチリする。
呆然と立ち尽くす彪臥の脳裏を、何かが掠めていく。
輪郭すらぼやけて見えるそれの正体に気づくことが何となく憚られて、彪臥は頭を振って熱を追い出した。
「そこ手伝う!」
気を取り直すように軍手を嵌め、重機で大きな瓦礫が取り除かれた後の細かな破片の処理へと乗り出す。
やや重みのある破片は、せーの、と声を上げながら何人かがかりで持ち上げ、後で破砕すべく積み上げられた集積場所へと運ぶ。
(こんなところで、凹んでられないよな…!)
たとえ崩れた建物や困っている人の姿に心が痛んでもそれに挫けてはいけないのだと、前を向いて。
そうして瓦礫除去を手伝う撃退士の中に、新井司(
ja6034)の姿もある。
他の作業従事者に飲み物を渡し、自らの作業に戻る直前に空を見上げる。
ヤタガラスの姿は今のところ、見えない。既に擬態している可能性もあるが、如何せん青空の為視認だけでは確認は難しかった。
空を見上げ注意を傾けたまま、思う。
(届かなかった)
大規模作戦の最中、終始ラファエロへ向かい続けていたが、最後まで拳が届くことはなかった。
これが物語の英雄ならば、どれだけ力が及ばずともその前に立って、人の世の脅威を平らげてしまうのだろう。
自分はどうなのか。
更に思案する。
時の運、周囲の状況、要素はいくらでもあるけれど、それでも届かなかったのは事実。
まだ英雄足り得ないのか、何が足りないのか。
――そもそも、私は英雄で在れるのか。
そこまで考えたところで頭を振り、思考を払う。瓦礫へと目線を移すと、除去作業を再開する。
――英雄志願者たる故に、その先を考えることが今はひどく怖かった。
双城 燈真(
ja3216)は重機を扱う業者の護衛についていた。
(ここまで酷い状況だったんだね…、戦いながらだと気づかない物だよね…)
彼もまた、瓦礫の除去を手伝いながらも惨状に胸を痛めている。
同様に戦いによって苦しめられた人々のことも案じたが、人々の許へ向かい心のケアを試みる、ということは燈真には出来なかった。
ハーフだから、というのもある。
彼は悪魔とのハーフではあるものの、一般人にとっては天使だろうと悪魔だろうと、生活に害を成すのであれば『天魔』という括りに収まることに変わりはない。
もし自分が彼らに手を差し伸べたとして、ハーフだとわかった時にどういう反応をされるのか…。
行けなかったのは、それを考えるのが少し怖かったからかもしれない。
勿論、胸を痛めているのは撃退士ばかりではない。
作業に来た業者の中にも、現実を目の当たりにすると精神的にダメージを受ける者はいた。
「……う」
重機を操っていた男の手が、一つの瓦礫の除去を終えたところで止まる。
除去したことで、見つけてしまったのだ。
夥しい量の血が流れだしたであろう痕跡と、腐食しかかった四肢の一部を。
見るに絶えなかったのか、男は運転席から降りると重機に背中を預けて寄りかかる。
ふと、そんな男の前に現れた撃退士の姿があった。
「先は短いようで長い。休息はしっかりとるがいい」
地領院 徒歩(
ja0689)である。彼が手を振るうと、暖かな光となったアウルが男の周囲を包んだ。
「……ありがとう。お言葉に甘えて、少し休む」
そう言って肯く男の顔は、先程よりかは穏やかになっていた。
そうするといい、と徒歩は言い置いて、自身は男が除去した瓦礫が元々あった場所へと向かう。
男が見つけた凄惨な光景を徒歩もまた目にしたが、徒歩の反応は一つ浅く息を吐き出しただけだった。
一部が露わになった四肢の上に乗り上げている瓦礫をどかすと、圧力で潰れた遺体が現れる。それでもやはり徒歩は大きな反応は示さぬまま、その遺体を予め用意していた死体袋へ詰めた。
彼がそうして心折れずにいるのは、かつて『視た』未来――理想郷実現の布石となると考えているからだ。
自らが世界を変革して完成する理想郷。
その変革の為には、周囲の信頼が必要。強く心を保った方が、信頼は得やすい――そう考えているから。
(東北も回数多く来てたほうやけど、これで暫くはお別れかな)
一方、亀山 淳紅(
ja2261)は大きめの瓦礫を魔法攻撃で破砕したり、細かい破片を竹箒で払ったり――道路の邪魔にならないように処理を行いつつ歩を進めていた。
お別れ。平和を望むという意味なら、その方がいいのだろう。
けれど。
「…ちょっと寂しいな」
色々なことがあっただけに、そんな思いも不意に口を突いて出た。
「ん?」
その呟きが、偶然横を通りがかった業者の耳に入ったらしく、すれ違った後に振り返ってきた。
「あ、えーと……」
淳紅もまたそれに気づいてしまい、別に何も悪いことを言ったわけではないのだが、何となく恥ずかしくなって目を逸らす。
丁度良く、と呼ぶのは憚れるが、視線の先に留まったのは肝心の案内部分がぽっきり折れた道路案内だった。
「ほ、ほら、あそこがないんはちょっとなって」
「ああ」
業者もそれで納得がいったのか、気を取り直して歩みを再開する。近くには彼が扱っていると思われる重機が停まっていた。
淳紅は一息つくと、近くに転がっていた木の板に青いペンキを塗り、ついでに白いペンキで方向を指し示す。
道路案内の代替品である。乾くまでには時間がかかるが流石にそこまでは待てないので、ペンキ手につかないように慎重に、道路案内のところまで自作の看板を運ぶ。
幸い、案内が元々設置されていた場所自体低めの場所だった。少し柱をよじ登っただけで辿り着いたその場所で、やはり転がっていた針金を用いて木の板を固定する。
「これでよし、と」
柱から降りて下から道路案内を見、満足気に一つ肯く。
ところで、彼が道路案内で指し示した行先の一つには『長町』とある。
仙台での戦いにおける最後の戦場になった地は、その長町よりもほんの少しだけ手前にあった。
「……咲かんでよかった」
道路案内よりも先の景色に目を向け、淳紅はまた呟く。
もしもあの樹がこの地に芽吹いていたのなら、今頃――。
考えたくはないし、そもそももう考える必要もない。淳紅は気を取り直すと、また瓦礫を探し始めた。
(戦闘では活躍できたとは言い難いからな、ここは地味でもしっかり働こう)
天険 突破(
jb0947) はそう考えながら、国道付近の道路を進んでいた。
重機では拾えない、けれども車が進行するには邪魔になりそうなサイズの瓦礫を側道へどける作業を歩きながら延々と繰り返す。
時々、首輪付きの犬や猫を見かけた。周囲が瓦礫になり、人は逃げたとて飼われていたペットまでは連れていけない。腹が空いているのか、犬の方は突破へ向ける視線が鋭くなっていた。
「コワクナイヨー、コッチヘオイデー」
突破は餌を地面に起きつつ、精一杯の『怖くない』アピールをする。が、警戒心が強くなっているのか近寄ってはくれなかった。
溜息をひとつついて立ち上がると、突破は餌を置いたままその場を離れる。瓦礫の陰に身を隠すようにすると、突破の姿が見えなくなった途端に餌へ一目散に駆ける犬の姿が見えた。
苦笑いを浮かべたところで、
「……ッ」
風に乗って、呻き声が聞こえた。ひどく弱々しいものだったが、間違いなく『声』だ。
突破は即座に360度周囲を見渡したが、倒れている人の姿は見当たらない。
ならば、
「どこだ!? どこにいる!」
周囲の瓦礫の山に向かって、叫ぶ。声の弱々しさからして、近いであろうことは最初から分かっていた。
想定通り、少し間を置いて、すぐ近くの瓦礫の山の一部に変化が起こった。
小石程度のサイズになった瓦礫が山の上から転がり落ちるという、小さな出来事。けれどもそれは、声の主が見せた精一杯のアクションだろう。
すぐに瓦礫の除去にとりかかる。自分一人で取り除ける範囲のものは取り除いたが、大きい瓦礫が幾つか邪魔をしているようだ。
「もう少しだけ耐えてくれ!」
瓦礫の下の声の主に言い置いて一度その場を離れ、近くにいた業者へと状況を伝える。業者も顔色を変え、重機を現場へと向かわせた。
一つ瓦礫を除去したところで、その下にいた小学生ほどの子供を見つけることが出来た。
身体の小ささと、瓦礫が重なって隙間となっていた空間に収まっていたという幸運が重なってか、出血こそあるものの怪我自体は軽いようだ。
とはいえ、戦闘からは既に何日か経っているために衰弱が酷い。
「――今、助けるからな!」
突破は子供を背負うと、医療室のある本部へ向かって疾走を開始した。
そうして撃退士や業者が瓦礫を解体・除去していくと、少しずつではあるが避難所への道が出来上がっていく。
一方でそれに伴って避難所でどれだけ物資が足りていないか、だったり、そもそも瓦礫を除去するのに人手がどれだけ不足しているのか、などという情報も明るみに出始める。
千葉 真一(
ja0070)はバイクに跨がり、そういった情報を集めていた。
瓦礫除去の進捗が思わしくないところを見つけては、耀ら撃退庁の人間がいる本部へと通信を介しそれを伝える。
それだけではない。既に開けた道の先にある避難所へ赴くと、現地の責任者から物資の過不足についての情報を聞き出す。
今の段階では、あくまで情報収集。
けれども一度その場を離れる際に、一部の子どもたちが自分に注目していたことに、真一も気づいていはいた。
その理由は一つしか思い当たらないし、恐らくソレで間違いはないだろう。
真一から送られた各種情報を元に、安全と判断された道を通じて避難所へ物資が輸送され始める。
「…やっぱり、戦いの後…だね……」
「…別に気晴らしに…とか言うのでもないからな。事実、気を晴らす為の仕事でもないしな」
目の前を過ぎゆくトラックを見送りつつ、鈴木悠司(
ja0226)が言うと、隣で弟である鈴木千早(
ja0203)は溜息を吐き出した。
悠司は思う。
後何度こんな光景を見れば、戦いが終わるのか。
(或は、もうこういう光景すら目にする事が出来なくなるのだろうか……)
何もかもが嫌になって、自分を含めて全て消え去ればいいと願って。
それでもまだ自分はこの場に立って、こうして目の前の光景を憂いている。自己矛盾さえも感じた。
さて、と隣で千早が口を開く。
「俺達は如何する?」
問われ、悠司はん、と少し考えてから呟いた。
「出来れば少しでも脅威を取り除きたい所だけど、ね…」
でも、戦闘は少し休んで貰いたいな…。
と考えたのが伝わったのか、千早が結論を出すのは早かった。
「運べる物資、運ぶぞ」
「…俺に意見聞く意味ないじゃない」
「うるさい、行くぞ」
苦笑交じりに突っ込んだ悠司を横目に、千早は物資を管理している施設へ足を向け始める。
千早にとって、状況は元から鬱陶しかった。ただ、昨今の状況の鬱陶しさはまたその程度が違う。
気晴らしではない、と悠司には言ったものの、実際気晴らしが出来るようになるのは、復興が終わって、人々がきちんと生活出来るようになってからだ。
先は長い。が、少しずつでも歩いて先に進んでいかなければ、状態はより面倒に、鬱陶しくなっていくに違いない。
そう考えながら着実に歩みを進める千早の横に悠司も追いついて、二人は施設へ足を踏み入れた。
少し経って施設から出てきた二人の背中には、バックパックが増えていた。
中には救援物資が詰められる分だけ詰められている。
当然、運べる量はトラックなどのそれよりも遥かに限られている。
けれど。
「物資が人の手で確実に届いた、というだけでも、避難者の心持ちは良くなると思います」
輸送の手配を行っていた女性はその千早の考えを聴き、二人に出来る範囲の荷物を渡したのだ。
徒歩ならば、まだ車が通れない場所も超えていける。
暫く進んだ先に、物資が不足しかかっていると推測される避難所があった。
二人が徒歩で瓦礫を乗り越えて来た、ということに、避難者の反応は様々だった。嬉しさと驚き、それから「まだ安全な道は開けない」という若干の落胆。
「まだ時間は少しかかるかもしれないけど…でも、ちゃんとここも安全になるように、皆頑張ってる。
だから、これでもう少しだけ頑張って。大丈夫だから」
避難者の一人ひとりに持ってきた缶詰やら何やらを手渡しながら、二人は避難者に声をかけていく。
悠司はそうしながらも、避難者についてだけでなく自分自身についても少し思うところがあった。
物資を配り終え、避難所から出た後に悠司は横に並んで歩く弟へ告げる。
「ちーちゃん、誘ってくれてアリガトね」
いくら重い気分だったからと言っても、弟にまで心配されるというのはよくない。
苦笑交じりのその礼に返ってきた反応は、「…ああ」という素っ気ないものだったけれど。
●憂いを断ち切る為に
「復興の邪魔はさせないんだからね!」
と意気込む雪室 チルル(
ja0220)は拡声器を肩にかけている。
皮肉にも瓦礫地帯となったことにより見晴らしがよくなった場所で、チルルは瓦礫の乗った手押し車を押していた。道路が寸断された為に重機が近づけない場所にある大きな瓦礫を、一足先に破砕しているのだ。
尤も、それは単なる復興作業の一環の話だけではなかったりする。
「来るならさっさと来てよね」
何が、といえば、上空に現れる可能性があるとされている天魔である。
流石に声を大にして言いはしなかったけれども、敵をぶちのめせないことにチルルは結構なフラストレーションを溜めていた。
自らも破砕という形で瓦礫の除去に加わったのは、そのストレス発散の為でもある。
どちらかというと警戒へ重きを置いているチルルは、手押し車を押している時も上空への警戒を怠ることはなかった。
警戒に重きを置いている撃退士は、他にも居る。
影野 恭弥(
ja0018)もその一人だ。
「ヤタガラスは完全に透明になるわけじゃない。あれはタコやカメレオンみたいに背景に擬態してるのさ」
付近で同様に警戒にあたっていた者に、そうヤタガラスの特徴を伝える。
「荒れ放題、ですの…」
一方でクリスティン・ノール(
jb5470)は陽光の翼で飛翔し、上空から哨戒活動を行っていた。
戦闘が終わってから空から見下ろした街は、地上から、或いは戦闘中に見たものとはまた違った惨状を見せていた。
(でも、クリス達が頑張って、住んでいる皆さまも頑張って、そしてまた、笑顔で毎日過せるようにしますですの)
そう考えて視線を上げた時、澄み切った青空の中に一部、黒いモノが混じった。
それが意味することが何たるかを理解してからのクリスの行動は素早かった。素早く携帯電話を取り出すと
「いたですの、業者さまがいない場所に誘導しますですの」
地上にいる仲間へ連絡を取った後、自らは一度加速する。
発見したモノ――ヤタガラス数匹はクリスの姿を見とめると、擬態しかかった。しかしその前にクリスの指輪から生み出された光の矢が、ヤタガラスを撃ち貫く。
出血を伴う傷を負っては、最早擬態は意味をなさない。だからか、接近出来るだけした後に身を翻したクリスの背中を、ヤタガラスの群れは追い始めた。
クリスの連絡が届いたチルルは拡声器のスイッチを入れる。
「業者の人はあっちに避難しておいてー!」
と、クリスの様子を目で追いつつ、彼女がヤタガラスを『誘導』しているのとは逆の方向へ逃げるよう業者へと指し示す。
その合間にも、クリスは追撃を振り切ろうとするフリをしながらも少しずつ高度を下げてきていた。
ヤタガラスが気づかぬように慎重に下げ続けた結果、
「引っかかったな」
群れの最後方。一番高いところにいたヤタガラスが、恭弥の放ったイカロスバレットに撃ち貫かれる。
無論、参戦したのは恭弥だけではない。クリスが誘導した先の開けた場所には他にも撃退士が待ち構えていた。
「見える状態なら怖くないよなー!」
声を上げたのは彪臥。彼の周りに生み出された光の玉が、次々とヤタガラスを襲う!
その直前、クリスが空中で旋回し、ヤタガラスは一瞬目の前から標的を失っていた。その為眼下から襲いかかった彪臥の攻撃を為す術もなく被弾する。
更に彪臥の近くには、ツヴァイハンダーFEを構えたチルルの姿。
「いけー!」
ヤタガラスの多くが彼女から見て直線上に並んだタイミングで、チルルは大剣を上空へ突き出す。
大剣の先端から吹雪のように白く輝いたエネルギーの柱が生み出され、ヤタガラスをまとめて飲み込んだ。
かろうじてチルルの攻撃を避けたヤタガラスも、間もなく他の撃退士によって斃され――。
混乱は、新たな波紋を呼ぶことなく収束された。
●縁を繋ぎ、縁で繋がる
大量の支援物資を積み込んだビジネスバイクが、瓦礫の破片が転がる道を疾走する。
白いロングコートと戦闘帽といった本気装備に身を包んだ状態でバイクに跨っているルチア・ミラーリア(
jc0579)は暫くすると、進む先を大きい瓦礫が邪魔していることに気づいた。
彼女のバイクだけなら通ることは出来そうだが、後々トラックなどが進むことを考えると対処の必要がある。
一度バイクを降りたルチアがアウルを込めたファルシオンを一閃すると、細かく破砕された瓦礫があちこちへ散らばった。
それらを車の進行の邪魔にならない程度にどけ、再びバイクに跨がろうとした時――彼女は、破砕された元の瓦礫があった場所のすぐ近くに転がっているあるモノの存在に目が留まった。
片耳にリボンのついた、うさぎのぬいぐるみ。
元々は薄桃色だったであろう身体はしかし、今や埃まみれになってすっかりくすんだ色になってしまっている。瓦礫に挟まれ等したのか、手足の一部ももげかかっている。
(……持主は、無事なのでしょうか)
思う。
間違いなく、持主は幼い子供である筈だ。なれば持主だけではない。その親は、家族は?
身を案じだすと、最早留まるところなどない。
――そして、そうやって考えないといけない状況にある、ということを痛感し、人知れず唇を噛んだ。
まだまだ、やらなければいけないことがある。少しずつ、ひとつずつでもやっていかなければならない――。
ルチアは踵を返すと、それまでの遅れを取り戻すかのように急ぎバイクに跨がり、エンジンをふかした。
ルチアが戦闘用の装備のまま救援物資を運んでいたのは、道中の瓦礫の除去もあったし、運んだ後は業者の護衛をするつもりだったからだ。
彼女が護衛として赴いた先には、友人である藍那湊(
jc0170)の姿もあった。
ルチアと軽く挨拶を交わした後、湊は近場で道路を寸断している板状になった瓦礫の許へと向かった。
普段の外見はぱっと見少女とはいえ、心は強くあろうと考える男の子思考である。自分に出来ることをやろうと思っているのだ。
瓦礫の下にラディクスソードを挟み込み、
「うりゃーっ」
てこの原理で持ち上げる。そのままの勢いで、側道の瓦礫の上へと倒しこんだ。
「ふう……」
一仕事した、とばかりに額の汗を拭く仕草を見せたが、見渡してみるとまだまだ仕事はありそうだった。
勿論そちらを片そうとしている業者の姿も見られるが――心なしか、疲れているように見える。
ふと思いつき、湊はケセランを召喚する。そのまま業者へと歩み寄ると
「お疲れ様ですっ」
笑顔を見せつつ、タオルと飲料を渡す。
すると瓦礫を前に若干強張っていた業者の表情が、幾分和らいだ。それを見て、湊もまた安堵する。
今の笑顔、これからの笑顔を護るために――。
今出来ることがどんなに小さなことでも、やるのとやらないのではきっと違うのだと思った。
「皆さん 地元の人の為に頑張りましょう!」
木嶋香里(
jb7748)は瓦礫除去の手伝いをしながら、周りを鼓舞するようにそう声を上げる。
彼女が協力する地点として選んだのは、複数の避難所へ行くのに重なるルート上の道路だった。
単に後々効率がよくなるから、という話ではない。というよりも、寧ろ彼女にとってはそちらのほうが副産物なのかもしれない。
では、主目的が何なのかというと。
瓦礫除去の協力を程々のところで切り上げた香里は、複数のクーラーボックスを積んだバイクにまたがると、先程まで自分が作業に従事していたルートの先にある避難所を目指す。
避難所に到着すると、クーラーボックスの一つを積荷から下ろした。
クーラーボックスの中には、小さく握った大量のおにぎり。
それに醤油を塗ってから、キャンプ調理セットで起こした火で炙る。
幼い頃から養子として迎えられた家の教育方針により様々な教養の基礎・応用を教えこまれた香里には、「どれくらい醤油を塗れば」「どれくらい炙れば」美味しい焼おにぎりになるのかは分かっていること。
そして何より、
「これを食べて少しでも元気になってくれたら、私も嬉しいです!」
完成した焼きおにぎりを振る舞う際に、根っからの前向きな性格の彼女にそう言われれば、実際食べた人々の心の温まり具合は語るべくもないだろう。
ところでクーラーボックスひとつ分なのは、元から複数の避難所を巡る計画だったからである。
そのうちの一カ所では、彼女の親友が同様に避難者たちを励ましていた。
「あ、文歌ちゃん」
「香里ちゃん」
香里に声をかけられた川澄文歌(
jb7507)は、こちらはこちらでその時調理中だった。避難者に教わる形で、仙台の郷土料理を作っていた。
仙台の食で有名どころといえば牛たんやらずんだ餅だが、県南の白石市の特産品である温麺を用いた「おくずかけ」という汁物が、色々な意味でこの場には似合っていた。
今やおふくろの味の一つでもあるが、元々の起源が精進料理だっただけに、避難によって心身ともに溜まったストレスを和らげる効果は大きかった。
「やっぱりやってよかったよね」
「ですね」
自身の焼きおにぎりを振る舞い終えてからは香里もおくずかけの調理を手伝っていた。心なしか活気が出てきた避難所の空気を感じて、顔を見合わせては肯く。
次の避難所へ向かう香里と別れた後、文歌は避難者の食事中に歌を歌っていた。
その最中にも、ダンスをも交える彼女の身体からはフェロモンが分泌されている。
本来は触れた相手を友好的にさせるスキルであるし実際その意味合いとしても効果を発揮しているけれども、それ以上に、明るく歌う彼女の姿に避難所の空気がより和らいでいくということへの大きな要素になっていた。
彼女が励まそうとする場所は、避難所だけではない。今も瓦礫除去に励んでいる業者もその対象だった。
避難所で余分に作っておいたおくずかけは、鍋に厳重にフタをする形にして運ぶ。
その最中、彼女は再び知己の姿を見かけた。すかさず、郷土料理用とは別に用意していた飲み物とタオルを準備する。
「ひりょさん」
「あ、文歌さんも避難所に行ってたんですね」
飲み物とタオルを手渡された黄昏ひりょ(
jb3452)もまた、手に持てる範囲の救援物資を運んでいた。韋駄天を使っているから移動速度は速い。
心なしか話している間の文歌の顔が赤かった気がしなくもないが、挨拶も程々にそれぞれの活動に戻る。ひりょは、文歌や香里が向かっていたのとは更に違う避難所へ足を向けた。
手早く一カ所目の避難所への運搬を終え、周囲に敵がいないことを確認してから再び韋駄天を使用し物資の管理施設へと戻る。
(身体が軽い)
尋常でない速さで駆けながら、ひりょは思考する。
先の戦いで負った傷は、すっかりよくなったようだ。なまった身体の慣らし運転にはちょうどいい活動だろう。
などと考えていると、先程文歌とすれ違った辺りに差し掛かった。
風を切る音の中、彼女の歌声が耳に届いて、ひりょはふと足を止める。
見渡してみると少し離れた場所で、人だかりの前で歌う彼女の姿があった。
(あの子もあの子の出来る事頑張ってるんだな、俺も頑張らないと)
少し耳を傾けた後、一曲が終わったところでひりょもまた疾走を再開した。
更に別ルート。
否、正確に言えばまだ道にすらなっていない。複数の避難所へ繋がるルートではあるのだが、瓦礫による道路の寸断がひどく、なかなか除去作業も進まずにいるのだ。
重機の立ち入れないそのエリアで立ち塞がる巨大な瓦礫を、槍で薙いで破砕する撃退士の姿がある。
黒井 明斗(
jb0525)である。
(早く輸送路を確保しないと、物資が尽きる前に)
綺麗に整えきる必要は今はない。大事なのは、一刻でも早く輸送路として活用出来るようにすることだ、と明斗は考えていた。その邪魔になる大きな瓦礫だけを徹底して砕いていく。
尤も、安全な輸送路を確保するのに必要なことは、瓦礫を除去することだけではない。
「うわぁっ!」
業者と思しき男の悲鳴が耳に届いた。
割と近い。おそらくは同じルートの後方にて作業をしている者だろう。
明斗の判断は素早かった。すぐに身を翻すと、疾走しながらV兵器をロザリオに持ち替える。
重機から降りたところで逃げ惑っている男と、それを追い回すヤタガラスの姿はすぐに目に飛び込んだ。
単体の戦闘能力は撃退士の前では無きに等しいヤタガラスも、一般人相手なら話は別。
特に苦労もなく男を追うその翼に、ロザリオから生み出された風の矢が突き刺さる。
擬態すらしていなかったヤタガラスは、あえなく撃墜された。
助かったよ、という男の言葉に軽く頭を下げてから、明斗はまた元のエリアへ急ぎ戻っていく。
輸送路が確保出来るまで、休むつもりは一切なかった。
●明日へ向かう
作業時間が長くなってくると、いかに撃退士により安全が守られているとはいえ、業者にも疲弊の色が浮かんでくる。
そんな業者を気遣う撃退士も少なくなかった。
「業者さんお疲れ様だぜ! 腹が減っては戦は出来ぬ! これ食べて一服してくれ!」
そのうちの一人が燈真である。と言っても今話しているのは、彼のもう一つの人格である『翔也』の方だが。
業者に水筒とおにぎりを手渡した彼は、他の業者にもそれを渡すべく仕入れを行い直していた。
一方、瓦礫の除去と並行する形で別の作業を行っている者もいた。
「荒れたまま放っておくと見る度に思い出して悲しくなっちゃいますから。
ちゃんと片づけて、大切な物は手元に戻してあげないと」
そう語るのは竜見彩華(
jb4626)。
彼女は赴いた避難所で、避難者が逃げた際に持ち運び損ねた写真などの小物がないか尋ねていた。
丁度、今彼女がいる辺りにそのうちの一人がフレームに入れて大切にしていた写真がある筈なのである。とはいえ、家屋ごと崩れてしまっている為今はまだフレームの陰も形も見えない。
幸い、瓦礫は砕けた状態のものが多く積もっているような状態だった為、人力でも持ち運びが出来そうだった。召喚したヒリュウと力を合わせて、少しずつ瓦礫を取り除いていく。
「ん…しょっ。わわっ急に離さないでぇ!」
時折ヒリュウが急に力を抜くのでそんな風に慌てたりもしたけれども、何はともあれある程度除去したところで、今度はそのヒリュウは家屋の敷地内を上空から見遣る。
ヒリュウと視覚共有を行った彩華は、なおも積み重なった瓦礫の下の、小さな木枠とその周りに散らばるガラス片の存在に気がついた。
(見つけた!)
すぐさまその辺りへ近づくと、またヒリュウと力を合わせて瓦礫を取り除いていく。
はたして、瓦礫の下には探していたフレームに収められた写真があった。フレームのガラスは割れてしまっていたけれども、中の写真は無事だった。
見てすぐに結婚写真と分かるそれを軽く抱き寄せながら、彩華は瓦礫の山を降りていく。
道路へ戻ると、ふと思い立ち、今歩いてきた場所を振り返った。
――この惨状は、彩華にとっては他人事ではない。
荒れ果てた故郷を思い出して、我知らず唇を噛む。
と、その様子が心配になったのだろう。ヒリュウが彼女に寄り添ったことで、彩華もふと今へと立ち返った。
ヒリュウへ笑顔を向け、
「大丈夫!
夜明け前が一番暗いって言うし、絶対また日は昇るんだから!」
そう笑顔で告げると、「さ、次いくよ!」次なる探しものを求めて歩き始めた。
瓦礫の街を見て物思う撃退士は、多い。
空輸で物資を運ぶことにしたオブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)もまた、空から街を見下ろしては苦い思いを噛みしめる。
(こういうことになったのは、僕にも原因があるのです)
元はといえば、『枯れ木の天使』との決着の固執したことが、仙台へ攻め込まれる要因ともなったのだ。
戦うことが嫌いだった自分が、戦うことが人を救うことに繋がるなら、と自分の一面を許容したが故の結末だ。
決戦の最中は、後悔と罪悪感でいっぱいだったけれど――今は幸いにも、その時よりは冷静に考えることが出来る。
自分との向き合い方。
これからの未来。
自分が本当にやるべきこと。
それらを、これからゆっくり考え直したい。
戦いから逃げることが出来れば楽なのだろうけれども、「皆と笑顔でピッツァを食べられる未来」という初心は捨てたくない。
――逆に言えば、戦いから逃げてしまえばその初心は叶わない。そんな気さえした。
だからこそ、考えるのだ。
だけど、それは今ここでするべきことではない。
(今はこれを届ける事が大事なのです。考えるのはもう少し後にするのです)
ぶら下げた荷物に一度視線を下ろしてから、すぐに先を見据える。
今は笑顔を作ることも少し辛いけれども、それが辛くなくなる日が訪れることを、目指して。
(うん。むしろ戦いより大事だよね、こういうのって。そのために戦ったんだし)
この依頼に参加するにあたり、並木坂・マオ(
ja0317)は思ったものだ。
ついでに言えば、思うところはもう一つある。
(そしてお給料も大事。今からこんな状況って、社会に出たらどうなっちゃうんだろ!?)
撃退士と言えど、社会に出たらお金は当然必要である。
なんて世知辛いことを今からちょっと考えてしまうのは、お財布状況に涙する撃退士を見かけてしまったせいだろうか。
それはさておき、荷物運びを行うことにしたマオは貸与されたバイクに跨っていた。
(これも早く自分のがほしいなー)
跨るバイクを一瞥しながらふとそんなことを考える。免許はあるけれども、バイクを買うお金が――。
いや、そんなことを今から考えたらあれもこれも欲しくなって大変。
マオは物欲思考を振り払うように、また一度エンジンをふかした。
避難所へ届けたのは、薬。
現地にたまたまいた医者から不足している薬のメモを受け取って、マオはきた道を引き返す。
その最中にも、当然瓦礫だらけの道を通過するわけだけれども――。
壊れた街を見ながら、マオは先程訪れた避難所での光景を思い出していた。
持病のある人にとっては死活問題だろうと思って持っていったのだが、思っていたよりも感謝されてマオの方が吃驚した程だった。
――だが、その感謝の数は、生き延びた人々の数に比例する。
街の被害状況から鑑みると、死者は決して多くはないらしい。
もし被害状況相応ならば、ここまで感謝されることはなかったのかもしれない。
街については、決して守れたとは胸を張って言える結末ではなかったけれど――。
護ることが出来た『人』がそれだけいるのであれば、また街は、蘇る。そんな予感がする。
でも、
(……もっともっと、強くならなきゃ)
そうも思うのだ。
少しでも、一つでも。壊されるものをなくすために。
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撃退士の奮闘により、作業は一日だけでも大きく進んだ。
まだ街の再生は、始まったばかりである。けれども踏み出した一歩は、大きいと言えるだろう。