●
「今度は秋田、ですか。
東北の火種も中々、燻り続けて消えませんね」
現地へ転移するべくディメンションサークルまでの足を早めつつ、鍋島 鼎(
jb0949)はひとつ息を吐いた。
それに肯いたオブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)の表情は険しい。
「東北の人達は、ザハークのせいで今疲れ果てているのです。
だから、これ以上に悲劇を味わわせる事なんてさせたくは無いのです」
オブリオ自身、戦うということは嫌いだ。
けれどもその気持ちを振り切ってでも、やらないといけないことが今はある。
「盾としての己を全うできずとも……! 折れはしない! 私はっ!」
夏野 雪(
ja6883)は決然と前を向く。
「…こういう時に限って怪我とはね…不覚だわぁ。
業腹だけど、今回は補助に回ったほうがよさそうねぇ」
卜部 紫亞(
ja0256)もまた、忸怩たる思いを抱きながらも足を動かす。ふたりは先の京都での大規模作戦において負傷しながらも、それでも己が成すべきことを理解していた。
学園の撃退士たちが戦場に選んだ地点は、大型ショッピングモールに隣接する交差点。まだ敵の姿は見えないが、やや濃い灰色に染まった空と冷たさを帯び始めた風が不気味さを物語っている。
本当は彼らが立てた作戦にもっと適した場所はあるのだが、司令官・耀曰く
「あんまり仙台に近すぎるのもなー……」
とのこと。つまり富谷町から仙台市に入る直前、最後の交差点だったのだから、万一のことを考えると承諾はし難かったのだろう。代わりに今回の地点を提示されたのだ。
いま、仙台の撃退署の撃退士たちは耀の指示のもと、左右、そして敵の進撃を迎撃戦とする学園撃退士たちの後方に大きく展開している。この『耀の指示』というのも、久遠ヶ原の学生の要請を受けてのものだ。
……なのだが。
「ちらほら、微妙な視線を感じるのは気のせいでしょうか」
鼎が左右へ視線を投げつつ呟くと、鈴代 征治(
ja1305)が思い出したように「あー……」声を上げた。
「司令官の人が言ってたのもあながち間違いじゃなさそうですねぇ……」
■
現地へ赴いた直後、学園生たちは耀と顔を合わせていた。
自分たちの作戦と、それに合わせての現地の撃退士の動き方についての指示要請を彼に伝えるためだ。
「いきなりこんな戦場に放り込んじまって、悪いね。
……って、青森で頑張ってもらった君たちに言うのもアレか」
と、まるで世間話のような口調で告げる耀への学園生の印象は、揃って『司令官っぽくない』だった。
それはさておき、撃退士への指示を伝えたところで、「んー……」耀はちょっと困ったような表情を浮かべた。
「何か、問題でも?」
「いや、作戦については問題ないからそうするよう伝えとくー。
ただまぁ……大人のプライド、っつーか、君たちより先に撃退士として戦ってきた歴史ってのがあるから、いい顔しないのがいるかもしんないな、って思っただけ」
■
「でも『つまんねぇプライドだけど』って切り捨てるあたり、意外とドライな感じよね」
少し前のその会話を思い出し、紫亜が感想を漏らす。
耀があっさりとそう言い放った理由は明白だ。
旧来の訓練方針により撃退士としての成長が阻害された旧久遠ヶ原卒業の撃退士よりも、いまの学園の撃退士の方が(今後の成長的な意味も含め)見込みがある、という客観的な事実に基づいた判断をしているからだ。
悪く言えば冷たいが、良く言えば適材適所。
「――来ました!」
最初に『それ』に気づいた知楽 琉命(
jb5410)が声を上げる。
少し前から遠くに土煙は見え始めていた。徐々に勢力を増してきていた煙の中に、無数の影が見え始める。
尤も、順調な進攻をしていたわけでもない。
「……サーバント、いっぱい居るね…」
呟いたのは、雪月 深白(
jb7181)。
「でも……狙うのは特定の一団だけ……。
だから…数は気にしなくて大丈夫……」
そう。この戦場に至るまでに、学園生たちが滅すべき敵を前面に釣り出す為、現地の撃退士たちが既に戦闘を重ねていた。
その御蔭もあってか、学園生たちが最初に明確に捉えた敵は――もとは大軍勢の中心あたりにいた、まさに今回倒すべき一団だった。
「鴨がネギをしょってきたわ! 返り討ちにしてやるんだから!」
気づいたと同時に、学園生たちも行動を開始していた。そのまま正面から敵を迎え撃つうちの一人、雪室 チルル(
ja0220)がそう叫んで、オリアクスロッドを構えた。
●
「征治、ごめん。征治の足を引っ張ってしまう」
中央に残ったのは、四人。チルルと征治、それから傷を負っている雪と紫亜だ。
無論、後者ふたりについては『前衛に立つ』ということなどしていない。迫る敵を迎撃せんとするチルルと征治の背中を、少し後方から見ていた。ただ見ているわけではなく、チルルと征治それぞれに聖なる刻印を施しており、同様に紫亜も術式で、ふたりそれぞれを包む風の障壁を生み出していく。
前に立てないこと。『盾』であることに挟持を抱く雪にとっては、それが悔しくて、歯痒くて仕方がない。
普段は決して表には出さないようにしているその感情も、ただ一人、征治の前では仮面が剥がれるように露わになる。
既に光纏を済ませている征治は背を向けたまま、ちらりと背後の雪を一瞥する。
「戦ってきたうえでの話だし、仕方ないよ。それより」
「分かってる。私は私に出来る事をする。それで征治や皆を守ってみせる」
そのために自分はここにいるのだと――。
ひとつ雪が肯いたところで、前衛ふたりが駆け出した。
最初の激突は、撃退士から見て十字路のやや奥側で起こった。
予想通り、敵の前衛として襲いかかってきたのはゴーレムだった。
チルルと征治の接近に気づくや否や、四体のうち二体がまず前に出てきた。撃退士の動きに比べると緩慢な速度と言わざるを得ず、攻撃を打ち込む隙も十分にあったが、
「硬いわね!」
接近しながら魔法攻撃を打ち込んだチルルが軽く舌打ちする。丁度ゴーレムが片足を地面から離している間に胴体にヒットしたのだが、ゴーレムは衝撃で軽く仰け反っただけだった。
一方で征治はといえば一足先にゴーレムと対峙。振り下ろされた剛腕に、ワイルドハルバードの柄を合わせて受ける。数歩後ずさる程度には『重い』一撃だった。いま彼の体を包む、黒と白二色の光がなかったら或いはダメージも負っていたかもしれない。
征治は踏みとどまった足に力を込め、その勢いでハルバードを振り払った。腕を弾き飛ばされたゴーレムが一瞬バランスを崩したのを見逃さず、その胴体めがけハルバードを横薙ぎに一閃させる。
「物理でも、か」相変わらず表情はなかったが、声音は苦い。
硬度の高い金属を思い切り叩いたかのような、軽く痺れる感触が手元に残った一方で、ゴーレムはといえば先ほどの征治同様数歩後ずさっただけだった。
そしてそれと入れ替わるように、最初は後方にいたゴーレムが前に出てきた。今度は軽く上げた右足を、征治の腹めがけて伸ばしてくる。
その足の裏が征治の体に届く直前、風の障壁が狙いを僅かに逸らさせた。それでも脇腹には当たりそうだったが、手元の感覚を取り戻した征治は、ハルバードで完全に受け流す。
そして、態勢を崩したゴーレムの足に、上からハルバードの斧部分を叩きつけた。
バランス感覚を失い、足をつきだしていた勢いもあってゴーレムは撃退士たちに背中を向けるようにその場に倒れこんだ。征治にしても、別のゴーレムからの攻撃を受け流していたチルルにしてもその隙を突きたかったが――。
「シルフから来るわ!」
「――っ!?」
ゴーレムが視界の妨げになって、紫亜の警告も一瞬遅れた。
ゴーレムよりも更に後方から、まず征治とチルルへ向かって円状の風の刃が降り注ぎ、それで攻撃のチャンスを潰されている間に倒れこんだゴーレムへ紫色の光が浴びせられた。征治がつけた深い傷跡が、みるみるうちに塞がっていく。
「全力で支援します! 皆に武運長久を!」
此方も手早く、雪が傷を負った二人へ回復の光を投げる。
「よくもやったわね!」
傷が塞がるのを感じながら、チルルは対面するゴーレムの足元めがけて大剣を振るった。
●
(…ああ。 死にたい)
ユーサネイジア(
jb5545)は、いわゆる死にたがりである。
生きることはくだらなく退屈だ。久遠ヶ原に入る前の時点で悪魔として永い時間を生きてきたからこそ、その『飽き方』は尋常でない。生そのものが疎ましい。
――けれども、『ただの』死にたがりなら、彼はとっくにこの世界には存在していなかったろう。誰にも与り知らない所で、勝手に野垂れ死ねば済む話だった。
それでも、彼がいまこうして戦場に立っているのは。
「…貴様らは、我を殺せるか。
くだらないモノには、殺されてはやれぬからな…」
視界に映る『敵』を見、呟く。
『くだらなくなどない』何かを期待しているから――その時までは、死ねない。
ユーサネイジア、鼎、そして琉命の三人は戦闘開始後、十字路向かって左側へ移動していた。ユーサネイジアにいたってはハイドアンドシークを使って身を潜ませる徹底ぶりだ。
征治とチルルが、敵の進軍を十字路中心よりも奥側で止めたお陰で、ゴーレムの背後に控えていたサーバントに気づかれる前に回りこむことが出来た。
最初にその動きに気づいた敵は、ユニコーンのうちの一体。すぐに身体を撃退士の方へ向いて突進するが、ランタンシールドを構えた琉命がこれを受けた。
ダメージこそ小さいものの、勢いに負けて数メートルほどふっとばされる琉命。ユニコーンの後ろには更にシルフが続いていたが――その二体の眼前に、瞬時にして魔法陣が形成された。
「爆ぜろ、天焔……!」
鼎の詠唱。刹那、魔法陣が紅の炎を吐いて爆発した。
爆風が向かう先はサーバントの方のみ。爆発自体のダメージと、爆風によって吹っ飛ばされた二体が地に足を付ける前に
「……死ね」
ユーサネイジアの短い呪詛の言葉に応じるように、二体の頭上で無数の火花が散った。
爆発に次ぐ爆破。サーバントの身体を焼いた証明である煙が立ち込める中、態勢を整えなおした琉命は次の敵の動きに気づいていた。
「これを――」
聖なる刻印を、ユーサネイジアにかける。
しかし鼎にかけるには間に合わなかった。直後、とても明確な言語に定義することは出来ない曖昧な発音――それでいて不気味なほどに澄んだ声音が、琉命と鼎を襲った。
「く……っ」
鼎が苦渋の声を漏らす。指先さえも思うように持ち上がらない――麻痺。琉命も同様に、鼎の方を向いたまま硬直している。
唯一自由を保っているユーサネイジアは二人の状態と、ユニコーンのうち無傷な方が自らへ接近している状況を鑑みて、ファイアワークスをもう一発発動させる。
更なる爆破の後に生じた煙を切り裂いたのは、風の刃。ユーサネイジアの身体をも裂傷を作ってそれが消失した時には、立ち直ったシルフが大分接近してきていた。
その身体に打ち込まれる、無数の針。麻痺の程度が深くない故に回復した琉命の発動させた、アシュヴィンの紋章によるものだ。
麻痺の深度が低い、ということは。
「もう、一発……!」
鼎が再度発動させた魔法陣が、次の瞬間ユニコーンとシルフをまとめて中央へふっ飛ばした。
●
深白とオブリオは、此方は十字路の右側へと回りこんでいた。
「……鼓舞とか状態変化、厄介だね…」
言う深白の標的は、ちょうど此方に対して無防備な姿勢でいたセイレーン。
脚には雷を、身体には風を具現化したアウルを纏い、セイレーンの許へ接近し、
「あはははは。ほら、行くよ」
忍刀・霧鮫を振るう。刀身を包む霧のようなアウルが残像のように通り抜けた刹那、セイレーンが声にならない悲鳴を上げる。
一方その深白と同様にセイレーンを標的としようとしたオブリオだったが、直後に邪魔が現れた。
「――とと、危ないのです」
中央班が相手取っていなかった唯一のゴーレムである。オブリオの横から割りこむように打ち込んできた拳を、オブリオは身体の重心を低くしてかわす。
やむなくゴーレムに向き直ったオブリオは、すぐに反撃に出た。
「土人形如きは、ここで這い蹲っているがいいのです」
刃状に形成した雷を構えると、自分の身長よりも1m弱高い敵の胴体を斬るべく袈裟懸けに振り下ろす。
斬撃を受け、数歩後ずさるゴーレム。
どれだけダメージとして効いたかは分からない、が――その後ゴーレムは、懸命に身体を動かそうとしているものの実際は動けずにいるようだった。
麻痺の効果の程を確認して一つ肯くと、オブリオは再び深白が向かったセイレーンの方へと駆け出そうとした。
しかし今度その動きを妨げたのは、他でもない深白だった。丁度オブリオの進路上に吹っ飛ばされてきたのだ。
「だ、大丈夫なのですか」
「ちょっと痛かったけどね」
慌てて抱きとめたオブリオに対し、深白はそう苦笑する。
その二人の眼前に現れたのは、ヴァルキリー。最初に狙ったセイレーンはその後ろで守られるようになっていた。
「どうしよう? ヴァルキリーから切り刻む?」
「……いえ、この際麻痺してるゴーレムは諦めるにしても、ヴァルキリーにはもう少し引いてもらいましょう」
普段より好戦的になっている為やや饒舌になっている深白に、オブリオは冷静にそう作戦を立てる。
発言の意図を察した深白は肯いて、駆け出す。その身体は再度風と雷のアウルが包んでいた。
正面から迫った深白に対し、ヴァルキリーは手にした槍をフェンシングの要領で突き出す。深白は身体の重心を低くしてそれを掻い潜った。
当然、敵は胴体の隙を埋めようと盾を構えにかかる。
だから深白は胴体ではなく、槍を持った腕に向かって忍刀を斬り上げた。
思わぬ行動に驚いたヴァルキリーが、数歩後退する。深白は深追いせず、ヒット&アウェイで此方も後退。
そして。
「――今よ!」
少し離れた場所で紫亜の上げた声が響いた。
●
敵の陣形が縦になるのを、中央班はひたすら待っていた。
左班の生み出した爆発で、ユニコーンやシルフが押し戻され。
右班ではヴァルキリーとセイレーンをうまく中央にまとめた。
そして中央班では――何度目かの好機でやっとゴーレムを一体沈めたところで、紫亜がスリープミストを発動させた。
紫の霧がゴーレムや比較的近いところにいたユニコーンを包み、揃って昏倒させる。
「――今よ!」
紫亜の合図。
「チャンス到来ね! こっちも準備はいい?」
「勿論!」
刹那、チルルの大剣と征治のワイルドハルバード、二本の武器が振りぬかれ――それぞれ黒と白のエネルギーが、ゴーレムを簡単に貫いて敵のほぼ全てを呑み込んだ。
一発では息絶えなかったらしいゴーレム二体が、懸命に身体を前に出そうとする。が、
「一回で終わると思ったか? 残念、全部で三発だ!」
――サーバントにもし人語を解するほどの理解力があったならば、その征治の一言は絶望するのに値するものだったろう。
●
三発が二本、計六発の封砲がぶっ放された後に立っていたのは、狙いをオブリオたち右班としていたため耐え切ったゴーレムと、セイレーン、シルフ、それからヴァルキリーの四体だった。左班の攻撃で多大なダメージを受けていたところに封砲もまともに食らったうえ、それに合わせるようにユーサネイジアが放ったファイアワークスでも狙われたユニコーンなどは、もう跡形も残っていない。
それでも、撃退士たちは油断しなかった。寧ろ出来なかった。
「……」
他に比べ右班の壁が薄いことを察知したセイレーンが、深白とオブリオ二人まとめて眠りへ落としたのだ。
当然、ヴァルキリーとゴーレムの狙いもそちらへ向く。
一方この時点で見るからに瀕死状態だったシルフは、逃走を試みようとしたのか中央班にも背を向けたが――
「どこにも逃げ場はないですよ。というか、逃すつもりもありませんが」
動きを見透かしていたかのように詠唱準備を終えていた鼎の魔法攻撃と、続く左班の集中攻撃であっさりと息絶えた。
中央班が壁が二人の状態で耐え切ったのは、無論二人だけの力ではない。
紫亜が状況を見計らいながらもウィンドウォールで援護をしていたし、傷やセイレーンの歌で状態異常を負えば、
「前に立つだけが……盾を示す事ではない!
その意志を示す事こそが! 盾たる証!」
まるで自らに言い聞かせるように叫ぶこともあった雪の、ヒールやクリアランスの光が征治とチルルを救っていた。
眠らされた右班の救援に向かう途中、前衛二人が立ちはだかったゴーレムの攻撃を凌ぐ間にもまたセイレーンが歌を唄う。
それにより――チルルが大剣を征治の方へ向けたが、直後にそのチルルを雪のクリアランスの魔力が包んだ。
「あ、あれ、あたいは何を」
「いいから来ますよ!」
「わっと!」
征治の警告を受け、我に返ったばかりのチルルは大剣でゴーレムの拳を受け止めた。
その隙を征治は逃さない。がら空きになったゴーレムの胴体をハルバードで薙ぎ払おうとし――これはゴーレムが身体を反らして避けたが、
「本命はこの懇親の刺突撃だ!」
薙ぎ払いはあくまでデュアルモーションによる囮だった。脆くなっていた胴体を刺し貫かれると、どうにも急所をも突いたらしくそれきりゴーレムは崩壊した。
援護は流石に間に合わず、右班が眠りから覚めたのはオブリオがヴァルキリーの槍に貫かれてからだった。
なんとか致命傷は避けたものの、結構な傷を受けたことで当然目が覚めた彼女は、続いてヴァルキリーに狙われようとしていた深白を抱きかかえて跳躍し、回避させる。
「さっきの言葉そのまま返しちゃうけど……」
「大丈夫です!」
目が覚めた深白がオブリオの状態にすぐに気づいて問うたが、オブリオは気力を振り絞ってそう答える。
右班は自力での回復手段を持たない。自力で立った深白は、せめて他の班の援護が届くまではオブリオに無理をさせるわけにはいかなくなった。
「あはははは。ほら、行くよ」
鞭状に結晶化させた氷のアウルが、正面からヴァルキリーを襲う。当然のようにそれは盾で防がれたが、その攻撃の間にオブリオはヴァルキリーの側面に回りこんでいる。
「はぁぁぁぁッ!」
サンダーブレードを叩き込み、一撃離脱。
麻痺状態に陥らせることには出来なかったらしく、すぐに追撃が迫ろうとしていたが、
「させないよ」
此方もすぐに移動していた深白が間に割って入り、ヴァルキリーの攻撃を忍刀で受け流す。
そうしている間に、側面で轟音が響く。
残っていたセイレーンを、鼎が炸裂陣による爆発で排除したことを証明する音だった。
そのことに気づいたヴァルキリーは方向転換し、全力での逃走を図る。
だが――きた道は、既に地元の撃退士たちにより封鎖されていた。
「逃げ道はない、って、さっきも言ったんですけどね」
「……結局今日も、死ねはしなかったか」
肩を竦める鼎と、諦めたように首を振るユーサネイジアが接近する。その二人に、回復を施す琉命。
更には中央班も前衛二人が接近し――これではもういくらヴァルキリーが自身を鼓舞しても、状況は覆る筈もなかった。
●
封鎖しきった十字路の奥側では、最終的に封鎖に動いた現地の撃退士たちが遅れてきた敵戦力との交戦を繰り広げていたけれども――。
一団が全滅した瞬間、何かを悟ったのか、一斉に後退を始めた。
(……やっぱり、戦うのは嫌いなのです)
傷を癒してもらいながら、オブリオは遠く――サーバントたちが襲来してきた方角を見据え、胸中で呟く。
戦いを愉しんでいる自分、残酷になれる自分が、まさに此処にいることを実感出来るようで。
その感覚を覚えてしまう、ということに、自らひどく嫌悪感に似た違和感を覚える。
だけど。
「戦わないと救えないモノも……確かにあるのです」
今度は、自分に言い聞かせるように小さく声に出した。
「いやー、助かった、ほんと」
戦いが終わり、現地の撃退士たちが労を労っている中、後方に居た耀が人の波を掻き分けて学園生たちの許へとやってきた。
「流石にああも大群だと、いくら頑張っても犠牲はどうしても出る。たぶん、報告にまだ上がってないだけで今回もちょっとは出た。
でも、『ちょっと』で済んだのは、間違いなく君等のお陰だと思うよ。撃退署だけじゃ、たとえ戦闘に勝ったとしてもそうはならなかったはずだ」
「大人のプライドを以てしても?」
「以てしても。大体精神論で覆るんだったら、久遠ヶ原は過去の大敗北も、姿勢の転換もしてないよ」
その時俺も学生だったからね、と耀は小さく付け足す。
「ところで…秋田は、どうなるんでしょう?」
「まだ分からんね」
鼎の問いに、耀は肩を竦めながら答える。
「ただまぁ、今回のコレを仕掛けた天使サマにとっちゃ、これが宣戦布告なんだろうけど。
――青森も終わったばっかりだってのに、ちょっとばっかり面倒なことになりそうだな」
やや声音が低くなった耀の予感を裏付けるように、北の冷たさを帯び始めた風が、戦いを終えたばかりの撃退士たちを包んだ。