「なーんか変な空気……。まぁ、やってみるか」
小牟田に肩を叩かれた二階堂 光(
ja3257)が彼女の指示を果たすべく歩み寄ろうとする最中、彼よりも前に二つの集団に割って入った生徒の姿があった。
「こらこらー廊下の真ん中で何してるの? 小牟田先生が困ってるでしょ!
好きな音楽流したいってのは判るけど、同じ放送部で喧嘩はよくないぞ」
栗原 ひなこ(
ja3001)である。放送関係で話す共通の友人が仲裁に入ったからか、それまでお互い前のめりで睨み合っていた部長二人が少し身体を引かせた。
ただ、それでもまだ睨み合いは続いている。
ひなこは両手を腰に当て息を吐いた。
「もー部長ちゃんも落ち着こー? あたしで良ければ話聞くから、ね?」
そう言って、部長二人の手を引っ張って集団から少し離れた場所へ連れて行く。
その頃にはひなこ以外の『部外者』も、光を含め何人か集まっていた。光以外はひなこ同様にそれぞれ放送部に友人が居た為に鉢合わせたのだけれども、部員にとっても今回の事態は辟易モノらしく、「どうにかするのを手伝ってほしい」と頼まれたようだった。
彼らがひなこと部長二人の集団に加わるのを見、光もまたそれに入った。
『そもそも男同士の恋愛なんて非生産的なモノを好む嗜好が分からない』
『男子は妹にハァハァしちゃって気持ち悪い』
集団から離した後に男女の部長それぞれに主張をヒアリングした結果がこれだった。
「それ、どっちも集団のうちの一部の趣味ですよねー……」
「というか放送権とは直接関係ないでしょう」
「だってそういうことしか言わないんだもん。理屈とかそういうのないよね」
鳳 優希(
ja3762)と博士・美月(
ja0044)の感想に、ひなこは溜息を漏らした。他のメンバーもやれやれとばかりに肩を竦める。
それから、『それならどうやって話を纏めるか』を提案し合い……やがて、決着をつける方法が決まった。
●二人三脚クイズラリー!
数日後、問題の放送室の前に再び二つの部の部員が集まっていた。『部外者』組では今は碧水 遊(
ja4299)だけがこの場にいる。
今度は、二つの部の部員は真っ向から向かい合っているのではなく、男女ペアになっていた。中には「女子がすぐ隣にいる」というだけでどぎまぎしている男子も散見出来て、この後に行う勝負にあたっては若干先が思いやられる。尤も、今日この状態になる前に再度話し合いの場を持ってみても改善しなかったのだからやらざるを得ないだろう。
それはさておき、
「それじゃあ、ルールを説明しますね」
遊は部員たちの前で口を開く。
「今作ってもらった男女ペアで、クイズラリーに挑戦してもらいます。
問題は全部で六問。クリアしないと次のステージには進めないので…その、出来るだけ協力して、頑張って下さいね?」
ちなみに遊以外のメンバーは既にそのラリーの出題者、或いは見張りとなるべく棟内に散っていた。
スタートの合図を出し、最初の数組(いきなり全員が動き出すと怪我しかねないので)が走り出したのを見送って、遊もまた自身が出題する場所へと向かい始めた。
多くのペアが一番最初に辿りついたのは、スタート位置から最も近くにいた美月のところだった。
「某週刊誌で大人気を評したテニス漫画。主人公属するテニス部の部長が主人公との非公式試合の際に発した有名な激励 の台詞は?」
どうみても女子向けの問題だけれども、答えるのは男子である。
ネタ的な意味では男子にも有名な作品なので、作品名くらいはすぐに思い当たったろう。けれども思惑通り、肝心の答えで悩んでいる男子もいた。
ただ、男子に女子が何かしらのヒントを出すことは許可されている。
実際にヒント出しが行われている様を見つつ、美月は自身が巻き込まれる切っ掛けとなった、友人の言葉を思い出していた。
『趣味が違い過ぎるから仲良くなるのは難しいと思うけど、せめて今回みたいなことがないくらいには互いに尊重できたらいいなぁ』
準備期間の間に、今回のことをどう思うのか、と訊ねたところ返ってきた言葉である。
『難しいけど、仲良くなれるとしたらなりたい?』
『人にもよると思うけど……私個人的には、うん』
続いて投げた質問に、友人は控えめながら確かに肯いたのだ。そう思っているのであれば、何とかしてあげたかった。
幸い、ヒントとなりうるものは学校内にもありふれているものなので分かりやすい。素っ気無かったりおずおずだったりと態度に違いはあるものの、女子が悩む男子にヒントとして棟を支える柱のことを教えると、殆どの男子は答えを理解したらしく、次々にクリアしていった。
なお、答えは大人の事情で以下略である。
ちなみに男子部員にしても、心境は似たようなものだった。
『そりゃあさ……仲良くなれるならなりたいって思うよ。
でもあっちが俺たちのこと眼中になさそうだしなあ』
『そうそう。なんか見下されてそう』
やはり準備期間の間に男子放送部の部室を訪れた鈴屋 灰次(
jb1258)らに尋ねられると、男子部員は口々にそう答えた。
眼中にないのはどっちもどっちな気がしなくもない。灰次と遊は顔を見合わせて肯きあう。
『それじゃあ、本当にそうかどうか確かめてみればいいじゃん?』
『え?』
首を傾げた部員に対し、二人はクイズラリーのことを説明し始める。
無論その頃、女子部員に対してもひなこたちが同じようにクイズラリーのことを告知していたのだった。
「最近映画化した某男性向け魔女っ子アニメの主人公の女の子の武器は?」
光からの出題。これは先の流れからして当然、女子に対しての問題である。
事前にクイズラリーのことを告知しておくことで、お互いの趣味を理解する時間を用意する。これがまず、争いを決着に導くための第一手だと考えたのだ。
その甲斐あってか、スムーズに答えが分かった女子もいる一方で、勉強の範囲外だったから頭を悩ませている者もいる。
(悩むよなー。俺だって勉強しなかったらきっと分かんなかったし)
女子が悩む様を見て、光は人知れずうんうんと肯く。
クイズラリーをけしかけたメンバーも、一部を除いてはこういった文化の知識には乏しかったので、男女各放送部が網羅しているジャンルを中心に勉強してきたのだ。
見てみると思っていたより断然面白かった。尤も、ラリーの前に一度部外者組で集まった時ポロリと
「妹モノ好きだなー」
と零した時は女子三人に怪訝な目で見られたので、降って湧いたロリコン疑惑は断固として否定したけれども。
ところで、大体のペアは(次のステージに進みたいので)とりあえず協力してラリーを進めていたけれども……問題を起こすペアも、勿論いた。
「……何で俺がこんなのを勉強してこないといけないんだ」
と、『女性向けのアニメで、今、一番人気のあると思われるアニメはなんでしょうか?』という優希の出題を前に呻いたのは、男子放送部の部長である。
部長のメンツ、それに放送権がかかっているとなれば引くに引けない。けれども、わざわざその為に女子放送部の嗜好を勉強するのは、元よりそれを毛嫌いしていた彼のプライドが許さないのだろう。
彼にとって更によくなかったのは、
「あんたねー。こっちだって嫌な思いして勉強してきたのよ。自分だけ偉そうに言ってんじゃないわよ」
ペアを組んでいる相手が、もはや犬猿の仲とも言える女子放送部の部長であることだろう。籤とは往々にしてこういうものである。
優希の前でピリピリムードの二人。周囲に控えている部員もややその雰囲気に圧され始めていた。
優希としてもどうにかしたいところだけれども名案が思い浮かばずにいた時、ふと携帯が鳴った。
灰次からだった。
『そっち調子はどう?』
「それがですねぃ……」
優希が目の前の事情を説明すると、電話越しの灰次は『ちょっと男子部長に代わって』と提案した。
首を傾げつつ、優希は言われた通りに携帯を男子部長に差し出す。
訝しげに携帯を耳に当てた部長に対し、灰次が何を言ったのかは優希には聞こえなかったけれども、
「な……ッ!」
とりあえず部長は顔が一瞬で真っ赤になった。怒ったというよりも恥ずかしそうな感じである。
部長が口を開閉させたまま携帯を返してきたので、優希は通話を切る前に灰次に尋ねた。
「何て言ったんですー?」
『趣味を理解してくれたら、女の子は喜ぶと思うって』
実のところ部長が女子放送部を毛嫌いしている原因が彼自身のトラウマにあったというのは、準備期間中に光が彼に直接尋ねてわかったことだった。
初恋相手の女子がずばり女子放送部のような嗜好の持ち主で、
『三次元に興味がないわけじゃないけど、あなたみたいな人はちょっと……』
と、顔を背けながら拒絶されたのが相当堪えたらしい。要するにルックスと中身を二次元と比較されたのである。
その時から、彼はそれまでひた隠しにしていた趣味をオープンにしてまで二次元に没頭すると決めたのだった。
とはいうものの、灰次の言葉には相当心がぐらついたようだった。まだ三次元に心を置いている部分があるらしい。
――やがて、彼はのろのろとした動作ながら女子部長に向かって頭を下げた。
「……不勉強で、すまない。ヒントを教えてくれないか」
これに目を剥いたのは、頭を下げられた女子部長である。
「な、なによ気持ち悪い……そこまでするなら教えてあげなくもないけどっ」
なんかツンデレっぽい台詞が出た。
周囲のペアが驚いていたことには、当の本人たちは全く気づいていないようだったけれども。
こうしてお互いぎこちないながらも協力することを覚えた部長ペアは、問題をクリアし。
「仲良く一生懸命やるのですよー」
次の問題へ向かうその背中に優希が声をかけたところ、どちらからともなくずっこけた。
他にも諍いを起こすペアはいたけれども、出題者が見張りも兼ねていたおかげでもあってあまり大きな問題は起きなかった。
先程男子部長に放たれた灰次の殺し文句的な台詞は、他の男子部員にも結構な効果があったという。
結果として脱落したのは、純粋にペア両方の知識が不足していたか、籤でペアになった男子を女子が初っ端の段階で拒絶したとかそういうものだった。
●第二ステージ
「クイズラリー、おつかれさまー!」
六人と完走した部員たちは、近くの視聴覚室に場所を移していた。
ひなこはひとまず部員たちを労ってから、教師よろしく教壇に手を置いて次なるステージの開始を宣言する。
「それじゃ、第二ステージいくよー。優希ちゃん、どうぞっ!」
「うっし、相手の良いとこ言ってみよ☆
交互に言い合って、より多く言えた方の勝ち、なのですよ!」
「「「「えっ!?」」」」
部員たちから、戸惑いの声が幾重にも重なって上がる。
「出来ないことはないと思うよ。だって、さっき協力してきたわけだしね」
光が言うと、再びそれぞれ固まっていた二つの部の部員たちは、各々が先ほどまで協力していた相手を見遣るように互いに視線を送った。
「じゃあ、レディファーストってことでまずは女子から」
そう光に話を振られ……ややあって、一人の女子が手を挙げた。
「どうぞ」美月が促すと、女子は椅子から立ち上がった。
「放送権のことで必死だったからかもしれないけど……意外と、優しかった」
「どんな風に?」
「声優の問題のヒントをくれたとき、『あの作品のあの役』っていうののたとえが、どっちかっていうと女子向けのアニメのものだったりとか」
そういえばありました、と、出題者である遊が漏らす。
「なるほど、女子に分かりやすいようにヒントを出した、ということですね」
美月がそう意見をまとめると、プロジェクターにその文言が『女子の意見』として表示された。灰次が自前のパソコンで入力したものを画面に出力しているのである。
「次は男子の番です」
遊が促すと、此方はいきなり部長が挙手をした。これにはその場にいたほぼ全員が一瞬目を丸くする。
「ど、どうぞ」
「……これも放送権のせいかもしれないが、うちの男子を割と対等に見ていた、と思う」
あ、それ思った。といった声が男子部員たちから漏れた。
「それってちょっと誤解されてる気がするんだけど……」
と、微妙な顔をしたのは女子部長だ。
「異性としての好みとかでいうとどうしても比較するけど。する人がいるのは否定しないけど。
それでも別に、人として見下していたりなんかしないわ」
「そ……そうなのか?」
部長を含めた数人の男子部員が、驚きをもって女子の方を見る。
未だ相手の目を見ることは出来なかったけれども、それでも女子側が力強く何度も肯いているのは見えただろう。
部長が出鼻をくじかれたせいか、『勝負』としての議論はその後も女子の方が説得力のある意見が多く続いた。
男子としては、女子に言われたことをそっくりそのまま返すことは出来たけれども、女子について発見したと思っていたことが単に先の『誤解』が原因でそう思っていただけ、ということもあり……。
「……出ないですね」
十一回目の、男子のターン。暫く時間が経っても、誰も挙手出来なかった。
「勝負あり、ですね」
優希は言ってから、教壇に立つひなこを見る。
ひなこも一つ肯いた。
「じゃあ、放送の全権は女子放送部に――」
「ちょっといい?」
ひなこの言葉を、女子部長が遮った。
「なに?」
「誤解されてるって先に言ったのはこっちだけど、こっちも男子のことを誤解してる部分があったのも確かだし……。
週三日が女子、残りが男子ってことで手を打てない?」
他でもない女子部長からの提案に、二つの部の部員と男子部長は今日一番の驚きを見せた。
「えっと……めでたしめでたし?」
「多分な」
歓声を上げる女子部員たちと、微妙に戸惑いがちな男子部員たちを見比べ遊が首を傾げると、灰次が肯いた。
「……さあ、どうなるかなのですよ」
「占拠する、とかそういうことにならなきゃいいけど」
「あの様子だとならないと思いますが……それはそれで、一つの決着ではないでしょうか」
優希の言葉に対し光が一抹の不安を漏らすと、他の男子部員同様どういう表情をすればいいかわからない男子部長を見ながら美月はそう返した。そうなったらそうなったで後は本人たち次第、と。
「ていうか、それでもやる気があり余ってるならあたしの部にも手伝いに来て欲しいぞっ!」
「ひなちゃん、それはちょっとずるいのですよー」
「いいのいいの!」
何にせよ、二つの放送部が仲良くいられるのならそれが一番いいのだから。