●
何とも奇妙な光景だった。
幼い姿の力天使とそれに付き従う天使、それぞれに酷似した姿がずらりと編隊を組んでいる。左からトビトの列、ラファエロの列と交互に並んでいるようだ。
「なんともまぁ、同じ顔ばかりで見飽きてくる……」
向坂 玲治(
ja6214)の漏らした呟きは、この場に集った撃退士たちの大凡の総意でもあった。
「基本の性根がアレな人たちだなあ」
という、九鬼 龍磨(
jb8028)の感想も大体それに近い。
「何にせよ早急に減らさねば拙いな」
「じゃあ、早いところスッキリさせちゃいましょうか!」
鳳 静矢(
ja3856)や鈴代 征治(
ja1305)の言葉に異を唱える者など居るはずもなく、一方で、少し風合いの違う感想――いっそある種の感慨とも言えるモノを抱く者も居た。
君田 夢野(
ja0561)である。
「2年前の神樹事件以来、ずーっとさ。
エげつなくロくでもない天使野郎、ラファエロって奴をブチのめしたくて堪らなくってさ」
二年前のあの作戦を、彼は決して『善戦』と楽観は出来なかった。
作戦自体の結果はどうあれど、高い所から見下すあの目線が気に入らない。
だから。
「案外イイ奴じゃねーか、トビト」
性格が、である。
「――――まさか、16倍にして返すチャンスをくれるとはな!」
だから、これは好機でもあるのだ。
戦端を切ったのは、静矢。
一瞬の間に可能な限り接近すると、紫の鳥の形を象ったアウルを生み出す。それはラファエロの姿を持つ敵の列に向かって一直線に向かい、薙ぎ払った。
待っていたかのように、敵それぞれの眼前に薄水色――まさに『氷』のような色の鏡が現れては、紫のアウルに反発して光り輝く。
刹那、四つの鏡それぞれから生み出された鳥が静矢に一斉に襲いかかった。
が、
「貴様の反射技は身を持って経験しているのでな……今日の私は特別堅いぞ」
彼はそれを耐えた。多少の衝撃こそあれど、致命的なダメージには程遠い。
やはり、というべきか。鏡により反射した時の威力は、本物とは違い倍化はしないようだった。
以前仙台を天界軍が襲った際に本物のそれを経験しているうちの一人である静矢にとっては、対策するのは容易だった。
続いてラファエロの姿を持つ敵の半分が氷の刃を一斉に放つ。
まだ複数本を一斉に放ってくる敵はおらず、八本の刃が静矢以外の前衛に襲いかかる。静矢を狙わなかったのは、彼の防御の堅さを目の当たりにした以上、『攻撃するだけ無駄』と判断したからだろうか。
但し――その前に龍磨が動いている。
庇護の翼で征治が受ける筈だった刃までまとめて受けると、その征治がロザリオを掲げた。
「偽物には早いところ消えてもらわないとね」
アウルによって生み出された隕石が、空から敵に降り注ぐ。巻き込まれた範囲の中には先程静矢の攻撃を受けたラファエロ姿のものも含まれていたが、当然それらは反射も出来ず、対策としてはガードするか避けるかしか無い。
そして回避は兎も角、防御は鏡さえなければそこまで堅くはないらしい。造られた美貌が次々と痛みに歪んでいく。
一方、隕石の標的にはトビト姿の敵も含まれている。
あどけない少年天使の似姿は、しかし『本物』の力の強さを示すかのように、ラファエロ姿のそれほど動じてはいない。多少ダメージこそ与えているはずだが、まだまだ健在であるようだった。
だが、撃退士たちは攻撃の手を緩めない。というよりも、先の静矢の攻撃により正体を明かせない限りは、ラファエロ姿の敵は狙わないというのが撃退士たちの方針だった。
「いつまでも戯れに付き合ってあげられると思わない方がいいですよ、トビー」
撃退士たちの中で唯一飛行スキルで浮遊していたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、上空から無数のトランプの兵士を解き放った。一つ一つが小さいながらもアウルの強い力を持つ兵士が、トビトや偽ラファエロの頭上からサイズの小さい剣を振り下ろしたり突き刺したりしていく。
トビト姿の敵はまだ反撃に転じない。
転じられないのかもしれない。
本来のトビトが今のところ唯一撃退士たちに見せつけている能力は自身を中心とした範囲攻撃だが、近接戦闘に挑んだ玲治以外は一定の距離を保っている。射程内という意味で言えばエイルズレトラも入っているが、彼が飛行しているのは地上を殲滅しうるそのスキルを避ける為だ。
玲治一人しか捉えられないのに、わざわざ劣化具合を見せることもないのだろう。他のスキルがあったとしても、手の内を明かす気はないということか。
「そっちが来ないならこっちから行くぞ」
次に動いたのはその玲治。予め範囲内の仲間の防御力を大きく上げる結界を張ってから、最も近くに居たラファエロ姿――当然これも鏡を使用済みである――をロンゴミニアトで突き刺す。
範囲攻撃を立て続けに喰らい、余力が残っていなかったのだろう。強力な一閃を受けたラファエロ姿の敵は、全身から血ではなく煙を撒き散らし――やがて本来の姿に戻った後、灰になって消えた。
数瞬だけ捉えた本来の姿は、黒く塗った巨大な藁人形に笑顔の仮面をつけたようなモノだった。
「ここで会うたが100年目、って奴やでっ!」
攻勢は止まない。サーバント対策も兼ね歌い続けていた亀山 淳紅(
ja2261)がそう意気を放つと、トビト姿や鏡使用後のラファエロ姿のあたりに色とりどりの花火が舞った。
花火が収まると、ここにきてラファエロ姿のうちまだ攻撃を行っていなかったモノの生み出した刃が現れる。
今度の狙いは近い場所にいる玲治とエイルズレトラに絞られた。しかも刃の数は、ラファエロ姿の敵の数よりも明らかに多い。氷の刃を複数本放ってくるスキルだが、もし本物が使っていたとしても対象を分散させれば特定するのはは難しい。
守りを固めていた玲治は兎も角、エイルズレトラは四方八方から来る刃の全てをかわし切ることは出来ずに傷を負う。だが、
「すぐに治します……!」
Rehni Nam(
ja5283)が放った癒しのアウルによりその傷は完全にではないにせよ癒えていった。
反撃とばかりに華澄・エルシャン・御影(
jb6365)が真紅の水晶を散らす封砲を撃ち放つと、ラファエロ姿の敵がまた一体倒れた。
「私みたいなヘボ撃退士の前に出られないほど弱いの?
ここまでおいで甘酒進上♪ 何が搾取よ臆病者ども!」
無視されてもいい。ただ煽りに乗ってくるのならそれで何かボロが出やしないか。
敵の数を削ったのもあり、華澄は意気揚々とそう挑発した。
●
「そこで死んでろ」
影野 恭弥(
ja0018)が言い捨てながら放った銃弾がラファエロ姿を穿ち、それでまた息絶えた仮面の姿が一つ増える。
戦闘が始まってから少し経つ。
敵は数が減ろうと、編隊を中々崩さなかった。精々一掃された列と列の間を埋めるくらいで、4体1列の規則には則ったままだ。
静矢の範囲攻撃によりラファエロ姿のうちまた4体が偽物だと明らかになり、合計8体のラファエロコピーを一掃していた。またラファエロ姿の列に挟まれたトビト姿の列にも大きなダメージが行っている様子からすると、少なくともその列にトビトはいない。
続く征治のコメットでそのトビト列も一掃したところで、敵の編隊が大きな動きを見せた。
「来たな……」
敵の周りに紫色の靄が生まれたのを見、静矢が呟く。
発生の仕方からするとフェイカーマスク個々が発しているのだろうが、広くなってしまうとそのうちに『発していない』――つまり本物のトビトやラファエロが居るかは判断が難しい。分かるのは最前衛にはいない、ということくらいか。
――そして靄が晴れた後には、トビト列とラファエロ列はそっくりそのまま入れ替わっていた。
「ん? どっちもいないんか?」
ラファエロ列だったモノがまたラファエロ列であるわけがない。淳紅がそう割りきってファイアワークスをトビト列に放つ。少年天使の姿がまた無数の色の花火に巻き込まれるが、それで何かが炙りだされることはなかった。
この数秒の合間に反射を使っていた筈のラファエロ姿は既に倒してしまっている。
だからこれ以上は静矢の攻撃により真贋を炙りだすのを待つ他なかったが――次に行動を起こす際、少々意外な状況が撃退士たちの目の前で起こった。
ラファエロ姿だったうちの一体が、素の姿に戻ったのだ。
一体だけ、先程スキルを掛けてもらえなかった。数はちょうど十二体削っていたから、そう考えると「どちらかは本物が居る」ことになる。
ただそうなると、それがどちらなのか。それがまだ分からない。可能性はまだどちらもある。
分からない以上は攻撃を続けて炙りだすしか無い。
「オラァ!」
玲治が意気を放つと彼を中心にアウルが爆発する。
例によってトビト姿と鏡を使用した後のラファエロを巻き込んだものだが、今までと違う点が生じた。
「ってぇなぁ……!」
トビト姿が一斉に、地面から樹木の槍を創出したのだ。広範囲でありながら識別可能なそれは、玲治だけを的確に射抜いていく。
いくら劣化しているとはいえど、四回分同時に喰らえば流石の玲治にも少しばかりきつい。玲治はあることに気づくと、あくまでも不敵な笑みを浮かべながら、少し後退した。
代わりに前進してきたのは夢野。
「ちょっと余裕がなくなってきたんじゃないか?」
言いながら、鏡を使った後のラファエロ姿のうち最も近い敵にアクアフューリングを振り下ろす。ラファエロ姿の敵の体を重低音の音波にも似た重い衝撃が貫くと、そのまま更に磨の剣気が蝕んだ。
ラファエロ姿が崩れ落ちるが、流石にこれ一体で夢野の気が晴れるものではない。
まだまだ数はいるし、もしかしたら本物も混ざっているかもしれない。
最初と違うといえば、敵全体の動き方も変わった。
あくまで同じ姿、かつ列ごとにではあるが若干前に出てくるようになった。ソレに伴い、トビト姿の攻撃も届くようになり――もうひとつ、硬い防御故に最初は無視されていた静矢にも、スキル使用時の数が絞り切れない時限定で氷の刃も飛ぶようになった。
流石に静矢も無傷ではいられないが、都度レフニーから癒しのアウルが飛んできていた。また、彼女が事前に仕込んでおいたトリスアギオンも多くの撃退士の回復に大いに役立ったと言えるだろう。
ちなみに、一番狙われたのは華澄である。理由は単純な話で、撃退士本人のカオスレートが唯一マイナスに寄っており、天使からすると威力とは別の意味でも『痛い』。
だから氷の刃が多数飛ぶ時は、静矢の次くらいの多さで彼女にも矢が飛んできたものだが、これを龍磨がタウントで庇うことも多かった。
その際、龍磨もただ護るだけではなく、
「炙り出してやる、策士気取りのとっつぁん坊やが!」
自分たちに向けられる視線等から本命の有無を判断しようとしていたが、生憎その時氷の刃を放ったラファエロ姿は全員自分を見ている。
先の華澄の煽りがまるで効かなかった(煽りが効かなさそう、とは龍磨自身は思っていたが)のもそうだが、仕草等で炙りだすのは極めて難しいのかもしれない。
そんなことを考えていると、後ろで庇われていた華澄が放った矢がまた一体、ラファエロ姿を貫いた。
またラファエロの列が一列消え、残りはトビトが二列、ラファエロが一列になった。
撃退士と敵の距離も大分接近し、トビト姿のスキルですら玲治や夢野以外にも届くようになっていた。
未だに「どちらかがいる」以上の情報をつかめていないのには、二つ理由がある。
「まさか負傷度合いまで忠実とは面倒ですね……」
エイルズレトラが言う。
勿論フェイカーマスクが変化したものは劣化コピーに過ぎないので限界を迎えればそれまでの様子に関係なく倒せるのだが、問題は逆に言えばそこまでは判別がつかないということ。
もうひとつは、
「一度に何人も巻き込めるんじゃ、攻撃の強弱での判断が難しいな」
恭弥の意見だ。
そう。
トビトにしてもラファエロにしても、一度に多数を巻き込めるスキルを持っている。
ラファエロは氷の刃の標的を分散させられるし、トビトに至っては巻き込める範囲が広い故に本物と偽物が混ざっていても重なりやすいので特定が困難だ。
「結局もうちょっと削っていくしかないということですね……」
征治がコレは面倒だとばかりに眉を顰めた。
次の行動にて、静矢、エイルズレトラ、玲治の範囲攻撃を受けてトビト列が減った直後、また紫色の靄が立ち上った。
残り二列が何を起こすか――。
注目してみると、元はラファエロだった列の前三人がトビトになり、最後方はラファエロのまま。
トビト列だったものの前三人は、静矢、華澄、エイルズレトラの姿を取り、最後尾はトビトのままである。
いよいよ以て判断しにかかれるタイミングが来たが、ところで何故撃退士の姿を象るにあたりこの三人なのか……。
その疑問に対する答えは、意外なところから飛んできた。
『あー、見た感じ面倒そうだなって人とかー、あとは冥魔側の力使ってそうだって人は姿借りるかもしれないけどごめんね』
まるで見ていたかのように、水晶からそんな言葉が発せられたのだ。
華澄については先述の通り撃退士の中で唯一カオスレートが負に寄っていた故だろう。静矢はその堅さ、エイルズレトラについては空中から攻撃できる点、だろうか。
「にしても、いよいよ姿を見せてくれるってことか」
ここまで敵の攻撃を、仲間をかばいながらも耐えに耐え切った龍磨が、言葉通りやっと、と言いたげな顔で呟いた。
果たして。
その直後に能力が切れ、素の姿に戻ったのはトビト姿だった。
それを見て――
「――そろそろ伏せるのはやめておこうか」
すぐ横に居たラファエロが、口を開いた。
「やっと出てきたな」
「最初から居たさ」
「そうじゃねえ」
返ってきた言葉に、夢野の声が若干低くなる。ぶっ飛ばしてやりたい。無意識に剣を握る力が篭っていた。
「一つ訊いてもいいですか」
「何だ?」
レフニーの問いかけに、ラファエロは応じるつもりらしい。先を促す素振りを見せる。
「最初にサーバントのうち一体がスキルの効果切れで素の姿を現した時、貴方はトビトの姿になっていたんですか?」
「いや、違う」
ラファエロは首を横に振った。
「そもそもあのスキルは、あのサーバント同士にしか効かないからな。
スキルが発動する瞬間、隣にいたサーバント――トビト様の姿になるモノと位置を入れ替わった。靄がそのためにあるわけではないが、利用したわけだ」
「サーバント同士にしか効かない、ということは、自分ら撃退士にかけられるということは」
「ない、と見ていい。かける知恵がないわけではないが、かけたところですぐに見破ろうとするだろう?
それの正体が撃退士であろうとサーバントであろうと、強力な敵の姿が複数居れば、な」
淳紅の問いには、ラファエロはそう答えた。
彼からの問いかけに返答してやる義理はないが、撃退士たちはそれぞれ内心「御尤も」とは思う。
「さて」
ラファエロは漸く本気を出せると言いたげに、一つ肩を鳴らした。
質問タイムは終わりを迎えそうだった。
「行け」
それまで編隊単位でちまちまと前進はすれど積極的には前に出なかったサーバントたちが、一斉に速度を出し始めた。
トビトの姿を持つ者達の動きがやはり(劣化とはいえど)速く、あっという間に撃退士たちの陣中に殴りこみ――周囲に樹木の槍を生み出して撃退士たちを貫く。
「く……」
レフニーや淳紅、恭弥といった面々はこれまではあまり攻撃を受けていなかったが故にまだまだ立っては居られるが、流石に一斉に食らうと多少重い。
ましてもうひとつ面倒なことに、短い間にせよ高く聳えた槍が消えた時には、撃退士の姿を取った三体も陣中に紛れていた。
――但し、これには的確な対応を取った者がいる。
「名前を言ってみてくれ」
すぐ近くにいた華澄に声をかけたのは静矢だ。
静矢自身ぎりぎりながら槍の射程に入っていたから、無傷、という時点で怪しかったのだが、案の定華澄の姿を象ったそれは何も答えを返せなかった。
すかさず太刀で薙ぎ払い、ついでに恭弥の追撃の縦断を受けてあっさりと華澄姿のサーバントは倒れ伏すことになった。
一方でラファエロ自身はというと、最初から前に陣取っていた夢野、空中のエイルズレトラを相手取っていた。本当は華澄もこれに加わろうとしたのだが、エイルズレトラのコピーに攻撃されて足止めされてしまった。
最初に仕掛けたのはエイルズレトラ。
「トビーはやっぱりここにはいないんですね」
「そうだな」
やや残念そうに言いながら影分身を生み出しそれに攻撃をさせるも、返す言葉と共にかわされてしまう。
が、その隙に脇から夢野が回り込んでいる。
低い体勢からツヴァイハンダーを振り上げる。死角からの攻撃故鏡を使えなかったラファエロは、腕でそれを受けた。
しかし――受けた腕が、単なる衝撃以上の痛みを感じたらしい。端正な顔を僅かに歪め、少々後退した。
反撃の氷の刃が五本生み出され、エイルズレトラと夢野を襲う。ホーミング性能付きゆえに避けるのが難しいのは、数が限られていても同様ではある。
だから二人共、あえてそれを受けた。
受けながらも、反撃のために再度接近する。
今度は夢野の太刀筋を読んだらしく、ラファエロはバックステップで斬撃をかわす。
「鏡を使わなくてもそんなひょいひょいされっと、あの時を思い出すんだわ」
「……そういえばそんなこともあったな」
「ほんっと腹立つテメェ」
本来の――サーバントよりも数段華麗な身のこなしで夢野の刃をいなしていく。
その最中、今度はエイルズレトラが死角からの攻撃を試みようと動いていた。その上で影分身を捨て身で拘束させれば、確実にダメージを与えられる筈――。
「行かせるか」
だが、夢野の攻撃をかわしていたラファエロの攻撃の対象は、そのエイルズレトラだった。
複数の刃が全て自分めがけて放たれると、受けるにしてもエイルズレトラの動きは止まってしまった。至近距離でやりあう夢野とラファエロの真上くらいで腹を抱えて蹲ってしまう。
何を思ってラファエロがエイルズレトラを狙ったのかは分からないが、ただ夢野にとってはチャンスだった。
「まだ未調整の新技だが……イチかバチかだ、持って行け!」
●
最初の戦場付近に残っていた撃退士たちとサーバントの戦闘は、というと。
トビトコピーの単純火力が大きいだけに一方的に、というわけにはいかなかったが、およそ撃退士たちが優勢といえる展開で進んでいた。
「これでも食らっておけ」
乱戦模様の中、恭弥が自らの血液を一滴地面に垂らすと、足元に魔方陣が出現した。
そこから生み出された黒いアウルがやがて大型犬の型をなし、トビトコピー達に襲いかかる。
「行きますよ」
回復がつきたこともあってここに来て攻撃へ転じたレフニーが、範囲内に巻き込んだトビトコピーやエイルズレトラコピーにプラズマ火球を浴びせていく。
トビトコピーは途中、再びラファエロコピーに姿を変えようとしたが、そうなる前に決着はついた。
「……さて、あっちは大丈夫ですかね?」
征治が言うが早いか、全員でラファエロを負う二人の後を追った。
夢野の一撃は、ラファエロの肩を大きく切り裂いた。
ラファエロの身体が大きく吹っ飛び、それでも彼は肩が痛まない方の腕で手をつきながら着地した。
――些か吹っ飛びすぎ、というか、自ら距離を取ったように見えるのは何故か。
夢野が考える間もなく、他の撃退士たちが追いついてきた。
征治はラストジャッジメントを放とうかとも思ったが、「いや、まだあいつ鏡残してる」という夢野の言葉を受け一旦止めた。
ラファエロはとうとう一人になったが、
「流石に札幌を取り戻しただけあるか……。
私達が直接戦ったあの時よりも、更に力をつけているようだな」
右腕で負傷した肩を押さえているにも関わらず、その碧い双眸には、まだ闘うことをやめない意思が込められているようだった。
一方で、先ほどの動きもそうだったが、姿を現して以降は後退を続けていたにも関わらず、背後をとられることだけは避けようとしている。
その狙いを掴みかねていると――突如として、両脇の森からがさがさという草をかき分ける音が響き始めた。
『はい、お疲れ様』
戦闘が始まってから暫く黙っていた水晶がそう言ったのを聞き取ることが出来た者は、果たしていただろうか。ラファエロすらも、聞き取れていなかったかもしれない。
ともあれ――。
ラファエロと撃退士の間に、何体ものサーバントが乱入してきた。姿が目視できなかったのはそのどれもが態勢を低くしていたからで、道に現れるなり次々と身体を起こす。
かつて神樹作戦で見た棺乙女に、ホーリーシスター。
火力こそないものの、高い生命力と回復という意味では耐久力的には十分な性能を持つ組み合わせである。ホーリーシスターは有翼の女騎士にも変身出来るため、空対策も可能だった。
『準備が整ったよ。戻ってきてよ、ラファ』
「分かりました」
リアルタイムの状況が見えているのかは未だに分からない水晶からの言葉に、しかしラファエロは肯いた。
「あー、くっそ、そういうことかよ……」
夢野が毒づく。
ラファエロの、そしてトビトの狙いはこれだったのだと、撃退士たちは気づいた。
依頼が発せられた状況からして、『準備』とやらの為に時間を稼ごうとすることは想像に難くない。
ラファエロを置いたのは、一種の保険の為――でもあるが、彼がある程度戦場を維持することが、恐らくトビトにとってのトリガーだったのだ。
今のように追いつめられていなければまた違った『決着』の付け方だったのかもしれないが、それを知ることは最早ないだろう。
「最初からトビト様のコピーだけを狙い続けていれば、また話は違ったかもな」
ラファエロは最後にそれだけ言い置いた。
そうすると最初の変身以前に殲滅すればトビトは居ないと分かったし、しきれなかったとしても数が減ってればそれだけでトビト姿になれないサーバントが数体は現れた。
そして撃退士コピーに対する真贋の判別はできていたし、ある程度数を減らした時点で本物のラファエロの存在は判断出来たのだ。
もう少しだけ速く判断ができていれば、依頼としては全く違った結果だったろう。
範囲攻撃は大凡使いきっている。
範囲に頼らずに攻撃を続ければ、削りきることは消耗した今の撃退士たちでも出来ない話ではないが――それを果たす前に、当のラファエロは完全に姿を消していた。