●京都市内
以前の観光客に賑わう市内は、見る影もなく荒れ果てていた。
そんな市街の中、抗う意思を携えた者達が己の役目を果たそうと、それぞれの持ち場へとついていた。
「準備、完了……ですね」
地上。普段は車が往来する道路の中央に立ち、古雅京(
ja0228)が小さく呟く。
「そうだね。敵の足が遅くて助かったわ」
同じ様に地上で自らの持ち場についた常木黎(
ja0718)が彼女の言葉にそう応じる。
「――うん、こっちもOK。通信機は問題なく動くね」
そう言って顔を上げたのは四条和國(
ja5072)だった。彼は事前にメンバーに配っていたヘッドセット型の通信機が使えるかのチェックを行っていたのだが、とりあえずそちらの心配をする必要はない事がわかった。
「どうやら上の方も準備が終ったようだな。後はハーヴェスターが来るのを待つだけ」
和國同様の通信機の調整に付き合っていた青戸誠士郎(
ja0994)が、そう言いつつ周辺のビル内部で待機している仲間に手を振る。
場所はオフィス街。周囲には体良く背の高いビルが林立しており、待ち伏せ場所としては格好のポイントだ。
そんな中で、ビルの窓辺から誠士郎に対して手を振り返したのは風鳥暦(
ja1672)だった。
「下も準備完了。後は――ただ待つだけですね」
声に熱が篭っている。彼女の手には双眼鏡が握られており、再びそれを覗き込んで周囲を見渡す。
報告にあったグリフォン型サーバントの気配はまだない。ハーヴェスターとの予想交戦時刻まではまだ後五分はある。事前に司令部で予想された時刻からグリフォン型との遭遇予想を考えるにまだグリフォンがいるのは遠くだろう。
「………すみません、風鳥さん。手伝ってもらえますか?」
そう声が聴こえ、暦が振り返ると、そこにいたのはビルの中に取り残され、なおも眠り続けている成人男性の上半身を抱き上げた氷雨玲亜(
ja7293)の姿があった。
「あ、ごめんなさい!」
そう声を上げ、暦が彼女が支えていた男性の足を抱え、荒れ果てたオフィスの隅へと運ぶ。
大規模な住民の救出作戦は現在計画中である。だが作戦実行まで多少の時間がある以上、ビル内外を問わず、眠ったままの人達はまだ多く残されている。
オフィスの隅にはビルに常備されていた羽毛布団が敷かれ、幾人もの眠ったままの人が、戦闘の邪魔にならない様に寝かせられていた。
「二度手間をとらせてしまったわね」
「あ、いえいえ。こっちの方が安全だと思いますし」
そう言って頭を下げる玲亜に暦が首を振る。
彼女が移動させていたのは、階段を使って移動する際に、どうしても邪魔になってしまう位置に寝かされていた男性だった。それに気付いた彼女がいざと言う時の為に移動させたのである。
「………表の様子はどうですか?」
玲亜が問い、暦が窓辺に駆け寄った。
双眼鏡で周囲を見渡すと、道路を挟んで向かい側のビルの窓辺から同じ様に表を覗く姿があった。
九曜昴(
ja0586)である。彼女もまた手に双眼鏡こそない物の、ハーヴェスターの姿を探して周囲を見渡していた。
「……そろそろ、時間」
ぽつりと呟き、改めて周囲を見渡している。と、不意に彼女の視線が一点で止まった。
丁度、その時、同じ様にハーヴェスターの姿を求め周囲を見渡していたエルレーン・バルハザード(
ja0889)もまた昴と同じ一点にあるその存在に気が付く。
「――来た!」
普段、おどおどとした印象の口調の彼女だが、その瞬間上げた声は地面にいたメンバーの視線をその場所に集め、それに気付くと同時、身を隠した。
それは――異様な光景だった。
ゆっくりとだが確かに進んでくるその様は動く城砦を思わせる。ざわざわと耳障りな音を立てて歩むその足は地面を這いずる植物の根であり、その障壁は数多の蔦と茎でできていた。
その中央。一輪の毒々しい花を咲かせ、数え切れない数の壷を携え、今もまた一人の女性と思われる人影を抱く姿は、上半身のみの妖精の姿。
まるで我が子を慈しむ母の様に女性を撫で、女王はその女性を自らの近くに運んだ壷の中へと入れ、前進を続ける。
「さて仕事の時間だ………始めるよ」
黎が自分に言い聞かせる様にそう言い、それを皮切りに全員が飛び出した。
●収穫の慈母
「………いくよ」
そう言い、昴がアサルトライフルのセーフティを解除した。
射撃モードはフルバースト。少女がその腕に抱くにはあまりに大降りで凶悪な火器は、激しいマズルフラッシュと激音を響かせ、銃弾の雨を降り注ぐ。
ハーヴェスターにとっては完全な不意打ちだ。銃弾はその太い茎と蔦を穿ち引き千切る。耳をつんざく様な激しい悲鳴が上がり、ハーヴェスターがその身体をのたうつ様に捩じらせた。
「………行く」
銃弾の雨が止むのと同時、暦が窓から飛び出した。手にした得物を握り締め、落下の荷重を用いてその身体を作り上げる蔦と茎を切り落とす。
だが不意を突いた所で相手は強大な存在だ。宙に浮いていた彼女の身体が、次の瞬間、太く強靭な蔦によってその華奢な身体が叩き付けられる。
幸い防御はできた。だが決して軽くない一撃。彼女の何とか着地するが、それと同時にがくりと膝を落とす。
その脇。次の瞬間、誠志郎が走った。
「おぉっ!」
気合が入ると同時、その手の戦斧が振り切られる。狙うのはその身体を構成する蔦の内、つい今し方暦を叩き落した蔦を、周囲の蔦諸共薙ぎ払う。
決して堅牢な相手ではない。誠志郎の後に続いたのは彼と同じ阿修羅の京だった。
「一意専心!」
彼女の声が通る。
狙うのはハーヴェスターの主幹。誠志郎が薙ぎ払った触腕の様に蠢く蔦の間隙。
『破山』を宿した一撃。それは見事にハーヴェスターの主幹を抉った。
だが――浅い。
阿修羅の放つ強力な一撃。それは確かにその幹に刃を食い込ませるが、数多の茎と蔦が複雑に絡み合い、その強度を増した主幹にとっては浅い一撃だった。
刃を振り切れず、また深く食い込んでしまった刃を、そのまま幹に靴底を叩き込む事で強引に引き抜き、彼女の姿が後ろに下がった。
それに続いて、他の残ったメンバーの技が放たれるがやはり浅い。
主幹へのダメージは結局それだけで終ってしまった。
妖精女王にその姿を似せさせた収穫者。次にその身体が大きくよろめかせたのは、エルレーンの一撃だった。
「っ!」
軽快に蔦の間隙をついてエルレーンの放った一撃が、ハーヴェスターの身体を捉える。その時、彼女の放った一撃が不意にある物を捉え、偶然にそれを宙に投げ出していた。
それは壷の一つだった。今までハーヴェスターはまるでその壷を護る様に動いており、撃退士の彼らがその壷を無防備な状態にさせたんはこれが初めてであった。
中に舞う壷に体当たりをする様に和國がそれをキャッチし、そのまま大きく後ろに下がった。
「ほら下がった!」
そう声を上げ黎の自動拳銃が火を噴き和國を援護する。
「的が大きいのは楽で良いけど、目立つねこりゃ………!」
連続して引き金を引き絞る。あまりの大きさに弾が外れる事はないが、決定打を狙うのも難しい。
彼女がそうやって目を引き付けている間、期せずして壷を中身を確認する機会を得た。和國の傍に近くにいた誠志郎と京も駆け寄り、二人と顔を見合わせ、和國が一つ頷く。
「それじゃ、開けるよ」
彼がそう言って、取り回しのしやすい苦無で薄い膜の様な壷の表皮を引き裂く。
「! これって!」
そこに納まっていたのは無傷のままの人の姿だった。眠ったままで呼吸も弱々しいが確かに生きたままの人が壷の中に収まっていた。
「これなら!」
和國は二人と頷き合うと同時、通信機越しにこの事実を全員に伝える。
「そう、それは僥倖………そう言うべきね」
そう呟きを零したのは玲亜だった。
ハーヴェスターの壷の形状は食虫植物のそれそのままだ。既に命は無い物だと彼女は思っていた彼女にとってはそれは僥倖以外の何者でもなかった。
その間にも彼女はその手元にあるスクロールの詠唱をやめない。手元に生まれるの光の球が駆け抜け、ハーヴェスターの触腕状の蔦を翻弄しつつ、主幹にダメージを蓄積させて行く。
「まだ倒れないのね」
ハーヴェスターの身体には既にいくつ物の傷が数多く刻み込まれている。だが多少弱った様に見えるだけで、まだ大分余裕があるのは確かだった。
これ以上はまずい。
内心でそう思う。そろそろ戦闘開始から4分前後。8人総出での猛攻だが、それでもまだハーヴェスターに倒れる気配はない。
玲亜が周囲を見渡す。そして上空の警戒を続けていた彼女の視界についにそれが映った。まだ距離は遠く、気付かれる距離ではない。だが確かにビルの屋上辺りを踊る様に飛び回るその姿があった。
「まずい………!」
通信機のマイクに向かって玲亜が声を上げる。
「例のグリフォン型の姿を確認したわ!」
その言葉が誠志郎の耳朶を震わせると同時、彼は駆け出していた。
既に時間がなく、これ以上の時間をかける訳にはいかない。彼が次に狙ったのはハーヴェスターの身体を構築している主幹の傷跡だった。
その場所は度重なる攻撃によって大きく損傷している。つけ入るならこの場所しかない。
幸い、彼の手持ちの武器は戦斧。攻撃力は申し分ない。
「はぁああっ!」
気合を込め、彼の振るった戦斧が大きくハーヴェスターの主幹を抉った。同時、バギャッ、と乾いた木材が砕ける様な破壊音が響く。同時、ハーヴェスターの悲鳴が周囲に木霊した。
「これは………やれる!」
誠志郎が思わず声を上げる。その悲鳴が何を意味しているのか、その場の全員が理解した。次の瞬間、明らかに動きの鈍ったハーヴェスターに撃退士達の攻撃が殺到する。
「………これで!」
昴の声が響く。同時、彼女のアサルトライフルからスターショットが発射された。
閃光が走り、それは真っ直ぐにハーヴェスターの額を捉える。
直後、断末魔が木霊した。
●作戦終了後
「やはり、中の人達の救出は私達だけでは不可能ですね………」
そう言ったのは暦だった。彼等は今、一箇所に集まっており、どうやってハーヴェスター内部の人達を連れ出すかを話し合っていた。
既にグリフォンは飛び去っており、結果としてハーヴェスター一体のみの討伐に終ったが、味方の被害はほとんどでない状態で作戦を終了できた。
「まぁ、仕方ないさ。ここまでストレートに勝てただけ良かったよ」
そう言って黎はエルレーンと誠志郎が掛けたシートを見上げる。
この下にはハーヴェスターの亡骸と壷に収まったままの人達が大勢いる状態だ。せめてシートが役に立てば良い思うが、どうなるかはまだわからない。
「今、連絡が取れました」
そう言ってその場の全員の視線を集めたのは玲亜だ。同時、通信機からややノイズ交じりで声が聴こえる。
『報告は聴きました。すばらしい戦果です。既にこちらで救助部隊の編成を開始していますので、皆さんは戻ってきて頂いて結構です』
その言葉と同時に、何となく空気がほぐれる気配を感じた。
『後、ハーヴェスターの事を報告してくれた偵察隊員から伝言があります。
――ありがとう。………だそうです。
それでは皆さんは速やかに撤収活動を開始してください。
お疲れ様でした』