●「デイ・グラチア」号甲板
特徴的な騒音を響かせながら、ヘリが甲板に着陸をする。
港から見たその様は酷く小さかったが、実際に甲板に乗り移って見ると予想以上に大きい。船というよりは一個の建築物の様な印象だった。
「………思ったよりも大きいな」
谷屋逸治(
ja0330)が淡々とした調子で呟く。
「そうね………。これは思ったよりも探索に時間がかかりそうだわ」
暮居凪(
ja0503)がその声に応えつつ、他の面々と共に艦首甲板からその下の甲板へと降りて行く。その後ろでヘリが飛び立つのが見えた。
「船が障害を持った方向けに設計されていて助かります」
緩やかなスロープを下りつつ御幸浜霧(
ja0751)が言った。
「まぁ、まだ作られてからたった5年の船だからね。そう言ったコンセプトでも色々な所で話題になったみたいだから、霧ちゃんでも問題なさそうで良かったわ」
彼女に付いていた雀原麦子(
ja1553)が応えた。彼女の言うとおり、彼らが見渡せる甲板上には、障害を持った人でも安全に活動できる様、低い位置に取り付けられた手摺りやらスロープやらが他にも確認できる。
「――ん? あぁ、もう着きましたか。お疲れ様です」
皆が甲板に下りて来ると同時、甲板の真ん中あたりで何やら学園の校章の入った色々な機材が置かれた一角から声が上がる。
月見里悲鳥(jz0068)の声だ。彼女は機材の移送に使うコンテナを積み重ね、簡単な作業スペースを作っていた。その周りには何かに使うと思われる機材が所狭しと置かれており、そのいくつかはケーブルで船に繋がっていた。他にも彼女の持ち物だろうか、女性が使うには余りに不似合いな狙撃用長銃が立てかけられている。
「すみません。今、少し手が離せないので、そこのコンテナに申請のあった貸与品が入っているので、各々持っていってください」
彼女が示した場所のコンテナの中に入っているのは、ヘッドセット型の通信機以下の物品が所狭しと詰まっていた。それを各自で自分の申請した分を取り出し、身に付けていく。
「それで手筈はどうなっている? 早く探索を始めたいんだが」
そう言ったのは大澤秀虎(
ja0206)。他のメンバーも各々の準備を終え、焦れた様に悲鳥を見ている。
「すみません。少し設定に苦戦してまして………。いえ、今、上手くいきました。こちらの準備も完了です」
「それじゃ〜、出発?」
森浦萌々佳(
ja0835)の問いに、はい、と答え持ち立ち上がる。
「それではこちらです」
そう言って甲板の一部。金属の縁が施された非常用と思われるハッチだった。それを開き、中を示す。
「………真っ暗ですね」
その中を覗き込み、風鳥暦(
ja1672)が眉根を顰めた。
中は緩やかなスロープになっていた。脇には狭い階段も併設されており、光を失った非常通路を示す看板もある。
だが、その先に広がっているのは深淵を思わせる深い深い闇――。
「ですが、ここから入るのが一番早く目的地に辿り着けます。通信機にマーカー機能がついているので、こちらでそちらの大まかな位置が分かる様になっています」
「おぉ、便利便利。………それじゃ、行きますか!」
清清清(
ja3434)が言うと同時、全員が船内へと侵入を開始した。
●船内探索
「………予想以上に真っ暗ですね」
船内に突入し、最初の分岐路で二手に分かれた二組の内のA班は長い廊下を歩いている。
そんな中で霧が緊張した調子で呟いた。彼女は今、「星の輝き」を使用している為、実際には周囲はそんなに暗くはない。だがそれでも照らし切れない場所は少なくない。光が強ければ先を阻む闇は更にその混沌を深めて行く。
ちなみに霧の車椅子は既に甲板で悲鳥が受け取っており、今の彼女は自身の足で歩みを進めていた。
「確かにね。文明のありがたさをまさか文明の利器の中で味わうとはね………」
凪が皮肉げに言う。彼女はヘッドライトを用い、霧の「星の輝き」では照らしきれない部分を照らし警戒をしつつ歩みを進めていた。
「………それでもだが、こうも人がいなくなるのが腑に落ちない。一体、この船で何が起きたんだ?」
逸冶が言う。それは恐らくその場にいる全員の問いだった。彼はスキルの「夜目」がある。周囲の警戒のついでに、扉が開きっぱなしになっている部屋などを観察するが、どの部屋もつい数日前まで人が普通に生活を営んでいた痕跡が生々しく残っている。
「まぁ、いずれにせよ、天魔討伐すれば簡単に船の調査もできる」
「その通りですね。とにかく今は天魔をどうにかする手段を考えましょう」
秀虎の言葉に霧が同意した。それに秀虎が頷いたとき、彼の身体がぴたりとその場で止まる。
「――何かいる」
「えぇ………何か、近くにいるわ」
凪も彼と同じ様に歩みを止めた。それに逸冶と霧も足を止め、緊張を走らせる。
じゅっ、と水っぽい音が微かに木霊した。
「何処でしょうか?」
「そこまではわからん………。だが、音からして近くに居るのは確かな様だ」
霧の声に逸冶は答えつつ、周囲への警戒を強める。
「生臭いな………。気に入らない」
秀虎が言う様に、周囲になんとも形容しがたい生臭さが満ちてきた。魚市場のそれに似ているが、こちらはより鮮明で生々しい。
「!」
不意に逸冶が動いた。それと同時にマズルフラッシュが銃口から迸り、銃声が響く。
「何処!?」
「ダクトだ!」
凪の叫びに逸冶が答えた。一斉にダクトへと視線を向けるが、彼らの位置からでは今一よく見えない。覗き込むのも可能だが、それは虎がいると分かっている虎穴に入るのと同じだ。
「っ! そんな!?」
霧が声を上げた。彼女の見上げていたダクトに一斉に視線が集中する。だが、その直後、ダクトからその姿が消えた。
だが一瞬見えたそれは――。
「ひ、人の腕?」
凪が言った。その直後、じゅるっ、と大きく水音がし――。
「くっ!?」
秀虎が呻いた。それと同時、彼の身体がばたんっと音を立てて倒れ込む。
「このっ!」
叫び、刀を振るった。手ごたえはある。秀虎は自身の足を掴んだそれを見下ろし、呻く。
「こんな物が………」
それを見た逸冶が絶句する。
それは――人の手首が先端についた触手だった。
「まだ来ます!」
霧が叫ぶ。ほぼ同時、ダクト内部から一斉に水音が響き渡った。
「えっと………。ここを右に曲がれば、もうすぐに予備電源室だね」
麦子がライトで照らした地図に目を落としつつ、言った。
B班がA班と別れ既に小一時間。彼等はようやく予備電源室の前まで来ていた。後は目の前の通路を真っ直ぐに進めば予備電源室である。
「やっとですか………。もう暗いのは嫌です」
清が「星の輝き」で周囲を照らしながら言う。スキルの長時間連続使用は予想以上に堪えたらしく、彼女は大きく溜息を零す。
「まるでお化け屋敷だね〜………」
萌々佳が言う。だが周囲への警戒は怠っておらず、ずっと殿を担当してくれいるのは、その場の面々にとっては幸いだった。
そんな風に言葉を交わしつつ、通路を進んでいくと、不意に耳元の通信機が音を立てた。
『B班聴こえますか? 月見里です。どうぞ』
「………はい。こちらB班。異常ありません。どうぞ」
暦が答える。通信機越しに聴こえる悲鳥の声には色濃い緊張があり、他のメンバーも耳を傾けた。
『状況は少々面倒になります。先ほど、A班が奇襲を受けました』
全員の緊張が高まる。麦子が、続けて、と悲鳥の言葉を促す。
『幸い、特に被害は出ていません。ですが敵は通路のダクトを通じて攻撃を仕掛けてきています。
恐らく忽然と人が消えたのは、強引にダクトの中に引きずり込まれたからでしょう。
それはさておき、A班はとりあえず通路から離脱し、今は客室区画で体勢を整え待機しています。ですので、現状で電源の復旧を行えるのはそちらだけです。即急に電源の確保をお願いします』
「………了解」
暦が淡々と答え、通信が切れた。
「どうやら本当に天魔がいたようですね。正直、半信半疑でした」
清がいう。それに麦子が、そうね、と相槌を打つ。二人のその表情は硬い。
「みんな一緒だし、きっとなんとかなるよ〜」
そんな二人に萌々佳が微笑みかけた。楽観的だが、その屈託のない笑顔が二人の緊張を解きほぐし、電源室の前まで辿り着く。と、同時、じゅるっ、という異音が響いた。
「………逃げるよ」
暦がいち早く動き、電源室の扉を開いた。それと同時、四人が一斉に電源室に駆け込み、ばたんっ、と扉を叩き付けるように閉じる。同時、ばぁんっ、と何かが衝突する音が響き、分厚く堅牢な防水扉が大きくひしゃげた。
「ここお願い! 悲鳥ちゃんっ! 電源は!」
『右脇の作業室です』
麦子が駆け出す。その間も扉への衝突音が連続し、次の瞬間、扉が弾け飛んだ。
「………いた」
暦が呟く。清の「星の輝き」で浮かび上がるそれは、無数の手首を持った軟体生物の触手だ。
『どうやら光が苦手なのではなく、光に潜むことを好むようです』
冷静な呟きが通信機越しに響く。その直後、ぱっ、と電源が灯った。麦子が電源の復旧に成功したのだ。
「これならいけます!」
清が声を上げ、スクロールを読み上げる。他の二人も一斉に武器を構え、触手と相対した。
●亡霊船の女王
A班が体勢を立て直したのと同時、パッ、と照明が灯った。
「………どうやらやってくれた様だな」
逸冶が呟く。それに他のメンバーも顔を綻ばせた。
『こちら月見里です。準備は大丈夫ですか?』
「あ、はい。すぐに動けます」
凪が悲鳥からの通信に答える。
『では状況を説明します。まずB班ですが、現在、敵………というか敵の身体の一部と交戦中です。皆さんを襲った触手ですね。それで、その触手の大本ですが、こちらで監視カメラを確認した所、どこにもその姿がありませんでした』
「? どういう事だ?」
秀虎が眉根を顰める。はい、と悲鳥が答える。
『カメラに存在が写らないということは、予備電源で電気の供給が行われていない場所にいると言う事です。今回、予備電源で電気の復旧がなされない地点が船内には複数地点存在します。それが貨物室とアミューズメント区画です。
そして貨物室はそもそも人が活動する最低限の酸素が供給されれば問題はないので、そもそもこの戦術での攻撃拠点としては不向きです』
あぁ、なるほど、と凪が呟いた。
『おそらく凪さんは分かったようですね。敵の拠点はアミューズメント区画で最もエアダクトが必要な密閉された空間になります」
他の三人も得心がいった様に顔を上げた。
『つまりその場所は――アミューズメント区画はシアタールームです』
バァンッ! と音を立ててシアタールームの扉が開かれる。
突入したA班の面々が目にしたその場所は――地獄絵図というのに相応しかった。
「こんな………事って」
霧が絶句しその光景に見入る。
そこにあったのは――数多の骸が詰まった肉袋だった。透明なまるで海洋生物の卵の様な形状の袋がシアタールームの客席ないにいくつも吊り下げられ、「保管」されている。
「酷い………」
凪が呟く。その袋の中に納まった全ての人の身体には管が突き刺されており、血を汲み上げている。それをなるべく長く続け、そして最終的には魂さえ糧として抜き取る為に彼らは半死半生のままでこの船の中でずっと生かされていたのだ。
おそらく――たとえ袋から助け出せたとしても、蘇生は不可能だろう。
その時、シアタールームの舞台から何かが姿を現した。
「あれが………マリークリーパーか!」
秀虎が叫ぶ。舞台の上に現れた敵――ディアボロは女性の姿をしていた。
豪奢なドレスの様なヒレで全身を多い、その下半身は余りに多くの触手が生え、どの様な姿か判別できない。だがその下半身の触手は全てのエアダクトの中へと潜り込んでおり、余った触手が撃退士達への敵意をもって相対していた。
逸冶が黙ってリボルバーを正面に向ける。それに合わせ、他のメンバーも武器を手に取り、天魔に向って駆け出す。
気味の悪い女性の哄笑がシアタールームに木霊する。
A班の戦闘は劣勢だった。彼ら四人に対して触手の数があまりに多いのだ。攻撃を捌き、何度も踏み込むが、致命傷を与えられない。
その中でもマリークリーパーは哄笑をやめない。耳障りな声に、苛立ちが募る。
「っ!」
秀虎がまたも走った。果敢な彼の攻撃がこの状況では唯一の攻め手だ。それに合わせ、霧もまた杖を振り、逸冶の拳銃が火を噴き、凪のナイフが走るが、どれも触手に阻まれ効果的な攻撃ができない。
「これは………まずいわね」
凪が呟く。
「だが、やらねばやられる。なら押し通るのみ!」
「同感だ」
秀虎と逸冶が言う。だが、触手の猛攻がついに彼らの防御をかいくぐり到達した。
「っ!」
秀虎が獲物を振るが間に合わない。取られたと思った時、何かが彼の前に割って入った。
「お待たせ!」
B班の清だった。彼女は「シールド」のスキルと共に盾を構え、攻撃を受け流しその隙に他のB班のメンバーが走った。
「さぁ、さっきのお返しよ」
「ここは通しませんよぉっ」
「っ!そこっ!」
麦子が大太刀を振り切り、触手をなぎ払う。その横で萌々佳が「シバルリー」を展開。攻撃を受け流し、更に暦が走り触手を切り払った。
「やっと合流できたわ………一気に行くわよ!」
「はい!」
麦子が言う。それに近くにいた霧が答え、前進した。
計八人の猛攻。結果、秀虎と麦子が道を作り逸冶の「ストライクショット」が通った時に駆けた暦の一撃が、女王の冠を叩き割った。
●戦後「デイ・グラチア」上空
戦闘が終わった頃に日が暮れていた。彼等はみなヘリへと乗り込んでおり、全員が船を見下ろしている。
「乗員達は検死の後、ご遺族に引き渡される事になるそうです。船の異常がどういう物かの解明もできました。皆さんお疲れ様です」
悲鳥の声が響くなか、それぞれがそれぞれの思いを秘め、船を見下ろしている。
「もう、怖がらなくて大丈夫だからね………」
「………Bon Voyage」
清と萌々佳の声がそっと風に解けていった。
せめて彼らの眠りが、愛しい人達と共にあることを信じて。